あんスタ


2


納得いったのか、いかなかったのか。怒涛すぎる詰め込みの練習は本番の40分前に切り上げられて、大神さんと乙狩さんのリフレッシュ兼衣装合わせが行われた。

檳榔子さんと椋実さんがせっせと直していた衣装はこのために作られたみたいに全員にピッタリで、アクセサリーもつけばこのままジャケ写でも撮れそうな出来栄えだ。

「褒めて褒めてー!」

『ありがとう。さすが黄蘗だね』

「僕すごい?」

『うん。すごい。黄蘗が居てくれてとても助かったよ』

「きゃー!」

自分で強請っていたように見えるのに褒められて頬を赤らめて喜ぶ姿はちょっと幼くて可愛い。

「はーちゃん好きー!」

『ありがとう。俺も好きだよ』

頭を撫でられ嬉しそうな姿を見て大神さんがうげっと眉根を寄せ、逆先さんは息を吐いた。

「またやってんのかよ」

「檳榔子は顕著だから…まったく、紅紫はトラブルメーカーだネ」

首を横に振る逆先さん。目を瞬いた俺達に大神さんがあれと視線を向けて、その先にいた椋実さんは素早く近寄ると紅紫さんの服を控えめに引いた。

「はくあ」

『うん。シアンのおかげで思ったよりも早く合わせられそう。本当に助かったよ、ありがとう』

微笑まれて表情を緩めた椋実さんは雑誌で見る笑顔よりも幾段も柔らかく、嬉しそうに見える。

二人の頭を撫でたと思うと紅紫さんは顔を上げて、むっとしている逆先さんを見つけた。不思議そうな表情を浮かべた瞬間に椋実さんに何かを耳打ちされ、さらに目を瞬き、檳榔子に背を押されて手を伸ばした。

「、は」

髪に触れて、セットが崩れないようにかだいぶ優しく頭を撫でる。

『逆先、今日は本当にありがとう。よろしくね』

「っ、〜!」

顔が髪と同じくらいに真っ赤に染まって、わなわなと唇が動いてる。大神さんがお前らと唆したのであろう檳榔子さんと椋実さんを見据えて、二人は知らんぷりしてみせる。

乙狩さんがぽんっと手を叩いて微笑んだ。

「良かったな、逆先」

「よ、よくなんかないし!!人目のあるところでやめてよね!!」

「人目のないところならいいのか?」

「そういうことじゃない!!!」

シャウトのような必死すぎる声は室内に響く。ジュンっちとハヤトっちがぽかんとして、ハルナっちとナツキっちはああと頷いた。

「逆先さんと紅紫さんは仲良しなんすね!」

「は、はぁああ!?全然違うよ!そんなことないからね!」

顔を真っ赤にして叫ばれてもあまり信憑性はない。これはツンデレってやつかなと思いつつ、うちのバイトと同じ空気がするなと思った。

あんまり触れるとノートとか思いっきり投げられるかもしれない。バイトのあの人とは違うけど、飛んでくるノートやペットボトルは痛いから口を噤む。

逆先さんが何か言おうとしたところで音楽が流れて、音の主らしい紅紫さんが音楽を止めると顔を上げた。

『さて、そろそろ時間だから会場に向かおうか』

「おう!」

「準備は万端だ」

「………そうだネ」

まだ本調子ではないのかほんのり顔の赤い逆先さんも頷いて、俺達に視線を向けた。

『皆様もご協力ありがとうございました。もしよろしければもう少しお付き合いください』

柔らかく微笑んだ紅紫さんに思わず頷いて、はっとして顔を見合わせる。

「えっと、ドリフェスってやつっすか?」

『はい。ちょっとしたライブをイメージいただけるとわかりやすいかと思います。皆様風に言うのならば対バンですね?』

「おおお!!それは燃えるっすね!」

「応援よろしくな!」

「もちろんっす!メガメガ応援するっす!」

『ふふ、ありがとうございます』

照れたみたいな笑い方に心臓が大きく跳ねて、驚いて胸に手をあてる。不思議な感覚に横を見るとハヤトっちが同じようなことをしてて、ハルナっちが笑った。

「えっと、出るのは3つのユニットだっけ?」

「うん。ここと、リーダーの人と、相棒の人」

「んじゃまぁ盛大に応援しないとだな!」

「お、俺も応援する!」

ハヤトっちが両手を握りしめて意気込む。大神さんと乙狩さんは嬉しそうに笑って、逆先さんも表情を緩めた。

紅紫さんが頷いて檳榔子さんと椋実さんを従え扉に近づいた。

『皆様、楽しんでいってくださいね』

開けられた扉から全員で廊下に出る。さっきまでと違いどこか殺気立ってるような、ざわついてる廊下。遠くからは駆けるみたいに急いだ足音が聞こえてて紅紫さんが携帯に目を落として眉根を寄せる。

