ヒロアカ 第一部


「兄ちゃん、兄ちゃん」

『はいはい。落ち着こうな、出久』

昨日に送っておいた荷物とは別に、携帯や財布のような必需品だけ入れた鞄を持ち直して手を取る。

「連絡は必ずするように!」

「うん!」

『はぁい』

母さんと約束をしてから出久と家を出た。手を繋ぎながら歩けばちょうど向こう側から金色の髪が歩いてきていて、ちらりと顔を上げると俺の横に並んだ。

『おはよ』

「おはよう!」

「ん、はよ」

三人で駅まで向かい、電車に乗り込む。浮足立ってテンションの異様に高い出久にニュース確認しようかと話を変えて、空いていた席に座らせる。

隣の勝己を見れば少しだけ不機嫌そうに寄せられた眉根に下を見てる視線。不意に伸びてきた手が俺のワイシャツを掴んで背に回った。

『勝己?』

「…………」

顔色の悪いそれにさっと周りを見れば視線が逸らされる。俺も眉根を寄せて鞄の横からイヤホンを取り出し勝己の耳につけた。

『何がいい?』

「………なんでも」

『じゃ、適当に流しとくね』

プレイリストからそのまま再生を選べば勝己が視線を上げる。

「古い」

『まだ一年も経ってないよ?』

「半年経てばもう昔だわ」

口元を緩めて、肩へ凭れかかるように寄りかかった勝己は目を閉じる。ニュースを確認し終わったのか出久が顔を上げて勝己を見ると首を傾げた。

「かっちゃんが朝から音楽聴いてるなんて珍しいね?」

『うん、ちょっと酔ったみたい』

「え、大丈夫?」

『雄英につく頃には落ち着くと思うよ』

「兄ちゃん、僕にできる事があったら教えてね?」

『ああ、そのときは手伝ってくれ』

「うん!」

大きく頷いた出久の頭を撫でる。刺さっていた視線はいつの間にかなくなっており出久には聞こえてなかったんだろう。

雄英に入ればよっぽどでなければ外に出ないであろうからこういうことは減るだろうけど、少し心配だ。

夏休み前までほぼ毎日通っていた駅で降りる。勝己はイヤホンを外して、俺のシャツを握り、反対側へまた出久が手を繋いだ。

「雄英敷地内に寮って、すごい広いよね」

「演習場があんだけ広くて何個もあんし、雄英のスケールがデケェ」

『あの資金どっから来てるんだろうね?』

「寮に関しても生活費はかかってないみたいだし、絶対学費だけで賄えないよね…?」

「政治家とヒーローからだろ」

「わっ!かっちゃんそういうこと言うのやめよ!!」

「黙れデク。賄賂じゃなくて寄付だわ」

けっと眉根を寄せた勝己に出久が安心したように息を吐く。俺がいない間に特に衝突はなかったのか、あの誘拐事件からもあまり変わりがないように見える二人に違和感を覚えながら歩いていく。

駅から大体二十分。見慣れた大きな門をくぐって、先日にもらった見取り図を見ながら歩き見慣れない建物に足を止めた。

『A組はここみたいだね』

「すっご…」

「デケェ…」

うちのマンションの数倍はあろうかという建物はレンガ色に近い壁面で洋風な作りなのが見て取れる。事前情報では五階建てと言っていたし、中には共有スペースのキッチンやラウンジもあるというから、これが学年、クラス分設立されてると思うといくらかかったのか怖い。

寮の前には数人の影があって、目を凝らして見れば同じような建物が離れたところに建っているのが見える。単純に考えてすぐ隣がB組、その向こうがC組だろう。

一個一個の寮がかなり離れていることに気軽に行き来するのは大変かなと感想を抱いたところで二人の髪をなでた。

『それじゃ、みんなと仲良くな』

「ん」

「うん!兄ちゃん!」

手を放したところで出久がキラキラした目で前髪を上げて期待に満ちた目で待機するから笑って唇を寄せる。

「えへへっ」

『勝己は?』

「……ん」

同じように少しだけ避けられた前髪に寄って晒された額に唇をあてて、満足そうに二人が頷いた。

『いってらっしゃい』

「はーい!」

「いってきます」

二人が歩き始めて手を振って見送る。クラスメイトに近寄っていった二人にさてと歩き始めた。

寮と寮をつなぐように舗装されている道を歩いて、一つ建物を越えたところで先程も見た建物がまた現れる。正面部分が先程は1-Aとあったのに対し、1-Cと書かれているそれに足を止めればすでに到着していたらしい集団の中から一人飛び出してきた。

