あんスタ


合流地点。異様なざわめきが近づいてきていたから身バレしてしまったのかなと思って羽風先輩と顔を合わせ落ち着き無く待っていれば、人が波のように引いて、現れた姿に目を瞬いた。

「え…っと……?」

「こ、紅紫くん?」

『お待たせいたしました』

分かれたときと同じく完成された笑みを浮かべているけれど、その状態に困惑しかない。

いつの間に待ち合わせたのか、周りにいるのは彼のユニットメンバーの四人で、その横には逆先くんと明星くん、それと何故か眉尻を下げてる朔間先輩がいる。

背の高い全体的に青っぽい、椋実くんに何故かお姫様抱っこされながら携帯を弄ってたらしい彼は、携帯から目を離したと思うとぽんぽんと肩をたたいて、そうすればゆっくりと浮いてた足が地に降ろされる。

どこからか伸びてきた赤色の、煤竹くん…柑子くんが彼の洋服を手早く整えて、それから黄色の黄蘗くんが近寄ったところで、視界が遮られた。

「やっほやっほ!転校生さっきぶり!」

「明星くん、」

「コッシーと遊園地なんて楽しそう!今度はトリスタのみんなも呼んで遊ぼうね!」

にこにこっといつも通り明るい表情。弾んだ語尾に頷いて隣に立ってる逆先くんを見る。

「みんなはどうしてここに…?」

「………いろいろあってネ。とっても小さなことだから、子猫ちゃんは気にしなくて大丈夫だヨ」

どこか疲れた顔で目をそらした逆先くん。何か言葉をかけようとしたところでねぇねぇと洋服が引かれた。

「転校生とコッシー、何乗ったの?」

「ええと、ジェットコースターとコーヒーカップ…あとシューティング」

「楽しそう!夏目乗ろ!」

「そんなにたくさん乗れる時間、ないと思うケド…効率良く乗るなら……」

仲のいい二人らしく、取り出したパンフレットを二人で覗き込んだ。

「朔間さん、どうだったの?」

「…………駄目じゃった」

いつの間にか朔間先輩の隣に立つ羽風先輩は小さめの声でやりとりをしていて、返された言葉に苦笑いを浮かべてる。

「羽風くんは楽しめたのかえ?」

「うん!いやーもう一緒にゴーカート乗ったんだけど、転校生ちゃん運転上手でさ!」

「意外じゃなぁ」

喉の奥で笑ってみせる朔間先輩。朔間先輩の空気感が最初見たときより普段に近くなったことに安堵を覚えながら、異様に人目を集めてる集団に目を向けた。

「メリーゴーランドがいいなぁ!」

「もう帰るべきだろう」

「せっかく来たんやし、一個くらいは乗りもん乗りたいけどなぁ」

「メリーゴーランド!メリーゴーランド乗ろうよ!!」

「今は遊んでいる場合じゃないだろ」

「メリーゴーランドっ!!」

誰も自分の意見を譲る気がないらしく、三人の意見が分かれていて、柑子くんはおしとやかに笑みを浮かべると彼を見つめた。

「はくあくん、いかがなさいますか?」

ぴたりと三人が動きを止めて、じっとその人の言葉を待つ。

どうやら言動を見守っていたらしいその人はそうだねと笑うなり羽風先輩に視線を向けた。

『羽風さん、もうアレは乗りましたか?』

「ん?あ、うんん、乗ってないよ」

『もう少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?』

「おっけー!朔間さんも遊び足りないだろうし!遊園地といえばこれだよね!」

快諾した羽風先輩に礼を言って、それから視線を戻す。

『話は帰ったらちゃんと聞くから、少し遊んでいこう。黄蘗、メリーゴーランド乗ろうか』

「んんっ!はーちゃんありがとぉ!大好き!!」

桃李くんもびっくりの幼い笑顔を浮かべて、両手を広げた黄蘗くんはその人に飛びつく。慣れた様子で頭をなでてから逆先くんと、それと私を見た。

『メリーゴーランドは乗れる?』

「は、はい」

「ああ、うん」

思わず頷けば目を輝かせた明星くんが私と逆先くんの手を取る。

「メリーゴーランド!白い馬がいいな!」

「僕は普通のやつでいいんだけド…」

「転校生は何にするの??」

「よ、四人がけかな…?」

「せっかくメリーゴーランド乗るのに?!朔間先輩と羽風先輩は!?」

「転校生ちゃんの隣がいいな!」

「みんなバラけて座ったほうが良かろう」

楽しそうな明星くんはそのまま手を引いて歩き始める。制止するより早く同じように歩き始めたみんなにおとなしく足を進めて、さっきと同じようにチケットを見せればすいすいと乗り口まで誘導された。

