ヒロアカ 第一部


照りつける太陽と至るところから聞こえてくる蝉の鳴き声。開いた扉からは熱気が滑り込んできて、その下に出た出久はうわぁと一度大きく息を吐いてから顔を上げた。 

「兄ちゃん!かっちゃん!行ってきます!」

『気をつけてな。行ってらっしゃい』

「ん」

大きな声に素晴らしく可愛らしい笑顔で出ていった出久を隣の勝己も気怠そうに手を上げて一緒に見送る。

出久の姿が見えなくなるまで手を振って、背中が見えなくなったところで横から洋服を引かれた。

「あちぃ」

『戻ろっか』

扉をしっかり締めて廊下を歩く。来た道を戻って部屋に帰ればエアコンで調節された室内に迎えられた。

さっきまでいたベッドではなくてラグの敷かれてる床に腰を下ろした勝己は片膝を立てて、そこに右手と顎を乗せた。

「こんなクソ暑いのに学校で訓練とか頭おかしいわ」

『でもプールなんだろ?勝己は良かったの?』

「訓練なら一人でもできんわ。わざわざ集まる必要ねぇだろ」

『そこはこう、お互いに励ましたりとかして高め合うとか、そういうやつじゃない?』

「んなもんやりてぇやつだけでやっときゃいいんだよ。興味ねえ人間巻き込んでまでやることじゃねぇ」

『ストイックだなぁ』

隣に座ればちらりと勝己がこちらを見て眉根を寄せる。

「聞かれたか」

『いーや。まだなんも』

「ふーん」

視線を足元に落とした勝己に最近のことを振り返る。先生による人使との夏休み訓練。初日からがっつり詰め込まれた人使がキャパオーバーしてその面倒を見ながら一緒に帰るを毎回続けてる。

時折刺さる、先生からの視線に気づいていなかった訳じゃない。

夏休みスタート直後にあった多発敵テロの一つに巻き込まれた俺達のことは雄英内でも情報共有されたはずだ。あの場にオールマイトが居たことでニュースのものと違う、正しい事実が先生には伝えられてると考えたほうがいい。

個性の追及はされるはずだ。けれどオールマイトは俺との直接の関わりが少ないせいか話しかけてくる可能性は低い。それなら面倒を見てもらっていて接点の多い相澤先生や俺の担任にモーションをかけただろう。

夏休みの間は担任と話す機会は少なくなるから、単純に考えて相澤先生が俺を探ってくると読んでいたけどそのとおりだった。

『当面は人使との訓練に専念してる感じ出して追及される機会を作らないようにするよ』

「それがいいな」

勝己も担任として相澤先生と触れることで今まで居た人間の誰よりも俺たちと相性が悪いことには気づいてる。冷静な思考回路はいざとなれば俺達を追い詰めることだって出来る。勝己と出久はまだしも、隠し事の多い俺にはやり辛い相手だ。

勝己がどこかにわからないところに視線を置いてるから手を伸ばして髪に触れる。

『ごめんな』

「ん」

瞼を下ろしたと思えば手が髪から離された。俺の右手を取った左手を膝の上に乗せて、揺れた肩が俺の肩に触れて寄り添う。

「慣れたわ。出留は出留のやりてぇことしろ。これに関してはデクのことも俺のことも気にすんな」

『………ありがとう』

「けっ」

繋がれた手同士の指を絡ませて目を瞑る。遠くから聞こえる蝉の鳴き声に今年の夏も暑そうだなと快適な室温の中でぼんやりと考えて、ピンポーンという音が空気に混じった。

絡めてた指先がピクリと動いて勝己の瞼が上がる。もう一度響くチャイムの音に勝己は思いっきり眉根を寄せて俺を見た。

『宅配とか?』

「今日は何も来ねぇはずだ。……見てくる」

『行ってらっしゃい』

仕方なさそうに立ち上がって部屋を出ていった勝己にすっかり忘れ去られてたノートを手に取る。

夏休み早々に爆豪家に入り浸っていたのは前日から泊まってるからで、名目は夏休みの宿題を終わらせるためだ。出久と勝己、俺の三人で夏休み開始一週間はどちらかの家に泊まってほとんどの宿題を終わらせる。毎年残りの日数は遊び倒すために存在してる長期休暇ではあるけど、今年は出久も勝己も、一応俺も合宿やら訓練やらがあるせいでそんなに遊べないかもしれない。

