イナイレ


聴きなれない音が響いてる。なにかのメロディラインらしいそれはなかなか止まらず、舌打ちをしてから目を開ける。

鳴っているのは俺の携帯じゃないらしく少し離れたところから。下の方から聴こえるそれに這うように動いて手を伸ばし、騒がしい携帯を取り上げて音を切った。

設定済みのアラームが鳴っていたようで下を見る。迷惑そうに眉根を寄せてタオルを抱える不動に息を吐く。携帯を持ったまま右手を伸ばして肩を強めに揺らした。

『おい、起きろ』

「ん゛ー…」

タオルに顔を寄せてまるまる不動は寝起きが悪いタイプなんだろう。

もう一度、さっきよりも強く肩を揺らす。

『人起こしといて自分が起きねぇなんて許さねぇぞ』

「んん゛」

無理やり起こされて迷惑そうなオリーブ色がこちらを睨む。あまりに不服といいたげな目に苛立ちを覚えて、親指に中指をかけ、額に放った。

「い゛っ!」

『…目ぇ覚めたかァ?』

「く、くるす??」

目を見開いて固まった不動に息を吐いて体を起こす。大きく伸びてからベッドを降りてシャツを脱ぎ、クローゼットから運動用のTシャツに着替えた。

後ろでデコピンされたときのまま固まってる不動に息を吐いて首だけ少し動かして振り返る。

『いつまでも寝ぼけてんなよ。さっさと支度しねぇと早起きした意味ねぇぞ』

「あ、ああ……?」

丸くなった目のまま首を傾げ生返事をする不動に外へ出て、そのまま手洗いに向かった。

身支度のうちの顔を洗ってるところで慌てたように不動が追いかけてきて、隣に並んだ。シャツは寝てたときと同じでそのまま運動する気なんだろう。

顔を拭って息を吐いて、外に向かおうとしたところで不動にシャツを掴まれた。

「先行くなよ」

『は?なんで』

「な、なんでって……体調大丈夫か」

『あー…なんの問題もねぇ』

一日安静にしてしっかり夜も寝れば痛みはすっかり消えていて忘れてた。向かいの不動がほっとしたように少し表情を緩め、シャツを掴んでた手を解いたから頭を掻いた。

『迷惑かけて悪ぃ』

「…別に、かけられてない」

『かけてんだろ。……はぁ。隣室だからって理由でお前になんでも押し付けねぇよう道也には言っとくわ』

呼び出し係に安否確認。心配性のくせに面倒くさがりで人を使う道也には釘を差しておくべきだろう。

不動が固まって目を逸らした。

「……監督には何も言わなくていい」

『あ?監督相手だろうとちゃんと言わねぇと彼奴面倒事押し付け続けんぞ』

「…………あんまりにも面倒になったら自分で言うからいい」

『…そーかよォ』

面倒事を押し付けられて気にしないなんて案外風丸と同じタイプなんだろうか。委員会とか他薦で入る奴かと頭を掻いて手を降ろした。

『嫌んなったらちゃんと言えよォ』

「…ああ」

どこか煮えきらない表情ながらも頷いた不動を見届けて歩き出す。数歩進んでも視線を落としてその場から動かない不動に振り返った。

『いつまでそこ居んだよ。置いてくぞ』

「え、?」

『てめぇのアラームで目ぇ覚めたんだ。責任取って朝練付き合え』

「あっ、ああ!」

顔を上げて駆け寄ってきた不動に息を吐いて外に向かう。いつも何時に起きてるのか、外にはサッカーバカのひとりも見当たらないからちょうどいい。

ぱっと見た感じボールは出ていなそうで探すのも出すのもめんどくさいからそのまま走り出せば不動は目を丸くしてからついてきた。

「急に走んなよ!」

『ボール出すめんどくせぇ』

「あっそ…」

無言でグラウンドを走って、風景に飽きたから寮の外を出る。寮から適当に街中へ、まだ日が昇って少しの時間だから人も少なく空気も澄んでて走りやすい。

すれ違うのは同じように走っている奴や犬の散歩中の人間。不動はこの街に馴染みがないのか半歩ほど後ろをついてきていてよく昔にサッカー部が使っていた河川敷や学校の近くを走り抜けて寮に帰ってきた。