「僕白色のお馬さん!!」

「俺は黒い馬にする!」

「ふふ、二人ともはしゃぎすぎてすよ。馬は逃げませんから落ち着きましょうね」

「きちんと座ってしっかり捕まるんだぞ」

「「はーい!」」

「トクさん!キキー!俺そっちのきらきらしてるお馬さんにしたいんだけど座っていい!?」

「おう!もちろんや!」

「ヒャホー!」

「あはっ!きんきらだね!スーくん似合ってる!写真撮ってあげる!!」

飛び込むように走り抜けて目当ての馬に飛び乗った二人、それから明星くんもそのすぐ近くの馬に座ってピースしてる。

最初も心配そうに声をかけていた二人はお目付け役としてか、三人前にある馬車のような椅子に揃って腰掛けて写真を撮ってあげていた。

残った一人である紅紫さんも彼らの近くの馬車に腰掛けて、どうしようと目を迷わせたのは私と逆先くんで、朔間先輩はそわそわとしてる。

羽風先輩がちらっと朔間先輩を見て背中を押して、ふらついた朔間先輩が馬車の背のところに手をかけた。

「は、羽風くん??」

「早く座らないと迷惑になっちゃうよ!ほら!逆先くんも好きなやつ選んで!」

「そんな急に言われてモ…」

「じゃあそこの青色の馬ね!」

「なんで青色…」

「転校生ちゃんはこっちの黄色の馬がリボンもついててかわいいよ!」

「え、はい」

「そしたら俺は転校生ちゃんと映れるところにしよーっと!」

ぱっぱと逆先くんと私の馬をおすすめした羽風先輩は私の一つ前にある馬に座る。隣の青色の馬に跨った逆先くんはなんで青色とまた溢していて、出発の合図のベルが鳴った。

アナウンスの後に緩やかに可愛らしい音楽が流れ始めて乗っている馬が上下に動き出す。土台自体も回り始めて景観が動き始め、転校生ちゃーんの声に顔を前に向けた。

「写真撮ろ!」

「は、はい!」

自撮りらしく羽風先輩がスマホを前に向けていて、適当に片手でピースすればシャッターがきられる。たぶん映りを確認したであろう画面を操作する間の後に振り返って、羽風先輩が笑った。

「転校生ちゃん!逆先くんも!はい!チーズ!」

促されるままに二人で映る。もう一枚いくよの声かけをされて、またチーズの合図が響いた。

「うん!本当にかわいいね!転校生ちゃん!逆先くんにも後で写真送るね!」

「ああ、うん。アリガト…」

すっと前を向いた羽風さんは今度は前に座ってる明星くんたちに声をかけてるのか、向こう側で声が響いてる。

くるくる回る視界。ふと、静かな後ろが気になってあからさまに振り返るのも変かなと携帯を取り出し、さっきの羽風先輩のように自撮りをするように内側にカメラを切り替える。

角度を調節すれば先程ふらついたときに手をかけたときの関係か、紅紫さんの隣に朔間先輩は座っていて紅紫さんは外を見ているのか表情を緩めていて、朔間先輩は俯き気味に視線を泳がせてた。

妙な緊張感にあふれてる後続車の雰囲気に盗み見るのは止めて隣を見る。

逆先くんはがっつり後ろを覗いていてこちらに気づいてないらしい。不意に固まったと思うと勢い良く振り返っていた顔を前に戻して頬に手を当てた。

「逆先くん?」

「ナ、ナに!?」

「ええと、声裏返ってるけど大丈夫…?」

「…な、…なんでもないヨ」

若干赤らんでる頬を隠すみたいに顔を両手で覆ってしまう。不思議に思って後ろを向けばきょとんとした顔の紅紫さんがいて、目が合うなり微笑まれて右手を振られたから私も手を振り返し、体を向き直した。

