ヒロアカ 第一部
目が覚めると、見慣れた俺の部屋だった。
いつの間に俺は連れて来られたのか。こんな芸当ができるのは黒霧さんだけだから、黒霧さんがここまで運んだのだろう。
ベッドから足をおろして立ち上がる。あの日外食のときに準備して出ていった時のままの部屋の中に息を吐いて頭を掻き、扉に手をかけた。
足を進めて音のするリビングに足を踏み入れる。音の元はテレビだったらしい。リビングにはテーブルに倒れ込むように体を倒して眠っている母さんがいて、いくら夏といえども風邪を引くかもしれない状態に近くにあったブランケットを取り肩にかけた。
冷蔵庫から牛乳を取って、マグカップに注ぐ。そのまま電子レンジに突っ込んで、鳴り響いた音が温まったことを教えてくれたからカップを取って、母さんの隣に腰を下ろした。
泣いてばかりだったのかすっかり腫れている瞼は大変重そうで、カップに息を吹きかけてから口をつける。ほんのりと甘い牛乳に安堵して、カップをテーブルに置いた。
連絡がいつ来てもいいようにか、携帯も家の子機もテーブルに並べられていて、ついでに数日見てなかった俺の携帯も置いてあった。
ニュース番組を駄々流してる一人賑やかなテレビを静かにさせるため、リモコンを取って電源を落とす。
音が聞こえなくなったことにか小さく呻いて、母さんは涙をこぼした。
「いず、く、いずる、」
ぽんぽんと、出久を宥めるときと同じように母さんの背に触れる。ぴくりと肩が揺れて、一度縮こまった母さんはゆっくりと目を開けた。
『おはよ』
「………いず、る?」
『うん。俺以外に誰がいるんだよ、母さん』
「…………………」
揺れていた焦点が定まって、ぶわりと水があふれ出した。
「出留っ!出留!!」
『大丈夫だよ、母さん…。遅くなってごめん、ただいま』
「っぅ……、おか…えり、おかえりなさいっ、ほんと、よかった」
わんわんと泣いて噎せる母さんに苦笑いを零してマグカップを差し出す。一気に飲み干してそのまま俺に抱きつき、また泣く母さんに頬をかいてから家の子機に手を伸ばした。
母さんを宥めるために右手で背を撫でながら、左手でダイヤルして耳にあてる。即座に繋がった電話の向こうからはいつかに聞いたことのある生真面目そうな男の声が聞こえた。
「塚内です。緑谷さん、いかがなさいましたか」
『あ、どうもこんにちは、お久しぶりです塚内さん。えーっと、緑谷出留です』
「……………?」
『俺にもよくわからないんですけどなんか家にいて、母さんがちょっと話せそうにないのでお電話差し上げました』
「……緑谷、出留くん?本当か?偽物ではなく??」
『ええ、本物の緑谷出留です。一応生存報告しとこうかなって電話です』
静まり返った向こう側に子機が壊れたのかと心配になる。五秒くらい沈黙してた相手は唐突にがしゃんがしゃんとものを落とす音を響かせて、息を吸った。
「緑谷出留くん!」
『え、はい』
「家だね?!そこに敵は!君一人か!!?」
『それが起きたときから一人で…まぁいられても困りますけど…』
「、今から向かう!そこでおとなしくしていてくれ!」
『は、はぁ』
勢い良く切られた電話にまだ泣いてる母さん。とりあえずと手を伸ばした数日ぶりの携帯は充電しておいてくれたのか半分ほど充電が入っていて、携帯を操作してあの日から動いてないグループに言葉を送った。
すぐさま返ってきた言葉に口元を緩めて、近づいてきた喧騒にやっと帰ってきたなと息を吐いた。
やってきた警察につれられて病院に運び込まれる。どこにいたのかわからないけど部屋に飛び込んできた出久はすでに顔が涙でぐちゃぐちゃだった。
「兄ちゃぁあああんっ!!」
『あ、出久〜、元気だったか〜?』
「、兄ちゃんのばかぁあああ!」
さっきの母さんと同じくらいにわんわん泣く出久を抱きとめて、髪を撫でる。
『無事そうで良かった』
「にいちゃ、っ兄ちゃん」
『ん〜?どうした〜?』
