ヒロアカ 第一部


ぺたぺたと手のひらが額や頬、首につけられて離れたと思うと手に重なった。

「個性は使いすぎんなよ」

『ん』

正直なところ個性の副作用である頭痛はまだきてない。捜索時に大きく一回。後は先生の居場所を探るため常時、ゆるく発動させていた。先生の瞬きの間隔やどこらへんにいるのかなんて調べるのにはぴったりな方法ではあったけど、これをあと二回、十数分続けるとなれば最後は意識が飛ぶかもしれない。

先生にも人使にも副作用の話はしてないからバレるのは避けたいし、勝己も心配してくれてる。気をつけないといけないだろう。

『元々これはそんな使ってなかったし、個性ありで組み立てすぎると先生に消される。無理に使わないよ』

「そうしろ」

安心したみたいに重ねられてた手が離れ、視線を落とす。

朝起きたときはそうでもなかったけど、今日は少し、いつもよりも動きづらく、苦しい。

首元に手を伸ばして、爪先が引っ掛かったところで手首が掴まれた。

『勝己?』

「………はぁー…。出留、手ぇ開け」

『ん?はいよ』

手首が離されて言われたとおり手のひらを見せるように開く。勝己の両手が包むみたいに俺の右手を取って指先が手のひらを揉み始めた。

「デクと最近会ったか」

『んー、五日前に勝己と一緒に会ったのが最近かなぁ』

「………なるほどな」

ぐっぐっと指先で強めに押されてマッサージされてるらしいと気づく。俺よりも低い体温の勝己の指が心地よくて、ぼーっと眺めてると音がしたから顔を上げた。

手を握ったまま、強い赤色が俺を見据える。

「頑張んなくていい。ただ妥協はすんな。自分を劣って見せる必要はねぇ。わかったな」

『ん』

「次も一本、いけそうか」

『大丈夫。約束できる』

「約束が守れたらいっぱい褒めてやるわ」

『ほんと?楽しみにしてる』

思わず笑えば勝己も口角を上げて握られてる手が引っ張られる。右手の指先に唇を寄せた勝己に目を丸くすれば歯を見せて笑った。

「さっきのご褒美な」

『……………』

「…おい、顔引き締めろ。すげぇデレついてる」

『はぁーい』

離された右手、それから左手も頬に添えて揉む。ゆるゆるしてる自分の表情筋にこれは外に出られてもんじゃないなとぐりぐり顔をおしてればまた音が響いた。

「さぁ!第二試合が始まるわよ!位置について!」

「準備」

『おうよ。………どう?』

「まぁ…さっきよりはマシ」

「第二試合市街地!十五分のカウントアップまでどっちも諦めんじゃねぇぞ!!じゃいくぜぇ?…Ready…Go!」

勝己からの許可が出たところで手を下ろす。パッと開いた扉に勝己が飛び出すから俺も走り出した。




市街地は初めてデクと戦ったヒーロー基礎学や、中間期末の試験会場に似てた。

背の高いビルが並び、大きな通りが何本かあるそこは俺達と反対側から相澤先生と心操がまっすぐ向かってきてるなら三分とかからず目視できる。

一つ前の試合では心操と相澤先生はすぐに分かれてバラバラに戦ってた。それが力を試す意味でも心操の経験値を積む意味でも最適解のフォーメーションだったんだろうが、反省を踏まえたらおそらく次は先生が特攻してきて影から心操が襲ってくる可能性が高い。

