ヒロアカ 第一部


再開した訓練はもう四回目になっていて個性を使うことにも慣れてきた。こそこそせず公に使える利便性はあるものの、逆に積極的に使うよう指導されれば頭の痛みも増すし疲れもある。

日に日にぶっ倒れるように部屋に帰って寝るか、少しでも元気があれば弔の元に行くか来てもらってダラダラと過ごした。

人使も人使で捕縛帯の操縦と個性、身体の強化に毎日疲れた顔をしていて夕飯を食べながら、または入浴しながらうたた寝することもあった。お互いに危ないからと一緒に行動することが増えて、人使の食の好みやのぼせる時間まで把握してしまったから、たまに食事を作るときは二人で食べることも多くなった。

朝練や授業が終わった時間に出久や勝己とは顔を合わせてチャージするものの圧倒的に二人の成分が少なくなってる気がする。

誤魔化すように息を吐いて、その頃に発目さんがメンテナンス兼改良を施したペルソナコード、俺に手袋、それからウエストポーチ、ガーターリングが差し出された。

『なんか増えてんね??』

「はい!心操くんから伺った液体を保管できる試験管とそれを支えるガーターリング、ウエストポーチには応急手当用品やハンディナイフも入りますよ!試験管のガラスは特注ですから簡単には割れないようにできていますから割るというよりも栓を抜いて開けていただけると使いやすいかと!さらにこちらのウエストポーチは耐熱性、耐水性が高いので蓋を閉めていれば中が濡れることもございません!水中戦もばっちりです!!」

『グローブの耐熱性といい…俺は一体何と戦わされる予定なの??』

「ふふっ!応援しておりますよ緑谷さん!!サポートはおまかせください!」

笑って流されたから戸惑うしかない。増えたアイテムに使わないのも申し訳ないからとその日の訓練から身につければ初めて見せたはずなのに人使はできたのかと目を輝かせたし、先生はやっと揃ったかとすぐ資料に目線を落として当たり前のようにその用途と使用を前提としたプログラムで訓練を進めた。

『ここ最近の俺の振り回され具合半端ないんだけど、どう思う?』

「嫌ならちゃんと嫌って言わないと伝わんないぞ」

「出留はいい子なんだねぇ」

「生き辛そうだろ?」

「ほんとなぁ」

『はあ〜』

寮が別なせいで全然触れ合えない出久と勝己に不足してる抱き枕感を求めて抱えた弔の首元に鼻先を埋める。

「んん、くすぐって…」

『ん〜ごめ〜ん』

「お前思ってないな?」

『許して〜』

「こりゃあ結構参ってんねぇ」

「ふふ、心ゆくまでおやすみくださいね、出留さん」

ソファーに座り、弔を抱っこしてれば、拠点の一つに来るなりコンプレスは腹を抱えて笑った。

今日はコンプレスしか来ないのか、いつもいる弔と黒霧さんにコンプレスがコーヒーを片手に向かいのソファーに腰掛け仮面を外す。コンプレスの白い仮面の下はまた黒色のピタッとした布のフルフェイスマスクで、二重の仮面って息苦しそうだなといつも思う。

