ハイキュー
「あー、もうほんとやになる」
むっとしながら汗を拭って戻ってきた蛍くんは不機嫌を隠すことなくて、とたたたと足音が近づいてきた。
「ナッチー!」
『蛍くん、山口くんお疲れ様ー』
山口くんとハイタッチして蛍くんの顔を見ればふいっと逸らされる。
『蛍くん、お疲れ?』
「そりゃね。噛ませ犬とかほんとやになる」
「ツッキーはナッチのはちみつレモン食べたのに負けちゃったから落ち込んでるんだよ!」
『そなの?』
「………山口」
なんかよくわからないけど今にも山口くんが蛍くんに射殺されそう。
鋭すぎる目つきで山口くんを見てる蛍くんに、さっき渡された上着を差し出す。
『蛍くん、蛍くん』
「なに」
蛍くんはどこかバツが悪そうな表情で不機嫌なのも確かにあるだろうけどそれ以外にも負の要素が混ざってる気がした。
何を言えばいいのか、僕は山口くんじゃないから蛍くんの考えてることはわからない。でも、こういう時は感想を伝えるべきだろう。
『あのね、たしかに負けちゃったかもだけど蛍くんかっこよかったよ』
あ、表情がぴしってなった。
「………っ…、なにいってんの」
持ってた上着がなくなったと思ったら目の前が真っ暗になる。
なんか頭の中に蛍くんのかっおりー♪とCMのキャッチフレーズ的なのが流れた。
『蛍くん?』
「ツッキー今顔真っ赤だからちょっと待っててねナッふぎゃっ」
山口くんの声がしたとおもったらなにか潰れたみたいな音がして静かになる。
少し待てばまた視界が明るくなった。
「あまりのはちみつレモン頂戴」
そこにはいつもどおりの蛍くんがいて、視界の端っこに床に伸びてる山口くんがいる。
『ん、はちみつレモンさんだね』
足元に置いてたバックから蛍くんと山口くん用のはちみつレモンを取り出して渡せば、蛍くんは口角をちょこっとあげた。
「ありがと、おつかれさま」
タッパを持って床とお友達になってた山口くんを回収すると部長さんのほうに向かってった。
なんていうか、蛍くんは大変テンプレながらも高度なツンデレだと思いますまる
「七雄」
『と、とびとびっ!』
蛍くんと山口くんがいなくなるのを見計らったみたいにぬっととびとびが後ろから現れた。
低い声と威圧感。汗が吹き出してきて笑みを作る。
『お、おつかれさま』
「で、」
言い切るか切らないか、ぎりぎりにとびとびは鋭い目でこちらを見た。
「あいつらなんだよ」
よくわからないけどめっちゃ怒ってるらしい。
『うえー、えー』
あまりの眼光に思わず一歩後ずさればびしっと眉間に人差し指を突きつけられて、目を合わせられた。
「七雄」
とびとびは怒ってるとき、よくこうやって問い詰めてくる。
これは一種の約束というか決まり事というか、とびとびに対して隠し事をしたときにやられる。
言い逃れようは禁止、らしい
「月島と山口、あいつらといつ会ったんだ」
『そ、その』
「影山ー!!」
な!い!す!!日向くん!!
空気を読まず飛び込んできた日向くんに話が逸らされてとびとびは仏頂面はいぱーモードで振り返り話を聞いてる。
その顔がなんか可愛かったからカメラを構えてレンズに映す。仏頂面な横顔を一枚おさめた。
「おい」
シャッター音にかとびとびはこちらを向いてレンズをがしっと掴んだ。
『あ、ちょ!とびとびー』
「丁度いいからそのまま大人しくしとけ」
別に逃げないよー!!
「あ!ねえねえ!」
とびとびからこっちに矛先を向けた日向くん。
むっとしたとびとびは声をかけられた本人でもないのに睨みつけてた。
『なーに、日向くん』
「俺ちゃんと勝った!」
『うん、おつかれさま!試合中の日向くんも撮ったから明日写真渡すね!』
「ほんと!?見して見してー!」
『それは明日のお楽しみ』
覗きこんでくる日向くんを躱せば唇を尖らせた。
『大丈夫大丈夫!かっこよく撮れてるって自信を持って言うよ!』
「おおー!!!て、じゃなくて!俺ちゃんと勝ったから!名前教えろー!」
セルフ話題転換?
