ヒロアカ 第一部
部屋に入って、時間を見ればまだ九時をちょっと過ぎた時刻だった。少し考えてから携帯を取り出して連絡を入れる。数秒でついた既読に入ってきたメッセージを確認して部屋を出る。
購買でお菓子と飲み物を買って戻り、もう一度連絡を入れれば部屋の中に靄が現れた。
「お迎えに上がりました」
『黒霧さん、ありがとうございます』
「いえいえ。さぁどうぞ、死柄木弔が首を長くして待ってます」
『行けるかわからないって言ったのに待っててくれたんですか?』
「ふふ、貴方相手でしたらいつまでも待って死柄木弔は歓迎しますよ。……おや、そちらは?」
近寄ったところで手に持ってた袋に気づかれる。にっこり笑って靄の中に飛び込めば二歩ほど歩いたところで景色が変わって、初めて連れて行かれた拠点のようなバーに繋がってた。
「出留」
『弔、お疲れ様』
「今日はそんなに疲れてない」
『そっか』
黒色のソファーに座ってた弔の横に並んで腰を下ろす。反対側に置いた荷物に弔が目を瞬いて、向かい側、少し離れたところにあるバーカウンターの椅子に座ってたコンプレスが手を、スピナーが顔を上げた。
「よお、早いねぇ、出留」
『夜にやりたいこともないからね』
「学生なんだから勉強でもしろよ」
『課題全部終わってるから。あれ?他のみんなは?』
「まだ来てねーよ」
「十時集合っつって、十分前に来るのは俺とコンプレスだけとはなぁ」
『まぁまだ十分あるから』
「誰が最後だと思う?」
「荼毘かトガ。マグネは五分前には来んだろ」
「トゥワイスは?」
「半々だな」
やれやれと首を横に振るスピナーにコンプレスも肩を揺らす。弔は集まりの悪さは気にしてないのかソファーに上げてる足をそのまま抱えていて膝の上に顎を乗せてぼーっとしてる。
『やっぱ疲れてそう』
「…そうでもない」
眉根を少しだけ寄せた弔は昨日の夜に会ったときよりは元気そうだけどきっと今日も慣れない仕事をしていたのか以前までのような覇気はない。
頭を撫でて、それから右側に置いていたものを持ち上げた。
『あ、お菓子持ってきたんだけど食う?』
「食べる」
「お、出留用意がいいねぇ!」
「何持ってきたんだ?」
『みんなが好きなものがわかんなかったからいろいろ適当に』
目の前にあるテーブルに袋からスナック菓子やコンビニスイーツを並べ、箸とフォークも添える。合わせて飲み物を出したところで扉が開いた。
「お!出留!久しぶりだな!さっさと帰れ!」
「出留くんお元気でしたか!」
「あら!お菓子がたくさん!用意してきてくれたの?!」
『ん、みんなで食べよ』
「ショートケーキは俺のだぞ」
『三つあるからね?』
飛び込んできたのはヒミコちゃんとトゥワイス、続けてマグネが笑って近くにあった椅子を引っ張ってきて座る。
弔にショートケーキとフォークを揃えて渡して、すぐにまた扉が開いた。
「……おいおい、遊んでんじゃねぇぞ」
「お、ビリが決定したな」
「荼毘おせーぞ」
「俺は真面目に勧誘してんだよ。…なのになに遊んでんだ?」
「勧誘とか言って荼毘が誰か連れてきたことなんて一回もないですけどね」
「アタシもないわね!」
「うわ、ハバネロあんじゃん。誰が食うんだ?」
「俺嫌い!嘘だ!好きだ!トガちゃん!食わせて!」
「はぁい、いっぱい食べてくださいねー」
「おう!がっかはっからっ!!うまい!痛い!!」
全員揃うなりみんな自由に騒ぎ出す。隣の弔はいそいそと開けてたカップの蓋を置いて、ショートケーキにフォークをさした。一口分掬って口に入れた弔はご機嫌で、ハバネロを突っ込まれて悶絶してるトゥワイスもそれを見て笑ってるマグネとヒミコちゃんも完璧に今回の趣旨を忘れてるように思える。
荼毘さんがスピナーとコンプレスと同じようにバーカウンターに隣接してる椅子に座るとじっとこっちを見てくるから、困ったように揺れてる黒霧さんに謝るジェスチャーだけいれ、隣に視線を戻した。
『弔』
「ん?」
ちょうど口に入りきって空になった容器を受け取って袋に捨て、口の周りを拭いてあげる。
『全員揃ったみたいだし、始めないの?』
「ああ、そうだな」