「っ兄ちゃんが悪いいいいっ!」
『え、俺なの?』
大きな声で泣く出久に追いかけてきたのであろう看護師さんがほっとしたように息を吐いたあとに静かにするよう注意された。
声は抑えたものの泣きじゃくる出久を宥めて、そのうちに膝の上に頭を乗せて眠ってしまう。
髪を撫でていればまた騒がしい足音が聞こえてきて扉が勢い良く開かれた。
「出留!」
『あ、かっ、』
視界に入った金髪に声をかけようとして、頬に痛み。そのまま視界が揺れて口の中を切ったのか鉄の味がした。
顔を上げれば母さんと出久と同じくらいに涙をこぼす勝己がいて目を見開く。
「おれ、俺は、俺のせいで出留が帰ってないかもって」
ぼろりと零れおちた涙に手を伸ばして、抱え込む。
『大丈夫、大丈夫。勝己のせいじゃないよ』
「っ、ばか、ばか出留」
『うん、今日だけは許すから好きなだけ罵倒していいよ』
「っ〜」
ぐずぐず泣く勝己が出久とは反対側に座ってびっとりくっつくと腕が回ってそのまま静かになる。
追っかけてきた看護師さんは今度は静かなのねと息を吐いて扉を占めていった。
しばらくするとノックが聞こえて扉が開く。顔を上げれば塚内さんと医者がいて、少しいいかなと首を傾げた。
拉致されていた間に変なことをされていないか、ありとあらゆる検査を行われた結果はまだ出ない。追加の採血をされながら事情聴取を受ける。
「君はあの神野区の事件から三日間行方不明だった。その間にどこで何をしていたのか教えてもらえないか」
『うわっ、三日も経ってたんですか?そりゃ母さんどころか勝己も泣きますね』
「うっせ!」
『あはは、ごめんごめん』
右に泣き疲れて眠る出久。左に半べそかいてる勝己を抱えて視線を逸らす。一体どこまでバレてるんだろう。勝己が俺と弔が既知であることを察していないわけがないが、もしかして勝己は警察に話していないのだろうか。
三日間とは言われても体感は二日もない。よく考えれば誘拐されていた期間も三日ほど経っていたの知らなかったし、寝すぎて体内時計狂ったんだろう。この一週間は濃すぎた。
『正直、どこにいたのか全然わからないんですよね。今も気づいたら家にいて…捜査の役に立てなくてすみません』
「黒霧という敵だね」
『たぶんそうですかね』
俺の話に違和感はなかったのかさらりと流されて、隣の勝己と出久を見た後に眉根を寄せた。
「申し訳ないが…君は、敵連合の味方なのかい?」
『味方…ではないですけど、なんでそんなことに…??』
塚内さんは一度唇を結って、ゆっくり口を開いた。
「………今の君には敵連合の仲間である疑惑が持たれている」
『…………拉致被害者からの仲間って…俺の立ち位置まじでやべぇじゃん…』
「てめぇが悪い」
『え、容赦なし??』
横から聞こえた言葉に塚内さんが申し訳なさそうに視線を落として、俺も息を吐く。
『はぁ。まぁ俺は元からヒーローとか敵とかあんまり気にしたことはありませんけど……善悪とかの分別は流石につきますし、少なくとも俺が母さんを泣かせることも、出久と勝己を危険に晒すようなこともしませんよ』
眠る出久の髪を撫でて、勝己を抱き寄せて笑う。母さんはようやく訪れた安寧にご飯を作ってると言ってくれていたから今日の夜ご飯は多分ハンバーグだろう。
「……そうか、それなら良かった」
ほっとしたように笑った塚内さんに俺も心中息を吐いて肩の力が抜ける。俺は嘘は言ってないし、怒られることはないだろう。
「それでも君は、わざわざ敵連合が攫った人間だ。爆豪くんを手放してもなお匿った人間…。…もしかしたら君は、僕達の知り得ないところで、彼らが求める力を持っているのかもしれない。だから、当面は監視がつくことになっている。容赦してくれ」
『………はぁ…。まぁ、そうですよね。実際俺がなんで攫われたのか謎な部分ありますし』
白々しく首を傾げて、視線を突き刺してくる勝己を抱きしめた。