回っていたメリーゴーランドはゆっくりと減速していって、動きを止める。大体三分くらい乗ってたであろう馬から降りるために動こうとして、スカートが引っかかる。一度立ち上がって整えてから横を見れば、近くに紅紫さんがいて首を傾げられた。

『楽しめた?』

「はい!」

『そっか。良かった』

整った笑みを浮かべて右手が差し出される。あまりにスマートな行動に左手を重ねて馬から降りて、そうすれば羽風先輩が頬を膨らませた。

「紅紫くんのその王子様的行動はなんなの?!」

『王子…??』

「躊躇いなしに手差し伸べるなんてこの英国紳士!!」

『僕は生粋の日本人ですよ…??』

目を瞬く紅紫さんに羽風先輩がこちらを見てわかるよね?!と聞いてくるから苦笑いを浮かべて頷く。

首を傾げて不思議そうにしてる紅紫さんは駆け寄ってきた足音に視線を逸らして、伸びこんできた黄蘗くんを受け止めた。

「楽しかったね!はーちゃん!」

『うん。すごく周りの景色も綺麗だったね』

「この時間はライトアップされてるもんね!」

「はくあ!次どこ行こか?!」

『どこがいいかなぁ』

「コッシー!俺ね!次はあっち行きたい!」

木賊くんと明星くんが追加で飛びついてきて押されるようにして出口に向かっていく。楽しそうな三人につられて笑ってる紅紫さん、その後ろをいつの間にか柑子さんとシアンさん、逆先くんが歩いていて、必然的に私と羽風先輩と朔間先輩が更に後ろについていくことになった。

