イナイレ
予選が終われば本戦に進めないイナジャパによって暇な時間ができるはずだったのに。韓国戦に勝ってしまったせいで国を跨ぐことが確定した。
家を長期で離れるとなればある程度の支度が必要で、持っていく物を整理していれば携帯が揺れる。
長い振動に着信なのを察して携帯を取ればここ一ヶ月の着信履歴でトップを誇る道也からで息を吐いた。
『今忙しいんだけど?』
「明日の15時に虎ノ屋集合だ」
『虎ノ屋ァ?』
「遅刻厳禁、時間厳守だぞ。わかったな」
返事の前に切れた通話にやってられなくてまとめてた荷物から手を離して立ち上がる。
いつかと同じように連絡先を一気に呼び出して送信。返ってきた名前に必要なものだけ持って家を出た。
勝手に詰められた予定に今日はもう自由に過ごすことにして、連絡の主と合流できたからゲーセンに向かう。二回、三回、七回目で息を吐いた。
「すごい荒れてんじゃん。やなことあった?」
『ちっ』
表示されたスコアを揶揄られて舌打ちを返す。普段ならパーフェクトフルコンボのところをフルコンボすら逃していれば言われても仕方ない。
目に見えるほど不調なスコアに頭を掻いて、そうすればボタンが叩かれてコンテニューを催促する画面をキャンセルされた。
「まーそんな日もあんよな。飯食い行こーぜ」
肩を2回柔く叩かれて、歩き始めた背中を追う。
「なんの気分?」
『あー…作る』
「え、めずらし」
『なんか文句あんのかよ』
「ねーよ?」
目を丸くしてから笑ったそいつにじゃあ帰って用意しようと一緒に家に帰る。
「おじゃましまーす」
『ん』
「なんか手伝うことある?」
『荷造りしとけ』
「流石に俺にはできんくね??」
『テレビでも見てろ』
「あんがとー」
リビングに向かってソファーに座った。聞こえてくる俺達以外の声にテレビを見始めたんだろう。
キッチンにこもって料理をしていればまた携帯が揺れて、これもまた長い振動に仕方なく連絡を取った。
『なんだ』
「あ!来栖!やっと連絡取ったな!?」
『用件だけ話せ』
「何回も言ってるけど話したいからちょっと時間欲しいんだ!」
『まだその話してんのかよ』
「俺にとっては大事なんだって!頼むよ!」
『めんどくせぇ』
「そこをなんとか!30分…!いや、15分でいいから!!」
『だるい』
「なんでもするから!頼むよ来栖!!」
『はぁ〜』
妙な電話を取ってしまった。今のタイミングであんまり出たくなかったそれにまた息を吐いて、スケジュールを思い出そうとして諦めた。
『明後日。明日時間は伝える』
「ありがとう!!」
『ん』
通話を切って、料理を仕上げていく。
なんの気なしに日付を伝えてみたけど明日の道也の用事は何時に終わるかで予定は変わりそうだ。
最後にだしを入れた卵を巻いて、皿に盛り付けてたから運んだ。
×
「ん゙ー、かいと、うっせー」
揺らされた体に仕方なく目を開ける。同じベッドで眠ってたそいつの手には携帯が握られてて、ブーブーと振動を続ける携帯は止まったと思うとまた揺れ出した。
『…むし』
「ほっといてたけどずっと鳴ってんだもん、急用とかじゃねーの?」
『俺にかんけーねー…』
「それはそうだけど、ほら、またかかってきてるし」
『…………ちっ』
舌打ちをして携帯を持つ手ごと握って耳に持ってく。察してか手を離しても耳に当てられた携帯は通話を開始した。
「諧音、今何時かわかってるか」
『……?』
「はあ…寝起きか」
『みちや、?』
ぼんやりとする頭の中で聞こえた声に目を瞑る。向こう側でまたため息がこぼされて、携帯を持っているのとは反対の手が俺の上に触れた。
「15時集合と言っただろう」
『ん…いま、なんじ…』
「15時10分だ」
『ふーん…』
髪が退かされて晒された額に、つんつんと眉間をつついてくる指。等間隔のそれに仕方なく瞼を上げれば悪戯が成功したと言いたげに笑っている顔が目に入って、相手の頭の下にあった腕に力を入れて引き寄せる。
唇を重ねれば肩が大きく跳ねて、呼吸をする間もないくらいに舌を絡めてから離れた。
