DC 原作沿い



『お水足りてる?』

「ん゛、へいぎ…ごめんね、パリぐん」

後ろの席でごほごほと咳を溢してる明美ちゃんは酷くつらそうで、代われるのなら代わってあげたい。

数日前から体調が芳しくないと聞いてはいたけど、朝にもらった電話の向こう側の声があまりに声がガラガラで辛そうだったから送迎を引き受けた。

バスで行くつもりだったらしいけど、こんな状態の明美ちゃんを一人にしたら攫われてしまうかもしれないし、志保ちゃんからも了承を得られたのですぐさま車を回した。

私生活に支障は出てないと言っていたけど、咳のしすぎで声は出てないし、体の倦怠感がすごいらしい。季節の変わり目のこともあって、周りで流行ってるという風邪をもらってしまったんじゃないかって明美ちゃんは言ってた。

病院にたどり着いてみると、大きめの病院なこともあってか待合室は結構混雑してる。診察券を出しに行った明美ちゃんを見送って、ふらふらしつつ中で待つことにする。外は、月が変わってすぐに寒くなった。居たら俺も風邪を引きかねない。

売店で温かいお茶を買ってちびちび飲む。明美ちゃんの診察順はかなり先らしく、何をして時間を潰すか悩む。

留まっているのと難だからと歩き回っていると小さめな子どもたちがはしゃいでいるスペースにぶつかった。

どうやら入院棟まで来てしまってたようで、広めのスペースでレクリエーションをしてるらしい。

折り紙をしたり、絵を描いたり。賑やかなその様子を眺めていればそのうちの一人が俺に気づいて明るい髪色が珍しかったのか目を輝かせながら近寄ってきた。

「きれーなおめめとかみ!!がいじんさんでしょ?!えーごしゃべれる!!?」

キラキラの大きな瞳に膝を折って屈んで微笑む。

『ごめんねー、俺英語喋れないんだぁ』

「えー!つまんなーい!」

「あ!こら!」

看護師さんが慌てて子供を回収しようとするから、ヘラっと笑って近くにあった折り紙を取る。

『俺ねー、英語はできないけど折り紙得意だよ!』

「えー?そんなこといってつるはもういっぱいあるからだめだよ!」

『ふふん!見ててね!』

色が明るくないからか人気のなかったらしい、異様に余ってる茶色の紙を端を揃えながらせっせと折っていく。折り目をつけて、開いて、向きを変えてまた折って。一折するたびに子供が集まって、出来上がったそれを目の前の子に差し出した。

『どーだ!』

「リス!!」

『ふふん!』

「すごいすごい!がいじんさん!もっとつくって!」

「私水色のお花がいい!」

「俺もどうぶつほしい!」

わらわらと集まる子どもたちに順番に並んでねと整列させて、リクエストに答えていく。前にウォくんとたくさん折り紙をしたのがこんなところで役立つとは思わなかった。

一人一個、好きなものを作ってあげた頃にはそこそこいい時間だったらしく、看護師さんの終わりだよーの声に子どもたちが揃えて不満を口にする。

ちょっと人気者になった気分に嬉しさを覚えつつ、感謝と謝罪をし倒してくれる看護師さんに大丈夫でーすと返しておく。

最初に話しかけてくれた子と手を繋いで、看護師さんと一緒にその子の病室に向かった。

「この子とても人見知りで、来たばかりなこともあって他の子とも中々馴染めなくてつまらなそうだったので、貴方のおかげでとても楽しそうにしてくれて本当にありがとうございました」