今日に至るまでで半分以上埋まってる課題を眺めて、それから賑やかな玄関先に立ち上がる。

怒ってるらしい勝己の声ともう一つ応答してる声。思ったよりも長くかかってる応対にトラブルだろうと部屋を出て玄関に向かえば赤色の髪が見えた。

『あれ?切島くん?』

「え!緑谷さん!?ここ爆豪ん家だよな!?あれ??間違えた!?」

『まさかまさか。合ってるよ。えーっと、どうしたの?』

「爆豪誘いに来ました!」

『ん?』

驚いたり慌てたり笑ったりと賑やかな切島くんは休みの前に挨拶ときと特に変わりないように見える。

事態が飲み込めず扉を閉めようとしてる勝己を見れば勝己は目尻を釣り上げて歯を見せた。

「デクのと同じ用件だわ!!」

『ああ、訓練のお誘いか』

「そっす!!A組みんないるし、爆豪も行こうぜ!!」

「行かねぇ!!!!」

今にもぷつんと血管が切れそうなくらいに怒り散らす勝己に切島くんは明るく爽やかな笑顔を浮かべてる。

出久の話してた感じだと上鳴くんと峰田くん発信の希望者のみ参加で、全員いるような感じではなかったけど、どこかで話が変わったんだろうか。

「夏でもプルスウルトラ!家ん中引き篭もってねぇで一緒に汗流そうぜ!爆豪!」

「あ!??毎日汗流してんわ!!今更てめぇらと汗流す必要なんかねぇ!!」

「ただの訓練じゃねぇよ!プールだせ!?夏といえばプールだろ!なぁー!爆豪ー!!」

「てめぇ訓練とか言っときながら遊び気分じゃねぇかクソ髪!!」

えらくテンポの良い二人の会話に思わず笑えばばっと勝己が振り返って、目を丸くする。ぽかんとしてるその表情がまた珍しくて少し奥の切島くんを見た。

『切島くん、持ち物は水着とタオルで平気?』

「え、はい!そうっす!」

『おっけー。ほら、勝己、用意するから日焼け止め塗っちゃいな』

「ああ!??待てや俺は行かねぇぞ!!」

『せっかく迎えに来てくれたんだから今回くらいいいんじゃない?』

「よかねぇわ!!!」

きゃんきゃん吠えはじめた勝己は扉を押さえるのをやめて俺の隣で騒いでる。玄関に置いてけぼりを食らってる切島くんに視線を移した。

『今用意するから、ちょっとだけ待っててもらえるかな?』

「あざっす!!」

「出留!!!」

『切島くん、こっち。リビングで待っててね。飲み物用意するよ』

「だああああァ!!」

バタバタ手足を動かして怒る勝己の髪を撫でればぴたりと動きが止まる。勝己を部屋に押し込んで、切島くんをリビングに誘導し飲み物を出したところで部屋に戻った。

「んで俺までっ」

文句を言いながらも指定水着に着替え終わったのか、ズボンだけ履いてた。ベッドに座り腕に日焼け止めを塗ってる勝己は不満げに俺を見上げる。

「出留」

『クラスメイトは大切にしたほうがいいからだよ、勝己』

「、俺は…」

『俺と出久はいつでも勝己といられるけど、みんなは違うだろ?ほら、たまには息抜きしておいで、勝己』

塗りかけの日焼け止めを取って後ろに回った。手のひらに出して背中に広げる。勝己は日焼けすると肌が赤くなって風呂が辛いタイプだからしっかりと塗らないといけない。

『筋肉ついたなぁ、勝己』

「…あたりめぇだわ」

『頑張ってんもんなぁ。勝己はどんどん強くなるね』

「……まだ全然足りねぇ。もっと、もっと、俺はいっちゃん強くなる」

『そっか』

塗りそこねてる肘から上の腕の部分や耳の後ろ、首筋にもきっちり日焼け止めを塗りつけて、キャップを閉めた。

『はい、終わり』

「……ん」

『忘れ物はない?』

「ねぇ」

『いい子だな。終わる頃に迎えに行くからみんなで帰ろうね』

「デクは要らねぇ」

『同じ家に帰るのに?』

手のひらに日焼け止めがついてるから髪に触れるのは控えて、後ろから腕を伸ばし抱きしめる。

『行ってらっしゃい』

腕をおろして離れる。ベッドから降りて勝己を見れば依然として不服そうに顔をしかめてた。その顔に笑ってから羽織ろうとしてたであろう黒いシャツを取ろうとして、それから思いついて着ていたシャツを脱ぐ。そのままシャツを羽織らせてボタンを留めてやれば勝己が目を瞬いてた。