「転校生ちゃんとお馬さん!本当によく似合ってたね!」

「そうですか?」

「うん!可愛さがかける50倍って感じ!」

「ありがとうございます…?」

「朔間さんも、楽しかった?」

「………落ち着けはしたのう」

「そっか〜!頭冷やす時間があったみたいで良かった!これに懲りたら公共の場での危険行為はやめようね!」

「ぐ、」

心臓の辺りを抑えて短く呻いた朔間先輩に羽風先輩はにっこり笑って、なんの話かわからない私に気づくと笑みの質を変えた。

「次はどこ行くんだろーね?」

「そういえば、どこに向かってるんでしょう…?」

先導しているのはどうやら黄蘗くんと明星くんらしい。木賊くんはさっきまでの笑顔はどこへやら顰めっ面で、柑子くんと紅紫くんに手を繋がれて間を歩いてる。

迷い無く進んでいき、先頭が足を止める。シアンくんがここか?と首を傾げて、羽風先輩がうわぁと声を漏らした。

「おばけやしき!!」

「たのしみ!!!」

「ほんまに入るん??」

「任意でよろしいのではないでしょうか?」

「木賊はこういうの苦手なノ?」

「…大きい音出されたり驚かされるんが好きやないだけや」

きゅっと眉根を寄せた木賊さんはお化け屋敷が苦手なんだろう。わかりやすいその様子に柑子さんは繋いでいない方の手で髪をなでてあげて、紅紫さんを見た。

「僕と木賊はこちらでお待ちしておりますね」

『待ってるだけじゃつまらないだろうから、すぐ近くのアトラクションに乗ってきたらどう?』

「んー、」

『ほら、木賊、あっちのなら好きなんじゃない?』

「んっ!」

『ふふ。柑子、木賊をお願いね』

「はい。かしこまりました。はくあくん、楽しんでいってらっしゃいませ」

髪を撫でられて大きく頷いた木賊さんは紅紫さんと手を離して指されたアトラクションの方に柑子さんと向かっていく。

さて、とこちらを見た紅紫さんは残った私達を見た。

『皆さんは中に入る予定で大丈夫ですか?』

「うん!転校生ちゃんと一緒がいいな!」

「うむ。折角じゃし我輩も入ってみようかのう」

「兄さんが行くなら僕も!」

「それならば分かれないといけないな」

「えーっと…全部で九人で、上限三人だからぁ。三組作らないとだね!」

「どうやってわけるの??」

こてんと首を傾げた黄蘗くんに、はいはい!と明星くんが元気に手を上げた。

「俺!コッシーと夏目と転校生と一緒がいい!」

「ええ!?僕もはーちゃんと一緒に乗りたい!」

「俺も入るならはくあと一緒がいい」

「僕は誰でもいいけド…兄さんとバルくんは一緒だったらいいかナ」

「我輩も夏目くんか羽風くんと一緒がいいが…」

「転校生ちゃんと一緒!!」

「転校生は誰と一緒に乗りたい??」

「えっと、私は特に…ガッツリ楽しみたいです」

「転校生はお化け屋敷苦手じゃないんだね!」

「富●急みたいな本格的な歩行タイプじゃなければ比較的…」

「なるほどなるほど」

「…………それで、意見バラバラだけどどう決めるノ?」

『三人、三人、二人でうまく分けたいとこだけど…』

一番声の集まってしまった紅紫さんは苦笑いを浮かべて、両サイドに固まってるシアンくんと黄蘗くんの頭を撫でる。二人は譲る気配はないし、それでも明星くんが一緒がいいと主張して、逆先くんは明星くんとも朔間先輩とも一緒がいいらしい。

難航する気配がひしひしとする組分けに、それじゃあ!と羽風先輩が携帯を取り出した。

「困ったときはくじ引きにしよ!」

『それもそうですね』

「時間ももったいないしどんどん引いていこ!」

さっと画面を差し出して、紅紫さんがすぐに触れて画面を変える。ルーレットのような画面が表示され出目が動いたと思うとすぐにばっと画面が変わって、cと表示された。

「じゃ、次は俺っと」

羽風先輩はb。明星くんはa。ここまで被りなしにバラけていて明星くんががくりと肩を落とした。

「コッシーと離れちゃった」

『今度また来たときに一緒に乗ろうね』

「うん!」

「あああー!???」

二人のやり取りの横で絶叫が響いて、黄蘗くんはaだったらしい。

「引き直し!!」

「だめでーす!はい、次椋実くん!」

「………………、引き直し」

「だめー!」

続けてaを出したシアンくんも表情をなくてして、ぴったりと紅紫さんにくっつく。いやいやと顔を押し付けてる二人に挟まれた紅紫さんは苦笑いで、画面を向けられた。

「転校生ちゃん!狙うはbだよ!二分の一!」

「……いきます」

指を一本、伸ばして画面に触れる。タップした瞬間にルーレットが回って、画面が切り替わった。

「あああああ!!!」

「………cですね」

『あ、一緒だね。よろしく』

「はい」

「んんんん!転校生ちゃんはまた今度一緒に来ようね!!はい!!!逆先くん!!!!」

「ちょっとヤケになってル?騒がしいヨ?」

「ヤケにもなるよ!もう!!」

シャウトしながら差し出された画面を仕方なさそうにタップした逆先くん。動いた画面に表示されたのはbの文字で、最後の一人に画面が向けられた。

「はい!最後!朔間さん!」

「…………うむ」

三人組が二つと二人組が一つの組み分けで、満員のaグループはありえないから私達と一緒か、羽風先輩と逆先くんと一緒のグループのbかcになる。

緊張した面持ちでそっと伸ばした指を画面に触れさせた朔間先輩は、じっと画面を見つめて。動いていた画面が切り替わった。





出たabcの順に乗ることになったから最初の三人組を見送る。なんだかんだ紅紫さんと一緒になれず渋っていたのに乗り込めば笑顔の黄蘗くんと、未練がましそうに紅紫さんに手を振るシアンくんは対象的で、行ってきまーす!とお化け屋敷らしからぬ明るい声で挨拶していった明星くんたち。

次のbグループの羽風先輩は今度は!今度は俺と!!と最後まで言っていて、まあまあと朔間先輩に宥められてる。逆先くんは兄さんと一緒!とニコニコしていて、朔間先輩はそれを受け止めて頷き、それからちらりとこちらを見た。

