ヒロアカ 第一部
二回戦、第一試合。次は轟くんとだからと緊張しながらも高揚した表情の出久を見送る。入れ代わるように帰ってきた勝己はまっすぐ俺の隣に足を進めて座った。
『お疲れ様』
「………次、出留が勝てば対戦だな」
『あー、そういえばね』
ブロック分けからして、俺が常闇くんに、勝己が切島くんに勝てば俺達は対戦することになる。指摘されたそれに今更気づいて頷けば勝己は少し考えるような間をおいて眉根を寄せた。
「…………妥協すんじゃねぇぞ」
常闇くん相手にさっさと試合放棄しようとしていたのをやはり見抜かれていたのか再度釘を刺されて苦笑いを浮かべる。
『うん。……それよりもさっきのブーイング、大丈夫か?』
「あんなもん羽虫が飛んでんのと一緒だ。気にすんだけ無駄だろ。判るやつだけ判ればいい」
あっさりとした勝己の言葉はいつも通りだ。ばたばたと足音が響いてよう!と声をかけられ顔を上げる。
「さっき芦戸と戦ってた緑谷だよな!」
『ああ、緑谷出留。切島くんだったよね。どうした?何か用?』
「用っつーか聞きたいことあって!緑谷ってことはうちのクラスの緑谷の兄弟か!?」
どかりと勝己の隣に座り明るく話す切島くんに頷いた。
『そう。緑谷出久の双子の兄の出留。好きに呼んでね』
「おう!俺は切島鋭児郎!そっかそっか!緑谷の兄貴なら爆豪の幼馴染なんだから仲いいよな!」
コミュニケーション能力の高さとすいすい進み弾む会話は先程少しだけ話した轟くんとは真逆に感じる。
何か言葉を返そうとしたところで切島くんを呼ぶ声がして、金髪の青年と黒髪の青年が少し離れたA組のクラス席で手を振ってた。
「爆豪はここで見んのか?」
「ああ」
「じゃあみんなに伝えとくわ!じゃ、また!!」
嵐のように去っていった切島くんは同じクラスの子たちと合流して席に座る。
返事の通り残った勝己に首を傾げる。
『みんなと見なくていいの?』
「……お前、この試合落ち着いて一人で見れんのか」
『え、そんなにヤバイ感じになりそ?』
「予想じゃ。どの試合よりヒデー状態になんぞ」
『……………俺、轟くんを消さないといけなくなる?』
「そうならんように落ち着いて見とけや」
脇腹を小突かれて浮かそうとしてた腰を下ろす。
ステージに上がった出久と轟くん。どちらも、というか轟くんの目が暗く殺意さえ篭ってるように見えて眉間に皺が寄る。
一介の高校生が、更にはヒーローを目指しているにしては似合わない表情をした彼は父親のエンデヴァーを目の敵にして、オールマイトを目の敵にしてる。
そのオールマイトのお気に入りの出久は彼の宣戦布告通りなら潰され捨てられてしまう芽だ。
開戦の合図と共に轟くんから氷が噴出する。一回戦同様氷漬けにして勝負を終わらせようとした轟くんへ、出久はでこぴんの要領で中指を弾き、氷を吹き飛ばす。遠目でもわかる、変色しておかしな方向に曲がってる中指。
『は?』
「デク、個性使っただろ」
『それは聞いてたけど、こういう怪我すんのは聞いてねぇ。キレそう』
「キレてんだろ、目がやべぇ。落ち着けや」
どんな顔をしてるっていうのか。続けて襲う氷の勢いをまた同じように指を弾いた際の爆風でかき消して、どんどん指の色が変わっていく。
指をすべてつかい、右腕を壊し、左腕が壊れて、すでに壊れた指で襲ってきた氷を弾いた。
立ち上がろうとした瞬間に強く腕が引かれる。
視線を試合から外すことなく俺の手を握ってるのはやはり勝己で、息を吐いて腰を下ろした。
「落ち着け」
いつの間にか止めていたらしい息を吐いて、吸って、スイッチを切り替えて首を横に振る。
『無理。出久すげぇ痛そう。見てるのも無理』
「ありゃデクがアホなんだろ」
