ヒロアカ 第一部


人の気配。ざわめいているようなそんな音がして仕方無しに目を開ける。

眠る前に消したはずの電気がつけられているのか、明るい視界に腕の中ですやすやと眠る弔を目視して、話し声に顔を上げる。

「あ、」

『………おはようございます…?』

「はい!おはようございます!とぉってもよく寝てましたねぇ」

にっこり笑ったのはさっき起きたときにも見た覚えのある二つ結びをお団子にしてる女子高生。覗き込むように俺の上にいる彼女に視界のすべてが持っていかれていて固まる。

一瞬聞こえた短い声は男のものだった気がするけど、気のせいだったのかと目を瞬けば急に伸びてきま手が女子高生の右頬をぐっと押した。

視界から消えた女の子にまた目を瞬いて、次に覗きこんだのは黒色の短髪だった。肌は白めなのに、顎には爛れたように色が変わっていて、瞳はアイスブルー。どこかで見た覚えがある色で不思議だなと思いつつ考えてみるけど全然思い出せない。

じっと見据えられて動かない目線。気まずさに流石に苦笑いを浮かべた。

『…おはようございます、?』

「………ふざけんな。さっさとそいつ起こせ」

随分と不機嫌そうな表情を浮かべ、離れたその人に上半身を起こす。そいつと指されたであろう弔に視線を戻して手を伸ばした。

『おーい。朝らしいぞー』

細い肩を揺さぶって、そうすれば眉根が寄って穏やかな寝顔が歪んだ。小さく呻いて腕の中にまた収まる。三回同じことを繰り返したあたりで息を吐いて、視線を突き刺してきている後ろの人に目を向けた。

『諦めていいですか?』

「弔くーん!起きてくださいー!」

機嫌が更に降下した様子の男性に女子高生は大きな声を出して弔を起こそうと奮迅する。声の大きさに比例するように腕の中へと寄ってくる弔に女子高生はどこか楽しそうに笑って声をかけ続けた。

仲が良いのか、彼らの関係がよくわからない俺には何も言えず眺めていれば頭が鷲摑まれて、首の可動域を無視した動きで捻られる。

「お前、目の色が違くないか」

『……首、痛いんですけど…』

「……………」

覗きこまれたその人の小さな眼光が鋭く、冷えたものに気づく。今まで見てきた敵のなによりもして冷めていて暗い、人殺しの目ってこういつのかなぁなんて思いながら瞬きをしていれば視界の端から何かが素早く伸びてきて、頭を押さえていた力がなくなった。

