暗殺教室


『第17話より
しおりの時間』


「にゃ、にゅにゃ!?それは本当ですか烏間先生!」

急にかかってきた電話に殺せんせーはわかりやすく動揺したあとに眉を寄せて僕を見た。

正確に言うなら殺せんせーに眉はないから目の上あたりを寄せてだけれど。

「申し訳ありません、清水くん。その、」

『聞き耳を立てるのは失礼と存じておりますが、殺せんせーが烏間先生からの電話内容を復唱してくださったお陰で大体の内容は把握できています。僕に気にせず彼らの救出に向かってください。』

「すみません!すぐにイリーナ先生か烏間先生がこちらに来ますのでソフトクリームでも食べて待っていてください!」

買ったばかりの抹茶ソフトクリームを僕に渡した殺せんせーはここぞとばかりにマッハの速度を活かして飛んだ。

あっという間に見えなくなった殺せんせーにさて、とすでに手持ち無沙汰になってる溶け始めたソフトクリームを舐めながら歩き出す。

記憶の中のしおりを引っ張りして、あの分厚い本誌ではなく付録の134ベージ、拉致実行犯潜伏対策マップを開いた。

いる可能性はゼロに等しいものの、行くだけ損はないだろうとその中でも一番近い場所に向け足を進める。

それにしてもこのソフトクリームは美味しい、今度冷たい甘味の大好きな子を引き連れて旅行にでも来てみようかな

コーンまで口に頬張って、最後に残った包み紙を折り畳みポケットに入れ足を止めた。

中からちょっとした喧騒が聞こえてくる。

どうやら拉致されていた皆やたった今入ってきたらしい殺せんせーとは別の出入り口についてしまったようだ。

携帯電話を取り出し時間を確認すると点呼まで5分を切ってた。

この点呼というやつはA組からE組全体の点呼ゆえに遅れるのは少しまずいね。

必要性を感じず登録をしていなかったA組担任の番号を直接打ち込む。

何回かのコールの後に驚愕交じりでの応答に淡々とE組の点呼確認終了を告げれば上機嫌に通話が切れた。

これで一番の問題はクリアだろう。

さて、次は。

中村莉桜に面白がってつけられそのままにしていた稲荷参道の土産店で買ったという狐面をしっかり顔に被せ、カランカランと軽い鉄の引きずる音を背景に携帯をしまいながら顔を上げた。

『折角の修学旅行に喧嘩という無粋な真似で水を指してしまうだなんて君たちはあまりこの修学旅行に乗り気じゃないように見えるね。
とは言っても君たちの“ノり気じゃない”なんてひどく曖昧でこちらの都合を何一つ顧みない行動原理で巻き添えを食らった僕達は溜まったものじゃないよ』

話し終わりため息をつく頃にはすっかり周りには見慣れぬ学ランに身を包んだ数人に囲まれていた。

「べらべらうっせーな!」

「てめぇ今の状況理解してんのか?」

「喧嘩もしたことねーような坊っちゃん一人ぽっちで何が出来んだっつーの!」

誰もが鉄パイプや小さなナイフ、スタンガンといった凶器になりうるものを持ち、あまり人の良くない笑みをはりつけてる。

その中でもひとつ、木製の長物が目に止まった。

大方、京都土産の一つとして買っただけで深い意味などないであろうそれにほんの少しばかり気分が沈む。

『…僕が言うべきことではないけど、“それ”は君たちの握っていいものではないよ』

「ああ?何言ってやがんだてめぇ!」

人の話を聞かない人たちだ。

「やっちまえ!」

一斉に飛びかかってきた男子高校生たちに眉を寄せた後に、降りかかってきた鉄パイプ二つを避け、目的のものを持つそれの手首を狙い蹴り上げた。

宙に舞った木刀を掴み、ネクタイを緩めてから構える。

目の前には十三人、相手にとって不足はないだろう。

むしろ僕のほうが怒られてしまうね、これは

『…―約束を破る、ごめん。』

一つ息を吸った後に掛かってきたスタンガンを持った手を叩き腹に一撃を与えた。





『確実な実力差と人数差の中で僕が剣を振るったのは紛れもない事実だ。まぁ、だからといってこの事実を公言されてしまうと少しばかり問題が起きてしまうんだよね。それによって主に僕に大きな支障をきたしてしまうことが予想される。僕としては善良な一市民の正義感から起こした行動でもないし、君たちに触れられたわけでもないから正当防衛で通すにしても苦しい物がある。正当防衛どころか過剰防衛で訴えられたら勝てるかどうかも怪しい。
…………さて、そこで一つ聞いてほしいことがあるんだけど、僕がここにいたことはぜひとも君たちの心の中に留めておいてもらいたい。これはただの僕の我儘であり君たちには守る意味もないお願いなのだけど、どうかな?』

