ヒロアカ 第一部
「待ちに待った体育祭!今年も気合を入れていきましょう!」
朝のホームルームで担任から伝えられたのは体育祭の日程だった。
周りはぎらぎらと目を輝かせていて、隣の人使も口角を上げてる。
雄英の体育祭といえば全国放送され、日本人の注目の的だ。ここで活躍すればクラス替えへの足掛かりにはなるだろう。
俺を除きこのクラスは全員ヒーロー科への転入を目指しているし、今回のイベントは見ているだけじゃ済まなそうだ。
「もちろん体育祭にむけていくつか練習があるけれど、授業を怠っては駄目よ!」
言い切ると同時にチャイムが鳴り、詳細はプリントを見るようにと渡された。
最初の授業は座学のため教室移動がなく、机の中から教材を取り出すだけで準備は終わる。同じように準備を終えて暇を持て余してるのであろう隣から声がかけられた。
「体育祭、出留も入賞目指すんだろ?」
『ん?なんで俺も頑張る前提?』
「特待生だし、それなりの成績が必要だと思ったから」
『バレてたか〜』
推薦で入学したとはいえ、今後の生活態度により退学もありえる。入学したからにはそれなりに功績を残さないと卒業できない可能性がある。
成績不振の中退は周囲の目もあるし、出久に合わす顔もない。
『流石に上位は難しいだろうけどそれなりを目指すよ。人使はもちろん一位?』
「当たり前…って言いたいけど、どうだろうな。俺の個性じゃ…」
瞳に陰が落ちた。
少し考えてから眉根を寄せる。
『そういえば、人使ってどんな個性なの?』
「は、」
目が丸くなった人使にこんな顔するのかと眺めていれば頭を掻きながら視線を外された。
「悪い。てっきり誰かに聞いてると思ってた」
『有名なんだ?』
「ああ。…悪目立ちって意味では」
『へー』
微妙に言いたくなさそうな顔をしてるから目を瞬いて、入ってきた教師と鳴り響くチャイムに話が途切れた。
一時間目は数学。授業を受けつつさっさと課題を合間に解いていく。
今日の昼は予定通りなら出久たちと食べるから、今のうちに終わらせておかないと家での自由時間がなくなってしまう。
バレないようせっせと課題を埋めて、二単元分終わらせた頃にチャイムが鳴って課題をしまった。
鞄からエネルギーチャージのゼリーを取り出して口に含んだ。
「出留」
『んー?』
横からかけられた声に目を向ければイマイチ心情の読めない顔で口を動かす。
「洗脳だ」
『ん?』
「俺の個性」
『んー』
口の中のゼリーを飲み込んでからキャップを閉めて、そうなんだと頷く。瞬きをして人使が眉尻を下げた。
「敵向きと思っただろ」
『んや、別に』
「わかってるのか?洗脳だぞ」
『おう、聞いてる聞いてる。でもさ、敵向きって変な言葉じゃね?』
眉根を寄せて納得行かなそうな表情を見せる人使にそうだなぁと視線を少し上げてから戻す。
『例えばオールマイト。怪力って個性を持ってたとしてさ、それをヒーローが持ってたら素晴らしいって褒めて、敵が持ってたら凶悪だって批難する。例えばエンデヴァーの炎の個性だって、最近ならマウントレディもそうだな。どんな個性だって、ヒーローにも敵にもなれる』
「…………俺の個性は、」
『俺がもし人使と同じ個性があったとしたら』
手元にあったノートを広げてペンを持つ。行のないそれに丸を打ってから笑った。
『尋問とかの裏方では重宝されるよな。そもそも制圧でも敵の動きを止めることができるから時間も無駄も省けるだろうし、拡声器とかあれば発信距離が伸びて、遠方の敵を操って無血開城なんてのも夢じゃないよね』
「………色々考えてるんだな」
『そりゃあかっこいい個性だからたくさん使いたくなるし、ヒーロー目指してるなら武器はいくつあったっていいじゃん?』
「、」
ぐしゃりと表情を歪めて唇を噛んだ人使が顔を伏せる。目を瞬いてる間に肩が震えて、深呼吸した人使は顔を上げた。
「なら俺はあと何が必要だと思う」
『そうだなぁ。一発芸じゃ華がないし、接近戦でも戦えるといいよね』
「筋トレか」
『なんかやってる?』
「なんも」
『じゃあ今度一緒に朝練する?』
体育祭までの約二週間で成果がでるかはわからないけれど、できるだけのことはしておいた方がいいだろう。
首を傾げてみればまた目を丸くして固まる。さっきからこんな顔ばかりしてる人使が何か言う前にチャイムが鳴った。
次の担当教員が入ってきたのを確認して、前を向いた人使に倣って前を見る。英語の教材を取り出して、ついでに課題を置いたところで画面に通知が現れた。
隣の人間の名前がついたそれに横を見ると目が合わない。
届いたメッセージには何時からと来ていて、少し考えてから何時からがいいかと聞き返しておいた。
授業中にメッセージを送り合うなんて不良行為をしつつ英語の授業も終わり、次は体育だからと更衣室へ向かう。隣に並んだ人使が少し早口で言葉を紡いだ。
「朝練ってどんなことしてるんだ?」
『いろいろ。基本はランニングと筋トレ』
「……あまり筋肉ついてなさそうだけどな」
『それな。筋肉つきにくいんだよ、俺』
更衣室について、ロッカーを開けた。
雄英の明るめな紺色のジャージは入学時に配布されていてサイズはぴったりだ。
