DC 原作沿い
最初に共に仕事をしたのはヒロだった。ジンに呼び出され、狙撃手として専任された仕事に、監視役として現れたらしい。
当人であるパリジャンも仕事内容を知らされておらず、同席したいたスコッチに驚いていたそうだ。
任務は仕事を失敗した人間の始末で、スコッチが遠方から狙撃、万一に備えてパリジャンが近隣で待機し屠る。そんなざっくりとした作戦は予定になかった仲間のせいで危うく失敗するところだったのを待機していたパリジャンが始末して成功させた。
任務を終わらせると、迎えが来るまで少しだけ二人きりで話すことになる。
得意なことはないというパリジャンの言い回しはあの頃と変わっていないそうで、パリジャンは迎えが来る直前に目の違和感を覚え、更にはスコッチの声に反応したらしい。
詳細がわかる前に迎えのカルバドスが現れたことで話は途切れてしまったものの、その後任務の送迎を頼めばあっさりと了承を得られるくらいスコッチはパリジャンと良好な関係が築けていた。
次は僕だった。取引を終わらせてこいなんてざっくりとした任命に詳細をよこせと思いつつ向かった埠頭で、待っていた黒いポルシェの助手席に嫌味を吐いたところ、降りてきたのがパリジャンだった。
取引後の始末を任されているらしいパリジャンは送迎のためだけに来ていた様子のジンとウォッカを見送ると挨拶もそこそこに身を隠してしまう。
殺意が高めの取引相手が何も持っていないことに内心焦っていれば、音もなく相手の背後に現れたパリジャンの姿に静かに固まる。足元に転がるのは先程まで立っていたはずの取引相手の仲間たちで、気づけば立っているのは目の前にいるボスだけ。
その最後の一人すらもあっさりと無力化してしまったパリジャンは、本当にもう俺達の知る人間ではないのだろう。
一瞬の動揺も、嘘も見逃さないように笑い掛ければ困った顔をして口を動かす。
『俺が何言ってもあれかもだけど、俺そういうの得意じゃないんだぁ』
―『頭の回転良くないし、俺、そういうの得意じゃないよ』
二重に響いた音に目を見開く。
ヒロが歯切れ悪く話していたのはきっと、これのせいだろう。
面影を残すも、長く明るい髪も、ゆるい口調もあの頃とは違う。それなのに記憶が結びつけて、おかえりと泣きそうになるから唇を噛んで必死に抑え込んだ。
ライからパリジャンの不調を聞いたのはたまたまだった。パリジャンの不調にライの恋人である宮野明美が関わっていなければ、きっとライの口から聞くことはなかっただろうし、俺達も事態を知るまでに時間がかかっただろう。
話を聞いてヒロがあまりに動揺しているから、バーボンとしてスコッチを牽制する。ライは違和感を覚えてなかったのか気にしていないようないつもの何を考えてるのかわからない表情で、なにかわかったら教えてくれと話を切り上げた。
いくつかあるセーフティハウスに帰る。身体検査を済ませてからリビングに入り、息を大きく吐き出した。
こんなに動揺をしているのは、俺がまだ彼奴をパリジャンとして割り切れていないせいで、ヒロの事を言えない。
鞄を投げ捨てて、ベッドに転がる。
「くそっ」
溢れた悪態を窘める人間も、猫かぶりと驚く人間もここには居ない。
あからさまに探りを入れることもできず、鬱々とした日々を送る。人を騙して、殺して、たまに本物の顔をして。
その日は本当に運が良かった。ベルモットの外出の足に俺が選ばれた。
海外から戻ってくるなりずっとパリジャンの拠点に詰めていたベルモットの外出は随分と久しぶりで、車を回せばいつもどおり着飾ったベルモットが乗り込む。
「どちらまで?」
「この間教えてあげた家まで」
セーフティハウスの一つを指定されてすぐさまアクセルを踏んだ。ベルモットは晴れない表情で肘をつき外を見てる。しばらく走りながら、珍しく何も話し出さないその様子に、言葉を選び、口を開く。
「貴方の表情が曇ってるのは珍しいですね」
「…どうせ、貴方も知ってるんでしょう」
「パリジャンの不調ですね」
返事はない。外を見てるベルモットは眉根を寄せていて、機嫌が悪くなったようにも、よくなったようにも見えなかった。
「ライの恋人が大変心配していて、なにか知らないかとライから聞かれました。…そんなに芳しくないんですか?」
「……………」
きゅっと、更に眉根を寄せ、目を伏せる。ふちどる長いまつげが惜しげもなく晒された。整った顔立ちにそういえばこの人女優だったなとぼんやりと思って、ベルモットは首を横に振った。
「…あまりにも苦しそうで…私が変わってあげられたらって思うわ」
「………貴方が親のようなことを言うなんて驚きです」
