DC 原作沿い


今日も今日とて部屋でうとうとしていれば、増えた気配がまっすぐ俺に近づいて左手に持っていたものを後頭部にぐりぐり押し付けた。

『んん、いたい…』

「起きろ」

『ういっす』

いつもどおりバイオレンスな起こし方をしてくれるジンくんに顔を上げる。おはようございやすと差し出されたパーカーを羽織った。仕事用の上着だったから眼鏡も持って、扉のところでタバコに火をつけたジンくんを見つめた。 

『どこで仕事?』

「埠頭で取引だ」

『取引?俺が行くの?』

「見張りだ」

『見張り』

珍しい任務にとりあえず頷いてついていく。タバコを吸いながら歩くジンくんはそれ以上の情報をくれなそうだから斜め後ろを見て、ウォくんが察したように口を開いた。

「先日、スコッチとパリジャンさんが始末したふたり組が最後に取引していた組織との売買があります」

『あー、そういうこと?ん、取引妨害じゃなくて見張りでいいの?』

「始末しろ」

『そういうことね!任せて!』

「相変わらずパリジャンさんは飲み込みが早いですね」

『ふふん!すごいでしょ!』

「はい!」

ウォくんが躊躇いなしに頷いてくれるからテンションが上がってスキップでもしてしまいそうだ。それを見越してかジンくんは吸い込んでた煙を俺に向けて吐き出して、顔面で受け止めてしまったからいつもどおり盛大に噎せた。

『煙〜!』

「はしゃぎすぎてしくじるなよ、パリジャン」

『んん、俺そんなに能天気じゃないよー』

噎せるあまりに滲んだ涙を拭う。ウォくんが苦笑いを浮かべながら開けてくれた扉から後部座席に乗り込んで、そうすればまたウォくんが丁寧に扉を閉めてくれた。運転席にウォくんが乗り、ジンくんは助手席に乗る。

すぐに発車した車の中で、俺の隣の座席に置いてあった資料を手にとって見つめる。

「今回のターゲットです。若干人数が変わる可能性もあるんで、必要なものがあれば持っていってください」

『うん、ありがとう』

一緒に添えられていた銃と弾は普段ジンくんとウォくんが使っているのと同じタイプらしい。取引からの始末は離れたところに仲間がいるタイプが多く、今持っている銃だけじゃ弾数は少し不安だ。

『ジンくん、一つ借りるねー』

「しっかり返せよ」

『はーい』

弾を詰めて、銃を身体につけるように巻いてるベルトに挟んでしまう。パーカーをはおり直せば深夜なこともあり飛ばしていた車は目的地についてちょうど止まったところだった。

『よーし、久々の仕事がんばるぞー』

「俺の仕事を増やすなよ、パリジャン」

「お気をつけていってらっしゃい」

流れるように新しいタバコに火をつけたジンくんと、降りて俺の座る席側の扉をあけて挨拶を告げるウォくんに目を瞬く。

『二人は行かないの??』

「行かねぇ」

「今回の取引はバーボンが行います」

『ばーぼん?』

最近聞いたような気のする名前に首を傾げる。どこで聞いたんだっけと目を瞬けば察しの天才のウォくんが補足をつけてくれた。

「先日一緒に仕事したスコッチとほぼ同期のバーボンです。ほら、金髪の」

『あ!見たことある!』

記憶に紐付いて頷いた俺に安心したのかウォくんは息を吐いて、ジンくんは何故か楽しそうに笑った。

ウォくんはともかく、ジンくんが嬉しそうなのは不思議で、問いかけるより先に車の音が近づいてきたから顔を上げた。

見覚えのない黒色の車はすっと適度な距離を保って止まると運転席から暗闇でも映える金色が現れる。

「おまたせしてしまいましたか?」

柔和な笑み。目がじっと助手席のジンくんを見つめる。タバコに夢中なジンくんの代わりにウォくんが首を横に振った。

「約束の時間までにはまだ余裕がある。仕事内容はわかってるな」

「ええ、もちろん」

「失敗は許されないぞ」

「僕が失敗するとでも?」

にんまり笑うバーボンは自信家なのかもしれない。ウォくんが眉根を寄せたところでバーボンが言葉を並べる。

「そちらこそ、後片付けでしくじったりしないでくださいよ?」

「はっ、あり得ねぇな。…なぁ、」

今の今までタバコとお友達だったジンくんが口を開いて笑う。ウォくんが押さえてくれてた扉から車を降りて立ち上がり、一つ、伸びをしてから視線を戻す。

一瞬目の色を変えたバーボンはすぐに口角を上げた。

「おや、今回の仕事は彼とですか」

『うん!バーボンくんよろしくね!』

ちょっと距離が離れてたから駆け寄って手を出して、握手をする。バーボンくんが面食らって固まった瞬間に手を離してもとに戻り、ウォくんが忘れ物はないかと確認してくれるから大丈夫と返事をして、ウォくんが運転席に戻った。