「出留?」

『これで寂しくないだろ?』

「、」

丸くなった目元を隠すように俯いた勝己の唇が何かを堪えるようにむにむにと動く。代わりに置いてあった勝己のシャツを羽織って、ボタンを留め終えたところでどんっと背中に衝撃が走った。

『勝己?』

「……花火」

『ん?』

「………花火、買って帰んぞ」

『うん、楽しみだね』

「デクの足元にねずみ花火投げてやんわ」

『それは危ないからだめかな』

「そんぐらい避けられるようになってなきゃ彼奴はヒーローになれねぇ。俺らの事務所でシュレッダー係が関の山だ」

離れた勝己は意地悪く笑っていてすっかり機嫌は直ったらしい。

タオルと替えの下着、それから財布と携帯を入れた鞄を持った勝己は扉を開けてずんずんとリビングに向かいお茶を飲み終えて行儀よく座ってた切島くんが見えるところで足を止めた。

「さっさと行くぞ、クソ髪」

「お!準備できたのか爆豪!」

「ああ」

ぱっと立ち上がった切島くんは横の荷物を持って駆け寄ってくる。玄関に向かう勝己の後ろをついていく姿は忠犬のようで二人を見送るために俺も玄関までついてき、切島くんが首を傾げた。

「あれ、緑谷さんは来ないんすか?」

『なんで俺?』

「流れ的に一緒にプール行くと思ってたから…?」

『あはは、俺は行かないよ。クラス水入らずみんなで楽しんできて?』

「えー、でも」

『勝己をよろしくね、切島くん』

「あ、はい!任せてください!」

「面倒みてんのは俺だわ!!」

靴を履いてた勝己がわかりやすく怒る。明るく笑って流した切島くんも靴を履いて、扉に手をかけた勝己が振り返った。

「五時に終わる」

『じゃあそのぐらいに行くな。気をつけて行ってらっしゃい』

「ん、行ってきます」

『切島くんも気をつけてね。行ってらっしゃい』

「うっす!行ってきます!!お邪魔しました!!」

一度頭を下げてから大きく手を振る切島くんに手を振って返して、二人の姿が見えなくなったところで家に戻る。静かなリビングに戻って、目をつむった。

こうやって二人を見送る機会が多くなることは予想していたけど、いざそうなると少し胸のあたりが苦しい。息を吐いて思考を散らす。

切島くんの使っていたグラスを洗っていれば鍵の開く音がして、高めのただいまの声のあとに軽い足音が近づいてきてリビングに顔を覗かせた。

「もー外ちょーあつい!」

『おつかれさま。おかえりなさい』

「ん!ただいまー!って、あれ?一人?出久くんと勝己は?」

『二人ともクラスメイトに誘われて学校。訓練するらしいよ』

「え、?出留くんは?」

『A組で訓練するっぽかったし俺は行かないよ』

「あら、そうだったの…?」

光己さんが眉根を寄せたから目を逸らして洗い終えたグラスを置く。失敗したかなと弁明のため顔を上げれば笑顔の光己さんが俺の横に立って手を取った。

「そんならアタシの手伝いしてよ!」

『手伝い?』

「そそ!はい、こっちこっち」

引かれるままに後ろをついていく。光己さんの仕事部屋に向かいここと座らされた。目を瞬けばその間に光己さんは部屋を出ていってしまった。

部屋の中には仕事の資料であろう本や紙、ペン。大きめのテーブルの上には液晶ディスプレイが置かれてる。

「おまたせ!」

戻ってきた光己さんの手には飲み物の入ったタンブラーとグラスが二つ乗っててテーブルに置くなりさてとと笑った。

「出留くん、アタシの手伝いしてちょうだい」

『うん。何をすればいいの?』

「今考えてるデザインが決まらなくてねぇ。このままじゃ納期に間に合わないかもしれないからさ」

『デザイン…?俺にできることあるかなぁ』

「ここに原案があります」

ぱっと出されたのは洋服。原案というにはしっかりと繕われてるように見えるそれに光己さんがにんまり笑った。

「やっぱりさ、紙面と実物は違うわけ。…ね?」

にこにこした光己さんにさっきまで胸の中をしめてた苦しみが散って、思わず笑った。

『任せて』

「やりぃ!じゃ!どんどん着て!いっぱいあんのよ!」

後ろに見えた布の山に表情が引きつる。

『勝己と出久迎えに行くから、四時までね…?』

「モーマンタイ!」

親指を立てた光己さんに本当に四時までに終わるのか少し心配になってきた。




「迎えなんて過保護じゃない?」

『買い物も一緒にしてくる。あ、夜に花火しても平気?』

「夏だね!いいじゃん!じゃあ虫よけと…あ、スイカ冷やしとくよ!」

『ほんと?楽しみ』

着倒れって本当にあるんだなと思えるくらい何着も服を着て、光己さんは一枚ずつ写真を撮っては丈や幅を少し直してを繰り返してた。解放されたのは事前にかけておいたアラームが鳴ったからで、まだ少し残ってた布に続きは今度と光己さんが笑ったことでお開きになった。

「行ってらっしゃい!」

『うん、行ってきます』

見送られて家を出る。ポケットから携帯を出して三人のグループに家を出たことを告げた。合わせて母さんにも調子はどうかとメッセージを入れて、それから少し下にあるトーク履歴を開く。

あの日、俺に忠告を送ってきた弔からは返事がない。外に出るなの内容に教えてくれた礼と、知ってたのかと問いかけを入れた。弔の代わりに何故か黒霧さんから帰ってきたメールには知らなかったといえば知らないし、知ってたかと言われれば知ってたなんて謎掛けが返って来て、当人からは音沙汰がない。

内容的に敵が暴れるのは知ってたけど俺達を襲うとは思わかなった、敵に襲われたとき、それに気づいて連絡を取ったとかそんな感じだろう。前回会ったときに弔は仲間のことを話していたからあの敵たちは有志を募り、多すぎたからふるいにかけ、そのオーディションに巻き込まれたといったところか。