「出留、先生がきたらどうする」

『俺が行くよ』

「わかった。心操の尻尾二本取ったらすぐ加勢する」

横を走る出留も同じことを考えてたらしく迷い無く口を開くから安心して頷く。

今日の出留はだいぶ崩れてるから、無理はさせたくないけど約束が効いてるのか、ぶれてても芯はしっかりしてる。

先生の尻尾を一本必ず取る約束はきっちりこなすだろう。

それなら俺はさっきの反省点通り、心操をさっさと片してすぐ出留に加勢するのが完全勝利への近道だ。

わざと音を立てて飛ぶ俺の場所を見つけるのは容易のはずで、その証拠に風を切る音が聞こえてすぐさま俺と出留は白色を避けた。

捕縛帯であるそれが床についてすぐ戻っていく。真正面から飛ばされたそれは先生のもので、出留が唇を結んだ瞬間に俺の腕が拘束された。

「ああ?!」

『勝己、』

「おも…っ!」

引っ張られて体が浮く。出留が慌てて手を伸ばそうとしたのを見越して先生が捕縛帯を振るう予備動作に入ったから出留に手のひらを向けた。

「前!」

『っ、わかった!』

爆破した勢いで出留が後ろに飛び捕縛帯が抜けていく。出留を気つけるための爆破は俺を持ち上げることになって、結果的に引っ張られきって心操の真上に飛ばされた。

「そっちから出てくるたぁまたやられに来たんかモブが!!」

「モブって言うけど、俺はアンタに勝つぞ」

一個前の対戦ではあんなにビクついてたのに真っ直ぐこっちを見て捕縛帯を握ってる。まっすぐ、勝利を掴み取るためギラついた目に口角を上げて、両手を前に構えた。

大きめの爆発ではなくて小さめの、両手で連続して爆発を起こして煙で視界を遮る。次に右手を後ろ回して爆破を起こして方向を変え、明後日の方向に飛んでいった捕縛帯を見送りながら地面に足をつけ即座に地面を蹴り上げた。

前に飛んで、足を振りぬく。

「がっ、」

「がら空きだわ!」

捕縛帯の予備動作の一部のせいか開かれてた脇腹に蹴りを入れて、ついでに一本腕から尻尾を取った。痛みにかふらつきながらも捕縛帯を振るわれたから避ける。

眉根を寄せて粗く息を吐きながら歯を食いしばると俺を睨みつけて、口角を上げた。

「俺は、勝つ」

「はっ」

言うは易く、行うは難しと昔の人間はよく言ったもんで、こいつの実力は俺に勝つ程なのか見極めるためにも腕を振るう。

右腕を振るえばぎりぎりで避けて身を屈め下からのアッパーを狙われた。きっちり顎を狙ってこようとしてたから後ろに重心をずらして、空振っていった右腕に心操が唇を結ぶから左手のひらを向けて爆破をかます。

近距離の爆発に退いた心操は息を吐いて、捕縛帯をふわりと空に向かって投げた。

「まずは、一本っ」

投げた捕縛帯はブラフか。駆け出した心操をじっと見て、右手が捕縛帯を振るうから半身になって避けて、距離を俺からも縮め、勢いのせいで突っ込んできた心操の腹に拳を入れようとしたところで足が掬われた。

「あ゛?!」

「やっぱり、ここに足置くと思ってたんだっ!」

足首に回ったのは先程宙に投げた後に地面に落ちた捕縛帯だった。ぐっと引っ張られて空に持ち上げられた。

「わかったからなんだってんだ!」

体制を崩された程度で俺から一本取れると思っているなら大変おめでたい。後ろに手を回して、前に進もうとした。

「あ、?!」

手から、個性が出ない。

まさかと思って視線を向ければ赤色の目が俺を見ていて、腕に衝撃が走った。

「っ、」

「と、った!!」

心操が横を抜けていきその右手に赤色の布を持ってるのを目視して唇を結んで、上げる。

「一本取ったくれぇではしゃいでんじゃねぇぞ心操!!」

すぐさまもう一本に手を伸ばそうとしてた心操に膝を折り先生の視界から外れて個性をぶっ放す。大きな爆発に心操が吹き飛ばされて、建物から落ちた。

「っ、やばっ」

「もう一本とってぶっ殺してやんよ!!」

追いかけるように飛び降りる。二人揃って建物から重力に従って下降して、目を見開いてあからさまに慌てる心操に爆破で距離を縮めていく。心操が俺に気づき捕縛帯を投げて妨害を試みてきたから再度爆破で避けて、手を伸ばそうとしたところで、大きな音が響いた。