「用意できてるよ!」

「いつでも大丈夫だ」

二人の言葉に紅紫さんは曖昧に笑って、携帯をしまう。

迷い無く進んでいく先は喧騒と群衆。野外ステージのようなそこには俺達がまとってるのと同じ制服を着た人たちがたくさんいて、中には私服やジャージもちらほら存在してた。

誰も彼も俺達と同じくらいの歳に見えてここには本当に関係者しかいないんだろう。

「もしかして今回出演すんのアンデ?」

「でも紅紫と逆先いんぞ」

ざわめきの中でいくつかの驚いてる声を耳が拾う。揃いの衣装をまとった四人は誰が見ても今回の出演者で、わかりやすく動揺が広がっていく。

「でもさっきあっちに羽風がいただろ」

「なに、UNDEAD分離してんの?」

探るような視線を無視して歩いていく四人。疑念と好奇。そんな空気が渦巻いていて段々と足が動かなくなっていく。

重い、苦しい、

「もう!はぐれちゃわないようにね!」

人と思考に流されそうになったジュンっちを掴んでやしやしと檳榔子さんが歩く。椋実さんも同じように流されそうになった俺を掴んで、一瞥したと思うと歩き始めたから慌てて足を動かす。

途端に吸えるようになった息と軽くなった身体に戸惑ってハヤトっちを見ればハヤトっちも乙狩さんに腕を掴まれて引かれてた。

『事前にお声掛けしておくべきでした。申し訳ございません』

不意に、周りの喧騒をかき消すように澄んだ声が鼓膜を揺らす。こんなにうるさいのに一語一句不鮮明な箇所がないくらいに正確に聞き取れる言葉を発した紅紫さんは声を張り上げてる訳でもなさそうなのに全員の耳に届いたようで俺達は顔を上げて先頭を歩くその人を眺める。

『周りの声にはあまり耳を傾けないほうが良いです』

「それは…」

『良くも悪くも、今回のドリフェスは注目を集めています。純粋な期待だけなら良いんですが…今の僕達に向けた言葉だけならまだしも侮蔑まじりの内容も混ざる可能性が高く、お耳に入れると気分を害してしまうかもしれません』

「同じ学校の人なのに、ですか?」

『…少しだけ、うちの学校は複雑で』

言葉を濁した紅紫さんはもう一度謝罪を口にして、足を止める。

同じように逆先さん、乙狩さん、大神さんも足を止めて、目の前にいるその人を見つめた。

「ん、な!?」

初めて見たその人は、キレイな赤色の瞳を丸くしてた。次にはプルプルしたと思うときっと睨みつける。

「お主ら…我輩の誘いを断って二人についたのか…!」

「う、ご、ゴメンネ、兄さん」

『二人のほうが早く声をかけてくれたので、すみません』

申し訳なさそうな逆先さんと一応といったように謝った紅紫さん。驚く俺達にすっと腰を折った椋実さんが耳打ちしてくれる。

「あの人が今回の対戦相手の一人、UNDEADリーダー、三奇人の一人、朔間零だ」

俺達のことは目に入ってないのか、その人は依然としてぷるぷると震えたまま唇を噛んで、眉根を寄せた。

「もういい!てめぇらなんて知らねぇ!負けて一生後悔しろ!」

さっきの不思議な口調はどこへやら。勢い良く不貞腐れたみたいに捨て台詞を残して背を向け早足で離れていってしまったその人にぽかんとしてれば、紅紫さんは困ったように笑った。

『あれは…ううん、この後が面倒臭そうだ…』

「っ〜!兄さんにもう知らないって言われた!君のせいだから!」

「は?!」

「お、おちついてくれ、逆先」

紅紫さんに怒る逆先さんを大神さんと乙狩さんが慌てて止める。紅紫さんはごめんごめんとあやしながら視線を上げて頷く。視線の先にいた檳榔子さんと椋実さんは同じように頷くと携帯を操作しはじめて、盗み見てたらしい群衆は一連の流れに俺達と同じようにぽかんとしてた。