「出留!」

『あ、久しぶりー、人使。元気だった?』

「元気だった?じゃない!」

目の前まで走ってきて両肩に手が置かれて目を瞬く。頭から足元までじっくり確認すると大きく息を吐いた。

「無事、なんだな…」

『うん、なーんもないよ。あ、お菓子ありがとうね。おいしかった。今度お返しすんね』

「いい。…会いにいけなかったから、少しでも何かしたかっただけで…はぁ~」

心配性な人使らしくまた深々と息を吐く。ちらちらと向けられている視線に顔を上げると数人がこちらに寄ってきて眉尻を下げた。

「緑谷さん、本当に無事で良かった」

「もう会えないかと思ったよ!」

『あ、うん?』

どうしてか心配されていたらしいそれに思わず隣の人使を見る。人使は呆れたように表情を変えた。

「クラスメイトが敵に攫われて毎日ニュースに出てるんだぞ。心配しないわけないだろ」

『そういうもん?』

「少なくとも俺はそうだったし、こいつらもそうだったんだろ」

『なるほど。…心配かけてごめんね、ありがとう』

「もー!ほんと!!今度敵が来たら絶対俺達で守るから!!」

「敵連合がなんぼのもんよ!!」

『ええ…?普通に危ないからちゃんと逃げてね?』

「捕縛は任せろ」

『ちょっと、人使まで乗らないでよ』

クラスメイトが襲撃されたときはどうするかなんて役割分担を始めるから一歩離れて様子を眺める。知らなかったけれどうちのクラスは案外お人好しと正義感の強い人間が多いらしい。

その実、半数ほど顔と名前が一致していないことを言い出せず、俺を置いて盛り上がっていく話にどうしたらいいかわからないで見ていれば笑い声が聞こえた。

「あらあら、すっかりみんな仲良くなっちゃって」

『先生』

「ふふ、ここにきてようやく一致団結って感じね」

『はあ…?』

なんの話だと首を傾げれば気づいてなかったの?と笑みを深める。
 
「体育祭で貴方と心操くんが活躍してから貴方達に追いつこうとみんな訓練してたの。だからこそ今回の事件は一つの転機ね。それに、みんな貴方と話すきっかけを探してたみたい」

『俺と?』

「ええ。貴方、最初から無個性発言するし、基本的に弟と幼馴染のことばかりでクラスメイトと話さないでしょ?みんな話したくてもどうしたらいいのかわからなかったのよ」

『……あー…そうなんですか?』

「全く、あんな突き放した自己紹介しておいて今更何とぼけてるの?」

人差し指で額が突かれて目を逸らす。プラス二回突かれて仕方なく目線を戻せば担任がにっこりと笑って、大きく手を叩いた。

「はいはい、仲良くなるのはいいけど本当に敵が来たら許可なく個性を使わないように!ルールを守らないと私達も敵と同じだからね!」

「命の危機でも?」

「難しいところだけど、モラルが守られていれば私はいいと思うわ。死んでしまっては元も子もないでしょう?でもそんなに簡単には貴方達を危険に晒すことはしません。私達ヒーローが、貴方達を守ってみせるわ!」

「ひゃー、やっぱヒーローかっこいい…!」

クラスメイトの一部から歓声が聞こえて、担任はにっこり笑うとさぁ!と手を上げる。右手の先には建物があってみんなが目を向けた。

「いつまでも外にいたって仕方ないでしょ!中に入りましょう!簡単な案内もしていくからついてきてちょうだい!」

「やっとか!」

「すごいたのしみー!」

担任が先導してクラスメイトがぞろぞろ続いていく。目の前に広げられた手のひらが揺らされて人使が首を傾げた。

「ぼーっとしてる。大丈夫か?」

『ああ、うん。平気』

「何かあったらすぐ教えてくれよ」

『うん』

「こら!二人ともー!早く中に入りなさーい!」

「あ、はい!」

『はーい』

室内からかけられる声に返事をして慌てて追いかける。エントランスを抜けるとすぐにフローリングにソファーやテレビの置かれた広い空間に迎えられて、あまりの広さにホテルのロビーかよと目を瞬いた。