ちょうど寮から出てきたのは緑川で、目を丸くする。その後から、にっこりと笑った吹雪が手に持っていたそれをふわりと落とすと右足を前に蹴りぬいた。

飛んできたボールをいなして足を上にのせる。

『朝からなんだよ』

「おはよ。不動くんと朝練してたんだね」

『ジョギング行ってた』

「部屋行ったらいないからびっくりしたんだぞ!来栖!不動!おはよう!」

『はよ』

「お、おはよう…」

近寄ってきた二人に不動がきょどって、息を吐きながらボールをつま先で浮かせて山なりになるよう蹴り吹雪に返す。

きっちりと両手で受け取った吹雪は首を傾げた。

「二人はもう朝練は終わり?」

「…………」

『あー』

こちらを見る不動とにこにこする吹雪。緑川が期待するように目を輝かせる。

『…まぁ、後少しだけやるかァ』

「「!」」

目を輝かせた不動と緑川。吹雪が表情を綻ばせた。

「せっかく四人いるし、ペアで練習しよう?」

『グッパーで分けんぞ』

「え、そんな適当に?」

「パワーバランスは気にしないのか?」

『時間のムダだァ。さっさと手ぇ出せ。グーとパーで分かれましょ』

俺と最初から差し出してた吹雪、それから咄嗟に出した不動と緑川が手の形を作って、出揃った四つの手は二つずつに分かれていたから同じ手を出してた緑川と目を合わせた。

『んじゃ、やんぞォ』

「ああ!」

「よろしくね、不動くん」

「お、おう」

不動と吹雪が近寄って、緑川がついてくるからある程度離れたところで隣を見た。

『適当に合わせんから好きに動け』

「え、作戦なし?」

『向こうだって作戦なしだろーよ。チームワークもなんもねぇから好きにやったほうがうまく行く。むしろお前の動きがわかってる俺が合わせたほうが安定すんわ』

「そ、それもそうだな…」

視界の端の不動と吹雪は会話もそこそこで作戦を立ててる様子もない。緑川が深呼吸を繰り返して、よしっと気合を入れるから顔を上げた。

『そっちからいーぞォ』

「うん!不動くん、行こう!」

「足引っ張んなよ」

「ふふっ」

抱えていたボールを落とすと蹴って転がし走り出す。感覚を確かめるためか不動にパスを出して、不動はすぐにボールを返した。

「いい感じ!」

楽しそうに笑った吹雪はすっと向かってくる緑川に視線を移す。緑川はまっすぐ吹雪へと進んでいて不動はフォローに回る気はないのか少し離れたところを抜けていく。

緑川と吹雪が向き合って、吹雪がボールを左右に振りフェイントをかけ始めた。なんだかんだ一緒に練習してるためか緑川は簡単に抜かれることなくボールに足を出してる。

『緑川ァ、がんばれェ』

「っ、が!んばってる!よ!!」

「取られんじゃねぇぞ吹雪っ!」

「ちょっと、厳しいかなぁっ」

二人の攻防は緑川が一歩踏み出してボールにつま先を触れさせたことで終わる。ボールが外にか出ていこうとしたところで吹雪が踵で蹴り上げて、舞ったボールが不動のいる方向に飛んでいった。