『大丈夫大丈夫。僕達が勝てばいいんだから』

「っ、負けたら許さないかラ!」

「は!負ける気なんてはなからねぇよ!」

「絶対に勝つ。俺達は四人でUNDEADだ」

怒ったときに乱れた髪を直しながら鼻を鳴らす逆先さんは、テレビで見るのと随分表情が違う。

呆ける俺達に気を取り直したように笑みを浮かべ直した紅紫さんはまた歩き始める。

先程までとは違った意味で騒がしく、慌ただしい舞台裏に近いそこで紅紫さんは檳榔子さんに目を合わせて、合図だったのか檳榔子さんがぱっとスマホの画面を見せて笑った。

「はーちゃん、なっちゃん!頑張ってね!」

「応援している」

『ありがとう』

「なっちゃん、はくあ」

ゆるくてふわふわとした、掴みどころのない声。淡い水色が視界に入って驚きから固まった俺達にその人はふふっと笑った。

「おや?このこたちは『おともだち』ですか?」

『はい。僕の友達で今日は用事ついでにドリフェスを見てもらおうかなと思ってついてきてもらったんです』

「そうだったんですね〜」

あっさりと嘘を受け入れて笑うその人の掴みどころのなさに戸惑っていれば椋実さんが小さく息とともに言葉をこぼした。

「深海さん、三奇人の一人だ」

「あの人もっすか!?」

「才能だけじゃなくて言動もちょっと奇人ってかんじだよね♪」

補足してくれる二人に感謝しながらその人を見つめる。薄暗い夜でも淡く光ってるような水色の髪。声と同じくらい柔い笑みも相まって所謂不思議ちゃんっぽいその人に同じ奇人と言ってもタイプがだいぶ違うらしい。

紅紫さんに微笑み、逆先さんの頭をなでてたその人は現れたときもそうだったのかふわふわとした足取りで人混みの中に消えていった。

今のは応援しに来たんだろうか。目を瞬いてるうちにすぐ近くで足音がした。

「しろくんって基本こういう面倒事に巻き込まれてるよねぇ〜」

聞こえてきた皮肉っぽい言葉に顔をあげる。そこにいたのは雑誌で見た顔で、んんっと変な声が喉の奥から出た。

『泉さんこそ、こういうことに巻き込まれるなんて珍しいですね』

「まぁかおくんは一応クラスメイトだし、なにより守沢と天祥院がうるさかったからねぇ」

『…案外クラスメイトと仲良しで安心しました』

「はぁ?馬鹿言わないでよねぇ」

『ふふ、すみません』

仲がいいのか、顔を合わせるなりテンポよく会話したと思うと瀬名さんが息を吐いて、首を横に振った。

「………はぁ。まぁいいけどさぁ。てゆうか、今回のこれは俺にも責任があるし…」

『え?』

「…仕方無しに参加しただけだけど、負けないからねぇ?」

聴き返そうとした紅紫さんに瀬名さんは自信有りげに笑って手をひらひらと動かし離れていく。

「おいおい、Knightsも出んのかよ…」

『それだけじゃないけどね』

これとスマホの画面を見せる紅紫さんに、一番近くにいた逆先さんが一番に目を丸くした。

「はぁ?!兄さんってば師匠まで引き込んでるの!?」

『うん。さっき会ったけど、羽風さんは瀬名さんと守沢さん、天祥院さん。朔間さんは日々樹さん、青葉さん、斎宮さんで決まったみたいだね』

「………なにそれ、零兄さんは人脈の無駄遣いだし、羽風さんのところもリーダー格ばっかじゃん…」

聞くなりげんなりした逆先さんと固まってしまった乙狩さん、大神さん。意味がわからず見上げた先の椋実さんが息を吐いた。

「羽風さんのユニットにいるのはうちの学園でも屈指の強豪ユニットのリーダーが二人とサブリーダーが一人。そのうちの一人は生徒会長でもある。そして朔間さんのユニットには奇人が本人含めて三人。青葉さんは奇人ではないが元は生徒会長とユニットを組んでいて実力は折り紙付きだ」

「それ、かなり不利ですよね」

「不利だな」

「………………」

言い切った椋実さんに言葉を失う。眉根を寄せた大神さんに眉尻を下げた乙狩さん。てっきり二人は強気に頷くと思っていたばかりに、妙に落ちていくテンションに戸惑いから唯一変わらない表情の逆先さんと紅紫さんを見た。

