ヒロアカ 第一部
昨日仕込んでおいた肉巻きは焼いて、ナムルは詰める。卵焼きは先に塩コショウで味をつけてから熱してあるフライパンに流し込んで巻いた。
おかずは冷ましてから弁当箱に詰めていき、食べやすさも考えて主食はおにぎりにする。ふりかけを使って味を三種類、四つずつ握ってパックに形が崩れないようしまったところで人使が顔を覗かせた。
「おはよう」
『あ、おはよ』
「早いな」
『ちょっと早く目が覚めたから』
「手伝えなくてごめん」
『気持ちだけで十分だよ。あ、卵焼き味見してくんない?』
「いいのか?」
『味見も手伝いの一環でしょ。はい』
皿に乗せといた詰めきれなかったおかずを差し出せば卵焼きをつまんで口に入れる。眠たそうな目を丸くして、卵を飲み込むと口角を上げる。
「プロだな。塩加減も焼き加減も最高」
『そんな大げさな』
笑って弁当箱をバッグにしまい、二人で朝食を食べる。おかずの残りが少しある分小鉢は一つ減らして、食べ終わったところで荷物を持って寮を出た。
「発目さんから連絡来てるか?」
『朝来てたよ。大丈夫だって』
「早起きだな」
『ていうか寝てるのかなってレベルの時間だったけどね』
「何時だ?」
『四時』
「徹夜か??」
事前に聞いていたとおり、寮ではなくサポート科もある校舎の工房に向かう。以前にも数回足を運んだことのあるそこは記憶に違いなく、発目さんが使ってる工房の扉を開けた。
『発目さん、お邪魔するよー』
「おじゃまします」
返ってこない声に二人で中に入って進む。少し奥に人影があって、床に座り込み胡座をかいた足の上に何かの機械を乗せ、右手に持ったスパナでナットを締めてた。
急に話しかけると何が起きるかわからないから人使と膝を折って発目さんを眺める。大きな目はじっと機械だけを見てて口角は自然と上がってる。本当に工作が好きなんだろう。
どれくらい眺めてたのか、いつの間にか右手にあったはずのスパナは細いドライバーに変わっていてしっかりネジを回して止めたと思うと組み立てていた機械を床に置く。
スイッチのようなものを押して、一分ほど静かな機械を眺めたと思うと発目さんが口を開けた。
「ん〜!これは失敗ですね!」
「え、そうなのか?」
「わ!心操くん!!いらしてたんですか!?」
「少し前に。出留もいる」
『お邪魔してまーす』
「びっくりです!お二人ともいついらしたんです?全く気が付きませんでした!!」
目を真ん丸にして口を開け笑う発目さんは機械を持ち上げて隅に置いてくるとすぐ戻ってきて、ふむと言葉を漏らす。
「本日はお二人のサポートアイテムのご相談と伺ってますが、どんな代物をご要望で?」
「俺はペルソナコードのメンテナンス。出留は新アイテムの相談なんだけど…」
「おや、緑谷さんが新アイテムですか??」
「出留の個性を補助できる物がほしいんだ」
「なるほどなるほど!おまかせください!!出来うる限りご希望に沿ったものをご用意いたしましょう!!……そういえば!」
二人のやりとりを眺めていれば発目さんが目を瞬いて、人使が首を傾げてテンポが崩れた。
「私!緑谷さんの個性を知りませんね!どのような個性なんですか?」
『気体を操ったりとかする感じかなぁ』
「気体ですか?」
『うん。酸素とかそういうのを操ったりする系』
「ほほう!操る気体によってはとても幅が広いですね!それで補助できるものとは具体的にはどのような物がよろしいんですか??」
『一応考えてるのは発生させたリンを自由に発火させられるようなアイテムなんだよね』
「リンで発火ですか…」
ふむふむと悩むような素振りを見せて、人使が俺を見る。
「衝撃で火がつくのって火打ち石と同じ原理か?」
『そんな感じ。リンによっては発火のしやすさが違うから、摩擦熱でも火がつくようにもできるよ』
「……なら、これはあれだな」
にっと笑った人使に俺と発目さんが首を傾げて、携帯を取り出した人使が何か操作したと思うと発目さんを手招いて画面を見せる。画面を覗いていた発目さんが少しして大きく頷いた。
「便利そうですね!早速試作いたしましょう!」
「出来そうか?」
「出来るかどうかなんて関係ありません!出来るまでやるのがメカニック!さぁ!やりますよ!!」
話がまとまったのか億に走っていってしまった発目さんに固まって、人使が笑った。
「発目さん今日中に作る気満々だな」
『あー、何見せたの?』
「これだ」
向けられた画面に映るのはアニメらしい。少し前のものなのか画質が荒いようにも見えるそれの中で黒髪の男性が指を鳴らして、そうするとぶわりと赤色の火が上がった。
「出留がやったらまじ腹立つくらいのイケメンになりそうだな」
『え?そんなことはないんじゃない??』
「あるだろ。緑谷とか発狂するんじゃないか?」
『うちの子、そんな簡単に発狂は……するかもしれないなぁ』
「な?」
思い返せば文化祭も卒業式も少し違う格好をしてたりするだけで泣いて喜び写真を撮りまくる出久に、アイテムの試用したら喜んでくれるんじゃないかと思う。出来上がったら勝己と試運転しつつ、出久にも見てもらってもいいかもしれない。
発目さんがどんなアイテムを用意してくれるのかわからないけど、楽しみで仕方ない。
「出留、他には欲しいアイテムないのか?」
『んー、そんな個性使う予定もないからなぁ』
「勿体無い。やりたいことないのか?」
『ないなぁ…』
「あ、そういえば、気体っていうか元素を操れるんだったら、元素を使って液体も作れるのか?」
