ヒロアカ 第一部


目が覚めて一番にしたのは手のひらの確認だった。包帯ネットを外して絆創膏を剝がしてみる。洗濯や入浴で多少濡れたためか傷口は水気が残っていて、血は止まってほんのり皮膚が出来てるようだけどまだ簡単に裂けそうだった。

絆創膏を元に戻して立ち上がる。朝支度をして朝ご飯を作り食べて荷物を持ち、外に出る。グローブや昨日買ったタオルもすべて持って電車に揺られ、ついた学校にまずは保健室に向かった。

ノックをしてから開ければ椅子に座ってる養護教諭と目が合う。

「おはよう、元気そうさね」

『おはようございます』

「ほら、ここにおかけ」

向かいの椅子に促されるから断ってから腰を下ろす。言われる前に包帯ネットを外して手を差し出せば眉がピクリと動いた。

「絆創膏貼り替えたのかい?」

『入浴したら剥がれてしまって。まずかったですか?』

「…いいや、無茶したわけじゃなければいいんだ。ちょっと剥がすから痛むよ」

端から剥がされた絆創膏は皮膚を引っ張ったものの、朝も剝がしているから然程痛みもなく簡単に剥がれた。

傷口を見た瞬間に一度止まったその人に気づかないふりをして黙っていれば軽く傷口を観察されて、それからまた個性を使用して治癒が施される。

二度目となっても慣れない倦怠感が襲ってくるから眉根を寄せて堪える。傷口には更に皮膚が再生されていて多少の運動は可能そうな見た目になった。

絆創膏を貼って、新しい包帯ネットをつけるなりじっとりとした視線が向けられる。

「血が止まったからって左手を酷使したらまだ駄目だよ。また傷口が開く」

『…はい』

心の中が読まれたような言葉にしかたなく頷く。イレイザーヘッドの言うことをきちんと聞くようにと念押しされるから再度頷いてお邪魔しましたと保健室を出た。

昨日よりはマシな倦怠感にさっさと足を進めて更衣室に入る。

「おはよう、出留。左手はどうだ?」

『おはよ。もう万全だよー』

ひらひら手を振れば外れてない絆創膏に深くため息をつかれた。

「今日も筋トレっぽいな」

『先生が心配症なんだよ。別に平気なのにな』

手の開閉にほんの少しの引きつりしか感じない。新しく貼った絆創膏には血が滲んでいないし、あれだけの傷口が塞がるなんて治癒の個性はすごいなと思った。

支度を整える人使にならって俺も靴を履き替えるため鞄を開けて思い出す。

『そういえば昨日手を押さえるのに灰色のタオル貸してくれたのって人使?』

「ん?ああ」

『そっか』

しみ抜きをしてもよく見るとうっすら跡の残ってしまったもとのタオルと、昨日買ったばかりの包みを取り出して両方差し出す。

きょとんとした人使に笑った。

『貸してくれてありがと。でも思ったより血が落ちなくて、よかったらこれ代わりに使ってね』

「買い直したのか?そんなのいいのに」

『全く同じじゃないけどね。てか捕縛帯にも血つけたし…アレちゃんと落ちた?』

「ああ、捕縛帯は大丈夫だ。材質が特殊なんだろうな」

『なら良かった』

タオルふたつを渡してさっさと荷物をロッカーに入れる。何か言いたげな顔をしたものの時間も迫っていたからか息を吐いて、人使も渡したタオルをロッカーにしまった。

「ありがとう。有難く使わせてもらうな」

『元といえば俺が汚してるんだから礼を言われることでもないんだけどさ』

扉を開ければちょうど五分前で相澤先生がそこにいた。

『おはよーございます』

「おはようございます」

「おはよう」

五体満足、すたすた歩く人使を見据えたあとに俺の左手に視線を動かす。

ばっちり確認されてることに人使は頭を掻いて、俺は笑う。

「全然疲れは残ってません。今日もよろしくお願いします」

『俺もほとんど治してもらったので今日からまたよろしくお願いします』

「ならいいが…心操はともかく、緑谷は左手の利用禁止だとリカバリーガールから聞いてる。別メニューだ、グローブも外しておけ」

『やっぱりかぁ』

「せめて皮膚がしっかりくっつくまではおとなしくしてろ。だが左手を使わない訓練は可能だからその辺ビシビシいくぞ」

『はぁい』

左手のグローブは外して飲み物やタオルを纏めている場所に置く。

今日も人使は捕縛帯の操縦がメインらしく、動く的役に抜擢された俺は腕を使わない縛り有りでささっと手が拘束された。

『難易度高くないですか??』

「これが嫌なら筋トレしかさせないが?」

『よーし、人使、俺超逃げるから捕まえられるなら捕まえてみろー』

「筋トレどんだけ嫌なんだ??」

『嫌ではないけど流石に八時間筋トレは暇で死ぬ』

「そういう…」

納得した顔になった人使と文句をやめた俺に先生がまたルールを確認して訓練が始まった。

腕の使用禁止縛りはやはり難易度が高く、躓いて転びそうになったりバランスが取れずふらついたりする。襲ってくる捕縛帯はすれすれで躱せているもののそのうち当たりそうで昨日より神経を使うし流れる汗も多い。

「十分休憩」

『あ〜…つかれた〜』

「はぁ、くそ…捕まえられない…」

その場に座って息を吐く俺と床に倒れてぐったりする人使。先生は息を吐いてタオルと飲み物を差し出して、人使は起き上がって受けとり、俺は拘束を外してもらった。

「心操の動きは無駄がなくなってきて確実に良くなってる。後は持久力を高めるためにとにかく筋力をつけること。それと焦るととりあえず捕縛帯を投げる癖をやめるように」

「ぅ、はい…」

「緑谷はいきなり勢いで突っ走るときがある。考えがあったりその場において最適ならいいが、面倒になって武力に走ってしまうと裏目に出ることもあるから注意しろ」

『はい』

講評に肩を落とした人使はスポドリを飲んで息を吐く。俺もタオルを首にかけて垂れてきた汗を拭ってシャツの首元を持って動かし風を送った。ぬるいけれど風が頬にあたるから目を細めて、仰ぎながら向かいを見る。