あまり首元だとそのうち怒られそうだから顔を一度離して、頭に顎を乗せた。

『………弔、背縮まらない?』

「は?無理言うな」

『んー、首、少し高いんだよなぁ…』

首を痛めそうだから顎をおろして後頭部に額を押し当ててぐりぐりと動かす。

「髪が乱れる」

「若者みたいな事言うねぇ」

「こん中じゃ若い方だからな。まぁ最年少は出留だから俺はお兄ちゃんだけど」

「兄さんって、普段は世話されてる側だろぉ、死柄木〜」

「はぁ?俺のがちゃんとお兄ちゃんやってるよな?なぁ、出留」

『うんうん、してる〜。いい子で偉いぞぉ弔ぁ〜』

「引っペがされたいのか」

『もうちょっとくっつかせて〜』

腕の力を強めれば痛いとベシベシ叩かれたから緩める。息を吐いて、吸って、腕の中の弔が元気に生きてることに安堵から肩の力を抜いた。

「出留はここまで落ちる前にいつもどうしてんだ?」

『んー、弟抱っこしたりしてるー』

「はぁ〜、寮生活の弊害かぁ」

『そう。まじもう本当いろいろ勘弁してほしい…もっとゆっくりしてぇ。ダラダラしたぁい』

「この間の俺と同じこと言ってんな」

『今ならニート希望の弔の気持ちが死ぬほどわかる…ニートになりたい…』

「だからこっちに来ればいいって言ってんのに」

『それは無理だなぁ〜』

「知ってる」

笑ってるのか弔の肩が揺れ、それにあわせて脳が振られる。酔う前に弔が止まって、コンプレスがそういやと言葉を漏らした。

「出留はこんだけ死柄木とも仲いいのになんで敵にならないんだ?」

『あー…?』

顔を上げてみればそういえば何故?と黒霧さんも不思議そうにしてるから言ってなかったっけと弔と顔を合わせて笑う。

『俺、うちの子が一番大切だから。俺は敵とヒーローが嫌とかそういうのはないんだけど、うちの子ヒーローが好きなんだよね。だから俺は敵にはならないし、ヒーローの全面味方ってわけじゃないけど対面はしないようにしてるって感じ』

「へー。出留がブラコンってのは軽く聞いたけど、うちの子って、あの爆豪勝己くんもか?」

『もちろん。うちの子といえば俺の勝己と世界一可愛い出久〜』

「はっはっ!これは本物ブラコンだ!」

コンプレスが楽しそうに笑い、黒霧さんもふよふよと揺れて、弔が息を吐く。

「何が楽しいんだか」

『さぁねー』

息を吸い込んで、肺を満たしてから離れた。

『ありがと』

「ああ。またぷっつんする前に来いよ」

『助かる。今度飯行こうな』

「お前が来る時間じゃまともな店開いてないだろ」

『確かに。外出届の基準確認しておくよ』

「出留は中々外出られなさそうだねぇ」

『やっぱそう思う?』

「ふふ。出留さんは誘拐された身ですからねぇ。今はまだ敵連合との関与を疑われてますから日中の行動は許可が出ても監視がつくと思われますよ」

『それじゃあ楽しく遊べねぇなぁ』

「遊ぶどころか見つかり次第捕まりそう」

「ひと目のないところで遊ぶしかないねぇ」

「ふふ。どこまでも送迎いたしますからそのときはご安心を」

弔を摂取したし、普段口にできない心中の一部も吐き出せてすっきりした。黒霧さんに送ってもらって寮に帰り、ゆっくり息をしてベッドに入れば嫌な夢は見ない。

そうやって精神を安定させて、何度めかの訓練。何故か人使とは別の訓練場を指定され、向かった訓練場は誰もおらず、とりあえず一人で準備体操をして、体が程よく温まった頃に来たのは先生と見慣れた人使、それからヒーロースーツをまとった勝己だった。

『…勝己?』

「ふーん。サポートアイテム揃ったんか」

『え?うん。発目さんが用意してくれたけど…え、待ってどうしていんの??』

「今日の対戦相手だ」

『、』

「…というのは冗談で、緑谷。今日は爆豪とペアを組んでもらい、尻尾取りをしてもらう」

『尻尾取り…』

ひらりと見せられたのは10cmもない布製のテープで、いつの間にか現れてた担任がささっと俺と勝己、先生と人使の腕と腰にテープをつけた。

「ルールは簡単!緑谷くん爆豪くんチーム、心操くん相澤くんチームで尻尾取りをしてもらいます!三回戦制で毎回尻尾を多く取ってたほうが勝利!ステージも変わるから地形によって作戦を練ってね!禁止事項は相手に大きすぎるダメージを与えること!それ以外はわりかし何をしてもオッケー!各々好きに動いて相手チームの尻尾を取っていってちょうだい!」