「ど、どうしたんすか!?」

「まぁ、色々あるんだヨ」

くしゃりと髪を混ぜる逆先さんも目の奥に迷いが見えて、手を叩く音がして顔を上げる。

『乙狩、大神。気後れしてる場合じゃないよ』

微笑んでいるけど真面目な表情。紅紫さんの声に固まってる二人に椋実さんと檳榔子さんは頷いて同調する。

「なんのために手伝ったと思っているんだ」

「やる前から気持ちが負けちゃってたら勝てるものも勝てないよ!」

「それは、」

『少なくとも俺は一度受けた依頼はきちんと遂行するよ。君たちの願いは勝ってUNDEADを今の四人で継続すること。違うの?』

大神さんと乙狩さんが目を丸くして、紅紫さんがほっとしたように笑う。

『俺は負ける気はないよ。ねぇ?逆先』

話しかけられた逆先さんも頷いて真剣に二人の目を覗く。

「君たち二人に理由があるように、僕にも負けられない理由があル。UNDEAD、解散したくないんだロ?」

「…、あったりめーだ!足引っ張ったら許さねぇぞ!」

「ああ、相手が誰であろうと、絶対に俺達が勝つ」

『うん、そのいきだよ』

「全く、手がかかル」

頭が痛いみたいに押さえて息を吐いた逆先さんは椋実さんを見上げた。

「そろそろ観客席に行ったほうがいいんじゃないノ」

「そうだな」

「じゃ、行こっか!」

「は、はい!」

ハヤトっちが返事をしてそれから俺達は四人を見る。

「お、応援してます!」

「頑張れ!」

「メガメガ盛り上げるっすよ!」

「祈ることしかできませんが、頑張ってください」

「応援、してる…」

四人は含んでる感情は違うのかもしれないけど笑って衣装を翻した。

『ありがとうございます』

「うん。応援、期待しているネ」

「ああ、必ず勝利をこの手におさめよう」

「声援が小さかったら容赦しねぇからな!」

それぞれの笑顔にほっとして、大きく手を振りながら観客席に向かう。観客席はスタンディング式らしく、文化祭のときのようなステージに観客が立って騒ぐタイプらしい。

一応区分分けされてるらしい観客席で俺達は誘導されるままに前の方に通された。

今か今かと出場者を待つ観客。今にも爆発しそうなくらいに期待が高まってるのかこっちまで熱が伝わってきててきょろきょろとあたりを見渡してしまう。

「はい、伊瀬谷くんの分!」

「あ、ありがとう、ございますっす」

「サイリウム…?」

ナツキっちが手の中で光るそれに首を傾げる。みんな同じようにサイリウムを持っていて、周りの観客もサイリウムを持っている人がほとんどだった。

「投票はね、このサイリウムの色で決まるんだよ!」

「下のボタンを押すと色が変わる。下から上に順にポイントが高く、最高点は虹色だ」

「へ〜!ハイテク!」

試しにボタン押して虹色や赤、黄色に色を変えるハルナっち。ジュンっちも同じようにサイリウムの色を変えてたと思うと首を傾げた。

「けれど、本来ユニットにはテーマカラーがあることが多いと思います。サイリウムの色で特典が決まるのは理解できましたが誤って色を変え忘れてしまうこともあるんじゃないですか?」

