あんスタ


3

レッスンを終わらせて部室を締め、前を歩く背中を眺める。普段であれば校門、もしくは駅で別れる背中はこれからこのまま家に向かうことになっていたから常に視界の中に収まっていて、隣では家に連絡を入れ終えたらしい宗がどこかそわそわとしてた。

『今日一日で僕の性癖が丸裸にされました』

「日頃の行いが悪いんだろうねぇ」

「ぼくはすきなことがあるっていいとおもいますよ♪」

『はぁ』

先を歩くのは家主と瀬名くん、そして奏汰くんで会話を弾ませてる。慣れた様子で電車に乗り、学園から少し場所のある駅で降りた。以前不可抗力で泊まってしまった日の朝に乗車した駅であるそこに、もう最寄り駅についてしまったのかと心臓が大きく音を立てる。

「おさかな、おさかな♪」

スキップでもするように声を弾ませて歩く奏汰くんをそれはじっと眺めて首を傾げた。

『………僕一人で買いに行ってしまおうかと思ったんですが……折角ですから皆で選びに行きますか?』

「いいんですか?!」

「そうだねぇ……まぁいいんじゃない?」

『斎宮さんも朔間さんも、大丈夫ですか?』

不意に問いかけられ、振り返った。街頭のみに照らされていても鮮明に映える赤色の瞳がこちらを見据えるから思わず勢いよく頷いて、宗も小さく頭を縦に振る。

「みんなでおかいものしてごはんなんてがっしゅくみたいです♪」

「ああ、深海はハロウィンの時にユニットで合宿したんだっけ?」

「はい♪そのときはかれーをたべました♪いずみは『がっしゅく』とかしたことありますか?」

「Knightsではあんまり。でもモデルとしては撮影で遠征とかもあるから外泊は意外とあるねぇ」

瀬名くんと奏汰くんが楽しそうに話す。案外仲がいいのかキャッチボールは途切れることなく、会話に盛り上がるあまり曲がったそれに気づかなかった。

『えっと…瀬名さん、深海さん、もし買い物するならここなんですけど先に向かってますか?』

気遣うように呼び止めて、呼び止められた二人は顔を合わせると方向転換する。奏汰くんはそれの背中にくっついて、瀬名くんは右腕を取った。

「おさかなをえらびにいきましょう♪」

「野菜と明日のフルーツ見ないとねぇ。さっさと行くよぉ」

「れっつご~♪」

『あ、ちょ、…押さないでください…』

開いた自動扉の向こう側に押し込まれていったのを眺め、隣の宗が呆れたように息を吐いたから俺も苦笑いを浮かべて足を進める。

広がるのはカートとかごが置かれた出入り口。二重になっていたらしい扉をもう一つ抜けると目の前には野菜コーナーが広がった。邪魔な荷物をかけたカートを嬉々とした様子で押す奏汰くん。それは慣れた手つきで野菜を選んでいっていたと思うと隣で眺めている瀬名くんが服を引いた。

「しろくん、みかん」

『剥かないといけないじゃないですか。りんごじゃ駄目なんですか?』

「みかん」

『はぁ』

フルーツコーナーに目を向けてたらしく押され負けしたようで瀬名くんの所望したみかんがかごに追加される。

『斎宮さんと朔間さんも欲しいものがあったら声かけてくださいね』

「うむ」

「ああ」

俺達の返事にどうしてか苦笑して、首を傾げるよりも早く目線を彷徨わせた。

『あれ?深海さんは?』

「深海なら先に行ったけど?」

『……はぁ、見ていたなら止めてください…』

「楽しそうだったからいいかなぁって」

肩を落とすと買う予定らしい他の野菜を抱えて歩き出す。視線は先にどこかに向かってしまった深海くんを探しつつ、購入するものを選んでいて、瀬名くんは時折その決定に口出しをしてた。

「あ、俺ほうれん草の気分じゃない」

『気分って…じゃあこっちでいいですか?』

「しょうがないねぇ」

「……ふふ、なんだかこうしていると君たちは親子のようだね?」

「はぁ?」

「紅紫は振り回される親。深海が一番末っ子で自由奔放、瀬名は真ん中でわがままと言ったところかね?」

「納得いかないんだけどぉ?」

むっとした瀬名くんは少し頬が赤い。言われたことに自覚はあるようで宗の一言一言に眉根を寄せる。ヒートアップするようなら止めるべきかと口を開こうとして前には影が立ったから視線を移す。

