ヒロアカ 第一部


昨日は結局、二人の入浴中と食事中は先生が代理で見ていて、俺の番は来ないかと思ったけど案外すぐに順番が回ってきた。

「心操くん!終わったらすぐ戻ってくるから!!」

「…出留を頼む」

「ああ、任せてくれ」

不安そうに視線を揺らしつつ二人は訓練に向かう。さっきまで二人のうちのどちらかが座ってたであろうベッドのすぐ横に置かれた椅子に座る。

ベッドの上には昨日見たときと変わらず眠っている出留がいて、高熱のせいかやはり顔は普段よりも赤みを帯びてた。けれど普通の風邪とは違うのか熱で魘されてたり汗を掻いて寝苦しそうにしてる様子はない。

一応の確認のため手を伸ばして冷却シートの横、露出してる額に触れれば間違いなく熱かったからすぐに離れる。

机の上を見れば冷却シートの替えと飲み物が置いてあってその横には小さなファイルが置かれてたから手に取る。

“兄ちゃん専用ファイル”とあるそれはいつから使っているのか使用感があって、恐らく引き継ぎのために緑谷が置いてったものだろう。

ぺらりと表紙を捲ればルーズリーフ式で自由にページ数を増減、差し替えができるもので項目に分かれてるらしい。

目次には対応方法、注意事項、記録と三つに分かれてる。ページを捲れば目次通り対応方法の項目で、さらに細かく分かれてた。

食事、風呂、就寝。それぞれの時に応じた対処法が丁寧に書き連ねられていて各項目は一ページにまとめられてる。次は注意事項。先程の対応方法の時と同じようにそれぞれの場面に気をつけないことが今度は二ページほど書いてあった。

大体緑谷と爆豪が事前に言っていた内容だったけれどしっかり中身を確認して、最後の項目に入る。

記録と綴られてるそれは予想通り発熱したときの様子をまとめてあるようで、一枚捲る。

今までとは少し違う、ひらがな混じりのお世辞にもきれいとは言えない、漢字が記号のような形で書かれた文章に目を細めた。

一番上には日付と時間。その下からは状況が箇条書きに近い形で書き連ねられていて語彙も限られているからか少し読みづらい。

日付からして数年前のそれは爆豪たちが言っていたことが正しければ一番最初に発熱した小学三年生の夏頃の記録で10歳くらいの頃は俺もこんな字を書いてたかもしれないなと思う。

“兄ちゃんがたおれた”から始まった記録。どうやら最初は家で倒れたらしい。学校が終わり帰ってきて、母親に迎えられた瞬間に玄関で倒れた出留はその時点で高熱があり、病院に行ったところ原因不明。知恵熱ではないかと診断されて家に帰ったという。

“兄ちゃんがぜんぜん起きない”
“よんだら起きるけど、こえがでない”
“お水もおかあさんがのませてあげないとじぶんじゃのめないみたい”
“かっちゃんとこのまま起きなかったらってしんぱいしてる”

震える文字からも言葉からもその当時の緑谷の不安が現れてる。時折出てくる“みつきさん”や“まさるさん”というのは爆豪の家族だろう。緑谷の母親と合わせて看病してくれているようで、それ以外にも見舞いに来ていた“ねこ”、“うさぎ”、“カナリヤ”と動物の名前が並んでいて、一瞬動物園かと思ったけどすぐに昔の友達のことだろうと流す。

一回目の記録は五日目でようやく転機を迎えた。

“朝、兄ちゃんのへやを見に行ったら兄ちゃんが起きてた”
“かっちゃんと近づいたら兄ちゃんはにこにこしてていつもどおり出久ってよんでくれた”
“しんぱいしたよって言ったら、兄ちゃんはごめんなとだっこしてくれた”

再度病院に向かい、五日間ろくに食事を取らなかったことで多少の栄養失調は認められたものの、他に全くなんの問題もないことを確認して、その日から出留はまた日常生活に戻ったらしい。

一回目の発熱後の様子として、発熱中の記憶は出留になく、気づいたら五日間過ぎていたことに当人は驚いてた。

高熱であったため記憶が曖昧なのも子供によくあることと流され、記録を取っている緑谷自身がまだ幼いこともあってかそれ以上深くは記入されてなかった。

次のページ。二回目の記録はそれから約半年後の小四の春頃だった。

今回も家に帰るとほぼ同時だったらしく、また病院でも原因は不明。一ヶ月ほど前に学校であったという健康診断の時と特に数値に差はなかったようで心因性の発熱が疑われ始めた。

二回目であっても心配なことに変わりはなく緑谷と母親、それから再び爆豪家が協力して看病し、この時は三日目で目を覚ましてる。

三回目はまたその約半年後、四回目もまた半年後と定期的に記された日付に母親と緑谷と爆豪は心配のあまりその時期になると出留にべったりになってた。

そこまで見て、五回目の日付は何故か半年を大幅に超えていた。一ページ戻ってみればやはり一年後の日付で小五の秋ぐらいは発熱がなかったらしい。

油断していたわけではないだろうけど心のどこかで大丈夫と思っていた部分はあったんだろう。小六の夏目前に倒れた出留に全員が取り乱した様子が記録として残ってる。

今までは出留が倒れて混乱と不安が入り混じっているばかりだった記録が少し変わり、考察と実行結果がたくさん書かれてた。

“飲み物”
“◎ 水、カルピス、りんご”
“○ オレンジ(50%以下)、ココア”
“☓ 炭酸、お茶、スポドリ”

