あんスタ


彼女のことは羽風さんに任せておけば大丈夫だろう。羽風さんなら地雷を踏んだりする心配もないし、安心できる。

二人を見送って、姿が見えなくなったのを確認したところで振り返ると最初に会ったときと同じ顰めっ面の朔間さんが俺を睨んでた。

あまりの不機嫌そうな表情に疑問も覚えるけど、いきなり呼びつけたのは俺の方だから頭を下げる。

『急にお呼び立てしてしまって申し訳ございません』

「…まったくじゃ。我輩が薫くんを捕まえて説得してと苦労をしている間に、お主は転校生の嬢ちゃんと楽しんでいたとはのう…?」

『少しあの子の気を逸らそうかなと思いまして。本当にすみません』

頭を下げれば一瞬たじろいだ気配がする。変だなと思うより早く首元が掴まれて持ち上げられた。無理やりあげられて眼鏡がずれ、見つめるとどうしてかにんまりと笑ってる。

「そうじゃなぁ。情報交換と我輩への謝礼も兼ねて付き合ってもらおうかのう?」

『えっと、はい』

視線をぐるりと回して、何かを見つけたのか一瞬止まる。ゆっくり戻ってきた視線が俺を見下ろした。

「お主、本当にチケットを持っておるのかえ?」

『一応、多めにいただいたので余ってますが…』

「ふむ、では少しついて来い」

手が離されて、服と眼鏡を直して歩く。目的の場所に向かっているのか迷うことのない足取りに遅れてついて行って、目につく特徴的な大きい建物の前で足を止めた。

『これですか?』

「話をするのに他人の目が気になるじゃろう。ほれ、さっさとチケットを出さんか」

『あ、はい』

促されてポケットから紙を取り出す。練さんから渡されたときは多すぎると思ったけど、貰っておいて良かった。

受付のスタッフに提示して、裏道を通り、乗り口の目の前まで一気についた。

「ほう、優待券だったのか」

『そうなんですかね?』

あまり気にしていなかった部分を指摘されて首を傾げる。誘導され乗り込んだゴンドラは歩けば少し左右に揺れて、硬めの椅子に腰掛けると向かいにその人も座った。

ガラス張りになった窓からは外が見えて、さっきまで乗っていたジェットコースターや歩いていた通路も一望できる。柔らかな音楽が流れる室内に向かいを見据えた。

『改めまして、ご足労くださいましてありがとうございます』

「嬢ちゃんのことじゃ。我輩も動いておったから連携はとれたほうがよかろう」

長い足を組み直して、さっきまでへの字に曲げられてた唇が一直線になる。

「それにしても…お主に内密に柑子が動いていたとはな」

『僕も驚きました。あまりに情報が出てこないので不審には思っていたんですけど、まさか身内に隠されていたとは…あの子達の行動には驚かされてばかりです』

「………怒って、ないんじゃな」

『どうして怒る必要があるんですか?』

目を丸くして問いかけられたから首を傾げる。その人は唇を噛んで言葉を飲み込むと目を逸らしてなんでもないと無かったことにした。

「まぁよい。お主、どこまで掴んでおるんじゃ?」

『柑子たちのシャットアウトしていた情報はすでに把握しています。皆がまとめていたらしい内容を確認しているので貴方とお話する上で齟齬はないかと思います』

「そうか」

『排除ですが、日を繰り上げて明日に決行いたします』

「先程も聞いたが…随分いきなりじゃないかえ?」

『そうでもありませんよ。後は決行のみのところまで作戦はできていたんですから…実働できる人間がいるのであれば、これ以上に話が大きくなる前に片してしまうべきでしょう』

「………末路は、考えていたもので良いんじゃな」

躊躇うように問いかけられる。

完全排他思考の柑子が考えたのだとしたらぬるい気もするアレはきっと、この人が譲歩に譲歩を重ねて決定されたものだ。柑子がどれだけ譲らなかったのかは知らないけどあまりに心配そうな顔をするから頷いて返す。