『帰りはどうしたらいい?』

「いつもどおり連絡をお待ちしてやす」

『はーい』

ジンくんはタバコに意識を戻し、ウォくんは俺に挨拶をして車を動かす。見慣れた黒色が離れていって、排気音も聞こえなくなったから視線を向けた。

『改めて、今日はよろしくね』

「…ええ。よろしくお願いします」

柔和ながらも隙のない表情と佇まい。そんな中で一瞬だけ揺れる瞳が気にならないわけじゃなかったけど、もしかしたら初めての相手と仕事をするのに緊張してるのかもしれない。

『後片付けはしっかりやるから、バーボンくんは安心して取引しててね!』

「そのつもりです」

プライドが高そうな台詞に笑みを返して、さてと周りを見る。そろそろ取引相手が来る時間のはずだから俺は隠れたほうがいいだろう。

『じゃあまた後でねー!』

「ええ。お手並みを拝見いたします」

細められた目は俺の言動どころか心の中まで探ろうとしてるようで、そういえばスーくんは驚くほど俺をあっさり信用してくれて一緒に仕事をしてくれてたからこれが普通かと思い出した。

バーボンくんを置いてさっさと歩きだす。このあたりの地形を思い出しながらふらふらっと取引場所とやってきそうな出口が見えるところに立って、気配を殺す。

ただ、ぼーっと、殺意どころか意識というものすべてを捨ててそこにいれば車の音が聞こえてきて予想通りニ台分、それが通り過ぎていって、その後ろから予定にない車とバイクが距離をおいてついてきてた。

ウォくんから聞いていたよりもだいぶ多いお客さんに、仕事のしがいがあるなぁと離れたところで折りたそれらを眺める。ジンくんに借りといてよかったなと思いながら、腕を上げる。

ざっと右耳から聞こえた音と共に、左の眼鏡に映像が流れだした。

バーボンくんが何を考えているかはわからないけど、にこやかに初めましてと笑って、向かいの人間と挨拶を交わす。相手はひどく硬い表情で、バーボンくんは相手の手元を見てわかりやすく表情を歪めた。

「今回はそちらから荷物を預かると聞いていたのですが…」

高笑いを始めた相手に大きく息を吐いて頭を押さえたバーボンくんは起死回生の打開策を考えてる最中だろう。

空っぽになってしまった中身をつめ直しながら、気配と思考は最低限にした状態でそっと歩きだす。歩きながらウエストポーチから必要なものを取り出して、近くにあるそれに差し込む。もう一本も同じように刺して、それから準備が済んだジンくんの相棒のひとりを構えた。

向こう側にいるバーボンくんは俺に気づいて、眉根を寄せて首を傾げる。

「この場合、僕は失敗したことになるんですかね…?」

『ならないと思うよ?』

「は、」

驚いてか振り返ったそれは、俺と、その周りを見て目を見開く。

固まっている間に引き金を引いて、右脛を撃ち抜けば悲鳴とともに体が崩れそうになるから、先に持っていたそれを刺した。ばたりと倒れてから苦しそうに俺を睨みつけて、動かなくなる。

