ヒロアカ 第一部


ぽんぽんと背を叩いてるうちに弔が身動ぐ。背に回ってた腕から力が少しだけ抜けて、離れるのかと思って手を下ろそうとすればまた力がこもった。

『どうした?』

「……出留、教えてくれ」

『ん?なにを?』

「俺は…これから何をしたらいいと思う」

『急だなぁ』

「………駒を集めて襲撃して失敗した。仲間を作って始める前に邪魔された。逃げられたけど先生はもういない。これ以上失敗はできない」

『まぁそろそろ勝ち星あげたいって思う時期だよね』

「どうしたら勝てる?」

『あー、まず弔にとってどこがゴールなのか知らないんだけど…』

もぞもぞと動いた弔は俺の首元に額を押し付けて落ち着く。強く回されてた腕が緩んで服を掴んだ。

「この世界をぶっ壊す」

『スケールデカイなぁ』

「俺は俺を助けてくれなかったこんな世界が大きらいだ。だから、ぶっ壊して作り直したい」

『なるほど』

「ヒーローなんてものに全部押し付けて目の前の子供に手を差し伸べもしないクソみたいな世界は要らない。だからその原因のヒーローも、ヒーローに陶酔してる馬鹿も全部壊す」

『うわぁ、道のり長いんじゃね?それ』

「どんだけ長くてもいい。俺が絶対に壊す」

ぐりぐりと額を押し付けてくるから痛いよと背を撫でる。動きが止まって額が離れたと思うとゆっくり顔を上げて、久しぶりに目があった。

「ゴールがそこだとしたら、まず俺には何が足りない?」

『んー、安定した戦力と資金、それから当面の活動拠点は必要じゃない?』

「そこで転がってる奴らは一応そこそこ強いから戦力にはなる。資金は黒霧が管理してるからわからねぇ。拠点は、…あと、大きめのところは三ヶ所くらい廃工場とかがある」

『ふーん』

頷いて癖で手が動こうとしたから一度止まる。不思議そうに首を傾げた弔にねぇと問いかけた。

『情報まとめたいんだけど、紙とペンか、スマホかない?ていうか俺のスマホは?』

「持ってなかったぞ。来るとき落としたんだろ」

『あ~、確かにそうかも』

「紙は…」

「はい、どうぞ」

目線の位置に差し出されたチラシの裏紙とボールペン、鼓膜を揺らす高めの声に二人でそちらを見る。

にっこりと笑ってるのはトガヒミコで、弔が手を伸ばして受け取った。

『ありがとうね』

「はいっ。お二人の役に立てて嬉しいです」

にこにこ笑い膝を折って屈むとそのまま俺達の横に残る。弔が離れたから少しだけ距離を取って、置かれた紙に渡されたペンを走らせた。

『まずは現状の確認』

聞いたばかりの内容を書き出す。一番書く内容のない資金のところには黒霧さんに要確認と繋げて、その下に拠点、その更に下に戦力と書く。

『拠点の場所、広さ、設備』

「一か所目は埼玉の廃工場、普通に元工場だから広いし、割りかしきれいだ。電気ガス水道どれも通ってて強いて言うなら寝る場所はない」

『ん』

「二ヶ所目は神奈川のビル。さっきいたところとほとんどおんなじでバーがあって広さも作りも似てる。そっちはビル一棟全部持ち物。別階はなにもないから物を置けば多少寝床にはなんけどライフラインはバーのところにしかない」

『微妙に使い勝手悪そうだね。最後は?』

「最後が千葉の廃工場。こっちは最初のやつよりも小さいけど、最近まで普通に稼働してたし周りも似たような工場しかないから自由度が一番高い。ライフラインは生きてるし仮眠室っぽいのとか応接室っぽい部屋もある」