「えっと、この尻尾が二本な理由は…?」

「二本取られたらゲームオーバー!その時点で動くことはできなくなるわ!先に全滅したほうが負けよ!」

「な、なるほど」

「ふぅん」

人使が驚きながらも頷いて勝己が口角を上げる。ペアを組むことに驚いてなかったのに訓練内容へのこの反応。

大方召集だけされたのだろう勝己はじっと俺を見る。

「ガチでやんぞ、出留」

『ん、そこそこ頑張るね』

「ああ!?やるからには完膚なきまでの勝利に決まってんだろ!」

べしりと背中を叩かれて苦笑いを返す。

「負けた方は罰ゲームがあるわよ!」

「え、そうなんですか?」

「ふふ。まぁそんなに心配そうな顔しないで。何も取って食べようとは思ってないわ」

人使に担任が手を振ってあげるけど全く安心してる様子はなく顔がこわばってる。先生が要らんことを言うからと息を吐いて、勝己は変わらず好戦的に笑った。

「時間ももったいないしどんどん行くわよ!第一ステージは工業地帯!制限時間はニ十分!位置についてちょうだい!」

工業地帯の演習場は俺は知らないけど勝己は以前使ったことがあるらしい。配管パイプが針目ずらされていたりコンクリの高さにばらつきのある建物が多く、足場が悪いという。

俺達は西から、先生と人使は東からと入り口が分けられた。

入り口に向かうため歩き出す。隣に歩く勝己からの視線は気づいてないふりをして、入り口と校長のイラストが書かれた看板の下で足を止めた。

軽く脇腹を突かれて視線を向ける。

「出留、嫌なんか」

『嫌…じゃないけど…、…今、あんまり頑張りたくない』

「そうか。…なら俺がニ本取んから、一本は毎回必ず取っとけ。取らなすぎも悪目立ちすんだろ」

『…うん、わかった』

「狙えんなら二本取れ。頑張らなくていいけど妥協はすんな」

『はぁい』

伸びてきた手が頭に乗せられて、わしゃわしゃと無遠慮に撫で回す。髪がかき混ぜられたところで止まって、頬に添えられた。

「なんかあったらすぐ言え」

『うん。…勝己もだよ』

「ん」

額を押し当てて息をしてから離れる。乱れた髪を適当に指でつまんで直して、電源でも入ったのか近くのスピーカーがぷつりと音を立てた。

「それじゃあ第一ステージ!スタート!」

目の前の入り口の扉が開く。すぐさま走り出して勝己が先頭を走るからすぐ後ろをついて走った。




スタートと同時にどちらのチームも走り出す。相澤くんと心操くんは事前に動きを確認して作戦を練っていたからかほとんど会話もなくバラけて、逆に緑谷くんと爆豪くんは距離を開けず一緒に走ってた。

「出留」

『人使の声はマスクを通すと誰の声にでもできる。俺か勝己、もしくは担任とかそれ以外の話しかけてくる可能性がある人間の声を模倣してくるかもね』

「なら出留が先生、俺が心操のが効率いいな」

『一回戦目は様子見してくる可能性が高いし、今回は全体を通して人使メインで動作の組み立てをしてくると思う。でも二人とも奇襲得意なところあるから死角から捕縛帯投げられるときついね。ちな、先生に個性が消されてる間は?』

「気合」

『うへぇ、まじか』

「妥協はすんなよ」

『はいはい』

「出留」

『りょーかい』

ぽんぽんとテンポ良く話してた二人は爆豪くんが問いかけるように名前を呼んだところで緑谷くんの瞳が赤く光って宙を蹴り舞い上がったことで途切れた。

爆豪くんは足を止めず、緑谷くんもそのまま空を走り、暫くして笑った緑谷くんが指を鳴らした。

ぱちんの音の後にほとばしる赤色。蛇のようにうねり、緑谷くんと爆豪くんのずっと先に向かって走っていく赤色はふた手に別れた。それからすぐにがくりと緑谷くんが階段を踏み外したみたいに落ちて炎も消える。

