ヒロアカ 第一部


昼休みに用事があったという人使はチャイムのギリギリに戻ってきた。暇だったから普段している筋トレをまとめてメッセージに送っておいたのだけどどうやら見てくれていたのか、目を輝かせてる。

『自分の体調に合わせて見直したほうがいいからね』

「ああ、とりあえずやってみる」

迷いなく頷いた人使は携帯を触っていて、送った筋トレのやり方を調べてた。勤勉さに感心しながら鳴り響いたチャイムと現れた教師に前を向く。

こっそり携帯を触ってる人使は授業を聞いてるのか聞いてないのかわかりにくい。時折ペンを動かしてノートを取っているように見えるけど、板書の必要ないところでも動いてるから筋トレの内容をまとめてる可能性もあった。

鳴ったチャイムと号令。退出した教師と同時にこちらに向いた人使に直前まで使っていたノートを差し出す。

「悪い」

『気にすんな。俺がサボったときは見せてね』

「ああ」

『やり方わかんないのありそ?』

「大丈夫そうだ」

こちらに開いて見せてくれたのはさっきまでペンを走らせていたはずのノートで、トレーニングの名前にやりかた、ポイントが纏められてる。

『よく調べたね』

「一時間あったからな」

口角を上げて笑う人使に同意して頷く。

体育祭の関係で準備期間中は授業数が減ると朝担任が言っていた通り、今日の授業はこれで終わりで、荷物をまとめたところで視線が刺さる。

横を見れば予想通り人使がこちらを見ていて問いかけるよりも早く口を動かした。

「敵情視察に行かないか」

『視察?どこに?』

指を立てて方向を示される。出入り口を見ればこぞってどこかにクラスメイトが向かっていて、首を傾げながら歩き始めた人使についていく。

階段を使い、別の階にたどりついたところでやけに人の溜まってる教室をみつけて目を瞬いた。

『ここって…』

「君たち、A組になにか用が…」

「なんだよ出れねーじゃん!」

人垣の向こう側、慌て戸惑うような声が聞こえてくる。

「何しに来たんだよー!」

少し高めの声が抗議しているけれど人は一向に減る気配を見せず、足音が近づいてきた。

「敵情視察だろ、ザコ」

低く落ち着いた口調で酷いことを言う。周りにいた生徒たちはざわついて、眉根寄せた。

「退け、モブ共」

扉のところに見えたのは金髪でそんな予想はしていたと苦笑いを浮かべる。

隣にいた人使が足を進め人混みを分けていった。

「噂のA組、どんなもんかと見に来たが随分偉そうだな。ヒーロー科に在籍する奴って全員こんななのか?」

わかりやすく勝己が苛立ち、近くにいる子達は首を横に振る。そこに出久が見えて、慌てふためく様子もかわいいなと頬を緩めた。

「体育祭リザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって、そのまた逆も然りらしいよ」

見合う二人の周りに漂う空気は不穏で、何か言おうかと息を吸う。

「俺は宣戦布告しに来たつもり」

静まり返った辺りに同じくヒーロー科のB組だという白髪の男の子が空気を壊して、勝己が歩き出した。

人使が宣戦布告をしたのはまぁ、やる気があって良いなとは思う。

そのまま踵を返して歩き始めた勝己を目で追ってたため、さっきの場所に取り残されてる俺に人使が目を瞬き、進行方向にいた俺に気づいたのか勝己と目が合うなり睨まれ、更に俺の姿を目視したらしい出久が声を発そうとして、担任に呼び止められた。

「いたいた!もう!搜したわ!」

『はぁ、お手を煩わせたようで…どうしました?』

「サポートアイテムについて説明があるからちょっとこっちに来てちょうだい!」

肯定も否定もする前に洋服を引かれて顔をあげる。

三人がそれぞれ俺を見ていたから両手を振ってからいつまでも引きずられていては仕方ないからきちんと自分の足で歩きついていく。

向かったのは会議室の一つで、中にはいるととにかく広く、そこには見覚えのない生徒たちがすでに座ってた。制服だけでなくツナギなどを纏っているところから見て、サポート科や経営科もいるらしい。

促されるまま端の空いている席に腰掛け、見ておいてねと机の上に用意された資料を指される。

薄暗くなった室内。前に立ったのは教員のヒーローで、俺は見覚えがないけど、たぶん出久に聞いたらすぐ教えてくれるであろうその人はサポート科の担任だと名乗り体育祭についての案内が始まる。