変色した体の一部。出久が個性を制御できていないというのは本当らしく、使う度に骨が粉砕されていってるけれど、それにしたってあの壊し方は常人の域を逸脱してた。
轟くんへ腹パンをいれたりと反撃を始め、白熱しているらしい試合に観客は熱を上げていってる。相反し、俺の体温が下がっていった。赤黒く変色してる腕。昼に食べた弁当が戻ってきて口元を押さえる。
『気持ち悪くなってきた…』
「なら見んな」
伸びてきた腕が首あたりに回され引き寄せられた。俺も腕を伸ばして勝己の背に回し顔を腹に押し付ける。
『ほんと無理、まじ無理。怖すぎる無理』
「デクの怪我に耐性なさすぎんだろ」
深々と息が吐かれて仕方なさそうに頭に手が乗せられた。
響く轟音。その都度観戦が上がるからどちらかが仕掛けているのはわかるけど、その度に出久じゃないといいと思う。
『かわいい出久があんなに怪我するなんて』
「割と毎回怪我してんだろ彼奴」
『いつも怪我したけど治ったよの報告しかされないもん』
「もんとか言うなきめぇ」
『辛辣すぎる…もっと俺を労ってくれ…』
額を腹に更に押し付け息をする。俺でこんなに動揺しているんだからテレビで見ている母は失神してるかもしれない。
頑張る出久はもちろん見たいけど、こんなに心臓に悪いなんて聞いてない。
早く終われ。そんな願いが届いたのか一際大きな音が響いた後に熱が届いて、観客が歓声を上げた。
「緑谷くん場外…轟くん、三回戦進出!!」
「熱いバトルを制したのは轟焦凍!!すげぇ火力だ!お前のクラス何なの!!イレイザー!!」
観客は圧倒的なパワーを見せつけた轟くんを褒め、しっちゃかめっちゃかで体をぶっこわした出久に困惑してる。
「おー!爆豪…?ど、どうした?大丈夫か?」
観客よりも近く、聞こえてきたのは明るい声だった。さっき話した気もするその声はたしか切島くんで、近くには別の子がいるのか俺の安否を問う声がしてる。
「ただのブラコンだ、ほっときゃ治る」
「お、おおう?」
戸惑ってる声にそれ以上話すことはないとでも言いたげに会話がなくなり、それからため息が聞こえた。
「デク運ばれてったぞ。医務室行くんか」
『うん…』
「ならさっさと退けや」
髪が引っ張れて仕方なく体を起こす。目が合うなり勝己が固まって深々と息を吐いた。
「医務室行ったらお前のが治療されそうだな」
『うん…』
「さっさと行くぞ」
時間がねぇと続けて腕を引かれたから釣られるように立ち上がって歩く。普段よりもだいぶゆっくりと歩いてくれているらしく、たらたら歩いていても置いていかれることはない。勝己に引かれるまま歩き、立ち止まる。
扉を躊躇いなく開けた勝己に顔を上げると驚いた顔をした養護教諭の女性がいた。
「どうしたんだい、その子顔が真っ青じゃないか」
「見舞いさせたら治る。デクはそこか」
「ああ、緑谷くんはまだ寝てるよ」
ずんずんと足を進めて閉じられたカーテンを開く。中にはベッドがあって、その上には両腕にがっつりと包帯を巻いた状態で眠る出久がいた。
「おら、さっさと確認しろや」
『うん…』
近寄って頬を突く。ふにふにとしていて温かく、呼吸の度に微かに上下する胸に思いきり息を吐いてしゃがんだ。
「生きてんだろ」
『うん』
「後は起きてから直接本人に言えや」
『うん』
怪我をしてる手を触るのは流石にいけないだろうと髪を撫でるだけに留めてそれから立ち上がる。
勝己を見れば鼻を鳴らして目を逸らされて、見守ってくれていたらしい教師に頭を下げて部屋を出た。
「さっさとシャキっとして次に備えろや」
『もう大丈夫。ありがとな、勝己』
「次の試合で妥協しなけりゃそれでいい」
『程々に頑張る』
「きっちり頑張れや!」
少し荒らげられた声に笑って返す。
出久は心配だけれど、ステージの歓声の度合いから言ってそろそろ俺の試合になってしまう。
