ヒロアカ 第一部
「一年ステージ、第一種目もようやく終わりね」
十五分ほどして第一種目は締め切られたらしい。最初から参加していないとほぼ同義の経営科を除いた生徒がほとんどゴールし、順位の集計も終わったところで始まりと同様に中心に集められた。
「それじゃあ結果をご覧なさい!」
担任の声と同時に巨大なスクリーンが画像を映す。
一位の文字と一緒に並んだ緑谷出久の文字、その下に並ぶのは轟焦凍、爆豪勝己。
二つの名前に笑みを浮かべ、それから下を見ていく。十五位に自分の名前があることを確認してからその下を見ていき、二十七位にある隣の人間の名前をみつける。
四十二位のところで止まったランキングにこれはもしやと顔を見合わせた。
「予選通過は上位四十二名。残念ながら落ちちゃった人も安心なさい。まだ見せ場は用意されているわ」
不敵に笑った人使は大変嬉しそうで、俺も予選通過したことに息を吐いて肩の力を抜く。
「そして次からはいよいよ本戦!取材陣も白熱してくるよ!気張りなさい!」
叱咤され、息つく暇もなく次の種目に移るらしい。担任がスクリーンの前で話し始める。ルーレットのように動き、止まった画面には騎馬戦と絵が出ていた。
二人から四人で一組の騎馬を作り、鉢巻を取り合う。鉢巻を取られたとしても騎馬が崩れなければ失格にはならないらしく、最終的に取った鉢巻に振られたポイント数上位四組が次にすすめる。
鉢巻のポイントは先程の障害物競走の順位に応じ、下から五点ずつ点数が上がっていき、一位には一千万ポイントが割り当てられた。
『配点ガバガバかな??』
「どれだけ鉢巻取られようとそれだけ取れば次に行ける。一発逆転のチャンスってことだろ」
『周りの目の色かわってんもんね』
息を吐いてそれから考えてみる。
個人的には出久と勝己と人使の四人で組むのが信頼関係においても無難だろう。けれど体育祭前の宣戦布告やそれぞれの性格を考えればどうやったってこの面子が手を組むことはない。
出久の点数は他の騎馬からは格好の餌食になる上、俺と組むよりもきちんと個性の使える、特に同クラスの子たちと組んでもらったほうが勝ち筋だ。
「出留」
ジャージが引かれて目を合わせる。周りは既に騎馬を作るために声を掛け合っているようで、人使が声をかけてきたのもそのことだろう。
『ん、あと二人どうする?』
「下手に自己主張の激しい奴は要らない。適当なのを捕まえてくる」
『オッケー。待ってる』
なにかあたりをつけたのか歩き始めた人使を見送り、壁の近くに腰を下ろす。
端に寄ったことで遠目にはなったけれど場内の様子がよくわかる。騎馬は次々と作られていき、勝ち残ったクラスメイト同士で組んでいるところが多い。
その中でも勝己はさっさと自身の個性と相性の良い子を捕まえ、出久は自身の持つ鉢巻のポイント数の高さから忌避されていた。
「待たせた」
『おかえりー』
帰ってきた人使の後ろには見覚えがあるような無いような、とりあえず同じクラスではないことだけは確かな男子が二人立ってる。どちらも虚ろな目をしていて個性をかけられたらしい。
「騎手はどっちがなる?」
『いざとなったら個性かけられるし人使が騎手のがいいんじゃない?』
「足元は任せた」
『おっけー。頑張る』
虚ろな目の二人が催眠状態でどこまで動けるのか確認しているうちにすべての生徒がグループに分かれたのか準備を促される。
首より上にのルールに従い四人分の点数が足された鉢巻を人使がつけた。
「雑魚刈りで着実に勝ち上がりを狙う」
『おー。最初は一位に群がる奴らが多いと思うからそのすぐ近くが狙い目かな』
「わかった」
『指示は適宜お互いに出して、駄目だと思ったら意見。その繰り返しでいけるっしょ』
「作戦変更も戦場でするしかないな」
騎馬を組むようにと指示がマイクを通して聞こえて、機動力と方向転換を考え俺が先頭、後ろ二人を洗脳中の二人にする。
上に乗った人使が息を吐いた。
「気がかりは、途中で洗脳が解けたときだが…」
『そんときはそんとき。最悪人使落とさなきゃいいんだし俺が支えて隅にいよ。それまでに点数稼いどきゃなんとかなる』
「最終手段だな」
『ま、俺も体力そんな保たないし最後まで洗脳解けないでほしいけどね』
全選手が準備を終え、空気が張り詰める。視線の先で最初の標的をバラしている騎手たちに俺達は狙い通り、周りを狩ることした。