中学ではあったけど他クラスとの合同体育はないのだろうか。出久のジャージ姿が見たくて仕方ない。
シャツを脱いでジャージを被る。隣にいる人使を見れば何故か固まっていて、首を傾げながら脱いだ制服をしまった。
『遅れんよ?』
「、ああ」
慌てて着替えはじめた人使を待つ。
携帯には出久から、お昼楽しみだねと連絡が来てた。
つつがなく体育を終えた頃にはメッセージが届いていて、出久から急用ができたと謝るスタンプが続いてた。
頭を掻いてから隣を見る。
『昼飯は?』
「用があるから別で」
『はーい』
残念なことに用があるらしく、フられ、職員室に向かう人使とも別れる。
昼は一緒に食べる予定だったから何も用意していない。久々にひとり飯だと思いながら食事確保のために購買に向かえば、人がごった返していてそのまま通り過ぎた。
足を進めてまだ若干空いている食堂に入る。
初めて来た食堂は食券を買うタイプらしく、食券機の前で千円を突っ込み、目に止まったボタンを押した。出てきた食券を持って今度は引き渡しの列に並ぶ。ここの列が意外と人が多いらしく、進みが悪かった。
「デクくんにオールマイト、なんやろね?」
近くにいた女子の声が耳に入る。
「似た個性だ。オールマイトに気に入られてるのかもな」
「うんうん!」
デクの単語にそんな気はしていたけど、出久のことらしい。そうなると話しているあの二人は出久と同じクラスの生徒だろう。口にするデクの言葉に侮蔑が含まれていないから、友達だったら良いなと思う。
回ってきた順番に食券を差し出して、指定された受取口に向かう。
揺れはじめた携帯を取り出す。勝己からの着信で、耳にあてれば向こうも騒がしい。
「どこだ」
『今受け取りんとこ。勝己も食堂?』
「ん」
『一緒に食お。どの辺?』
「窓際、右奥」
『おっけー』
さっさと切られた電話にちょうど呼ばれたから食事を受け取る。目について押したのはざる蕎麦だったらしく、ちょっと時期的には早い気がしなくもない。
指定された奥に足を進めていけば四人がけの席で金色の髪がカレーを食べていて、向かいに腰掛けた。
『珍し。カレーなんだ?』
「ざる蕎麦かよ」
お互い、自分から頼んでまであまり食べない食事を並べていて顔を合わせるなり鼻を鳴らされた。
箸を割って麺をつまむ。向かいの勝己もカレーを掬って食していて、そばをすする音とスプーンと皿がかすかに触れる音だけが流れる。
「相席いいか」
聞こえた声に顔をあげると見覚えのない生徒が盆を持って立ってる。周りは騒がしくさっきよりもだいぶ人が増えているようで、この人の多さなら相席も仕方ないだろう。
『ん、もちろん』
「助かる」
口を拭いて立ち上がり、勝己の隣に並ぶ。勝己は眉根を寄せて向かい側に座った子を見ていたけど、すぐに目の前のカレーに意識を戻す。
ぱちんと箸を割った音と続けて麺をすする音が聞こえて、この学食のざる蕎麦は人気らしい。
俺がそばを食べ終わる頃に勝己もスプーンを置いて、口を拭いてから喋る。
『今日は一緒に帰る?』
「体育祭期間中、練習場使えんぞ」
『練習かぁ』
「それなり目指すんならちっとは体動かしといたほうがいいだろ」
『はぁーあ。無個性は辛いよ』
「黙れ詐欺師」
『辛辣だな〜』
丁度話が切れたから食器を重ねて立ち上がる。向かいの彼はまだそばをすすってるようで、目があったから右手を小さく振って先を歩く勝己を追いかけた。
「……彼奴と知り合いなんか」
『え?さっきの人?全然知らない』
「……そ」
一瞬鋭くなった視線に首を傾げながらトレーにまとめておいた食器を返却する。
俺の返答は予想通りだったのか眉間の皺をもとに戻した勝己の機嫌は悪くないらしい。
教室まで一緒に向かう気なのか勝己と並んで歩いて、廊下で足を止めた。
『そうだ、朝練なんだけどさ』
「やんぞ」
『ああ、うん。やるのは知ってるんだけど、人誘ってもいい?』
「あぁ?」
音でも出そうなくらいに目尻を釣り上げて凶悪な顔をした勝己。これだから敵顔って言われるんだよと頭を撫でても表情は変わらず、舌打ちを溢された。
「他人いたら個性使えねぇだろうが」
『あ、それもそうだな』
「ちっ」
従来、個性の使用は許可地、もしくは監督者がいない場合重罪である。俺と勝己の練習は監督者不在。練習場にしてる廃工場はもちろん許可地ではなく、そもそも不法侵入で罪を大量に重ねている状態。
そんなところに人使を誘うわけにはいかないのを思い出して目を逸らせばまた舌打ちが返ってきた。
「デクか」
『んや、クラスメイト』
「モブかよ」
『勝己はすぐ敵を作るねー』
笑ったタイミングで鳴ったチャイムに勝己は唇を結んでから息を吐く。じっと見つめてくるから首を傾げれば舌打ちを溢されて背を向けられた。
「そいつとの朝練は好きにすりゃいい。…けど、俺が一番だからな」
『ん。スケジュール入れとくから見といてね』
「ああ」
廊下を進み扉に手をかけ中に入ったのを見届けてから階段に足をかける。入れ違うように上がってきたのはさっきまで食堂で相席をしていた子で、また目があったから笑いかけて横を抜けた。
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