準備というほどでもないけれど息を整えるために深呼吸して、隣の勝己に手を伸ばした。
『旅行楽しみだし、頑張る』
「ああ」
見送られてステージに向かう。
「さぁ!試合も半分!次は一回戦電光石火の攻めで駒を進めた常闇踏陰vs未だ実力未知数!普通科からの刺客緑谷出留!!」
刺客ってなんだよと思いながらステージに立つ。向かい側の常闇くんは寡黙なタイプなのか口を横一文字に結っていて、笑顔はない。
「レディ、ファイト!」
「ダークシャドウ!」
『おおっと、』
開戦直後に襲ってきた生き物を避ける。ダークシャドウと飛ばれたそれは意思があるのか主の常闇くんの言葉に反応しているようで、これは実質二対一と考えた方が余裕持って挑めるかもしれない。
襲ってくる生き物をさっさと避けていく。やはり先程の芦戸さんとの対戦で足場の破損は警戒されてるのか床スレスレで旋回してる。
仕方ないかと襲ってきた生き物を少しだけ避けて腕を振るう。無事入ったアッパーに生き物は痛かったのか退いて、腕らしき部分で顔を覆った。
『あ、物理可?』
ならばやりようはあるかと床を蹴る。接近すればわかりやすく生き物が立ちはだかろうとするから腕や足を駆使していく。
「おおー!緑谷怒涛の攻め!!一回戦のときとは打って変わった戦闘スタイル!!次々繰り出される攻撃を常闇のダークシャドウがさばいていく!」
こういう別個体を使役してる系個性の人間は本体が弱いことが多いけれど、常闇くんの場合はどうなのか。仮説を検証するためにも近づきたいのに、ダークシャドウというらしい生き物の動きは機敏で、中々本体にたどり着くことができない。
「緑谷は攻めあぐねてるようにも見えるな」
「ダークシャドウの回避能力すげぇ!」
嬉々とした実況の片割れの声。
殴る、蹴る。バリエーションは出してみるけどイマイチ突破口となる綻びがない状態にどうしようかと考えようとしたところで観客の声がした。
「個性使えよ!」
目が覚めると白い天井が見えた。思わず起き上がるとリカバリーガールが僕に気づいたのか顔を上げて近寄ってくる。
「目が覚めたのかい」
「あ、は、はい!」
「アンタ無茶ばかりし過ぎだよ」
眉間に皺を寄せて息を吐かれる。両腕はしっかりと包帯が巻かれていて手は動かせそうにない。治癒を施してくれたのか痛みはほとんどなかった。
手を見つめてから思いだして顔を上げる。
「僕どれだけ寝てましたか!?兄ちゃんとかっちゃんの試合は!?」
「……今は切島くんと爆豪くんの試合中だよ」
「兄ちゃんの試合終わってる!?け、結果は!?」
「…………常闇くんの勝ちだったね」
「そう、ですか…兄ちゃん負けちゃったんですね…」
リカバリーガールの言葉に肩を落としてしまう。兄ちゃんがメダルを持っているところを見てみたかった。昔から兄ちゃんは何をしても一位になれるはずなのに、入賞しても表彰されないぎりぎりくらいの上にしかいかない。
今回はかっちゃんと何か約束をしているようだったからいつもより上を目指していたみたいだったけど、それだけ常闇くんが強かったってことなのかもしれない。
コンコンとノックが響く。そろりとなるべく音を立てないよう静かに開かれた扉からオールマイトが入った来て、僕と目が合うとほっとしたように息を吐いた。
「目が覚めたんだね、良かったよ」
「すみません、オールマイト。僕全然個性を制御できなくて…」
「それはいいんだが…」
「はぁ。治癒はとりあえず歩けるくらいまではしておいたけどね、今回は一気に治せないよ」
「すみません、ありがとうございます…」
的確すぎる指摘と、助言。オールマイトに促されて体育祭の続きを見に行くため走る。少しでも試合を見れるようとにかく走って、観覧席にたどり着いた。
「デクくん!」