「不動くん!」

「おう」

「ごめん!来栖!」

『んー』

舞い上がったために滞空時間が長い。位置調整のために動く不動に申し訳なさそうに焦る緑川。

吹雪は安心したように不動の名前を呼ぶから走り出す。ボールの到着地点のだいぶ手前を目掛けて地を蹴り、跳び上がった。

「は、」

『ぼさっとしてんなよ緑川ァ!』

「あ!うん!!?」

驚いて走り出した緑川に、到達するであろう地点へボールを蹴り飛ばす。

吹雪と不動が目を丸くしたから着地してすぐに走り出した。

「来栖?!お前すごく飛んだよな!?」

『人は飛べねぇわ』

「比喩だよ!!」

『いいから集中しろ、来んぞォ』

「ふふ、来栖くんったら驚かせてくれるなぁ」

「ちっ。ボールさっさと寄越せ!」

「っ!来栖!」

不動の足を避けるようにパスされたから受け取って走り出す。吹雪の動きと不動の動きを見つつ、緑川の位置を確認して、息を吐いた。

『緑川ァ気合い入れて走れ』

「走ってるけど!!?」

『もっとやれんだろ』

「んんんっ!」

不動のマークを外し切れない緑川に発破を掛ければ、唇を結んだ後に目をぎゅっと瞑って、開いた。

「朝から!無茶振りがすぎるんだよ!もう!!!」

「は、」

思いっきり地面を蹴った。緑川が全力で走り出せば不動は目を丸くして追いかける。吹雪を避けつつ、導線を確認して、息を吸った。

『緑川!もっと進め!』

「ライトニングっ、アクセル!」

『そのままシュート!』

「っんん!」

送ったパスを辛うじて受け取り、ボールを蹴る。キーパー不在の練習でがら空きのネットを勢い良くボールが揺らして、ころころと転がった。

吹雪が笑って、不動が眉根を寄せる。緑川は肩で息をしていて、転がってきたボールを持ち上げ、横に立った。

『ん、まぁまぁじゃねぇのォ』

「ほんと、鬼畜…朝から出す速さじゃない…」

『ああ?文句言ってんともう練習見てやんねぇぞ』

「うう…ぐうの音も出ない…」

がくりと両膝と手のひらをつけて地面に倒れ込んだ緑川に息を吐く。朝からちょっと急かしただけで潰れるとはまだ鍛え方が足りない。

ボールを近くにいる吹雪に投げる。

『緑川がギブらしいから朝練終わりでいいか』

「えー?来栖くんも終わりにしちゃうの?」

『三人で仲良く練習する気分じゃねぇ』

「そっか。じゃあまた今度しようね」

『気が向いたらなァ』

走ったことで少しだけ乱れた髪を払って、下を見る。

『立てんかァ?』

「立て、はする…」

『はぁ。今すぐ立てば寮まで右腕くらいは貸してやる』

「……微妙に優しい…優しいか…?」

『今から走って寮に向かわせんぞ』

「た!立つから!せめて先に手貸して…!」

『………ん』

右手を差し出せばしっかり握られて、力を込めて引っ張る。立ち上がった緑川は子鹿みたいにふるえてるから笑いがこみ上げてきて、きっと緑川に睨まれた。

「無茶振りしたのは来栖だからな!」

『だから右側貸してやってんだろォ』

「それはそうだけど…肩貸してくれないか?」

『……………はぁ〜』

目を逸らせば右肩に重みがかかる。仕方無しに回された腕を左手で取って、後ろを確認した。

『じゃ、後はごゆっくりぃ』

「二人ともお疲れ様〜!また後でね!」

「うん、吹雪!朝練誘ってくれてありがとう!それから不動も付き合ってくれてありがとう!次はもっと練習できるよう気合い入れてくるよ!」

「あ、ああ」

挨拶を終えた緑川が満足そうにしてるから歩き出す。吹雪が不動に話しかけているからたぶんこのまま二人は朝練を続ける気なんだろう。

寮に入って、向かいからあれ?と首を傾げられ目を丸くされた。

「緑川さんに諧音さん??」

「どうしたんだ??怪我したのか、緑川?」

『バテただけだァ』

「来栖の無茶振りが原因だから!普段はそんなすぐバテないよ!」

『鍛えが足りねぇな』

「ぐぬぅ」

悔しそうな緑川に豪炎寺は目を瞬いて、虎がそうだ!と駆け寄ってくると手を伸ばして俺の額に触れた。

「体調どうですか?」

『問題ねぇよ』

「朝ごはんは食べに来ますか?」

『あー。たぶん』

「もし食べるなら一緒に食べましょ!」

『起きれたら』

「ええ?二度寝するんですか?朝からボール触ったらもうテンション上がって眠れなくないですか??」

『そんなテンションぶち上がんねぇわ。…つか、お前ら今から朝練だろォ?喋ってんと時間なくなんぞ』

「は!そうでした!!豪炎寺さん!!」

「あ、そうだな。行こう、虎丸」