「危ねえ」

「…………目覚めが悪ぃ」

「弔くん起きました!すごくないですか!?褒めてください!」

『う、うん?すごいなぁ、よくやった。兄ちゃん嬉しいよ…?』

「わーい!」

喜ぶ女子高生に一触即発空気の弔と男性。

置いていかれてる俺は首を傾げる以外になにも出来そうにない。弔は顔を横に振って、あくびを零すと頬杖をついた。

「出留」

『ん?』

「おはよう」

『おはよ…?』

今はそういう空気ではなかった気がする。それでもなぜか嬉しそうな緩んだ空気を纏うから何も言えず、頭を掻く。

膝に何かが乗って、目線を下ろせば喜んでたはずの女子が手をついていて頭を差し出してた。

「いい子いい子してほしいです!」

『君を?』

「はい!」

『俺が?』

「はいっ!お願いします!」

期待に目を輝かせてる。妹って居たらこんな感じなのかなと思いながら促されるままに髪に触れる。

「うへへ、私、とってもいい子!」

『うん、いい子だなー』

結ばれた髪を崩さないように撫でるのは存外難しく、三秒も撫でたところで女子が目の前から消えた。

「どいつもこいつも遊んでんじゃねぇぞ」

右腕で女子の制服の襟元を握ったその人は酷く機嫌が悪く、俺の隣にいた弔が仕方なさそうにベッドから降りる。

「朝飯持ってくる。待ってろ」

『りょーかーい』

「また後でお話しましょうねっ!」

にこにことした女子と弔に手を振ればじゃらりとまた耳障りな音がして、扉が閉まる。

さっきまでの騒音が嘘のように静かになった室内に手を下ろせば、鎖は音を立てて布に落ちた。

『…………信じられねぇわ』

起こしてた上半身を後ろに倒して、またベッドに戻る。天井を睨みつけてから左腕を持ち上げて目を隠すように乗せ、訪れた暗闇に息を吐いた。

穏やかな寝顔を披露した弔に、褒めてほしいとあどけなく笑う女子高生。ここが敵の拠点だなんて言われなければ誰がそう思うだろう。

勝己さえ囚われているのを知らなければ、きっと俺は彼らにある程度まで気を許しただろうし、少しくらいなら仲良くしてもいいかなとか思ったはずだ。

『………あ、でも、』

全員、目の奥が暗闇しかなくて、笑みが貼り付けられている空間はちょっと気味が悪い。

がちゃりと扉が開いた音がして、続けて足音が近づいてくる。目の上に乗せてた腕を退かすと同時に先ほどと同じように体を起こせば弔がいて隣に座った。

「ん」

『ありがとう』

さっき言っていた朝飯にあたるのか、渡されたのはコンビニでも売ってるようなサンドイッチで隣も同じものを開けてる。俺も倣って封を切り、口に運ぶ。

野菜の多めらしいサンドイッチは咀嚼するたびにしゃくしゃくと音がして、無言で二人並んでサンドイッチを食べてる絵面は傍目から見たら多分シュールだ。

俺よりも早く、パッケージにつめられていた二つ分のサンドイッチを食した隣人はゴミを横に置くと俺を見据える。俺も最後の一口を放り込んで手を空にした。

「どうしたらわかんだろうな」

咀嚼して飲み込んで、息を吸う。

『なにが?』

「………なんでもない」

何故か寂しそうに肩を落とす。何を言いかけたのか、手を伸ばして頬に添え、こちらに向ける。

目があった弔に笑う。

『あげたリップちゃんと塗ってる?』

「……たまに」

『しっかり塗ったほうがいいって。痛くない?』

「気にしなければ別に…」

『持ってる?』

「ん」

ポケットからすんなり出てきたのは渡したままの薬用リップで、キャップを開け芯を少し出す。手招けば察したのか顔を上げたまま止まって、目をつむった。

別に目を閉じずとも塗ることは可能だけどまぁいいかと左手を頬に添えてリップで唇をなぞる。どうしたらこうなるのかわからないほどに乾燥してる唇に多めにリップを塗りこんで、芯を離せば瞼が上がった。