『高物件だね。他に拠点は?』

「今言ったところの近くとか、山中や人気の少ないとこにちょこちょこ管理人室みたいなのがあるけど、こんな感じの狭いとこばっかだから大人数とか長居には向かない」

『おっけー』

思った以上に転々と、しっかりとした拠点を持ってることに感心しながらそうしたらと次の戦力の項目に移る。

『今弔と一緒にいてくれる人間はここにいる人たちで全員?』

「ああ」

『ひとりひとりの力は把握してる?』

「……大体」

ペンを渡せば先に書いておいた全員の名前の下に個性の名前と大まかな特徴を書いてくれる。ざっくりと個性の把握できたところでペンを返そうとしてきたから押し返した。

『ひとりひとりの傾向と、どんなふうに貢献してくれそうなのかもほしい』

「傾向と貢献…」

『あるいは目的とかね。同じ組織にいても見てる方向が違うと動き方と動かし方も変わってくる』

「………まだあまりわからないとこもあるが…」

悩みながらまずはスピナーのところにステイン傾倒と書かれて、正しいヒーロー社会を目指していてステインの教えを忠実に達成しようとしてる。仲間意識は割と高いけど貢献度は不明。ステイン基準に行動する。人は殺せると思うとざっくりまとめられた。

『うん、そんな感じで平気。他の人の分もわかる限り書いて』

「…ん」

ボールペンがゆっくり、考えながら線を引いていく。書きやすいところから書いてるのかスピナーの次に黒霧さんをさっさと書いて、マグネ、トゥワイスも埋める。荼毘とトガヒミコのところで視線を上げた。

「イカレ女子高校生」

「ひどいっ私イカれてないよっ」

「世界が生きづらいから嫌い。こいつは人をがんがん殺せるきちがい」

「そうなんです。生きづらいです、苦しいです。だから私は弔くんと同じでこの世界を壊したいですっ!一緒にがんばりましょうね、弔くん!」

噛み合ってるんだから噛み合ってないんだか、会話してるようでしてない二人と言葉の内容に苦笑いを浮かべる。

『仲良くしてあげてね、トガさん』

「トガさんって響きが可愛くないのでヒミコって呼んでください」

『え?えーと、じゃあヒミコちゃんで』

「はいっ!下の名前で呼びあって、私達仲良し!もうお友達ですね?これからよろしくお願いします、出留くん!」

『あー、うん』

お友達認定に表情が引きつる。弔は気にしてないのか悩みながら最後の枠も埋めて、ペンを渡してきた。

目的の部分が若干あやふやなのはコンプレスと荼毘の項目。人を殺められるかどうかの部分はコンプレスとトゥワイスが微妙らしく、全体的に表寄りの印象を受けるコンプレスとトゥワイスの性質に、それに伴ってか仲間意識の強さもトゥワイスが際立ってるように感じられる。

『即戦力って感じだけど…ちょっと難しいね』

「どこが難しいんだ?」

『まぁ力がある人の方がもちろん理想実現に向けてばんばん動いてほしいんだけど、目標がわからないのって気になる』

「荼毘か」

『うん。最初のうちはいいかもしれないけど、いざってときにどんな行動を取るのか読めないし、もし弔の理想のゴール地点が相手と一致してなかったら、離反で済めばいいけど対立するのは困るでしょ?』

「んん…」

「あ、それなら荼毘をお友達にしたらいいんじゃないですか?」

閃いたとでも言いたげに目を輝かせるヒミコちゃんに弔が首を傾げ、俺も目を合わせる。

『どうしたら友達になってくれると思う?』

「えっと、私はたくさんお互いの好きを共有したら友達になれると思います」

『好き?』

「はいっ!トガは血がとっても好きです!だから好きな人が血まみれなのはもっと好き!荼毘が血まみれだったらトガはお友達になりたいです!」

「ほらな?イカれ女子高校生だろ?」

『ちょっとわかったかもしれない』

弔と顔を合わせて苦笑いをすればまたヒミコちゃんがイカれてないと頬を膨らます。軽く謝って宥めて、それからもう一度紙を見た。

『ま、結局この辺はおいおいかなぁ。まだ付き合った期間も浅いしお互いに全部伝える必要もないと思う。様子見て、行動の変更はリーダーの弔が決めていくべきだと思うよ』

「…………そうか」

難しい顔で頷いた弔にヒミコちゃんが応援しますと声をかけて、二人の様子を眺める。子供っぽいけどどんどん成長して悪の道を突っ走っていく弔と相応に色々破綻してるヒミコちゃんはそれなりに相性が良さそうだ。