“食べ物”
“固形状☓”
“半液状☓(おかゆも)”
“スムージー☓”

“起床時間”
“いつ声をかけても同じように起きるけど二分以内”

少しでも出留の発熱中に迷い無く動けるようにか可能なことや口に入れられる物を片っ端から試しては仕分けした履歴。試行錯誤は緑谷と爆豪が率先していたようで家族は手伝っていたように見える。

一年ぶりの発熱だった五回目は意外にも二日で平熱に落ち着いたようで、今までのどれよりも短い。もしかしたらこの試行錯誤したうちのどれかがハマった可能性が高いと最後に書かれてた。

六回目も同じようにいろいろと試したらしいが特に新たな発見はなかったようで、ただ目を覚ますのに二日と前回同様少し早まってた。

七回目、八回目、九回目の記録は少し変わっていて、途中から水に濡らしたように文字が滲んでいる。ひどく読みづらいそれに目を凝らして、波打つ紙と滲んだ文字を読解する。

“兄ちゃんが窓から落ちかけた”

認識して、どくりと心臓が大きく跳ねて妙な汗がぶわりと溢れる。

“来た宅配に応対。十分後に戻ったところ兄ちゃんが窓に足をかけていて慌てて引き戻す。”
“声をかけてみるも返事なし“
“ふにゃりと笑っていて頭を撫でてみれば擦り寄る“
“おやすみの掛け声にまた眠る”
“手足に傷はなし“
“なにがしたかったは不明”

出留のその突発的な行動は即座に共有され、可能性にかけて試行した履歴が続く。

“携帯をつなげた状態で放置し、監視準備をした上で退出”
“十二分したところで物音が聞こえて、三十秒後にそっと扉を開ける”
“机に向き合っていて教材を広げようとしてた”
“声をかけてみる、返事はなし”
“ただやっぱり嬉しそうに笑ってる”

“同状況で退出”
“十五分後に大きな音”
“ベッドから落ちてる兄ちゃんを発見”

同じように繰り返した結果は十分以上一人にしてしまうと何かしらのアクションを起こすとあって、それが勉強のような普段と似通った行動をするのか窓枠に手をかけるような異常行動をするのかはランダムらしい。

何度も試したこともあってか今回の熱は七日間引かず、統計から見て口にするもの、一緒にいた時間によって落ち着くまでの日数が変わるようだった。

十回目の記録は先程とは別の意味で紙が乱れていて、文字も筆圧がこもっていたのか妙に濃い。

“先生が見舞いに来た”
“声をかけてみるも起きない”
“不審に思ってかっちゃんが声をかけるも起きない”
“僕も声をかけてみても同じく目を覚ます様子なし”
“一旦先生を帰す”
“病院に搬送を検討中、もう一度声をかけると目を覚ます”

その後はどうやら出留の母も爆豪家の人間も同じように声をかけて起きたらしい。

“声をかける人間?”

最後のその謎を検証するためか、もう一度来たいと言った担任、それから訪問診療医が訪れたけれどいずれも目を覚まさなかった。

“今までは呼びかける人間が限られていて毎回目を覚ましていたから不明だったけれど、統一性あり”

ちょうど切れてしまっていた言葉の続きを読むため隣のページを見ると、十回目とタイトルがあって目を瞬く。いくら見直しても条件をまとめてあるであろうページは見当たらず、ルーズリーフ式であることにこれはと眉根を寄せた。

存在しないページは意図的に緑谷、もしくは爆豪、あるいは二人の意思で抜き取られてる。その条件が何かはわからないけど、看病に赴く俺達に見せられない、もしくは見せたくないことが書いてあるに違いない。

なぜ隠されたのか、少し苛立ちを覚えたけれど息を吐いて気持ちを落ち着かせる。一度視線を上げ、いつの間にか担当を代わって一時間を過ぎていたから出留を見た。

変わらず眠っている出留は微動だりしていなくて、手を伸ばして触れた体はやっぱり熱い。

本を置いて、水差しを確認してから出留の頬に触れた。

「出留」

ふるりとまつ毛が揺れる。迷い無く上がった瞼から、いつもより熱を帯びてる緑色が現れて視線が動くと俺を見据えた。

「出留、水飲もう」

教えられていた通り頭の後ろに手を差し込む。首から背中へ腕を入れ、支えるように起こせば不慣れなせいか妙に重たく難しく感じて、結局もう片方の手も肩に添えて起こした。

触れた体の熱さに眉根を寄せつつ、右手で支えながら反対の手で水差しを取る。

「出留」

水差しを寄せればすっと唇が結われてしまって、一旦離す。先程のノートにもあったし緑谷と爆豪に念を押すように言われた通り無理強いはしない。

たしかと言葉を思い出して、出留と目を合わせる。

「出留、あーん」

赤ちゃんや駄々っ子と同じように丁寧に、優しく、言葉は少なめにわかりやすく伝える。

俺が口を開ければ真似するように小さく口を開けたからそっと水差しを添えて斜めにする。用意されていたのはりんごジュースらしく、透き通った黄味のあるさらさらとした液体がゆっくり注がれて喉に流れていく。