塚内さんも帰り、検査結果もとりあえず良好であったから日帰りを許された俺は眠ってしまってる出久とひっついてる勝己への配慮、それから防犯面も兼ねてか車で送られた。
家に帰ればほっとしたように母さんが迎え入れてくれて、そこには光己さんと勝さんもおり、くっついてる勝己にまたこの子はと目を細めた。
「おかえりなさい」
『うん、ただいま』
「おかえり」
「おかえりなさい」
今日は俺達が返ってきたことのお祝いを開くと母さんが張り切ったらしい。勝己も一人で出歩けないけれど俺のところにいると聞かなかったらしく、それならと爆豪夫婦も揃った。
勝己は珍しく手伝うかと聞くこともなく俺の隣にいて、ようやく起きた出久もくっついたまま、母さんたちがソファーにいてねと笑ってたから言葉に甘えて二人と一緒にいる。
「兄ちゃん、かっちゃん」
「あ?」
『なぁに?』
「へへっ、兄ちゃん、かっちゃん」
『どうしたの、出久』
「ただ呼びてぇだけだろ」
「うん!」
「くそ迷惑な奴だな」
「だってやっと兄ちゃんとかっちゃんが帰ってきてくれたんだもん」
「ほんとな」
『………うん、ごめん』
「うんん、…あのね、僕は、兄ちゃんとかっちゃんが帰ってきて、二人が元気だったらそれで幸せだよ」
「はっ。今回アホみてぇにボロボロなんはお前だからな」
「うっ、耳が痛い…」
『まぁたしかに、出久のその怪我はびっくりだね…出久、約束は?』
「ぐっ、ごめんなさい…」
「はぁ。ほんとしょーもねぇな」
くっついて話したいるうちに夜飯が運ばれてくる。ハンバーグがメインの食事が出来上がってた。
「わぁ!おいしそう!」
「…!」
『おいしそうだな』
二人が嬉しそうに顔を上げたから食事に専念する。
食事を終えて今日ばっかりはばらばらに風呂に入って、出久が入ってる間は勝己と、勝己が入ってる間は出久とリビングでゆっくりする。
たくさん届いていた連絡を一つずつ返して、予想以上に心配してくれていたらしい人使に特に感謝しておく。
一日が無事に終わって、明日も警察署に行かないといけない俺に二人は文句を言うことなくあっさりと眠った。
目が覚めてもきちんと後ろと前にいる二人に息を吐いて、声をかけてから部屋を出る。支度を終わらせてそろそろ家を出ようかと思ったところでチャイムが鳴った。
「よお」
『え、』
「お前を一人にするわけにもいかんからな。送迎だ」
立っていた先生はスーツで、髪が後ろにまとめられてる。
「遅れるわけにはいかない、行くぞ」
『あ、はい。…いってきます』
返事がないことを察してたからすぐに扉を閉めて先生を追う。
「家、誰もいないのか」
『いえ、母と出久と勝己がいますよ』
「………まだ起きてないのか?」
『…心配かけたのは俺なんで、すみません』
「そうか」
車は先生が運転するらしい。五人乗りの乗用車、助手席でも後部座席でも好きな方にと言われたから後ろに座った。
運転席に座った先生はさっさとシートベルトをつけるから俺も同じようにつけて、車が動き出す。
音楽も流れない静か車内に外を眺める。時折見える街頭テレビは大々的にトップヒーローの引退と、その原因となった事件の報道がされていた。
調べたところによると世間ではオールマイトの活躍により誘拐されていた勝己、それから俺も帰ってきたことになっていて事件は終幕したらしい。
そもそも俺が継続して誘拐されていたことは公表されていなかったし、連れ去られた原因も明確になってないから妥当な印象操作だろう。
「お前はどう思う」
『何をですか?』
「今回の俺達の失態、それから今後の社会」
『いきなり難しいこと聞いてきますね』
「ほう?それならお前が帰ってくるまでの間、何をしていたのか聞こうか?」
『あー、やっぱそっちの話をしましょう』
バッグミラー越しに睨まれたから目をそらす。世間では大きく分けて二つの流れができてた。
