ヒロアカ 第一部


渡された試験範囲が記されたプリントに出久が首を傾げるから見比べる。

「ヒーロー科と普通科って範囲違う?」

『流石に一緒じゃない?』

「試験問題がちげぇ可能性はあんけどな」

『あー、どうだろうね』

三人で机を囲んで教材を開く。今度はテスト試験対策に役立てるようにと渡された小冊子を並べて見つめる。

試験対策用のプリントはヒーロー科は数学と英語、それから古典の模擬が用意されていて出題範囲の漢字一覧もあった。普通科は数学、英語は一緒なものの後は現国の模擬で若干渡されてるものが違う。

範囲は同じようだけど勝己の言っていた通り問題が違う可能性は大きかった。

『まぁ数学は公式覚えれば後は数字違うだけだし、英語と漢字も覚えるだけだから点数落としやすい現国と古典の読解メインかなぁ。歴史と生物、化学も暗記物だし…あと心配するとしたら物理の計算ミスくらい?有効数字の桁数間違えると答え変わるし』

「うぅん、兄ちゃん…」

『一緒にやるから大丈夫だよ、出久』

「けっ」

視線を落とした出久の髪を撫でれば勝己が息を吐いて視線をそらす。

お互いに同じところをやってもしかたないからいつもと同じように好きな科目を開いてわからないところがあれば答えを出し合ったりしながら説いていく。

ページを進めていくうちにノックが響いて顔を上げた。すぐに立ち上がって扉に向かった出久が戸を開ければ母さんがいて、開いた扉の向こうから食べ物の香りが届いた。

「お昼は?」

「あれ?もうそんな時間?」

『忘れてた。勝己、食べよ』

「すんません、いただきます」

「気にしないでちょうだい」

笑った母さんがリビングへと向かう。続くように出久が部屋を出て勝己と一緒に俺達も部屋を出た。

リビングには母さんが用意してくれたらしいサラダとオムレツも並んでる。カレーも後はよそるだけになってた。腹の虫を鳴らして目を輝かせた出久と勝己が手を洗いに行く。

その間に飲み物とコップを用意して、支度をしてる母さんがいる玄関に向かう。

「出留、母さん出かけてくるからあとはよろしくね?」

『ん。夜飯は?』

「食べてくるから大丈夫!戸締まり気をつけてね?」

『りょーかい。楽しんできてね』

「ありがとう」

「あ!母さんいってらっしゃい!」

「飯ありがとうございます。いってらっしゃい」

『オバさんによろしくね』

「いってきます!」

今日は実家から出てきてる叔母さんと買い物だと楽しみにしてた母さんが家を出ていく。見送ってから出久と勝己とキッチンに向かい、自分の食べたい量を皿に盛って椅子に座った。

「いただきます!」

「いただきます」

二人が挨拶したから俺も続く。スプーンを取って口に運び、出久がぱくぱくと中々のハイペースで皿の上を空にしていった。あまりに早いためか勝己が眉根を寄せる。

「早食いしすぎだろ」

「え?そうかな?」

「よく噛んで食え。そのモジャ頭直んねぇぞ」

「髪質は遺伝だから食事時間じゃ直らないよ!!?」

目を白黒させてから、思うところがあったのか一応しっかり咀嚼をするようになった出久に笑う。サラダを食べながらこの後の予定を立てる。

思ったよりも調子よく進んでるテスト勉強にこれは二人とも安泰だろうなと考えながら特待生用の課題をやる時間を探す。体育祭であれだけ好き勝手したせいで無返済の特待生奨学金は前期分で終了かと思ってたけど無事後期も貰えるらしい。そのためには必須の提出課題はまた量が多く、体育祭明けの時と同じくらいあった。

試験と重なってるのに何故こんなに多いのか不思議なものの、やらないといけないそれに睡眠時間を削ってやった場合バレたら怒られるから、このテスト勉強中に終わらせてしまえるよう効率を考える。