「第二種目!スタート!!」
合図と共に一斉に駆け出す騎馬。出久は発目さんと組んだらしくサポートアイテムや仲間の個性をうまく使い躱していってる。
「左」
『150』
「次は、」
『2時方向の白黒頭、260点』
「おう」
出久は逃げることを選択したのか一千万点を保持したまま既に八分以上経過してる。二位は轟くんとやら。着々と他騎馬の点数を奪ってる。三位は勝己だったはずだけどB組の物間くんとやらに奪われて順位が変動してた。
いま俺達は六位。四位、五位は更に他のB組の騎馬らしく、最後の獲物を決める。
端に寄り、周りを見て笑う。
『人使』
「なんだ」
『最終、鉄哲チームから鉢巻を掠めて終わり。時間になったら後ろにつく』
「大丈夫なのかそれ」
『問題ないよ。B組の物間チームは爆豪チームに負ける。一千万ポイントは緑谷チームか轟チーム、爆豪チーム。最終四位以内にいれば俺達の勝ちだ』
時間が経つ程ポイントは偏り、上位に意識が集まる。隅にいるだけ、六位は割と微妙な立ち位置で意識の外らしい。
残り一分のアナウンスに息を吸って笑う。
『行くぞ』
「ああ」
走り、全員が中心で一位の入れ替わりに歓声を上げている最中にそっと鉢巻を人使が奪う。
「貰ってくぞ」
「は!?ふざけ、」
ぴしりと固まった騎手の鉄哲を確認して走って逃げることした。
走って、走って、そのまま氷の方へ。
「どこ行くんだ!」
『こっちの方が生きてる騎馬が少ない!』
慌てた人使の声と十秒前のカウントダウン。向かってきた騎馬を避けたところでガタンと音がして、右側に衝撃が走った。
「っ、なん、?」
『ちっ』
聞こえたのはずっと聞いていなかった騎馬の一人の、驚く声。足を止めてしまったその子に分離を恐れ走るのをやめた。
「俺、なんで」
『後三秒、黙っててね?』
「え、」
ちょうどよく響きわたったブザー音。同時にべしゃっと妙な音がして何かが落ちたようだ。
人使が降りて、もう一人洗脳を解く。呆然としてる二人を他所に人使は笑った。
「一位!轟チーム!二位!爆豪チーム!!」
聞こえてくる結果発表。周りが発表にあわせて歓声を上げていく。
「三位!てつ…心操チーム!いつの間に逆転したんだ!?」
驚く実況の声に釣られたようにどよめく観客。ようやく状況を理解したのかA組の、確か尾白くんが眉根を寄せた。
「俺達を操ってたのか」
「ご苦労様」
『騎馬の役足んなくて、ありがとね』
「っ、」
悔しそうに歯噛みする表情に手を振って二人から離れる。
四位は出久らしく、十六人が三回戦へ進出となる。
三回戦の説明は一時間の昼食休憩と、応援合戦を挟んだ後に始まるそうで、原則クラス毎に取る昼食に人使と持ってきたお弁当を食べることにした。
『快挙だねー』
「ああ。普通科でこの辺りまで残った奴なんていないだろうな」
少し上擦った声でパンを頬張る人使は大変嬉しそうで、食べるスピードもいつもより早い。
『体力はどう?』
「問題ない。訓練の成果だな」
『よかったよかった』
お弁当を食べきり、一度家族に連絡をするという人使と別れる。暇になってしまって、携帯を弄る。勝己とメッセージを交わしながら適当に歩いていると進行方向に勝己が見えた。
足音にか俺に気づいた勝己が口元に指を置いて、その場で足を止める。
響くのは聞き馴染みのない男の声で、誰かと話しているらしい。緑谷と呼びかけられたことに相手は出久かと納得したところで勝己の横に立った。
「クソ親父の個性を使わず一位になることで、奴を完全否定する」
エンデヴァーといえばあのオールマイトと並ぶヒーローの一人で、ヒーローランキングNo.2だろう。
そのエンデヴァーが一位になるためにしてきた行いと、巻き込まれた母となった女性。そしてその子供たちの話は盗み聞きを後悔するレベルで、ヒーローの家庭って意外とどろどろしててヤバイんだなと瞬きをする。
いつの間にか話は終わったのか出久も轟くんもどこかに行ったみたいだ。ずっと黙ってる小難しい顔をした勝己がジャージを引っ張った。
「彼奴が何だろうと関係ねぇ。俺は全員ぶっ殺して一位になる」
『俺も十位以内目指すよ。…次の種目、楽しみだね』
「楽しいも何もあるか」
服を掴んだまま歩き始めた勝己についていく。会場の外に出て、人目を避けるように裏手に回り、芝生に腰を下ろした。
