ヒロアカ 第一部


朝食を終えればそのまま四人で帰路につく。今日は三人とも訓練はないらしく、自主トレ日だといって、なんとなく俺の部屋に人使が来てくれることになった。

勝己と出久は部屋につくなりあくびを溢していたから二人は布団に入れればすやすやと寝始めて、ちょうどノック音が聞こえて顔を上げる。

扉を開ければ向こう側には予想通り人使が立ってたから招き入れて、人使はベッドで仲良く眠る二人に一瞬固まったもののすぐに目を逸らしてラグの上に腰を落とした。

俺もだいたい向かいくらいに腰を落として顔を合わせる。

『人使、本当に今回迷惑かけてごめん。それからありがとう』

「はぁ。感謝も謝罪も次言ったら怒るぞ。俺は出留が人間だってわかって逆に安心したし気にするな」

『………色々言いたいことあるけど、俺人間だと思われてなかったの??』

「完璧人間過ぎて精巧なロボットとか言われたほうが信憑性があるくらいには」

『ええ…?まじで…?』

「ははっ。まぁ……俺は、出留とまたこうやってちゃんと話せて良かったなって思ってる。起きてくれてありがとう、出留」

細められた目はあんまりにも優しくて、言葉にも淀みがないからまた背中がむず痒くて目を逸らす。

『……ありがと。人使が友達で、本当に良かった』

「ああ。俺も出留が友達で…相棒で、本当に良かった」

初めて聞く単語に思わず顔を上げる。にっと歯を見せて笑う人使は目を細めた。

「これからもよろしくな、出留」

『あ、う、うん。よろしく、人使』

言葉が突っかる俺に人使は声を上げて笑った。

「なんでキョドってんだよ」

『え、その、えっと、そんなこと言われた初めてでなんかこう、……わかる??』

「わかるけど、ふっ、はは!出留でもそんな慌てることあるんだな」

『俺結構テンパるよ??』

人使は笑った拍子に滲んだらしい涙を拭って、右手を差し出す。

「そっかそっか。じゃーこれからは出留がテンパったときは俺が助けるよ。…今はまだ頼りないかもしれないけど、俺は絶対出留の背中を守れる人間になるから、お互いに頼ってこうぜ」

『……今も十分頼らせてもらってるし、人使にはたくさん助けられてるよ。いつもありがとう』

俺も右手を差し出して握る。触れた手のひらは指先が固くて、捕縛帯でできたタコのようなものが感じられた。

コンコンのノック音に二人で扉を見て、それから顔を見合わせる。もう一度音が響いたから手を解いて立ち上がり扉を開けた。

「緑谷さんっ!」

ばっと飛び込んできたピンク色は扉との段差につま先を引っ掛けて前のめりになったから咄嗟に手を伸ばして支える。

『発目さん??』

「ん〜!緑谷さんっ!緑谷さん…っ!本当に目が覚めたんですね…っ!!」

『うん、迷惑かけてごめんね。発目さんも助けてくれたって聞いた。ありがとう』

「迷惑なんてとんでもない!これからはきちんと休息取ってください!」

『ん、そうするよ』

一瞬潤んだ瞳と笑顔に罪悪感と感謝を覚え頷く。発目さんはにっかりと笑うと重心を移動させてしっかりと立ち直した。

「支えてくださりありがとうございました!」

『うんん、気にしないで』

発目さんから目を逸らしてずっと見守ってくれてた担任を見据える。担任は目が合うなりにっこりと笑って、持っていたものを持ち上げた。

「緑谷くん!せっかく目が覚めて全員揃ったから私も一緒に話したいと思ったんだけど…入っても平気かしら??」

『ええ、もちろん。あ、でも今出久と勝己は寝てるんですけど起こしますか?』

「ふふ、二人とは貴方が眠ってる間にたくさん話したから、今日は貴方と話したいの。ね、発目さん」

「はい!あ!心操さんもいらっしゃってるんですね!おはようございます!!」

「ああ。おはよう、発目さん」

慣れたように手を振って挨拶を軽くかわした二人。どうぞと部屋の奥に戻れば担任もついてきて、テーブルに持っていた飲み物と包みを置いた。

「ランチッシュ特性の野菜チップスとドライフルーツ、それからガナッシュよ!緑谷くんにはフルーツジュースですって!こっちに弟と幼馴染分あるから気にせず発目さんと心操くんは食べてちょうだいね!」