「…ふっ、そうね。貴方が知っている、私らしくはないでしょうね」
含みを伴った返事に眉根を寄せて、車を止める。いつのまにかたどり着いてしまっていたセーフティハウスにベルモットは席を立つと俺を見据えた。
「支度したらまた移動するわ。紅茶くらいなら出してあげるわよ」
「お誘いならまだしも、女性の部屋に上がるなんて恐れ多いです」
「そう。20分もかからないわ」
返事はなんでも良かったんだろう。扉を締め、慣れた様子で扉の向こうへ消えた彼女に息を吐いて、目を瞑る。
ベルモットの憔悴した空気は嘘ではないだろう。パリジャンのコードネームから考えても、彼奴がベルモットの子飼いという話は嘘ではないはずだ。
初めて一緒になった任務の帰り際のことを思い出す。
どこか苦しそうな、様子のおかしいパリジャンは俺を見て今にも泣き出しそうだった。口が開かれようとしたところで迎えのアイリッシュが来たことによりパリジャンは帰ってしまったけれど、もし、後一分でもアイリッシュの迎えが遅ければ、パリジャンはなにを訴えるつもりだったのか。
ぼーっとしていれば車の扉が開いた。助手席が開いたことではっとして顔を上げ、息を呑む。
「10分で済んだわ」
「それは…」
「簡単なメイクよ」
いつもの気の強そうな目元は目尻が下がってなだらかで、眠たそうにも見える。普段のアイスブルーの色をした冷たい瞳は、柔らかく蕩けるような蜂蜜に近い琥珀色。
パリジャンとの血縁を思わせるような容姿に、引きつりそうな口角をあげた。
「パリジャンの真似をして、何をされるおつもりで?」
「原因探しよ。次はここに向かってちょうだい」
見せられた住所は病院で、パリジャンの行動をトレースするつもりらしい。似た容姿の人間が同じ場所にいれば、心当たりのある人間は不審な動きをするだろうと、そういう意味でわざわざこの家に寄ったらしい。
住所を確認して、背筋に冷や汗が流れる。
「では向かいますね」
「ええ」
表面は穏やかに、心臓は痛いくらいに高鳴っている。たしかに、このあたりで腕の良い大きな病院といえばここだろう。
だからこそパリジャンは宮野明美を連れていき、そして、彼奴らも眠っている。
近づくほどに痛いくらい高鳴る心臓と早くなる脈拍。ハンドルを握る手は汗をかいていてはめている手袋が湿って気持ち悪い。
病院が見える範囲の駐車場に車を止めて、ベルモットはこちらを見た。
「ついてくる?」
「そうですね。駒は多いほうが貴方にとっても良いのでは?」
「そうね。これをつけてちょうだい」
差し出されたものを左手で受け取る。小さなプラスチック製の容器に封がされているそれは、使い捨てのコンタクトレンズだろう。
「カラーコンタクトレンズですね」
「今から私達はパリジャンの姉と弟。パリジャンの忘れ物を探している体で行くわ」
「パリジャンが来れない理由は?」
「それこそ体調で十分よ」
カバンから取り出された大きめの鏡を覗き込む。自分の青色の瞳の上に琥珀色を乗せて、金髪も相まってたしかに兄弟と言われても納得ができる見た目になった。
二回瞬きをして痛みがないのを確認する。何も言わない俺にベルモットは車を降りたから俺も続いた。
「あの子はパリ、私はベル、貴方は…」
「バーボンは目立ちますから、トールが妥当では?」
「そうね」
深堀されるようなこともないだろう。だからベルモットはそれ以上なにもう言わずに病院の中へ入った。
「私は受付に聞いてくるわ」
「それなら僕は院内を奥から回っていきます。なにかあれば連絡を」
「ええ」
訪問外来に足を進めていったベルモットに、不自然にならない程度の速さで歩いて、奥の入院棟に向かう。
あえて入院棟を希望したのはもちろんベルモットを必要以上に深入りさせないためだった。
ある程度捜索した痕跡が残ればベルモットも怒りはしないだろう。
「あ!お兄ちゃん!!」
聞こえた高い声が、親しみを込めてあからさまに俺を呼んでいるから振り返る。そこには入院着をまとった小さな子どもと、その横に看護師がいて俺を目視するなり目を丸くした。
「え、がいじんさんなのにおにいちゃんじゃない!」
「急に呼び止めてしまい申し訳ございませんでした」
「いえいえ」
僕を見て残念そうに、そして怯えたような子供は人見知りの気があるんだろう。付き添ってるらしい看護師が慌てて謝るからにこやかに笑って、膝を折り視線を子供へ合わせた。
「僕はトールです。もしかして、先週僕の兄に会いましたか?」
「がいじんさん、おにいちゃんのおとうとなの??」
