ヒロアカ 第一部


昨日の夜に来た連絡で、相澤先生の用事が長引き、出留が一定時間一人になった関係で目を覚したと伝えられた。幸い怪我をするようなことはなかったようだけど、明日の朝まで爆豪と緑谷が様子を見るとことになって夜の番はなくなった。

ちょうど発目さんと晩飯を食べている最中の連絡だったから驚いて、発目さんも心配そうに視線を揺らしてた。食堂から戻るところで会った先生は顔を合わせるなりすまないと溢したから、首を横に振って、爆豪と緑谷の様子を聞いてその日は部屋に帰った。

目が覚めて見た携帯には緑谷からの連絡が一つ。メッセージのそれは三時間ほど前に届いていて、こんな早朝に目を覚ましてるのかと驚いて、更に内容に目を瞬いた。

今日一日、俺か先生か発目さんかミッドナイト先生に任せたい、緑谷自身と爆豪をローテに入れないでほしいの言葉に飛び起きて部屋を出る。

隣の部屋の扉を叩けば少しして扉が開いた。

「し、心操くん…?おはよ…そんな慌ててどうしたの?」

「あのメッセージ、なに」

「なにってそのままだけど…」

不思議そうに目を瞬く緑谷は首を傾げて、部屋の中で気配が揺れたからそっちを見る。

部屋の中にいるのは爆豪のはずで、パーカーをまとっていて深くフードを被ってるせいで顔までは見えない。

「爆豪も緑谷も、急にローテーションから外れるってどういうことだ?」

「えっと、ちょっと用事ができちゃって。僕達今日一日側にいるのが難しくなっちゃったから、兄ちゃんをお願いしたいんだ」

「は?」

へらりと笑った緑谷に眉根が寄る。この二人が出留よりも優先する用事なんて思い当たらなくて、あまりの怪しさに睨みつけるけど緑谷は唇を結ぶように笑ったままでそれ以上何も言ってこない。

「用事ってなんだよ」

「…………」

「緑谷、爆豪」

何故か何も答えない二人に苛立ちが体を動かして、思わず手を伸ばして胸ぐらをつかむ。

「痛いよ、心操くん」

にっこりと笑って困ったなぁと笑う緑谷に奥歯を噛んで、口を開こうとした瞬間にエレベーターの開く音がした。足音が聞こえてきて、なにしてるの!?と女性の声が響く。

「心操くん!どうしたの!」

「っ、先生」

慌ててるのはミッドナイト先生。その隣にいる相澤先生も目を丸くしていて、それでも手に込めた力が抜けない。

「おい、緑谷」

「用事は用事だよ」

薄ら寒い笑み。どこか据わった瞳と有無を言わせない静かな声に胸ぐらをつかむ手の力が更に強くなって、俺の手に小さな手が重なった。

「心操くん、落ち着いてください」

「は、つめさん…」

いつの間にそこにいたのか、今にも泣きそうに視線を揺らしてる発目さんが俺を止めるから唇を噛んでから手を離す。ほっとしたようにミッドナイト先生と発目さんが息を小さく吐いて、こっちにと発目さんが俺を引っ張って緑谷から少し距離を取らせた。

