ヒロアカ 第一部
勝己とはこまめに訓練をして、出久とは家で仲良く過ごし、三日も空けずに学校で先生と人使と訓練をする。時間を見つけては母と料理したり、光己さんと勝さんと買い物に行ったり、出久と勝己とはプールに行ったし、今度ある町内の夏祭りに行く約束もしてる。
休みをフルに満喫しつつ、なんとか量のあった課題を終わらせ、気づけば夏休みも折り返し。その頃には人使も訓練後にぶっ倒れることはなくなってた。
着実についてる持久力、磨かれてきた格闘技術に、今日だって振られた捕縛帯は早く、壁を蹴って方向を変える。壁に弾かれて返っていった捕縛帯にやばいなぁと目を細める。どこまで逃げるべきか、あまりに逃げすぎるとそれはそれで怪しい気がするけど、まだ早いかもしれない。
テストや試験と違って明確な数値がなく点数は出ないし見極めが難しい。
勝己と出久との組手ついでに基準を作るかと結論を出したところで今日の訓練は終了した。
「お疲れ、十分に休むように」
「お疲れ様でした!」
『お疲れ様でした』
「ああ。………そ、」
先生がなにか言おうとした瞬間に動きを止めてポケットに手を入れる。息を吐いた後に携帯を取り出して揺れてる携帯を見ながら片手を上げた。
「解散だ。また明日」
『はーい』
「明日もお願いします!」
今日も無事追及を回避して二人で更衣室に向かう。着替えて帰る流れはいつもと変わらず、外に出ると空はオレンジ色で疲れた顔をしてる人使にまた明日と手を振って分かれた。
今日明日は連日で訓練の予定で明日も訓練がある。今日は夕食と入浴を済ませたらすぐに寝たほうがいいだろう。
夕食は母が作ってくれてるらしく連絡を取っているうちに別の相手から通知が来る。久々に見た名前にすぐメッセージを確認した。
今日会えないかなんていう内容に少し考えて了承を返す。いつかに待ち合わせたのと同じ裏路地を指定され時間もあの時と同じく遅めの時間。黒霧さんが送ってくれるのか迎えに来るのかは定かじゃないけど移動する可能性も考えながら家に帰った。
自主トレに励み終わったのか家にいた出久に迎えられ、母の用意してくれた夕飯を食べる。出久と入浴を済ませて二人が寝静まった頃に貴重品を持ってこっそりと家を抜け出した。
夏休みゆえか遅めの時間でも人が多い。賑やかすぎる場所は人目につくし、あまりに薄暗い人のいないところは絡まれる可能性があるから程よい道を通り駅の裏にたどり着いた。
路地、壁によりかかるように背を預け屈んでいた人影が立ち上がる。
「よぉ」
『久しぶり。早いね』
「…今日は暇だったからな」
ラフなパーカー姿はいつもと変わらない。黒色のパーカーは深くかぶられていて、闇に溶け込んでる。かぶったフードの下から少しだけ覗く毛先と白い肌だけが浮いてるようだった。
服を払った弔は視線を俺に向けるなり顔ごと逸して歩き始める。勝手に離れていく背中についていった。
裏道を抜けてたどり着いたのはすぐ近くにある公園で、ふらふらと歩いてい弔はベンチに座る。隣をちらりと見たから少し距離を開けて腰掛けた。
梅雨も終わり、夏らしく暖かい夜風に髪が揺らされて、弔が先に息を吐いた。
「なんで何も聞いてこない」
『ん?なんの話?』
「…………この間、お前ら巻き込まれただろ」
『あーね。黒霧さんから返事もらったよ』
「…………………」
眉根を寄せた弔が首元に手をやって、指先が首を掻く。
「…黒霧から聞いたから、俺にはなにも聞かないってことかよ」
『まぁ、特に聞きたいこともないし』
何故か苛ついてるらしい弔に飲み物でも買ってこようかと腰を上げようとして、ガリッと爪が皮膚を掻く音が響いた。
「…………あれが、わざと彼奴を狙ったとしたら?」
『…あ?』
思わず出た声に、向かいの人間の口角が上がる。首を掻いてたはずの右手がおりて俺を見据えた。
「俺が下っ端未満の雑魚を使って排除しようとしてああなったとしたら、どうする?」
『…マジだったら相応の覚悟はしてもらうしかねぇかなぁ』
「ふぅん」
『なぁに?もしかして今のそれ事実とか言う感じ?今までのもただの巻き込み事故じゃなくて、目的がうちの子だったりする?』
「へー…そんな風に怒るんだな」
『まだ怒ってない』
「それでかよ」