聞こえた声に顔を向ければ麗日さんで、近くには試合を終えた上鳴くんや芦戸さんたちがいる。
「目覚めたんね!よかった!」
「うん!ついさっき…でも、かっちゃんの試合も兄ちゃんの試合も終わっちゃってるって聞いて…スゴく見たかったな…」
「あ、うん…………」
急に雰囲気を暗くして歯切れの悪い返事に首を傾げた。そういえばさっきのリカバリーガールも、オールマイトも晴れない表情をしていた気がする。
「あー、ちくしょう!負けちまった!強ぇーな爆豪!」
「うるせぇ」
近づいてくる足音と会話はついさっきまでステージに上がっていた二人のもので、姿を探す。出入り口から現れた二人は普段と変わらない表情で、切島くんが顔を上げるなり笑った。
「緑谷!目ぇ覚めたんだな!」
良かった良かったと笑う切島くんが隣に並んで、何故か今まで一緒に歩いていたはずのかっちゃんが足を止める。
妙な距離が生まれ、不機嫌そうなかっちゃんは僕を睨む。勝ち上がっているのに何故不機嫌そうなのかは理解ができず、それから、どこにも姿が見えない兄ちゃんに首を傾げた。
「かっちゃん、兄ちゃんは…」
「ちっ」
盛大な舌打ちが返ってくる。そのまま踵を返して来たばかりの道を戻っていったかっちゃんは苛立っているのに寂しそうで、不自然に静かになってる皆に視線を向けた。
神妙な顔つきでお互いに視線を向けてる皆。誰が声を発するか考えているような間に不安が襲ってきて、言葉を発したのはいつの間にかいた常闇くんだった。
「緑谷の兄は職員室にいるはずだ」
「と、常闇くん?え、兄ちゃんが職員室ってどうして…?」
「…二回戦は俺との試合だったのは知ってるな」
「あ、うん、もちろん。常闇くんが勝ったって聞いたけど…」
「……順を追って説明しよう」
険しい表情に圧されて頷く。常闇くんは腕を組んだ状態で息を吐いてから言葉を選んで繋げた。
「開戦直後、俺が先にダークシャドウを使って攻めた。緑谷兄は最初避けていたが、ダークシャドウに物理攻撃が効くとわかってか体術を用いて攻めを続けるようになったんだ」
「うんうん!兄ちゃんは回避能力も高いけどかっちゃんの相手してるくらい攻撃力もあるんだよ!兄ちゃんの身体能力って個性なしでも僕より段違いですごいのに、そんな攻めを捌いたってこと?常闇くんすごいね!」
「どちらかというと相手も狙いがあって余力を残しながら攻めてきていたから捌けていただけなんだが…緑谷兄が攻めて、俺が避ける。その攻防を少し続けたところで、観客からヤジが飛んだ」
“「個性使えよ!」”
聞こえたヤジ。周りもどうして個性を使わないのかと不審がっていて、隣のクソ髪とアホ面が俺を見た。
「そういや、あの人の個性ってなんだ?」
「ちっ」
「なんで舌打ち!?」
聞こえていないわけがないざわめきを出留は無視して攻撃を続ける。
揺さぶりのための緩急があるものの、最初と変わらないスピード、勢い。それを実現する体幹と体力は褒めるべき部分だろうに周りは何を考えているのか。
「サポートアイテムもサポート科限定だろ!なんで普通科がつけてんだ!」
続いた文句にうるせぇ声の出処を探す。さっさと息の根を止めるべきだ。
立ち上がろうとしたところで、キーンとハウリングの音が響いてヤジが消える。息を呑んだ観客に咳払いが響いた。
「おいおい!体育祭の規約を見てないやつが多いみてぇだな、今から説明してやるからよぉく聞けよ!リスナー!Hey!イレイザーよろしく!」
「雄英体育祭ではサポート科は自身の開発したサポートアイテムのみ使用可。そして公平をきすため、授業に実技のない経営科も同じようにサポートアイテムの使用が認められている。また、無個性の生徒に対しても同様、サポートアイテムの着用が可能だ」
「以上!実況からのありがてぇー解説だ!