巻き込み事故も甚だしいけどそこに弔が俺達を害そうという意志がなかったのなら俺が口を出すことでもない。

電車に乗って、すっかり慣れた駅で降りる。迷うことなくオレンジ色に照らされた道路を歩いていけばちょうど校門の辺りに喧騒が近づいてきてた。

「チョーいいところだったのに!」

「ねー!先生のくるタイミング!」

「あれぜってぇ様子見てて出てきたろ!」

「わざわざそんなことしないと思うけど…」

いくつか聞いたことのある声がするからおそらくA組で、不機嫌そうにだいぶ先頭を歩いてた勝己が顔を上げた。

「あ!緑谷さん!」

『お疲れ様』

「兄ちゃんっ!!!!」

ぱぁっと目を輝かせて飛び込んできた出久を抱きとめる。髪を撫でれば塩素で少しだけ軋んで、隣に勝己が立った。

『お疲れ様、二人とも』

「うん!!」

「ん」

『それじゃあ買い物行こうか』

「花火楽しみだね!」

離れた出久が俺の右手を取る。左側に勝己が並んだ。
 
『光己さんがスイカ切っといてくれるって』

「スイカ!!」

「ババアに言ったんか」

『そりゃあ敷地で火使うんだから許可取らないと』

「…甚平でも用意してんじゃねぇか?」

『あー、それは悪いなぁ』

「ちっとは夏気分味わっとけ」

口の端を上げて笑った勝己は視線を落とすと後ろを見る。出久もつられてそっちを見て、その方向にはA組の子たちが目を丸くしてた。

「みんなお疲れ様!今日は誘ってくれてありがとう!」

「二度と巻き込むんじゃねぇ」

『またそんなこと言って。楽しかっただろ?』

「訓練に楽しいとかねぇわ!大体直前に言ってこられても準備できねぇだろうが!!」

「待たせちゃうのも悪いもんね!」

笑った出久に勝己が鼻を鳴らして、切島くんを見る。

切島くんはにかっと笑うと手を振った。

「全然待ってねぇし気にすんな!今日はありがとな!爆豪!楽しかったぜ!」

「けっ」

「じゃあまた!林間合宿で!」

「おう!」

「ばいばーい!」

出久は大きく手を振って挨拶を交わすと横に戻ってしっかり手をつなぎ直した。

「兄ちゃん!買い物行こ!」

『そうだなぁ』

「ねずみ花火」

「まって!?それ絶対僕に投げる気でしょ!」

『危ないことすると光己さんにも怒られるよ?』

「ちっ」

舌打ちが出たことで勝己が諦めたことを察して出久が息を吐く。二人の行動に笑ってれば勝己が先に顔を上げた。

「今日は何してたんだ?」

『光己さんの手伝い』

「あ?ババアの?」

「どんな手伝いしてたの?」 

『マネキンしてたよ』

「え!兄ちゃんいろんな服着たってこと!?写真は!?」

『資料用に光己さんが撮ってたけど…』

「そっか!!」

何故か嬉しそうな出久に首を傾げる。まぁうちの子がかわいいならいいかと話を流して、ディスカウントストアに向かう。チェーン店のそこはある程度のものが揃っていて季節のコーナーに行けば予想通り大量の花火がまとめて並んでた。

「おっきいやついっぱいやろ!」

「手持ちが多いやつな」

