ヒロアカ 第一部
駅まで来るという出久と待ち合わせるため一週間前に見送った駅の出入り口で壁に背を預けて息を吐く。
ポケットの中の携帯は特に揺れることはなく、予定通りの時間につくであろう出久は、事前のメッセージで足はもうほぼ治ったと教えてくれた。
一緒にいた飯田くんは多少後遺症があるそうだが将来的に移植をすれば治るそうで、轟くんは一番怪我が少なかったから一足先に退院して職業体験に戻ったという。
なんだかんだと時間が流れて終わった職業体験に気づけばもう七月に入ろうとしていて、そろそろ期末試験の準備をしないなと息を吐く。
揺れた携帯を取り出して画面を見るとついたよの文字が並んでいて待ってると返す。
改札を眺めていれば見慣れた癖毛が早足で駅から出てきて、目が合うなり表情を歪めた。
「兄ちゃんっ」
『え?なんで泣いてんの?』
「兄ちゃんんんん」
飛びついてきてぼろぼろ涙を零す出久に周りの人はぎょっとして首を傾げる。俺も目を瞬いてしまってとりあえず飛びつかれた際に落ちた出久の荷物を拾って空いている右手で頭をなでた。
『ほら、落ち着け』
「うっ、に、ちゃん、こわかったよ」
『ん。話はちゃんと聞くから座ろうか』
視線を動かして目についたカラオケに向かって歩く。声は収まったもののひっついて泣いてる出久に受付の店員さんが固まったけれどなんとか部屋に案内されて、入って腰を下ろせば膝の上に座った出久が抱きついてきて泣いた。
「兄ちゃんんんん」
『おー。兄ちゃんだそー』
「うぇっ」
涙を拭って目を合わせる。
『よしよし、ほら、何が怖かったんだ?兄ちゃんに言ってみ?』
「ん、っ、あの、ね、僕、保須でヒーロー殺しと会ったんだ」
髪を撫でながら頷いて先を促す。少しずつ涙混じりに言葉を紡ぐ出久に受付で適当に頼んだドリンクを運んできた店員さんが気まずそうにさっさとグラスを置いて出ていった。
「飯田くんとヒーローがぼろぼろで、どうにかして護りたくて、でもヒーロー殺しが強くて個性で動けなくされて、轟くんが助けに来てくれたんだ」
『うん』
「個性が解けて、みんなで戦って、なんとかヒーロー殺しを気絶させて、それで今度は僕が脳無に連れ去られそうになって、」
『はぁ?…うん』
「そしたら、気絶してたはずのヒーロー殺しがいきなり脳無を刺して、その時のヒーロー殺しがね、ほんとうに、すごくこわかったんだ」
カタカタと震える出久を抱きしめて頭を撫でる。
「たぶん、殺気。あの時僕も、誰も動けなくて、すごくこわくて、」
確かあの日、弔は最後の一体がヒーロー殺しに殺されたと言っていた。
見たところあの脳無たちは自我がなく暴走するようにただ破壊の限りを尽していて、そこでたまたま見つけた出久が標的になったんだろう。
脳無に連れ去られそうになったことよりもヒーロー殺しの本物の殺意に気圧された出久はひどく怯えていて、せっかく止まりそうになっていた涙がまた溢れるから拭う。
ヒーロー殺しステイン。
保須市で捕まった敵のことは逮捕から二日で身元が割れてある程度の経歴がテレビで晒されていた。
元はヒーローを志していたが現実とのギャップに幻滅。街頭演説などを行うも改善がなく独学で学んだ殺人術を元に社会を正すべく偽物のヒーローを語る者たちを殺していったという。
オールマイトが平和の象徴として台頭して以降類を見なかった連続殺人鬼の逮捕に全国は湧き、それから一つの思想が生まれる。ステインが行おうとしていた正しい社会を作る。ステインの意思を引き継ごうというものだった。
俺は見ていないけれどなにやら無料の動画サイトで作り上げられて拡散されている動画はステインを支持するようなものらしく、消されてはアップロードされてのいたちごっこを繰り返しているらしい。
今のところ俺には関係ないがステインと一緒に現れた脳無に、ステインと敵連合が繋がっていることが示唆され、それから敵連合がそういう目的を持った集団なのではと認識され始めていた。きっと出久もそのことは知っているだろう。
とはいえ、出久の中には今あのヒーロー殺しのことしか頭にはなさそうだ。直接対峙していない俺にはわからない、ヒーロー殺しの狂気に呑まれそうな出久に大丈夫と背を撫でる。