「出留」

『ん?』

「腹減ってねぇんか」

寄せられた眉根。視線は止まってる俺のスプーンに向いていて出久もぱちぱちと瞬きをしながら俺を見てる。

『あ、ううん』

「兄ちゃん悩みごと?」

『んや、考え事』

「デクか?」

「かっちゃんのこと?」

『今回は自分のことだよ。大丈夫』

声を揃えて不思議そうにするから笑ってスプーンを動かす。納得はいっていないのか気にする素振りを見せているもののとりあえず食事を再開した二人と会話をしながらカレーを平らげた。

ぺろりと平らげたカレーとオムレツ、サラダの皿を三人で片して、勉強をしてた俺の部屋に戻る。

「おいしかったぁ。お腹いっぱいだね」

「食いすぎだ」

「かっちゃん足りなかったの?」

「足りた」

ぷいっと顔を逸らした勝己がさっきと同じように床に座って、出久も腰を下ろす。目尻の下がった二人と机の上の教材を見てからさっさと机を退かして、カーテンを閉め、電灯を暗くする。ラグとブランケットを三枚引っ張りだした。

「やることあんじゃねぇのかよ」

『んー?大丈夫。さ、昼寝しよ』

「うん!」

昼飯を食って仮眠してまた勉強が普段からの流れでそのつもりだったらしい出久はにっこりと笑ってラグを敷くなり俺に飛びつく。そのままラグの上に寝転がって、そうすれば勝己が背中に寄り添い手が回ってきた。

腕枕をして向かい合った出久はすぐに意識が飛んで寝息を立て始め、背中に張り付いてる勝己と繋いでる左手に力が入る。

「なんの考え事してたんだ」

『ん?特待生の課題について』

「…難易度か?」

『んーや』

「量か」

『おー』

「昼寝してる場合じゃねぇくれぇの量なら明日も無理すんな」

『計算してるから平気。心配してくれてありがとな。……おやすみ、勝己』

「……ん」

少しして後ろからも聞こえ始めた寝息に目を瞑って、俺も眠るために考えるのをやめようとして昨日の学校の出来事を思い出す。

期末の実技試験について、人使に相談した方がいいんだろうか。





昨日は勝己は家に泊まったから三人で学校に向かって、そして今日は俺が爆豪家にお邪魔することになってた。

さすがに出久を残すことはできないから泊まりはしないけど、放課後からの数時間、みっちり勉強することになっていて、放課後になるなりクラスに迎えに行けば勝己の近くにいた切島くんが明るい表情で笑った。