近距離で映る弔の目は美しい赤色は、系統は同じはずなのに勝己とは光り方が違う。

「塗れたか?」

『たぶん。どう?』

「……やっぱ違和感がすげぇ」

『慣れないとそうかもな』

眉根を寄せた彼に苦笑いを返して、扉が開く音に顔を上げる。扉の向こう側から顔を覗かせていたのは見た覚えがない人で、緑色の肌と鱗は爬虫類に似てる。

顔につけられた白色の、鉢巻のようなバンダナから唯一開いてる目元がぎょろりとこちらを見て、見開かれた。

「お前らでデキてんのかよ?!!」

「は?」

「無理無理!!もう!誰か声掛け役替わってくれ!!」

叫んだと思うと大きな音を立てて扉をしめていく。弔でさえ目を丸くしていて完璧に誤解されているらしいこの空気感に何も言えない。

次に慌ただしく近寄ってきた足音が大きな音を立てて扉を開け放った。

「いちゃいちゃチュッチュっしてるってホント〜!?」

「死柄木弔!不純交友は許しませんよ!?」

グラサンをかけた男と黒靄さん。

目を瞬く俺に弔はわかりやすく息を吐いて、手を下ろせばフリーになるなり首を横に振る。

「アホしかいねぇのか」

『………愉快な友達だね?』

「ふざけんな」

むっとしたから笑って背を撫でる。仕方なさそうに立ち上がった弔は二人を追い出しながら部屋の外に向かった。

「後でもう一回来るから時間つぶしてろ」

『んー』

あっさり閉まった扉に時間を潰せって言われてもびっくりするくらい何もない部屋で何をしろっていうのか。

さっきと同じようにまた後ろに倒れて、今度はそのまま目を閉じた。






「よく寝るガキだな」

嘲笑混じりの声に目を開ける。光と一緒に視界に飛び込んできたのは朝一に見た継ぎ接ぎのある人間で、目が合った。

じっと逸らされず見据えられて表情が引きつる。

『………近くない…ですかね…?』

「お前のその目、どうなってんだ?」

俺の言葉を無視して伸びてきた手が俺の右目近くに触れ、指先が瞼を持ち上げる。

「個性か?」

『そんなかんじです』

「目の色が変わる個性…?あの息苦しくなったのがお前の個性だろう」

『あー、いや~』

「この期に及んで言い逃れは厳しいだろ」

『俺、無個性で申請してるんで…』

「へー…」

瞼を押さえてた手がようやく離れる。ドライアイな訳ではないけど流石に乾燥したのか、閉じた拍子に右目から涙が流れた。

「あ」

『あ』

「荼毘が人質泣かした~!」

「ああ?」

聞こえてきた茶化すような声。白と黒のフルフェイスマスクをつけた人間が扉の横のところに立っていたらしく、即座に扉は大きな音を立てて開いた。

「は?礼儀知らずてめぇ、出留に何しやがった」

「おお!早っ!?死柄木きもっ!愛のなせる技か!?流石死柄木だな!かっけえ!!」

相反する言葉を叫ぶそれに俺が白けた目を向けてしまったのに気づいたのか、目の前の継ぎ接ぎは俺から離れた。

「おい、荼毘」

「なんもしてねぇよ」

今にも喧嘩を始めそうな二人に合間で笑うフルフェイスマスク。めんどくさい空気に息を吐いて両手を上げた。

『あ~、うん。ほんとなんもされてない。なんもない。大丈夫大丈夫。俺ちょー元気〜』

「…ほんとか」

訝しげに、低い声で問いかけられたから頷く。

『ほんと。強いて言うならこの部屋何もなさすぎて寝るしかなくてほんと暇で退屈ってくらいかな』

「………そうか」

ようやく警戒を解いた弔に肩の力を抜く。茶化し倒してた拡声器のフルフェイスマスクはけらけらと笑って怒ってを繰り返していて、何がしたいかわからない。

弔は荼毘と呼ばれてた継ぎ接ぎの男と入れ替わるように俺の前に立った。

「出留、腕と足を出せ」

『ん』

枷に触れたと思うとそれから伸びていた鎖が外れる。じゃらりと音を立てて落ちた鎖。枷がついたままなのは多少気になるものの、動くたびにしていた耳障りな音がなくなっただけマシになった。

「外しちまうのか」

「出留なら逃げたりしない」

「随分と信頼してるんだな」

こちらを見てきたその人に苦笑いを返せばさっさと部屋を出ていってしまう。

弔の手が伸びて、右手が繋がれる。触れ合ったのが肌ではないことに目を落とせばいつだかにあげた手袋がはめられてた。

『使ってくれてたの?』

「たまに」

リップ、マフラー、コートは無理やり着せた物だから継続して使っているかは謎だったけど、プレゼントとして渡した手袋が使用されている姿を見るのはとても嬉しい。

繋いだ手を握り返せば腕をひかれて、立ち上がった。

「……出留、顔合わせをさせるから来い」

『俺を?』

「ああ」

『まじか』

目を瞬いてる俺に気づいてないのか躊躇いなく扉が開けられる。

先に出てたらしい二人と、さっき見た覚えがある緑のトカゲっぽい人、サングラスをかけた男性に女子高生。初めて見る仮面にシルクハットの人間。フルフェイスマスク以外にも顔を隠してる人間がいるとか怪しすぎる。