「……お嬢ちゃん」

「はい」

「なにかあればすぐに呼ぶんじゃぞ。羽風くんが飛び出していくからのう」

「うん!何かあったらすぐ呼んでね!!まぁ紅紫くんなら心配ないだろうけど!」

『はい。おまかせください。何があっても守り抜いてみせます』

「たぶんそういうことじゃないと思うケド…」

呆れたような逆先くんは一度紅紫くんを見て眉根を寄せてから私を見た。

「隣の奴に何かされそうになったら容赦なく目を潰すんだヨ」

『ちょっと、逆先?変なこと言わないでよ』

「ふんっ」

ぷいっと顔を逸らした逆先くんに、三人を乗せた機械が進んでいって、たぶん明星くんのものであろう笑い声が響き、羽風先輩の悲鳴が聞こえ始めたところで私達も機械に座った。

三人乗りを二人で座ってるから席はゆったりしていて、コンセプトはわからないけど、半球のような形をしたソファーに座る。

隣を見ればこういうのはまた初めてなのか興味深そうに辺りを見回していて、方向を変えたときに視線があったから、あのと言葉を零す。

「私で良かったんですか?」

『組分けのことかな?もちろん。くじ引きだからね』

「たしかにそうですね」

『君こそ、僕と一緒で良かったの?』

「はい。くじ引きですから」

『ふふ。そっか』

かたりと小さな揺れ。それから動き出した椅子に彼は微笑みを抑えて前を向く。私も前を見た。

設定であろう概要が流れてくる。門限を破り遊んでいた私達は、時間に気づいて急いで家に帰るために近道をしたところ迷子になってしまったらしい。見知らぬ場所に出てしまった私達は不思議な体験をしつつ帰り道を探し、家に帰るのが目的だそうだ。

はしゃぐような声のあとに何かに気づいたようにあ、と零れた声。それからかける足音の後に響いたここ、どこ?の声は途方に暮れていて、一瞬あたりが暗くなってゆらりとオレンジ色の光が揺れた。

「帰り道はあっちだよ」

「そうなんだね!ありがとう!」

にっこりと微笑みあちらと指す長い指。疑うことなく進んでいくその子にぎゅっと手を握りしめる。

「ああ…絶対そっちじゃないのに…さっきの人怪しすぎるよ…!」

案の定更に迷い込んでしまった見慣れない町並み。空はいつの間にか赤黒く、息を呑む。

「迷子ならうちにおいで、みんなやさしいよ」

「うちにおいでよ。おいしいごはんもあるよ」

「我が家には犬がいるんだ、寂しくないよ」

家なら誘うように黒色の影が揺れる。誰も彼も、赤色でまだ明るいはずの空に相反して姿が不鮮明で、声は男性と女性の声が重なってハウリングしているような、なんだか妙な感覚がする。

「こっちだよ」

「おいで」

「おいで」

「はやくこっちに」

戸惑いを表すためか乗っている席が動いたり止まったり、揺れたりして不規則に動く。更に右に左に、前から、そして後ろから。いろんなところにスピーカーがあるのか四方から声をかけられ続けて口元を押さえた。

「きもちわるい…」

『大丈夫?』

私の様子に気づいてか声がかけられる。視線を上げれば心配そうにこちらを見ていて、ハンカチが差し出されたから口元を押さえた。

「すみません、音に酔ってしまったみたいで…」

『サラウンドで結構うるさいからね。慣れてないときついかも。あまり無理しないほうがいいよ』

「うう、はい…」

ステージに立つことである程度の音酔や音量に慣れているであろう紅紫さんはとんとん私の背を撫でる。一定間隔で触れられるそれに目を瞑って息を吐いて、吸って。借りたハンカチには微かに香水が移っていてほんのりと甘い匂いがする。