「各ユニットの演目最終になるとサイリウムは自動消灯して自身で点灯させないといけない仕様だ」

「ファンの子ほどちゃんと応援してるわけだから、基本的には最後にはちゃーんと点数の色にするようにしてるんだよ♪」

「一瞬真っ暗になるってことか…」

「ちょっと、こわい」

「ふふ。全力出して、暗闇の後何色に染まるか舞台からはぜーんぶ見えちゃうの。それがドリフェスの醍醐味だよね〜」

「点数をつけてもらえるだけ最近のドリフェスは優しいしな」

「うんうん」

一部二人の会話に違和感を覚えたけど、なにがおかしかったのかがわからない。原因を探すよりも早く灯ってたはずの照明が落ちて、絶叫が響いた。

「な!?」

「始まるぞ」

慌てる俺達に慣れた様子の椋実さんと檳榔子さんは笑って前を見るように指示する。

コツコツと硬いヒール部分が床を叩く音が聞こえて、現れた人影はわかっていたけれど四つ。

長い白髪を上の方でまとめた人と、ベリーショートのピンクの髪の人。青縁の眼鏡をかけた人に、赤色の瞳の朔間さんが壇上に上がってた。

あちらでは女の子の歓声が、こちらでは奇人の単語と戸惑いのどよめきが聞こえる。

あれもこれもすべて無視して朔間さんは息を吸い、ドラムとギターの激しい音楽が鳴り始めた。

総じて低めな声質の人が揃っているのか低音に深みがある声が重なって響く。

「「仇返しシンドローム 嫌味ない正義

奸曲ヒロイン 『馬鹿がお似合い』」」

踊って歌うその姿に息を呑んで、そして、首を傾げた。

「な、なんか、怒ってる…?」

ステージ上のその人はさっき補足された奇人っていう概念の前提で見てもすごく迫力のあるパフォーマンスをしている。でも、言葉の節、不意に外れる視線の中に苛立ちみたいなものが見えたから自然と思考がそちらに奪われてしまって熱中するまでには至れなかった。

「れいがあんなに『かんじょう』をあらわにしてるなんて『めずらしい』ですね〜」

「うわ!」

いつの間にか後ろにいたらしくのほほんとした声が聞こえ、ハヤトっちが驚きのあまり叫べばくすくすと笑った。

「けんがくの『おじゃま』をしてしまってすみません」

「あ、いえ、こっちこそ驚いてすみません…」

「いえいえ、きにしないでください♪」

にっこりと笑ったと思うと綺麗な緑の目を舞台に向けた。

「きみたちがはくあの『おともだち』なのなら、きっとこのぶたいをみていて『いわかん』をおぼえていることだとおもいます」

「違和感…」

「はい。げんにきみたちも、いちぶのせいとも、ぶたいに『ねっちゅう』できていません」

緑色の瞳が誰を見ているのかはすぐわかった。きっと今も激情のまま叫んでいる朔間さんを見据えていて言われたことの意味を理解してるらしいみんなも微妙な表情をしてる。

「かんじょうをつたえるのはわるいことではありませんが、じしんで『こんとろーる』できていないかんじょうは、いまのようにみているものを『こんらん』させてしまいます。れいはそのことを『しっている』はずですが、ほんばんまえに『なにか』あったのかもしれませんね?」

「あはは!かなちゃん先輩、知ってるくせに♪」

「ぼくもほんばんまえにかおぶれを『かくにん』したときはとてもおどろきましたよ?」

仲良さげに笑いあう二人に俺とハヤトっちは目を合わせて首を傾げ、ハルナっちとジュンっちは物知り顔で目を逸らす。

舞台の上では三曲の演目を終えた四人が息をしていて、一瞬あたりが真っ暗になる。次には観客席から光が灯って、色とりどりのそれに朔間さんは唇を噛むとそのまま舞台を降りていった。