「ここは共有スペース。おしゃべりしたりたらけたりするのは自由だけど整理整頓に気を配ってね!こっちの奥はお風呂、ランドリールーム、そしてこっちはキッチンスペースで食堂!使用のルールはみんなで仲良く決めてね!どこも利用時間に制限は設けてはいないけど、あまり夜ふかししないように!」

「すごいな…」

『人数分はあるね…』

「ゴミはまとめてこっちに出すように。時間は夜から回収される朝の七時までに出してちょうだい?」

「なんかわくわくしてくるな」

『そうなの?』

「ああ。一人ぐらしの練習をしてる気分だ」

『確かに』

「居住スペースは二階から五階まで!事前に配った内容通りの部屋わけよ!男女は東と西で分かれていて出入り口の認証をしないと入れないからあまり心配してはいないけど悪さはしないように!消灯は原則十二時!それ以降には寮の外には出ないようにね!朝練をしたい子は五時以降ならオッケーよ!それから体調不良や心配事、不明点はいつでも寮監に連絡を入れてね!!それじゃあみんな、探検するなりルール決めをするなり荷解きするなり、後は好きにしてちょうだい!解散!!」

勢い良くすべてを説明しきった担任が青春しなさい!と叫んで出ていく。

残されたクラスメイトたちは自然と一点を見るから俺もそちらを見て、そこにはクラスメイトの一人がでは!と明るく笑った。

「これから大まかな流れを決めたいと思います!」

「委員長よろしくー!」

知らないうちに決まってたらしいC組の委員長のすぐ近くに一人生徒が立って、はいとどこから取り出したのか大きなホワイトボードを横に置いた。

「今日中にやりたいのは共有スペースのルール決めと荷解き!荷解きは時間かかる可能性が高いからルール決めをささっと行います!」

「ラウンジ、キッチン、ランドリールーム」

「ランドリールームはまず洗濯と乾燥に時間がかかるので、その場を離れるのはオッケーですが、必ず終了時間三十分以内に取り出すように!」

「横に終了時間が出るみたいなのでもし一時間以上取り出されてなかったら代わりに出しますのでご容赦ください」

「キッチンはトラブルが最も懸念されます!自分のものには必ず出席番号と名前を!後、自炊メインの人がいるなら冷蔵庫の割当したいので後で教えてください!」

「他人の物を食べたら例え過失の場合でも同じものを買っていただきお返ししてもらいます」

「風呂からの通り道でもあるラウンジは一番人目につきやすいのでまず最低限の服装でいましょう!それから飲食も自由ですが溢したら拭く!ゴミは自分で捨てる!テレビチャンネルはその場にいる人と多数決!決まらなかったらじゃんけん!音量は常識の範疇を徹底してください!」

「共有スペースでの全裸、半裸は論外です。まだ暑いですが油断せずに生活をしてください。また、下足も行き来しますので最低限スリッパを履くように。清掃は自身で。テレビの使用音量目安は後ほどディスプレイ横にまとめておきますので利用者はその都度確認ください」

