DC 原作沿い



ジンくんもベルねぇさんも、もちろんアイくんも、みんなが必ず一つは持っている個人の家はお互いに知らない秘密の場所にあるらしい。

そのどれにもお邪魔したことのある俺はその中でも、一階が全部ガレージで二階の居住スペースは十帖ほどの狭めなアイくんの家が落ち着いて、一番好きだった。

家につく。腕を離せば先に降りたアイくんが俺のヘルメットを取って、自分の分も抱えて棚に置いた。

「そこいても風邪ひくぞ」

『うん』

バイクから降りて階段を上がるアイくんの背を追いかける。鍵を解いて扉を開けた。

「化粧落とすぞ」

『うん』

洗面所に誘導されて、目の形を変えるために貼ってたテープが丁寧に剥がされる。さっさと手を洗ったアイくんは俺に目薬をさして、カラコンも外してくれてそれからシートで化粧が拭われた。

「こんなもんか。…腹は減ってんのか」

『んー、うん、ちょっと』

「なら適当に作んからソファーにいろ」

『はーい』

曲がってキッチンに直行したアイくんに俺はまっすぐ行ってリビングにあるビーズの大きなクッションソファーに座る。沈む感覚に丸くなって膝を抱え横になる。

何か作り始めたらしいアイくんの作業音と慣れた家の匂いに目を閉じて、しばらくすると気配が近づいてきたから目を開けた。

皿をテーブルに置いたアイくんは俺に手を伸ばしてたから手を取る。

「食える分だけ食え」

『うんー。アイくんありがとー』

椅子に座って向かい合う。よそわれてるのはうどんらしい。落とされたまるまるの卵とお麩と小ねぎの乗ったシンプルなうどんに箸を取って一本つまみ啜った。

『おいしいね』

「ん、そーか」

アイくんも器を持ってうどんを啜り始める。よそわれた量はアイくんの三分の一程度のようで、ちまちま食べて胃がわりと満タンに近くなったところで箸を置けば、ちょうどアイくんは汁まで飲み干して器を置き俺の器を代わりに持った。

三口程度で食べきってしまって二つの器を重ねるとお茶を飲み、コップを置いたところでお互いに手を合わせた。

「ごちそうさま」

『ごちそうさまでした!』

「おー、珍しくちゃんと食ってたもんな」

『おいしかった!』

「そうかそうか」

腹が満たされたところでアイくんは立ち上がりさっき座ってたのとも別の大きめの肘掛けがついてるソファーに座る。ぱしぱしと膝が叩かれたから立ち上がって近寄り膝の上に座った。

