あんスタ
3
次々と消化されていく競技。みんなが出るものはしっかりと見る。その中でもこれから行われるのは誰も出ない競技だからその間にトイレに行き、みんなのもとに戻るため歩く。
競技は盛り上がってるのか歓声が響いていて、グラウンドに入ったところで、あ!いた!と声が聞こえた。
「来て!」
『っ?!』
手を引かれたことに目を見開いて言葉をつまらせたのに気づいていないのか、そのまま引っ張っていく金髪。後ろからは誰かに押されているしで足を動かさざるをえない。
縺れそうになりながら走って、テープを切った瞬間に離された手に一瞬ふらついた。
「一位は遊木くん!二位は明星くん!」
「お題は二人とも隣のクラスの人だったようでござるな!」
「それで二人とも紅紫連れてくるなんて、なんて直球な」
隣のクラスのやつなら今目の前に先に出場して座ってる奴もいたのにわざわざ探して俺を選ぶ必要はなかっただろう。
『まったく、驚いた…』
無駄な労力を使った気がして息を吐いてれば遊木くんがぱたぱたと手を振って慌てた。
「い、いきなり引っ張っちゃってごめんね!」
『うん?大丈夫だよ、一位おめでとう』
「ウッキーと同じお題でラッキーって感じ!ありがとうね!」
『お役に立てたなら何より』
二人に手を振って別れる。これ以上面倒事に巻き込まれないようにさっさと帰ろう。
やっと四人が見える。恐らく引っ張られてた俺を見てたのだろうシアンはにんまりと笑って、木賊にいたっては腹を抱えて笑ってたらしく目元に滲んだ涙を拭ってた。
『何笑って…』
「来るのだよ!」
『ちょ、』
「あはは!はーちゃん借りだし二回目だね〜」
いってらっしゃーいなんていう緩い黄蘗の声を背景にまたグラウンドに駆りだされた。
ちらちらとどこかを見ながら走っているその人は精一杯走っているのだろうけど少し遅く、苛立ち気に零された舌打ちに視線の先を追えば会長がなにか借りたらしくゴールに向かって走るところだった。
単純計算して近いのは俺達の方だけど、速さからしてこのままじゃ負ける可能性が高い。
仕方なしに掴まれてた腕を掴み返して、引っ張るように走る。後ろから戸惑うような声が聞こえた気がしたけど勝ちたいんでしょう?と言えばすぐに黙って、必死についてきた。
一番に俺たちがテープを切って一歩二歩くらいの差で会長が流れ込んでくる。
「っ、は、」
ぜーはーと息を切らすその人の背中を思わず擦ってしまったのは辛そうだったからに他ならないんだけど、会長からキラキラとした目を向けられたからやめた。
「一位斎宮さん、僅差で二位天祥院さん!接戦でござったな!」
実況の声に汗を拭って顔を上げる。
「一位?」
『はい、おめでとうございます』
ふわふわりと嬉しそうに笑ったあとに俯いて、次に上げた時にはふんっと鼻を鳴らした。
「当然の結果なのだよ」
嬉しそうに緩んだ口元によかったですねと笑って返す。
斎宮さんは天祥院さんを見て、それから俺を見た。
「助かったのだよ」
『お力になれたのならなによりです』
これ以上人目につくとこにいたくないから挨拶もそこそこに離れる。さっきと同じように歩いて、目があった青色に息を吐いた。
『俺、借り物出なくてよかったって本気で思ってるよ』
「はくあは借り物として出場している気がするぞ」
「お水飲みますか?」
二回目の借りられを終えてようやく座る。
次の準備に向かったらしい木賊と黄蘗は居らず、柑子が差し出してきたペットボトルを受け取った。
『災難だ』
「人気者は辛いな?」
にたにたと笑ってくるシアンにため息をつく。柑子もどこか楽しそうで、また息を吐こうとしたところで足音が近づいてきて目の前で止まった。
「ちょぉきてくれへん?!」
『…あ、うん』
「頑張ってください」
さっきよりはまだマシな問いかけ。今度は弟子の方かと仕方なしに立ち上がって走り出す。
例によって辿りついたゴールで、三度目の対面にゴールテープ係兼お題確認をしていた蓮巳さんと目が会い、またお前かと笑われた。
俺に気づいたらしい衣更も笑う。
「人気者は大変だな!」
「咄嗟に思い浮かんで、えっと、ごめんなぁ」
お題の紙を蓮巳さんに渡して堪忍してーと両手を合わせた影片の頭をなでて席に戻ることにする。
すでに三度目のこの道に、また連れられてたなとさっきまでは居なかったはずの月永さんが笑った。
『ええ、なのでちょっと避難しておこうかと思います』
作曲をしていたらしく散らばってる紙を飛ばないよう拾い上げて隣に腰を下ろす。
比較的人通りが少なく観戦席からも死角なここであればまた借りだされることはないだろう。
「自分から俺の隣に座ってくるなんて珍しいな!」
『この際静かに過ごせるならどこでもいいんで、貴方もおとなしく作曲していてください』
「んー?おとなしいかはわかんないけど、言われなくても霊感が湧き上がってきてるから作曲するぞ!」
寝ていた体を転がして近づいてきたその人は字が歪まないよう敷いていたらしい型紙を俺の膝にのせ、鼻歌を歌いながらその上の紙にペンを走らせはじめた。