『朔間さん、今回はトマトは用意しますか?』

「あ、おう」

『トマトジュースはどうします?』

「い、いる」

『食べたいものはありますか?』

「、米?」

『お米ですね、わかりました。後、嫌いなものはございませんか?』

「…ない」

唐突な質問に驚きながら頷いて首を横に振る。流れるようにトマトを手にとって、抱えている量に不安を覚えたから少し奪えば目を瞬かれる。

「落としたら危ないじゃろ」

『そうですね。…ふふ、ありがとうございます』

表情を緩めたからなんだかむず痒くて、目をそらした。

「そしてあれが、弟に気を遣いすぎるまあまり素直になれなくなっている長男だ」

「なるほど」

後ろから聞こえてきたやりとりは聞こえなかったフリをすることにして奪ったトマトと葉物を抱えて歩く。

野菜、果物のコーナーを越えて鮮魚、精肉コーナーに入った。

肉を眺めた後に顔を上げる。カラカラとカートが滑る音が響いて水色の髪が揺れた。

「はくあ~!」

『あ、やっと会えましたね』

「わぁ!たくさんかったんですね~!」

「奏汰くん、先に進んで行ってしまっては荷物が増えてしまって困るのう?」

「ごめんなさい~」

カートごとカゴが差し出されてそこに抱えていた商品を入れていく。ようやく両手が空いた俺達に奏汰くんは俺達の手を器用に引きながらカートを押した。向かった先にはとにかく魚が並んでいた。一尾丸々のものから捌かれて切り身になったものまで、魚も甲殻類も置かれてるそこで奏汰くんはあれですと指す。

「ぶりがしゅんですよ!はくあ!」

『そうですね、そうしたらぶりの野菜蒸しにしましょうか…美味しそうなものを選んでくださいますか?』

提案が受け入れ、更に頼られたことにから目を輝かせた奏汰くんは吟味しはじめる。その間に瀬名くんと宗が追いついたようで抱えていた食材をカートに入れた。

『え、』

「蒸すのなら一緒に入れても美味しいのだよ」

「俺のは明日の分ね~」

『………一人じゃ難しいので、持つの手伝ってくださいよ?』

「仕方がないね」

「しょ~がないねぇ」

豆腐に、どこから持ってきたのかかぼちゃまでカートに増えて肩を落としてる。すでに大量の野菜とこれから増える魚に帰りは全員荷物を持つことになりそうだった。

「このぶりさんたちにしましょう!」

『はい、ありがとうございます』

選び終わったのか六切れ、ブリを入れた袋を持った奏汰くんが笑う。袋をさり気なく二重にしてカゴの中に入れたと思うと視線を落として、すぐに上げた。

『深海さんは他にほしいものはありませんか?』

「ん~、ぼくはおさかなさえたべれればだいじょうぶです♪」

カートの押し手を取った奏汰くんは宗の横に並ぶ。宗が手綱を握ることにしたのか左手が押し手に添えられてる。瀬名くんはすでに違う方向を見ていてそれの服を引いた。

「疲れたからさっさと次行くよぉ」

『そうですね、早く戻ってご飯にしましょうか』

鮮魚コーナーを抜けて飲み物を二つ取りカートに入れる。別方向に視線が奪われてたらしい瀬名くんが口を開いた。

「パン食べたいかも」

『珍しいですね?』

「匂いが美味しそうだなぁって」

『夜のうちに仕込んでおきましょうか』

「うん」

常々思ってはいたけど、瀬名くんと会話するときはトントン拍子というか余分な言葉が挟まれずにテンポよく進む。それだけお互いの思考回路を理解しているのか、性質が似ているのかは定かではないけど少しだけ羨ましいなと思った。

今も慣れたように歩調を合わせて歩き、ドライフルーツを取って、苺と桃の混ざったものに瀬名くんが満足そうに笑い、今度はいくつも種類がある中から一つのチーズを取ってカゴに入れればそういえば切れてたんですよねとそれが零す。

「おさかな♪おさかな♪」

「楽しそうだね」

「はい!もうぜんぶがわくわくです♪」

「ふふ、そうかい」

カートを押しながら宗と奏汰くんは少なくも言葉をかわして、なんとなく居たたまれず足を止めた。

夕食の食材を買い終わっている人間が多いのか、人気は少ない店内はどちらかといえばスーツ姿であったり制服姿の学生が目立つ。

先程まではあれだけ高揚していたはずの気持ちが沈んでいるのは何故だろう。足元がぐらつくような感覚に目を閉じて、噛み締めてしまっていた唇の痛みに力を抜いた。

どれだけ呆けてしまっていたのか、ふと一人で立ち尽くしていたことに気づいて顔を上げると四人の姿はなく息を吐いた。

携帯に手を伸ばそうとして鞄がないことに気づいて、更にはポケットに何も入っていないからまたため息が溢れる。普段需要がないせいで持ち歩く必要性をあまり感じていない携帯は鞄に入れたままで、荷物を持つときにカートにかけてしまった。

見回してもやはり姿がない。ここで待っているよりは出入り口に向かったほうがいいだろうと足を進めようとした瞬間に手を取られた。

『ここにいたんですね』

安心したように表情を緩ませて笑ったそれに唇を噛んで目を伏せる。

「…すまぬ、…迷惑をかけた」

『大丈夫ですよ。はぐれた場所にいてくださって助かりました』

どうしてかしっかり手が繋ぎ直されてそのまま引かれる。転ばないように足を進めればそのまま連だって歩くことになった。

「なん、」

『どうしました?』

不思議そうな顔をするから唇を噛んで俯き首を横に振った。

「みんなはどこじゃ」

『みなさんは荷物を詰めてもらってますよ。合流しましょう』

迷いなく歩く背に連れられて進む。つないだ手が暖かくて、なぜか緩んだ口元を誰に見られている訳でもないのに俯いて隠した。



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