「すごかったです、けど…」

「うん、そ…だね…」

ジュンっちとナツキっちの浮かばない表情は折角のすごくかっこいいライブにのめり込めなかった勿体なさのせいだ。

「れいがこうだと、かおるもすこし『しんぱい』ですね」

「羽風さんは今回朔間さんと敵対しているが、深海さんは何故か、理由を知っているか?」

「いいえ。ぼくも『しょうさい』はしりません。けれど、はくあが『いちいん』のようですね」

「はーちゃん?」

「ええ。れいもかおるも、『いように』はくあの『どうこう』をかくにんしていたのでおそらくですが…」

ふっと明かりが消えて、今度は急に大きな音がして舞台が明るくなった。

「さぁ!魅ててね子猫ちゃんたち!」

飛び出した金髪の人は甘い声とルックスで観客の、特に女の子に笑いかけて、その横に姿を見せたのはさっき見た瀬名さんや茶髪と金髪の人の三人。

「「あらま 求愛性 孤独 ドク 流るルル 愛をもっと頂戴な ねえ 痛い痛いのとんでけ」」

最初のグループがパンクロック風だったけど、ここは路線が違うらしい。

「「存在感 血ドクドク 零るルル 無いの?もっと愛 愛 哀 哀 叫ベベベノム」」

「めっ!」

笑った羽風さんは笑顔なのに困り顔で、視線が迷ってる。周りで一緒に歌い踊る三人の瞳が羽風さんを見ていて、檳榔子さんが口元に手のひらをおいた。

「セッちゃん先輩ちょー怒ってるね!」

「あれは手が出そうだな」

椋実さんが頷いて、位置替えをしてる四人。羽風さんと入れ替わった瀬名さんのスレ違い様の行動に目を瞬いた。

「え、今、蹴り入れた?」

「あはは!セッちゃん先輩だいたぁ〜ん!」

「バレたらどうする気なんすか…?」

「『ぼうりょく』はぶたいじょうでもいけませんといっているのに…」

額を押さえた深海さんは息を吐いて、心配そうに舞台を見据える。

「いずみとちあきが『ふぉろー』してくれてますが、これでは『まんてん』はむずかしそうですね…」

「てんしょーいん先輩も本調子じゃなさそうだし、すっごく大変そ」

ファンからの歓声は確かにあるけど、何かが違う。

小骨が喉に引っかかってる感覚って多分こんな感じなのかなと思いながら演目を見守る。

朔間さんと違い、ちょこちょことMCを入れて三曲分の出番を終えた。

さっきと同じように色とりどりの光に見送られて羽風さんたちも降壇する。

「やっぱUNDEADが分裂してんのか」

「でも天祥院も手貸してるぞ」

「どういうことだ?」

二組の出番が終わって、ざわざわと観客が騒ぐから思わず心臓のあたりで手を握る。

「だだだいじょうぶ、っすよね?」

「だだだ大丈夫に決まってるだろ!」

ハヤトっちと目を合わせてればジュンっちとナツキっちとハルナっちも心配そうに深海さんと椋実さんと檳榔子さんを見上げた。

「落ち着け。勝算はある」

呆れたような椋実さんの表情が心臓に痛い。深海さんが俺とハヤトっちの背を叩いた。

「かおるはなにかに『こうかい』しているようでしたし、れいは『いらだつ』あまり『しゅうちゅう』できていない…これならあのこたちにも『しょうき』がありますよ」

のほほんとしてて難しく見ていなそうなのに、随分と冷静に分析して笑ってる。
 
「えっと…深海さんは誰の応援をしてるんですか?」

「そうですね…れいはぼくの『きゅうゆう』ですし、かおるはたいせつな『ともだち』、なっちゃんはかわいい『こうはい』ですからほんらい『ゆうれつ』はつけたくありません」

