ヒロアカ 第一部
「あれ?お兄さんは?」
俺たちが店を出たのとトイレから女子たちが出てくるのはだいたい同じくらいで、トイレから出てきた芦戸が首を傾げた。
外で待ってたはずの爆豪は一人で、爆豪は眉根を寄せる。
「頼まれたモン買いに行った」
「そうなんだ!どこまで行ったの?」
「すぐ終わらせて来るってたから喫茶店集合だ」
「りょーかい!」
手を上げたのは葉隠でパタパタと足音が近づいてくる。いつの間にかいなかった緑谷が視線を動かすと爆豪で止めた。
「かっちゃん、兄ちゃんは?」
「現地集合」
「え、そうなの?わかった」
頷いた緑谷は浮かべたばかりの不安の焦りを混ぜたような表情を消していて、いつもどおりに見える。
「んじゃ、行くか!」
「案内よろしくな!爆豪!緑谷!」
上鳴が二人の背を叩く。爆豪は眉根をよせた後、携帯に触れながら歩きだして、緑谷がこっちだよと先導をする。
エスカレーターに向かってるらしい方向に、そういえばと思いだしたような声が聞こえた。
「デクくん、さっき知り合いの人いたの?」
「え!?あ、うん!!そう!」
何故か挙動不審な緑谷に問いかけた麗日も聞こえていたらしい耳郎も首を傾げて、慌てる緑谷に切島が口を開こうとした瞬間、大きな音が響いた。
硬いものを叩いたようなその音はみんな聞こえていたようで目を丸くして、身構える。
「え!」
「なんだ!?」
「、あっち!」
「あれは…」
上がる土埃。空気の流れにより揺らいだそこは本来壁があったはずで煙の隙間から空の青が見える。壁を突き破り飛び込んできたのは人のようで、咄嗟に駆け寄ろうとして何かが続けて飛び込んできた。
「飛ばしすぎだ!」
「このヒーロークソ弱いんだもん」
一人は大きく口を開らいて声を荒げ、もう一人は最初に壁を突き破ってきた人間を足蹴にする。どちらも洋服に赤い色がついていて、ヒーローと呼ばれたその人は蹴られた衝撃で吹っ飛び反対側の壁にぶつかり傷口から血がはねた。
「きゃー!!」
「敵だ!」
近くにいた人たちの悲鳴。叫びが連鎖しはじめ誰もが逃げるためにこぞって階段やエスカレーターに向かっていく。
遠くなっていく喧騒。一瞬で辺りを支配した緊張感に俺達の誰もが目を逸らさぬよう眉根を寄せて警戒を強めた。
「どうする」
「許可のない人間が個性を使うのは法律違反…」
声を低く、小さくして問い掛ければ緑谷は眉根を寄せて苦しそうに答える。今にも発動しそうだった個性を眉根を寄せて手のひらを握ることで抑える。
爆豪が葉隠に何か指示を出して、葉隠が喧騒から離れた。どこかに隠れてヒーローへの救援を要求しろとかそんな内容だろう。
「いつまでも遊んでねーで、ちゃっちゃと暴れて目的のモン持ってくぞ!」
「んー」
さっきも声を荒げてたほうが司令塔なのか、ヒーロを蹴っ飛ばしてた奴に声をかけるとそいつはゆるい返事をして視線を上げる。
「はぁ。めんどくさ」
首を横に振る様子にもう一人が地団駄を踏んだ。
「見つけ終わったら終わりなんだからやる気持続させろよ!」
「めんどくさいもんはめんどくさい…敵連合入れなくてもいいかなぁ」
「ああ!?さっきあんなに入るって乗り気だったじゃねぇか!」
「そういう気分じゃなくなった」
「ざけんな!この気分屋!」
妙にやかましい敵にもう一人が首をまた横に振って息を吐く。のそりと曲げていた背を伸ばすように体を起こして、それからやる気のない視線がぐるりと辺りを見渡したと思うと俺達を見て止まった。