Do you understand?」
実況の二人の言葉は半ギレなようだけど、きちんと出留が何故サポートアイテムを着用しているかの説明をする。言葉の意味を考えているのか左右のクラスメイトが静かになり、黒目が目を瞬いた。
「緑谷のお兄さん無個性ってこと?」
「ちっ」
「さっきから舌打ちしかしてないな!」
しょうゆ顔の声を無視してステージを見る。
動揺してるのか一方後ろに退いて距離を取った常闇に出留は思考の読めない顔で立ってる。
「無個性が体育祭なんかに出てんじゃねぇ!」
立ち上がって周りを見る。いかんせん人が多く、すぐには見つからない。バチバチと手のひらが誤爆をし始めていて、クラスメイトが慌てる。
「無個性がなんで出場して…」
「個性の戦いでしょ!?」
次々と聞こえる言葉はすべて出留がこの場にいることを否定する内容で、教師や善良あるヒーローが窘めようとしても消えることはない。
いっそのことすべて爆破してやろうと飛ぶために手すりに足をかけたところでクラスメイトは俺の手を引っぱって名前を呼び、コンクリートが思い切り砕ける音が響いた。
「…み、緑谷…?」
実況の片割れの驚くような声にステージを見る。音の元凶は出留で、足を叩きつけてコンクリートを割ったらしく破片が飛び散り、周りもヒビが入ってる。
俯いてる出留の意味のわからない行動に手すりに足をかけたまま俺は固まり、俺を下ろそうとしてるクラスメイトたちも固まって、ヤジも静かになった。
数秒の間。ゆっくり顔を上げた出留は俺を見ると口を動かす。
「は、まっ、」
俺が何か返すよりも早く、次には呆然としてる主審のミッドナイトを見て笑った。
『参った』
さらりと吐き出された言葉には感情が乗ってない。悔しさも怒りも何もないそれは形だけの笑顔で発せられていて、ミッドナイトが更に固まる。
「え、今、なんて…」
『参ったって言いました』
「、何を言って!」
同じ内容を繰り返せば急に感情が追いついたのかミッドナイトが声を荒げた。
実況の教師も、対戦相手さえも戸惑い混乱してる様子に出留はいつもの表情で、首を傾げる。
『俺が参ったって言ってるんですからもう相手の勝ちで良くないですか?』
「そんな投げやりな試合有効にする訳ないでしょう!」
『じゃあこうしましょうか』
常闇に背を向けてさっさと歩き始め、出留はステージを降りた。いかなる理由であろうと場外のそれに、常闇は歯を食いしばり、ミッドナイトが右手を上げた。
「緑谷くん場外。常闇くんの勝ち」
宣誓の瞬間、あふれ出したように罵倒が観客から発せられる。
無個性、失格、社会不適合。重なるいくつもの声に正確な内容を把握することはできなかったけれど、大体どれも出留を漏れ無く否定している。
力が抜けてふらつき、伸びてきた手が俺を支えながら床に下ろした。
「おい爆豪!爆豪、大丈夫か!」
どんだけひどい顔をしてるのか、顔を覗き込んできたクラスメイトが俺の肩を揺すって意識を確かめようとしてる。
サラウンドに聞こえる罵倒は実況や主審の教師、戸惑う善良なヒーローがキレて諭し、それでも酷い者は退場させるまで収まらなかった。
揺れた携帯に意識が戻って即座に確認する。出留からは落ち着くまで職員室に隔離だってとあっさりとした言葉が届いていて、応援してると言葉が続いた。
「なんで、」
事のあらましを聞いたデクくんは見開いた目から涙を零すと膝を抱えてしゃがみこむ。
「デクくん!」
溢れる涙を隠すように肩を微かにゆらして、嗚咽を押し殺す。自分が負けたことよりもお兄さんの試合結果に心を痛めてるのは一目瞭然で、みんなは言葉を選んで続けた。
「爆豪もブチ切れたと思ったら放心しちまうし、試合の再開まで十分以上かかって、カメラも止まってたみてぇだ」
「緑谷兄の隔離は安全を確保するためだ。もちろん今までの功績を取り消すわけでもないとミッドナイトも言っていたし、順位はベスト8になる」
二人の言葉に返事の代わりなのか少しだけ頷くけどデクくんが顔を上げることはない。
全国放送、本名も素顔もわかってる状態であんなヤジが飛んできてそれを晒されたなんて、これからお兄さんは生き辛くなるかもしれない。
デクくんはそれを理解してるようでただただ涙を零して、大きく深呼吸を繰り返すと俯いたまま涙を勢い良く拭って顔を上げた。
「ごめんね、みんな、教えてくれてありがとう」
擦ったせいか目元が赤くて痛々しい。言葉を迷う私達にデクくんは笑顔を浮かべて椅子に座った。
「もう飯田くんと轟くんの試合始まっちゃうね。二人ともどんな戦い方するんだろう、ちゃんと見よう」
指されたステージに全員が頷くしかなくて、始まった轟くんと飯田くんの試合を眺める。
轟くんはデクくんとの試合で使った左側の炎は使わずに氷だけで応戦して飯田くんのエンジンマフラーを凍らせて勝利した。
.