ハルナっちの問いかけに息を吐いて首を横に振る。どこか悲しそうなのは本当にその人が大切で困ってるからだろう。

でも、とその先の言葉を口にした。

「『じゅんすい』にこんかいのらいぶだけにかんして、『ひいきめ』なしにてんをつけるのであれば、なっちゃんたちのゆにっとにぼくは『とくてん』をいれるとおもいます」

ぴこぴこと鳴りはじた電子音。明るくなったステージの上には衣装に着替えたさっきの四人がいて、表情が作られてる。

目をつむってる逆先さんと紅紫さんは後側、乙狩さんと大神さんは前で、音にあわせて腰を動かしたと思えば後ろの二人は目を開き、ばっと四人が揃った。

『「「許さないよ」」』

ぞくりと背筋を這うような、そんな視線と声。四人の揃った指先と笑み。圧倒されて言葉を失えばふふと深海さんが笑った。

「『あらけずり』みたいですが、なんとか『かたち』にはなったみたいですね♪」

「あ、荒削り…?」

信じられない単語を聞いてしまって目を瞬く。こんな凄いのに、これでもまだ完璧じゃないなんて。

「やっぱりはーちゃんとなっちゃんやりにくそぉ」

「シャフルライブをしたことのあるあの二人だけならまだしも、乙狩と大神とのステージは初めてだから仕方ないだろう」

二人の続けた言葉にさっきの深海さんが嘘も冗談も言ってないことに気づいて混乱する。

確かに、確かに練習してて合わないって口々に四人は言っていたけど、前提が間違っていたらしい。

「初めての人と、息を合わせてるんですか?」

「別ユニットなんだ、当たり前だろう」

そんな至極当然みたいに言われてこっちのほうが困惑する。

「そのためにあれだけ短時間に詰め込んだんだ」

「はーちゃんとなっちゃんは今回、魅せるんじゃなくて二人に合わせてフォローに専念してるからね〜。普段の二人の3分の1も力が出てないよぉ?」

サイリウムを振りながら笑う檳榔子さんに固まった。

「驚くのはいいが、サイリウムを振れ。大神が睨みつけて来ているぞ」

「は、はい!」

俺達が慌てて音にあわせてサイリウムを振れば確かに大神さんの怖い目が穏やかになって楽しそうに笑う。

その表情があまりに輝いてるからなんて綺麗なんだろうと息を呑んで、椋実さんがサイリウムを振りながら俺達を見た。

「はくあはもちろんだが、逆先も曲がりなりに奇人の名を冠している人間だ。勝算もなく引き受ける馬鹿ではない」

コートを翻して袖にはけた紅紫さんと逆先さんに、残った二人だけが踊って歌う。ばかばかと舌を出した大神さんに心臓が音を立てて、今度は二人が下がった。

『また鳴る携帯 今度はあの人に 馬面なのにスター面さん』

「たらし込んで私も呼んでさ 乙女心食い物にしてた』

ここに来て二人が初めて前に出てソロで歌う。妖艶に笑む二人の息はバッチリで、紅紫さんにはどきどきと、逆先にはゾクゾクと体が反応する。

『「迷妄女子今日も歩んでく 怪しげな携帯握って
道義だと自身 棚に上げたエゴイズムとクソスタンス」』

ターンで揺れる裾すら、乱れもズレもない。四人が揃って音に厚みが増す。

『「「真実と妄信 ハマり込み 粗探し鬼捜しで 隠れんぼ 開催
Re;Re;「本当の嘘つきはどこの誰だろうね?」」」』

「もういいかい?」

「まだだよ」

「あー 見つけた」

『貴方だけは絶対に。ーーーに。』

紅紫さんのロングトーン。ぴたり止んだ瞬間に四人が揃ってフリを踊り、顔を下げた前の二人がゆっくり顔を上げた。

『「許さないよ」』

「っ!」

なんだ、なんだこれ、

心臓が痛いとかそんなレベルじゃない、瞬きも呼吸も忘れて魅入って、血が逆流でもしてるみたいに体が熱い。

四人が揃って歌えば鼓膜を伝って脳が揺らされてる感覚になるし、音が止まると共に定位置でポーズを取る四人を視界におさめれば思わず叫んでしまう。

「メガメガかっこいーっす!!」

「かっこいい!!」

「さいこう…!」

拍手を送るジュンっちとナツキっち。続けて鳴り響き始めたのは同じく練習していた曲で、あれだけずっと練習風景を見ていたのに本番とは全然違って見えるんだから不思議だ。

俺達だけじゃなく、周りの観客も同じように音にあわせてサイリウムを振る。

荒削りとは言ってたけど、深海さんも見守るように微笑んでいて、四人は楽しそうに笑っているから見てる俺達もわくわくして釘付けになる。

ここにきてようやくなくなったあの違和感にテンションが上がって、とにかくサイリウムを振って声援を送れば大神さんがレスをくれて心が跳ねる。

大神さんの煽りに、乙狩さんの真っ直ぐとした歌声。逆先さんと紅紫さんのフォローとリード。

バラバラなのにきちんとまとまってる舞台は綺麗でとてもかっこいい。

いつの間にかすべての曲を歌いきっていたらしく持っていたサイリウムの明かりが消える。はっとして慌てて虹色を灯せば紅紫さんたちは嬉しそうに笑って手を振りながら壇上を降りた。

「………我輩の場所なのに、」

ぽつりと聞こえた悲しそうな声。音源は少し離れたところで唇を噛んでる出演者の一人で、あれはそう、朔間さんだ。もしかしてと探せば対極な場所に立つ羽風さんも寂しそうに目を伏せて、またステージを見つめてを繰り返してる。

二人は別々の場所にいて違う表情をうかべてるのに同じタイミングで舞台袖に消えた。

「さて、ぼくはそろそろいきますね」

「かなちゃん先輩またね〜!」

「お疲れ様でした」

サイリウムを下ろして檳榔子さんと椋実さんに挨拶をした深海さんは今度は俺達を見て微笑む。

「はくあの『おともだちさんたち』。こんかいはなんとかなったようですけど、『つぎ』はいりこむときはおなじように『せいこう』するとはかぎりません。もう『あぶない』ことはしてはいけませんよ?」