「あ!今日はよろしくな!!」

『こちらこそ、よろしくなぁ』

「え、切島、まじで爆豪と勉強すんの?」

「おう!緑谷の兄ちゃんも一緒にな!」

「緑谷の兄さんはともかく…爆豪ちゃんと教えられんのか?」

「あぁ?!教えられんわ!!」

「かっちゃんスパルタだけど教えるのは得意だから大丈夫だよ!」

『そうそう。勝己は面倒みいいからね』

「「面倒みがいい…???」」

「ちっ!さっさと帰んぞ」

腕を引かれて、また後でね!と笑う出久に手を振って歩き始める。みんなに挨拶してたのか、切島くんは急ぎ足で追いつくとにっかり笑う。

「緑谷の兄ちゃんは何が得意なんだ?」

『うーん、強いて言うなら数学と理科かなぁ?』

「こいつはオールマイティだ。わかんねぇことあれば全部聞け」

「もしかして天才…!」

『あははっ、全然。いつも課題に追われてるような人間だよ』

「あ!わかるわかる!雄英宿題多すぎて!予習と復習してるうちによく寝ちゃうし!!」

「はぁ…」

きちんと勘違いしてくれた切島くんにそうだよねと頷けば勝己が呆れたように首を横に振る。

電車に乗り、少し歩いて、いつも勝己と別れる道を今日は一緒に進みついこの間もご飯会をするためお邪魔した家にたどり着いた。

「ただいま」

「あ、おかえり、勝己」

ちょうどリビングから出てくるところだったらしい光己さんが腕に資料を抱えていて、目が合うから口を開く。

『光己さん、ただいま』

「切島っす!お邪魔します!」

「出留くんおかえり〜。切島くんもいらっしゃい!そんな緊張しなくていいからね?ほら、飲みもん持ってくからさっさと案内しな、勝己」

「自分でそんぐれぇやるわ!」

『仕事忙しいでしょ?キッチン借りるね、光己さん』

「じゃお言葉に甘えちゃおうかな、ありがとう。冷蔵庫の中のケーキ持っていってね!」

ひらひら手を振って二階に上がっていった光己さんを見送り靴を脱いで上がる。

リビングに入ってテーブルの近くに寄り、勝己と俺が椅子に鞄を置けば倣って切島くんも荷物を置いた。

「出留、準備頼んだわ」

『りょーかい』

飲み物を取りにキッチンに足を運ぶ。後ろからブレザーを脱いで手を洗いに行けと誘導する勝己の声がしていて、流しで手を洗ってからコップを用意してタンブラーの飲み物を取った。

ケーキは少ししてからのほうがいいだろうと飲み物だけ運べばちょうど手を洗い終わったらしい切島くんと勝己が戻ってきて三人で座る。

「どっからやんだ」

「あー」

『どれが自信ない?』

「現国と古典と英語…」

理数系なのかなというラインナップに目を逸らした切島くんが頬をかく。

「物理と化学と歴史と地理と、数学もちょっとあやしいかなーって…」

「………全教科じゃねぇか!!」

「すまん!今回全く自信なくて!」

「ああん?!」

『まぁ期末って範囲広いからなぁ。ちょっとノート見せて?』

「あ、どうぞどうぞ」

渡されたノートをぺらりと捲る。数学らしいそれは数字が並んでいて、グシャグシャに消して書き直した跡やうたた寝をしていたような線が走ってた。続けて物理のノートも見て、一応化学、現国と古典も覗いて閉じた。

『切島くんは文系だな』

「うぇ?!初めて言われた!」

『統計だから絶対って訳じゃないけど、どちらかといえば文系ってことね。古典と現国は普通に授業でもついていけてるでしょ』

「んー、ついていけてるかどうかって言われると…」

『わからなくなるのは基本的な部分で用語とルールがわからないときだと思う。ここのノートとか見るとわかりやすいんだけど…』

開いたのは現国のノートで、一緒に教科書も開く。言葉を読み解くそれに最初の方は答えられていたのに後半からバツが増えていて、増えている部分は常用の範囲とはいえ、見る機会の少ない漢字と言葉遣いが現れたところだった。

『言葉を誤認識して解いてるから意味合いが変わって間違ってる状態。これは英語も同じだから文系科目は単語と言い回しの復習だけである程度の点は取れるよ』

「まじで!?」

『マジマジ。後で今回の範囲で出てくる最低用語渡すからそれ見てね。で、問題はどっちかって言うと理数科目』

端に寄せた文系科目の教材の代わりに数学の教科書とノートを開いて、切島くんを見る。

『たぶん計算式の組み立て方が正しくない。公式が使えてないし、そもそも公式自体もいくつかあやふやだと思うんだけど、どう?』

「言われたとおり…」

『そうすると公式を覚えるのが前提だなぁ。ただ、どの公式を当てはめるかは問題を見てからじゃないとわからないから、こればっかしは公式を叩き込んで、それから数をこなすしかない。だから徹底してやるなら数学と物理だね』

「うぉぉ…」

『勝己』

「ん」

『ありがと』

差し出されたプリントを広げて、覗きこんだ切島くんが目を瞬いた。

「公式の一覧?」

『そう。今回の範囲で出てくる数学の公式。これ見てまず形を覚えて、それから問題を解いていくのがいいんじゃないかな』

「うおお!!あざっす!緑谷の兄ちゃん神だな!!」

『ははっ。作ってくれたのは勝己だから勝己を崇めておいてくれ?』

「爆豪!まじいいやつだなぁお前!!」

「うるせぇ!さっさと覚えろクソ髪!!帰るまでに全部覚えなかったら二度と勉強見ねぇからな!!」

「おう!頑張る!!」

気合を入れた切島くんの真っ直ぐな目に勝己が鼻で笑って、シャーペンを手に取ったのを見て俺も鞄から課題とペンを出す。

勝己も同じように自分の勉強を始めて、カリカリとペン先が紙を掻く音だけが響いてた。

ぺらりぺらりとページを捲くって、課題を消費していく。一部は今回の範囲と被っているとはいえ、特待生用のためか授業で出ていない部分も多く、応用問題程度なら問題ないけれど語群や専門用語に関しては時折教科書を確認しながら課題を埋める。