「いいもん見っけ」
「あ?」
「あれ、持って帰ったら目的のモン探すより早く終わるしうまくいくだろ」
「‥‥ああ、ほんと、いいもん見っけたなぁ」
にたりと笑った二人に途端に背筋に薄ら寒いもんが走って、床を蹴って飛び込んできた敵が緑谷に手を伸ばそうとした瞬間、爆豪が緑谷の肩をひっつかんで壁を爆破し、外に飛び出す。切島が硬化して敵の振りぬかれようとした腕を止めて吹き飛ばされた。
敵は俺達とこの場から消えた二人を見比べるなり、外を見て飛び降りた。
「鬼ごっこ?いいね、楽しそう」
「爆豪!緑谷!」
俺も飛び出して後を追う。
「おいこら勝手に行くな!!」
後ろから追いかけてくるように聞こえるのはもう一人の敵。やはり目的は緑谷、もしくは爆豪だろう。
なぜ二人が追われてるのかはわからないけどあのまま二人を単独で動かすには不安が多く必死に敵の背を追いかける。
どうやらこの敵たちは外から大騒ぎしながらショッピングモール内に飛び込んできたようで外は人が少ない。建物に囲まれるようにして存在する、先程までは人がたくさんいたはずのグリーンスペースには人は見当たらず、慌てて逃げ出したのか物が散乱してた。
緑谷と爆豪はそこに降り立つなり二人して追いかけてきてた敵に対面する。後ろから飛んできたなにかを氷で弾いて、俺も二人の近くに降りた。
「屋外に出て、作戦はあるのか」
「個性無断使用だけでも重罪だっつーのに、器物破損で罪重ねたうえ、人質とられて動きづらくなるよりかマシだろ」
「それに屋外のほうが僕達の個性的にも負担がかかりにくい。相手の個性がわからない以上、僕達の優位になる場所だけでも選ばないと」
「なるほどな」
爆豪の言葉から個性を使う気で、なおかつ、この敵を倒す気なのも察した。緑谷もどこか覚悟しているような目をしていて、唾を飲む。
「これが終わったら三人とも停学だろうな…」
「負けんくれぇなら退学でもなんでも喰らったるわ」
話している最中に向かってきてた敵に爆豪が即座に爆破で迎撃する。
先程から妙にやる気がなかったりと気分屋らしいほうの敵は舌打ちを溢して体をひねり、爆破を避けながら後ろに飛ぶ。もう一人の敵が屈んで手のひらを地面につけたと思うと地が揺れた。
地面が盛り上がり、なにか手のような形をしたと思うとそれは俺達に向かってきて足を叩きつけて、咄嗟に凍らせる。ぴしりと音を立てて氷を破った土に俺達は即座にその場から散った。
「敵は二人、身体強化系の個性と遠隔操作系の個性。遠隔操作に関しては触れることかな…かっちゃん」
「半分野郎はあっちだ。舐めプしたらぶっ飛ばすからな」
「流石にしねぇよ」
「僕は随時援護するね」
「邪魔だけはすんじゃねぇぞ」
お互いに対象を定めたところで少し距離を取る。俺の個性は周りを巻き込む可能性が高い。その点、爆豪は普段あんなんでも周りがよく見えていて細やかな個性使用ができるし、緑谷もフォローするのがうまい。あっちは変に俺が介入するよりも二人に任せておくべきだろう。
すぐさま地を踏みしめて氷を這わせる。一気に距離を縮めようとして地が揺れたことにより氷が砕けた。
「おいおい、サラブレッドくんの個性は相性ワリィなぁ」
砕けちった氷の隙間、にんまりと笑ってる敵の顔が見える。
サラブレッドと俺を呼んだ敵に顔が割れていることを察する。さっきのいいものを見つけたの発言といい、俺達の素性を知ってるらしい。
