ヒロアカ 第一部


約束の通り勝己と会うために家を出る。向かうは爆豪家で徒歩十分ちょっとのそこに流石に付き添いはなしで、ついたところでインターホンを鳴らすとすぐに扉が開いた。

「鳴らさんでとっとと入れや。…おかえり」

『うん、ただいま』

靴を脱いで揃え端に寄せる。そうすれば手を引かれてまっすぐ勝己の部屋に入り、扉に鍵をかけると引っ張られるままにベッドの上に座った。

向かい合って腰掛けて、首を傾げる。

『どうしたの?勝己』

「……………デク、最近どうだ」

『ん?出久?…出久は特に変わりないと思うよ?』

「…そうか」

小さく相槌をうって、前のめりになった勝己の額が肩に押し付けられた。

「……………なぁ、出留」

『うん?』

「…おれが、悪いんかな」

『………それは、何に対して?』

「……おれ…」

回ってきた手が背に回って、服を握る。

「俺が、一番になろうとして、そうしたら、粗暴って言われて、頑張れば頑張るほど、目ぇつけられて、がんばっても、弱っちいから、敵に攫われて、そんで、そのせいでオールマイトは、平和の象徴は、死んだ、俺が、殺した」

『違う』

「平和を、オールマイトを、終わらせたのは、俺、っ」

『違ぇだろ。やめろ、勝己』

背に回そうとしてた手を持ち上げて勝己の側頭部にあてて顔を上げさせる。泣くどころか死人のように血の気が引いて、表情をなくしてる勝己に眉根を寄せて濁った赤色の瞳を見据えた。

『お前のせいじゃない』

「でもっ」

『一番になることはなんも悪いことじゃねぇし、出る杭が打たれそうになんのも突飛した才能が嫌煙されんのもそういう世界だからだ。だからって、優秀な奴を利用しようとした悪人がいたからって巻き込まれたお前まで悪いわけがない』

「っ、」

『オールマイトは攫われたのが勝己でも、出久でも、俺でも、どんな民間人だって助けに行ったし、結果としてあんな風に力を使っただろうよ。…オールマイトが、平和の象徴がなくなったのが今回このタイミングだっただけで、勝己はそれに巻き込まれただけだから気に病むな』

「…んなの、嘘だ。全部、俺のせいだ」

『………勝己、お前…何見た?』

「…………………」

ぐらりと揺れた瞳に頭をしっかり掴み直して、顔を覗き込む。

『勝己』

「………みんな…、…おれ、が、わるいって、俺が、さらわれたから、オールマイトは」

『落ち着け、勝己。それは違う』

ネットか、テレビか、あるいはそのどちらも。家ではあまり見ないようにしていたから報道傾向が雄英のバッシングメインなことしか知らないけど、まさか勝己を矢面にしてる記事があるなんて思ってなかった。