今度はボンッと大きな音が何回も響いて爆豪くんが跳ね上がり、落ちてきてる緑谷くんの腹あたりに右腕を回すと爆破で勢いを殺しながら地上に足をつけて顔を見合わせた。

『じゃ、健闘を祈るよ』

「ん、後でな」

二人は笑うと別れる。互いに一直線に、爆豪くんは爆発音を立てながら迅速に、緑谷くんは地上を、まっすぐ走る二人の進行方向は予想通り相澤くんと心操くんのいるあたりで、一緒に観戦している山田くんが目を瞬いた。

「彼奴ら見つかんの早すぎじゃね?」

「緑谷くんが偵察してくるのは可能性に入れてたでしょうけど、流石に隠れきる前に見つかっちゃったのは予想外かもね」

「緑谷と爆豪、作戦っていう作戦立ててなかったよな?」

「そこは長年の信頼感とかそういうのじゃない??」

走り抜けた二人がほぼ同時に足を止める。心操くんも相澤くんも配管パイプが多い場所にいて物陰で息を潜めてる。心操くんに至っては爆豪くんが来たことに落ち着かなそうに捕縛帯を握りしめてた。

「隠れてねぇで出てこいや!!」

「なんで爆豪…顔怖…」

「やはり心操の方に行ったか」

『かくれんぼか…懐かしいなぁ』

四人それぞれ、爆豪くんは叫び、心操くんは震え、相澤くんは眉根を寄せ、緑谷くんは口元を緩める。

最初に動いたのは爆豪くんでボンボンと手を交互に爆発させながら旋回して建物の周りを飛び回り心操くんを探し始める。心操くんは唇を強く結って、捕縛帯を握り直すと耳を澄ませ音を頼りに爆豪くんの位置を把握にかかった。

爆発音が響いていてそれが聞こえてるらしい緑谷くんは始まったかと笑うと視線を落として、それからじっと自分の位置から見える範囲を眺める。その場から動く気はないのか、何を考えてるのかわからない表情に様子を窺ってる相澤くんは眉根を寄せて捕縛帯を握った。

動き回る爆豪くんと微動だりしない緑谷くん。心操くんは何かを待っているのか息を潜め、相澤くんも様子を窺っていて動きがない。

山田くんが二つの画面を見ながら髭に触った。

「ほんとコイツら対象的っすね」

「爆豪くんと緑谷くんのこと?」

「動の爆豪、静の緑谷っつーかんじ?逆に捕縛帯師弟は似た者同士、動きやしねぇ」

「まぁ緑谷くんも言ってたとおり、二人とも奇襲が強いからね。相手につられて動くよりも自分のタイミングで動けるときを待ってるんじゃないのかしら」

画面の中の四人を見守る。ニ対ニ。お互いにインカムはつけていないから分かれてしまえば後は尻尾を取られたときのアナウンスぐらいでしかお互いの状況は確認が取れない。

そのはずなのに相澤くんと心操くんはほぼ同時に動いて、相澤くんは右手を、心操くんは左手を引き、結びつけていた捕縛帯を操作した。

心操くんは捕縛帯を爆豪くんの通過地点にあるパイプに結びつけていて、引っ張ったことで外れたパイプが崩れる。

相澤くんは緑谷くんの正面から捕縛帯がまっすぐ走る。合わせて、死角からも白色が伸びていて個性を使用してるのか髪が逆立つ。直接捉えるつもりらしい。

「うぜぇ!小細工なんて無駄だわ!!」

ボンッの音の後に、パイプが弾き飛ばされる。心操くんも予想していたのかすぐに捕縛帯を投げていてそれも爆豪くんは爆破の風圧で弾いた。心操くんは絶え間なく物陰を動いて場所を把握されないようにはさていて、爆豪くんは飛んでくる捕縛帯を弾きながら場所を探ってる。

『っと』

緑谷くんもなんなく避けて三歩ずれた位置に立つ。その瞬間に捕縛帯が避けられるのを予想して走っていた相澤くんが捕縛帯を振るい、姿を表す。襲ってくる捕縛帯を避けながら相澤くんを視認した緑谷くんは唇を結んだ。