『出久、おかえり』
「うう、った、だいまっ」
ぼろぼろと涙が溢れて胸元に顔を押し付ける。薄めのシャツがあっさり湿っていってそのうち出久がすんすんと鼻を鳴らす音だけが聞こえ始めた。
若干穏やかになった肩の跳ねと呼吸にとんとんと背を叩けば顔を上げた。
『怖かったなぁ。でも帰ってきてくれてありがとう、出久』
「帰ってこれたよ、兄ちゃんっ。約束破ってごめんなさいっ」
『そうだな。でも本当によかった』
髪を撫でて目元に唇を寄せる。塩味の強い涙が舌に広がる。出久が大人しく目を瞑って、あらかた舐めたところで口を離せば眉尻を下げて笑った。
「兄ちゃん」
『んー?』
「にいちゃん」
『おー、どうした?』
「うん、兄ちゃんだなぁって」
背に回された腕に力がこもって強く抱きつかれる。不思議な出久の様子に目を瞬いて、笑えるようになったならなんでもいいかと髪を撫でて深く考えるのはやめにした。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
『聞こえてんよ、出久』
「ん、ふふ」
ひどく上機嫌でもう恐怖は飛んだらしい。ぐりぐりと首元に押し付けられる頬。昔のようにぷにぷにはしていないけど柔らかな頬が首に触れて背に回した右腕は軽く叩くように、後頭部に回した左手は髪を撫でてを繰り返す。
落ち着いたからか眠くなってきたらしい出久がうとうとし始めて触れてる身体の体温が上がり始めてる。揺れたポケットの中の携帯に背に回していた手を放して携帯を取った。
母と、それと気づかなかったけど数十分前にも勝己からも受信していたらしく名前が並ぶメッセージ欄に出久と目を合わせる。
『母さんからだ。出久、どうする?』
「ん…帰る…兄ちゃん、一緒に帰ろ」
『そうだな。帰ろうか』
口ではそういうのにいやいやと首を横に振って、どこか寝ぼけてるのかまぶたが重そうで今にも閉じそうだった。
背を二回叩いて頬に触れる。
『出久、一緒に帰ろうか』
「うん…」
『と、その前に喉は渇いてる?』
「うん、飲む」
ワンドリンクで頼んだままだったグラスを取って口元に運ぶ。ストローのささったそれを口にして吸い上げられるのを眺めて、小さめのグラスをあっという間に空にしたからもう一つのグラスも取って寄せる。
同じようにストローに口をつけ、今度は半分くらいで離したから残りを飲み干して、跨るようにして乗っていた出久がゆっくり離れて立ち上がるから同じように立ち上がった。
『じゃあ帰ろうか』
「うん…」
自然と手が繋がれたから空いてる左手で携帯を取り出して決済画面を出しながら会計用の札と荷物を持つ。
一度確認した胸元は涙を吸って濡れているものの特に見た目は問題なさそうだったからそのまま部屋を出た。
『ありがとうございました』
カウンターに戻れば先程案内してくれた店員さんだったようで一度出久を見てからにこやかに会計に移る。さっさと携帯画面上のバーコードを読み取ってもらって、携帯をポケットにしまって荷物を持ち直す。
振り返ればうつらうつらとしてる出久がいて苦笑いを浮かべた。
『出久、帰るまで寝るなよ?』
「ん…大丈夫…兄ちゃん、帰ろ」
『そうだな』
目元を擦って頷く出久にカラオケを出る。人がそれなりに行き交う街を寝ぼけてる出久の手を引きながらゆっくり歩く。先程離れた駅に向かい、寝ぼけつつもしっかり定期を翳した出久と改札を抜けた。
『出久』
「ぅん、兄ちゃん…」
せめて電車に乗るまでは寝ないよう適度に声をかける。けれどあれだけ泣いた後な上、一週間の職業体験で疲れてるのか出久の反応は鈍く家までは保ちそうにないなと考える。
最悪おぶるかと算段をつけたところで出久の向こう側に人が立った。
「おい、クソデク、手ぇ出せ」
「ん…」
『勝己』
「ガキんときとちげぇんだから一人じゃ帰れねぇだろ。さっさと連絡しろや」
『ごめん、ありがとう』
鼻を鳴らされて目をそらされる。数日ぶりの勝己は職業体験帰りなのか出久と同じく制服姿で、左手にはヒーロースーツが入ってるのであろう俺が持つのと同じアタッシュケースを持って、出久と右手を繋いでた。
「んへへ、兄ちゃんとかっちゃんがいる…」
「寝ぼけてんなよ、クソが」
