DC 原作沿い
起きたら見知らぬ駅名だった。あれ?と思って降りて路線図を確認すると乗っていたはずの電車は降りかえてしまったようで目的地よりもだいぶ離れた場所にいるらしく、寝過ごしたみたいだ。
携帯を取り出して見る。門限まで30分を切っていて、ここからの乗り換えを考えてみるけど到底間に合いそうにない。
仕方なく携帯を耳に当てた。
「どうしたー」
『あのね、アイくん、俺、大変。困った』
「あ?コルンみてぇな話し方になってんぞ。落ち着いて話してみろ」
『仕事終わって電車乗ってたんだけど寝ちゃって、気づいたらすごい遠いところにいるの』
「あー…、間に合わねぇのか?」
『うん』
「今どこだ?」
『雀宮』
「おお、やってんなぁ。ちっと待て」
ちゃりと音がして、この音はいつものアイくんのキーケースの音だ。
「とりあえず上り線乗れ。東都まで迎え行ってやる」
『ごめんね、アイくん』
「おー、まぁついでに飯食って帰ろうぜ」
『食べる!』
じゃあ後でと通話が途切れる。
階段を登って、降りて、向かいのホームにたどり着いて快特電車に乗り込んだ。
発車した電車に今度は寝てしまわないようにたった状態でぼーっとする。さっきとは違い外はすっかり真っ暗でガラスに自分の顔が映ってた。
手を伸ばしてガラスに触れる。
化粧とテープ、カラコンでいつもよりも釣り目で虹彩が小さいから普段の自分と違う顔で、そういえばこのまま電車に乗ってたんだったと帰ったらすぐ落とさないとなと思う。
駅ごとの距離があるのか電車は快調に走っていて、10分も走ったところで1回止まる。
大きな駅なのか一気に人が乗り込んできて隅に寄った。
また走り出したけど人が多くて一気に室温下上がってるのか熱い。普段車かバイクだからこんなに人が近いことはない。通勤ラッシュの洗礼に音を上げてしまいそうになる。
新鮮な空気がほしいなと思いつつ向こうを見ていれば何か違和感を覚えて目を瞬く。
腰辺りに妙な感覚がある。視線だけ上げてみれば鏡のようになっているガラスに俺がいて、周りにはたくさんの人が映ってる。そのうちの一つ、俺のすぐ後ろにいるそれな妙に視線が逸れていてああ、なるほどと理解した。
押し付けられるのは手か腰か。まぁなんでもいいけどと放置していれば手だったらしいそれの動きがだんだん変わっていく。
手の甲を押し付けてるだけだったはずなのに、そのうち手のひらが触れて指先が形を確かめるように動きはじめた。
痴漢の対策ってなんだっけなぁと考える。随分初期の頃にベルねぇさんが不審者の撃退方法を教えてくれたけど、大体始末してしまう方法だったからこれだけ人が多くて逃げ道のないところでやるのは良くないだろう。
別に俺だしいいかなと放置することに決める。動き回る手は気持ち悪いけど我慢できないほどでもない。
次の駅に止まったときに動けばいいかなと思ってれば、電車は止まったけど反対側が開いたようで人がさらに詰まった感覚しかなかった。当然後ろのそれは離れなくて、また走り出した電車が揺れて、伸びてきた腕が俺の肩を寄せた。
「ぃぎ゛」
『?』
同時に真後ろから聞こえた変な声に視線を向ける。さっきまで俺に触れてた手が消えていて、当人は痛みをこらえるような顔をしている。
その人の視線が下から上に向かって、ぎっと睨もうとして慌てて萎縮したように目を泳がせて人混みをかき分けるように離れていった。
目を瞬いてから隣に立って俺の肩を抱いてる人を見る。視線の先には彫りの深い顔立ちとニット帽を被ったロン毛がいて目を細められた。
「大丈夫か」
『あれ?ライくん?』
仕事終わりだったのかギターケースを携えてるライくんは俺の肩を離す。
ライくんは離れたところを睨むように見たと思うと俺を見て息を吐いた。
「何故好きにさせてた?」
『んー?別にどうでもいいかなぁって』
「痴漢は放置しているとエスカレートする。必ず仕留めろ」
『ういーす』
またため息をついてライくんは俺の目を覗くように見据える。
「それは化粧か?」
『うん。化粧とかグッズとかいろいろ』
「ほう。なかなか自然だな…」