ここに来るまでも通行人から視線を感じたりしたし、大方、つい先日全国放送された体育祭のせいだろう。
盛り上がった地面に飛びのけばさっきまで立っていた場所に土が襲ってきて、氷で迎撃するもダメージはなさそうに見える。本体を叩かないと意味がないのに操られた土のせいで近づけず、思わずこぼれた舌打ちに敵は目を細めた。
「お前、なんでそっちにいんだぁ?」
「は?」
「この世の中のモンすべて憎んでますみてぇな目しといて、よくそっちにいんよな」
「何言って…」
「生きてて楽しいのかよ、お前」
にやにやと人を小馬鹿にしたように笑う敵に口角が下がったのを感じる。また揺れ始めた地面に土が襲ってくるのを予知して氷を最大出力でかませばスレスレで現れた土の壁に防がれた。
「轟焦凍ねぇ。俺はよっぽどお前が敵じゃねぇことが不思議だぜ」
土の壁が氷を砕きながら崩れる。
聞こえる爆発音と風を切る音は緑谷と爆豪のはずで、向こうも手こずってるのか援軍は期待できなさそうだった。
「まぁNo.2ヒーローの息子が敵なんてお笑い者だもんなぁ。ありえねぇかぁ?実際のとこどうなんだよ」
また襲ってくる土の腕を壊して、氷を襲わせれば土が邪魔をする。俺も相手も遠距離戦のせいでか決定的な攻撃を入れることもできずじわじわと体力が削られていくのを感じる。
ヒーロー殺し程ではない。でも、USJを襲撃してきた敵よりはよっぽど強い相手に勝ち筋を見つけだせない。
「轟くん!」
聞こえた声にはっとすれば目の前に土の腕が襲ってきていて凍らせて、その瞬間に爆音が響いた。
「っ、」
「かっちゃん!」
突き飛ばされた衝撃に息を詰める。土の腕は凍らせたはずなのに後ろにも生えていて、その腕が俺を突き飛ばした代わりにそこにいた爆豪を叩き飛ばした。
吹き飛んだ爆豪に緑谷が悲鳴のような声で名前を叫んで、咄嗟に地面を蹴り爆豪に手を伸ばす。
「余所見厳禁だぜ」
「っ、」
もう一人の敵が上から振り下ろした腕に緑谷が受け身を取るものの勢いを殺しきれず地面に叩きつけられた。
「爆豪!緑谷!!」
聞こえたのは切島の声でどうやら俺達の援軍をしにきたらしい。
「またガキが増えやがった」
「何だお前煤だらけじゃねぇか。やられすぎだろ」
「遊んでたんだっつーの」
唾を吐いた敵は言われたとおり煤に塗れてて間違いなく爆豪の個性のせいだろう。顔を拭った敵は地面に叩きつけられながらも即座に地を蹴って、ちょうど起き上がった爆豪の横に並んだ。
「かっちゃん、血が」
「うるせぇデク、黙ってろ」
「でも、」
「つーかまだ来ねぇのかよ!」
「うう、それを僕に言われても…」
吹き飛んだときに切ってしまったのか流れてる額の傷からの血を乱雑に拭った爆豪が怒れば緑谷は肩を竦める。
何を待っているのか、おそらくヒーローの到着だろうが確かにここまで騒いでいて援軍のヒーローが来ないのもおかしい。
「ヒーローなら当分こねぇぜ」
「…あ゛?」
「今市内じゃ俺達みてーな敵があっちこっちで暴れてんからなぁ。ヒーロー飽和社会っつっても、間に合わねぇだろうよ」
「ちっ」
「そんな馬鹿な…」
「ガチだぜ!ニュースにもなってる!!いろんなとこで敵が暴れ回ってるらしい!」
上鳴の続報に聞きたくなかったと思いながら息を整える。
「なんで敵が同時に…」
「宝探ししてんからなぁ、制限時間ありの早い者勝ちなんだから形振りかまってらんねぇだろ」
「宝探し…?」
眉根を寄せた俺達に敵は唇を結んで、その両端を上げると腕を構えた。