嚥下する速度を追い越さないように気をつけて、教えられた分だけの量がなくなったところで水差しを離した。

最後に飲み物が口の中からなくなったところで水差しを置いて、濡れた唇をタオルで拭う。

じっと、どこか虚ろな目で俺を見てるから言わないといけないことを思い出して口角を上げる。

「よくできたな」

途端、嬉しそうに緩んだ表情にまじで子供みたいだと目を瞬いて、中学の時とかに年下の子にやったみたいに丁寧に頭を撫でる。慣れてくれた猫がやるみたいにすり寄るから、これはもしかして子猫と一緒じゃとそわそわしながら頭をなでて、また両手を使って支えながら寝かせた。

「おやすみ、出留」

すっと瞼が降りて緑色が隠れた。眠ってしまった出留に本当に一秒足らずで寝るんだなとどこか感心してしまって、さっき置いたファイルを持ち直した。

決められた時間に水分補給をさせて、ノートを読み込んで、そうしているうちに鍵が開く音がした。

入ってきたのは予想通りの二人で訓練が終わってさっさとこっちに来たんだろう。汗は流したらしくさっぱりしてるけど髪は濡れていて肩にタオルをかけた状態で駆け寄ってきた。

「心操くんっ!ほんっとにありがとう!!」

「助かった。なんもなかったか」

「ああ、問題なかったぞ」

「…そうか」

ほっとしたように息を吐く二人にノートのことを言うか悩んで、とりあえず今はと言葉を飲み込む。

最短でも三日はこの状態が続くのなら、心労を考えても今から二人を責めてバランスを崩すべきじゃない。

「また夜飯の時に一回交代しにくるな」

「うん!ほんとうにありがとう!」

「わりぃな」

「出留のことだから俺にも協力させてくれ。それじゃ」

二人が準備できたのを確認して横に置いていた荷物を持ち上げる。

「何かあったら連絡してくれ」

「ありがと!」

「ああ」

靴を履いて隣の部屋に帰る。鞄を投げてベッドに飛び込む。

あーと意味もなく言葉を漏らして、それから鳴り響いたアラームにしかたなく体を起こした。

今度は俺が訓練の番で、準備をしないといけない。

アラームを止めて着替え捕縛帯やペルソナコードを鞄に詰めて部屋を後にする。一度見た隣の部屋の扉はやはり締め切られていて、息を吐いてから寮を出た。

慣れた道を歩いていつも使ったいる場所に入る。すでにいた先生は顔を上げて目が合ったから頭を下げてから足を進めた。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「ああ。おはよう。よろしくな。…それと、朝からお疲れ」

「あ、いえ」

「緑谷の様子はどうだ?」

「ほんと聞いてたとおり全然起きなくて、声かけたら起きてちゃんと水分は取ってくれました」

「そうか」

やはり出留のことは先生も心配してるようで息を吐く。手元のタブレットを一度置くと手招かれて、隣に座るように促された。

腰を下ろしてなんとなく背筋を伸ばす。向かいに座った先生はタブレットを俺にも見えるように置くとさてと言葉を続けた。

「昨日は三試合連続で模擬戦をしてもらった。まず総評してよく動けていた。これは俺の感想だが、もちろん監督していたミッドナイトとプレゼントマイクからも講評があるから後ほど渡そう」

「ありがとうございます」

「特に三試合目に関しては爆豪とよく渡り合っていた。動きも相手の裏をかけていたし体が思考に追いついてきてるな」

「まだまだです。正直、三試合目は爆豪も室内で動きに制限出てた感じがあったんで…」

「それは心操も一緒だ。あの状態で一本ずつ尻尾を取っていたし本当にいい試合だった。もっと自分を褒めてやれ」

「…ありがとうございます」

口元が思わず緩んでしまって、はっとして手のひらを握りしめる。先生は怒ることなく頷いて、それじゃあ今後についてだがとタブレットのグラフを指した。

「総合して…心操、君にはもっと経験を積んでもらうことにした」

「経験…ですか?」

「ああ。捕縛帯の操縦もだいぶ慣れてきているからな。基礎トレーニングを抜くつもりはないが、模擬戦を積極的に取り入れて状況判断能力を養ってもらおうと思う」

「…わ、わかりました」

「そのためには当面は俺やミッドナイトのような近接メインを相手する。最終目標は復帰した緑谷の完全捕縛だ」

「え?!そ、それは、出留大丈夫ですか…?」

「安心しろ。緑谷にはきっちり回復してから万全の状態で戦えるように時間を置く」

「ええ…万全…?それはそれで怖い…」

先生は一瞬口元を緩めてすぐに元に戻すと立ち上がる。

「まぁまずは基礎トレーニングからだ。いつもどおり筋トレからやってもらおう」

「はい!」

差し出された重りをつけて、組まれたトレーニングメニューをこなす。終わる頃には汗が垂れていてクールダウンのために床に座り込みタオルを被りながらお茶を飲む。

先生はなにか作業をしつつ俺を見ているらしく、なんとなくいつもどおり隣を見て、誰もいないことに大きく息を吐いた。

なんだかんだ言って、出留のいない訓練は初めてだ。

出留が誘拐されている間は先生が忙しかったため訓練は自主トレだったし、出留はいつだって隣にいたから違和感しかない。

後ろに倒れて天井を見上げ、ぼーっとしていれば足音が近づき影にのぞき込まれた。

「どうした」

「…あ、いえ…」

体を起こしても先生の怪訝そうな顔は変わらず、何を言おかと言葉に迷っていれば先に音が落ちてきた。

「緑谷のことか」

「う、はい…。出留がいない訓練って、初めてだなって」

「…たしかにそうだな」

先生はがしがしと頭を掻いて、屈む。起き上がったばかりの俺と同じくらいの目線になるように調整すると、じっと俺を見据えた。

「心操。今からキツイことを言う」

「え、」

唐突な切り出しに言葉を失って、相澤先生は眉根を寄せる。

「これから君はヒーローになり活動していくにあたって、命がこぼれ落ちるところを見ることがあるだろう」

「、」

「それは助けるはずの市民の命かもしれないし、捕らえるはずだった敵の命かもしれない。そして、共に活動している仲間の命の可能性だってある。ヒーローは命を賭して人のために働く仕事だ」