『音声といい、光量といい…自分で動けないのも手伝って不安を煽るような設計になってるんだね。お化け屋敷ってここまで完成度が高いなんて知らなかったよ』

ある程度酔いが落ち着いて顔を上げる。ずっと背をさすってくれていたその人の溢した言葉に耳を傾けた。

「お化け屋敷…入ったことなかったんですか?」

『…すごく昔に行ったのが最後で。その時は年齢もあってもっと明るい感じの、本当に子供だましって感じのお化け屋敷に入ったんだ』

「そうなんですね…そのお化け屋敷は楽しかったですか?」

『うーん、楽しかった…のかなぁ』

ひどくあやふやな返事。薄暗い室内ながらも笑みとも無表情とも思えない表情を浮かべるその人に目を瞬いた。

「……記憶、曖昧なんですか?」

『うんん。ちゃんと覚えてるんだけど…。一緒に、入った子たちがとても怖がりで』

口元を緩めて先程より柔らかな声色で言葉を紡ぐ。

『兄だからって張り切って入ったのに、最初から最後まで叫んでて、もう一人は最初から乗り気じゃなかったんだけど入るなり声も出せないくらいに驚いちゃって、間に挟まれてたものだからロクに歩くこともできなかった』

「…………」

『最終的に叫んでた方も静かに驚いてた方も泣いちゃって、引っ張っても中々動かないから外に出るまでに十分以上かかったんだよね』

あんなに短いルート、普通なら五分くらいなのにと笑うその人は思い出話を丁寧に語る。

今日一日で見てきた表情のどれよりも柔らかく目は優しい。暖かいのに気づけば消えてしまいそうなほど淡い。儚さというのはこういうものなのかなと横顔を見つめていれば視線は私でもアトラクションでもなく、どこか遠くを見据えたまま笑みを零した。

『あれが楽しかったのかもどうかわからない。あの時の俺は二人があまりに泣くものだから、どうしたらいいかわからなくて…周りを見て驚いたり楽しんだりするよりも先に、出口に向かって歩いてた』

「………そうなんですね」

『…うん。だからあれが楽しかったかまでは覚えてないけど、お化け屋敷の怖さやクオリティで考えれば今回のとはきっと段違いなんだろうね』

すっと顔を上げて普段と同じ表情を浮かべる。

初めて見た彼の素の表情の意味が気にならない訳ではなかったけど、今の私が聞いたってきっと思い出を汚してしまうだろうから私も笑った。

「私もこのお化け屋敷のクオリティは高いと思います」

『ふふ。木賊が入らなくてよかった。黄蘗とシアンは大丈夫かな』

「そういえば木賊くんはお化け屋敷が苦手なんですか?」

『そうだね。木賊は血とか、驚かされるのとか、いろいろ得意じゃないからお化け屋敷は好きじゃないよ』

「グロテスクなのもあったりしますもんね」

今回のこれは不安を煽るタイプのものだけど、お化け屋敷によっては血まみれとか首が飛ぶとかそういう話はよくある。

ふと周りを見る。気づけば物語は進み、迷子の子供は逃げ惑った先で疲れ果てて身を隠すように公園の遊具の中に座り込んでた。

こわい、帰りたい、そうこぼす子供にチリンと鈴の音がして、顔を上げるとにゃーんと甘い声が聞こえた。

いつの間にかいた白色の猫はゆったりと近づいてきて子供の右手に擦り寄ると尻尾を指に絡めてにゃんとまた鳴き、尻尾を解いて歩き始めた。

「ねこさん、まって!」

立ち上がった子供が猫を追って遊具の影から出る。血のように赤い夕日を背に歩く猫は優雅に歩いているのに子供が走らないと追いつけないくらい油断すると距離が開いてしまうほどで、その不思議な猫の後ろ姿を追いかけてることで視界は揺れる。

「ねこさん!!」

にゃあの鳴き声、その瞬間にばつんっと大きな音がして真っ暗になる。動かなくなった機械と、赤から急に黒になった視界に驚いて肩を揺らして、思わず手を伸ばして隣を掴んだ。