「荼毘、Mr.コンプレス、トガヒミコ、マグネ、トゥワイス、スピナー…以上」

『あー…うん、…ちょっと覚えられる気がしないなぁ…』

「今すぐ覚える必要はない」

「ゆっくり覚えてくださいね」

紹介するだけしておいてあっさりと投げた弔に黒霧さんも笑って流す。俺の手を引き、そのまま足を進めて止まった。手が離されて弔は近くの椅子に座る。

「出留」

部屋の中心地で相変わらず縛られてる勝己は目が合うなりほっとしたように息を吐いて、俺も息を吐いて近寄った。

『勝己、無事そうで良かった』

「てめぇ随分と高待遇じゃねぇか、ああ?」

『日頃の行いかなぁ?』

「ああ!?」

わかりやすく声を荒げ怒った勝己に手を伸ばして髪に触れる。柔らかな髪は記憶と違いなくて、不意に勝己の眉根が寄った。

「出留、その腕の」

『ん?…ああ、なんにもないよ。勝己のそれよりは絶対軽くて楽だし』

「馬鹿にしてんのか!」

『してないよ~』

喋ると勝己の機嫌が降下していくから笑っておくことにする。

バーのような造りの部屋の中、ほぼ真ん中に近い場所に勝己が縛られた椅子は置かれていて視線は自然に集まってた。

弔は俺達のやり取りを気にしてないのかどこからか大きな手のひらを取り出して顔につける。勝己が手だらけ野郎と言ってたのはあれかと一人で納得して、俺の考えてることを知るわけもない弔はリモコンを取って操作する。

音と光を放つテレビはニュースを写しているらしく、どのチャンネルも雄英の失態報告ばかりを真摯に、時に煽るように報道していた。

「誘拐された爆豪勝己くんの居場所は依然としてわからず、警察とヒーローは所在の特定に動いています」

『あ、勝己の写真出てるよ』

「…やっぱ馬鹿にしてんのか?」

『してない、してない』

「また、同日には同じく雄英の普通科に通っている緑谷出留くんが外出先にて姿を消し、その後の行方がわかっておりません。目撃者の話では黒い霧に引きずり込まれたと複数証言があり、敵連合との関わりを__…」

テレビに映る俺の入学時の証明写真。それからすぐに飯を食べに行ってたファミレス前にキープアウトのテープが張られ隔離されている画面に切り替わっていて、じとりと隣から目が向けられた。

「………お前も拉致られたんか」

『あははっ、俺の写真出てんだけど!まじ笑えんね!』

「笑ってんなや」

唯一拘束のない足で蹴られて笑いを止める。

『俺ってやっぱ拉致されたことになってんだな』

「急に消えたことになってたらそうなるわ」

ニュースでは俺がヒーロー科A組に通っている人間の兄弟だから、無個性だから、体育祭でアンチを集めたからと色んな言葉をこぼしていて、情報管理の甘さに苦笑いを浮かべる。続く考察混じりのコメントは全くの見当外れで見ていて面白い。

ある程度流されたニュースに隣の勝己の視線がどんどん鋭くなっていくから話を変えるため言葉を発した。

『せめて連絡する時間くれればここまで大騒ぎにならなかったのに…』

「……連絡してから来るのかよ。お前、今の自分がどういう状況かわかってんのか?」

呆れたような声に弔から視線を移して、荼毘というその人を見据えた。

『もちろん。勝己は勧誘。俺は人質。立ち位置的には俺のほうが下です。……まぁ…よくわかんないうちにこんな感じになってるんですけどね?』

「…………これが類は友を呼ぶってやつか…死柄木に似合ったキチガイじゃねぇか」

何故ひかれてるのか、どこが駄目だったのか意味がわからない。

勝己がため息をついたのと同じタイミングでぴっぴっとボタンが押されることで切り替わっていた画面が止まる。雄英の記者会見と右上にテロップが出てた。

映るのはうちの学校の教師で、A組B組の担任の両方と校長が映ってる。バッシング目的なのか威圧的な記者陣に詰問される雄英教師たち。特に相澤先生は今回拉致されてる勝己の担任だからか集中砲火を受けていた。

「不思議なもんだよなぁ…何故ヒーローが責められてる?誰にだってミスの一つや二つある」

弔はにんまりと笑ったと思うと、テレビからこちらに体の向きを変えた。

「俺達の戦いは“問い”。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのかひとりひとりに考えてもらう」

こちらを見た弔と目があって首を傾げる。大きな手のひらのせいで顔が半分以上隠れてるせいで表情も意図も正確に読み取れない。

「俺達は勝つつもりだ。君も、勝つのは好きだろ」

「……………」

「…荼毘、そいつの拘束外せ」

「はぁ?暴れるぞ、コイツ?」

「出留の言うとおり、俺たちはそこの爆豪勝己にはスカウトするためにここに来てもらったんだ。…対等に話さないといけなきゃな。それに、この状況で暴れて勝てるかどうかわからないような男じゃないだろ?」