真っ赤な顔で息をする姿に滲んだ目元にも口を寄せて、キスを始めたあたりから落とされて放置されてた携帯を拾った。
『目ぇ覚めたわァ。で、なんだァ?』
「今すぐ虎ノ屋に来い」
『へーへー。つか、虎んとこでなにやんだよ』
「来ればわかる。すぐに来るように」
『だっる』
切れた通話に起き上がる。
まだ真っ赤な顔を見下ろして、身を屈めて鼻先に歯を立てた。
「んっ」
『はよ』
「おはよ…」
ぽんぽんと頭をなでて手を離す。
『用事あったらしいから出てくわァ』
「じゃ俺も帰る」
『別に居てもいいけどォ?』
「俺も帰ってチビたちと遊ぶし、課題あんから」
『ん、なら途中まで送ってく』
「まじ?ありがと」
機嫌良さげに起き上がって身支度を整える。二人揃って家を出て家まで見送り、その足で虎ノ屋に向かう。
十分おきに入る確認の連絡がもう両手の数を優に超えた頃にたどりついて扉に手をかけた。
『まだいんかー、道也ー』
「居るに決まってるだろ。本当にお前は…」
朝から疲れた顔の道也に迎えられて奥を見ればひょこりと見慣れた顔が覗く。
「諧音さん!おはようございます!」
『はよ。つーか、なんで俺呼ばれたんだァ?』
「あれ?聞いてないんですか?」
きょとんとした虎は道也を見る。道也はすっと斜め上に指して、釣られてそちらを見れば頭が痛くなった。
『帰る』
「あ、来栖くん!来たのね!」
「来栖さんですか!?おはようございます!!」
踵を返した瞬間入り口から入ってきた木野に逃げ道を塞がれた。その後ろからは目を輝かせた音無も現れて続いて人が入ってきた。
「お!来栖!おはよう!!」
「また遅刻かよ、来栖」
「あまり近寄るんじゃない、春奈」
『まじくそ』
騒々しさに頭を抑えれば小さな笑い声が転がってキッチンから顔を覗かせた冬花に息を吐く。
「諧音くん、おはよう」
『ん』
「あのね、諧音くんは私と虎丸くんと秋ちゃんと一緒に、お料理担当をお願いできないかな?」
『………はぁ〜あ。作ったら帰る』
「お腹空いてないの?」
『普通』
差し出されたエプロンを受け取って纏う。髪を結んで手を洗ったところで先に作業をしていたらしい飛鷹と不動から内容を引き継いだ。
ある程度の下処理は出来ているらしいから炒めたり、味付けや盛り付けを担当していれば同じように買い出し担当からコンバートした木野が横に立って、鍋をかき混ぜながら首を傾げる。
「そういえば来栖くん、集合時間聞いてなかったの?」
『集合時間と場所だけ聞いてた。なにやるかは知らねぇ』
「ふふ、そうだったのね」
『つーか、なんで今祝賀会なんだよ。誰が決めたんだァ?』
「え?久遠監督よ?」
『はぁ〜』
「朝からお疲れ様、諧音くん」
『全くだなァ』
全部わかってるだろうに楽しそうに笑う冬花に文句の代わりに息を吐いて諦める。
キッチンにいても聞こえてくる飲食スペースの喧騒に、作ったら絶対帰ると無心で料理を進めた。
ミートボールのトマト煮、ミートローフ、サラダ、シーフードマリネ、からあげ、焼きそば、ライスピザなんて作ったものを大量に皿に盛って、最後のスープとカレーが鍋ごと二つとも前に持って行かれた。
鍋に大量の水を入れて火にかけ、呼ばれたから仕方なく前に近寄る。
「はい、諧音くん」
渡さたれたスプライトのペットボトルにキャップをひねって外す。シュッと微かに炭酸が抜ける音がして、円堂が同じように持った飲み物を掲げた。
「それじゃあみんな…っ!!まずは予選突破おめでと!次は世界だ!!!」
「「おう!!」」
「お疲れ様!明日からまたよろしくな!!かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!!」」」
大きな声で叫ぶように全員が挨拶をするから耳がびりびりとする。
オレンジや濃い茶色の飲み物をプラスチックのカップに入れグラスをぶつけるそいつらに、同じ飲み物がないことに気づいて飲み物を渡してきた冬花を見る。