どくんどくんと心臓の音がする。私の心臓も同じようにどきどきとしていて、すっと機械が動き始めた。

真っ暗な中を進む機械に心臓はどぎまぎしたままで、妙な匂いがして赤い色がついた。

「ねこさん」

影が揺れてる。先ほどと同じ子供の声がして、子供は抱えている何かを撫でているような動きをしていた。

「こんどは僕のお友達もよんでくるね」

「にゃあ」

あからさまに猫と呼ぶには大きく歪な影に冷や汗が背筋を伝って、手に力を入れる。

それ以上声は聞こえない。私達を乗せた機械は彼らの横を抜けて、暗い道を抜けたあとに視界が開けた。

「おかえりなさいませ」

出発したときと同じようにお姉さんがいて迎えられる。機会が止まって、息を吐けばどっと疲れが襲ってきて隣で笑い声が転がった。

『だいぶ感情移入してたね』

「はい…思ったよりもどきどきしました…」

『ふふ』

楽しそうな彼にはっとして手を離す。ガッツリ掴んでしまっていた洋服は少し皺が寄っていて、謝るよりも早く立ち上がった彼はまた右手を差し出した。

『あまりお待たせするのも気が引けるから、僕達も行こうか』

「、ありがとうございます」

手を取って乗り物から降りる。お姉さんに見送られて建物を出れば、黄色が飛び込んできて青色が寄り添った。

「はぁあああちゃああああんんん」

『うん?二人ともどうしたの?』

「…帰ってきてくれてよかった」

『ふふ、あれはフィクションだからね?』

心底おびえてるらしい二人に優しく笑って頭を撫でる。

『大丈夫、大丈夫。何があっても置いていかないよ』

「絶対だよ!!!?」

「約束か?」

『もちろん』

「ならよかったあああ」

「ああ」

二人のあまりの様子に穏やかに笑う彼に、見守っていたみんながほっとしたように息を吐いたから、近くにいた明星くんを見上げる。

「明星くんは大丈夫そうだね」

「うーん、驚いてる人を見ると逆に落ち着くってない?」

「それもそうだね」

首を傾げた明星くんに同意を返す。朔間先輩と羽風先輩、それから逆先くんは二人の様子に苦笑いで、抱きつかれている紅紫さんは二人をあやしながら顔を上げると私を見た。

『まだもう少し時間あるけどなにか乗りたいものは?』

「ええと、私は十分楽しめたので…明星くんと逆先くんは?」

「なにする?」

「近いのは迷路じゃなイ?」

「楽しそう!」

「迷路と…最後に近くのものに乗ったらそれなりの時間だろうな」

「あ!それならジェットコースターでしめようよ!」

「ふふ、楽しそうじゃな」

最後に笑って頷いた朔間先輩に話はまとまって、ちょうど戻ってきた木賊くんと柑子くんが彼らに合流する。

買ったのか棒状の何かを片手に持っていた木賊くんが紅紫さんの口元に差し出せばそれを少しもらって咀嚼して、柑子くんも同じように黄蘗くんに分けてる。

わいわいしてる五人に逆先くんが眉根を寄せて息を吐いて、口の中のものを飲み込んだ紅紫さんは微笑んだ。

『それでは行きましょうか』

「だね!」

明星くんが明るく笑う。右手に黄蘗くん、左手に木賊くんと手を繋いでる紅紫さんはとても楽しそうだ。

「迷路はどうやって分かれるんじゃ?」

「またくじ引きでいいんじゃない?」

「それなら今度はさっきの組と混ざらないように引いて分けたほうがいいネ」

先を歩く三人はすでに次の話をしてる。後ろの五人はわちゃわちゃしてて話を聞いているのかわからないけどついてきているから迷子にはならなそうだったから、ぼーっとする。

「転校生」

「?」

楽しみとテンションが上がってたはずの明星くんから静かに私の名前が出て顔を上げる。

明星くんはふわりと、優しく笑ってた。

「明日から、がんばろうね」

「………うん」

どこまで知ってるのか。明星くんの言葉に頷けば転校生ちゃーんと前から呼ばれた。

「次のくじ!絶対一緒になろうね!!!」

「はい、なれるといいですよね」

元気な羽風先輩、心配そうな目を向けてくる朔間先輩と逆先くん。明星くんの言うとおり、これからは大忙しになる。

「今日はめいっぱい遊んで!明日からまたがんばろ!」

「うん」

明るい笑顔になんだかほっとして、頷いて返せば明星くんは安心したみたいに笑った。


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