命令に従うようなたまでもなく、荼毘とやらにわかりやすく厄介事を押し付けられたトゥワイスというフルフェイスマスクはこちらに寄ってきて、拘束具に手を伸ばす。自然な動きで勝己が俺を見たから巻き込まれないように三歩離れた。

弔が勝己を勧誘するために言葉を並べる。腰を上げ少しずつ近づいてくる弔。話し終える頃に重い音を立てて、拘束具が落ち、勝己が床を蹴った。

右手を伸ばして、爆発音が響く。反動を利用して即座に俺の隣に立った勝己は歯を見せて笑った。

「黙って聞いてりゃダラッダラよ…バカは要約できねぇから話が長え!要は“嫌がらせしてぇから仲間になってください”だろ?!」

「死柄木…!」

「無駄だよ、俺は、オールマイトが勝つ姿に憧れた。誰が何言ってこようが曲がらねぇ!」

「お父さん…」

笑う勝己に呆然としてる弔、トゥワイスや黒霧さんが心配そうに慌てる。

「誰よりも“トップヒーロー”を追い求めもがいている、あれを見て。“隙“と捉えたのなら敵は浅はかであると私は考えております」

不意にテレビから聞こえてきた強い声に勝己は鼻を鳴らしてついでに両手も威嚇するように小さく爆破させて音を出した。

「そういうこったカス連合!誰がお前らなんかと一緒に行くかよ!出留も連れて帰ったるわ!!言っとくが俺はまだ戦闘許可解けてねぇぞ!!」

『あははっ。勝己ならそう言うと思ったわ。……けど…あー、弔、大丈夫?』

爆破にそんな威力はなかったように思える。その証拠に先程いた場所からふらつきもせず立っている。そのはずなのに弔は何故かぴくりとも動かない。

ばちばちと音を立てて戦闘態勢に入ってる勝己の横に立って空気を見守る。弔ではなく、周りが身構えた。

「自分の立場よくわかってるわね!小賢しい子!」

「いや、馬鹿だろ」

「刺しましょう!」

「その気がねぇなら大人しくフリだけでもしとけばいいものを…」

「したくねーもんは嘘でもしねぇんだよ俺は!」

誘発され戦闘モードの周りに勝己が警戒心を強める。

そんな中でゆらりと弔が動いた。

「父さん…」

「いけません死柄木弔!落ち着いて、」

「っ…」

ぶわりと殺気が肌を撫でて、制止しようとした黒霧さんも勝己も固まる。

弔は黙って爆風に巻き込まれて落ちてしまっていた大きな手のひらを拾うと丁寧に顔につけ直した。

妙な感覚に俺も言葉を発せなくて、誰もが弔の言動を見守る。手のひらをセットし直した弔は周りを制すように右手を伸ばす。

「手ぇ出すなよ、こいつは…大切なコマだ」

まだ諦めていないらしい弔はテレビでも黒霧さんでもなく、もう一つの小さな画面の向こうを見据える。

「先生、手を貸せ」

「……良い判断だよ、死柄木弔」

命令にも近い問いかけに答えたのは聞いたことのない低い声だった。

独特の重厚感にぞわりと背筋に嫌な感覚が走る。勝己は警戒を怠らずに口を開く。

「先生ぇ…?てめぇがボスじゃねぇのかよ、白けんな…!!」

「黒霧、コンプレス、また眠らせとけ」

「はい」

「ここまで話を聞かないと感心するねぇ」

近寄ってくる仮面。意味有りげな表情に勝己も身構えたから、俺も勝己だけでも逃がすため個性発動させようと身構える。

『かつ、』

勝己の体が強張った瞬間に音が鳴った。インターホンのそれはひどく場に不釣り合いで、全員が目を見開く。

「ピザーラ神野店です」

やる気のなさそうな、若い男の声が背後からする。配達用のアルバイト店員が発しているであろうその声に空気が固まって、スピナーが足を一歩、引いた。

「スマーシュッ!」

壁が内側に凹み、瓦礫を撒き散らして崩壊する。撃ち抜かれたスピナーはそのままぶっとんでいって、開けられた穴から何か細めのものが入り込んできて全員を拘束した。

『え…』

「ちっ、こんなもん、」

木らしいそれを焼き尽くすために青色の炎が揺らめき、その瞬間に風を切る音が響いて彼の後頭部に思い切りあたる。ヒーローの足が振りぬかれたらしく、強烈な蹴りに荼毘は意識を保つことができなかったようで体から力が抜けたのが見て取れた。