「おもしろいものを持ってこれたやつの勝ち」
「は?」
「わかる、その顔。俺もなに言ってやがんだ手だらけ野郎と思ったからなぁ」
「手だらけ…?」
「っ、……そうか、さっき言ってたことって……敵連合に入る試験かなんかか」
「だーいせいかーい」
「つーわけで」
大きく揺れた地面、現れた土の腕ともう一人の敵が跳躍して腕を突き出してくるから受け流そうとして、構えるより早く振りぬかれた腕に衝撃が襲ってきて吹き飛ぶ。
「か、はっ」
近くの壁に叩きつけられた衝撃で背が圧迫され、呼吸ができなくなる。地面に顔から落ちて、震える腕で体を起こせば緑谷と爆豪を敵は襲ってた。
「そこの頭おかしいモジャ毛と敵もどきの一位様を連れてきゃ俺達の優勝だろうよ!」
「誰が敵もどきだクソモブが!!」
爆豪の個性で起きた爆破を回避するため敵は身を捩って、その横から緑谷が蹴りを放つと地面を蹴って逃れる。体幹はもちろんのこと、戦闘に慣れているだろうその動きに緑谷も爆豪も眉根を寄せて、俺を退けさせたことでもう一人の敵もあちらの援護に入る。
「緑谷!爆豪!」
「来んな!邪魔だ!」
「言い方ひどくね!?」
走り出そうとした上鳴に爆豪が吠えて、敵の伸ばした腕に捕まりそうになった緑谷の腕をひっつかんで後ろに投げる。
援護しようにもさっき変なところに衝撃が入ったらしく息が整わない俺と、広範囲に無差別攻撃をしてしまう上鳴、硬化するとスピードの落ちる切島じゃあの敵と相性が悪かった。
歯を食いしばって、起き上がろうとしたところで大きく風が吹く。
「もう大丈夫だ!」
現れた靡く金色の髪、それから隆々とした筋肉。見慣れたヒーロースーツじゃないのはきっと今日がオフだったからだろう。
安心させるように歯を見せて笑ったそれに緑谷が目を見開き、上鳴から嬉しそうな声が上がった。
「オールマイト!」
「さぁ、敵共!私の生徒を返してもらおうか!」
敵たちが眉根を寄せて、あからさまに嫌な顔をする。オールマイトが手を伸ばそうとしたところで、敵の一人が笑った。
「ヒーローってのは、遅れてくるもんだよなぁ」
「もうおせぇわ」
「なっ、」
足場が揺れてオールマイトが目を丸くする。敵の一人の個性が発動されて土でできた腕が蠢き、オールマイトの体にまとわりつき始めてた。
「さっさと回収しちまおう」
「がっ」
「かっちゃん!」
ふっとんだ爆豪に目を見開く。緑谷の断末が響いた。
「次はお前だ!」
目を逸らした緑谷に手が伸びて、緑谷が動こうとする前に土の手がオールマイトにしているのと同じように手足を押さえつける。
俺達が個性を使っても間に合うかもわからない。それでもと氷を這わせようとした瞬間、目の前のそいつらはいきなり喉元を掻きむしるように手を動かしながら地面に膝をついた。
「く、っあ」
「ひっ、う」
「ふ、ぁ…え?」
ぼろりと涙をこぼした緑谷は呆然としているからもちろん緑谷がやったわけでもなさそうで、困惑で固まる俺達への説明代わりに足音が近づいてきた。
『これ、なに?』
にっこりと、それはもう美しい笑み。こんな惨状が幻覚なんじゃないかと思うくらいに笑ってるその人は買い物のために別れたはずの緑谷の兄さんだった。
『俺の勝己と出久に、なにやってんの?』
笑顔を崩すことなく歩いて、敵の前で立ち止まる。足元で喉を掻きむしらん勢いで藻掻くそいつらを見下ろした。
「に、ぃちゃん?」