『問題ありません。後は今後の対策ですが、検討いただいていたものと少し変えてもよろしいですか?』

「……具体的な変更点を先に聞こうかのう」

『俺の立場を使って、あの子の立ち位置を明白にします』

「、それは?」

『特に危ないことをする予定は全くありません。
puppeteeerもしくはconfectionery、あるいは両方のユニットをあの子にプロデュースしてもらいます。場合によってはaddictを使うことも考えています』

ここに飲み物の一つでもあれば一度手を伸ばしていただろう。妙な間を置いて、向かいのその人は言葉を選び吐き出す。

「嬢ちゃんがプロデュースすることでプロデューサーとしての役割を見せつけるというのは理解した。しかし、それはもし失敗でもしたら…」

『彼女の立ち位置は更に危うくなるでしょうね』

「………正気か?」

『本人にも問いましたが、あの子はこのままプロデューサーとしての道に進みたいと俺の前で言いました。この方法ならプロデューサーとしての経験値を積ませることもできます。…もしここで俺達を扱えないようであれば、それまでの人間ということでこの道は潔く諦めるべきです』

「シビアじゃな」

『俺にはこういうやり方しか出来ません』

寂しそうに表情を歪め、次に咎めるような目が視線が向けられるもやることは変わらない。

まっすぐと見据えて笑みを浮かべていれば観念したのか息を吐いて顔を上げた。

「その様子ではすでに嬢ちゃんにも話を通しているのだろう?であれば我輩が今更何を言ったところで流れは変わらない…そうじゃな?」

『はい。排除後、明後日の話し合いですぐに話をまとめます』

一度話が途切れたから外を見る。まだ頂上を越していないらしく、案外この乗り物は長いアトラクションなのかもしれない。

不意に向かいが動いた気がして、視線を戻せば座り直したらしく身じろいだ後のその人が俺を見つめてた。

「もしも、お主の考えたそれでどうにもならなかったとしたら…どうするんじゃ?」

『その時は責任を取って生涯あの子を護ります』

目を見開いて泳がせたあとに咳払いをして、こちらを睨む。

「その心構えは立派だ…。しかし…それでは娶るような言い方じゃぞ」

どうしてか憤り混じりの声を放つものだから不思議に思って首を傾げた。

『……?もちろんそこまで視野に入れて話してますよ?』

「は、」

『結婚に関しては彼女が了承すればですし、別の誰かと一緒になるのだというのならその限りではありませんけど、俺のやったことに責任を取るんですからそこまで考えて話してます』

どうにも機嫌が悪くなったように思える。

観覧車内の空気が冷えていくような感覚。気温が下がった訳ではなく、単純に目の前の人から発せられるオーラ的なもののせいだろう。

黙ってたと思うと息を吐き、組んだ足を戻して立ち上がる。ほんの少し揺れた機体。何故か隣に座って見下ろしてくる視線に思わず姿勢を正してしまった。

『あの、』

「鈍感も大概にしろと何度言えば解る?馬鹿なのか?」

『え?』

急に口調が戻った。不貞腐れてるようにも見える表情に目を瞬いて、その瞬間に服が掴まれる。ぶれた頭に眼鏡がずれてフレームが視界をよぎり、近い赤色の瞳にピントを合わせた。

『あの…?』

真っ赤な赤色の瞳になにが映ってるのか、苛立ち気な色を滲ませてる。

不審に思って続く言葉を待っても何も聞こえてこなくて、結われてる唇が今にも噛み切ってしまいそうだったから手を伸ばした。

『言葉を選ぶのはいいと思いますけど、傷をつけてしまうのはよくありませんよ』

「…………」

なぞればゆっくり唇に込められてた力が抜ける。白い歯と赤い舌が覗いてすぐに閉ざされた。俺の胸ぐらをつかんでいる手も解かれて体制を整えずれてしまった眼鏡を戻す。

『それで、いかがなさいました?』

「……はぁ」

問いかけてため息が返ってくるなんてまた俺は何か失敗したんだろうか。よくある話で、こういう時の泉さんは大抵機嫌が悪くなった後に呆れ混じで文句を言ってくるから多分この人も同じような心境なんだろう。