銃をしまったところで近づいてきてた気配が向かい側で止まった。

「迅速な対応をしてくださって助かりました。さすがパリジャンですね」

『気にしないで、俺の仕事だもん』

「噂では聞いていましたか、本当に仕事が早い。……まるで、最初から知っていたようだ」

『んぇ??』

すっと細められた瞳にぱちぱちと瞬きをする。そうすれば何故かバーボンくんは固まって、言葉をつまらせた。

『うーん。俺が何言ってもあれかもだけど、俺そういうの得意じゃないんだぁ。だから、取引があって、その監視と後片付けが任務って言われてて、仕事したの』

「、」

きゅっと眉根を寄せるバーボンくんはどこか寂しそうで、俺は変なことを言ったんだろうか。

バーボンくんはなにか堪えるみたいに目を強く瞑って、息を吐いたあとに開いた。

「…今回だけは、貴方を信じて差し上げますよ」

『そっか!よかったー!』

「………単純な奴」

『??』

呆れたみたいな表情と小さな声は全然バーボンくんらしくない。聞き間違いかなと首を横に振って、さてと足元に転がってるものを見つめる。

数を確認して、最初と変わってないことに頷けば、パリジャンと呼びかけられた。

振り返った先のバーボンくんは静かな目で転がってるそれを一瞥して、すぐに顔を上げる。

「…殺したんですか?」

『ん?んーん。全員生きてるよー』

「、なぜですか?」

『ええ…?何故って…だって、今回殺せって言われてないし…?』

「………命令がなければ殺さないんですか?」

『殺す必要ないじゃん…?』

当たり前のことを聞かれて、バーボンくんの考えが物騒すぎてちょっと引く。

『こわ…』

「は?」

『あ、』

「おい、距離を取るな。その言葉の意味を説明してからジンを呼べ」

『うええ、むっちゃ猫ちゃん厚いじゃん!バーボンくんこわぁっ!』

物理的な距離を取ったことがお気に召さなかったのか、目を据わらせて、有無を言わせない口調で詰めてくる。携帯を持ってる左腕が掴まれて、見た目の雰囲気にそぐわない強い力にビクともしなかった。

『強っ!動かない!!どっからその力出てきてるの!!?こわいこわいこわい!!!』

「…怖がるな」

ぐっと引っ張られてつんのめる。飛び込んだ腕の中は強い薫りがして、それからふわっと柔らかい薫りがした。見た目にそぐわない力強さと、予想通りの香水に、その中に隠れてる別の柔らかな匂い。

理解した瞬間にずきりと頭が痛んで、胸が締め付けられる。

「勝手に俺から離れるな」

『………………バーボンくん?』

腕の中のせいで顔は見えないけれど、聞こえた声は小さくて苦しそうに思えた。腕もちょっと震えていて、なんだか辛そうだ。

掴まれてない左手を伸ばして、バーボンくんの背中に回す。ぴくりと肩が揺れたけど気にせずにとんとんと開いた手のひらで一定の間隔を保ち撫でるように叩く。

『バーボンくん、大丈夫大丈夫。俺はどこにもいかないから落ち着いて』

「っ、…嘘つき」

ぎりっと歯が軋む音の後に声が溢れる。いつ嘘をついたかと考えようとしたところで携帯が揺れる音が響いた。

はっとしたように腕から力が抜けて離れたバーボンくんは、わざとらしく咳払いをして顔ごと目を逸らす。

「失礼しました」

『ん?うん??』

バーボンくんはすっかり最初見たときと同じ顔に戻ってる。謝られたことに首を傾げて、鳴り続けてる携帯を耳にあてた。

『もしもーし』

「お疲れ様です。取引はどんな感じですか」

『ウォくん!お疲れ様ー。ちょっど全部終わったところだよ!ぴったりのタイミングだったね!』

「え、早いですね」

『もうなんか最初から向こうがやる気満々だったんだもん』

本来なら取引終了後にひっそりと始末する予定だったけど、すべて前倒しだったからこんなもんだろう。

顔を上げればバーボンくんはじっと俺を見ていて、何故か不安そうな顔をしてる。目があったことにバーボンくんはわかりやすく瞳を揺らし右手を握りしめていて、あ、と言葉が漏れ出した。