困惑してる子供にあれ?と目を瞬く看護師。これは看護師に聞くのが正解かと身は屈めたまま顔を上げ、人差し指で目元を指す。
「兄はパリと言います。僕よりも後ろの髪が少し長くて、お揃いの目の色をしてませんでしたか?」
「あ!やっぱり!あの人のご家族様だったんですね!」
ぱっと明るくなった表情に当たりを引いたと微笑む。
「やはり兄がこちら来てたんですね!」
「ねーねー、今日はおにーさんいないの?」
「ごめんね、兄は具合が悪くて家にいて、それで代わりに僕が来たんだ」
「そっかー」
「本日はどのようなご用件で?」
「兄が出かけたときに落とし物をしたそうで、探している最中でして」
「えー!おにーさんなに失くしちゃったの??」
「定期ケースを落としたみたいなんだけど見てないかな?このくらいの小さいやつなんだ」
「んーん!私は見てない!」
「定期入れですか…もしよろしければナースステーションで確認いたしますが…」
「ああ、そちらには姉が聞きに行っているので大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「わ!おにーさんはおねーさんもいるの!?」
「うん。僕達そっくりなんだよ」
「すごーい!」
言葉を何一つ疑わずに目を輝かせてくれる小さな子どもにちくりと針で刺されたような痛みが走る。
看護師がそうでしたかと頷いて、そうだ!と小さな子どものほうがポケットから何かを取り出した。
「あのね!おにーさんがくれたやつ私ちゃんと持ってるの!」
「これは…リス?」
「うん!となりのしんじくんも、みなみちゃんも、作ってくれたお花とかうさぎさんとかだいじにもってるよ!」
「本当に貴方のお兄様には私共も感謝しております。おかげさまであれだけ見向きもしなかった子どもたちが折り紙に夢中でして、今は空前の折り紙ブームなんです」
「…ふふ、大切にしてくれてよかった。兄に伝えたら喜びます」
パリジャンがあの日何をしていのか。病院となれば患者の気分転換を兼ねてレクリエーションをするとこもあるだろう。そこでどういう経緯か乱入したパリジャンが折り紙を子どもたちにあげて感謝されている。そんなところか。
「ん!あ!そうだ!これおにーさんにもあげる!」
いそいそと次にポケットから取り出したのはハートが四つ並んだような形をした折り紙で、パット見ただけでそのモチーフを理解する。
「四葉のクローバー?」
「うん!おにーさんと、おねーさんのぶん!このあいだのおにーさんにもあげたんだけど、みんなしあわせになりますよーにって!」
「……そっか、ありがとう。僕も大事にするね」
折り紙だけならパリジャンが彼処まで取り乱す原因にはならないはずだ。これからリハビリらしく、専用の場所に向かうという二人と別れて、時間を確認する。
ベルモットと別れてすでに30分強。これならそろそろ戻ってもいい頃だろう。
入り組んでいる院内を歩く。向かい側から聞こえてきた足音に顔を上げて、嫌に見慣れた大きな体に目を見開く。向こうも俺を見てあからさまに固まって、抱えていた花を大きく揺らした。
どこに、目があるかわからない。だから僕として会釈をして、視線を反らし、横を抜ける。
「彼奴を見つけた」
「、」
聞こえた低い声に肩がはねた。
「あ!よく見りゃにーちゃん似てんなぁ。見舞いに来てた金髪の子の知り合いか?」
わざとらしく大きな声を出して問いかけてきた彼に口角を上げる。
「もしかして、兄と会ったんですか?」
「お、弟かー!よく似てんなぁ!ちょっと待っててくれよ、この間にーちゃんが帰るとき落としモンしてったんだよ。追いつこうにも間に合わなくてなぁ」
取ってくるから待っててくれよと歩いていった彼は近くの病室の中に入っていって、手のひらを握る。
もしかして、パリジャンの不調の原因は、
からりと微かな音を立てて扉が開き、駆け足で戻ってきた彼はほらよと黄緑色のそれを差し出す。
「綺麗だったから取っといたんだ。兄ちゃんに渡しといてやってくれ」
「はい!ありがとうございます!」
「じゃーな!」
ぽんぽんと俺の頭に手を置いて、気さくなおじさんを演じながら病室に戻っていったその姿に、手のひらに残されたそれを見る。
僕がもらったのと同じ四葉のクローバーの折り紙と、小さく折りたたまれたメモ。
すぐさま歩き出して通りがかったトイレに入る。個室に閉じこもり、メモを開いた。中身を確認して、破ってトイレに流す。
それから携帯を取り出してベルモットにメッセージを入れて足早に病院を後にした。
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