『液体は作れないこともないけど作るの面倒であんまりやりたくないかなぁ。先に水を作ってその後に元素付与して溶液にしないといけないから』
「なら水を持ち歩いてたらやれる幅広がるな」
『水筒とか?』
「ええ…ビジュアル…そこは試験管みたいながっつり理系で攻めようぜ」
『白衣でも着ようか??』
「それは突き抜けすぎ」
二人で笑って、さてと視線を動かす。ずっと触れないでいたけどこの部屋の床に転がったナットやボルトの小物、折れたドライバーに部品が入ってのか小さな透明の袋とかも落ちてた。
『流石に…』
「気になるな」
息を吐いて二人同時に立ち上がる。家主の発目さんに声をかけて許可をもらい、部屋の中を片付けはじめた。
『あからさまに折れてたりするのはこっちにまとめちゃおうか』
「用途がわからないやつは一旦こっちに置くぞ」
実際どれが発明に必要なものかは俺達にわからない。必要なものを捨ててしまわないようにだけ注意しながら足場を作り、テーブルも片付けて、ある程度きれいになったところで息を吐いた。
『結構物あったなぁ』
「やっぱり発明って部品使うんだな」
拾ったよくわからない形の金属に人使が部品を丁寧に棚に置く。
「でっきましたー!!」
飛び込んできた発目さんが躓いたから慌てて手を伸ばして支える。発目さんを立たせて、手に持ってたそれを差し出した。
「さぁさぁ!まずはこちらプロトタイプです!一度装着をお願いします!」
『手袋だね』
「手袋だな」
「はい!緑谷さんはグローブをおつけになりますから、被せるような形で纏っていただけるように試作いたしました!」
薄いビニール手袋のようなそれを右手にはめてみる。グローブの上につける前提だからか少しだけ緩い。
顔を上げると人使は目を輝かせて携帯を構え、発目さんが離れた。
「さぁさぁ!!」
『うーん、じゃあ、失礼して』
二人が十分な距離を取ったところで個性を意識して、先程見たアニメと同じように指を鳴らした。
ぱちんの音と共に火花が散って、火種を操るため可燃ガスで導線を作る。しならせるように宙を漂わせれば発目さんがおおーと手を叩いてくれて、そろそろいいかなとガスを霧散させ鎮火させた。
「緑谷さん!着け心地、可燃までの速度はいかがでしょうか!」
『うん。すごく予想通り。グローブの上からでも同じように使えるだろうし…これ耐久性は?』
「樹脂素材ですから耐久性は問題ありませんが少し耐熱性が心配です…ので!更に改良に改良をいたします!スポンサーの要望に120点のアイテムを提示するのが一流のメカニック!」
まだまだがんばりますよとガッツポーズをする発目さんに礼を口にして隣を見る。携帯を片手に人使が反対の手を握って、親指だけ上に立てた。
「最高にキマってた。リアル大佐だ…!」
『ありがとう…??』
手袋を一度外して返さずにテーブルに置く。きょとんとした発目さんに人使も首を傾げるから時計を指した。
『いつもありがとう発目さん。でもそんなに急いでないから、時間もいい感じだしご飯食べない?』
「あ、もうそんな時間か」
持ってる携帯でも時間を見て二時に近い時刻に椅子を引いた。
「発目さん、一緒に昼飯食べないか」
「お昼…たしかに食事はしてませんけど私それよりもベイビーをですね…」
発目さんの言葉が終わるのと同じくらいのタイミングで腹が鳴る。発目さんかららしいそれに人使はさっさと手を伸ばして引いてある椅子に発目さんを座らせた。
「昼飯は出留の特製弁当だぞ」
「わ!お弁当ですか!!」
「出留の腕はプロ級だ。むちゃくちゃ美味い。食べないと損だぞ?発目さん」
『そんなに持ち上げてもらうと恥ずかしいな…あ、デザートにチョコレートもあるよ』
「お弁当にチョコレートまで!よろしいんですか?!」
「日頃の礼だから気にしないでくれ」
『いつもお世話になってるからね』
なんとか留めることができたから発目さんの気が変わらないうちに急いで弁当箱を並べ、箸と皿も渡す。
「わぁ!すごい豪華ですね!!」
『口に合うといいんだけど…』
「朝からこんなに用意してたのか?」
『んーや、昨日言ったとおり仕込んどいただけだよ。はい、好きなの食べてね』
「はい!いただきます!!」
「いただきます…!」
声を弾ませた二人が早速と箸を取り、おかずに伸ばす。人使は卵焼き、発目さんは煮物を摘むと口に運び入れた。
「ん〜っ!おいしいですっ!!」
「天才…!」
『…へへっ。ありがとう』
よほど腹が空いてたのか、おにぎりを片手におかずを消化してく二人の食べっぷりは見ていて気持ちいい。
美味しいと食べてくれる姿を見るのはきらいじゃないなと目を細めて、俺も近くのナムルを取った。
いつもと同じ味しかしない慣れた味ではあるけど、二人が喜んでくれるなら作った甲斐がある。
食べるのに夢中なのかほとんど会話もなく、二十分とせずに弁当箱が空になった。ペットボトルのお茶で喉を潤した二人はほぼ同時に口を離すと顔を上げる。
「「ごちそうさまでした!」」
『口にあったようでなにより。お粗末さまでした』
満足そうな二人に口元を緩めて、一応発目さんへの献上品の箱とは別のものを開けて広げ、そのままデザートと合わせて食休みする。
チョコレートをつまんでるうちに人使が発目さんにペルソナコードのメンテナンスを依頼したり、俺に試験管をつける話をしていて、結局工房には夕方過ぎ、発目さんを追い出すため乗り込んできたサポート科の先生が来るまで居座ってしまった。
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