「…………」

「もちろん命を捨てるわけではないが、敵との交戦中、救助活動中。幾多の場面でそういった可能性があることは否定できない。命を落とさずとも再起不能な怪我を負う可能性だってある。君が憧れ、就こうとしている職はそういう世界の中でこそ活きる」

「……はい」

「ずっと緑谷と一緒だったため、今隣にいないことや緑谷の体調を考えると落ち着かない気持ちはよくわかる。だが、緑谷のことに気を取られて行動が疎かになるようでは自らの命を守ることだって出来やしない。自分の心を守れるのは自分だけだ」

「…自分だけ」

「自分以外のものに心の拠り所を作るといつ無くなるかわからない。自分に重きを置くのが合理的だ」

ばっさりと切り捨てられて視線が落ちる。先生の言うことは最もで、友達が一人具合が悪いくらいで気落ちしてる俺はまだ未熟なんだろう。

手を握りしめて、目を瞑ろうとしたところでぽんっと頭に重みが乗った。

「…と、いうのが合理的で強い人間への話だ。俺は強くないからそういう心構えで生きてはない」

「、」

「俺は猫が好きだ。気高く、気まぐれで計算高いのに時折屈託なくすり寄ってくる。そんな性格に振り回されるのが嫌いじゃない」

驚いて顔を上げる。先生はさっきまでの怖い目つきではなくどこか暖かい優しい目をして俺の頭に乗せてる手をぎこちなく動かした。

「だから山田や香山さんのような人が俺の周りには残ったし、今も構ってくる。たまにうざいが俺みたいな根暗人間が今日まで教師をしてこれたのも二人の支え合ってこそだ。それから心操、君の成長を実感するたびに日々歓喜に包まれている。先日の模擬戦。爆豪と正面から互角にやりあったこと…本来ならあのまま飯でもと思ったくらいには喜んでいた。緑谷のことで流れてしまったが、落ち着いたらまた声をかけさせてくれ」

「…………え、はい」

「心操と緑谷。俺は君たち二人が共に手を取り合って互いを高め合えるタイプだと思って一緒に訓練をさせている。心操に足りないものは緑谷が、緑谷に足りないものは心操が補ってくれると。相棒やパートナーのような関係になってほしいと思っていた」

「あい、ぼう」

かっこいい響きに目を瞬いて、先生は一度目を閉じると開く。

「期末試験もそのために二人で手を取り合える内容にだった。一部気になる点はあったものの期待以上の結果を残していたよ、お前たちは」

「あ、えっと、」

「だから、心操」

ぽんぽんと頭が優しく撫でられて手が下ろされた。

「理由もなく緑谷がいないことに慣れるな。………それから、緑谷のような大人ぶった構われたがりをもっと振り回すように」

にっと歯を見せた先生に目を丸くして首を傾げる。

「出留、そんな構われたがりですか?」

「…恐らくな。巧妙に隠されててわかりづらいが彼奴は小さな子どもと同等レベルの構われたがりだろう」

「ええ…?そんなですか??」

構われたがりなんて称された出留に驚きが隠せない。いつも緑谷と爆豪の面倒を見て、俺の介抱までしてしてくれるような出留が小さな子どもと結びつかない。

相澤先生はそうだなと少し目を逸らして、口角を上げる。

「……いい機会だ。今日はもう実技は身に入らんだろうからこの間の模擬戦の映像を見よう。復習がてら緑谷の動きを再確認し次の捕縛練習に活かすぞ」

「は、はい!」

急に訓練の話に戻ったから慌てて立ち上がる。ついていった先はモニターが並んでる部屋で先生はさっさと機械を操作するとぱっと画面に光が灯った。

「心操。自分がどう動いていたかも見るか?」

「見たいです!」

「そうか」

いくつかあるチャプターの中から一番左端のものを選択して、そうすれば画面は一瞬暗くなった後にすぐにつく。

「メモとして使うといい」

「ありがとうございます!」

渡されたノートとボールペンを置いて、流れ始めた映像を見つめる。

一回戦目らしく工業地帯が映し出される。一回戦目は記憶に一番残ってる。爆豪の速さと爆発の衝撃、音。何に対しても圧倒され、あっさりアウトになった覚えのある試合は、改めて見ても振り回されて終わってたから肩を落とす。