『……大丈夫、』

ぼそりと、おそらく本人も口にしているのを気づいてないのだろう言葉は相澤くんには聞こえなかったようで捕縛帯を引き寄せながら走り緑谷くんに蹴りかかる。

「緑谷の奴、様子おかしいか?」

「……そうね…なにか、いつもと違うわ」

個性が消されるのは想定済みなのか、自身の個性をほとんど頼りにしていないようで持ち前の運動神経と経験を使って攻撃をさばく。

何度か見たことのある模擬戦闘の時とは違う、強張った表情に私も山田くんも首を傾げて、対面してる相澤くんも気づいてるのか眉根を寄せてる。

相澤くんの攻撃を流し、避ける動作、逆に攻撃を仕掛けるキレはいつも以上にも思える。何か噛み合わない緑谷くんの様子に気を取られた隙に、大きな音が響いた。

「っ、」

「ちょこまかしてんじゃねぇぞ!!」

到頭見つかってしまったようで、爆豪くんの爆破が掠ったのか痛みを堪えるように顔を歪めた心操くんが少しの距離を置いて脇腹を抑えてる。爆豪くんの左手には紫色の布があって、心操くんの腕についていたはずの尻尾の一本だった。

「対人戦闘になったら心操くんにはまだちょっと厳しいわね」

「あー」

心操くんの総合力は入学時から比べたら格段に上がってる。けれど正直、最初からセンスと努力の塊で同学年から一つ頭が抜けていた爆豪くんと対戦させるとなると難しい。

なんとか防戦してはいるけれど誰がどう見ても押されていて、大きな爆破の粉塵による目くらまし、そのまま小さな爆発で方向転換をして頭上を翻り後ろに回った爆豪くんがもう一本の尻尾を取った。

“「心操くん、アウト」”

事前に吹き込んでおいたアナウンスが響く。

「あ、」

「っし」

粉塵が晴れ、目の前に爆豪くんがいないことに固まった心操くんは振り返って、腰に尻尾がないことを確認すると肩を落とす。

爆豪くんは一瞬だけ喜びを見せた後にすぐ表情をもとに戻した。

「……お前、出留と毎回訓練してんだよな」

「、そうだけど、なに?」

「……………別に」

きゅっと眉根を寄せた爆豪くんは顔を逸してしまう。心操くんが不審そうに表情を歪めた。

「出留と一緒に練習してる俺が弱すぎて釣り合わないから辞めろって?」

「…そうじゃねぇわ」

がりがりと頭を掻いて息を吐いた爆豪くんは唇を一度噛むとゆっくり解く。

「……もし…出留が、」

“「緑谷くん、アウト」”

「ああ゛っ?!!」

「え」

響いたアナウンスに慌てて隣のディスプレイを見る。いつの間にか相澤くんの手には二本緑色の布があって、地面に座ってる緑谷くんはへらりと笑ってる。じっくり見れば右手に黒色の布が一本あって、相澤くんの腰についてたはずの尻尾がない。

二対一の尻尾の争奪具合からして接戦だったのかもしれない。

「山田くん!こっちの試合見てた?!」

「いやぁ、俺も爆豪と心操の方見てて…」

「後で見返さないと…」

二人で苦笑いをして、ボンッと今日だけで随分聞き慣れた音が響いたことに視線を戻す。

「なにやってんだぁ!??」

怒り心頭らしく爆発で飛んでる爆豪くんはまっすぐ緑谷くんが向かった方に進んでいて、相澤くんが音に気づいて身構えるより早く、タイムアップのブザーが響いた。

「だああああ!!くそがっ!!!」

その場でホバリングするように止まった爆豪くん。緑谷くんが立ち上がって相澤くんに一礼したと思うとふわりと宙に舞い上がり、目が合うなりボンッと今日一番の大きな音がして爆豪くんが前進した。

「出留ごらぁっ!!!」

『ごめーん。全部取られちゃったー』

「ああ?!遊んでたんじゃねぇだろうなぁ!!!」

『約束通りだよ。ほら』

「…ちっ…ならいいわ」

一気に目の前にと現れた爆豪くんは今にも胸ぐらを掴みかねない勢いで前のめりになって、へらりと笑った緑谷くんが黒色の布を見せれば不服そうながらも唇を尖らせて落ち着く。