体育祭において、出場する際は体操服と身に纏うものが決まっている。けれど実践訓練があるヒーロー科との差を減らすため、特に実践訓練のないサポート科は自身の作ったアイテムに限り、そして経営科は任意のサポートアイテムを一つまで申請することで持ち込みが可能だという。

そしてさらに公平をきすのに無個性もサポートアイテムの申請が可能だそうで、普通科に所属する俺が呼ばれたのはこのためらしい。

サポートアイテムといえば大抵は自分の個性を増長させるか補う物を選ぶようだけど、俺の場合は何を選べというのか

ぼーっと眺めてるうちに説明は終わったようで周りは迷わず申請書を記入し始めた。

更に眺めてるうちに人の気配が寄ってきて、担任が眉尻を下げて俺を見てる。

「なにか必要なものはないの?」

『特にないです』

「そうね…たとえば相手の個性が目に起因することが多いから暗視ゴーグルとか眼鏡は人気ね」

『はあ』

「あとは純粋に攻撃をしたりするため耐衝撃効果のある靴やグローブ」

『………そういえば体育祭って対人戦闘があるんでしたっけ』

「対一かチーム戦かは年によって違うけど、例年通りなら大抵は用意されてるわ」

『あー、なるほど』

毎年出久と勝己が録画してまで見直してはいるけど、その後ろ姿を眺めるか夜飯の準備を手伝うかのことがほとんどで体育祭はあまり記憶にない。

戦闘があるなんて、出久が怪我をする可能性があるそれに母は泣かないだろうか

すでに心配の種があることに頭を掻けば、サポートアイテムに悩んでると勘違いしたらしい担任は落ち着いてと微笑んだ。

「期限は一週間あるから、貴方に合ったものをみつけてちょうだい。もちろん困ったら声をかけてね。手助けは惜しまないわ」

『ありがとうございます』

申請書を提出したら帰っていいのか席を立つ人間がちらほら現れ始めたところで便乗して立ち上がる。

担任に挨拶をしてから部屋を出て携帯を見れば三人からそれぞれメッセージが届いていて、唯一待ってると入ってた相手に、終わったよと送ればすぐに校門前と返事がきた。

足早に向かえば壁に凭れてた体を動かして、俺と目が合うなり歩き始める。

『おまたせ』

「待ってねぇ。用があったから残ってただけだ」

顔をそっぽ向いて鼻を鳴らす勝己は少し歩いた頃に俺を見据える。

「サポートアイテム何にすんだぁ?」

『悩んでる。個性関係ないし、やっぱ身体能力補助で考えるなら手か足保護できるもんがいいよな』

「だろうな」

体育祭の種目がどんなものなのかはわからないけど、対人戦闘があるなら武器代わりになるものをもらうにこしたことはない。

実績や気合の入れ良いからして、上位に入るであろうヒーロー科の、更には勝己や出久と戦うかもしれないと仮定をしたところで頭を押さえた。

『たとえ模擬だとしても出久を傷つけるなんてできない…』

「アホか」

『俺が出久を傷つけたとして、そのまま自分をぼこぼこにして死ぬ』

俺と出久が取っ組み合いどころか口での喧嘩もしたことがないことを知ってる勝己は器用に片眉を上げて歯を見せる。

「過保護も大概にしろや。だから彼奴はいつまでもデクなんだろ」

『だって出久可愛いんだもん』

「だもんとか言うな、うぜぇ」

ポケットに手を突っ込んで口を閉ざした勝己に息を吐く。

授業の一環で成績に関係するとはいえ、出久に手を上げるなんてできるわけがない。

「そもそもデクとお前が対戦するとも限んねーだろ」

『心構えだけはしておこうかなって。…まぁその前に、俺が予選上がっていけるかも謎だし』

「大抵はモブらしく最初にふるいかけられて落ちるしな」

『二十人くらいになってから直接対決って感じだったっけ?』

「ちゃんと見とけや」

『ごめんごめん。興味ないからさぁ』

「よく受かったよな…」

『推薦じゃ体育祭の意欲確認されないから』

笑えば首を横に振られる。電車に乗って最寄りで降りた。

ここまでくればあと十五分もしないで家につく。

普段からあまり話すほうじゃないから歩行速度は早い。出久がいる時はもっとゆっくり歩くけど、今日は久々に二人だからさっさと歩いてる。

いつもの別れる場所で勝己が珍しく足を止めた。