『あ、はい、ありがとうございます』

「ありがとうございます」

「チョコレート!ありがとうございます!」

表情を緩めた二人に担任は微笑んで、出久と勝己用にもう一つの包みとボトルをくれる。

包みは二人が起きてきたときのために横の棚の上に乗せて、ボトルをひねって開ける。蓋がコップになるタイプだったから注いで、さぁ!ぐいっと!と煽る担任に一口だけ飲み込んだ。

『すごくさっぱりしてて、おいしいです』

「そう!口にあったのならよかったわ!」

担任がもう一つボトルを取り出してささっとコップを二つ並べてそこに中身を注ぐ。発目さんと人使に差し出して、自身の分も用意して、準備ができたらしく担任は微笑んだ。

「それでは!ここに、第一回緑谷くんを知る会を始めます!」

『え、なんですかそのタイトル』

「ふふっ。いいでしょう?」

「…どういう趣旨なんですか?」

「あまり踏み込みすぎないけど知りたいことを質問したりして、緑谷さんのお話を聞いてお互いをより知る会です!」

「なるほど。わかった」

すんなりと答えたのが発目さんだったから、おそらくこの会の発足は発目さんで開催までの行動力は担任だろう。二人の空気に人使はそれ以上疑問がなかったのかあっさりと頷いて質問が挙手制かだけ確認して俺を見た。

「緑谷くん、もちろん嫌なことは答えなくていいし、逆に聞きたいことがあれば私達に質問もオッケーだからね!」

『あ、はい』

「はいはい!私!質問あります!」

『うん、どうぞ』

「緑谷さんはごってごてにごつくて強そうなアーマーとか装備に興味はないんですか!?」

『ええ?うーん、そんな興味ないって感じはないかなぁ。見ててかっこいいとか思うときもあるし…ただ、自分がつけるってなると重そうとか動きにくそうとか、そういうのが気になっちゃってむっちゃくちゃつけたいとは思わない。………こんな感じで返事って平気?』

「はい!ばっちりです!」

はなまるを出してくれた発目さんに安心して笑う。担任がそうなのねーと会話に混ざった。

「緑谷くんって戦闘スタイルが武器なしの近接格闘だから余計機動力メインになるのかもね」

『そうですね…。物を扱うのが得意じゃないっていうのもあると思うんですけど、いざってときにやっぱりすぐ出るのって腕とか足とかなんで、動きやすいのが重要かなって思います』