「って感じだね!どうかな!」

「いーんじゃない?」

「気になることあったらその都度追加しよ」

「意見交換などしたいときはラウンジに用意しておきますボードへお願いします」

「さすが副委員長!」

「ただ今決めましたルールをお守りいただけない場合、責任を持って委員長が怒りますので悪しからず」

「え!?俺が怒るの!?」

「はい。委員長ですから」

「うえー?えっと、怒りたくないのでみんなルール守ってください!」

十分もかからずに決められたルールにうちのクラスの委員長と副委員長は優秀だなと目を瞬いて、決まったルールを覚えたところで荷解きをと解散が告げられた。

荷物を持って仲がいい者や隣室同士散らばり始めたクラスメイトたち。階段やエレベーター、好きな方で自室に向かってるらしく肩が叩かれて目線を動かす。

「出留、行こう」

『そうだな』

「俺達隣同士だぞ」

『ね。なんかあったら助け呼ぶわ』

「どんな状況だ…?でも、本当になにかあったら教えてくれ」

『体調悪くなったとかな。あ、鍵渡しとくよ』

「いいのか?」

『うん、一個しかないし、出久と勝己に渡すより隣室の人使が持っててくれたほうがよくない?』

「それもそうだな。俺のも渡しとく」

部屋番号が書かれた鍵を交換してエレベーターに乗る。俺達は四階で俺が一番奥、その隣が人使の角部屋。結構立地のいい場所に割り当てられてるなと思う。

施錠をといて、横を見れば同じように人使がこちらを見たから手を振る。

『大きい荷物あったら動かすの手伝うよ』

「ありがと。俺も手伝うからなんかあったら呼んでくれ」

『オッケー』

人使が消えたから俺も扉の向こうに足を踏み入れてゆっくり閉める。扉を入って、靴を脱いだ。左手にある壁面収納の靴箱に靴をしまい、中に入った。

家から動かして持ってきてあったソファーベッドにパソコン、それから付属らしい棚。右手はクローゼットらしくとりあえず開けてみるけど当たり前のように何も入ってない。

扉をそのままに部屋の中心へ向かってダンボールを開けた。詰めたときと同じように荷物が入っていて一個ずつ取り出しく。

ハンガーにかけるタイプの洋服をクローゼットに入れつつ、少し考えて棚を一つ、クローゼットの中に押し込んだ。その棚の中にインナーなども詰めていって、洋服を片付けたところで息を吐く。

次にソファーベッドは窓に水平になるよう置いて、ベッドの下の部分にある収納には持ってきたアルバムや本を押し込んで閉める。ソファーの手すり、小さめの棚になってるそこには教材を置いた。

パソコンをデスクの上に設置して、配線をつなぎ接続を確認しつつ横に写真立てを見えるように並べる。

荷物の入っていたダンボールを畳み、部屋の中を見渡した。

窓際にソファーベッド、壁に沿うようにデスクとパソコン。椅子の代わりにソファーと同じ色の淡い緑のスツール。カーテンとラグは灰色で、自室に近い出来映えにまぁこんなものかとスツールに座った。

電子周りの細かい設定は後ですることにしてデスクに突っ伏し、写真立ての中身を見てから目をつむった。




こんこんと響いてる音に気づいて目を開ける。薄暗い部屋の中にもう夕方だろうかと目を擦って、そうすればもう一度ノックが響いた。

『んー、はーい、今でまーす』

仕方なく起き上がって体を伸ばしてから入り口に向かう。手を伸ばして戸を開ければ向こう側に人使が立っててじっとこちらを見ると笑われた。

「寝てたのか」

『あー、たぶん。記憶ない』

「頬に服の跡ついてるぞ」

『うわぁ、恥ずかしいやつじゃん』

跡がついてるのは下にしていた右側だろうから、手のひらで押さえて洗面所で確認するために戻ろうとして扉を押さえる。

『はいる?』

「いいのか?」

『隠すもんもないし、散らかってるけどどーぞ』

「お邪魔します」

寝起きなせいでつけてなかった電気をつけて一緒に中に入る。

『適当なとこ座ってて』

「わかった」

洗面所に寄って顔の跡を確認する。うっすらとしたそれに十分もしないで消えるだろうと予想だてて洗面所から離れた。

人使はスツールに座っていて、視線を巡らせていたと思うとこっちを見る。

「おしゃれか」

『ん?そう?普通じゃね?』

「色味とか配置とか…初期と結構違うな」

『ベッド窓際のが落ち着くなって思ったから動かしちゃったよね』

「棚も一個なくないか?」

『クローゼットに突っ込んだ』

「なるほど。それで部屋が広く見えるのか」

『まぁ棚一個なかったらその分広いよね』

「クローゼットに荷物全部入ったか?」

『大体は。教科書とかはそっちのとこに置いてる』

「これソファーの下だけじゃなくて横も収納なんだな」

『便利で重宝してる』

「へー」

ぱちぱちと目を瞬いて視界を動かす。ソファーベッド、クローゼット前、ぐるりと見てデスクすぐ近くの壁に貼られたコルクボードの時間割、パソコンとその横の写真立てを見たと思えば表情を緩めた。