「随分とテンションが落ちてるな」

「こう見ると爆豪の反射と頭の回転ハンパないなあって…」

「彼奴は入学時から動きが良かったからな」

「ぐ…出留と爆豪の朝練気になる…!」

「気にはなるなら聞いてこい。お前はそれが許される仲だろう、心操」

「………うーん」

出留とはそれなりに仲良く慣れたとは思うけど、爆豪は妙に怒りっぽいし俺にそんな話をしてくれるか謎だ。爆豪が許可しなければ出留だって話してくれないだろう。

唸っている間に二回戦目の映像が流れ始めたから顔を上げる。

二回戦目は市街地。先ほどと同様に先生と分かれた俺は爆豪を引っ張って、気を取られた出留が咄嗟に手を伸ばそうとしたのを先生が捕らえるために捕縛帯を振るう。爆豪はそれに気づいてか爆破で距離を取って、結果として出留は捕まらずに爆豪が俺の元に引きずり込まれた。

思えばこの時点から出留の行動は普段と違う。いつもならもっと周りが見えていて先生の行動はもちろん、俺の奇襲だって対策を立て返り討ちにしてきてたはずだ。

記憶に違いなく爆豪は俺と同じ場所に立つなり応戦してきて、爆破の勢いやらなんやらに押されつつも一回戦目で確認した通りたまに出留と同じ行動を取るから予想通りに置いておいた捕縛帯を踏んで、持ち上げたところで先生の個性により爆破は封じられて一本を俺に取られる。

そうすればどうしてか爆豪は楽しそうに笑って、勢いに押された俺を追いかけるようにビルから飛び降りた。

丁度良くブザーが鳴ったことで俺は相澤先生に、爆豪は出留に抱えられて助かったけど、あと少し長引いていたら俺は一本取られてただろうし怪我をしてたに違いない。

着地のことを考えて飛び降りたのか知らないけど、爆豪の行動は今考えても恐ろしい。

続けて流された三回戦目。今までと違って先に俺達が中に入り、後から爆豪たちが中に入った。センサーでもつけられてるのか爆豪は俺の方に、出留は先生の方に行ってまた交戦する。

室内なことと壁や床の材質を気にしてか、派手な爆破はせずに小回りを重視した動きの爆豪はより出留に近い動きをしていて、時折爆破で目くらましなんていうイレギュラーはあるものの予想立て、それからだいぶ慣れてきた目で見て対応してた。

お互いに一本ずつ奪い、疲れから俺の動きが鈍ってもう一本取られかけたところでブザーが鳴る。

悔しそうに眉根を寄せた爆豪は舌打ちをして、すぐに視線を上げると部屋を出ていってそこで映像が途切れた。

「それじゃあ次は緑谷の試合を見よう」

「よろしくお願いします!」

書きなぐってぐちゃぐちゃのノートを数ページ飛ばして開き直す。

ついた画面はまた工業地帯に戻っていて、恐らく爆豪と分かれた後。まっすぐ目的地に向かうように走っていた出留が足を止めた。

じっと周りを窺うように、赤い色をさせた瞳であたりをじっと眺める出留は俺のところに来た爆豪と真反対の戦法を取ってる。

「出留、すぐ動かないですね」

「罠にかかるのを防ぐためだろうな」

「先生罠張ってたんですか?」

「ああ」

頷くのと同じぐらいのタイミングで画面の中に動きが出る。捕縛帯を結びつけたパイプ管が音を立てて外れ、出留に向けて落ちる。更にもう一方の捕縛帯の先を出留の後ろにあるパイプ管に結んで落とし、影から先生が飛び出して攻撃を仕掛けた。

出留はすべて回避して、眉根を寄せる。

『………大丈夫、』

ぽつりと零された言葉は自分に言い聞かせてるようで、目を丸くする。

出留は唇を結ってから先生の攻撃を捌きつつ自分からも攻撃を仕掛ける。眉根を寄せるのは先生で、出留が指を鳴らした瞬間に先生の目前に火が灯って、反射的に退こうとした先生に足払いをかけると腰にあった尻尾を引き抜いた。

すれ違いざまに先生が出留の腕から布を抜いて、これで一対一。一度距離を取るかと思われたのに出留が地を蹴って前に飛び込んだ。

ボンボンと小さく、それでいて激しく何回も空気中に爆発が起きて、先生が個性を消せばすぐさま腕と足で攻撃して息つく間もない。

“「心操くん、アウト」”

聞こえてきたアナウンスにピタリと出留が止まって、先生が怪訝そうに捕縛帯を振るう。30cmほどの距離まで近づいたことでようやく気づいたのか飛び退いた出留は困った顔をしていて、視線を左右に揺らしていたと思うと足元にあったパイプを踏んで体制を崩す。そのまま後ろに転んだ。

先生が捕縛帯で難なくもう一本の布を取り上げる。

“「緑谷くん、アウト」”

とすりと腰を落として、一度俯いた出留は顔を上げる。へらりとした笑みに相澤先生は眉根を寄せたままで、口を開くより早く聞こえてきた爆発音に顔を上げたところで映像は終わった。

「………出留が…凡ミスかました…?」

「凡ミスどころか戦地なら死にかねないな」

「出留らしくない…というか、出留、彼処にパイプあるの気づいてましたよね?」

「そのはずだな。何故わざと踏んで転んだのかわからない」

「うーん…」

普段とだいぶ違う妙な行動に首を捻って。続けて再生された映像に一旦思考を止めて視線を戻す。

二回戦目の市街地。まっすぐ爆豪と共に走る出留。先程と同様に爆豪が俺に捉えられて、視線を大きく揺らすと焦りを見せた。

『勝己、』

「前!」

『っ、わかった!』

泣きそうに手を伸ばす出留に爆豪が叱咤して、慌てて視線を戻し先生と対峙する。ちらちらと上の様子を窺う出留は戦闘に全く集中出来てなくて、迷子の子供みたいに不安そうにしてる。

