イナイレ
虎にブチ切れられて吹っ切れたらしい豪炎寺は、見事タイガートルネードを決めてみせた。だが、現時点での点数差は一点。さっき基山のシュートが晴矢と風介に止められたのが痛かった。
2-3のスコア。残り時間は10分弱。
さすがに無理かと半分あきらめムードを漂わせる観客席。
「本当に、そこで負けるところを見てる気なのか」
風介と晴矢がもう何度目かもわからないけどずっと目で訴えてきてる。
「まだ諦めるな!」
「時間はある!攻めていくぞ!」
観客席からの冷めてる空気とは裏腹に、円堂と鬼道の声にイナジャパは迷いなく返事をして敵陣に上がる機会を窺ってる。
すっかりぬるくなってしまった氷嚢とポケットに入った携帯、ガム、イヤホンを置いた。
「諧音」
道也の声と同時に立ち上がって首を回す。
『たまにはやってやろォじゃねぇか…なァ?』
こっちに気づいたアフロディがわざとボールを外に蹴り出し、試合が止まった。驚いたのは蹴った張本人と晴矢、風介以外の全員だ。
「選手交代」
その言葉に、ばっと顔がこっちに向く。
「…はは!やっとか!諧音待ってたぞ!」
「諧音の遅刻癖は相変わらずだなぁ?」
風介と晴矢の歓喜と挑発の声に口角が上がり、かわりに出てきた風丸が手を上げるから合わせる。
「来栖…、頼んだ」
『ん。まかせろ』
いつだったか脅した時に見せたあの表情はすっかり消え失せ、希望を託された。
踏み入れたピッチに戸惑う観客、司会。
「ここで久藤監督、風丸選手と交代で来栖選手を投入しました。彼は不動選手と同様この試合が初の起用、FFの参加記録もないため実力未知数!果たしてこの導入が試合にどう影響するのか!」
風丸の代わりなんだから俺のポジションはディフェンダーで、一番やりやすいそこに風丸には悪いけど、道也らしいなと歩く。所定位置に向かいながら、目を丸くしてる不動の近くで足を緩める。
「来栖、」
『俺に全力のシュートでもいいからお前の出来る一番早いスピードで頭よりも1メートル高い位置にボールを寄越せ』
「は、」
なにか言いたげに振り返った不動を無視して歩けば、鬼道と豪炎寺が不思議そうに不動を見た気がする。誰とも言葉かわさないで、目的地で止まった。
「え、来栖もっと前!」
『ここでいいんだよ』
ペナルティエリアぎりぎりまで下がって不動から可能な限り距離を取る位置に立つ。ピィーっと試合再開の大きな音が鳴って、ライン外に立ってるボールを持った栗松とやらが前に向けてボールを投げ、虎が受け取った。
マークがつきかけた虎は必然的に近く、司令塔の鬼道にボールをパスし、鬼道が上がりかけの不動に鋭いパスをする。
不動はボールをトラップせずに、躊躇いなく自陣のゴールに向けて、ひいては俺にシュートとも称せるパスを放った。
「これっで!いいのかよ!!」
「な、」
「なにやって!」
『サイコーだなァ』
上がりつつ俺をマークするつもりだったのか、近寄ってきてた風介と晴矢の驚いてる声がなんともキモチイイ。
『いくぜ、…クーペ』
地を蹴って、跳ね上がり、バク宙の途中経過とも言える半回転。まるで逆立ちでもするような頭が下、足が上の状態で思いっきりボールを蹴り返した。俗に言うオーバーヘッドキック。
ただそれだけの超次元的に派手な豪炎寺や虎、風介や晴矢のようなシュートじゃないそれは、俺たちが得意で、たぶん、今こいつらとやってて使える中で一番早く威力のあるシュートだ。
空気を切り裂いて、鋭く敵陣まで向かうボールに誰一人触ることなく、起動の遅い敵のキーパーがなにかする前にゴールの右上、ネットに刺さった。
「___っ、うわぁぁ!?」
静寂、その次に叫び声。
動物園みたいな周囲の喧しさに気分は悪くならない。