緑谷は皺の寄った胸ぐらに視線を落としてさっさと整える。それから俺達を見て、また笑った。

「急なお願いですみません。それじゃあ僕達ちょっともう出るんで、今日は兄ちゃんをよろしくお願いします」

「待ちなさい、緑谷くん」

話を流そうとした緑谷にミッドナイト先生が待ったをかけて、ミッドナイト先生は珍しく笑顔を浮かべずにじっと緑谷を見据えてた。

「貴方からもらったメッセージは相澤くんから聞いたわ。ローテーションを組み直すことは可能だけれど、それよりも貴方達が今日彼についていられない理由を聞きたいわ」

「心操くんにも伝えましたが、用事があるので僕とかっちゃんは今日一緒にいられません」

「それは彼よりも優先しないといけない用事なの?」

「……急なお願いをしてるのは承知ですし、それに対して振り回してしまってることは申し訳ないと思うので何度でも謝ります。…でも、それは答える必要がありますか?」

「、」

「僕とかっちゃんは用事があるので、一緒にいられない。それがすべてです」

光の消えた緑色の瞳。口元に一応といった様子で貼り付けられた笑みにミッドナイト先生は言葉を詰めて、発目さんがあの、と声を漏らした。

「緑谷くんと爆豪くんが用事があるのはわかりましたが、何時頃に戻られる予定ですか?」

「うーん、用事が終わり次第だから…たぶん夜には戻れると思うんだけど…」

「そうなんですね…えっと、学校から出られる予定なんですか?」

「え?うんん、外出届出してないし流石に出ないよ?」

「連絡は差し上げたら確認できますか?」

「あー、どうだろう…気づいたらなるべく返すように頑張るけど…即レスは難しいと思う」

「そうですか…」

「ごめんね。発目さん、兄ちゃんをよろしくね」

発目さんのおかげである程度緑谷から情報を引き出せたけどやっぱり違和感しかない。

笑った緑谷は振り返って、かっちゃんと声を掛ければ爆豪はゆっくり歩きだして近寄り、三歩ほど離れたところで止まった。

また俺達に向き直った緑谷はにっこりと笑う。

「それじゃあ、兄ちゃんをよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げて、歩き出した緑谷は俺達の間を抜けていく。その後ろを爆豪がついていって、不意に爆豪が足を止めた。

「………………」

爆豪はうつむいたままで、なんで止まったのかと原因を探せば相澤先生が爆豪の左腕を掴んでた。

「爆豪、緑谷も…本当に用事を済ませたら帰ってくるんだな」

「…………………」

「はい。用事が済めば必ず」

掴まれてる爆豪ではなく振り返った緑谷がわざわざ返事をして、相澤先生をじっと見る。仕方なさそうに手を離した先生に緑谷は息を吐いて、目を逸らした。

「行こ、かっちゃん」

緑谷の声にまた爆豪は歩きだして二人はさっさとエレベーターに乗り込んだ。

微妙な空気が残ってしまって、それからばっと顔を上げる。

「なんで彼奴ら行かせたんですか」

「……あの様子じゃ何を言ったところであの子たちは出かけたと思うわ」

「緑谷くんも爆豪くんも大丈夫でしょうか…」

「………………」

ミッドナイト先生は息を吐いて、発目さんが小さく零す。相澤先生は視線を落としていてすでに色々と不安でしかない。

緑谷と爆豪がこんな行動に出たのはやっぱり昨日のことが原因だろう。そうじゃなきゃこんな突発的に動き出すわけがない。

責任を感じてるのか言葉が少ない相澤先生に、気遣うようにミッドナイト先生が視線を揺らして、横から服が引かれた。

「あの、そろそろ他の方も目を覚ます時間でしょうし、この後のことは緑谷さんのお部屋で一度お話しませんか?」

「…そうね。ほら、相澤くん、いつまでも呆けてないで動くわよ」

べしりと背中を叩かれた相澤先生が押されて部屋の中に進む。俺も発目さんに引っ張られて部屋に入り、扉をしめた。

ベッドの上には変わらず出留が眠っていて、昨日と少し違うのはタオルケットと胸元に見慣れないパーカーがかけられてることぐらいだった。

横を見れば書き置きがあって、今日水分補給をした時間とこの後の補給目安時間が残されてた。それ以外にも着替えも済んでるからよろしくお願いしますとあって眉根を寄せる。

「彼奴らなんなんだよ」

「きちんと緑谷さんのお世話は終わってるみたいですね…」

「本当にあの子達どうしちゃったのかしら…」

眠ってる出留の様子を確認した後に室内を見渡したミッドナイト先生は息を吐いて、相澤先生は額を押さえた。

「あー、もうほら!うじうじしないの!」

べしべしと背を叩かれる相澤先生に発目さんは困ったように眉尻を下げて、口を開く。

「緑谷さんのローテーションはどうしますか?」

「そうね。元々今日は緑谷くんと爆豪くんがメイン予定だったから、穴は大きいわ。…心操くん、発目さん、申し訳ないけど少し助けてもらえる?」

「はい!もちろんです!」

「…はい」

「それから相澤くんもよ!」

「………はい」

「そうしたらまずは元々のスケジュールから少し手直ししていくわよ」

ミッドナイト先生が元のスケジュールを出して、爆豪と緑谷を抜く。空白の場所になるべく俺と渋る相澤先生を入れて、それからどうしても空いてしまう場所にミッドナイト先生と発目さんが入った。