さっきも聴いた覚えのあるそれに手が宙を切って、目の前の心操に白い布が巻き付けられて引っ張られていく。近づいている地面に爆破するより早く抱え込まれた。

『勝己!』

焦った声をさせながら出留が顔をのぞき込んでくる。高さの変わらない視界に宙に留まってることに気づいて出留の頬に触れた。

「サンキュ。平気だから降りんぞ」

『ん、うん』

地に降りて、視線を向ける。相澤先生がぶん投げた捕縛帯に吊るされて救助されてる心操も同じように地面に降ろされて、腰が抜けたのかその場に座り込み大きく息を吐いた。

「こ、わかったぁ……」

「いきなり二人して落ちてくるから驚いたぞ」

「本当に助かりました…」

「まったく…」

頭を掻いた先生がこちらを見てきて口を開こうとして、スピーカーが鳴った。

「四人ともお疲れ様!フィードバックするから戻ってきてちょうだい!」

「…心操、立てるか」

「は、はい…」

手を借りることなく立ち上がって心臓を落ち着けるように息を吐く。

回っている熱い腕に俺も息を吐いて手を撫でるように叩いた。

「出留」

『……ん』

「大丈夫だから行くぞ」

『…わかった』

腕が離れようとして固まる。焦れったい動きに右手を取って握れば眉尻を下げた状態で出留が目を丸くした。

「一本取ったんだな」

『うん』

「約束守れて偉いな。俺の手助けまでできてんし、後で褒め殺してやんわ」

『……ほんと?』

「ああ。ほら、さっさと行かねぇと褒める時間なくなんぞ」

手を引けば頷いて随分と先に進んでしまっている先生と心操を追いかける。表情を緩めて後ろを歩く出留の様子と熱い手のひらに、これはやばいなと眉根を寄せた。

待っててくれたのか足を止めてた二人は俺達を見て、心操が目を丸くして繋いでる手を凝視する。先生は触れるのを諦めてかさっさと行くぞと急かされた。

「おかえりなさい!」

「おつかれさーん!」

たどり着いた控室でミッドナイトとプレゼントマイクに明るく迎え入れられる。

「それじゃあ今回のフィードバックはちょっとさっきとは変えて…第一回戦とはだいぶ戦略が変わってたわね!心操くんと相澤くんから仕掛けてたじゃない!」

「逃げるよりもこちらのペースで戦えたほうが多少の精神的にも有利ですから」

「心操くんもよく動けてたわね!」

「に、二回目でちょっと目が慣れてきたので、がんばりました」

「なるほど!爆豪くんの個性を相澤くんが消したときは驚いたわね!あれは作戦の内?」

「は、はい!爆豪が体制を崩すとしたらああしないと難しいかなって思って!先生に協力してもらいました!」

「ふふ!よく考えられてたわ!爆豪くんも一本取られちゃったものね!」

「次は殺す」

「殺さないの!」

話がこちらに向いて繋いでる手が強く握られたから眉根を寄せる

「えーっと、二人は一回戦目と同じように動いてたな。あんま連携しない感じ!」

「俺らが連携すんのに固まったら相手もかたまるし、対一が現状動きやすい」

「そういうもんか?まぁなんだかんだあの状況でも二人とも一本ずつ取ってんし、ほんとお前ら地力が強ぇーな」

「ああ?俺が目指すは完膚なきまでの勝利だ。こんなもん強くもなんともねぇわ。次は確実に仕留める」

プレゼントマイクから目を逸らして心操と先生を見る。二人は俺と目を合わせて、それから隣に移った。

「あー、」

プレゼントマイクが口を開こうとしたから、おいと話を遮る。

「さっさと結果発表しろや。休憩してぇ」

「あ、おう、そうだな。えーっと、第二回戦、相澤・心操チーム二本!爆豪・緑谷チーム二本!ドローだ!!」

「次はまた十五分後にスタートするわ!またここに集合よ!」

「わかった。……行くぞ、出留」

『ん』

手を引いて部屋から出ていく。とにかく人気のない場所を求めて、ちょうどいいところにあった多目的トイレに入る。鍵をしっかりと締めて、なんのためにあんのかわからねぇ椅子に出留を座らせた。




「あー……、なぁ、あれどうなんだ?」

「相澤くん」

「せ、先生、」

出ていってしまった爆豪と緑谷に山田は気まずそうに、香山さんと心操は心配そうに眉尻を下げた。

「わからん」

「ねぇ心操くん、朝から緑谷くんあんなに様子おかしかった?」

「えっと、朝は全然。朝食もしっかり取ってたし、訓練のために別れたときも普通で…」

「爆豪が合流したときも普通だったはずだな」

「訓練内容に驚いてはいたけど普通だった気がすんな」

「そうなると訓練中…ですか?」

「そうなるな」

心操が必死に朝から時間を遡っても怪しいところはないというし、第一試合が終わった頃、正確には対面した頃には普段と様子が大きく変わってた。

迷子のような不安げ表情に心配事があるように揺れる視線。その代わりに繰り出される攻撃は鋭く、身のこなしはいつもより格段に軽い。

それなのに時折なにか考えてるのか動きを一度止めて急にまた動き出すから、どうにも違和感があって仕方ない。

「訓練中はなんとかなってるけど、休憩時間中がね…さっきも爆豪くんが引っ張ってなんとか動いてるって感じだったし…」

「なんつーか、あれだな。今日の緑谷の動きは格ゲーのプレイキャラみてぇ」

「キャラクター、ですか?」

「操縦士が別にいるっていうか、たまに動き止まるラグもコントローラー操作ミスしてるみたいな感じがあってよ。次どう出るか相手の動き見てるっつーよりも何しようか悩んで間が空いてる…みたいな?」