放っといたらいつまでも話しそうな虎丸を無理やり切り上げさせて、なにか言いたそうに口をもごつかせてた豪炎寺を回収させる。

扉に向けて歩いていく二人に足を進めようとして、豪炎寺が振り返ったことに緑川が首を傾げた。

『歩かねぇなら置いてくぞ』

「え!あ、待って!置いてかないで!!」

左手を離そうとすれば顔の向きを正して歩き出す。豪炎寺が戸惑うように視線を揺らして外に出ていって扉がしまった。

『どこまで運べばいーんだァ?』

「んー、食堂でもいいか?」

『ん』

緑川の部屋は二階のことを考えればこの状態で連れて行くよりも一階にある食堂に突っ込むほうが楽だろう。

置いていかないよう速度を調整しつつ歩き、食堂を開ける。厨房ではまだ朝の支度は始まってないのかマネージャーの姿は見当たらず、近い席に緑川を座らせた。

「本当にありがとう、来栖」

『おー。回復したら適当に自主トレすんだろうけど、走る系は辞めとけよ』

「うん、そうする」

『じゃ、俺二度寝すんから』

「え、ほんとに二度寝するの…?おやすみ…?」

『おやすみィ』

冗談だと思ってたと緑川が目を丸くして首を傾げるから手を振って食堂を出る。

誰にも会わないよう道を選びながら私室に帰る。不動を転がしておいた布団とかけたタオルは申し訳ない程度に畳んで置かれていて、タオルは横に置き、布団をベッドに乗せてから寝転がって包まる。

横になっても、朝から軽く体を動かしたことでだいぶ目をは冴えているし眠気は来ず、仕方無しに枕元に置いたままだった携帯を取って通知を確認する。

いくつか来ているメッセージを読んで、必要なものには返して。ついでに朝のニュースを眺めているうちに気づけば意識が飛んでいた。




「おい!いつまで寝てるんだ!」

遠慮なく体を左右に揺さぶられて大きな声をかけられる。布団の中に潜り込めばまったく!と呆れ混じりの声が落ちてきて布団が引っペがされた。

「来栖!起きろ!」

『んん゛っ…う、っせぇ…なァ』

「うるさくない!もう朝食の時間だぞ!」

『あっそ…』

「あっそじゃない!ほら!食べ行くぞ!起きろって!」

肩を押すようにされて上半身が起こされた。霞んでる視界に目元を擦って、目を開ける。ベッドサイドにいたのは風丸で、腰に手をあてて眉根を寄せた。

「まったく、二度寝でどれだけガッツリ寝てるんだ?」

『二度寝はガッツリ寝るから二度寝なんだっつーのォ…』

「そんな定義はないだろ…?」

半目の風丸がため息を零す。無理やり起こされまだ寝ぼけてるらしい頭にぼーっとしていればあからさまに息を吐かれた。

「三度寝は許さないぞ」

『あー…』

「朝食べないから目が覚めないんだ、ほら、行くぞ」

『ちっ』

「舌打ちだけしっかりするなよ!」

『うっせ…』

頭を掻いて、手を上げて大きく伸びる。ぼんやりとした視界が多少晴れたから仕方なく足をベッドからおろして顔を上げた。

「おはよう」

『はよォ』

「早く行かないと席埋まるぞ」

『んー』

先に扉に向かう風丸に仕方なく立ち上がってついていく。扉を出たことで開けた視界に、不動が映って、目を丸くして固まってる姿に何か言うより早く風丸に呼ばれた。

「来栖!」

『うっせぇなァ』

「うるせぇじゃない!そうやっていつも寝ぼけてるかゲームしてるかだから先生にも目つけられるんだぞ!」

『そんなつけられてねぇわ』

「え、あれでつけられてないと思ってるなんて…正気か…?」

『一番腹立つ反応しやがって』

息を吐いて頭を掻く。確かに居眠りとゲーム持ち込みの常習犯な俺は誰がどう見ても問題児だろう。

前を歩く風丸は部活も勉強も上位成績で、生活態度も申し分ない優等生だから教師からの評価も高い。風丸はいつからか俺にお節介ばかり焼くけれど席順が前後でさえなければ関わり合いがなかったはずだ。

風丸はじっと俺を見たと思うと目を逸らして、口元を緩める。

「学校が始まったら、きっと来栖の世界も変わるだろうな」

『………ゲームしに戻んわ』

「……は?!なんで急に!!許さないぞ!食事よりゲームの精神!またゲーム取り上げるからな!!」

『うっざ』

足を止めた俺に慌てて腕を引っ張る風丸は喧しく、ゲームを取り上げられたくないから仕方なくまた歩き始める。

少し後ろをついてきてる不動は静かで話しかけてくる様子はない。風丸は気づいてないのか後ろを気にしてないし、会話する気がないなら触れるほどでもないかと久々に聞く風丸のお小言を右から左に流して、食堂にたどり着いた。