『そっかー。俺に話しかけてくれてありがとね』

「んーん!本当にありがとう!おにーさんにこれあげる!」

『いいの?ありがとー!大事にするね!』

「おにーさんもしあわせになりますよーに!」

これから検診があるらしくベッドに座ったその子に手を振って、看護師さんとも別れる。

ふと周りを見れば入院棟の随分奥まで来ていたらしい。所在地を確認すれば元いた場所へは渡り廊下を通って別棟から降りなければいけないらしい。

思ったよりも入り組んだ作りに館内図を頭の中に入れこんで歩き出す。

記憶を頼りに曲がって、階段を一度上がって、別棟にたどり着いたところで不意に進行方向先にあった部屋から看護師さんが出てくるのが目に止まった。

検診でもあったのか持ってきていた荷物を持って部屋を離れていく看護師さんを見送って、歩き出す。

なんとなく部屋の前に通りかかったところでかかっている入院者の名前を見た。

『…………?』

個室のような場所なのか、二人分しかない名前入れには二人分、ぴったりと名前がハマってる。フルネームらしく漢字が四文字ずつ並んだそれに手が伸びる。

施錠のない扉はすんなりと開く。微かにレールを転がる音だけが響いて、開いた扉の向こう、通路のようにまっすぐ目の前が開いてる。大きな窓の向こうにはオレンジ色の小ぶりの花がたくさん連なった大きな木が揺れてた。

窓が開いてるのかふわりとした甘い薫りが室内漂っていて、一歩進む。

右と左に、ベッドが置いてあった。

どちらも眠っているらしい。ベッドの上には成人しているであろう二人の男がそれぞれ眠っていて、流れるような癖のない黒い髪と、柔らかそうな癖のある焦げ茶の髪。通った鼻筋を晒して眠る二人には全く見覚えがないのに、目の前が暗くなった。

『は、っ、はっ』

この間のバーボンくんの時と比べ物にならないくらい苦しい胸に、息ができない。

痛くて、苦しくて、熱くて仕方ない腹を押さえる。

『っは、』

吸い込んだ空気が甘くて、吸っても吐いても胸が苦しい。

ここに居たら駄目だ。

それだけはくらくらする頭の中でもわかって、ふらつきながら部屋を出る。扉を越えて、噎せながら、近づいてきた足音に顔を上げた。

「は…な……お前…!!」

見舞い客だろう、腕に赤色の花弁が広がった花束を抱えた上背がある男で、更に締め付けられた心臓に息が苦しくなった。

「なんでここに!」

『っ、が、ふっ』

わからないけど、怒られてる。人に怒られるのはとても怖い。

もしかしたらここの病室の見舞い客だったのかもしれない。

ふらつく足を叱咤して、走り出した。

「あ!おい!待て!!」

後ろから聞こえる声は大きいのに、それよりも自分の呼吸音のほうが煩い。

階段を飛び降りて、とにかく走る。

こわい。一人は嫌だ。
誰か、今すぐ誰かに会いたい。

「パリくん!!」

響いた声は俺を呼ぶ声のはずで、顔を上げる。なんでか泣きそうな顔をしてる彼女に大丈夫と言いたいのに息が詰まって声が出ない。

「パリくん!どうしたの!?」

『あ、はっ、かっ』

「っパリくん…!私はどうしたらいい?!」

冷静に問いかけてくるから、辛うじて残ってる意識で携帯を取り出して、息を吐く。

『あ、い、くん、』

「アイくんね!?わかったわ!!」

理解してくれたらしくすぐに呼び出して一生懸命に話してくれてる。

息ができてないからか目の前が暗い。変な呼吸音が響いて煩い。

「大丈夫、大丈夫よ、パリくん。すぐに来てくださるからね!」

背を撫でて声をかけてくれる彼女にどうにかして意識を保って、どれぐらい経ったか、ぐっと身体を引っ張られて抱えられた。

「パリジャン、しっかりしろ」

『あ、い、く…?』

「パリジャン、もう大丈夫だ。俺も、明美もいるぞ」

『あけ、み、ちゃ、あい、くん』

隣に人がいる。でも、息が苦しい。何も考えたくなくて目を瞑る。明美ちゃんがいて、アイくんが居るなら、もう怖いものはなにもない。

全部、寝て忘れてしまおう。

起きる頃にはきっと、この痛みもなくなってるはずだ


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