『いつだって俺達は出久といるだろ?』
「…えへへ」
ぽやぽやしてる出久は両手を繋がれてることに満足そうで、来た電車に乗り込む。ちょうどラッシュを外れているためか空いている車内に三人で並んで腰を掛けて、そうすればすぐに出久が瞼をおろした。
「ちっ。やっぱ寝やがったか」
『疲れてるみたいだからなぁ。本当に勝己がいてくれて助かったよ。帰り背負うから手伝ってくれる?』
「ああ」
『ありがと。勝己も着くくらいに起こすから寝てて平気だからね』
「ん」
すんなりと目を閉じた勝己も疲れていたんだろう。
動き始めた電車に荷物を足元に置いて携帯に触れる。母さんと光己さんに連絡を入れて、カーブでがたんと電車が揺れた。
振動にズレて俺の肩に凭れた出久と、その出久に凭れて眠る勝己。小さい頃と同じ顔で眠る二人に笑って写真を撮る。三人のグループにあるアルバムへ追加して、それから弔に土曜の待ち合わせ時間を連絡して携帯をしまった。
乗り込んだ大きめの主要駅から乗り換えはないものの、家の最寄りまでは四十分程かかる。
少し疲れが出たのか思わずあくびを零して、出久の髪を撫でようとしたところで左手を止める。結局間に合わず剥がれなかった絆創膏を見て眉根を寄せた。
目立たないよう剥がそうと思ったけれど右手は出久と繋いでいるから剥がせそうにない。
二回に渡る治癒にほとんど回復しているとはいえ、最後の月曜日の治癒まで剥がすなと言われたからには剥がしたらまた先生たちに怒られるだろう。
手をおろして、重くないよう適度に傾いて出久に体重をかける。揺れる電車と静かな車内にまぶたを降ろして息を吐いた。
携帯が揺れる感覚に目を覚ます。ちょうど駅を出るところなのかブザーが鳴っていて扉が閉まった。扉上の駅名を見れば最寄りの三つ前で体を起こして首を回す。
あくびをしてから横を見れば熟睡してる二人がいて、先に音もなく揺れ続けてる携帯を取り出す。かけておいたアラームを止めてきていたメッセージに返信した。
起こす前にもう一枚写真を撮ってグループに追加し、手を伸ばして勝己の肩に触れる。
『勝己、勝己、もうつくから起きろ』
「ん゛…」
『勝己』
「っ〜…」
寄りかかっていた出久から離れて目元を擦る。寝起きで据わった赤色の瞳が俺を見て、表情が緩んだと思うとすぐに目を見開いて眉根を寄せた。
「今どこだ」
『一つ前。後五分くらいだよ』
「ん」
あくびをしてから立ち上がる。俺も勝己も繋いでる手を出久と外して俺の足元にある荷物と自分の荷物をまとめて座席に置いた。
『よし、頑張るかなぁ』
「手、平気なのか」
『うん。もうほとんど治ってるから。心配してくれてありがとう』
「こうなったときの出留がヘマすんのなんか毎度のことだろ」
『それなー。ほんと良くねぇわこれ』
眠る出久の前に背を向けるように立ち、軽く腰を下ろす。勝己が大雑把に出久の腕を引き、俺の首元に回させると上半身を乗せて、出久の膝裏に手を回して立ち上がった。
『よし』
「止まるとき気をつけろよ」
『おう』
二つのアタッシュケースを持って勝己が眉根を寄せる。
腰につけた俺の分の定期と出久の定期に手を伸ばして集めたところで最寄り駅についた。
電車を降りて改札に向かう。一番端にある駅員さんのいる窓口にいって、勝己が三人分の定期を差し出して降車処理を終えてくれた。
定期をケースの中に戻したところで歩き出す。
「熟睡じゃねぇか」
『出久のこういうところは昔から変わんないからねぇ。可愛いよなぁ、出久』
「泣き疲れて寝るとかガキか」
『最近は無かったんだけどね。職業体験でだいぶ疲れてたみたい』
「……夜来てた位置情報のアレか」
『んー、たぶん?』
「ヒーロー殺しだろ」
『そうらしい。遭遇したんだってさ』
「……そうか」
勝己がどこか遠いところを見る。飯田くんと轟くんがいたことは知ってるかもしれないけど、俺が伝えることでもないだろう。
歩き慣れた道を時折落ちてくる出久の位置を直しながら歩く。
出久を迎えに家を出たのは昼過ぎくらいだったのに、いつの間にか夕暮れの時間で元から二人だと必要なことしか話さないから会話は少ない。
ふと、隣の勝己に声をかけた。
『なぁ、勝己』
「ん」