背が高くて筋肉もあるアイくんは上に乗ろうと寄りかかろうとビクともしないから安心して頭を胸元に寄せる。そうすれば大きな手のひらが頭を撫でてくれて前髪が上げられた。

「でぇ?その不調はいつからだ?」

『んー、最近たまに?』

「ふーん。一番最近はいつだ?」

『さっき電車乗ってたとき』

「…電車なぁ。そんとき何してたんだ?」

『ライくんと話してた』

「あ?ライ?」

『うん。仕事終わりのライくんと会って途中から少しだけ電車一緒だった』

「へぇー」

『それでライくんと喋ってたら腹がなんか擽ったくて、で、見てるものもなんかぶれて変だった』

「なるほどな」

前髪を撫で付けるみたいに前から後ろに手を動かして頭が撫でられれば心拍は落ち着いていてすんならと言葉が出ていく。

「その前はいつか覚えてるか?」

『んー…あ、スーくんとバボくんが御見舞きてくれたときもあったよ』

「そんときは?」

『頭がすごく痛くて、苦しかった』

「それは重症だな」

『でも、最近一番苦しかったのは病院行ったとき』

「病院ってあの日か」

『うん。知らない人の病室に入っちゃったんだけど、そのときよくわからないけどすごくて頭も胸も痛くて気持ち悪くて、息ができなくて死ぬかと思った』

「んなことがあったのか」

『なんで急にあんな苦しかったんだろ…』

「さぁな」

反対の腕が上がって背中に回って腹のあたりに手が置かれた。

「今んとこ最近の話だけど、最初におかしいのはいつだったかわかるか?」

『んー、うーん』

記憶を遡る。いつと聞かれると明言するには記憶が曖昧だ。

『バボくんと仕事終わったときもなんか苦しかったし、スーくんとの仕事終わりも話してたら目が変になったし…』

「ああ」

『うーん…あ、』

そういえばさっきも気づいたら違和感を思い出した。

『あのね、三人と顔合わせした頃くらいからちょっと変なこと多くなったかも』

「へぇ?」

アイくんの眉尻がぴくりと動く。語尾が上がって、なんだか怒ってるようにも見える表情に目を瞬けば、息を吐いてまた頭を撫でる手を動かした。

「なんでもねぇ。…その顔合わせの時は何もなかったのか」

『うーん、なんもなかったと思うんだよね…。ジンくんと一緒に来てくれて、初めましてして、ウォくんが名前と役職を教えてくれたくらいで…』

「そうか」

ぽんぽんと頭が撫でられて前髪が戻された。

アイくんのスッキリしたみたいな顔に首を傾げる。

『アイくん、なんかわかった?』

「あー、なんとなくな」

『すごいね!俺は俺のことなのになんもわからないよ!』

「…………、お前はそれでいいんだ」

わしゃわしゃと髪が乱される。目を瞑って受け入れて、口元を緩める。

『――』

「、」

ぴたりと手が止まった。不思議に思って目を開けて顔を上げればアイくんはどうしてか表情を歪めていて、右手を伸ばし頬に触れた。

『アイくん?どうしたの?』

「……なんもねぇよ」

口角を上げて、無理やり笑ったアイくんの表情になんだか不安になって左手を伸ばし、腕を首に回してくっついた。

『アイくん』

「…どうした」

『アイくん、抱っこ』

「……なに幼児返りしてんだよ、…ほら」

腕が背中に回って背を撫でられる。くっついて包まれた温みに脳が溶けそうなくらい落ち着く。

『アイくんに抱っこされるのすごく好き』

「ガキかよ」

『俺五歳だもん』

「…、そうだったな」

『もっと甘やかしてー、パパー』

「…お前なぁ…俺はお前の父親じゃねぇぞ」

『えー?いーじゃん、今日は一緒に夜ふかししよーよー』

「…ったく、しゃーねーなぁ」

笑って背中から右手を取ると頭に手を乗せてぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜ、離した。

「ポップコーン作ってやんよ」

『んん!見たい見たいっ!!』

「キッチン行くぞー」

『わーい!』

背中に回ってた腕が外れたから降りる。すぐ立ち上がったアイくんの後を追ってキッチンに入り、アイくんが用意した直火で温めるタイプのポップコーンに心が跳ねる。

コンロの火をつけて、上にポップコーンの入れ物を乗せてあとは少し待つだけだ。

『ポップコーン食べながらなにするの?!』

「あー、映画かゲーム」

『ゲームっ!』

「んじゃ止まってるやつ進めんか」

『ん!』

「ほら、飲み物好きなもん出しとけ」

『はーい!』

冷蔵庫からボトルを二つ取ってリビングに置きに行く。ローテーブルをセットしたところでおーいの声に顔を上げてキッチンに戻ると熱で少し膨らんでる入れ物があった。

「そろそろ弾けんぞ」

『ん!』

取っ手を持って左右に揺する。さらさらと中身で種がぶつかって擦れる音がして、パンっと音がしはじめた。

『はじけた!』

「こっから一気にくるな」

一個弾ければアイくんの言ってたとおり続けてパンパンと音が響く。中から押されてどんどん表面が丸く膨らんでいて、バターの匂いが漂い始めた。

しばらく弾ける音を楽しんでいれば音が緩やかになり始める。アイくんは数回ゆすってから火を止めて、器ごと皿に乗せると食卓塩を持った。

「ほら、リビング行け」

『いっぱいできたかな!?』

「開けてからのお楽しみだ」

二人でリビングに戻り、アイくんはローテーブルにポップコーンを置くとテレビの電源をつけてゲーム機も稼働させた。

その間にかけるようのブランケットやクッションを持ってきて、あぐらをかくようにして座ってるアイくんの上に座った。

『ポップコーン!』

「熱いからな。やけどしねぇようにうまく開けろよ」

『はーい!』

穴を開け、そこから左右に引き割く。包みから現れた白色の丸いそれに目が自然と輝き笑みが溢れる。

『いっぱい!』

「よかったな」

『ん!!』

塩を振って、一つ取って口に入れた。

『あったかい!おいしい!』

「そーか」

『はい!アイくん!』

「ん」

アイくんの口にも摘んだポップコーンを運んで、三つほど頬張ったところでアイくんはコントローラーを持つ。

画面に出てきたメインメニューの中からセーブデータを呼び起こして、表示されたマップの進行度は前回止めたところのままで全体の七割くらいだった。

「今日中にクリアしてぇなぁ」

『応援するね!』

「おー。眠くなったら寝ていいからな」

『うん!』

いつもと同じ言葉に頷いて、ブランケットを足元にかける。電気を遠隔で消して、ゲームのためにちょっと前屈みになるような体制のアイくんに包まれるように寄りかかった。俺の腕を抱えるみたいにしてコントローラーを持つ両手を、俺が抱えたクッションの上に乗せればゲームの準備は完了だ。

アイくんが主人公を動かし始める。それをぼんやりと長めながらポップコーンを頬張って、時折アイくんの口にも運んだり出しておいたジュースを飲んだりする。

やってるゲームは何作も続編が出てる世界的に有名なゲームで、勇者として冒険し、仲間を増やして敵を倒すゲームだ。

アイくんもそのゲームのルールに則って探索したりしてどんどん情報と経験値を集め、溜まった資材で武器や防具、薬草のような必要なものを揃える。

ある程度揃ったら中間ボスらしいそれと戦って、勝てばまた鍛えて、それを続けるゲームはアイくんの操作が迷い無いから楽しく見てられる。

たまにアイくんが置いといた酒を飲んだり、煙草を吸ったりして、だんだんと混ざっていく匂いと抱えられた暖かさに目をつむった。



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