あんスタ(過去編)

“奇人”

そんな称号をつけられた僕は年上の四人とひと括りにまとめられるようになった。

元から授業の出席率であったり素行で色々と言われることが多かったから今更名詞が一つ増えたぐらいで気にすることはなかったけれど、新しく増えたその奇人の名詞は少し、異質だった。

僕と一緒に奇人と呼ばれるようになった先輩の四人はそれに気づいているのかはわからないけど、時折、侮蔑や憎悪のような目を向けられ、少しずつ、人に距離を置かれるようになってる。

「宗兄さん」

たまたま声をかけた兄さんは、問いかけてみたけれど俗物の言葉など気にかけてないと言い切られてしまえばそれ以上はなんにも言えない。

兄さんたちは気にならないのか、そもそもが一人でいることが多い人たちだからきっと気にしてないんだろう。

クラス内、というよりも少しずつ空気が悪くなっていってるような感覚。

五奇人の名を囁く生徒たち。最近はあの大所帯だったチェスがユニット制度によりバラけて、そのうちの一組がこれまた新しく始まったばかりのドリフェスというライブを行って元チェス同士が狩り合っている。

元々チェスははぐれ者をリーダーが面倒を見ていたらしいけれどいつの間にか楽して生きていきたい人間が混ざるようになり堕落したチームだった。今勝ち進んでいるユニットはそのチェスのリーダーと副リーダーがまとまってるらしく、実力などは元同グループといっても天と地ほどの差がある。

力のない人間が自粛していかないといけないそんなムードによって目に見えて校内が荒れることは近頃少ない。でも、徐々に徐々に、重く汚い空気が漏れ出してきて僕達を囲おうとしてる。そんな気がしてならなくて。

今日も息苦しさを感じながら部屋に帰るため廊下を歩いていればピンク色と水色の髪を持った二人が先にいるのに気づいた。

「奏汰もそう思うかい?」

宗兄さんは眉根を寄せていて、隣の奏汰兄さんも似たような表情をしてる。怪訝というよりは不可解だと言いたげな表情。

声をかけようとして言葉を飲み込めば僕に気づかなかったようで二人は空気感をそのままに、奏汰兄さんが息を吸った。

「なっちゃんが『きじん』なのはいわかんがありますね。『きじん』がぼくたちのかんがえている『しすてむ』なのだとしたら、『あのこ』のほうが『てきにん』だったはずです」

「既に得ている名声、知名度から言っても後腐れのないアレのほうが担ぎ上げやすかっただろう」

「『あのこ』がえらばれなかった『りゆう』がきになりますね」

二人は僕ではない誰かの話をしてる。胸の奥底がチリついて、咄嗟に押さえようとしたところで宗兄さんが首を横に振った。

「大方、彼方にいる危険物の所為なのだよ」

「あの『ばくだん』ですか?」

あちらというのがなんのことかはわからないけど、爆弾というのは聞いたことがある。兄さんたちと同じ学年にいる生徒のことで、僕達下級生でもその俗称を知っているのは兄さんたちとは少し違う意味でよく目立つからだ。

渉兄さんのような、色素の薄い髪と日に焼けた肌はコントラストを作って、表情は常ににんまりとした笑顔で教師も扱い方に戸惑ってるその人は今は確かユニットに入ったとか噂が流れてた気がする。

「どうして『ばくだん』がいると『あのこ』がえらばれないんですか?」

「それは……憶測で物を語るのは良くないね。気にしないでくれたまえ」

眉根を寄せて目を逸らす。淀んで途切れた言葉、晴れない表情がとても兄さんらしくなくて、一体何があったのかと窺うよりも早く宗兄さんは息を吐いた。

「人選にいくつか疑念はあるけれど、僕は選ばれたのがあの小僧で良かったと思っているよ」

「はい。ぼくもなっちゃんみたいな『いいこ』とおなじ『なまえ』でいられることがしあわせです♪もちろん、しゅうともいっしょでうれしいですよ♪」

「…そうかい」

照れ混じりに笑った宗兄さんとにこやかな奏汰兄さんは話を終わらせたのかそのまま足を進めてどこかに向かっていく。

兄さんたちの会話は、最後は嬉しかったけれど引っかかって仕方がない。

“奇人がシステム”。“担ぎ上げるならば僕よりも適任がいた”。兄さんたちがなにを見据えてそう言ってるのか問いかけたいけど二人に直接聞くのは怖かった。

結んでいた唇を解いて歩き始める。

部屋に戻ろうと思っていたけれど今は気になるこれを調べるのが先決だ。

人の多いところにはその分情報が集まる。あまり訪れない教室の戸を開いた。この学園では僕も含めて真面目に授業を受ける生徒は少なく、次の授業までの空き時間だとは言え、後十分で始まるはずなのに空き席のほうが目立ってる。

僕の姿を見るなり嫌悪の目を向けてきた数人のクラスメイト。無視をして足を進めれば怯えたように目を逸らして教室を出ていく奴もいて、ここに来たことに後悔しそうなところで二人は顔を上げて翠色と緋色が僕を見据えた。

「おはよう。夏目が出てくるんわ珍しいなぁ?」

「夏目くん、お休みされてた間のノートはご覧になりますか?」

二人は記憶に違わない表情、声色で僕を見てる。クラス内が一瞬静まったのに気づいてるはずなのに、木賊は首を傾げていて、柑子は鞄からノートを取り出そうとしてる。

お腹の底がむず痒い感覚。言葉を迷ってから笑ってみた。

「やぁ、おはよう。たまにはイイかなっテ。ノートは少しだけ見せてくれると嬉しいナ」

「もちろんです」

渡されたノートを開けは次は現国の授業らしく日本語が並んでる。柑子の丁寧な字は読みやすく、今は教科書の文を読み解いてる最中らしい。軽く目を通してノートを閉じた。

柑子に返しながら二人を見る。

「ねぇ、今日放課後に時間あるかナ?」

「んー?柑子、なんもないよなぁ?」

「ええ。夏目くん、出かけましょう」

今から楽しそうな木賊と柑子に表情を緩める。ちょうどチャイムが鳴って足音が近づいてきたから席について、入ってきた教師に視線を落とした。

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