『あっつ〜。人使その捕縛帯とマスクつけててよく溶けないな』

「死にそうなくらいに熱い…」

「二人ともしっかり水分補給をしておけ」

「はい」

外したマスクと緩めた捕縛帯。晒した首元にペットボトルを押し付けて体温を下げてる人使に床に寝転がって息を吐く。

『あー、床つめてぇ…さいこう…』

「汚いぞ」

『もー汗まみれなんで変わんないですよ。人使も一旦寝てみ?まじ生き返る』

「…、ほんとだ、冷たい…!生き返る…!!」

「はあ。後五分だからな」

『はーい』

四肢を投げ出して寝っ転がる俺たちに見ろしてる先生は呆れ顔でへらへら笑う。人使が最高なんて小さく溢してるペットボトルを額に乗せた。

「失礼します!!」

開いた扉と同時に大きな声が響いて、駆けるような速さで足音が近付いてきて視界にピンク色の髪が覗き込むように入り込んだ。

「緑谷さん!」

『ん?発目さん?どうしたの?』

「ベイビーの様子を見に来ました!お手入れ大丈夫でしたか!?」

『ああ、昨日教えてもらった通りきれいにしたんだけどちょっと待ってね』

ぶつからないように体を起こす。突然の来訪者に相澤先生は時間だけは気にするようにと眉根を寄せて、人使はぐったりと床と同化してた。

「心操くんもグロッキーですね!」

『俺ら今、熱くて死にそうなんだよ』

「ああ、たしかに。特に心操くんはマスクで口元が覆われていますから熱も篭りますし酸欠にもなりやすいですね。その辺は盲点でした!改良をいたしましょう!」

「すまない、助かる…」

『ありがとね、発目さん』

グローブを持って戻り差し出す。昨日血まみれになったグローブはきれいに洗って拭ったことで汚れも血の臭いもないはずだ。

受け取ったグローブを外見中身としっかり見ている発目さんは俺の手を取った。

「こちらの手はグローブで?」

『あ、いや、私生活で普通に。グローブにはなんの問題もないよ。大丈夫』

「なら安心です!せっかくなので緑谷さんの手が万全となる前に一度こちらのグローブも改良を施しますね!職業体験で面白いアイデアを閃いたんです!」

『やっぱり発目さんはサポートアイテムの会社に行ってるの?』

「はい!体育祭で私のベイビーを目に留めてくださった企業がたくさんいらっしゃったのでその中の一つに今はお邪魔してます!朝から晩までアイテムの作成をしていられるなんてとっても楽しいです!」

