ハイキュー


『ちゃらちゃらっちゃらー』

「ちゃーん!」

「…ちゃ、…ちゃん……」

隣に蛍くんと山口くんを携えて、今日はなんかよくわからないけど自習らしい英語の自習課題をやりつつ会話する。

今は音楽じゃなくてコミュニケーション英語の時間で、最初の歌は特に意味なかったりする。

「ねぇ、ここの問何いれた?」

『えんたーていれたよっ』

「あってるのにナッチの発音…」

ちょこちょこ残念な空気を漂わさせられたけど気にしないで課題を終わらせる。

あの試合後は蛍くんの家にお邪魔して、次の日の日曜日も泊まって家に帰らなかったためにとびとびとは丸2日顔をあわせてない。

今日着てるワイシャツと持ってる教材はとびとびの部活中に取りいってきた。

さすがに蛍くんのお宅に二日もお邪魔するのは気が引けたけど心配してくれる蛍くんとお兄さんの人の良さに甘えてしまった。優しすぎるよね月島家!!

「ナッチ、昼休みどーする?」

『…あ』

ちらって時計を見ればあと五分しないで午前の授業が終わる。

きっと、というか絶対とびとびとはこの教室に来る。それを山口くんはわかりやすく、蛍くんは隠しながら心配して聞いてきてくれた。

今はまだ、会える気がしない。

『えーと…』

「僕らは今日は外の静かな場所で食べるよ」

そなの?と山口くんはびっくりして、蛍くんはどうするのとこっちに視線を投げる。

ほんとに優しいよね。

『お、おじゃましてもいいですか!!』

「もちろん。まぁ、その分はちゃんとお礼はもらうけどね」

にたりと蛍くんスマイルを見せた。




『………』

「ナッチ」

『…………』

「ナッチー」

『…………』

「ナッチ!!!」

『んん!あ、なななに山口くん?!』

目の前で蛍くんが両手をぱんっと鳴らして、山口くんがわぁっと大っきく名前を読んだ。

「急にボーッとするから!大丈夫??」

山口くんが下から覗きこんできて、そういえば今はご飯を食べてたんだって思い出す。

『ん、うん!』

あんまりにも心配そうで不思議そうな顔をする山口くんを安心させたくて笑って頷けば眉は寄せたままだったけど離れて普通に座る。

ふと、手に持つものがいつもと違う重さなのに違和感がして、見ればカメラでも携帯でもお弁当箱でもなくて行き道コンビニで買ってきたいちごホイップサンドで、なんか慣れない。

向かいを見れば山口くんがごちそーさまでしたー!!って手を合わせてたから急いで手に持ってたサンドイッチを口へ運ぶ。

「………」

そのあいだずっと蛍くんが心配そうに見てきてたのには気づかなかった。



放課後になれば蛍くんも山口くんも部活に行かねばならないのである。

おんぶに抱っこ、いたれりつくせりで世話をしてもらってる僕もなんとなくついていって足を止める。

「どうするか、ちゃんと決めといてね」

『あ、えと、うん』

体育館近くで蛍くんは振り返って短く、主語なしで言って山口くんと部室へ。

さてはて、これからどうしよう

いつまでも蛍くんと山口くんに迷惑をかけるのはあれだし、このままじゃさすがに生活力皆無のとびとびの健康が心配だ。

体育館の扉から二階へと階段をのぼり座り込む。

ここ二日、たったの二日なのにとびとびに会ってないのとカメラを触ってないのでなんだかいつもの自分らしくないのは蛍くんに示唆されなくてわかってた。

下ではいつもみたいに元気な日向くんがとびとびと(たまに田中さんと)騒ぎすぎて部長さんに怒られて菅原さんに宥められて……ない?