「おはよう!風丸!あ、来栖もいる!おはよ!!」

「円堂、おはよう!」

『はよ』

「こんな早いなんて円堂にしては珍しいな?」

「朝練のキリが良いところで終わらせたら早くなっちゃって!」

「サッカー中の円堂は時間を忘れるもんな」

中にいた賑やかなの権化な円堂に風丸が気を取られたからその横を抜けて冬花に配膳してもらう。受け取ったトレーを持って、まっすぐ席に向かい、座る。向かいの飛鷹が驚いたように肩を揺らして目を瞬いた。

「え、珍しいですね、どうしたんですか?」

『喧しすぎて静かな場所を探してんだよ』

「なるほど…?」

風丸は俺が席についたことに気づいて一瞬眉根をひそめたものの、木野に声をかけられたことで視線をそらす。膳を受け取った不動が一人いつもの席に向かおうとしたから服を掴んだ。

「は、」

『お前は俺の隣』

「、なんで、」

『いいから座れ』

「…………」

一瞬目つきが鋭くなって、ちらりと向かいの飛鷹を見た後におとなしく横に座る。向かいと隣、静かな奴で固めれば多少は穏やかに過ごせるだろう。

『あー、やっとゆっくりできんわ』

「そんなに忙しなかったんですか?」

『死ぬほどなァ』

「そうだったんですね…?」

ぱちぱちと目を瞬く飛鷹は不思議そうで、隣の不動に関しては俺の言いたいことを察してか呆れたような目を向けてくる。

頬杖をついて、そうすれば飛鷹がそういえばと俺を見つめた。

「怪我は大丈夫ですか?」

『なんもねぇよ。つか、まじどこまで話広がってんだァ?』

「どこまでかは知りませんが…ほとんど皆さん知ってますよ?」

『やりづら』

「後から来る場合もありますし、違和感があったらすぐおっしゃってくださいね」

『なんもねーよ』

飛鷹が口元を緩めるから目を逸らす。ちょうど開いた食堂の扉に、飛び込んできた影はぐるりと中を見渡して俺を見つけると、あ!と目を見開いて頬を膨らませた。

音無からトレーを受け取ったと思えばまっすぐ早足でこちらに来て、への字にしてる口を開いた。

「諧音さん!一緒に食べようって約束したのになんで隣と向かい埋まっちゃってるんですか!」

『あー…別にテーブルが一緒なら話せんだろォ?』

「んんっ!斜めは一番距離があるじゃないですか!!」

頬を膨らませて怒る虎に頭を掻く。不動があまりの騒々しさにか立ち上がろうとしたからまた服を引っ張った。

『俺から離れるな』

「は」

口を少し開けて固まる不動が動かなくなったのを確認して手を放し、虎を見据える。

『後で練習付き合ってやんから斜め向かいでおとなしくしろ』

「え!ほんとですか!?」

『少しだけな』

「この後の練習が楽しみだな」

「はい!」

『なんでてめぇまでいんだよ』

「駄目なのか?」

きょとんとしたのはいつの間にか虎の隣に陣取った豪炎寺で、虎はにこにこしながら椅子に座る。向かいの飛鷹、虎、豪炎寺の並びの不自然さに息を吐いて、不動の隣もサラッと埋まった。

「今日はこっちなんだな、豪炎寺」

「ああ。風丸こそ珍しいな?」

「最近サボってたが、そこの寝坊常習犯の監視だ」

『もう起きてるっつーのォ』

「ついでにしっかり食事させることも俺の業務の一つだ」

「大忙しだな…?」

ど天然なのか驚いたように目を瞬く豪炎寺と職務全うと胸を張る風丸。虎が僕もお手伝いします!と笑って手を上げるから額を押さえて息を吐く。

飛鷹はさっきまでの俺の言動の理由を察したように苦笑いを浮かべて、不動はうつむいたまま固まってる。隣のあまりの静かさに、落ち着きを求めたのは俺だけど不審に思って横に顔を向けた。

『どうしたァ?』

「、べつに…なんも、ねぇ」

『ふーん、そーか』

言葉と一緒に首を横に振られる。これ以上は何を聞いたって理由は返ってこないだろうから頬杖をつき直して、いつの間にか人が増え賑やかになってる室内に円堂の号令が響いたから箸を取った。




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