「あ!これ!十色も変わるって!絶対きれいなやつだよ!!」

「それと、あとそっちのやつ」

「パチパチするやつだ!かっちゃんこれ好きだよね!」

二人で仲良く花火セットを選ぶ姿を一枚撮って、眺めてるうちに決まったのか二人が花火を抱えて近寄ってきた。

「兄ちゃん!」

「出留、決まった」

『じゃあ買ってきちゃうね。二人とも待っててな』

「行くぞ、デク」

「うん!待ってるね!兄ちゃん!」

二人が出入り口に向かう。

こういう屋内のレジが狭いところでは二人にはいつも外で待っててもらってる。レジで人数が多いのは人の迷惑になるし、スーパーなんかでは人が多すぎて逸れる可能性もあるからその予防だ。

選ばれた花火を抱えてレジに向かう。ちらちらと刺さる視線を無視して列に並び、さっさと会計を終えた。

買った花火を袋に入れて、二人と合流するために出入り口に向かう。

「あれって…」

「やっぱそうだよな」

聞こえてくる雑音にやっぱり二人を離しておいて正解だったなと心の中だけで小さく息を吐いて、ガラスの自動扉越し、向こう側に見える金髪と緑髪に足を早めた。

『おまたせ』

「待ってねぇ。一個貸せ」

「おかえりなさい!ありがと!兄ちゃん!」

両手の塞がってる俺の右手から袋を奪った勝己は歩き始める。空いた右手に出久の左手が重なった。どうやら反対側は勝己と繋いだようで真ん中の出久は満足そうに笑ってる。

「今日は楽しいがいっぱいだね!かっちゃん!」

「あ?全然楽しくなかったわ」

『どんな訓練したの?』

「最初は普通に体力強化って感じだったんだけど、かっちゃんが来てから誰が一番早く泳げるか競争したんだ!」

『へぇ、それは楽しそうだ』

「グループ分けして、勝ち抜けにしたんだけどかっちゃんと轟くんと僕が決勝になってね!ちょうど決勝戦始めようとした瞬間時間切れでプール使えなくなっちゃったんだ」

『ああ、それで不完全燃焼ってことか』

「次はぜってぇ決着つけるし、一番は俺だ」

『次が楽しみだね?』

「かっちゃんなんだかんだ言って次に肯定的だよね」

「右手爆破されてぇのか」

「ひぇ…」

「ちっ。やっぱねずみ花火買っとくべきだったわ」

勝己の地雷を踏まないよう出久が曖昧に笑って濁す。二人の様子を眺めていれば不意に出久が顔を上げた。

「兄ちゃん?」

『ん?どうした?』

「えっと…あ、ううん!なんでもない!」

『ん??』

不思議で、どこか心配そうな目をしてた出久が直ぐに顔色を変えて首を横に振る。あまりに不自然な様子に口を開こうとしたところで勝己がこちらを見た。

「ババアに連絡したんか」

『あ、うん、さっき店出る前に』

「なら帰ったらさっさと風呂入って飯食わねぇと花火する時間なくなるな」

『そうだね』

「急いで帰らないと!」

「転けんぞ」

「そこまでお決まりのことはしないよ!」

わかりやすく頬を膨らませる出久に笑って三人で歩く。二十分ちょっとの道のりを会話しながら進んで、見えた爆豪家の門のところ、帰ってくるタイミングが一緒だったらしい勝さんが顔を上げた。