『勝己は人使の尻尾全部取っちゃったんだね。すごいや』

「あったりめぇだわ!!」

ふんっと鼻を鳴らすと爆豪くんの右手が伸びて、ぽすりと緑谷くんの頭の上に乗せられた。

「出留、よーやった」

『へへっ』

心底嬉しそうに蕩けた笑みを浮かべた緑谷くんは小さい子のようで、見ていた私達が固まる。爆豪くんは慣れてるのか気にせずぽんぽんと頭を撫でた。

「約束守れる奴がいっちゃん偉い。また出来たら褒めてやるわ。まぁでもあと二回あんから、無理はすんなよ」

『うん』

「ん」

手を下ろした爆豪くん緑谷くんは変わらず笑んでいて、ごほんとわざとらしく咳き込む声が響く。

「あー、イチャつくのは構わんが、せめて見えないところでやってくれ」

「はっ、…イチャついてねぇわ!!行くぞ出留っ!!!」

『はーい』

一瞬固まって、すぐに吠えた爆豪くんはにこにこしてる緑谷くんを伴って歩き始める。やれやれと首を横に振った相澤くんは近くで様子を窺っていた心操くんを見つけると同じように歩き出した。

それぞれ微妙な空気を纏って帰ってきた四人にでは!と努めて明るい声を出す。

「お疲れ様!ではまずは一回戦目の結果発表よ!」

「相澤・心操チーム尻尾二本!爆豪・緑谷チーム尻尾三本!つーわけで第一戦目は爆豪・緑谷チームの勝利だ!」

「はっ、当然だわ」

わかりきっていた結果発表に爆豪くんは満足そうに鼻を鳴らして心操くんはぎゅっと捕縛帯を握った。

「それぞれ反省点!まずは相澤ぁ!」

「緑谷と爆豪の索敵能力を侮っていた。二回戦からは更に作戦を練って行動する。以上」

「はい!じゃあ次爆豪くん!」

「ねぇ。………まぁ、俺がさっさと二本取って加勢に行けばもっと余裕勝ちだったから次は秒で片す」

「次、心操くん!」

「爆豪の勢いに終始押されてしまったので、先生に教えてもらったことを一つずつ確認して、次は必ず一本取ります」

「あら!前向きで素敵ね!応援してるわ!!最後!緑谷くん!」

『あー、二本とも取られちゃったんで、次は生き延びれるように逃げます』

「そこは相手の尻尾取りきって勝っちゃいましょ!頑張ってね!緑谷くん!」

へらっと笑った緑谷くんに相澤くんと爆豪くんは眉根を寄せて、心操くんはぱちぱちと瞬きを繰り返してる。

「それじゃあまずは十分休憩!その後に五分の作戦タイムを経て第二回戦スタートだぜ!!」

「は、はい!」

大きく返事をしてくれるのは心操くんで、爆豪くんは横を見た。

「………出留、飲みもん」

『あ、俺あっちの部屋だ』

「なら取り行くぞ」

『ん。人使は?』

「…あ、俺もあっちだ」

『じゃ取り行こ』

「いいのか?」

『え?何が?』

「…はぁ。おら、さっさと行くぞ」

気遣うような心操くんの視線に爆豪くんがあからさまに息を吐いて歩き出す。不思議そうにしてる緑谷くんが爆豪くんに名前を呼ばれ、迷ってる心操くんを引っ張って後を追った。