「どうしやした?」

『あのねあのね、バーボンくんなんだけど、』

ぴりっと向かい側の空気が張り詰める。ウォくんが言葉の続きを待っているようだからすぐに口を開いた。

『取引の荷物、向こうが持ってきてなかったからなんにも貰えてないの。でも俺の仕事手伝ってくれてちゃんとしてたから、ジンくんに捨てちゃ駄目だよって伝えといてね』

「ああ、そうだったんですね。了解しやした」

『それで、居たのは全部生かして転がしてあるんだけど、俺が持って帰ったほうがいい?』

「いいえ。すぐに回収係が行くんでそのまま置いておいてください」

『りょーかーい』

「パリジャンさん、お疲れ様でした。迎えが間もなくつくんで、ゆっくりしててください」

『はーい』

通話を終えてポケットに携帯を入れる。

突き刺さってる視線に顔を上げればなんでか眉間に皺を寄せた険しい顔をしてるバーボンくんがこちらを睨んでたから目を瞬いた。

『怖い顔してどうしたの?』

「……何故、僕をかばったんですか」

『かばう?』

「僕の先程の行動は貴方にとって奇行で、致命的でしょう。ジンに告げ口をしなかったのは何故です?」

『んー?』

随分とややこしいことを考えてるみたいだ。何もかも疑ってるらしいバーボンくんは息が苦しそうで疲れてるのかもしれない。

『奇行って、バーボンくんの猫かぶりが激しいってこと?それなら俺気にしてないもん』

「猫かぶり…」

『俺が嫌いなのは裏切り者。別にバーボンくんに裏切られた訳でもないし、いちいちそんなことジンくんに言う必要もないでしょ?』

「……………」

納得がいってなさそうなバーボンくんから眉間の皺は消えない。真偽を確かめるためかじっとのぞき込まれるみたいに向けられた澄んだ蒼色は、街灯のほとんどない薄暗い視界の中でも輝いて見える。

きれいな蒼色を見つめていれば、視界がブレる。目の前の彼は何も変わらないけど、なにかがおかしい。考えるよりも早くぎゅっと掴まれてるみたいに胸が詰まって右手で抑えた。吐き気はないけど、苦しくて痛い。

「パリジャン?」

『っ、』

呼ばれた名前にお腹の底が炙られてるみたいに熱い。変だ、なんか。何かが違う。

否定しようとして、口を開けるより早く、聞き馴染んだ排気音が近づいて来たことに気づいて顔を上げた。

響く低音はジンくんの車ともベル姉さんとも違う。滑り込むようにして後輪で半円を描ききゅっと止まったバイクに飛びついた。

「うぉ、どうした!?」

『…アイくん』

「おう、どうした、パリジャン」

当たり前のように受け止めて頭に手が乗せられる。大きな手のひらは暖かくて、痛みも熱みも消えたから顔を上げた。

『んーん、なんでもない!』

「なんだ、バーボンにいじめられたか?」

『いじめられてないよ!』

「情けねぇ先輩だ」

『いじめられてないってば!』

わははと豪快に笑うアイくんが勢い良く俺の髪をかき回す。怒るより早く手が離れて、ほらと用意してくれていたらしいヘルメットが被された。

『んぐっ』

「腹は減ってんか?」

『んー、あんまり』

「あまり動かなかったのか」

『よゆーの仕事だったからねー』

ずれてるヘルメットを正しく被って振り返る。目を瞬いてるバーボンくんに手を振った。

『お疲れ様ー、また一緒に仕事しよーね!バーボンくん!』

「え、ええ、お疲れ様でした…」

後ろに乗ってアイくんにくっつく。そうすればすぐにアイくんはアクセルを回して走り出し、加速すればあっという間に埠頭が後方に追いやられる。

そういえばバーボンくんを置いてきてしまったけど、バーボンくんは自分の運転で帰るんだろうか。

「パリジャン」

信号に止まったバイクのおかげでそこまで大きくない声もよく聞こえる。

『んー?』

「本当にいじめられたんならちゃんと言えよ」

『はーい』

心配してくれているアイくんに迷わず返事をすれば、バイクは走り出す。

アイくんが心配してくれているのはバーボンくんの猫かぶりを知ってるからかもしれない。

俺は気にしないと言ったけど、一緒にいることの多いらしいスーくんは知ってるのか気になるし、ジンくんがあの猫かぶりを見たらすぐさま銃を構えてしまいそうでちょっとそわそわする。

聞くとしてもジンくんの居ないところで確認しないとなと、襲ってきた眠気にアイくんの背中に凭れる。

「おい、あぶねーから寝んなよ」

『んー』

加速したバイクに目を瞑る。急いでくれてるらしいけど襲ってきた眠気に勝てそうになくて、意識を飛ばす直前にバイクが止まって、ヘルメットが外された。

「ったく。ほら、腕伸ばせ」

『ん〜』

促されるままに手を伸ばせば抱えられた。バイクで当たってた夜風のせいで冷えてた体が熱を求めているようで、触れたアイくんが暖かいからしっかりくっついて、眠りについた。


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