瞳孔をかっぴらいて笑う緑谷さんがこれをやったことは一目瞭然だ。でも体育祭のときに発覚した通り緑谷さんは無個性なのにどうやってこんなことをしているのかわからない。
泣きそうな緑谷の頭を撫でながらにっこりと笑った。
『ほら、泣くな。大丈夫、大丈夫』
いい兄さんの見本みたいな笑顔で優しい声を出す。
足元にもがき苦しんでる敵がいなければきっと、いつだかに上鳴が言っていたように仲良し兄弟だなと感想を抱くだけで済んだだろう。
「ま、待つんだきみ!」
聞こえた声はオールマイトのもので、いつの間にかオールマイトと緑谷にまとわりついてた土の手は消え去ってる。
オールマイトは慌てて近寄って緑谷さんを見た。
「これでは死んでしまう!いますぐやめるんだ!」
『なんで?』
不思議そうに首を傾げた緑谷さんに背筋が冷たくなる。あのオールマイトですら目を見開いて笑顔を一瞬固めてしまってた。
緑谷さんは腕の中にいる緑谷を見てから視線を動かす。
『これさぁ、俺の勝己傷つけた上に可愛い可愛い出久にまで手を出そうとしたんだろ?』
藻掻く力もないのか、四肢が痙攣するその二人を生ごみでも見るような目で見下ろす。
『それってさぁ、存在する価値あんの?』
「は、」
あまりにも熱のない視線と声色。緑谷に見せた笑みが嘘のように消え失せた表情と血みたいな赤色の瞳に背筋に冷たいものが走る。
藻掻いてたはずの敵たちは気づいたら静かになっていて、オールマイトが口を動かす前に爆発音がした。
「ぼさっとしてんなクソデク!」
「っ、」
爆破の勢いで飛んできたのは爆豪で、腕を緑谷さんに伸ばした。
「出留!」
「兄ちゃん!」
はっとした緑谷も同時に叫ぶように緑谷さんを見上げる。
「僕は兄ちゃんが僕たちのために人殺すのなんて嫌だよ!」
「さっさと落ち着け。そいつら殺すのは俺だ」
『…あ?そうだったの?じゃあしょーがないなぁ』
爆豪に腕を掴まれ、緑谷に胸を叩かれて、緑谷さんの瞳の色が変わった。緑谷さんは子供のわがままを聞くみたいに、本当に仕方なさそうな声色で、ゆるい笑みを浮かべる。
個性を解いたのかは藻掻いてた敵がピクリともしないせいでわからなかったが、急にかはっと噎せこんで息を始めたからたぶん解けたんだろう。
「にいいいちゃぁぁん」
『え、どうした?出久なんで泣いてんの?』
安堵からギャン泣きを始めた緑谷の頭を困ったように笑って撫で、顔を上げた先にいた爆豪に顔を顰める。
『血、出てる』
「っせ!かすり傷だ!」
乱雑に頬を拭った爆豪。緑谷さんは二人が手の届く範囲にいることに安堵したように表情を緩めて、頭を撫でられることに緑谷は更に泣いて、爆豪は受け入れていたと思うと急に口を開いてぎゃんぎゃんと騒ぎ出した。
「にぃいいいちゃああああん」
「獲物横取りしやがって!!俺らで全然殺れたわ!!!」
お互いの主張をはいはいと笑って流す緑谷さんに妙な空気が漂って、はっとして敵を見る。敵は微かに息をしているようだけどうつひっくり返ったままで、白目を剥いて倒れてた。
通常運転なのか賑やかな三人に戸惑いながらオールマイトが近づく。
「き、きみは、一体…」
『わ!オールマイト、本物!』
さっきも言葉をかわしてるのに今更初対面のような顔で目を丸くした彼にオールマイトの笑顔がひきつってるのがわかった。
えぐえぐと声をこぼし泣く緑谷を腰にひっつけ、ぎゃんぎゃん騒ぐ爆豪をBGMに彼は微笑む。
『初めまして、雄英高校一年C組の緑谷出留です。弟がいつもお世話になってます』