「おかえりなさい」

「ん、ただいま」

「ただいま!」

『ただいま。お疲れ様、勝さん』

「ふふ、ありがとう。…あれ?何買ってきたの?」

「花火」

「花火かぁ。いいね、夏って感じだ」

「夜やる」

「みんなでやろ!」

「うん。楽しみだね」

穏やかに笑う勝さんが扉を押さえてくれて、中から光己さんが顔を出す。

「おかえり!花火は玄関置いときな!ご飯できるまでにさっさと風呂入って着替えちゃいなさい!」

「わーってんわ」

「はーい!」

言われたとおり持ってた花火を置いて、出久の脱いだ靴を端に置かれた勝己の靴の横に揃える。

二人が勝己の部屋に歩いていくから俺もついていくために顔を上げると、玄関から入ってきた勝さんとキッチン側から歩いてきた光己さんに挟まれた。

「出留くん」

『ん?』

「お疲れ様」

『???』

「ちょっと!いきなり過ぎて驚くでしょ!」

どつかれた勝さんに目を瞬いていれば笑う光己さんに頭をこねくり回される。髪が乱れて視界にかかるくらい混ぜられたところで手が離れた。

『う、ぇっ?』

「よしっ、おっけ!」

「それはそれで驚かせてるんじゃ…?」

苦笑いの勝さんが乱れた髪を視界退かしてくれて、最後にぽんと頭に手を乗せる。

「君はたしかに緑谷さんの子だけど、僕達の息子でもあるから。我慢し過ぎは良くないからね。もっと自由に息をして過ごしておくれ」

『へ、』

「そうそ!その辺は勝己見習って傍若無人に生きなさい!」

『…………、なんでいきなり?』

「今言わないといけない気がして!!」

「親の勘ってやつかな?」

笑う二人になんだか居たたまれなくなって目を逸らす。

母さんとは少し違う、二人の笑顔と言葉は俺を容易く振り回して壁を壊そうとするから昔からちょっと苦手だ。

『……ありがと』

「いーってことよ!引子さんに言いづらいなら、私でも、あんま頼りにならないだろうけど勝さんでもいつでも相談乗るからね!」

「ええ…僕そんなに頼りにならないかなぁ…」

「まずアンタははきはき喋んなさい!」

「うっ…」

『俺は光己さんも勝さんも頼りにしてるよ。いつもありがとう』

「はー!ほんといい子よね!勝己にも見習ってほしいわ!!」

「人の悪口言ってんじゃねぇぞババァ!!」

「誰がババァだ馬鹿息子!!」

いつから居たのか廊下から顔を出して叫ぶ勝己に光己さんも応戦する。ご近所迷惑だからと勝さんが慌てて横を抜けていって二人を止めに行き、代わりにこっちに来た出久が俺の手を取った。

「兄ちゃん」

『どうした?』

「あのね!今日も楽しかったけど、僕兄ちゃんとも一緒にいたいから、だから、今度はみんなでプール行こうね!」

『、』

光己さんと勝さんの言葉といい、出久の表情といい、今日の俺はいろいろと顔に出ていたのかもしれない。

「デク!出留!!さっさと風呂はいんぞ!!」

「あ!今行くよ!」

光己さんに怒られたのか八つ当たりのように叫ぶ勝己に出久が慌てて、俺の手を引く。

「兄ちゃん!行こ!」

『……うん』

いつの間にか俺の分の着替えまで用意してくれていたのか直接風呂場に連れて行かれ、目の前の勝己にバンザイと言われるから腰を落として手を上げれば服を剥がされた。

「兄ちゃん!今日は僕が頭洗うね!」

『…これじゃあどっちが兄ちゃんだかわかんねぇな』

「たまにはいいだろ」

『いいの?』

「「いい!」」

『へへっ、ありがとう』

勢いのいい返事に思わず笑えば二人も笑顔を浮かべて服を脱いでみんなで風呂に入る。

ちらりと見た着替えは甚平で、毎年着てるものだった。程よく糊を効かせてあって柔らかいけど襟元がしっかりしてる。光己さんが用意しておいてくれたであろうそれに目を瞑って、勝己のお湯かけんぞの声に頷いた。


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