頷いて顔を上げた弔は周りを見て、床に転がってるトゥワイスに首を傾げた。
「何やってんだ、汚い」
「もしかして死柄木見てなかったのか!?」
「は?」
『マグネ、ヒミコちゃん、始めるよ。トゥワイスもこれ飲んで落ち着きな』
「はーい!」
「あら、ごめんなさいね。おまたせ」
「おぉ、さんぎゅ」
鼻のところまでマスクを上げて勢い良くコップの中のお茶を空にしたトゥワイスも息を吐いて席につく。
ようやく整った室内空気に弔がそれで?と話を促した。
「なんか共有があるやつは」
「ない!」
「ありませーん」
「特にねぇ」
「新加入希望者は」
「ないねぇ」
「ねぇ」
「ないわ」
「まじかよ。使えねぇ」
「そういう死柄木は何してたんだ?」
「拠点一個増やした。廃工場」
「また工場ですか。可愛くないです」
「敵の拠点にかわいいもクソもあるか。適当に飾り付けとけ」
思ってた以上に進捗が悪そうなそれに苦笑いを浮かべながらポテチを開けて口に入れる。コンソメ味のそれは久々に食べると味が濃く感じるけど、やっぱりうまいなぁともう一枚つまんで運んだ。
「つーか、仲間ってこれ以上増やす必要あんのか?十分じゃね?もっと増やそうぜ!」
「あるだろ。手足があればあるほどできることは増える。多少雑魚くても手下を持ってる奴とかな」
「私、女の子のお友達がほしいです」
「ステインの意志を継いでる奴じゃなきゃ意味がねぇ」
「アタシもせっかくなら仲良くできる人がいいけど…みんなばらばらねぇ」
各々が好きなことを言って、ポテチを取ったところで弔が顔を上げる。口を開けてきたからポテチを入れてやって、咀嚼したと思うとすぐに飲み込んだ。
「出留はまだ戦力は必要だと思うか?」
『統率が取れるなら増やしてもいいんじゃない?』
「統率…」
『そ。人が多ければ楽になることもあるけど、その分反逆される可能性も高くなる。全員が同じ方向見てるとは限らないし、管理する人間が多くなればなるほど、ひとりひとりに向ける意識も少なくなって穴ができやすい』
「なら増やしても後五人ぐらいが限度だな」
『そこはリーダーの弔が調整するところだから好きにしたらいいよ』
「そうか」
話は一旦終わりなのか、テーブルの上にある棒状のお菓子を取って口に入れる。ぽりぽりと音を立てて短くしていく姿を眺めてればもう一本取って、こちらに差し出してきたからもらう。
「これ、うまい」
『ね。期間限定みたいだな。俺も初めて食べた』
「弔くん!弔くん!私も食べたいです!」
「もうワンパックあんだから好きに食え」
「わーい!もらいます!」
会議はもう終了なのかコンプレスとスピナーも椅子を引っ張ってきて飲み物を注ぐ。
コンソメ味のポテチにハバネロチップス、ポッキー、じゃがりことテーブルに次々とお菓子が好きに広げられて俺もチョコレートケーキを開けて、横から伸びてきた手がケーキを持っていった。
目を瞬いて顔を上げれば、荼毘さんが手づかみしてるケーキを運び、口に入れるともぐもぐと咀嚼するなり飲み込んだ。
「あっま」
『まぁチョコレートですからね。…てか、手で食べたら汚れますよ。良かったらこれで拭いてください』
「準備いいな」
『使うかなと思ったので』
ウェットティッシュで汚れた右手を拭いてゴミを袋に捨てる。空っぽになってしまった器も一緒に捨てて、荼毘さんは少しの距離を開けて横に座ると頬杖をついた。
「こんなんでやってけんのかよ」
『荼毘さん、心配事ですか?』
「心配にもなんだろうよ」
呆れたみたいに息を吐く荼毘さんの視線の先は菓子パーティーを楽しむ連合の人間たちで、いつの間にかスピナーもハバネロを食べて騒いでる。
コンプレスも仮面をずらしてクッキーを噛って、黒霧さんは空になったコップに飲み物を注いであげてヒミコちゃんに渡してあげてた。
『仲が良くていいんじゃないですか?』
「仲良しこよしでやってけんのか?」
『せっかくの仲間なんですから、空気が張り詰めてるよりは緩いくらいのほうがよくないですか?やるときにやれば、それで十分です』
「…ぬるいやつだ」
『ははっ。いつも頑張ってると疲れません?力抜きましょうよ』
「………それは実体験か?」
『さぁ?どうでしょう?』