「お父さんから。お疲れ様だって」
『……はっ。なら休日に呼び出すんじゃねぇっつーのォ』
冷えたスプライトを飲み込んでキッチンに戻る。沸いてる鍋の中身に塩をぶっこんで、大体2人前分掴んだ麺を突っ込んだ。
時間をはかりながら箸で適度にかき混ぜつつ、隣のコンロにフライパンをおいて油とニンニクを落とし火をつけた。規定時間よりも一分短い状態で麺をお湯から引き上げて、隣のフライパンに移し、若干余ってたトマト煮を入れて混ぜる。
程よくまざったところで皿を二つにだいたい同じ量になるように分けて盛って、胡椒と粉チーズをかけ、フォークを添えて皿を二つ持つ。
表に出ればわいわいと騒いでる選手たちがいて、その少し離れたところでちまちまと料理を食べてる人間の前に皿を置いた。
「急にどうした」
『パスタの気分だった。要らねぇならいい』
「誰が食べないなんて言った」
皿を受け取った道也は香りにか目を細めるといただきますとフォークを取って麺を巻きつけると口に運ぶ。
「うまい」
『そ』
表に並んだメニューは道也だって食べれるだろうけど、あの大皿から表立って自分の分を取りにいけるような性格でもないし隅にいてまともに食えてないだろうなんて予測は当たってたらしい。どんどん消えていく皿の上の麺に、俺もフォークを持った。
「あれ?お父さんと諧音くん、おいしそうなの食べてるね」
「うまいぞ」
「ふふ、お父さん嬉しそう」
自分の分の料理を少しだけ取って帰ってきたらしい冬花が隣に座って笑う。じっとパスタを見た後にそっと俺を見上げるから麺を少しだけ取って、フォークを差し出した。
『まだ口つけてねぇから安心しろ』
「気にしないよ。あーん。…んっ!とってもおいしい…!」
『おー、そーか』
「ありがとう」
『ん』
「えへへ」
もう一口追加で運べば足音が止まった。
「わぁ…っ!!諧音さんすっごくいい匂いのするおいしそうなもの食べてますね!!」
『はあ』
冬花と一緒に行動してたらしい音無が声を弾ませる。こちらを期待に満ち溢れた目で見てくるから隣の冬花を見た。
『フォーク持ってんか?』
「ううん」
『音無、食べてぇならてめぇのフォーク貸せ』
「あ!私気にしないのでそのままで大丈夫です!」
あーと口を開けられる。冬花も本人が良いならいいんじゃないかな?なんて微笑むから、パスタを巻いて差し出した。
大きく口を開けてフォークをくわえる。すっと抜けば咀嚼を始めて目を見開いた。ごくりと飲み込んで、口を開く。
「すぅーっごくおいしいですっ!!!」
『…あっそォ』
「来栖さん天才です!え!?これこのトマト煮のアレンジですか!?すっごくおいしい!!」
「諧音くんの料理は最高でしょ?」
「はい!もう胃袋ががぁーっつりと掴まれました!!」
きゃぴきゃぴ話す二人に視線を逸して、一口も食べてないはずなのに最初よりも減ったパスタを眺めてフォークを動かす。麺を巻きつけて、口に運ぶよりも先に近寄ってきた髪の毛に顔を上げた。
「貴様あああああ!!また春奈にちょっかいを!!!」
『出たよブラコン。うっせぇ』
「貴様!春奈にパスタを食べさせた挙句、そのフォークをどうする気だ!?まさかそのまま食べようと思ってないだろうな!!?」
『うっざ』
「もー!お兄ちゃんうるさい!!」
「春奈!もっと気をつけてくれ!お前が使ったフォークをこいつがどうするかわからないだろう!!」
「来栖さんは変なことに使わないと思うよ?!」
「わからんだろう!なぁ来栖!!」
『フォークは麺食うためにあんだっつーのォ。まじうるせぇ。んな心配ならてめぇも使えや』
「は、」
怒鳴り散らすために開いてる口にフォークを突っ込んで巻いてたパスタを置いていく。引き抜いたフォークは音無の利用からワンクッションしてるし文句はないだろう。
さっさと麺を巻きつけてやっと自分の口に運ぶ。
予想していたとおりの味にまぁこんなもんだよなと二口目を巻き付ければ視界の端に見慣れた白色が揺れた。
「来栖、俺にはくれないのか?」