「大人しくしてろ」

風切り音の正体は背の小さな老人で、たしか出久のインターン先のヒーローだったはずだ。

「私が来た!」

「オールマイト…!」

「怖かっただろうによく耐えた…!もう大丈夫だ、少年!」

どんっと音でも出しそうなくらいに華々しく、派手に登場したオールマイトは勝己に笑いかけて、一応ボスにあたる弔を睨みつける。その過程で俺を見つけたらしく目を見開いた。

「君は!、て、え?!」

『あの、なんで俺まで拘束されてるんですかね…?』

「あ、すみません!!」

全く持って格好がつかないヒーローたちだ。俺を縛り上げていた木がのいて、体から楽になる。息を吐いて、勝己の横に立った。

「出留」

『なんかよくわからないけど助かったみたいで良かったな』

ほっとしたのか表情が緩んだ勝己の髪を撫でる。

「なんでいろいろかき回してたのにそっちから来るかなぁ…」

弔の不機嫌そうな声が響く。

「ピザーラ神野店は俺だけじゃないぞ」

さっきのアルバイトだと思っていた声もやはりヒーローだったらしく、紙のようにひらりと扉と壁の継ぎ目から入り込んできたその人は錠を解き、扉を開け放つ。武装した機動隊。そして下には他のプロヒーローが漏れ無く配備されているらしい。

「黒霧!脳無を出せ!」

弔の言う脳無といえば保須で見たあの妙な成りの生物のことだろう。呼ばれたら面倒そうなそれを勝己も見たことがあるのか空気が固くなって、けれどなにも起きなかった。

黒霧さんは困惑の表情を浮かべていて、焦りでいっぱいなその顔で言葉を吐き出す。

「申し訳ありません、死柄木弔。脳無が所定の位置にありません」

「は…?なら、」

「っ、」

「キャーもういやあああ!!見えなかったわ!なに?!殺したの!?」

援軍は呼べないと言った黒霧さんに赤色の線がささって、がくりと力が抜ける。マグネの悲鳴混じりの声に、さっきまでアルバイト役をしていたヒーローは眠らせただけとあっさり告げた。

弔の目がまんまるになって、視線が落ちる。自身も含めて、しっかり拘束されている彼らに打つ手はない。

「お前のボスはどこにいる」

弔に問いかけるヒーローたち。けれど弔はぶつぶつと、誰にも聞き取れないような音量でなにか言葉を発していて、顔を上げた。

「俺はっ!お前が嫌いだ!!」

オールマイトに対してか、言い放ったその時、弔の隣に黒い泥のようなものが浮かんでその向こう側から奇声とともに異形が轟く。

「な!」

「ワープは抑えたんじゃないのか!?」

「気絶してる!こいつじゃない!」

泥の中からなにかが出てくる。水色、薄緑、紺。何を思ってか奇抜な配色の肌をしたそれらは脳無で、丸見えの脳みそと、見えているのかも怪しい焦点の合わない目。それらはヒーローに襲いかかる。

「なんでここに脳無が!!」

オールマイトは近くに現れたそれを叩いて、叫ぶ。

「絶対に離すなよ!」

「はい!!」

小さな老人も続いて近くのそれに蹴りを入れる。脳無を二人で蹴散らし、木の個性のヒーローは今まで通り敵の拘束をすることにしたらしい。

驚いてるのか呆然としてる弔と目が合って、口を開いた瞬間に出たのは音ではなかった。

『かはっ、』

「うぇ、なんだよこれっ!」

「少年!!」

変な臭いがする泥は肌にまとわりついて、目の前が、視界が遮られていく。

隣からも同じように泥に巻き込まれてるのか戸惑う勝己の声がして、振り返って、こちらに伸ばされかけていた勝己の右手に手を伸ばす。

手が触れる直前、目の前が真っ暗になった。




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