「それじゃあ急になっちゃったけど、みんなよろしくね!」

「はい!」

「「…はい」」

最初は相澤先生とミッドナイト先生が見てくれて、その間に俺と発目さんは支度を済ませる。すぐに戻って、迎えてくれたミッドナイト先生と場所を代わった。

相澤先生は相変わらず気落ちしてる様子でスツールに座っていて、目が合うと逸らされる。顔色が悪いようにも見えるからさっきまであった緑谷と爆豪の奇行への苛立ちより心配が強くなった。

「大丈夫ですか、先生」

「……すまない」

「いえ…飲み物でも持ってきますか?」

「……大丈夫だ」

先生も俺も口下手なタイプだけど、今日の先生はひどくジメジメしてる。よっぽど昨日のことを引きずってるんだろう。

「…………昨日、爆豪と緑谷は様子おかしかったですか?」

「………………俺が別れた時点で、緑谷は少なくともいつもどおりのように見えた。爆豪は…だいぶ様子が違かったな」

「え、そうだったんですか?」

「…急に怒ったと思えば泣きだしたり、無表情になったりと忙しそうだった」

「え…爆豪が??」

「ああ…俺にもよくわからないがかなり取り乱していて…本人もよくわかっていないのか意味不明な言葉を溢して…最後に静かになって部屋に戻っていってしまった」

「……それはだいぶ様子が変ですね」

「…ああ。…………それもこれも俺が離れたせいだ」

とてつもなく落ち込んでる先生に手をさ迷わせる。

「あ、えっと、でも今回出留に怪我はないですし…、緑谷と爆豪もそこは怒ってない気がします」

「……………」

「緑谷と爆豪の奇行は、先生のせいじゃなくて…たぶん、彼奴らが何かに納得できなくて、消化できないから場所を変えるために無茶してるとかそういうことじゃないかと」

少し冷静になれば、あの二人の様子はだいぶ異常だ。緑谷はにこにこして威圧してくるし、逆に爆豪はフードを下ろさず言葉すら発さない。何かを堪えるようにおかしな二人は、出留絡みなのは間違いないけど、先生へあからさまな敵意を向けてなかったから先生が悪いわけじゃないのはほぼ確実だろう。

「いや、それにしても彼奴ら急すぎるしなんの説明もないの腹立つな…出留置いていくって何考えてんだ…?」

「それに関してだが、あの二人今は寮にこもってるらしい」

「寮にですか?」

「ああ。寮監から連絡があった。爆豪の部屋にこもってるらしく、何をしてるかは不明だが外に出る気はなさそうで安心した」

「寮室内で済む用事ってなんだよ…」

息を吐いてマジ意味わからねぇと床に座る。部屋の中は特に変わった様子はなさそうだし、持ち出された物はないように思える。

二人とも大きな荷物は持ってなかったし、寮内にいるってことはそっちに必要なものがあったのかもしれない。

「まったく、出留が目ぇ覚したらチクってやる…」

「猛反にあうぞ」

「いざとなったら個性かけて捕縛します」

「……強くなったな、お前」

「そりゃあ先生が師匠で、出留の相棒ですから」

ふんっと鼻を鳴らして見せれば先生は一瞬固まった後に少し口元を緩めて、初めて表情を落ち着かせた。

「………そうだな」

「先生も、彼奴らが落ち着いたら絞るの手伝ってくださいね」

「…ああ。俺も彼奴らに聞かないといけないことがあるからな、手伝わせてくれ」

「はい!とっちめてやりましょう!」

「そこまではしなくてもいいと思うが…」

呆れたみたいに笑う先生にやっといつもどおりになったかと、眠る出留に手を伸ばして髪を撫でた。




「発目さん、本当に連日で頼んじゃって大丈夫か?」

「はい!緑谷さんのお世話係を成し遂げてみせます!」

「香山さんはりきり過ぎないでくださいね」

「あら!私こう見えて人の面倒見るの得意なのよ?大船に乗ったつもりでいてちょうだい!」

交代の時間になって部屋の前に集合した私と発目さんに心操くんと相澤くんは心配そうに眉尻を下げる。

昼ごはんと休憩、それから続けて訓練だからどうしたって二人は一度抜けないといけない。わかっているだろうに後ろ髪を引かれてる二人に私と発目さんで背を押して部屋から追い出して、扉を閉めた。