あとはここに面倒みが良さそうなトゥワイスとマグネが入ればしっかりものの黒霧さんもいるし一応の組織としては活動できるだろう。

気になるのは目的のイマイチ読めない荼毘とコンプレス。まぁコンプレスに関しては純粋に世直しをしたいみたいなことを言っていたらしいし、仲間意識っぽいものが強そうと弔も感じているようだから問題はないだろう。

最大の懸念は十分な力を持ってるのにまったく掴めない荼毘。彼は本当に弔を将として据えて行動しているのか、世界を壊すというゴールが一緒なのかが引っかかる。

「出留」

くいっと引かれた洋服に視線を移す。弔がじっと見つめてきてたから首を傾げた。

『なぁに?』

「…俺に出来ると思うか?」

急に不安にでもなったのか眉根を寄せて服を強く握る。隣で見守ってたヒミコちゃんも視線を揺らしてこっちを見てくるから表情を緩めた。

『それ、俺になんて答えてほしいの?』

「…………わからん」

『じゃあノーコメント』

「どうしてですか?」

『俺が出来るって言ったら出来て、出来ないって言ったらできないの?』

「……んや、出留になんて言われても俺は全部壊す」

『答えが出てんなら俺の意見いらないでしょ』

「それもそうだな」

弔の口元が緩んで笑みを浮かべる。ヒミコちゃんが目を輝かせて俺たちの服を掴んだ。

「仲良し!すっごくお友達って感じですね!」

「当たり前だろ。俺と出留だぞ」

自慢気に鼻を鳴らす弔にそんなに仲が良さそうに見えるのかと目を瞬く。至って普通のやり取りしかしていないのになと目を逸らせばその先で黒いものが揺れた。

「っ、いたた…まったく、酷い目に遭いました…」

『あ、黒霧さん』

「黒霧、遅いぞ」

「申し訳ございません。ここは…一体あの後どうなったんですか?」

胸や腹のあたりを抑えて怪我の状況を確認した後にこちらに問いかける。近寄って二歩分離れたところで足を止めると俺達と手元の紙に視線を落とした。

「オールマイトたちが突っ込んできて、先生が助けてくれた。でも先生が捕まって、俺達しかいない」

「え、あの方が……そうですか」

驚いたように靄が大きく揺れた後落ち着く。ふわふわとした靄で表情が相変わらず読めないその人は少しの間をおいて片膝を立てて腰を下げると紙に手を乗せた。

「こちらは?」

「出留とこれからどうするか考えてた」

「!」

「わっ!」

ぶわっと靄が膨らんでヒミコちゃんが驚いたらしく声を上げる。失礼と断って萎んだ靄はまだ揺らいでいて紙の上にあった手が俺の肩に乗せられた。

「ありがとうございます、出留さん」

『特に礼を言われるようなことはしてませんよ?あくまでも俺は友達の相談に乗っただけですし』

「はい、承知しています。けれどそれがとても私達の助けになります」

『はあ』

英文の和訳みたいな日本語に気の抜けた返事をする。

「っいってぇ…」

聞こえてきた声と布の擦れる音。気絶させられた方法とタイミングが同じだったからか次々と目を覚ましていく周りにヒミコちゃんは嬉しそうに笑って、黒霧さんも立ち上がる。

「出留」

『ん?』

くっともう一度引かれた洋服を見る。俺の服をつまんでる手には手袋がはめられていて、よく考えれば弔はあの場面で参戦したくても個性が使えなくてできなかったのかと思い至った。

「俺ともう少し一緒にいてくれるか?」

さっきまでよりも更に不安そうに揺れる瞳は小さい子みたいで、迷子にしか見えない。小さい子を突き放すのはなんとなく心が痛むから頷いた。

『少しだけな』

手を伸ばして髪に触れれば表情が綻んだ。



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