「グローブかブーツにしろ」

『サポートアイテムの話?』

唐突に言われた内容にさっきまで話していたことを思い出して首を傾げる。当たっていたようで小さく頷かれた。

「個性使わんなら武力行使するしかねぇだろ。そのままぶっ叩いても身体痛めるだけだ」

『俺の腕と足で勝てるもんかな』

「知るか。そんなもん出留次第だろ」

『たしかに』

顔を上げた勝己が手を伸ばして俺のネクタイを掴む。目を瞬く間に赤色の瞳が俺を覗き込んできた。

「出留」

『どした?』

「十位だ」

『…んぉーう?中々無理言うね』

「いっぺん上目指しとけ」

『そりゃあ目標は高いほうがいいだろうけどさ…全学科でってなると、』

「十位以内に入ったら、」

ぐっとネクタイが引かれて距離が縮まった。鼻先寸前の距離に目を丸くすれば西日に照らされて紅色に光る眼光が目の前にあって口を閉じる。

「どっか、遊び行こうぜ」

『………泊まりがけ?』

「ん」

手を放して距離が開く。元の距離よりも遠く、三歩分離れた勝己に手を伸ばして髪に触れた。

『俺は十位以内、勝己は三位以内かな』

「ああ?一位取るに決まってんだろ!」

『そうだね。勝己が取るって言うなら一位以外あり得ないな』

「あったり前だ!完膚なきまでの一位!圧倒的な力の差を見せつけて君臨してやるよ!」

『元気だな〜』

よしよしと髪を撫でていれば、ポケットの中で携帯が揺れる。落ちてきている太陽に、そろそろいい時間かと手を下ろした。

『あと二週間、ちょっと頑張って練習すんわ』

「練習場借りんなら教えろ」

『借りるときね』

ポケットから携帯を取り出せば先に家についている出久から心配するようなメッセージが届いてる。勝己も同じように携帯を確認しているから連絡が来ているようで、手を振って別れた。




『ただいまー』

「あ!兄ちゃんお帰り!」

『出久〜!ただいま〜!』

ちょうど部屋から出てきた出久が顔を覗かせるから靴を脱いで家に入る。部屋着に着替え終わってる出久と漂う食べ物の香りに、手を洗って適当なシャツとスウェットに着替えた。

「お帰り、出留!今日は生姜焼きだよ!」

『ただいま。楽しみだね、出久』

「うん!」

リビングに向かえばキッチンにいた母さんが笑う。一緒に歩く出久の目が輝いたところで食器やおかずを運び始めた。

キャベツの千切りを添えた生姜焼き、卵焼き、ポテトサラダと魚の煮付け。白米をよそって、全員が揃ったところで手を合わせて箸をつけた。

今日あったことを楽しそうに話す出久と母に相槌をうちながら魚をほぐして口に運ぶ。

「あ、そういえば兄ちゃん。先生に呼ばれてたのなんだったの?」

話がこちらに振られたから口の中のものを飲み込んで、お茶を飲んでから答える。

『サポートアイテムの説明だったよ』

「サポートアイテム…兄ちゃん何にするの?」

『なんも決めてない。勝己にはグローブとかブーツがいいんじゃないかって言われたけどね』

「なるほど…兄ちゃんは運動神経がいいし、あまり武器っぽいものよりも直接身に纏って使えるもののほうが邪魔にならないもんね。かっちゃんってほんと兄ちゃんのことよく見てるね…」

「武器って、怪我しないでね、出留」

『大丈夫大丈夫。学校の行事だしそんな血まみれになるような物騒なやつじゃないよ』

たぶんと最後につけそうになって笑って言葉を飲み込む。気づかれなかったのかならいいけどと心配そうな母さんと出久に目をそらして、笑顔を浮かべた。

『とりあえず明日、サポート科に行っていろいろ見せてもらおうかなって』

「サポート科か…僕は行ったことないけど、先生の話だと結構ヒーロースーツのバージョンアップとかにも手を貸してくれるみたいだから、いろんなアイテムがありそうだもんね」

『そうそ。餅は餅屋にだよね』

流れが変わったことに心中で息を吐いて、空っぽになった出久の茶碗にご飯をよそる。

あと二週間、母さんになんとしても怪我を連想させないように気をつけないといけない。




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