大きな爆発が聞こえる度に肩を揺らして眉根を寄せて、そんな不安定な状態なのに目の前の相澤先生の攻撃はすべて捌きしっかりと攻撃を仕掛けてる。

時折妙な齟齬があるみたいに動きと動きの合間に変な間が開いて、いつもみたいな流れる攻撃の連打はないものの、一つ一つが強く的確に仕留めようとしてくるから隙きはない。

先生に足を捕縛帯で絡めとられて引かれると出留はあっさり体重をそちらに乗せて、本来ならば宙吊りになる状態で器用に逆さになると左足を回すように振るった。

先生が捕縛帯を握ってる左手を蹴り飛ばして、捕縛帯が緩み逆さの状態で落ちる。目が赤く光って宙に手のひらを置くと逆立ちのような体制のままで更に反対足でも蹴りを入れた。顔面を狙ったそれに先生が防御に走ればすぐに反対の足が腕を避けるように顎を蹴り上げて、視線がぐらついた先生に個性を解き床に手をつくと足を振った反動で跳ね起き、ついでに腕にある布を奪う。

相澤先生が口元を押さえながら距離を取って出留を見据えた。

「お前…毎回毎回顎を狙ってくるのはなんなんだ…?」

にこにこと笑う出留は返事をするつもりがないらしい。俺の個性を警戒してもあるんだろうけど、それとはまた別に、異様に張り付いた笑みのそれに先生が眉間の皺を更に深くした。

先生が何か言おうとして口を動かすよりも早く出留の指がガーターリングに触れて火が巻き起こる。指を鳴らす予備動作よりも早いそれに先生が個性を消そうとして、それよりも先に試験管を引き抜いた出留は口角を上げながらキャップを外して投げた。

試験管の中身は水のはずだったのに空気に触れるなり蒸発して、先生がすぐさま顔色を変えて飛び退く。

「この臭い、」

出留の個性を抑えるためか一切目を逸らさずに睨みつける先生。録画したものを見てるだけ、画面越しにもかかわらず思わず鋭い視線は背筋が伸びてしまうくらい怖いのに、出留は笑ったままだった。先生が振るった捕縛帯の死角に入り込んで距離を縮める。

先生はここから離れるためかどんどん後退していって眉根を寄せ口を開けた。

「ガソリンなんて、何考えてる…っ!」

にこりと笑って、出留が指を擦ろうとすればすぐに先生は個性を抹消する。気化したガソリンがどれほど引火しやすくて危ないかなんて、俺でも知ってる。

ゾッとして、手を握りしめた。

「出留、ほんとにガソリンを…?」

「………今となってはわからない。臭いを似せた別の液体だった可能性もある」

「………‥‥」

映像の出留は笑顔で火をつけようとしてるし、先生はそのたびに個性を止めてる。俺と爆豪が戦ってる間にこんなことが起こってたなんて知るわけもなく、先生の視線が一瞬斜め上に向いて更に眉間の皺を深くした。

「…っ、しかたない、か」

先生が捕縛帯を出留の向こう側に飛ばして電柱へ巻きつけると引っ張る。先生が浮いて電柱に近づく勢いを使って出留に足を振るって、急な方向転換だったはずなのに出留はぎりぎりで避けた。

手が伸ばされるよりも早く先生は自分の体を宙に投げ出して、空を見上げて目を赤く光らせた。

「あ、?!」

爆豪の声。これは先生が爆豪の個性を消してくれた瞬間で、すぐさまもう一度爆豪の声が聞こえた後に大きな爆発音が響いた。

「一本取ったくれぇではしゃいでんじゃねぇぞ心操!!」

爆豪の声。先生がホッとしたように息を吐いて、とんと胸に手が触れた。

『よそ見?』

低く、滑らかに。吹き込まれるみたいにそっと聞こえた声に背筋に冷たいものが走る。

いつの間にか鼻先が触れそうなくらい近いところにいた出留の暗い色をした瞳に息を呑んで、出留は口元を緩めた。

がっという鈍い音が響いたと思うと先生が吹き飛ぶ。

「っぐ」

『せんせい、目移りなんて許さないよ』

緩んだ口元に据わった深い緑色の瞳。腹に蹴りが入ったのか地面に膝をついて噎せる先生を見下ろす出留は何を考えてるのかわからない。

鳩尾に近かったのかダメージが大きそうな先生は数回咳き込んで、苦しそうに顔を上げた。

「みどり、や」

『……んへへ、そうそう。俺だけを見てて』

うっとりと笑う出留はどこか楽しそうにも見えて、顔を歪ませてる先生との対比がすごいことになってる。

「…っぅ……爆豪が、一本取られたのがそんなに気に触るか…?」

『…………』

腹を押さえてふらふらと立ち上がった先生。出留は問いかけに答えず、二人を妙な緊張感が包む。出留が指を鳴らすためか右の中指を動かして、先生が捕縛帯を投げる予備動作に入る。

ボンッと音がして、影が落ちてきた。

「もう一本とってぶっ殺してやんよ!!」

ばっと二人が顔を上げて、先生は目を丸くし出留はすぐさま瞳を赤色にする。先生に目もくれず飛び上がった出留はもう試合を放棄しているようで、咄嗟に先生が放った捕縛帯が布を奪ったって振り返りもしない。