ただ、泉さんとは違い俺に直接文句を言ってくるようなタイプでもない相手にどう対応するべきなのか悩む。

もとから気が置けない間柄でもないし、今だってなんでか知らないけど一緒にいるだけでこの人が何を考えてるのか全くわからなかった。

眺めて言葉を待つだけでも良かった。でも憤りと呆れの中に悲しみの色を見つけてしまえば何か俺が言わないといけない気がして唇を噛む。

この人が引っかかっているのだとしたら流れから見て、俺の責任の取り方の話だろう。俺が責任を取ることに対して…というよりも、気にしてるのはその方法だろうか

俺が言った言葉を反芻しても思い当たらず、それならと可能性を探して少し記憶を辿る。

『……もしかして、』

まさか、あの時羽風さんに言われたアレが本当だとでも言うのか

言葉に出てたのか、顔を上げて俺を見つめる視線が揺れたから咄嗟に逸らす。

いや、待ってほしい、アレはただの羽風さんの仮説で、この人だって確か否定して、

ぐっと服が握られた感覚に肩を跳ね上げ、視線を戻せばどうにも悲しそうなその人がいるから頭がパンクしそうだ。

噛み締めてしまっていた唇を解く。

『……あの、俺の聞くことに答えてもらってもいいですか?』

「、何をだ」

『………朔間さんって、』

ガタンと耳に残る音がして大きく揺れる。照明が絞られて機体内は薄暗くなった。衝撃にか隣のその人が椅子から投げ出されそうになって手を伸ばし肩を掴んだ。

顔を上げると周りの景色が止まっている。呆けていれば大きな花火の音が響き始めて、息を止めた。

“本日は大観覧車にご乗車くださいまして、誠にありがとうございます。只今より期間限定花火ショーを行います。約十分間、どうぞお楽しみください”

『十分…?』

あっさりとしたアナウンスに目を瞬く。様々な色、大きさ、形の花火が音を立ててはじけては散っていく。

周りを見ると大体頂点に近い位置で止められたのか別機体の人間の様子を見ることは叶わなかった。本来であれば外の様子を見てはしゃぐものなんだろう。

腕の中で物が動く。思い出して視線を落とせば見上げてたらしいその人と目があって、本来赤色の瞳が弾ける花火の色にあわせて変わってた。

掴んだままだった肩から手を離して息を吐く。

『あ、すみません』

「、いい。助かった」

うつむいて手を離したにもかかわらず俺の上着を掴んだまま離れない。

視線が絡まなくなって気圧されはしないけど、居心地は悪くて気を紛らわせるために外を眺める。

地上はかなり遠く、暗さも手伝いそれなりに視力がいいはずの俺でも下の様子がよく見えなかった。

できることならこのまま外を見ていたかったけど、服が引かれて視線を落とす。

俯いたままで服を握りしめてるからどうしたらいいかわからない。地味に頭が痛くなるから空いてる左手でこめかみを押して、心の中だけで息を吐いた。

『……えっと…十分って結構長く止まるんですね?』

「…………」

『いま頂点ですし、観覧車って意外と時間のかかる乗り物なんですね…』

「……………」

これは木賊たち風に言うなら詰んだ状態かもしれない。なにも反応がなくて、かといって離れるわけでもなく、諦めて外を眺める。花火が打ち上げられてる空には煙が少し残っていて、風が少ないのか散るのに時間がかかってるようだった。