くてりと地面に寝転がった幾つもの体のうち、行動を見るにこの中で一番上であろう彼の意識だけを残しておいて話しかける。

かちかちと噛みあわせが悪いのか小刻みに震えることにより歯がぶつかり聞き心地のあまり良くない音が絶え間なく聞こえてきて返事はない。

もう一度最後の一文を一語一句違えず口にすれば喉の奥から引きつった声とぶんぶんと首を縦に振られじゃあ約束だよ。と笑う。

床に倒れこんだ彼はそのまま意識を失ったのかもう歯の当たる音は聞こえなくて、静かになった空間で耳を澄ませば建物の向こう側から嬉しそうな複数の声が聞こえはじめてた。

息を吐いてから当初の集合場所であるあてがわれた宿へ向かうために足を前に出す。

歩きながら服に汚れがないことを確認し狐面を後ろに戻した。

ふと思いついて携帯を取り出す。

予想したとおり、並んだ不在着信履歴に笑みを噛み殺して本校舎の修学旅行のしおりと今の時間を照らし合わせる。

今はちょうど会議の最中だったね。

呼びだそうと番号を表示してた画面を操作してメール作成画面に移行する。

指で目的の文字を打ち出して特に読み返すことなく送った。

「あ!清水!!」

聞こえてきた声に顔を上げると携帯を触りながらもきちんと目的地につけていたようで宿の中からイェラビッチ先生が僕の名前を呼ぶ。

その場にいたE組の数名も僕を見て言葉をかけようとしたが目の前に立った烏間先生に嗜められあとでと奥に向かっていった。

さりげなく全員がいなくなったことを確認した烏間惟臣先生が僕に視線を下ろす。

「清水くん、今までどこに?」

『申し訳ありません、烏間先生かイェラビッチ先生がいらっしゃるとうかがっていたんですがその場から少し離れてしまいまして…戻ってきた時にお姿が見えなかったので自分で来てしまいました。
ご迷惑をお掛けしました。』

一度頭を下げると困ったような空気が目の前から流れて顔を上げるとやっぱり困っているイェラビッチ先生がいた。

「集団行動の面ではたしかにそうだがもとといえば俺が迎えに行くのが遅れてしまったのが原因であるし反省しているようだから別にいい。ただもうしないでくれ。」

すみませんでしたともう一度謝れば烏間惟臣先生は少々眉根を寄せて迷ったように目線を外す。

その行動の理由に見当はついてるものの、僕からわざわざ聞くことでもないので黙っていると僕の後ろから足音と声が聞こえてきた。

最後の到着はやはりあの六人だったらしく、先生たちの視線が移ったのを確認して事前に聞いていた部屋に向かった。





殺せんせーからの置いていって悪かったという謝罪とイェラビッチ先生のわざわざ行ってあげたのにいないなんてという文句を聞いているうちにみんなとの入浴時間がずれ一人悲しく広い浴室を堪能して就寝部屋に戻った。

「清水くんは俺の隣!」

麩を開けた瞬間聞こえてきた言葉にはて?と首を傾げるとどうやら寝場所を決めているようだった。

畳敷きだった床にはわずかな通路代わりの隙間を残して布団が敷かれていてその上に立ってるようだ。

全部で15組の布団は奥から柱や窓の関係なのか5組、3組、3組、手前に2組。

なるほどと納得したあとに寝る場所の第一希望を決めその場所に目を落とした。

「清水くんお帰り」

話に混ざっていなかったのか苦い顔をして喧騒の中心を眺めていた潮田渚が僕に気づいて疲れた顔で笑いかけてくる。

ただいまと返せばなんだかむず痒く、思わず目線をそらしてしまった。

慌てて視線を戻せば不思議そうな顔をした潮田渚がいてこれは失敗したなと笑顔をつくろう。

『僕がいない間になにやらみんなで楽しんでいるようだ。して、潮田渚、君はもう寝場所は決めたのかい?
……そうかい、ならば隣を失礼してもいいかな?なるべく出入り口の近くがよくてね。もちろんまだここに誰が寝るのか決まってなくて君が迷惑じゃなければなんだけど』

首を横に振ったあとにどうぞと開けられた一番出入り口に近い布団に腰を下ろして持ったままだった斜めかけのかばんを置く。

やっとくつろげると足を伸ばしていれば僕に気づいた喧騒の中心、赤羽業や杉野友人が目の前に座った。

「ちょっと待ってよ清水くんそこで寝んの?!」

「渚棚ぼたじゃーん!」

「え、た、棚ぼたって?」

困った様子の彼には悪いけれど着信を告げ端っこがゆるく光り始めた携帯電話を手に収めて部屋を出た。


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