出留は手を伸ばして、先生は捕縛帯を投げる。響いたブザー音とほぼ同時に俺は先生の捕縛帯に、爆豪は出留に受け止められて怪我を逃れた。

相澤先生が捕縛帯を解いて俺を地につけさせて、ちらりと向こうを見る。爆豪を抱えたまま顔を上げない出留に、爆豪は口元を緩めて宥めるように髪を撫でた。

ぽんぽんと髪を撫でながら優しくあやす爆豪に出留はゆっくり腕を外して、迷うようにまた掴もうとした手を爆豪が握る。

「大丈夫だから行くぞ」

『…わかった』

ここで終わりらしい映像は途切れて画面が暗くなる。

確かこのあとは爆豪に手を引かれて講評を受け、終わるなり二人は消えた。

そこまで記憶を遡って、息を吐く。

「出留すげぇ怖い」

「そうだな」

「まじ怖い…なにあれ…ヤンデレ??」

「そうかどうかはわからんが、気迫はすごかった」

「先生よく刺されなかったですね」

「香山さんと同じことを言うな」

首を横に振りながら息を吐いて、先生は次を流すぞと機械に触れる。すぐに明るくなった画面に慌てて視線を戻して、最後は倒壊エリアのビル内だった。

俺達が先に入って、出留と爆豪は目を合わせたかと思うと二人で歩き出す。

一つ一つ階を上がって、俺がいる階にたどり着くともう一回顔を見合わせて、爆豪が出留の頬をなでて離れた。

出留は瞳を赤くしたと思うとそのまま階段をまた上がる。聞こえ始めた爆発音は俺と爆豪が交戦を始めたのを物語っていて、出留はどんどん進んでいき、一つの部屋の前で足を止める。

赤色の瞳を緩ませて、先生が唐突にその場を離れた。

小さな爆発。攻撃を避けた先生はすぐさま出留を目視して個性を消す。足を地面につけた出留は攻撃が避けられたことを気にしてないのか笑顔のままで、炎と捕縛帯が行き交いはじめる。

個性を消され、消して、捕縛帯の死角に入りながら距離を縮めた出留が右腕を振るい、それを先生が避ける。右腕は壁にあたって表面を抉った。

「ひぇ…」

確かに彼処は耐震性が心配になるくらいには不安定な建物ではあったけど、殴って抉るなんて、身体強化系個性でなければ難しい。

出留は腕の感覚を確かめて頷き、先生を見据える。先生も眉根を寄せて口を開いた。

「緑谷、今日は随分と好戦的だな」

『………』

「普段よりも動きがいい」

はっと息を吐いた出留が首に手をやり、唇を一瞬結ぶと不安そうに視線を揺らした。

『…………変ですか?』

泣くのを我慢してるみたいな声に先生は訝しむように更に眉根を寄せる。

「いや。変ではないが普段のお前とは少し違う。気づいてなかったのか?」

『……間違えた…?……違う?…間違えた、どうしよう、わかんねぇ』

錯乱する出留に先生が目を瞬いて手を伸ばす。

「おい、緑谷」

『…勝己に、聞かないと』

くるりと相澤先生に背を向けて走り出した出留は部屋を出て廊下を走る。まさかの逃走に先生も追いかけ、捕縛帯を投げて腕に巻きつけると引っ張って部屋に投げ入れた。

「爆豪と合流させる訳にはいかん」

『邪魔、すんな…っ』

瞳が赤く光り、先生が避けるまでいた場所に小爆発が起きる。あからさまに苛立っている出留は舌打ちを溢して、更に黒煙が上がるような爆発を起こした。

『邪魔』

黒煙によって作り上げた目隠しを使って先生に近づいた出留は、右腕を下から上にかけて腹にねじ込むみたいに突く。先生が勢い良く吹き飛ばされて壁に当たった。

『……約束の一本は取れたから、もういいか』

いつの間にか持っていたのは先生が腕につけていた黒色の布で、手を緩めて布を落とす。

『先生、邪魔しないでください』

「っぅ…邪魔されたくなきゃ俺を行動不能にするしかないぞ」

痛むのか頭を抑えつつ立ち上がった先生の服からぱらぱらと壁の破片が落ちた。一度咳をこぼしてから出留を見据える。

「緑谷、今日のお前は何をしたいんだ」

『…なにを?』

「一試合目から一本以上取る気がないだろう。やる気がないのに動きは妙にいい。何故だ?」

『…………約束守りたいだけ、なんで』

「約束?…先程の一本取るというあれか」

会話をしてるのに出留の視線は先生を越えた向こう側にあって、たまに聞こえる爆発音は爆豪のものだろう。

相澤先生はぎゅっと眉根を寄せて、きつく出留を睨みつけた。

「………緑谷、お前は俺に邪魔をするなと言ったが…今の君は、心操にとっても、爆豪にとっても邪魔だ」

『、』

「何がしたいのかは知らんが、真面目に前を見てる爆豪と心操に対して少しは誠実な行動を取る気はないのか」

『誠実…?』

「お前の様子がおかしいことで心操も気にかけているし爆豪だって付き添いに忙しそうだ。足を引っ張ることは邪魔をしていることと同義だろう」

『………はあ……わかってるわ、んなもん』

右手が首筋に伸びて、指先が皮膚を掻こうとしたところでグローブに阻まれた。出留が視線を落とす。

『わかってる。………だから、今調節してんだろ』

「………いいや、先にお前にはやることがある」

先生が捕縛帯を投げる。手足を捉えるために投げた捕縛帯は不意打ちだったはずなのに出留は軽く避けて、ぱちんという音が聞こえて炎がうねった。炎が腕に巻き付く前に個性を一瞬消して、すぐさま腹を目掛けて足を振りぬく。