『俺達のとは言いますけど、これは雄英の失態と俺は思いませんよ。だって先生たち雄英は万策を尽くしてた。でも今回のことはタイミングも状況もなにもかも悪くて雄英に否定的な材料が集まった』
「それで?」
『とにかくなんに対しても揚げ足取って否定したがってるのは元から雄英の存在を面白く思ってなかった人間で、それに空気を入れてるのは反社会的思考のある人間と刺激がほしい人間』
街はトップヒーローを失って犯罪率が上がってるらしい。まだ一週間も経ってないのに性急なことだ。
『その二つはそんなに数がないはずなのにさも常識と言わんばかりに大きな声を出すからみんなそれが正しいって流される』
「…………」
『事実、雄英はきちんと警戒態勢を取っていた。襲撃時にも的確に指示をした。勝己の奪還にも迅速に動き、きちんと目標を達成した。………結果だけ見たら別に雄英悪いことしてないと俺は思うんですよね。でも、今回のこれはオールマイトが引退したことでそう流せない』
「つまり?」
『オールマイトっていう支柱がなくなったことで人の常識は揺いだ。今回の一件で絶対に安心なんてないことを知ったわけですね。今までのオールマイトがいれば大丈夫はなくなった。じゃあ、どうやってこれから平穏を保つのか、今度は誰がその平和を守ってくれるのか。なんでそんなことを考えないといけなくなったのか。あの事件の発端になった雄英のミスのせいだ。と、まぁ世の中の流れはそんな感じでしょうね』
「………………」
『ひどいこじつけではありますけど人はなにかを責めないと、縋らないと生きていけない。そして人は、変化を嫌う。今までの平和なヒーロー社会に安寧を抱いてそれを当たり前だと享受していた人間ほど今回の怒りは大きい。………と、つきましたね』
「………そうだな」
扉に手をかけたけれど鍵があいてないのか開かない。前を見れば先生がバッグミラーを見ていて目があった。
「まだ時間がある。続けろ」
『えー、もう良くないですか?』
「続けろ」
一瞬目が赤く光ったから息を吐いてさっきの続きを吐き出す。
『雄英への強いバッシング。これはただ的がほしいだけだ。誰もが知っていて、わかりやすく叩けて、叩いても怒られないものがあるのはちょうどいい。叩いて、それから、ついでに尻拭いもさせようとしてる』
「つまり?」
『お前らがこうしたんだからさっさとどうにか改善しろってことでしょう。俺は責任って自分が望んで持つものだと思うんですけど、あんまりそう考えてない人もいる。責任は、取らせるものだと思ってる人がいるからこうなってる。雄英は悪いことをしたから叩かれるのは当然、そしてオールマイト引退という平和を壊す事件を起こしたから代案を今すぐ考えろ。と、今の市民はこんな感じじゃないですかね?だからこれからは雄英の代案によって流れが変わる。……ま、本当にそうなのかは知りませんけど』
「…………お前、どこでそんな考え方身につけたんだ?」
『生きてく上でなんとなく。…それで、俺はそろそろ行っても?』
「まだだ」
解かれない鍵に息を吐いて首を傾げた。
『後はなんですか?』
「お前が雄英の代表だったとして、緑谷、君ならこれからどうする?資金も人員も何を使ってもいい。ただし人死はなしだ」
『うわ、これなんかの試験ですか?』
「そんなところだ」
『んー、俺が雄英の代表とかそのシチュエーションがすでに破綻してるんであれですけど…まず雄英を支持している人間を纏めて育てつつ、どちらの主義にも強く属さない、いわゆるなんでもいいって人たちを巻き取ります。具体的にだと…大きな話題を作ってまずは話を変える。すり替えたことによって上がる戸惑いと批判の、正しいものだけに対処して、その間にヒーローの活動の見直し。特にこれから敵の凶悪化と事件の多発が懸念されるならヒーローの動きが今までと同じじゃ被害が生まれるだけで更に批判を集めかねない。ヒーローの活動地区の整理、パワーバランスの調整は必須じゃないですか?』