ポケットの中で短く振動し始めた携帯に肩を大きく揺らしたのは引っ付いている朔間さんで、コートに手を伸ばして取ろうとしたところで思い切り服が引かれた。

『っと、なんですか?』

「……………」

服を引いて、明らかに不機嫌なのに何も言わない。携帯を取ろうとすれば再び服が引かれたからもうどうしたらわからず、苛立ちと困惑から息を吐いた。

両手を動かして頬から耳にかけて差し込み無理やり目を合わせる。

真っ赤な瞳を覗き込んで、眉根を寄せた。

『あの、申し訳ないんですが俺は魔法使いでもなんでもないので貴方が何をしたいのかわかりません。前にもお伝えしたかと思いますが、思ってることは口に出してもらえませんか?』

じっと逸らさないでいれば目の前の赤色の瞳が先に揺れて、触れてる両手から熱が伝わってくる。どんどんと熱が上がっているような気もするそれに手を離そうとすれば、服を掴んでいたはずの手が動いて胸元に添えられた。

「、ぁ、っ、…その………」

言葉を探してるのか短い音だけがこぼれて先が紡がれない。

花火の破裂音と着信でもしてるのか揺れ続けてる携帯の振動音が嫌に耳について、服が握られた感覚に意識を戻した。

「………、さっき、俺に何を聞こうとしてた」

『あ』

「…………そんなに簡単に忘れるような質問だったんだな」

『すみません。ちょっと花火とか他にも予想外なことが多かったもので…』

「……それで?」

視線ごと話を逸らそうにも強い視線と服を握る手に許して貰えそうにない。

『………その、俺の勘違いかもしれないので、えっと』

「なんだ」

『あー、気のせいかも、とかで、可能ならなかったことに、』

「さっさと、言え」

口調がきつくなっていくから肩を落として、目をそらした。

『……間違ってたら笑ってくださって構いません』

唇を噛んでから息と一緒に言葉を吐き出す。

『……………あの、…朔間さんって俺のこと、好きだったりしますか?』

「、」

腕の中で体が強張る。少ししてぷるぷると肩が震え始め、眉根が寄り、思い切り睨みつけられた。

表情が引きつるレベルの形相に悲鳴が零れそうになって、触れていた両手を即座に上げて降参して見せる。

『あ、違いますよね、そうですよね、思い上がりました、勘違い野郎ですみません』

早口で謝ってみるけど全くもって空気は緩まず、視線を惑わす。

ああ、もう、言わなければよかった。

睨まれすぎて心臓が軋む。覆水は盆に戻らないらしいし、最近の俺は失言が多くて仕方ない。

ぎりっと歯が軋んだ音が聞こえた。

「……………なんで、…そう思った」

『この話はもう気にしないでくださ、』

「なんで、そう思った」

『この話は終わりで、』

「なんでだ」

強すぎる口調に肩を落として首を横に振る。そっと顔を上げて、目を直視しないように視線をおいた。

『……貴方が不機嫌になったタイミングのその前後の会話、後はまぁ、色々…』

「………………色々ってなんだ」

『、黙秘権を行使してもよろしいでしょうか』

「…ちっ。許可する」

『ありがとうございます』

羽風さんのことをここで出すのは憚られた。舌打ちが返ってきたもののなんとか難を逃れる。篭ってた力を少し抜いて体制を変えようとして、くっついたままのその人に失敗した。