「なななんということでしょう!試合開始から10秒!今大会初出場の来栖選手交代不動選手との見事な連携プレーでシュートを決めました!」
着地して顔を上げれば、蹴ったくせに不動が一番目を丸くして俺を見てた。
「うええ?!来栖すげええ!!」
真後ろから聞こえる円堂の大声と周囲の満面の笑み。こいつらは化けるチームかもしれねぇ。ここで潰すのは、勿体無い。
「諧音…っ、負けてらんねぇな!」
「イナズマジャパンに、諧音に勝って世界へ行くのは私達だ!」
きっと睨みながら笑った二人は自陣に走って戻っていく。
「同点…いけるぞ!みんな上がれ!」
「ううう!!諧音さんかっこいい!負けてらんないですね!豪炎寺さん!」
「ああ、こんなところで負けてたまるか」
「来栖すげーっ!ディフェンダーなのにかっこいいシュート!てかくーぺってなんだ?」
『いーから黙って前見ろ』
☓
残り三分を切った。
風介か晴矢かアフロディが常時マークのついてる俺は特に何するわけでもなくフィールドの上で走り回り、錯乱に専念する。
「囮かな?君の柄じゃないね」
気づいたようでアフロディはにこりと笑った。
近くで見ても綺麗な顔だこと。
『俺は目立つ気ねぇんだよ』
「あんなシュートを打っておいて?」
『妙に突っかかってくんなァ?』
アフロディが俺から離れ、ボールを持った晴矢と風介と合流してゴッドブレイクを繰り出す。円堂が危うげなく止め、ノーマークの俺にボールを渡した。
『そんなに俺と遊びたきゃレベル上げしてから来いよォ』
向かってきた風介と晴矢とアフロディに笑う。
『トレセ』
ボールを持ったまま三人の間を二回ずつ縫うようにして抜ければ三人の足には編み込まれたかのようにフィールドの草が行く手を阻んだ。
時間、タイミング何一つ申し分ない。
これで仕上げだなァ。
『虎!決めろ!』
「はい!」
『外したら二度とパスやんねぇぞ!豪炎寺!』
「っ!」
蹴り上げたボールを虎が受け取り、豪炎寺とシュートを決めて、長いホイッスル音が響いた。
×
降ってくる歓声と紙吹雪に目を細め、ベンチに戻ろうと足を踏み出せばどんっと衝撃が来た。
「諧音さん!俺!やりましたっ!」
泣きそうなほど喜んでる虎が飛びついてきたらしく、おめでとうと頭を撫でる。そのまま近くにいた鬼道に押し付けてまた歩き出した。
「よっしゃぁぁ!!」
ベンチの方ではヤンデレを筆頭に歓喜の嵐。
「世界だぁぁぁ!!」
円堂の叫びに声を上げるイナジャパ。
「来栖、」
後ろから少し頬をゆるめた不動が近寄ってきてた右手を上げた。
「は、はやくしろよっ」
息を吐いてから同じように手を上げればぱんっといい音が鳴る。
「来栖さん!鈴目たちは!」
喜びの中、思い出したような飛鷹の声に観客席を指さす。鈴目と唐須チャンと友達の姿に飛鷹はぽかんとした。
ようやくたどり着いたベンチから携帯だけ拾い上げて入退場口へ向かう。
「あ!あのときのお兄ちゃん!あ、あのね、お兄ちゃんがね!ゆうかのお怪我治してくれたの!」
そこには泣きそうなのか目の潤んだ豪炎寺と、どこかで見た小学生女子。それといつだか見た豪炎寺の父親がいた。
「お兄ちゃん、おけがなおったよ!ありがとう!」
『おー。もうコケんなよォ』
「うん!あ、お兄ちゃんのチームメイトだったんだね!すっごくかっこよかった!!ゆうか、お兄ちゃんのこといっぱいおうえんするね!」
「…夕香、ちょっと待ってくれ、お兄ちゃんのことは?」
「ん?お兄ちゃんもおうえんしてるよ!」
「夕香!?」
ばいばいと上から手を振り笑うゆうかとやらに生返事して、横を通る際に息子を頼むと何故か豪炎寺の父親に頭を下げられながら廊下に出た。
遠くから聞こえる歓声に、今までいたはずなのに昔のことのような、そんな気がした。
エラーするだろうか。