「う、は、はいっす」

全てお見通しらしい。

肩を竦めた俺にゆるく笑んで、するすると人混みを抜けていく。あっさりと見えなくなった水色に息を吐いて顔を上げる。

喧騒が少しずつ小さくなっていってる。

「あ、あれ?帰っちゃうんすか?」

「結果発表はまだですよね?」

「今回はB1。野良試合みたいなもんやから観客に結果は伝わらんし、関係者でもなければこれでお開きや」

聞こえてきた耳馴染みのない声と言葉遣い。声のもとを探せば緑色の髪が揺れてて隣で赤色がおっとりと微笑んでた。

「お疲れ様です、シアンくん、黄蘗くん」

「ああ。柑子、木賊、助かった」

「間にあわんかったらどないしよう思ったわ、全く」

「結果オーライだね♪」

四人の色味にぱちぱちとまばたきをして、隣のハルナっちの手を取った。

「キーボードの木賊さんに、ドラムの柑子さん!」

「confectioneryコンプリートっす!!」

「「やったー!」」

当初の目的、confectioneryに会うがまさかこんな形で達成できると思わなかった。

ハイタッチする俺達に四人は不思議そうな顔をして、ジュンっちとハヤトっちが慌てて俺達の服を引いた。

「ちょっと、二人とも大きな声出さないでください!」

「目立つ、目立つから!」

「二人も、声大きいよ…?」

「だって!ほら、ジュンっち!キーボードの木賊さんっすよ!!」

「それはわかってますが今はそういうことしてる場合じゃありません!」

「え〜!俺柑子さんと話ししたかったのに〜!!ハヤトもギターの話ししたいって言ってたよな!?」

「それはそうだけど!」

慌てる二人におろおろするナツキっち。四人は顔を見合わせて木賊さんと椋実さんは首を横に振り、柑子さんと檳榔子さんは笑顔のまま口を開かない。

近づいてきた足音に顔を上げばそこには衣装のままの紅紫さんがいて、少し離れたところに逆先さんと大神さんと乙狩さんが見える。

紅紫さんは足を止めると柔く微笑む。

『本日は協力してくださってありがとうございました』

「こ、こちらこそ、庇ってもらった上に素敵なライブまで招待してくれてありがとうございました!」

はっとしたハヤトっちが頭を下げようとして大丈夫ですよと止められる。

ライブ終わりなのに爽やかな表情の紅紫さんは隣の柑子さんに目を合わせて、そうすれば檳榔子さんがぴょこりとトップの毛を揺らしながら携帯を見せてきた。

「今日はバタバタしちゃっててあんまりお話できなかったから、今度お話しよ!」

「いい、の?」

「もちろん!だから連絡先交換しよーねっ!はい♪」

「っ〜!感激っす!」

メッセージを送って繋がったことを確認して携帯をしまう。

檳榔子さんはそのまま携帯を操作し始めて、紅紫さんが頷いた。

『それではライブはこれで終わりです。遅い時間ですし、単独での下校は目立ってしまいますから柑子が皆さんをお見送りします』

「それでは皆様、下校いたしましょう」

小学生の時に先生と下校した時の感覚。にこやかに微笑んでる柑子さんに先導されて歩き始める。

振り返ると紅紫さんと逆先さんはゆるく、大神さんと乙狩さんが大きく笑って手を振ってくれていて俺達も手を振り返して行き道とは違い校門をくぐって、柑子さんがそれではと礼をした。

「本日はご協力ありがとうございました。また皆様にお会いできる日を楽しみにしています」

「こ、こちらこそ、本当に本当に、助けてくださってありがとうございました!」

「ふふ」

さっきと同じことを言ってるハヤトっちに柑子さんは穏やかに微笑んだまま、そして視線を少し上げてジュンっちを見る。

「冬美さん。キーボードを担当されている方は珍しいですから、厳密に言うとシンセサイザーですが木賊とお話してくださると嬉しいです」

「あ、は、はい。こちらこそ楽しみにしています」

「次にお会いする日はお話を聞かせてくださいね」

「うおお!お願いしまっす!」

嬉しそうなハルナっちにまた頭を下げて、柑子さんに手を振りながら歩いて駅に向かう。

歩いて歩いて、学校が見えなくなって、それから大きく息を吸った。

「ん〜!!ホントサイコーだったっすね!!かっこよかったっす!!」

「いきなり大きな声出すなよ、もう」

驚いたみたいなハヤトっちに笑えば俺以外のみんなも感動してたのか同じ表情で頷いてる。

「いつか、confectioneryの皆さんと一緒にライブしてみたいですね」

穏やかな表情で呟いたジュンっちにナツキっちも頷いて、来た電車に乗り込んだ。



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