「み、緑谷少年のお兄さん…」
流石のオールマイトでも許容範囲を超えているのか引き攣った笑顔のままよろしくと返して、すっかりのびてる敵に目をやったあとに眉間に少し皺を寄せた。
「して…君の個性はだいぶ強いようだが、ちとばかりやりすぎではないかね?」
どこか怒ったようにも聞こえる声に彼はへらへらと笑ってやだなぁと首を横に振った。
『俺は無個性ですよ?』
「、嫌々嫌々、それは冗談でも無理があるだろう?」
『生まれてこの方、個性持ちを名乗ったことなんてありませんし、この間の体育祭なんて全国中継で無様に無個性晒してますって』
口の端を引くつかせたオールマイトに緑谷さんは軽薄な笑みを浮かべたまま否定を続ける。
流石に体育祭のことを引き合いに出されればその場面を見てたはずのオールマイトも言葉に詰まって、嗚咽を小さくした緑谷が顔を上げた。
「に、兄ちゃんは…本当に、無個性なんです」
「………」
ぐっと両手を握って鼻と目元の赤い緑谷はそう言って、爆豪は黙って目をそらした。きっと緑谷は嘘を言っていないし、爆豪はなにかを知ってる。
オールマイトが眉根を寄せてなにか言おうとしたところで遠くからサイレンが聞こえてきて、段々と近づいてくるそれに警察の到着を予知してみんなが安堵から息を吐いた。
到着した警察はオールマイトがこの敵を制圧したのだろうと話をまとめてさっさと敵を搬送していった。
俺達も一応警察署に連れて行かれる。巻き込まれた市民として、状況の確認と到着が遅れたことへの謝罪、個性の使用による厳重注意をうけて、その中でも怪我のあった俺と爆豪、緑谷は手当てを受けることになった。
お小言をもらいながら手当てを受けて、部屋を出る。携帯には姉から心配してるというメッセージが来ていて終わったから帰ると返した。
手洗いに寄って、出口を探す。見えた金髪に口を開こうとしたところで近くの扉が開いた。
「あんな人目につくとこで何やってんだぁ?」
『うーん、カっとなっちゃうとダメだね〜』
出てきたのは緑谷さんで、待っていたらしい爆豪は蔑んだ目を向けて息を吐く。緑谷さんは頬を掻くと視線を落とす。
『…流石に、出久に聞かれるかな?』
「さぁな。相手はデクだ。見てないふりも気づかねぇふりも得意だろ」
爆豪は持ってた物を放る。1mちょっとの距離を弧を描いて飛んだそれを難なく緑谷さんはキャッチした。
「やる」
『ん、ありがと』
缶らしいそれは爆豪からの労いだろう。緑谷さんはポケットにしまうと足を進めて、隣に並んだくらいで爆豪も歩き出した。
しばらく足音だけが響いていたけど、不意に爆豪が息を吐いたことで音が増える。
「クリームソーダ食いそこねた」
『また今度行こうな。出久もケーキ食べたがってたし』
「ああ」
仲良く笑う二人は、同時に手をポケットに入れると携帯を取り出す。画面を確認して爆豪は息を吐き、緑谷さんは笑った。
『出久を迎えに行こ』
「なんで先に出て迷子になってんだ。クソデクが」
『可愛いよなぁ』
「手ぇかかりすぎだわ」
怒りを通り越して呆れてるのか、爆豪が吐き捨てれば緑谷さんは笑って爆豪の手を取る。
『行こう、勝己』
「ん」
二人が早足で道を進んでいって、出口に向かってるだろう二人に俺も一定の距離を開けてついていくことにした。
早く家に帰りたい。
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