「………本当に満点回答を出すな、お前」
『どういうことですか?』
「…今、雄英は今までの怠慢と更なる警戒、教育の促進に向けて全寮制を取り入れる予定になってる。それは一つの話題になる上、雄英に見切りをつけている人間はたとえ今雄英に属していても離れるし、より雄英へ強い感情を抱いている人間は残る。言い方は悪いが一種の選別だ。そしてその間に雄英周辺はもちろん、遠方にいたるまでヒーローたちの調整をヒーロー委員会と共に行っている」
『全寮制…』
「明日には各家庭に連絡が行く。それまではオフレコにしておいてくれ」
『はあ』
「と、まぁ君が考えていたとおりに雄英は動いているわけなんだが、君はそれを聞いた上で、これからの雄英と世間がどうなると思う?」
『なってみないとわかんないですよ、そんなの』
「それもそうだな。………時間を取ってすまん。それじゃあ気をつけて行け。帰りも迎えにくる」
『はあ。本当にお手数をお掛けしてすみません。いってきます』
がちゃりと鍵が開く音がしたから扉に手をかける。今度は阻まれることなく開いて、足から出て扉を締めた。
警察の事情聴取はだいたい昨日と同じ、空白の時間になにをしていたのか、捜査協力と内通者の判定のために行われた。
割と素直に、きちんと言葉を並べて返して気づけば二時間ほど経ってたから今日は解放と警察署を出る。外には行きにも乗ってきた車が止まっていて、運転席で仕事なのか携帯やタブレットを触ってる先生がいた。
近寄れば俺に気づいてタブレットをおろし、後ろに回ろうとしたところで目を瞬く。後部座席にさっきまでなかった鞄や箱が増えてる。
「すまん、荷物が増えたから前に乗ってくれ」
『わかりました』
勧められるままに助手席に移りシートベルトを締める。行きと同じくゆっくり走り出した車、景色を見るのは諦めて隣を見れば運転中だからか先生は前を見ていたけどやっぱり口を開いた。
「それじゃあ次の話をしようか、緑谷」
『マジですか』
「わかっていたことだろう。足掻くな。…敵連合と共に行動していたことで、なにか考えが変わったところはあったか?」
『いえ?特には』
「全寮制となれば今まで以上に自由な時間は減るだろうが、君は全寮制であっても雄英に在籍するか?」
『出久と勝己が行くならもちろんついてきますね』
「そこは変わらずか」
右折するために一度止まって周りを見る先生は言葉を止めて、曲がりきってからまた口を開く。
「今後も心操との訓練に参加する気は?」
『ありますよ。あ、でも全寮制になって出久と勝己と一緒にいられる時間が増えるならちょっと訓練への参加頻度は下げたいですね』
「彼奴らのスケジュールと要相談だが予定ではクラスごとに寮が設けられて決まった時間以外は行き来はできないぞ」
『え、地獄じゃないですか、やっぱ全寮制やめましょう?』
今から想定できる二人に会えない生活に目を見開く。先生は呆れたように息を吐いて首を横に振った。
「いい加減手放したらどうだ?」
『別にずっと掴んでるわけじゃないんですよ。ただ、居られるときは一緒にいたいんです』
「そうか」
逸した視線に外が家の近くであることに気づく。もう数分でつくだろう家に、出久と勝己は目が覚めただろうかと意識を飛ばしてるところで車が止まった。
がちゃりと鍵が開く音がして今度はすんなりと帰してくれそうだと扉に手をかける。
「あと緑谷」
『はい』
「お前個性届けだせ」
『、』
急な話題にいつかは言われるかと思ってたけど今かよと固まる。先生がシートベルトを外して扉を開けた。
「もういい加減無個性と言い張るのは難しい。お前神野で爆豪と一緒に連合に向けて個性使ってただろ。オールマイトとグラントリノに確認は取ってある。なにを逃げてるのか知らんが腹を括れ」
『………はい』
「休みが明けるまでに申請を済ませるように」
後部座席の扉を開けて荷物を取ったと思うと回ってきて今度は助手席の扉が開く。