「出留の意思で動いてないってことですか?」

「んー、そのへんはわかんねぇけど…」

がりがりと頭を掻いた山田はお手上げだ!と両手を上げ、香山さんが難しい顔をする。

「緑谷くんの不調の原因が爆豪くんから聞ければいいんだけど…」

「休憩時間は緑谷に付き添い、対戦中は話せる様子じゃねぇしなぁ」

「相澤くん、緑谷くんのほうは対戦中に話は?」

「意志の疎通は可能そうですが、心操の個性を危険視してか返答がないので難しいですね」

「手詰まりね…」

息を吐いた香山さんと不安そうな心操。せっかくの実技訓練なのにこのままでは実入りのないものになってしまうだろう。

「とりあえず緑谷のことは置いておこう。俺が対応してみる。心操は次も爆豪が襲ってくるだろうから気を引き締めていけ」

「は、はい!」

「先程の作戦は不意打ちだから効いたようなものだし、爆豪のことだから常に俺も視野に入れて行動してくるだろう。気を散らしてくれるなら有り難いが、それを宛にしていても勝てない」

「はい。さっきの対戦でも確認しましたけどやっぱり要所要所で出留と同じ行動をするんで、三回目ならもっとついていけると思います」

「そうか。なら俺は緑谷に集中して相手するから頼んだぞ、心操」

「はい!」

「あと十分ほどで休憩も終わる。一旦休め」

ずっと緑谷の話に参加していて水を飲んでもいなかった心操が頷いて休憩室に向かう。飲み物を取り入ったであろう様子に息を吐いて、じっとこちらを見てきている二人と顔を合わせた。

「さっきの試合の緑谷…」

「ああ。明らかに緑谷の反応速度が上がってる。俺が一本取れたのは落ちてきた爆豪に気を取られたからだな」

「そうね。危うく二本取られて相澤くんがアウトになるかと思うくらいハラハラする試合だったわ」

香山さんと山田も見ていたであろう試合に眉根を寄せる。

一試合目から緑谷の動きは普段よりも良く、データ以上であったものの対応しきれた。それが二試合目から更に反応まで速くなり日頃の心操との対戦での成果か捕縛帯にも的確に対応してくるから、心操への援助に気を向けていたとはいえ二本目も取られるんじゃないかと肝を冷やすはめになった。

「三試合目で更に動きが良くなるようだったら…少し、キツイな」

「つけてる重りは外しちゃだめよ?」

「そこまではしませんよ」

茶化すように微笑む香山さんに息を吐いて俺も飲み物を取る。

口をつけたところで扉が開いて、向こう側から見慣れた機械に座って移動するリカバリーガールが現れた。

「調子はどうだい?」

「今予定通り二試合消化してあと数分で三試合目が始まります」

「怪我をしてる子は?」

「心操が二発、爆豪に脇腹をやられていて、動きに支障はなさそうですが最後に確認してもらえると助かります」

「はいよ」

想定内で済んでいる怪我人にリカバリーガールは穏やかに頷いてモニターの前に移動する。

続けて心操も戻ってきて、休憩終了の五分前に爆豪と緑谷が帰ってきた。やはり引っ張られるように繋がれている手にリカバリーガールはぱちぱちとまばたきをして、心操が一度心配するように二人に近寄る。

「出留、」

「なぁ、ミッドナイト」

「爆豪くん、どうしたの?」

心操の行動に気づいていないのか、気づいている上で遮ったのかは謎だが爆豪はそのまま進み香山さんの近くで足を止めた。

「三回戦終わるまでに担架用意しといてくれ」

「担架…?え、急にどうしたの?」

「試合終わったら必要になんから用意しといてくれ」

「お前心操本気で倒す気か…?」

「え、」

「…………」

思わず声を零した山田と心操に爆豪は眉根を寄せるだけで顔を背けて、壁際に寄る。隣の緑谷は以前としてにこにこと笑っているものの言葉を発さず手を繋いでいた。



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