「これ、昔の写真か?」

『そ。母親と出久と勝己、それから勝己のご両親』

「幼馴染だもんな、三人とも小さい…というか、爆豪は母親似だな」

『うん、勝己は光己さんにそっくりだよね』

「ああ」

唯一昔からすぐに見れるように飾っているのは四歳の頃にみんなで撮った写真で、この頃はまだ個性も出ておらず大きな縛りもなくて仲良く過ごしてたなと思う。

勝己は負けん気は強いけど面倒みのある子で、出久は末っ子気質ながらも好奇心旺盛でいつでも俺と勝己の後ろについてきてた。

「出留ってこんなふうに笑うんだな」

『…、ちっさい頃だから今とは違うかもね』

人使がなんでそんな風に言ったのかはわからないけど、違和感があったから目を逸らして少し苦しい息に首を掻く。人使が何か言う前にそうだと笑った。

『俺も人使の部屋見たい、だめ?』

「お披露目会か。もちろんいいぞ」

『やった』

立ち上がった人使に一緒に部屋を出る。鍵を締めて隣の部屋に移り、人使から入った。

『お邪魔しまーす』

「いらっしゃい。狭いところだけどゆっくりしてってくれ」

『部屋の広さは一緒じゃん?』

「それもそうだな」

通された部屋は初期の間取りに近く、右の壁際にはベッド、左の壁際にはデスクと棚が並んでいて窓際にはポールハンガーのようなものがあって見慣れた白く細長いものがかかってた。

『捕縛帯ってこうやって保管してるんだ?』

「絡まったら嫌だからかけて保管してる」

『へー』

人使の部屋はパソコンではなくテレビが置いてあって、教科書や参考書のような教材はまとめてデスクに纏めてあった。白と黒のモノトーンなカラーリング。

落ち着いた色味の部屋に人使が頬を掻く。

「オシャレさも面白みもない部屋だろ」

『んー?人の部屋って入ることあんまりないから新鮮。にしても、』

ちょこちょこ見つけるワンポイント、それから決定的な模様のクッションに目を細める。

『猫、ほんと好きなんだな』

「やっぱりバレるか…」

『これで隠せてると思ってるほうがすごくない?』

クッションの模様は茶色の三毛猫と同じだし、枕やシーツは黒猫のマーク。デスク上の教材に紛れた猫の写真集に思わず笑えば背を叩かれた。

「恥ずかしいからやめてくれ」

『好きなもんあるのっていいじゃん。出久も部屋はオールマイト一色だよ』

「…緑谷ってそんなオールマイトが好きなんだな」

『うん。生まれたときからオールマイトのファンになるって決まってたんだろうね』

「どんな宿命だよ」

笑ってればノックが聞こえて顔を上げる。こんこんとまた響いた音に人使が扉に手をかけて戸を開けた。

「委員長?」

「あ!心操くん!伝え忘れてたんだけど今日からもう夜ご飯は食堂で食べれるらしいよ!」

「そうなのか。何時から?」

「もう今からオッケーだよ!」

「なるほど。出留、夜飯どうする?」

『んー?』

「あ!緑谷くんもいたんだ?!」

「片付けがちょうど終わったから話してた。腹減ったし一緒に行かないか?」

『そーだね。じゃあ一緒に行こうかな』

クッションをおろして出入り口に向かう。人使の向こうには委員長がいて、委員長は目が合うなりにっかり笑う。

「それじゃあ俺上の階の人にも伝えてくる!」

「ああ、わかった」

『教えてくれありがとね』

消音効果のある床なのか、多少の毛足のおかげで足音は必要以上響かない。委員長が消えていったから一度自室から携帯と財布を取って一階に向かう。

「ランチッシュの飯が朝夜、更に昼も学食で食べれる…贅沢だよな」

『だよね。食べすぎて太りそう』

食堂はとても広く、全員が一気に集まって座ることができるように人数分の椅子が用意されてる。実際朝と夜は人によっては食べる時間が大きく異なるだろうからこの部屋が人で埋まることはないかもしれない。

今日だって実際に見えている人間は半分もおらず、各々好きなことをしてるんだろう。

用意してあるセットの中から好きなものをそれぞれ取って、適当な椅子に向かい合って座った。

人使は生姜焼き定食にしたらしく、もぐもぐとタレの絡まった肉を食していたと思うと顔を上げる。

「そういえば出留は自炊するのか?」

『んー、そうだなぁ』

「前に弁当作ってきてたよな」

『うん』

「料理得意なのか?」

『あー、どうだろ。得意ではないけど、料理するの嫌いじゃないから…時間があったらやろうかな』

「それなら後で委員長に言わないとだな」

『だね』

この寮と校舎の間にある購買では、青果や肉に魚、米、パン、麺といったスーパーとほぼ同じ食料品が取り揃えられてるらしい。

後で時間があれば見に行ってもいいかなと計画しながら味噌汁を飲んだ。


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