取ったポッキーのイチゴ味を袋ごと差し出せば目を細めて手を上げる。一本抜き取って、口に持っていくと先程の弔と同じようにぽりぽりと食べ進めはじた。
菓子とジュースをこんな遅い時間に食べ漁るなんて初めての経験に口元を緩ませて、上げて折りたたんだ足、膝の上に手と顎を乗せる。出久と勝己と居るときとも、人使と居るときとも違う賑やかさ。耳を傾けてるうちにかしゃりと音が聞こえて目線を上げた。
もう一度かしゃりとカメラ特有のシャッター音が響いて、携帯の向こうからマグネが顔を見せる。
「ふふ、撮っちゃった」
『ん?面白いものでもあった?』
「ええ。後で弔ちゃん経由で送るわね!」
『そうなの?楽しみにしてる』
妙にホクホクした顔をしてるマグネに首を傾げて、隣にかかった重みに視線を移す。弔が眠たそうに欠伸をしていて目元を擦ってた。
『眠い?』
「眠くなってきた」
「えー!弔くんもう寝ちゃうんですか!?もっとお話しましょうよ!!」
「話すなら勝手に話してろよ。俺は寝る」
「ひどい!お話がしたいんです〜!」
「死柄木ぃ、そんな眠いのかよ」
「眠い」
ヒミコちゃんの駄々にもコンプレスの言葉にも適当に返して、ソファーに足を上げると伸ばして、背をしっかり俺に預ける。
「眠いならベッド行ったほうがいいだろ」
「だるい…」
目を擦ってまた欠伸を零すから俺もつられて、同じようにスピナーも口を開けた。
テーブルの上の食べ物もほとんど空で、時計は見てないけどそれなりに時間も経ってただろう。
「ふふ。皆様お疲れのようですね。せっかく集まっていただきましたが、夜も遅いですしそろそろお開きにいたしましょうか」
黒霧さんがまとめてくれてまぁそれもそうだなとみんなが頷いて、唯一遊び足りなそうなヒミコちゃんが頬を膨らませた。
『俺も明日早いし、帰ろうかなぁ』
「おー?出留明日用事あるのかい?」
『ん、弁当つくんの』
「あら!出留くんお弁当つくるの?!料理男子なのね!」
『あー、作るのは嫌いじゃないけど、そんな胸を張れるほど得意じゃないよー』
「もう終わりなんですか!?足りないですー!!」
「じゃ、帰るわ」
「まったねー!」
「ちゃんと寝ろよ」
荼毘さん、コンプレス、スピナーは送るために黒霧さんが広げた靄を通っていって、頬を膨らませてるヒミコちゃんが開いた席に座った。
「出留くん!まだお話したいです!」
『んー、俺も弔ももう眠いんだよなぁ』
「えー!」
「トガちゃん!話はまた今度しようぜ!まだ話したりねぇ!」
『トゥワイスはどっちなんだ…?ヒミコちゃん』
腕を上げて、頭の上に手を乗せて動かす。
『あまり夜ふかしすると体にも悪いし、また遊べばいいんだから今日は終わりにしない?』
「……本当に、また、トガとお話してくれますか?」
『もちろん。約束な』
「………はい!約束です!」
『うん、いい子だ。兄ちゃん嬉しいよ』
「うへへ」
表情を緩めて嬉しそうに笑うヒミコちゃんにマグネとトゥワイスが安心したように息を吐いて、黒霧さんが揺れる。
「ではお見送りいたしますね」
「弔くん!出留くん!また今度!約束ですよ!」
「ん、おやすみ」
『ああ、約束。またね』
「はい!」
ヒミコちゃんが出ていって、トゥワイスとマグネも同じように帰っていく。みんなを送りきった黒霧さんがそっとソファーの横に立った。
「死柄木弔、出留さんもお帰りになりますよ」
「んー、」
仕方なさそうに起き上がった弔が眠たそうな赤色の瞳で俺を見て、手袋をはめてる左手が俺の頬に伸びた。
「またいつでも来い」
『うん、ありがとう。またすぐお邪魔すると思う』
「ああ。暇ならすぐ連絡よこせ。黒霧が迎え行く」
「いつでも気兼ねなくお声掛けくださいね。お待ちしております」
ゴミを持っていこうとしたら片付けておいてくれるというから言葉に甘える。靄の中に足を踏み入れ歩けば、つい最近作り上げた自室に出た。
ソファーベッドに倒れ込む。さっきまでの喧騒を思い出して思わず笑い、楽しかったなと目を瞑る。
今日は何も見ないで眠れそうだ。
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