次単元どころか下手したら学年末かそれ以上の内容に学生殺しかよと思いながら問題を解いて、課題の冊子が三つ無くなったところで息を吐いてグラスに手を伸ばした。

グラスに口づけ傾けたところで勝己も教材から視線を上げる。

「どうなんだよ」

『あー、まぁまぁ』

「終わりそうなんか」

『ん、終わらせる』

「え、これももしかしてテスト範囲か??」

『いやいや、さすがにこの辺は出ないよ。大丈夫大丈夫』

「あー!よかった!焦った!!…ん??じゃあなんの勉強してんだ??」

「課題って言ってただろ」

「え、普通科ってこんな難しい課題出んの?!」

「んなわけあるか、バカが。いいからさっさとてめぇの勉強しろ。周り見てる時間ねぇだろうが」

「あ、そうだな、えっと…」

逸らされた話に切島くんは教材と向き合ってまた頭を掻きながら問題を解き始める。勝己が俺の手元を見て眉根を寄せた後に立ち上がった。

キッチンに向かった勝己が食器を用意する音が届いて、切島くんが唸った。

「わかんねぇ…」

『あ、』

全てに消しゴムをかけようとした手を止めれば不思議そうに見上げられる。

『伝えるの忘れてたんだけど、消すとどこがわかんなかったのかわからなくなるから消さないで隣ら辺に一からやり直したほうがいい』

「へー、そうなのか?後から見てわかりづらくねぇ?」

『んー、確かに場所も取るし、綺麗かどうかでいわれると微妙だけど、消して書き直すのは身にならないからおすすめしない』

「おー?じゃ、このままやってみる」

素直に頷いて隣に問題をやり直し始めた切島くんはたまに手を止めながらシャーペンを走らせて、顔を上げた。

「出来た!」

『うんうん。合ってんね。これ、さっきどこで合わなかったかわかる?』

「ここの途中式の…あ、割り算間違えてる。うわぁ、凡ミスじゃん」

『一つ途中でずれると答え変わっちゃうからね。続けてるとどこで間違いやすいかわかるから確認していけばこの後の勉強も楽になると思うよ』

「俺もう間違えた式ぜってぇ消さねぇわ」

真剣な表情な切島くんに笑って、そうすればキッチンから勝己が帰ってきてトレーに乗せた皿を三つ並べた。

「休憩だ」

「ケーキじゃねぇか!」

「ババアが用意してた。好きなの選べ」

「いいのか!?」

「一応客だからな」

「緑谷の兄ちゃんは?」

『切島くんからどうぞ』

「うーん、悩む…!」

「待つとは言ってねぇから三秒以内に選べや」

「まじかよ!!えーっと、じゃあこれもらうな!」

「ん」

指されたロールケーキに勝己が頷いて皿に取ってフォークを添えて渡す。ちらりと俺を見た勝己は流れるようにイチゴタルトを取ると俺の前に置いて、チーズケーキを自分用に取ると余ったケーキをしまいに冷蔵庫に向かった。

ほとんど空になってる三つのグラスにお茶を注ぐ。

「緑谷の兄ちゃんはタルトが好きなのか?」

『ん。フルーツが乗ってるのが好きだから勝己が選んでくれたんだと思う』

「なるほど!」

「食ったら続きやんからな」

戻ってきた勝己が席に座った。

「いただきます!」

手を合わせた切島くんがケーキを食べ始めて、勝己もフォークを持つから俺も同じようにフォークを取って、崩したタルトを口に運ぶ。

切島くんはよく喋るタイプなのか爆豪と勝己に呼び掛けては何か話していて、勝己も適度な相槌と返事をしてる。中々気を許してるらしい姿に頬を緩ませてタルトを頬張っていればポケットの中の携帯が揺れた。

フォークを持っていない方の手で携帯を取って中を見る。人使から勉強の誘いが来ていて、明日と記された日程に少し考えてから了承を返した。


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