『俺、………あ、やっぱちょっとタンマ』
「はぁ?」
『言いたいことまとまってなかった』
自分から声をかけたのに申し訳ないと謝れば勝己が呆れたように息を吐く。
「……んなもん喋ってるうちに纏まんだろ。出留は俺と話してるときぐれぇ馬鹿がだらだら喋んみたいに要領得ねぇ話し方でいいんだよ」
『…………そうだな、ありがと』
「はっ。…で?」
『ああ、えっと、職業体験さ、俺いろんな雄英の先生に見てもらって』
「へぇ」
『相澤先生の捕縛帯持ってみたんだけど超絶失敗した』
「目に浮かぶわ。どうせ頭に当たったんだろ」
『うん。すげぇ痛かった』
「だろうよ」
『後射撃したんだけどこっちはまぁまぁ良くて』
「射的は昔からうまかったんだからいけんだろ」
『そうでもないよ。勝己のが上手だったじゃん』
「ビリがデクで固定だっただけだろ」
『可愛かったよねぇ。あ、それから人使と鬼ごっこみたいな捕縛帯に捕まんないよう逃げ回る組手したの。一回目は普通に反撃ありでやったんだけど、左手の怪我がバレて保健室に連れてからは難易度上がってさ』
「…怪我バレたって、言ってなかったんか?」
『うん。朝切って、多分平気だと思って軽く処置して訓練してたんだけど気づかない間にグローブん中に血溜まってたらしくて、ぼたぼた垂れたせいで先生と人使にバレた』
「なるほどな。先生怒っただろ」
『どうだろ?そんな怒ってはなかったような…??なんかその前から…ああ、出久のことで夜中に警察から連絡来て、すぐ先生に伝えたときから妙に大丈夫かって聞かれて、保険室出てからもそんな感じで心配?されてる感じだった』
「誰が大丈夫かだって?」
『俺がらしいよ?』
「……ふーん…」
『別に俺が怪我した訳じゃないし、泣くのは母さんだから俺は問題ないのに、朝学校行くって連絡したときも学校行ってから状況説明したときもむっちゃ言われて、先生ってそんな心配症な感じ?』
「…誰にでも心配すんのかは知らねぇけど、その状況なら出留の心配すんのもあり得るんじゃねぇのか」
『へ〜…?』
「出留、先生のこと気に入ったんか?」
『ん?んー、どうだろ。まだわかんねぇ。出久と勝己に優しくしてくれるなら気に入るかなぁ』
「…そーかよ。……そんで、訓練難易度が上がったのはなんでだ?」
『保険室の先生も相澤先生も手ぇ使うなっていうから、使わないよう拘束された状態で回避することになってバランス取りづらいし蹴りしか出せねぇしとすごい不便だった』
「捕まったんか?」
『うんん。ギリギリセーフ』
「次の朝練が楽しみだな」
『おう。一週間の成果見してやんよ』
話してるうちに何を言おうと思ってたのか忘れたけれど妙に気分がスッキリしてる。
話を受けてきちんと返してくれていた勝己のおかげだろうそれに口角を上げた。
『ありがと、勝己。また話そうな』
「俺が暇なときな」
『もちろん』
気づかないうちにとっくに別れる場所は過ぎていて、勝己が何も言わないところをみると家までついてきてくれるらしかった。
『遅くなって、光己さんと勝さん心配しない?』
「もう連絡入れてある。大体その状態で荷物持って帰らせたのバレたら俺がババアに怒られんわ」
『そっか。ありがとう』
マンションについて、流石に階段で上がる体力はないからエレベーターを使う。家族向けのため広めのエレベーターは出久を背負った俺と勝己が乗っても十分な広さがあって、うちのある階についたからすぐに降りた。
勝己が先を歩いてインターホンを鳴らす。
すぐに向こう側で応答する電子音が響いて、向こう側から母のあら?の声が聞こえた。
「勝己くん?ちょっと待ってね」
ぷつりと音が切れて扉から少し離れて待つと鍵を開ける音がして扉が開いた。
「こんちわ」
「こんにちは。うふふ、可愛い髪型ね。イメージチェンジかしら?」
「職業体験先でちょっと」
苦虫を潰したような勝己の顔に思わず笑ってしまって、母さんがこちらを見たから口を開く。
『ただいま、母さん』
「おかえり、出留……出久は寝てるの?」
『うん。職業体験疲れたんだって。この様子だと起きるか怪しいから詳しい話は明日のほうがいいかもね』
「そう…あ、勝己くんもしかして荷物持ってくれてたの?ごめんね、ありがとう」