『えっと…』

「今度はなんだ」

『離れないんですか?』

「……このままだと問題あるのか」

『そういう訳ではないんですけど…』

「ならいいだろ」

言葉を締めて、少しあったはずの距離がなくなった。何を思ったのか寄り添うように胸に頭を乗せるから折角抜いたばかりの肩の力が入り、息が詰まる。

本当に何がしたいんだろう。

元からよくわからない人だったけど今日は一段と様子がおかしい。

「……知ってんか?」

掠れた声が問いかけてくるから目線を落とす。

『えっと、何をですか?』

「………観覧車には大抵ジンクスがあんだよ」

『ジンクス…?』

目を瞬いて首を傾げる。普段からこういった場所には来ないし周りでそういう話をする人もいないからなぁと記憶を探って、首を横に振った。

『すみません、生憎そういったものには疎くて…』

「…………ふーん…」

少し低くなった声に違和感を覚える。なにか機嫌を損ねてしまったらしい。

観覧車に何があるのかは知らないけど、もしかして知らないといけない常識的なものを問われていたんだろうか。

少し悩んで笑顔を繕ってみる。

『えっと…もしよろしければどういうものなのか教えてくださいませんか?』

「……………」

再び妙な間が置かれ伸びてきた手が服を握った。

そういえば携帯が鳴っていたはずだけどいつの間にか静まり返ってる。誰からなんの連絡だったのか。若干気になるものの今携帯を取るのは流石に不躾で、朔間さんから目を逸らさず一挙一動を見守る。

視線が何かを探すようにそれて、そして上がる。花火によって色を変える瞳が俺を見据えて噛み締めていたらしい唇が躊躇いがちに緩んだ。

「二人で、観覧車に乗って、その頂上で…」

『そういえば大体頂上のあたりですね』

「場合にも、よるが…」

むにむにと唇を結んで口籠る。照れてるのか珍しい表情に目を瞬いていれば服を握ってたはずの手が解けて両手が伸びてきた。

両頬を包むように添えられて顔がのぞき込まれる。

ほんの少しだけ震えてるに目を瞬いて、赤色の瞳を見据えた。

「そこで、」

がこんと、また大きな音がした。

前のめりになったその人に、何か言うより早く口が塞がれる。

思わず目を見開いて固まれば、向こうも目を丸くしてた。お互いに想定外の出来事だし事故なので許されるだろうと腕を上げて肩をおそうとして、頬に添えられてた手に力が篭った。

そっと伏せるように赤い瞳をまぶたで隠す。そのまま力の入ってない俺を倒して一瞬離した唇をまた重ねた。

『ん、?!』

理解できず再び固まる俺に数ミリ離れる。唇を舐めたと思うとにんまり笑う。

「まだ、俺が教えてんだからおとなしくしてろ」

『は、さくまさ、』

また唇が重なってこれは流石にまずいと冷や汗が背を伝う。

何がどうしてこうなってるのか、変なスイッチでも入ってるらしく今にも唇をこじ開けてこようとしてる舌に活路を探す。

中途半端に押し倒された姿勢で力が入らず、上から力をかけてきているこの人を引っぺがすのは至難の業だ。咄嗟に腕を伸ばそうとすれば頬から離れた両手に押さえられて力が拮抗する。

