ヒロアカ 第一部


昼の騒動の後はすっかり通常授業が再開され、最初に咎められた以外は問題なく一日を終えた。

メッセージを確認すればヒーロー科も同じように授業が消化されているようで、結局あれはただの騒動で終わったらしい。

俺と人使が深読みしすぎってことはないだろうけど全貌なんて俺達生徒に流れてくるわけがない。知りたければ先生にしつこく突っ込むか、渦中に飛び込むしかないけど俺がやることでもないはず。

荷物を片して肩に鞄をかけたところで携帯が揺れる。視線を落とせば授業が長引きそうとメッセージが届いていて先に帰っていてほしいと続く。同じクラスなんだから二人とも授業は長引くだろう。

了承のスタンプを送って携帯をポケットに入れたところで目の前に影が遮った。

「今日は弟?」

『んーや、一人。一緒に帰る?』

「ああ」

迷わず頷くから向こうもその気だったんだろう。家がどの方面かは知らないけど、そろそろ休んだらノートを見せてくれるそれなりに仲の良いクラスメイトの一人くらいは作っとくべきだ。

『よーし。わくわく初下校と行くかー』

「なにそれ?」

小首かしげたものの気にしてないのか一緒に教室を出る。まだ全学科授業が終わっていないせいか人があふれかえる程ではない廊下を歩いて下駄箱にたどり着く。靴を履き替えてからふと思い出して隣の人使を見た。

『家どっち方面?』

「上り。一緒か?」

『たぶんね。どっか寄る?』

「参考書選ぶの付き合ってくれないか」

『なるほど。そのために誘われたのか』

「謝礼はアイス」

『別に要らないよ。なんの参考書?』

「物理」

『あ、なら隣の駅の本屋がいいかも。うちの学校のと連動してるしわかりやすいのあるよ』

「よく知ってるな」

『一応奨学生やってるから勉強はしないといけないんだ』

笑ってみせれば微妙な表情を浮かべて何か言いたそうに眉根を寄せる。変な顔に目を瞬けば首を横に振られてなんでもないと零された。

何か変なことを言ったかと反芻してみるけど心当たりはなくて、なんでもないって言われたんだから気にするだけ無駄かと駅に向かって歩く。

『物理苦手?』

「普通。でもこのままだと授業についていけなくなりそうだから準備しとくんだ」

『熱心だね』

「できることはやっておくべきだろ」

『ふーん』

改札を抜けてホームで電車を待つ。ラッシュの時間が近いからか五分置きに出てる電車はもう二分もしないで来るらしい。

『そーいえば、人使もやっぱヒーロー志望?』

常識として、雄英の普通科は俺のように専願で狙って入る奴は稀で。基本的にはヒーロー科の滑り止めとして受けて在籍してる人間の集まりだ。

「ああ」

頷いた様子からしてヒーロー科へのクラスアップを狙ってるようで、だから学力も疎かにできないとか、そんな意味だろう。

奨学生をキープするのが目的で学業だけ基準に満たしてればいい俺と違って、明確な基準がないクラスアップは色々と大変そうだ。

『どこまでできんかわからないけど、気が向いたらフォローすんよ』

「そこは普通、“なんでも言ってね。応援してる!”だろ」

『それは俺の役目じゃないしなぁ』

ちょうど来た電車に乗り込んで、一駅分揺られる。五分ほどで降りて駅を出た。

駅ビルのここはわかりやすく大きな総合ショッピングモールで目的の本屋以外にも飲食店、雑貨、洋服と階ごとに店舗が詰めこまれてる。

本屋は最上階の二つ下の階で時間短縮も兼ねてエレベーターで一気に上がる。ワンフロアーすべて本が並ぶこの階で目的の参考書コーナーに向かって、一つ冊子を抜いた。

『物理はこれがおすすめ』

「……本当だ。教科書と流れが一緒。使いやすそう」

『だろ。結構わかりやすく纏まってるし、応用も載ってるから愛用してる』

「なるほど。数学は?」

『数学ならこっち。文系はそうでもないけど、ここ理数系の参考書品揃えいいから』

「本当、よく知ってるな」

『一応ね。効率よく勉強したいからさ』

取った数学の参考書を渡す。さり気なく他の教科分まで案内してしまった。

ぺらぺらと捲ってから頷いて、どうやら二冊とも購入するらしくそのままレジに向かう。俺も何か買うものがなかったか記憶を探って特に思い当たらなかったからすぐにレジの出口付近で待つことにした。

携帯を取り出すとまだ授業中なのか返事がない。

「悪い、待たせた」

『んー、大丈夫。レジ混んでるし仕方ないべ』

参考書が入ってるのであろう紙袋を鞄にしまって、それから顔を上げた人使と目が合う。

「まだ時間平気か?」

『平気。どっか寄りたいところあんの?』

「ああ。甘いもの大丈夫か?」

『大丈夫』

頷いてそのままエスカレーターで下がっていく。二つ、三つ、四つ階を下りて、ふわりとした甘い匂いが鼻腔に届いた。

「少し食べていかないか」

『いいね。シュークリームかたい焼き食べたい』

「たい焼きにしよう」

フードコート。そしてその周りに並ぶ店舗。目についた甘い食べ物に頷いてそのまま一緒にたい焼きのチェーン店に並んだ。

定番のつぶあんにクリーム。期間限定のよもぎ、桜クリーム。

並んでる間に決まったのか人使はチョコレートを頼んで、ついでに目についた黒糖を注文して、俺のクリームと栗あんを含め四つ袋に入れてもらう。

多めに出そうとしてる人使に気づいて、さっさとお金を出して何か言われる前に品物を受取見渡す。

『どこ座る?』

「そこの端でいいんじゃないか」

フードコートにはそれなりに人が多くて、ちょうどよく空いていた端の二人がけに座る。袋を真ん中において目的の栗あんを取り出して頬張った。

『久々に食ったけどうまいなぁ』

「ああ」

黒糖を食べきって、人使が頷いて次のたい焼きに手を伸ばす。

「付き合ってくれて助かった」

『気にすんな。普通よ普通』

「お礼、」

『学校休んだときノート見せてくれれば十分』

「…そんなんでいいのか?」

『十分十分』

クリーム味を取って一口齧る。納得していなそうで、少し考える間を置いてから表情を緩めた。

「ノートはしっかり取っておくから安心しろ」

『そん時はよろしく』



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