随分と上機嫌で、更には集中しているのか途切れない動きに息を吐く。どうせ足を崩したところで改善はされないんだろうと空いてる方の膝に頬杖をついて携帯に触れる。
とりあえず借りもの競争が終わるまではここにいることにして、次の次、木賊と黄蘗が出る競技に間に合うように戻るとシアンに連絡を入れて携帯を置く。
遠くから聞こえる歓声。ペン先がノートをひっかく音と鼻歌。
日焼け止めを塗らないといけないくらい強い日差しと高い気温だけど木陰はほどよく涼しくて、ぼーっとしていればあれ?と声が聞こえた。
「何こんなとこでサボってんノ?」
不意に現れた魔法使いは俺を見て嫌そうな顔をする。歩いてて通りがかったらしいけど特に用事はないのか、急いだ様子もなくて足を止めてた。
『サボりじゃなくて僕は今、机になってるところだよ』
「へー」
どうでも良さそうな返事をして興味はないのかじゃ、後でネと離れていく。別れの挨拶に違和感を覚えて首を傾げれば、やっと見つけたと今度は呆れたような声色が響いた。
「アンタたちこんなところにいたの?」
「お!セナ!おつかれー!」
『お疲れ様です』
さっきまで競技に出ていた泉さんがここにいるということは、借り物競争は終わったのだろう。
泉さんは俺を見ていたずらげに笑う。
「しろくんが眼鏡かけてたら借り行ったんだけどねぇ」
『視力だけは良くてよかったと今ほど思ったことはないですね』
作曲家を回収しに来たらしい泉さんはほら行くよと月永さんを起こして歩いていく。
俺も木賊と黄蘗の活躍を見るために席に戻ることにした。
一人あたり、平均して二回ほど競技に参加することになっている体育祭で、適当に人気のないものに名前を書いたことによりエントリーをしてたのは障害物競争だった。
招集されて、割り当てられたコースにつく。障害物があるため自前の脚力はさして関係ないと判定されてから全学年まざった状態で始まるそうで、俺は第一走者にされてた。
内容はきちんと把握していないけれど、トラックのところどころに並んでるものは小物が多く、大きいのは跳び箱くらいだろう。
『障害物…変なのがなくてよかったかな』
着替えや食べ物があるタイプだったら厳しかったから安堵から息を溢せば、俺と同じ第一グループがスタートラインに並ぶ。6レーンに二年生は二人で、見慣れた灰色が俺を見るなり口角を上げた。
「負けねぇぞ!」
『味方なんだけど…?』
同じ色の鉢巻をしているのに勝ちも負けもないだろう。
「手ぇ抜いたら許さねぇからな!」
『うーん、がんばるね?』
曖昧に笑って返し、位置についての声にスタートの準備をして、響いた破裂音に地を蹴って飛び出した。
最初の障害物は50mも走らないところにあって、ほぼ大神と同じタイミングでたどり着く。
「ちっ」
『っと』
跳び箱に右手だけついて足を広げずに横に足を流して飛んで、着地すればまた走る。
ほぼ同時に足をついたから次の障害物につくのも大体同じで、障害物に向かっては越えてを繰り返していって、コーナーを抜ければ今度はマットが敷かれてた。
『え』
「なんだありゃ」
「最後は器械体操!マットを利用してなにか一芸おねがいします!」
こんなめんどくさい障害物を設置したのは誰だとこぼしそうになる。
嬉々とした実況の声。きっと前転とかをしろってことなんだろう。
愚痴を溢したところでどうにかなるものでもないし、ただ前転するだけじゃつまらないから、走る勢いをつけて手を伸ばした。
『とっ』
右手左手と順番に回転しながらついて、体をひねり、両足をつけた瞬間に蹴り上げ一回転。繋げてそのままもう一度念押しにバク宙すれば久々すぎて少し目が回りかけた。
目を回りかけても体は覚えているようで、危うげなく着地してそのまま走り出す。最後は直線だったからまっすぐ走りゴールテープを切って、息を吐いた。
出番が終われば同じ競技に出る他の走者か終わるのを待たなければならない。10分ほどかけて終わった障害物競争に喉が渇いたから自席に戻れば、バッと勢い良く四人は顔を上げた。
「はーちゃん!!」
『うん?どうしたの?黄蘗』
「今すぐここ座って!」
手を引っ張られて座らせられる。唐突な行動に目を瞬けばすっと差し出されたビデオカメラの画面に映像が流れ始めた。
どうやら先程の俺の走っているところらしい。記憶に違わず跳び箱から始まり、縄跳び、ドリブルと障害物を越えていき、マットにたどり着いて側転。
“「きゃぁぁ!はーちゃんかっこいいい!!」”
その瞬間にビデオカメラ内から感極まったらしい黄蘗の声が響いた。
“「腹チラ!今の腹チラご覧になりましたか?!」”
“「はぁぁぁん?!なんやねん!完璧人間かいな!!」”
“「…………」”
無言でカメラをまわしてたシアンが一番やばいと思う。何故か見せられた動画に目を落とせば興奮してる声がいくつも入っていて、意味を考えるのは止めて息を吐いた。
『……、軸がブレてる。久々にやるとできないもんだね』
「アカン!これだからはくあはアカンねん!!」
何故かダメ出しを食らって、グラウンドで発砲音が二回響き、午前の部が終了した。
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