「おれが、わるい…っ」

自責しながら視線を落として、口角が上がったり下がったりする勝己に一度思い切り額をぶつけて、痛みにか目を見開いて焦点を戻した勝己と目を合わせる。

『勝己』

「っ、ふっ」

『勝己、俺を見ろ』

「いず、る」

『勝己』

「出留っ、出留、俺っ‥俺が悪いんか?」

『悪かねぇわ。‥何も考えんな、勝己』

「いずる」

ぶわりと溢れ始めた涙にやっと顔に血の気が戻ってくる。声は出さずに泣き始めた勝己に手を下ろして背に回し、胸元に頭を引き寄せて一緒に倒れる。

ベッドに受け止められて勝己の手が俺の服を掴んだ。

「いずるっ」

『勝己、大丈夫』

「おれ」

『大丈夫、勝己は何一つ悪くない』

「でも、」

『勝己は、悪くない』

「っ、悪く、ない?」

『ああ、悪くねぇよ。だからモブの無責任な言葉に耳貸すな。…勝己は今まで通り、自分のためにだけ頑張れ。一番になんだろ?』

「うんっ、いっちゃん、すごくなる…から、いずる、俺のことっずっと、応援しろやっ」

『当たり前だわ。俺は勝己の頑張りを全部肯定するし、見逃さない』

「約束、?」

『もちろん、約束すんよ。俺と勝己の間に嘘と隠し事はなしだろ?』

「んっ」

背に回ってた腕の一本が離れて、やわく握られてる拳に小指だけがゆるく立てられる。

「やくそく」

『約束』

同じ右手を差し出して指を絡める。結べば勝己はほっとしたように息を吐いて目を閉じる。そのまま体から力が抜けて小さな寝息が聞こえ始めた。

するりと解けた指に寝やすいよう体制を整えて、目の下に触れる。顔を合わせたときから思っていたけれど顔色が悪い。目の下の微かなクマといい、どれだけ自分を追い詰めていたのか予想もつかない。

出久と勝己の憔悴の度合いの違いに目を細める。

師弟であろう出久は師を失って、憧れを失って、絶望しただろうけど、家庭訪問のときにオールマイト当人からも後継にと言われてるくらい認められて釣り合いが取れるほどには満たされてる。

対して勝己は憧れを失い、純然な悪意と好奇の目に晒され、何も返ってきていない。ただすり減らされた精神に不安定になっても仕方ない。

俺の勝己に悪意を向けた人間に殺意を抱きながら髪を撫でる。柔らかい毛。目元を撫でれば長いまつ毛が濡れていて水気を拭う。そのまま手を繋ぎ直してくっついた。




目が覚めて、机の上にあるデジタル時計を見れば待ち合わせた時間からもう三時間は経ってた。腕の中を見ればすやすやと眠ってる勝己がいて、手を伸ばして頭に触れても起きる気配はない。

ポケットから携帯を取り出して連絡を確認する。出久と母さん、それから光己さんから来てる連絡に一つずつ内容を確認して連絡を返して、言葉を往復させる。

やり取りを終えたところで腕の中で勝己が身じろいで、ゆっくり瞼を上げた。

「いず、る…」

『おはよう、勝己』

「…ん」

一旦降ろした瞼を数秒置いてからまた開けて、いつもの赤色の瞳が揺らめく。

「何時だ?」

『もう五時だね』

「………寝すぎた」

『夜寝れる?』

「…寝る」

『そっか。もし寝れなかった連絡ちょうだい?一緒に夜ふかししよ?』

「しねぇわ。出留が夜ふかしすんのだけば駄目だ」

『えー?残念だなぁ』

「大人しく寝ろや」

呆れたみたいに息を吐いて、寄せられてる眉根に唇を寄せる。短く触れて離れれば刻まれてる皺が少しだけ薄くなって口元が緩んだ。

「寮になったら朝から晩まで訓練できんな」

『え、むっちゃ怖いこと言うじゃん』

「個性も申請したんなら学校内で大々的に使っても問題ねぇだろ」

『それはそうだけど…』

「前話してた、アレ、やってみようぜ」

『…うん、楽しみだね。上手にできるかな?』

「俺と出留でやって失敗したことなんか一回もねぇだろ」

勝ち気に笑うからそうだったなと頷いて頭を撫でる。わしゃわしゃと撫でてるうちに足音が聞こえてきて、ノック音が響いた。

「勝己ー!いつまで寝てんの!?」

「っせぇ…」

「出留くん独り占めしてんじゃないわよ!!」

「うっせぇババア!ちっと待ってろや!!」

「ババア言うんじゃない!鍵撤去するよ!?」

「はあ」

一気に賑やかになった室内に思わず笑う。どこか楽しそうなその様子に勝己が眉根を寄せて掴んでた俺の服から手を放した。

「ババアめ…」

『光己さん待っててくれたんだからそんなこと言わないの』

「あ?」

『さっきメッセ見たんだけど、二時間くらい前に連絡来てた』

「………ちっ」

「勝己ー!」

「今開けんわ!!」

一緒に起き上がって仕方なさそうに鍵を外した勝己が扉を開ける。戸の向こうにはわかっていたけど光己さんがいて、勝己の顔を見ると眉尻を一瞬痙攣せてすぐに腰に手を当てる。