誤魔化すように笑われ、唇を結う。自然と手が首元に伸びて、パーカーの襟ぐりに指が触れた。
『…………で?急にそんなこと言い始めてどういう訳?』
「なんも。ただ言ってみただけだ。俺が“本当に”彼奴らを殺すために敵として動いたら…出留はどうすんだ?」
弔の言葉に目を細めて、皮膚を掻こうと引っ掛けていた指を外す。
『どうもこうも…うちの子に手ぇ出したならその時点で俺の敵だ。ぜってぇ赦さねぇし、地獄に落とす』
「…ふーん。俺達の友情ってそんなもんか」
『んなわかりきったことをなんで今更…。俺の宝物を壊すってんなら仕方ねぇよ。俺の宝物を傷つける奴は俺に必要ない。それに、それまでの間は俺達友達だろ?』
「………………」
じっと赤色の目が俺を見てきて笑う。数秒の間をおいて視線が落とされた。
「友達ってなんだ?」
『飯食ったり遊んだりする仲のことじゃね?』
「友達ってそんな簡単に亀裂が走んのか」
『どうだろ。友達レベルによるんじゃない?』
「レベル…まだ俺と出留の友達レベルは低いってことか」
『低くはないと思うけど…』
息を吐いて、ようやく落ち着いた空気に改めて飲み物を用意しようと立ち上がる。何故か同じように立ち上がった弔が俺の袖を掴んだ。
「どこ行くんだ?」
『飲み物買ってくる。何がいい?』
「……おすすめ」
『あー、ここの自販なにあるんだろ。一緒に見に行く?』
「ん」
今日は手袋をしてないため小指と薬指を外した状態で洋服がしっかりと握られる。公園の出入り口に設置されてる自販機にたどり着いて目についた飲み物のボタンを押してカードを翳す。がこんと音を立てて落ちてきた飲み物を二つ取ってラベル側を弔に向けて目線の高さに持ち上げた。
『どっちにする?』
「さっぱりしてる方」
『じゃあこっちのレモンスカッシュがいいんじゃない?』
手のひらから少し出る程度の青色の缶を差し出す。じっと缶を見て顔を上げた弔に、出久にすると同じようにプルタブを立て、炭酸の抜ける音が聞こえてから缶を持たせた。
そっと口をつけて傾ける。俺もカフェオレを傾けて液体を飲み込んだ。
『で?仲間は増えた?』
「…そこそこ」
『ふーん』
「……興味あんのか?」
『んー、弔の友達ってどんな人なのかなって』
「…友達の友達は紹介するもんだよな」
『たぶん?』
「…………わかった」
深く頷いた弔はまたレモンスカッシュに口付けて視線を落とす。俺も目を逸らしてポケットの中の携帯に触れた。
出久と勝己。俺の宝物は善良な子供らしく眠ってるはずで携帯は揺れもしない。宝物は守るべきものだから、出久と勝己を護る俺の行動はおかしくないはずだ。
目の前の弔は俺の数少ない友人であるけど、宝物よりも優先することはできない。それがきっと、正しい兄の姿だろう。
「出留」
伸びてきた手がまた服を引く。目線を戻せばじっとこちらを見ていたようで首を傾げた。
「どうした?」
『あー。弔とまだ友達でいられそうでよかったなぁって』
「………そうだな」
『また遊び行こ』
「ああ」
離れた指先がポケットにしまわれて、そこから携帯を取り出す。画面を眺めた弔はぱちりと瞬きをした。
「友達ってどれぐらい一緒にいるものなんだ?」
『さぁ?居て気まずくなんないならいつまでも一緒にいていいんじゃね?』
「何時間も、何日も?」
『友達と泊まりとかもあるし、有りでしょ』
「そうか」
考え込むように目線を落として唇を結んだ弔に首を傾げる。なにか気になることでもあったのか、俺の言葉を考えてもおかしなところがあったようには思えない。
出久と勝己は友達ではないけど、よく一緒にいるし家に泊まりあったりもする。これは普通の友達でも同じだろう。
きゅっと今日何度目かの服がつままれた感覚。目が合うなり弔はにっこりと笑った。
「出留、一緒にいよう」
『ん?いいよ?』
「そうか…!なら、準備するから待っててくれ」
『おっけー。なに、旅行?』
目が輝いた弔はすでに旅行が楽しみなのか口元が緩んでいて持ってた携帯に指を滑らせる。かつかつと少し伸びてるのか爪が画面を叩く音がして、また出留と俺の名前を呼んだ。
「出留、なにが必要だ?」
『基本は着替えと宿泊施設かなぁ?あとは費用とか…てかどこ行くか決めないと』