『天職だね』

「はい!!」

大きく頷いた発目さんはにっかりと笑っていて、ぴぴっと短い音がしたことで人使が体を起こした。

休憩終了一分前のアラームに人使が大きく伸びをして立ち上がる。

「発目さんは今日休みか?」

「ええ!本日は企業自体がお休みですので工房に来てました!あ、そうだ先生!」

突然名前を呼ばれた相澤先生は一瞬固まった後に発目さんを見る。発目さんは大きな瞳を輝かせて口角を上げてた。

「是非見学させてください!お二人の動きを見てたらアイテム作成に絶対役立つと思うんです!!」

「…わかった。そこの椅子に座って見学するといい」

「ありがとうございます!」

タオルと飲み物を置いてる近くにあるベンチに座って、あぐらをかくとグローブを見詰めながらポシェットから布を取り出して磨き始めた。

人使と使い終わったタオルと飲み物を置きにいけば、発目さんが顔を上げたから笑いかける。

『いつもありがとね』

「ほんと助かる」

「いえいえ!これも全てかわいいベイビーのため、ひいては私のため!」

『そっか。危ないから急に近づかないようにだけ気をつけてね』

「わかりました!お声掛けしてから近づきます!」

「声掛けされた頃には真横にいそうだな…」

『怪我させないよう俺達も気をつけるしかないね』

ぴぴっとまた響いた、今度は休憩終了の合図に発目さんにまた後でと声をかけ二人で先生の元に戻る。

「続きに戻るぞ。先程の反省点を踏まえてもう一度だ」

『「はい」』

マスクをつけなおして捕縛帯を握った人使。そのまま参加させてもらえる訳もなく俺はやっぱり腕を拘束された。

「左手を握るなよ」

『善処します』

人使も俺も言われた反省点を考えながら動く。人使は焦ったら一度距離を取るようになった。

俺はといえば、勢いで突っ込むのは若干癖みたいなものだ。考える前に動いてしまうことがあるのは出久と同じで、ふとした時に双子感が出るのはちょっと嬉しい。

「緑谷さんも心操くんもアクティブですね!」

「組ませたら中々いいコンビになるだろうな」

聞こえる二人の会話は人使には聞こえなかったのか意識を取られた気配はなく、まっすぐ俺を捕まえようと捕縛帯を振るってる。

意識を逸してしまうのも可哀想かと後で話すことにして飛んできた捕縛帯を避けた。




職業体験は原則七日間。事務所や企業により多少変動はあるものの時間は八時から五時ぐらいまで。

気づいたらあっという間に終わってしまった職業体験に人使と並んで相澤先生と食堂にいた。

『なんで食堂なんですか?』

「腹減ってないのか」

「減ってはいますけど…」

「講評をしながら飯を食う」

『はあ』

人使と顔を合わせ、ぱちぱちと目を瞬く。

食堂に足を踏み入れるのは二度目で、一度目はとても混んでいたけど今日は職業体験期間中で席はどこでも空いていて静かだ。

キッチンの方から調理する音だけが響いていて人使が驚いてる。

「食堂がこんなに静かなことあるんだな…」

『な。びっくりだわ』

「あ!やっと来た!」

聞こえた声に二人で視線を向ける。

こっちこっちと手を大きく振ってるのは担任で、近くで給仕しているのはエクトプラズム先生の分身。セッティングしてるのはセメントス先生とスナイプ先生で首を傾げた。

『なんか人多くないですか?』

「説明は後からする。時間も惜しいし座れ」

「二人はこっちだ」

促されて腰を下ろす。目の前に用意されたたくさんの料理はどれも美味しそうで訓練で疲れてる人使が頬を緩め目を輝かせる。