「生徒が三人とも休憩に行ったとこで…」

がしりと山田くんが水分補給をしてる相澤くんの肩を組む。相澤くんの嫌そうな顔に山田くんは声を潜めた。

「で?緑谷、調子おかしくね?なんで?」

「知らない」

「うーん。爆豪くんはわかってる上で対応してくれてるみたいだけど…心操くんは心配してるわね」

「相澤から見て、今日の緑谷の動きは遜色あんか?どうだぁ?」

「遜色どころか威力が増している。普段よりも良い」

「やっぱりそうよね。見てて私達も思ったわ」

組まれてる腕を外し、ペットボトルを置いた相澤くんは地べたに座って用意してあったタブレットを取った。資料を開いた相澤くんは眉根を寄せる。

訓練履歴などを纏めてあるそれは緑谷くんはもちろん今一緒にいる爆豪くんと心操くん、はては弟の緑谷くんの分まで見比べ、相澤くんが目を細めた。

「前回前々回…特に目立って実績が落ちているわけでも上がっているわけでもない」

「むしろ心操と爆豪のほうがやる気満々で落ちるとしたらこいつらだろ」

「上がってるときほど落ちやすいものね」

「その点、緑谷はいつも安定してるしなぁ」

「打てば響くやつだからな」

山田くんの言う通り、したらした分だけの成果をきちんと実績として残しているグラフに、違和感を覚えた。

「…………安定しすぎじゃない?」

「香山さん?」

「…機械じゃないんだから必ず比例して上がるわけがないわ」

「彼奴が上限を見せてないのは知ってるでしょう」

「ちょっとずつ調整してるにしても…あの子、無理してるんじゃない?」

「緑谷が無理っすか?」

山田くんがまばたきをして、相澤くんが固まる。

「確かに私達は上限を見たことがないわ。…それって、上限だったとしても彼が濁して上限じゃないって言ったら、私達はまだ上があるんだって思って更にを求めちゃうと思うの。……それが、もし今起きてるとしたら…?」

「……緑谷だってガキじゃないんだし無理って言うんじゃね?」

「そういうのが言えない子だっているでしょう?いろんな子供がいるって、知ってるじゃない」

二人は顔を見合わせて、視線を落とす。相澤くんがかつかつとタブレットの表面を指先で叩いて、立ち上がった。

「ちょっと考えさせてください」

「ええ。私も手伝うからね!」

「俺にも声かけてくれや!」

「山田はいらん」

「ひでぇ!」

相澤くんに断られて山田くんが騒いだところで向こう側から足音が聞こえてきて、予想通り三人がタオルとマグを片手に戻ってくる。

三人は時間を確認してから椅子に腰掛けて、心操くんが心配そうに二人をちらりと見た。

「出留」

『ん』

伸びた手が額にあてられて、続けて首筋にも触れる。温度を確かめるようなそれの後にじっと緑谷くんの目を覗き込んだ。

「痛くねぇか」

『へいき』

「わかった。とりあえず水飲んどけ」

『うん』

べしりと額を弾いて、弾かれた方の緑谷くんはゆるゆると笑う。弟がプロヒーローを前にして喜んでるときにこんな顔をしてたなと思いつつ、二度見を繰り返し忙しそうな心操くんがなんだか不憫に見えた。

あまりに気にしすぎて調子を崩さないといいんだけどと心配しつつ、ピピッという事前に設定しておいたタイマーの音に顔を上げた。

「それじゃあこれから五分間は作戦タイム!ついでに第二会場を発表しておくと第二回戦は市街地!」

「二回戦目もきばってけよ!!」

山田くんと笑ってエールを送る。心操くんは前回の反省を活かして相澤くんと作戦を練るようで、爆豪くんと緑谷くんは先程と同様入り口に向かうらしい。

やることもないから残った二人組の作戦会議に聞き耳を立てる。

「爆豪の動きは目で追えたか」

「は、はい。割と…でも、爆破で急に軌道を変えられると…」

「…確かに。不規則な動きをするからな、彼奴」

「……あ、でも、ある程度予想できたときもあって」

「ほう」

「爆豪の動き、なんだか見たことがある気がして……たぶん、出留と似てる…というか、たまに一緒なんです」

「緑谷と?」

「朝練とかもずっとやってるっていってたし、行動パターンも似てるんじゃないかなって」

「毎回鬼ごっこをしてる心操が言うなら…彼奴らは同じ動きをしているのかもしれないな」

師弟コンビが法則を見つけたところで山田くんがこちらを見た。

「そんなに似ることあるかねぇ?」

「小さい頃から一緒ならあるのかもね。夫婦の癖が似るのと同じじゃない?」

なるほどなぁーなんて山田くんと話していれば師弟コンビは作戦を練って、ちょうど会話が途切れたところでピピッとタイマーが鳴った。



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