ぐいぐいと引かれる袖によしよしと頭を撫でて落ち着かせる。俺の声は届いてるのかは謎で、かつかつと画面を叩いてるなと思えば顔を上げた。
「準備するから今日はもう帰る」
『ん?そうだな、もう遅いし帰ろうか。さっきのところで黒霧さんと待ち合わせ?』
「ああ」
『じゃあそこまで送るよ』
頷いた弔が俺の服を掴む。ゆっくり来た道を戻って、路地裏に入ったタイミングで影が蠢き黒霧さんが現れた。
「お久しぶりです、出留さん」
『こんばんは。お久しぶりです。先日はご連絡ありがとうございました』
「いえいえ。…死柄木弔と仲直りなさったんですね」
『元々喧嘩してませんよ?』
「俺達は友達のままだ」
「おやおや、そうですか」
愉快そうに揺れた靄に不思議に思い目を瞬く。声をかけるよりも早く、手を離した弔がふらふらと黒霧さんの横に歩いていって振り返り、笑う。
「待っててくれ、出留」
『おー。決まったら連絡ちょーだい』
「ああ」
霧の中に消えていった弔に黒霧さんがおそらく笑って、俺に一礼する。
「これからも死柄木弔をどうかよろしくお願いします」
『え?はい。ありがとうございます』
どこか含みのある笑顔に首を傾げかけて頷いた。
ぶわりと一瞬広がったあとに一点に集まるように消えた靄。静まり返った路地裏に息を吐いて歩き始める。
確認した時計ではもう短針が2を超えていて、明日も訓練なことを考えれば早く帰ったほうがいい。
あまり寝不足だといつかのように出久と勝己に怒られてしまうかもしれないし、会話中にボロが出るかもしれない。
時間を自覚したことで出てきた欠伸を噛み殺して目元を擦り、深くフードをかぶり直した。
さっさと家に帰って寝よう。
早足で帰路について家に入る。静まり返った家の中は母さんと出久が眠ってるのを物語っていてそっと自室に向かった。
荷物をおろして携帯を充電器にさす。布団に転がって手足を投げ出して、目をつむった。
真っ暗な中でザーッと砂嵐のような音が響く。また夢かと自覚したところで目の前に白い煙のようなものが現れて、霧ほどに薄くなったところでいきなり手が伸びてきて俺の首を掴んだ。
ぐっと力を込めてくる大きな手のひらに息苦しさを覚えて眉根を寄せる。
「君の答えはそれで正解だったの?」
『答え…?』
「君はお兄ちゃんだろう?兄が弟を危険に晒して、それははたして正しいのかな?本当にそれが最良か?」
『…弔が故意に危険に晒したんじゃないなら俺が口を出すのは筋違いだし、それはただの八つ当たりだ。それこそ兄として正しくない』
「へぇ?随分と聞き分けが良いねぇ?そんなお利口さんで、本当に君は正しく立派な兄になれるのかなぁ?」
更に強くなった力に酸素が足りてないのか頭が白みかけて、ぱっと手が離された。急に取り込んだ空気に思わず噎せて、膝をついて見上げる。
顔のあたりに靄のかかったその姿は俺よりも遥かに背が高くて、顔は見えないはずなのに笑ったのがわかった。
「決して道を間違えてはいけないよ。君はお兄ちゃんなんだから」
『…し、ってる』
「うん、いい返事だ。…ああ、君が素晴らしいお兄ちゃんになってくれる日が待ち遠しいよ」
先ほど俺の首を絞めていた手のひらが頬に伸びて添えられる。歪んだ目元。舌なめずりをしたところで口がゆっくり動く。
「出留くん、早く素敵なお兄ちゃんになってね。そうすればやっと俺は君を、」
カシャンと大きな音がして目を覚ます。何かが落ちたらしいそれに起き上がって、辺りを見れば落としたのか携帯が少し離れたところに落ちてた。
少し荒い息を吐いて落ち着かせてから携帯を取る。壊れずに済んだらしい携帯はなんなく電源が入って、画面には弔からのメッセージの受信履歴だけが残ってた。時間は数分前、受信したときの振動か寝ぼけて取ろうとしたのか定かじゃないけど棚から落ちた音で目が覚めたらしい。
眠ってからまだ一時間も経ってない時刻に息を吐いて、携帯を持ったまま寝転がる。
弔からのメッセージを返して、眠る気になれずそのまま携帯をいじる。意味もなくニュースを閲覧したりしているうちにカーテン越し、窓から陽が差し込みはじめて、流石にまずいかと無理やり目を閉じた。
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