給仕が終了したのか一人になったエクトプラズム先生、セメントス先生やスナイプ先生、プレゼントマイク先生に担任と相澤先生も座り、それから製作者のランチラッシュというヒーローが俺達に手を振って厨房に帰っていった。

「それじゃあ職業体験お疲れ様会といたしましょう!!」

「……あれ?講評をいただけるんじゃ…?」

「あらあら!相澤くんってばまたそんなこと言ったの!?」

「講評しながら飯を食うって伝えました」

どうにも方向のおかしい内容に二人で首を傾げればプレゼントマイクがグラスを差し出してきて受け取る。

「お前たち二人は職業体験しにきたんだ!最後ぐれーお客様扱いされて楽しい思いで作ってくれや!」

「発案ハイレイザーヘッドダ。気ニセズ沢山食ベテ楽シムト良イ」

「講評とまではいかないがこんなこともあったなと話しながら飯を食おう」

妙な話の流れに相澤先生を見る。担任にツンデレかと突かれてる先生は息を吐くなり俺達を見据えた。

「厳しく指導したのにもかかわらず弱音も吐かないで一週間よく頑張った。君たちの成長は著しく、俺を含め教師一同、今後も期待している。それぞれ新たな課題はあるだろうが一度忘れて今は休んでくれ」

「あ、相澤先生…」

「素直じゃないな、イレイザー」

「さぁ!せっかくの料理が冷めてしまいますし続きは食べながらにしましょう!」

人使が思わずと言った様子で名前を呼んで、スナイプ先生が呆れたように笑う。セメントス先生が手を叩いたところでご飯会はスタートしたらしく、それぞれが箸やらスプーンを取って料理に手を伸ばした。

「うま…っ」

何かを食べたらしく頬を緩ませて感動してる人使の声。担任がランチラッシュのご飯さいこうね!と笑って、ふと、目が合う。

「どうした、緑谷」

見据えられてはっとする。周りはまだ俺と相澤先生に気づいてないのか料理に舌鼓をうっていて慌てて目を逸した。

『な、なんでも、』

「腹が減ってないのか?」

『いえ、むっちゃ腹減ってます。いただきます』

箸を取って小皿に近くにあった食べ物を乗せる。取ったのは煮魚のようなものだったようで口に入れれば肉と程よいしょうゆの味がした。

こちらを訝しげに見てきてる先生と目が合わないように皿に視線を落として固定する。

何も言われないよう魚や野菜を食べているうちに担任とプレゼントマイク先生に絡まれたらしい相澤先生の視線が外れた。

小さく息を吐いてグラスを取り口をつける。

さっき呆けてしまったのは生きてきて初の経験に戸惑ったからだ。今まで記憶の中であんな風に褒められたのは多分初めてだった。

弟の面倒を見て偉いね。幼馴染のことを諭して偉いね。クラスをまとめて偉いね。比較対象ありでの褒められることは日常茶飯であったけど、まっすぐに見据えられて自分の努力を褒められれば思考が止まった。

頭の中が真っ白になりそうになったそれは周りの声と他ならぬ相澤先生の声に思考が戻ったことで呆けることはなかったけど、自分でもなぜそうなったのか少し不思議だ。

「出留、これ食べたか?」

かけられた声に目を向ければあれと皿が指されて、大皿にはハンバーグのようなミートボールのような丸められた肉が乗ってる。

『うんん、まだ』

「うまいから食ったほうがいい。すぐ無くなるぞ」

『そうだな、ありがとう』

教えられた物を取って口に運ぶ。さっぱりとしたデミグラスソースに似た香りが肉の味と一緒に広がって、出久が好きそうな味だなと思った。





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