咄嗟に体制を変えたことで直撃を逃れた出留はすぐさま反撃のため手を伸ばしたけど捕縛帯で吊るし上げられた。

「先に力を出し切れ」

『は、』

「それとも、実力はその程度か?」

ぐっと腕を引いたことで持ち上がり、宙吊りになりかけた出留の瞳が光った。なぜか緩んだ捕縛帯によって出留は解放されて、目を釣り上げた。

『俺を、っ』

小さな爆発が連続して起きる。爆風とともに飛んだ破片が鋭利だったのか先生の服を裂いた。

『俺の限度を決めんな!』

怒りに任せた爆発。爆豪みたいに荒々しいそれは子供の癇癪にも似てる。何度も起きる爆発を先生は個性を抹消して、消えた爆発の向こう側で振るわれていた右腕に先生がガードを試みたけど振りぬかれた腕に後ろに飛ばされた。

投げられた捕縛帯が出留の足を取り、引っ張る。出留を引き寄せた勢いで先生が前に出て、出留の右手が振られようとしていたことに先生が身体をひねった。

『甘ぇわ!』

出留の右手は先生の肩を掴む。勢いをそのままに振り上げ回った右足が先生の後頭部にぶつかった。

「がっ、」

平衡感覚を失った先生に出留はそのまま背中に乗って、地面に倒れた。

“「相澤くん、アウト」”

響いたアナウンス。

『……はっ、はっ』

早くて荒い息は出留から。ぼたぼたと汗を垂らして息をする姿は初めてで、先生は笑う。

「お前、やるな」

『…………そう、なの?』

「できるなら最初からやれとは言っていたが、本当によく動けていた。個性も身体もよく使えている。状況判断能力も申し分ない」

『………………』

「自信を持て。君はすごいんだ、緑谷」

目を丸くした出留が俯いた。

そっと腕の拘束を外しふらつきながら離れると先生の横にぺたりと座り込む。

出留の表情は少し前の怒っている時とも、笑っているだけの時とも違くて、先生が不思議そうに向かいに座った。

「緑谷?」

『……ん』

両手が差し出され先生が目を瞬く。じっと先生を見る出留の視線はブレなくて、大きなブザー音が響いた。終了の合図であるそれに先生は立ち上がるけど、やっぱり出留は動かない。

両手も出されたまま。行動を理解できないのか固まったる先生を出留はじっと見据えていて、緑色の瞳が光る。

『ん』

ちょっと不機嫌そうな出留の声と表情。これはもしかしてと思ったところで扉のところに爆豪が現れ、映像が終わった。

「これで全部だな」

「………………」

「どうだ心操」

「……最後の出留、甘えようとしてましたね」

「は?」

「なんかこう…びっくりしたぁ」

目を瞬く俺に先生は首を傾げて、目が合うなり眉根を寄せられた。

「どういう意味だ」

「え、えっと、最後に出留手伸ばしてたじゃないですか」

「そうだったな」

「あれ多分、抱っこかハグしてほしかったんだと思います」

「……は??」

「目こわ…」

相澤先生の見開かれた目に顔を引きつらせる。どうやら先生はそのことに気づいてなかったらしい。

続きを催促するような視線に言葉を考えながら口を開く。

「一回目で動いてくれなかったから二回目でちょっと不機嫌になってましたし、あの後爆豪がくっついて褒めてたじゃないですか。だからたぶん合ってますよ」

「………構われたがりだとは言ったが、甘えたがりだと?」

「常にそうかはわからないですけど…でも、出留が熱出してから緑谷と爆豪が教えてくれた対応方法考えるとそういうことなのかなって思います」

「………………」

なにか考えてるようで口を一文字に結んで、一分としないうちに解いた。

「爆豪と緑谷に聞くことが増えたな」

「二人にですか?」

「ああ」

「……あ、そうしたら先生、一個気になってることがあって」

「なんだ?」

「二人が用意してくれてる対処法がまとまったノートなんですけど、一部抜かれてます」

「…抜けている訳ではなく、か?」

「はい。見たらすぐわかると思います」

「………確認しておこう」

先生の眉間の皺が深くなって、それを解すためか眉間に指をやると親指と人差し指で揉む。三回くらい動かして手を放した。

「まあそれはそれとして、どうだ心操、身になりそうな部分はあったか?」

「……はい!」

改めて見た映像。こうして見ると爆豪はあの苛烈な性格の割によく周りを見て行動しているし、頭の回転速度、考えを実行するだけの体力。どれをとっても俺にまだ足りてない。

出留も先生との対戦でいつもより攻撃的ではあったけど普段とは違う身体と個性の使い方をしていて、元気になったらぜひとも話を聞きたい。

「まずは出留の回復を待ってる間に行動の解析。そして出留が元気になったら二人に突撃します」

「そうだな。彼奴らの動きは心操にも流用できる部分がある。すべて暴いてこい」

「はい!」

大きく頷けば先生は満足そうに目を細める。及第点だったらしい返事に手を握りしめて、それから目を閉じた。

いつもだったらここで応援してると出留が笑ってくれるのに、やっぱり、隣にいないのは調子が狂う。



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