『なんで当たり前のようにいんだよ。もらえると思ってんのかァ?』
「ああ」
『やらねぇわ』
「わっ!なんかすごくいい匂いがすると思ったら諧音さんパスタ食べてるじゃないですか!」
『はあ〜、ほら、虎も口開けろ』
「わーい!ありがとうございます!いただきまーす!」
にんにくを使ったのは失敗だったかもしれない。匂いに釣られた虎にもパスタをやって、そうすればそわそわとした様子の立向居とうずうずしてこちらを伺ってる条助も見えたから手招いてそれぞれに食わせた。
「うっめー!」
「んんっ!諧音さん天才です!おいしい!!」
『あっそォ。…そろそろ俺の分無くなんだけどォ?お前らあっちからもらえよ』
「すまん、もう食べきった」
『早ぇーな…よく噛んで食え』
「味わって食べた」
『あっそォ…』
半分も残ってないパスタと自分の腹の減り具合、それからいつの間にか集まった視線に諦めて皿を置いた。
「いいの?」
『この状態で食べる気になれねぇわ』
「ふふ、たしかにね」
『米か麺』
「うーん、お米がいいかなぁ…?」
『ん。道也はァ』
行動を理解してるらしい冬花の返事の後に隣を見れば深く頷かれ、大体の量を考えながら立ち上がる。
『好きに食え』
「え!いいんですか!?」
『少ねぇから分けて食えよ』
「はーい!」
『いー返事だァ』
元気な虎とそれの隣にいる立向居、それからついでに条助の頭も撫でて離れる。
再度キッチンに立って冷蔵庫の中身とまだ若干残った料理、米の残量と確認しながら包丁を取った。
先の料理で使った材料の切れっ端をすべてみじんぎりにして、ついでにミートローフに使わなかったひき肉も取り出す。
一番大きなフライパンが中華鍋だったからそこに全部ぶちこんで炒めて、野菜に火が通ったところで次は米を入れた。塩と胡椒、醤油。それから残ってたコンソメスープも少し入れ、大量の炒めたそれを4つ小さめの皿に分けて、上にはスプレッドチーズをかける。残りの米は大きい平皿に盛った。
フライパンに油を引き直して卵を10個割り入れ、またコンソメスープを少し混ぜて火を入れる。半熟の状態で火から離して小さめの皿に取り分けた分を乗せ、残りはまた平皿に乗せた。
出来たところで息を吐いて、皿にスプーンを差し込み一口分取った。
『ほら』
「、」
『さっさと口開けろ』
「あ、」
丸くなった目に催促して、開かれた口にスプーンを突っ込む。熱かったのかはふりと二回息を吐いて、噛むと飲み込んだ。
「………なんで」
『あ?食いたかったんだろォ?』
「、」
『ずっと見られてたらそんぐれーわかるわ』
「…そーか」
『まぁお前も道也と一緒であの輪に入れなかったクチだろォ?まだ腹に余裕あって不味くねぇなら食っとけ』
そのまま取り分けといた皿に使ったスプーンを添えて渡す。残りの小さめの皿と大皿を持って前に出て、先に隅っこの奴らの座りやすいテーブルに小さな皿の方を一つ置いた。
「来栖さん?どうしたんですか?」
『追加料理。まだ腹減ってたら食え』
「あ、ありがとうございます!」
『んー』
素直な飛鷹が皿を見て、けどと悩もうとしたから飛鷹の前に皿を押し出す。
『不動にも皿ごとやったからそれはお前だけで食っていいぞ』
「あ、そうなんですね。…では遠慮なく、いただきます」
『ん』
大皿を持ち直して歩き出す。最初に作った料理はほとんど食べ終わってるようで空いている皿の上にそのまま重ねて置いた。
「あ!!来栖!それオムライスか!??」
『醤油ベースのオムライス。食いてぇやつだけ食え』
「うわー!うまそう!!」
「くっ!なんでいっぱい食べたあとにそんな更に美味しそうなものを出すんだ!」
『文句あんなら食うな』
「たとえ胃がはちきれても食べる!いただきます!!」
「へー!オムライスか…!俺ももらうな、来栖」
『勝手にしろ』
円堂に続いて緑川と風丸が皿にオムライスを盛る。最初の円堂の大きな声にわらわらと群がり始めた連中の輪を抜けてキッチンから先に分けといた分を二つ持って最初の席に戻った。