「こんぐらい別に大丈夫です。でも結構重いんで出留に渡しますよ」
荷物を受け取ろうとした勝己が首を横に振る。そうなの?と母が眉尻を下げて、落ちてきた出久を背負い直す。
『とりあえず出久部屋に寝かせちゃうね。勝己、中入って』
「お茶用意するね!」
「あ、すぐ帰るんで大丈夫ですよ」
『勝己も職業体験帰りだから。また今度計画してゆっくりみんなでご飯食べよ』
「うんん、それもそうね」
家に入って、手を使わずに靴を脱ぐ。出久の靴は母が脱がせて揃えてくれて、おじゃましますと続けて勝己がきっちり靴を端に寄せてから中に入った。
『母さん、出久寝かせたら勝己送ってくるね。戻ったら晩飯の用意手伝う』
「うん、ありがとう」
キッチンに逸れた母と分かれて、出久とネームプレートのかかった扉を勝己が開ける。
「相変わらずのオールマイト部屋だな」
『出久の部屋は趣味全開って感じだよな』
眉根を寄せた勝己と部屋の中に入って、出久をベッドの上に下ろす。意識がないためぐらぐらする上半身に二人がかりで制服のブレザーを脱がせて、ネクタイを解いてからそのまま布団をかけた。
「スーツここ置いとくぞ」
『ん、ありがとう』
ブレザーとネクタイをハンガーにかけてるあいだにアタッシュケースを勉強机に乗せる。
一度出久に近寄り、髪を撫でてから部屋を出る。
「ありがとう勝己くん。お母さんとお父さんによろしくね」
「っす。お邪魔しました」
母に軽く頭を下げた勝己と家を出る。人一人分の体重が無くなった体は軽くて、先程の倍ぐらいの速さで歩く。
「ここでいい」
いつもの分かれ道のところで勝己が足を止めたから俺も止まる。
横に並んだ勝己が手を伸ばして俺の左手を取って、絆創膏を見据えた。
「傷は残らないのかよ」
『ああ、これ?うん。大丈夫っぽい』
「そうか」
ちらりと俺の腹に視線が振られてすぐに戻る。あからさまな視線移動に苦笑いを浮かべれば息を吐かれた。
「もうあんなの御免だからな」
『ああ、俺も痛かったし流石に気をつける』
「まずデクに首輪つけとけ」
『自由が売りだから許して?』
「けっ」
触れてる指が絆創膏の上から大まかに傷口をなぞるように動いて、手を取ったまま勝己が視線を合わせた。
「コレ剥がれたらちゃんと確認させろ」
『月曜には剥がれるよ。昼とかにはもうないはずだから飯食べる?』
「ああ」
『食堂と弁当どっちがいい?』
「……食堂」
『あはは、大丈夫だから弁当作るよ。何食べたい?』
「…………肉じゃねぇもん」
『はいはい、肉ね。なにがいいかなぁ』
正反対な言葉を吐いていく勝己の眉間の皺がどんどん深くなっていって、左手が軽く傷口に触らないよう配慮された加減で握られる。
「デクには死ぬほど辛いもん入れとけ」
『それは勝己専用な』
帰りに買い物して帰ろうかなと考えながら髪を撫でて笑う。
ふらりと勝己が揺れ、手を引かれる。入り組んだ路地に入り込むなり向かい合って、顎を肩に乗せるように立つから体がくっついた。
『どうした?』
「ちっとこのままじっとしとけや」
『はいよ』
左手は繋いでいるから右腕を上げて背に回す。落ち着くように背を叩いていれば耳の近くにある勝己の口からため息がこぼれた。
「デクじゃねぇんだからいらねぇわ」
『この方が落ち着くでしょ?』
「…………」
否定をやめて肩にかかる重みが増す。目に見えて甘えてくる勝己に相当疲れが溜まってるなと首を回し、耳にキスをおくった。
「っ、そこ擽ってぇっつったんだろ」
『他んとこに届かねぇんだもん』
「…届いたらしてくれんのか」
『妙に甘えんじゃん。いいよ、今日だけな』
顔を上げた勝己が真っ赤な瞳でこちらを見据えてくる。期待に揺れる目に思わず笑って、まずは頬に唇を寄せ、そのまま瞼や鼻先にもキスをする。
繁華街から離れ、住宅地と言っても今の時間ここは人通りが少ない。耳を澄ませても足音が聞こえないから安心して唇を重ね、すぐ離れればわかりやすく微かに口が開いて白い歯が覗く。
『いい子』
もう一度唇を重ねて開いた唇の間から舌を忍ばせた。
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