「ふぅ!最初から疲れるわ!」

「お二人とも心配性なんですね」

「ほんと似た者同士ってかんじよね!」

二人で顔を見合わせて笑って、部屋の中心に向かう。発目さんはスツールへ、私はいつだかに相澤くんが持ち込んだらしい折りたたみの椅子に腰掛けて、目を合わせる。

「発目さん、よろしくね」

「こちらこそ!そういえばミッドナイト先生とちゃんとお話するのは初めてですね!」

「ええ!女子会って感じね!」

「はい!楽しみです!」

持ち込んだ飲み物とお菓子をテーブルに置いて、まずはとチョコレートを二人でつまみあげ口に運ぶ。

「ん〜おいしい〜!」

「久々に食べるとおいしいわねぇ」

口の中で蕩ける食感に頬を緩める。発目さんが好きだというチョコレートの詰め合わせ、それから塩気のあるものとして小さなおせんべいを数種類。飲み物はお茶と炭酸と学生のお泊り会の気分を満喫する。

共通の知り合いのパワーローダーの話や学校生活のこと、夏休みの間のことなど他愛もない話をして、ふと首を傾げる。

「そういえば発目さんは緑谷兄弟どちらとも仲がいいわよね」

「サポートアイテムの作成補助を行わせていただいていますから!弟さんの緑谷くんはご自身の欲しいものを積極的に相談してくださりますが、お兄さんの緑谷さんはご自身の力に頓着されていないようなので、代わりに嬉々としたご様子の心操くんと相澤先生、後は爆豪くんが代理でアイテムを依頼してくださいます!」

「あら、随分と兄弟で方向性が違うわね」

「確かにそうですね。お二人ともご兄弟…双子といいますがあまり性格も似ていらっしゃらないですし、ヒーローへの意識も違うように思えます」

「ええ、弟くんは最初からヒーロー科専願でお兄さんは普通科専願…ヒーローへの好感度もだいぶ違うみたいね」

「弟緑谷くんはオールマイトの大ファンですもんね!」

「兄緑谷くんに関しては私と相澤くんのヒーロー名すら覚えてない節があるくらいヒーローに興味ないのよね。悲しいわ」

どうすればそこまでヒーロー名を覚えられないのか少し不思議で、発目さんがそうなんですかと目を瞬く。

弟緑谷くんに関してはメディア嫌いの相澤くんが個性と捕縛帯を見せただけでイレイザーヘッドに紐付けるくらいのヒーローマニアなのにどうにも対象的だ。

「まぁこの話は置いておいて…今はどんなアイテムを作ってるの?」

「現状は兄緑谷さんのガーターリングの改良を終えたところで、弟緑谷くんのアイアンソールも制作完了し着用してもらってるのでその微調整がメインですね!」

「まぁ…本当に優秀ね…」

「できることならばもっともっと改良と制作をしていきたいので!目下目標はデザインと危険物取扱の資格の修得、卒業までにヒーロースーツ制作ライセンスもほしいです!」

「ふふ。本当にやる気に満ち溢れてるわね」

「私は私のベイビーをたっくさんの人に見てもらいたいです!それに、約束したんです!」

「約束?」

「心操くんと緑谷さんの最強ペアを支えるエンジニアの座は譲らないので、それまでになんでも出来るようになりたいんです!」

「まあ…!」

きらきらした目と迷いのない言葉。この子達はなんて素晴らしい青春をしてるのかしらと嬉しくなってしまって口角を上げる。

「発目さん!応援してるから困ったことがあったらなんでも言ってちょうだいね!」

「ありがとうございます!」

にぱっと笑った発目さんに、本当にいい子だわとチョコレートを差し出して、口に運んだ発目さんは嬉しそうに笑うから釣られて私も笑った。




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