『ほらよ』
「ああ、いただきます」
皿を受け取ってまたもりもりと食べ始める道也に息を吐いて、スプーンを持つ。一口すくって隣に差し出せば冬花は頬を緩ませて咀嚼を始めた。黙々と食べる二人の様子はよく似ていて親子は似るもんだなと頷きながら俺もようやく食べ始めた。
大皿で前に出したのが功を奏したのか、今度は無駄な注目を集めて奪われることもなく、皿の上のオムライスを冬花に分け与えつつ胃に収めていく。
最初の料理をかなり食べてたのか冬花は口を拭いて水を飲む。半分以上減ったところでいつまでも突き刺さってくる視線に息を吐いて、一口掬ったそれを差し出した。
『口開けろ』
「いいのか…?!」
『良くなかったら言わねぇわ』
目を見張ってから瞬く。さっさとしろと口元にスプーンを寄せれば口を開いて、本日何人目になるかも数えるのがばかばかしい餌付けに豪炎寺は目を輝かせた。
「これ、チーズが入ってるのか…!」
『あ?食えなかったか?』
「あ、いいや、チーズありもまた違った風味でうまいなと思って」
口元を緩める豪炎寺にあっそと視線を逸して、向かいのテーブルに頬杖をついてにこにことしてる白髪にため息を零して同じようにスプーンを差し出した。
『お前普通の食ってなかったか?』
「うん、普通のもとってもおいしかったよ、来栖くん」
『あっそォ…』
開かれた口にオムライスを突っ込んで、嬉しそうに食べる吹雪に俺も残りを食べきる。空にした皿に一息ついて、まだ向かいに座ってる吹雪の横に立てかけられたそれに目を細めた。
『それ』
「うん?…ああ、これね。ふふ、心配してくれるの?」
『まあ。…そんな悪ぃのか』
松葉杖に気づいて視線を伏せた吹雪は両手の指を組んだ。
「ちゃんと治るけど、今は負担をかけないようにって言われてて…」
『…ならちゃんと安静にしてろよ』
「うん。僕はずっとサッカーしたいから言うことは聞くけど…、…でも、悔しいなって」
『あ?』
「僕が焦らなければこんな怪我もしなかったのに…僕も、みんなと一緒に世界へ行きたかったなぁ…っ」
涙を溜めるぎりぎりの様子に頭を掻いて言葉を選ぶ。
『んな辛気臭せぇ顔すんじゃねぇよ。別にこの大会は、』
「うああああ!?オムライスがなくなっちゃってます?!」
「あ!壁山!全部食べちゃったんでやんすか!?」
「だってすっごく美味しかったんすもん!」
「だからって全部食べちゃうってさぁ…あ、」
「壁山…、食事がうまかったのはわかるぞ、だがだからといって全て一人で食べてしまうのはビュッフェ形式の食事会に合わないだろう」
「ひぇ…す、すみませんっす…!」
喧しい向こう側に吹雪の視線が持っていかれる。空になった皿が原因らしいそれに鬼道が仁王立ちで凄んでいて、あまりの威圧感に近くの円堂と風丸がどうしたと慌てていて基山が仲裁を試みてた。
『うるせぇ奴らァ』
「本当、楽しくていいよね」
『どこが』
吹雪がさっきまでの暗い表情を消して笑う。マシになった空気になんでもいいかと食べ終わった皿を重ねて、立ち上がろうとすれば道也が顔を上げた。
「諧音、荷造りは済んだか」
『半分』
「留守中の防犯はいつも以上にしっかりとな」
『…帰ったらもっかい点検すんわァ』
「手伝いに行こうか?」
『あー、平気だァ。お前は自分の家の確認しろ。道也だけだと抜けがありそうだ』
「ふふ。うん、わかった。困ったら教えてね?諧音くん」
『困ったらなァ』
礼を付け足してからテーブルを離れる。最初の準備中に後片付けは別の割り振られた人間がやるといってたから、皿を洗剤が入った水桶に沈めて荷物を持った。
騒がしい表から帰ったら捕まるだろう。裏口から外に出て、すっかりオレンジから紫色の空になっていることに腕を上げて伸びをする。
そこそこ腹も満たされ、眠気もないし、出発の期日もすぐだからさっさと荷造りを済ませるために家に向かった。
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