そのまま背に凭れてきた勝己に目を瞬く。
『後二十分だけど』
「応援合戦出なきゃもっと時間あんだろ」
そのまま眠りにつく気らしく、背に凭れている状態じゃ動くこともできないから携帯を取り出して触る。
一応休憩が終わる時間にアラームをセットして、それから出久にメッセージを送っておく。相変わらず既読はついていないけれど、三回戦出場の祝いの言葉とそれから頑張れと応援を入れておいた。
どれだけメッセージを送っていたのか、草を踏む音がして目を向ける。
遠目からでもよく目立つ赤と白の髪色をした彼は俺達を見据えていて、そのまま足を進めると割と近い距離で腰を下ろした。
『こんにちは』
「ああ。……それ、爆豪、寝てんのか」
『昼休憩中だからね』
「そうか」
会話を弾ませる気はないのか、テンションは引く、語尾が下がる話し方に苦笑する。
一方的に名前は知っているものの特に仲がいい訳でもない彼がここにいるのはなんのためなのか。少し考えて隣に目を向けた。
『起こそうか?』
「んや、いい」
『そう?』
「用があるのはお前だから」
意外な言葉に目を瞬く。一方的に知ってる彼の名前は轟 焦凍。エンデヴァーというヒーローの息子で、さっき憎悪をむき出しにして出久と話してた子だ。
『俺のこと知ってたんだ?』
「知らねぇ。でも一位になるにあたって一応周りの情報は必要だろ。障害物競走で名前は見たし、次の三回戦も当たる可能性があるから覚えた」
『へー。それで?俺になんの用?』
「緑谷とオールマイトの関係について」
『出久の話?』
「彼奴、オールマイトのお気に入りだろ。そいつを倒せば、クソ親父を見返す足掛かりになる」
『はー、なるほど〜』
出久がオールマイトのお気に入りとか初めて聞く話に少し頭が痛くなる。
個性が似ているから気にかけられているのかもしれないと以前、同じクラスの飯田天哉くんと麗日お茶子さんが話していたのは事実。
けれど、急に発現した出久の個性と似すぎてる個性。お気に入りの意味を考えて息を吐いた。
『悪いけど君の望む答えを提示できそうにない』
「………どういうことだ」
『たしかに出久は俺の弟で一緒にいる時間も長いけど、個性とオールマイトの話は聞いたことがない。弱点もなにも、知らないことは話せないよ』
「兄弟なのになにも知らないのか」
『なら君は、兄弟や親のことをすべて知ってんだ?』
「、」
言葉に詰まったのか会話が途切れ、轟くんは目つきを鋭くする。
「どういう意味だ」
『別に?ただ聞いてみただけ』
「………俺は、」
ゆったりとしたオールゴール調の音楽が鳴り始める。言葉を遮られた轟くんは音源に目をやり、音を発してる携帯を取ってアラームを止めた。
『前だけ見るとか、誰かを恨むとか、何をするのも自由だろうけど、あんまりにも視野が狭いと足元掬われんじゃない?』
背中に凭れてる勝己を膝下に倒す。無理やり姿勢を変えさせたからかむずかる勝己の髪を撫でて、上がった瞼から赤色の瞳が現れた。
ぼんやりと俺をみつめてるらしく額をつつけば体を起こして、近くにいた轟くんに目を見開いて固まる。轟くんは少し勝己を見たと思うとすぐに目をそらして俺と目を合わせた。
「俺は必ずクソ親父を否定する…体育祭はただの通過点だ」
『そう。それならそれでいいんじゃない?』
立ち上がってさっさと歩いていく。会場に戻るらしい彼の背中が見なくなった頃に思いっきり胸ぐらを掴まれて引かれた。
『おおう?どうした?』
「いつ、あの半分野郎と仲良くなったんだぁ?」
『え?全然仲良くないけど?』
「じゃあ何しに来たんだよ彼奴!」
『出久のこと聞かれたけど、知らないことだったから知らねって言ったら帰ってった』
眉根を寄せて不機嫌を露わにしてる勝己はどうにも納得してないらしい。聞かれたところで俺にも謎なことが起きてたのだから勝己が納得できる回答ができるわけもなかった。
スヌーズ機能でアラームがまた鳴り始めて止める。
応援合戦が始まったのか賑やかさを取り戻してる会場を指した。
『戻ろ、勝己』
「ちっ」
手を離して立ち上がる。来たときと同じように歩いて、A組に割り当てられた控室近くまで送ってからC組用の控室に向かった。
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