一息つくために飲み物に口をつけて離す。待ってくれていたのか横からすっと手が上がった。

「次、質問いいか?」

『もちろん』

「出留の嫌いな食べ物は?」

『嫌いなものはあんまりないかなぁ。あー、でも極端に酸っぱいのとか苦手かも?』

「レモンとか?」

『うん。揚げ物にかけるとかアクセントにするくらいなら好きだけど、まるまるかじったりとかはできないかな』

「それは俺もできないから一緒だな」

ちょっと楽しそうに微笑まれて、発目さんと担任も頷いた。

「苦手なものって、他に味付けとかでは?」

『うーん…』

嫌いなものは今はないし、苦手なものはと言われると咄嗟には出てこない。唸って、そういえばと思いだす。

『チョコレートなんですけど』

「あれ、緑谷さんチョコレート苦手でしたっけ?」

『あ、えっと好きなんだけど、こう、テリーヌとか板チョコとか、まんまチョコレートって感じの味をいっぱい食べるのは得意じゃないって前に勝己に言われた』

「爆豪くんに言われたの??」

『はい。俺って胸焼けをしやすいらしくて、勝己が気づいてくれて言われたらすっきりしたからそうなのかもと思いました』

「それなら揚げ物もそんなに?」

『あー、言われてみれば。揚げた肉とか魚より焼いたり蒸したほうが選びやすいかも?』

「そうだったんですね」

『もちろん食べれるし味も好きで、いっぱい食べれないってだけだから苦手ではないのかもしれないけど…』

「ふふ、そういうのも苦手とか得意じゃないの判定の基準だけど、貴方が苦手と思っていないなら苦手じゃないし、苦手と思えば苦手でいいんじゃないかしら?」

『そんなあやふやでいいんですかね…?』

「自分の感覚の話に正解不正解がある訳がないわ?他人の生命を脅かすような損害を与えてる訳でもないんだからそんなはっきりと答えを出す必要はないのよ」

『はあ…』

「ただ純粋に、心操くんと発目さんは貴方が何をどんなふうに見て感じているのか気になってるの。だからそんなに深く考えないで答えられる範囲教えてちょうだい?」

『…それで楽しいんですか?』

「ええ。人を知るのって新鮮で楽しいわよ。貴方は新しいことを知ったりするのってあまり好きじゃない?」

『………たぶん…嫌いじゃ、ないです』

「ふふ。そうなのね」

穏やかな視線はやっぱりむず痒い。視線を逸らした先の人使も案の定同じ目をしていて、最終的に発目さんの方向に視線が落ち着いた。

発目さんはチョコレートをつまみ上げて口に運んだところらしく咀嚼に努めていて、寝起きゆえか鈍い頭で必死に考えて言葉を紡ぐ。

『えーっと、そうしたら、俺からも質問いいですか?』

「ええ、もちろん。誰に聞きたいことがあるの?」

『あー、全員…?』

「なんだ?」

「なんでしょうか!」

不思議そうにこちらを見る人使と、キラキラした目を向ける発目さん。相変わらず担任は穏やかな笑顔で生暖かい目を向けてくるから視線を迷わせて首を傾げた。

『す、好きな教科?』

「っ、ぶふっ、そんな悩んでそれかよ」

『だ、だって、急に出てこないし』

間違えたかと言い直すより早くぱちりと目を開いた発目さんが手を上げた。

「はい!私はもちろん技術です!その過程で数学とかも嫌いじゃないです!最近は工学と生態学にも興味があります!!」

「工学と生態学?」

「環境をよくするためのメカ、人を補助するためのメカ。私の納得のいく最高のベイビーを作るために妥協なんてできません!」

「ふふ。発目さんのゴールは遠そうね」

「近道なんてありませんから!」

あまりにまっすぐな回答に思わず感心して目を瞬く。それならと今度は人使が手を上げた。

「俺は社会科目が好きだ。特に倫理とか現代社会は面白いなって思う。それから心理学とかも勉強したいなって思ってる」

『へぇ、心理学?』

「ああ。個性をかけるにしても相手から言葉を引き出すための話術とかそういうの大切だなって」

「体育祭の課題を活かしてるわね!いいわー!」

担任がにこにことしながら二人に対してコメントを返して、それじゃあと俺を見た。

「緑谷くんはどの教科が好き?」

『強いて言うなら…理科と数学ですかね』

「がっつり理系科目ね。分野だったら?」

『理科なら化学で、数学なら方程式系ですかね…あまり証明は得意じゃないです』

「証明得意じゃないんですか?」

『うーん、解けないわけじゃないんだけど、だらだら文字書いたりする必要あるし、あんまり好きじゃないかなぁ』

「ふふっ。緑谷さんの感じ方が知れて嬉しいです!」

『そう?』

「証明は俺も苦手だな。中学で結構躓いた」

「私も嫌いだったわー!説明する意味ある?ってすごく思っちゃったもの」

便乗する二人に発目さんも笑って首を縦に振る。

