暗殺教室


『第19話より
好奇心の時間』


部屋に戻ってくるとなにやら部屋の中心に丸くなって声をひそめていたらしいみんなが一斉にこちらを振り返り首を傾げる。

僕の姿を認識するとあからさまに息を吐いた彼らを気には止めつつ、麩をしめて自分の布団の上に座ると四つん這いでよってきた赤羽業がいたずらげに微笑んだ。

「ねーねー清水くん、今みんなで気になる子ランキングつくってんだけど、清水くんは誰か気になってる人いる?」

ちなみに俺は奥田さんと訳あり気味に笑った赤羽業。

視線を向ければ一部を除いた投票結果なのか磯貝悠馬が中心で紙を持っていて僕を見ていた。

「誰なの?」

あまりこのクラスに来てから接点のない磯貝悠馬が真剣味を帯びた声で促すように問いかけたことで便乗するように木村正義や菅谷創介、岡島大河も周りを囲んでくる。

「ちなみに杉野は神崎さんらしいよ」

「ぬぁ!なんで言うんだよカルマ!だぁぁ!!もう!清水だけ秘密とかなしだから!言えよ!」

二次災害を受けた杉野友人は顔を赤くして僕に詰め寄った。

ぐるりと室内を見まわたすも潮田渚が両手を上げて首を横に振ってる時点で察しさてどうしたものかと視線を落とす。

気になる女子というのはおそらく好意がある相手の意味があるんだろうけど…

ふと視界の端に映った黄色いものにぱっと顔を上げると窓の外に怪しく風呂敷をつけた殺せんせーがいて磯貝悠馬の手に持ったものをメモし始めた。

「っ、ああああ!!」

殺せんせーに気づいた三村航希の絶叫により全員がナイフとハンドガンを持って外に飛び出していく。

少しして女子の叫び声も聞こえてきたことで向こうでも同じことをしたのだろうと容易に予測できた。

『ふむ、どうやら修学旅行というイベントに心を踊らせていたのは生徒だけじゃなかったみたいだね。殺せんせーもなかなか愉快なことをなさる。本当にここが貸し切りの宿でよかったよ。そう思わないかい?』

殺せんせーを追いかけに行かず僕を除いて唯一部屋に残っていた赤羽業に問いかける。

彼は薄く笑ったあとにまだ少し開いていた距離を縮めた。

目と鼻の先に彼の顔があり、口を開けば息が掛かりそうだ。

「で、清水くんの気になる子って…誰?」

自信に満ち溢れた瞳が僕を捉えて楽しげに口角が上がった。隠し切れない好奇心が僕にまとわりつく。

伸びてきた手が首に回って更に距離が近くなった。

ぐっと腕に力を入れた彼のクチビルが耳元に近づいてくすぐったい。

「ねぇ、教えてよ」

見えはしないけどきっと挑発的な目をしてる赤羽業にさてどうしたものかと瞬きをした。

先程から赤羽業の問いかけには女子の中でとついていない気はしていたけど、気のせいじゃないみたいだね。

『気になる子…というと君達の定義で言うなら好意を抱いている相手のことだよね?あいにく僕はまだこのクラスに来てから一週間も経っていないから好意どころか友愛も育めていなくてね。僕の口から特定の誰かの名前を出すのは難しい。
だから君の問には答えられないかな』

「……へぇ?」

なにかお気に召さなかったのか若干の不機嫌さを混ぜ込んだ返答の後に耳元から離れた彼と最初と同じように顔を突き合わせた。

不機嫌そうなのは勘違いではなく、わずかにへの字を描く口と眉間にうっすらと寄った皺が見て取れる。

「じゃあもっと経ったら答え出る?」

『さぁ、どうだろうね。そればかりは未来の話だからできると断定はしかねるかな。今後の可能性によっては変わるだろうし、もしかしたら変わらないかもしれない。だから僕は明言しないでおこうと思う』

「……―ズルいなぁ」

諦めてくれたのか体を離して一人分ほどの、それでもまだ近い距離を間に開けた赤羽業は頬杖をついて唇を尖らせてた。

『ふふ、ごめんね、言葉遊びは僕の専売特許なんだ。許してくれないかな?お願いだ』

「清水くんのお願いならしゃーないか…あ、じゃあさ」

また新しいイタズラでも思いついたのか笑顔を見せる彼にいい予感はしないものの、なんだいと先を促した。





「清水くん、もう寝た?」

少し前まで起きていた前原陽斗と磯貝悠馬が眠ってしまい、それ以来静まり返っていた室内に久々の声が響いた。

どうやったのかはしらないけど僕の向かい側を陣取った赤羽業が顔を覗かせる。

僕も倣ってうつ伏せになり顔を合わせた。

『いいや、ちゃんと起きているよ。君との約束だからね』

正直言ってもうだいぶ眠いんだけど彼より先に寝るわけにはいかず、頭の中を整理しているうちに他の全員が眠って本当に良かったと思う。

赤羽業、彼は僕が答えを出せなかったことに対して一つお願いごとと称した条件を提示した。

“皆が寝静まったら話をしたい”

僕の睡眠時間のほんの一部が削られる程度で彼の気が収まるなら別に構わない。

僕も彼とは話がしてみたかったし。

暗闇でお互いの表情まではわからないが、目が慣れてきているようで輪郭くらいならば理解できる距離。

携帯電話で灯りをつけるのは僕も彼も控えて、ただ言葉のみを交わす。

「ねぇ、清水くん」

『うん?なんだい、赤羽業。』

「明日のクラス行動、誰と回るかもう決まってる?」

頭の隅から栞を引っ張りだしてきて、目的のページを見つける。

今日が班別行動が中心だったのに対し、明日はクラス単位の行動が中心だ。

たしかここから出発して二条寺、三十三間堂、銀閣寺、清水寺で最終的にはこの宿に戻りレクリエーションの予定で、彼の言う一緒に回るというのは各スポットごとにある自由時間のことだろう。

自由時間内に戻ってこれるのならば、少し離れた場所に足を伸ばすことも許されてる。

『そうだね…最後の清水寺以外は特に予定は決まっていないかな?清水寺も個人的に行きたいところがあるというだけで相手がいるわけではないんだけど…』

「…んー、じゃあさ、清水くんがよかったら一緒にまわろうよ」

だいぶ暗闇に慣れ見えるようになった赤羽業の口元が弧を描き、眠いのか力が抜け始めた肩から浴衣がずれてた。

「今日ほど、時間ないだろ…けど…」

『ああ、もちろん。君さえ良ければぜひとも一緒に行動させてくれないか?君と一緒に見て回れたらとても楽しいんじゃないかと思う』

「じゃあ…、約束…」

言い終えたか言い終えるより早いか、赤羽業が眠りに落ちて静かになった室内に寝息のみが響き始める。

息を一つ吐いて、このために借りておいたヘッドホンを頭につけた。

コードの先端を携帯電話に差し込みアラームを設定してあることを確認する。

来ていた幾つのメールのうち、二つにおやすみと返して目を閉じた。



.
5/34ページ
更新促進!