「さっさと降りろ、彼奴らが待ってるだろ」
『…はい』
足を降ろして立ち上がる。助手席の扉を閉めれば先生が持っていたものを目の前に出してきた。
『これは?』
「心操とミッドナイトから預かった見舞い品だ」
『え、』
「二人とも心配していたが直接会えないのが現状だからな。休み明けにでも顔を合わせてやれ」
『は、はい』
「それから、最後に一つ」
腕に紙袋を渡されて、落とさないように目を逸らしたタイミングで低く声が響く。
「母親と弟と幼馴染を泣かせない、危険に晒さない。その言葉に嘘はないか」
『…………』
顔を上げてまっすぐこっちを見てきてた先生と目を合わせる。
『当たり前じゃないですか』
「ならいい」
及第点だったのか先生が頷いて、いいと言ったけど見送られる。さっさと階段を上がって自分家の鍵を開ければ家の中から声が聞こえた。
「あ!かっちゃんそっち!!」
「だぁーっ!!てめぇなに撃ちもらしてんだ!!」
「そっちは君の範囲だろ!」
どうやらシューティングゲームをしてるらしい二人はリビングにいるようで、靴を脱いで先に自室に向かう。
二人で片してくれたのか敷いてあった寝具は床になくて、机の上にもらった荷物を置いた。一つずつ中を確認する。
三つある紙袋から一個取り出して、簡易包装がされた薄い箱が出てくる。ついているカードには学校で会うまで無事でいてくれと人使の文字が踊っていて、包装を外せばお菓子らしい。もう一個の紙袋も出せばこっちは少し直方体に近く重い。メッセージカードには助けに行けなくてごめんなさいときれいな字があってたぶんこれは担任だろう。
人使はあられの詰め合わせ、担任は高そうな生菓子の詰め合わせ。一つ余ってる袋に目を向ける。
手を伸ばして取ればそこまで重くない。ぱかりと簡単に上が開くタイプの袋はシールで止まってるだけだったからあっさり開封できて、中から出てきたものに目を瞬く。
『なんでアイマスク??』
使い捨ての目元を温めるタイプのアイマスクがこれでもかというほどに詰まっていて困惑する。シリーズ物だからか香りもいくつかあるようで、パッケージの色が違うのも種類にそってだろう。
ついでにとでも言いたげに入ってた入浴剤に更に首を傾げ、中身がそれ以上ないことに余計混乱する。
『え、どういうこと…?』
迷ってるうちにばたばたと足音が聞こえてきて、ノックと言っていいのかもわからないほど早く大きな音で三回扉が叩かれるとすぐに開いた。
「兄ちゃん!おかえりなさい!!」
「帰ってきてたんか」
『うん、ただいま』
ゲームを中断したのか二人揃って顔を出したから手招いて、そうすれば二人は近づき俺の手元を見る。
「兄ちゃん何持ってるの?」
『御見舞品って、人使と担任がくれた』
「そうなんだ!」
「………三つあんのにか?」
『うん。こっちが人使で、こっちが担任』
「あれ?そのアイマスクの山は?」
『さぁ?』
不思議そうに首を傾げる出久に俺も首を傾げて、勝己だけが眉根を寄せると俺の服を引いた。
「帰ってきたんならゲーム手伝え」
「あ!兄ちゃん!兄ちゃん!晩御飯までに全クリ目指そ!」
『それ結構きつくない?今どこまで進んでるの?』
「四分の一」
『きっつ』
「三人でやれば大丈夫!はやくはやく!兄ちゃん!」
手を引っ張られてリビングに向かう。中断した状態のテレビ画面、リビングで一緒にゲームを見てたのか和んでいる母さんにもただいまと挨拶をしてコントローラーを持って座る。
「兄ちゃん、かっちゃん!始めるよ!」
「早よしろ」
『ん、がんばろうね』
出久がリスタートを押して、止まっていた画面が動き始めた。二人に倣ってコントローラーを操作し、向かってくる敵を撃つ。
昔からよくやってたゲームはひどく懐かしくて、やっと日常が帰ってきた気がした。
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