昔のままの彼奴のアドレスに一文だけ本文を入れて送ってみる。
耳に届いた足音に顔を上げればアフロディとやらが立ってた。
「おめでとう、イナズマジャパンは強いね」
『それは俺じゃなくてあいつらに言ってこいよ』
それもそうだとアフロディは笑い、赤い目が俺を見た。
「来栖諧音…僕は君のこと前から知ってたんだよ」
『晴矢と風介かァ?』
違うと首を左右に振り、長い髪を揺らす。
「影山が君のことを見てたから」
『………へぇ?まだ生きてんのあいつ』
酷い物言いだね、生きてるよ。とアフロディは笑って一歩距離を詰めてきた。
両頬になにかが包みこむように触れて、アフロディの顔がすぐ目の前にまで近づく。
「ずっと、君と戦ってみたかった。勝てる自信はあったのに、勝つ自信しかなかったのに結果は負けてしまった」
哀しそうなのに満足そうに微笑んでる。柔らかさしかない表情はなんだか尊いものを見てる気分にさせてむず痒い。
『…お前が負けたのは、俺じゃなくてあいつらにだろ』
「いいや、僕は…僕達は君たちイナズマジャパンに負けたんだよ」
アフロディはくすくすと軽やかな笑い声を上げて、距離をほんの少しの間だけゼロにし俺から離れた。
『…なに』
「ふふ、晴矢と風介の先を越してみた。彼らと手も繋いだことないんでしょ?勝ったらデートしたいって騒いでたよ」
向こうから駆けてくる赤と白の頭。
目の前のこいつは、やっぱり腹黒いタイプだ。
ずっと連絡もやらず顔を見せなかったことに文句言われつつ、晴矢と風介、さらにはアフロディと連絡先を交換して、控室としてあてがわれてる部屋に向かう。
扉の前に立つと、中からは歓声がいまだに上がってた。
息を吐いてから、扉を開ける。
「あれ諧音さん!おかえりなさい!おつかれさまです!!」
『ただいまァ』
扉の近くにいた立向居が一番早く声を上げ、頭をなでた。
「来栖くん、僕めちゃくちゃ聞きたいことあるんだけど」
「ヒロト、目が怖いって…とはいえ俺も、話があるから時間をくれないか」
『だるい』
どうせ長くて真剣味のあふれる真面目な話しかしてこないだろうから聞く気になれず、基山と緑川を躱して自分のロッカーに近づく。
「来栖」
『なに』
開けたロッカーの中からバッグを出して着替えようとすれば後ろから風丸が話しかけてきた。
「俺さ、来栖のこと見直したっていうか…、その…本当の来栖が、やっとわかった気がする」
『あ?』
「来栖はやっぱ根暗でオタクで口も性格も悪い」
『舐めてんのか啼かせんぞ』
自信満々に言い切った風丸の言葉が聞こえてたのか吹き出したやつが二、三名。そいつらも睨んでみれば風丸は落ち着いたように笑った。
「自分ルールが強くて、飽き性でめんどくさがりで、寂しがりで手が焼けて…でも絶対に人を貶しめないし、見捨てない」
『、』
目を細めた風丸はそれからぱっと表情を変えた。
「ああ!でも!さらっとした顔でなんでもこなすからそこはやっぱりむちゃくちゃ腹が立つ!」
『は?』
「勉強も恋愛も!なんならサッカーまでできるなんて!なんでお前そんなに何もかもイージーモードそうにしてるんだよ!」
『はあ??』
「そういえば来栖ってテストの点はいいのか?」
「毎回全教科95点以上!休み時間はゲームしてるのに!授業中はほぼ寝てるのに!!なんなら半分くらい休んで来ないのに!!!」
逸れ始めた話は俺に有益になりそうにないから、無視して着替えを済ませる。
一応振り返ってみればまだ風丸が俺の授業態度について熱く語っていて、冬花と道也が帰るというから同じ車に乗るために出口に近づく。俺の行動に気づいてた不動と飛鷹にだけお先にと声をかけて部屋を出た。
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