「アンタ昼寝しすぎんと夜寝れなくなんよ?」

「っせ!寝る倒したるわ!!」

「普通に寝なさいよ」

やれやれと首を横に振った光己さんは顔を上げて俺を見つけた。

「おかえり、出留くん。ごめんねぇ勝己の面倒見てくれてありがと!」

『ただいま。ううん、大丈夫』

「面倒みてもらっとらんわ!!」

「でかい口聞いてんじゃないわよブラコンが!」

「ブラコンじゃねぇわっ!!」

ギャンギャン騒ぐ二人に笑って、そうすれば物陰から勝さんが顔を覗かせて手招かれる。二人の横を抜けて前に立てば頭の上に手を置かれた。

「ありがとう、出留くん」

『ん、いつでも連絡ちょうだい』

「うん。勝己くん、本当に参ってるみたいで…寮生活になれば更にストレスが溜まってしまうかもしれない。…親として情けないけれど、これからも勝己くんを頼むね」

『もちろん』

左右に優しく動いた手が頭から離れていく。顔を上げれば勝さんは眉尻を下げていて、騒いでいる向こう側を見てる。誘拐された勝己が心配なのは当たり前として、責任感の強い勝己が今回の事態に自責してるのを察して行動を見守ってたのかもしれない。

光己さんに論破でもされたのかぐうの音も出なくなって悔しそうにしてる勝己は、目を逸らしたところで俺が離れたことに気づいて睨まれる。

「出留」

『ちょっと話してただけだよ』

「アンタ本当にべったりねぇ」

「っせ!」

「ふふ、出留くんが結婚したら勝己くんどうするんだろうね」

「は、けっ?!」

固まった勝己に光己さんと勝さんが笑って、俺も釣られて笑う。

「結婚式には呼んでね?」

『もちろんだよ』

「結婚、結婚…」

「冗談だよ、勝己くん」

すっかり手のひらの上で転がされてる勝己に近づき、手を伸ばして頭を撫でる。はっとしたように顔を上げた勝己が眉根を寄せるから大丈夫と手を下ろした。

『結婚したって俺は勝己が好きだから蔑ろにすることなんてないよ』

「………当たり前だわ。俺とデクを見ねぇ出留なんて気持ち悪い」

『ん、確かに。俺の世界は二人だから、二人を見なくなったらたぶん偽物だわ、それ』

「だろうな」

眉間の皺を薄くして鼻で笑う。光己さんと勝さんがほっとしたように口元を緩め肩の力を抜いた。

勝己もなんとかいつもに近い状態まで精神が安定したようだから頬に触れてから目を逸らす。

『それじゃ、家に帰るね』

「あら、夜ご飯はいいの?」

『うん、母さんと一緒に作る約束してるから』

「そうなんだ!引子さんによろしくね!」

『わかった』

「………見送る」

『ありがとう』

光己さんと勝さんに手を振って廊下を歩く。玄関で靴を履いて、扉を越えたところで振り返れば唇を結ってる勝己がいて手を伸ばす。

後頭部に回して額を肩にくっつけさせる。

『大丈夫だ。もし怖くなったらまたいつでも呼べ。ちゃんと話聞くし、何回でも目ぇ覚まさせたる』

「…ぜってぇだぞ」

『ん』

「………どうしても辛くなったら、そんときは連絡するから、それ以外…特に夜はきっちり寝ろ」

『ふふ、りょーかい』

手を放して顔を合わせる。勝己の手が俺の目元に触れてすぐに下ろされた。

「夜ふかしすんなよ」

『はぁい』

「んじゃ、また明後日な」

『うん、学校まで一緒に行こう』

「ん」

手を振られ、振り返す。誘拐されたからあまり外にいると危ない勝己が家の中に入ったのを見届けてから帰路につくため歩き始めた。


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