いつの間にかまたなり始めた携帯の音と、外から聞こえてくる遊園地の喧騒。

地上まであとどのくらいかわからないがこのまま下につくのだけは意地でも避けたい。

一秒ほど考えて、力で勝つのは無理だろうと抑えられている腕を一度手前に引く。瞬間緩んだ力に手を朔間さんの髪へ差し込む。耳をふさぐように手を置いて、口を開いた。




「夏目、占いの結果はここなんだよね??」

「そうだヨ。この中の、今はここのはずダ」

ぺらりとめくって見せたカードの意味をバルくんはわかってなさそうだけどそうなんだねと頷いた。

隣には無表情で順番に電話をかけ続けているらしい四人がいて、観覧車に乗るわけでもないのに待機列近くに十分以上居座ってる僕達を利用客が遠回しに見てきてる。

「コッシー転校生と遊びたかったのかな?」

「さぁ?どうだろうネ」

「それなら俺、コッシーと夏目と転校生と、お化け屋敷いきたーい!」

はいはーいと手を上げて笑うバルくんに苦笑いを浮かべて、多分それどころじゃないと思うけどねの言葉を飲み込む。

「まぁ無事に本人が見つかったからだけど…って、あれ?」

「どうしたの?」

「いや、あれ…」

僕が指せばバルくんと、それとずっと電話をかけている四人も顔を上げる。

そこには観覧車のいくつかあるゴンドラのうち、あと五個ほどで乗り場に到着するであろう箱がひどく左右に揺れていた。

「え、危なくない?」

「中で馬鹿でも暴れてるんじゃないノ」

ある程度の重みや風に耐えられるよう作られているとはいえ、あんなに揺らして乗るものではない。

乗り口の係員も困った様子で、自動式らしい出入り口が開くなり中から二人、つかみ合うようにして出てくる。

『それについては謝りますから少しおちついてください!』

「あ、コッシーだ!」

よく通る声は普段よりも早口で焦りを含んでる。抑えようとしてる相手も同じ黒髪で照明で憤怒まじりの赤色の瞳が光った。

「ああ?!俺様は落ち着いてる!」

『もうすでにその口調が落ち着いてませんよ!』

わたわたとしてる二人になんでここに兄さんがいるのかとか何故二人で観覧車に乗ってるのかとか、一緒にいたはずの子猫ちゃんはどうしたとかツッコミどころしかない。

「お、お客様、危険ですので柵から離れて、」

係員の注意が聞こえてないのか、兄さんの力に押し負けてるのか柵の方へ追いやられていく紅紫。

腰よりも少し低い位置のそれに紅紫が触れて、あ、と僕が声を漏らした瞬間隣の四人が走り出す。

「危ない!」

悲鳴混じりの係員の声。紅紫もはっとして、けれど半分以上身を乗り出していたことに戻れないと気づいたのか、さっきまで押し合うために握っていたらしい腕を咄嗟に捻った。驚いた兄さんが手を離す。

その反動で、紅紫は柵から落ちた。

「コッシー!?」

「紅紫!!」

だいたい5m。さすがに落ちれば無傷ではすまないだろうと悲鳴が上がる。ぶわりと嫌な寒気が身体を包み込んで、紅紫が地に落ちる、そう思ったところで青色が滑り込んだ。

「ナイキャ!しーちゃん!」

「っと、こちらも手荷物は無事受け取りました」

「ほんま危なっかしくて堪らんわ」

走り出してたはずの四人はどうやら紅紫を受け止めに行ってたらしい。

椋実が紅紫を抱え、檳榔子が椋実の分の荷物を持ってる。柑子が一緒にふってきたのであろう見覚えのない鞄を持っていて木賊は一人いつの間にか上にいて焦った様子の兄さんの隣で息を吐いてた。

『シアン?』

「大丈夫か」

『うん。怪我はないよ。ありがとう』

「ならよかった」

目を瞬いてた紅紫は微笑んで、椋実が表情を緩める。

どう言いくるめたのかさっさと木賊と兄さんが降りてきて、さっきまでの剣幕はなんだったのか、あわあわとした兄さんが紅紫を見て申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「す、すまん、怪我は、」

『なにもございませんよ。ご心配なく。ちょっと失礼しますね』

ポケットを探り携帯を取り出すと、いくつか操作して耳にあてる。

相手はすぐ出たのかお疲れ様と切り出した。

『楽しめてるかな?…そう、それなら良かった。思ったよりも早く用事が済んだから合流しようかなと思ったんだけど、そっちはどう?……うん、それじゃあ…そうだなぁ、メリーゴーランドの辺りに集合しようか』

話している最中に歩き始めた椋実に紅紫は特に何か言うこともない。連れ添うように歩く三人と、そのままなのと首を傾げるバルくん、兄さんもついていって僕も少し距離をおいて歩く。

『少し大人数になっちゃったから時間的にも合流したら二、三個アトラクションに乗って今日はお開きにしよう。それじゃあまたあとで』

キャッチされたときのまま。いわゆるお姫様抱っこで電話をしてる紅紫としてる椋実。先頭が嫌に目立つせいでさっきよりも遥かに集まってる視線に胃が痛い。

「ねぇねぇコッシー。もしかして今の転校生?」

『うん。合流したらみんなで好きなアトラクション乗ろうかなって』

「ヒャッホー!たのしむぞー!!」

ぴょんぴょんはねて騒ぎはじめたバルくんに僕も遊ぶ!と便乗する檳榔子。集まりすぎてる視線に一種のパレードかなと目を逸らすことにした。



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