眠っている出久と勝己も同じことを言っていたし、証明は大体の人間がつまずく単元だろう。

流れるように担任から苦手な教科は?と質問が飛んで、全員が答える。

特に生産性があるわけではないけど思いついた質問を繰り返しなから俺や指名された人が答えて、そうやって話しているうちに後ろからむずかる声が聞こえたから振り返る。

目を覚まそうとしてるのは勝己らしく、眉根を寄せたと思うとゆっくり瞼が上がった。

『勝己』

「……ん」

少し口元を緩めて、また目を瞑るから髪を撫でる。まだ眠くて仕方ないんだろう。眠れるときに寝かせてあげようとぽんぽんと髪に触れたから離れる。

元の場所に座れば向かいの担任は微笑む。

「寝ちゃったのね」

『たぶん今日一日はこんな感じです。もしかして二人に話とかありました?』

「いーえ?二人とはあなたが眠ってる間にたくさん話したから大丈夫」

『そうなんですか』

担任と二人はどんな話をしたんだろう。微妙に表情のひきつった人使と目を逸らした発目さんに、これは起きたらそれとなく聞かないとなと頭を掻いた。

こんこんとノック音が響いて顔を上げる。

「あ。もしかして…緑谷くん、ちょっと出てもらえるかしら?」

『え?はい』

家主だから俺が出る予定ではあったけど言われたから立ち上がって扉を開けた。

「緑谷くん!」

『あ、委員長?』

「うん!委員長速達便です!!ラッチッシュからのおべんとだよ!!」

『ええ?』

差し出された手提げ袋を戸惑いつつ受け取る。委員長ってこんなキャラだっけと目を瞬いているうちにまた届けに来るねー!と廊下を走っていってしまった。

「委員長テンション高かったな」

「C組の委員長さんは楽しそうな方ですね!」

「ふふ。元気でなかなかにいい子なのよ」

部屋の中の会話に目を瞬いて中に戻る。座って袋を置けば内容を知ってるらしい担任と人使がこちらを見た。

「緑谷くんのご飯、相澤くんがランチッシュに頼んでおいてくれたの」

「ランチッシュが離れるわけにはいかないから困ってたら委員長と副委員長が持ってきてくれるってなってさ」

『委員長と副委員長良い奴すぎんね?』

「二人とも出留ともっと接点つくるんだーって言ってたし、そういうことだろうな」

『え、そうなの?』

「誘拐されたときも話してただろ?」

『あー…』

そんな話をされたような気もするけどだいぶあやふやだ。

「緑谷さん!緑谷さん!せっかく届けてくださったんですし早く食べましょう!」

『そうだね』

持った感じ温かい料理のようだし、委員長が急いで持って来てくれたなら無碍にするわけにもいかない。

袋から箱を取り出す。ちょっとおしゃれなタッパーが二つ入っていて、一つ目は緑谷くん用と、もう一つはおすそわけと書いてあっておすそわけ用は真ん中に置いて自分の分を開けた。

大きめのタッパーは左側にもう一重された小さめのタッパーが入っていて、開ければスープが入っていてコンソメの香りが漂う。反対側にはアスパラやレンコン、トマトを筆頭に彩りの良い温野菜とゆで卵が混ざったサラダらしい。

『おしゃれかな??』

「ランチッシュだもんな」

「ランチッシュですから」

「ランチッシュだもの」

三人とも同じことを言うからそういうものなのかととりあえず頷いて、向かいを見る。

おすそわけの中身はこまかく刻んだ温野菜にさらにチキンとチーズを混ぜたものが入ったホットサンドらしい。小さめサイズのそれは朝食から昼食の間にちょうど良さそうなサイズ感で三人は嬉しそうに一つずつ取った。

「さすがランチッシュ!」

「わー!おいしそー!」

「ランチッシュパンも作れるなんて最強…!」

いただきますと声を揃えてサンドイッチを頬張った三人に、俺もスプーンを持ってスープを掬った。


なんだかんだ二時間ほど雑談をして、仕事があるからそろそろお暇するわねと担任が出ていくのにあわせて発目さんと人使も部屋を後にした。

残されたのは俺にそれからまだ眠ってる出久と勝己で、ベッドに座って二人の髪を撫でる。

俺が目を覚ますまで今回は四日時間がかかった。その四日間ろくに眠れず休めずの二人には心労だって酷かっただろうし、今日一日眠ったところで全快はほぼ不可能だ。いつもどおり一日目はずっと眠って、二日目は一緒にいて、三日目から日常に帰れるはずだ。

起きる気配のない二人の髪に触れて、ずっと目を逸らしてたそれを眺める。

勝己から渡されたスマホは中身を確認して心底驚いた。覚えのない通話履歴はあとで勝己か弔に内容を聞かないといけない。

あの勝己と弔の会話なんて心配しかない。不安から息を吐いて、頭を掻いた。


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