『でしょ?ベルねぇさん仕込みなんだよ!』
「なるほどな」
頷いたライくんはそれはそうととつけてる腕時計を確認してから首を傾げた。
「こんな時間に何をしてるんだ?門限があるんじゃなかったか?」
『んん、仕事終わりにいろいろあって…』
「寝過ごしたか」
『バレたかぁ』
「迎えはなかったのか」
『自力で帰ってこいってジンくんから。で、疲れてないし大丈夫かなって思ってたんだけど…』
「久々の任務なら仕方ないだろう。病み上がりに無茶はよくない」
続いた言葉に目を丸くする。
『あれ?ライくんも知ってたの?』
「明美が心配してたからな」
『あ、そっかぁ。明美ちゃんにも迷惑かけちゃったんだよね…』
「迷惑はかかってないと思うが…もう大丈夫なのか?」
『うん、平気。ライくんも心配してくれてありがとうね』
「ああ」
淡白な返事に顔色が窺いにくい。
スナイパーってじっとしてることが大切な仕事だからか物静かな人が多い。カルにぃくんもクール系だし、コルにぃだってあんまり大きな声を出すタイプじゃない。キャンねぇだけちょっと例外だ。
電車が止まってが降りて、乗って、流されそうになった俺の右腕を掴んで引っ張ったライくんによって元の場所に帰ってくる。
「大丈夫か」
『ありがとー』
「まったく、また迷子になるぞ」
『うええ…?流石に電車の中で迷子にはならな、い、…?』
妙な感覚。ぐらついた視界とむず痒い腹に手を添えて、顔を上げた。
オリーブグリーンの目の色は日本人にあまり見ない色で、下まつげが長い特徴的な顔立ちに何ががぶれて見える。
『あれ…?』
「…どうした」
『なんか…』
そういえば、新人として三人と同時に顔合わせをしたときにライくんに変な感覚があったのを思い出す。
あの時は明美ちゃんの彼氏と聞いていたからその名前に引っかかったと思ったけど、よく思い返せば顔を見たときに妙な感じがあったはずだ。
ぐるぐるする腹を擦って、なんでこんなにむず痒いのか。
ライくんは目を細めると手を伸ばして俺の頭に手を乗せた。
「迷子には気をつけろ」
“「迷子には気をつけろ」”
『…?』
ダブって聞こえた声に目を開けて、口が自然と動く。
『あ、「東都駅~東都駅~」
車内に響いたアナウンス。同時に少し揺れて、車体は止まる。
はっとして笑った。
『俺降りるね!アイくんが迎えに来てくれてるの!助けてくれてありがと!ばいばい!』
「、ああ」
手を振って電車を降りる。振り返らずそのまま早足で改札を抜けて、眼鏡のスイッチを入れてまっすぐ歩いて、歩調はどんどん早くなっていく。
見えたバイクに息を吸った。
『アイくんっ!!』
「あ?…んなに焦ってどうした」
煙草を吸ってたのかヘルメットを被ってないアイくんの表情がわかりやすく驚きで歪んだ。
安心させるようにか伸ばされた手が飛びついた俺の背中を叩いて、深く息をして、吐いて、呼吸を落ち着かせる。
走った程度でこんなに心拍数が上がったのは初めてだ。
「落ち着け、パリジャン」
『っ、んっ、うん』
とんとんと撫でるように叩かれる背にどんどん心拍は緩やかになって浮ついた感覚が戻ってきた。
『うん、大丈夫…ごめんね、アイくん。ありがと』
「いいけどよぉ…なにがあった?」
『うーん。………なんかね、変なの』
「変?」
『最近ね、いきなり目がぶれたり、身体の中が擽ったくなったり、頭痛くなったりして…』
「………………」
アイくんの目が丸くなって、唇を噛んだと思うとゆっくり解いた。
「わかった。何が悪ぃか調べてみんから、秘密基地行こうぜ」
『うん…』
背中に回ってたのとは反対の手が俺の専用ヘルメットを被せてくれる。アイくんも自分のヘルメットをつけるともう一回俺の背中を叩いて離れるとバイクに跨った。
「ほら、さっさと後ろ乗れ」
『はーい』
跨いで両腕をアイくんのお腹に回し、頭を背中につける。
目を瞑れば同時にバイクが走り出して風が左右を抜けはじめた。
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