一瞬目を疑う。

騒がしくて、少しだけ剣呑とした空気が流れてるのは一緒。

けど、騒いでてこの空気を作ってるのは、とびとびと、蛍くんだ。

「知ってんだろ月島」

「はぁ?なにが?」

いつもならば部長さんがいち早くこういう空気を察して仲裁に入るけど、今はなぜかいなくて、顧問の先生もいないからたぶん練習試合の話とかそんなで席を外してるんだと思う。

だから、二人は止まらない。

「とぼけんなてめぇ…っ」

「別にとぼけてなんかないけど?」

「か、影山?!」

「ツッキー落ち着こ?!」

睨み合うとびとびと蛍くんの周りであわあわしてる山口くんと日向くん。

「なーにまた日向と影山は騒いで…あ?影山と月島?」

「ちょ、お前らどうしたんだよ。け、喧嘩はよくないべ?」

田中さんの声で騒ぎに気づいた菅原さんが仲裁しようと慌ててる。

「あいつは俺のだ、返せ」

「…あのさ、ものじゃないんだから返せはないでしょ。
そんなんだから見捨てられんじゃないの」

今にも飛びかかりそうな雰囲気を出してたとびとびはぎっと蛍くんを更に睨みつけた。

「お、おい影山!!?」

びっくりした日向くんが大きな声を上げ、少し向こうで準備してたほかの先輩さんたちも騒ぎに気づきざわついてる。

「…なにがわかんだてめぇに」

「君のことなんて知るわけないじゃん。どーでもいいよ」

「っ」

ぶつんと何が切れた音がした。

後ろに勢い良く引かれたとびとびの右腕。

比例して握られた拳。

とびとびが殴る気だって、ここにいるみんながわかった。



右の拳が少し柔らかめのものを勢い良く叩き、かしゃんっとメガネが硬い体育館の床に落ちた音が響いた。

ワンテンポ遅れてだんと尻もちをついた音。

「……な、にして…」

突き飛ばされた月島は、かわりに殴られ尻もちをついてるそいつを見て目を見開いた。

「ナッチ!!」

「うええ?!ちょ、大丈夫!!?」

殴られたそいつにいち早く駆け寄った山口。状況が飲み込めなくて呆けてたものの、一大事なのは把握できて俺も近寄る。

「お、おい!?」

「か、影山っ」

「何だこの騒ぎ」

「い、一体何が?」

練習試合の条件クリアのため話し合いをしに行ってた大地さんと武田先生が戻ってきて、練習が中断されてるこの現状に眉をひそめた。

「ナッチ、ナッチ」

『………』

声をかけられてるそいつは左の頬を押さえたまま下を向いててなにも言わない。殴られたはずのそいつよりも痛そうで今にも泣きそうな顔をしてる山口に、心配そうに菅原さんが手を伸ばして、俺も二人に近寄る。

「あ、あの、…えと、…ほっとくと、腫れちゃう、し。おお俺、冷やすもの持ってるから部室いこ。立てる?」

ぎゅっと手を握りしめてから一呼吸して、そいつに手を差し伸べれば一瞬間を開けてから手を取り立ち上がる。

「た、武田先生、大地さん、おれちょっと部室行ってきます。」

「は、はい、よろしくお願いしますね」

山口に話を聞こうとしてた武田先生にお願いされて二人で体育館を出てく時ふと振り返って見た。

大地さんと菅原さんそれぞれに声をかけられてる影山と月島はさっきの状態のまま、あそこだけ、あいつらだけ時間が止まったみたいだった。



ぱんっと袋を叩いて中のやつを割れば生ぬるくてふにゃふにゃしたやつが冷たくなって、薄いタオルで巻いてそいつの赤くなってきたほっぺにくっつけた。

『………』

「い、いたくない?」

『……うん、ありがとう』

恐る恐る聞けば小さな声で返してくれて、少し安心した。

「大丈夫?」

『…うん』

この間とか、いつも影山の周りでカメラを構えてるときの元気はない。顔も下を向いたまま。

「…………」

なにを言ったらいいんだろう

影山のことを怒ればいいのか、月島のことを非難すればいいのか、こうなったことを悲しんだらいいのか、

「あ、えと、あああのさ」

『………』

そもそも話すも何もなんだ。

「な、名前教えてくんね?」



(なんでだ…)

(影山?)

(……あの馬鹿)

(つ、月島?)

(あの子の名前とクラス知ってるなら教えてもらってもいい?)

(え、えと、ナッチはその…)

(あ、えと、あれだ、し知られたくないとかならその)

(、僕の名前は――…)


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