目を輝かせたり、喜んだり、疑問ありげだったり、自信ありげだったり、百面相できそう。
「ねーねーなまえー」
くいくい服を引かれても、上目遣いで見られてもかわいいなとしか思えないから困る。
もったいぶったけど別に僕の名前くらいさっさと教えれば良かったのにねなんて思いながら笑った。
『ふふ、では勝者には約束通り…』
「組めた!組めましたよ練習試合!!」
ばんっと大きな音を立てて開いた扉、飛び込んできたのはたしか顧問の先生だったはず。
部長さんに強制招集をかけられ、とびとびと日向くんは先生のいる出入口付近へ。その間にと部外者の僕は反対側のほうから二階に上がった。
顧問の先生の話を聞くとびとびを撮る。
かわいすぎてやばいです!
「青葉城西との練習試合?!」
とびとびを含めた一年生じゃない、先輩たちの驚いた声が耳に飛び込んできた。
フレーム越しにずっと見てたとびとびの目つきがかわる。
「ただ、条件が…」
嬉しがってたり困惑してたりする皆に先生はすこし浮かない顔色で口を開いた。
あ、なんか嫌な予感。
カメラを引っ込めて、下からは絶対見えない位置に下がる。
「影山を…セッターとしてフルでだす…?」
誰かが口に出す。
烏野の正セッターは菅原さんなのでなんともひどい条件だと僕も思う。
「うん…そうなんだ。
影山飛雄をセッターとしてフルでだしてほしいって…」
あまりにも良い意味にとれないその条件に、田中さんは切れ気味な声を出す。
「なんすかそれ…ナメてんすかペロペロですか」
「いいじゃないか…こんなチャンスそう無いだろ」
しっかりと聞こえたのは、菅原さんの声。
「良いんすかスガさん!烏野の正セッター、スガさんじゃないすか!」
「………俺は日向と影山のあの攻撃が4強相手にどのくらい通用するか、見てみたい」
力強く言い切った菅原さんの声はここまで届いた。
菅原さんはこの先を見通しているからこそ言ったんだと思う。
自分のことではなくチームのことを考えて、とってもかっこいい人だ。
「そっか…じゃあ影山くんで大丈夫だね。」
一先ずは安心したような先生の声。
「それで、影山くんのほうは解決だね。…実はもう一つ条件があって…」
「なんですか?」
どうにも言いにくそうに言葉を切らす先生に急かすように菅原さんが聞き返せば、先生はたっぷりの間を置いて口を開いた。
「その、あまり僕にも意味がわからないんだけど…“もう一人の影山も試合に出せ”って……」
ざわっとしたあとに静かになる体育館。
意味を把握してるみたいなこの沈黙が痛い
「もう一人の影山?」
日向くんの声が静かすぎる体育館に響く。
「影山、意味わかる…か…?」
部長さんの声が尻すぼみというか、最後の方だけ途切れ気味に聞こえた。
問いかけられたはずのとびとびの声が何も聞こえないのがとてもこわい。どんな表情をしてるのか確認しようかとも思ったけど、それでもし目でもあったらと思うと僕はこの場から動けない。
なにも言わないとびとびに先輩たちは困惑を極めてるらしく、部活終了を告げるチャイムが鳴り響く。
最終下校時間の知らせに部長さんの仕方ながなさそうな部活終了の挨拶が聞こえた。
「やっぱり、そういうことね。」
「ツッキー?」
「帰るよ山口。
今日は裏門からでいいよね。寄りたい場所ある」
「え?あ、うん??」
一人、場違いな蛍くんの声と、体育館から出て行く2つの足音。
音を立てないよう、同じように体育館を後にして、外に置いといた荷物を手早く持って裏門に向かう。
「あれ?ナッチ?」
そこにはジャージから着替えもしないで荷物だけ持った不思議そうな顔した山口くんと、僕を見た瞬間歩き始めた蛍くんがいた。
「ツッキーが待ってたのナッチだったんだね!」
『ね!待っててくれてありがとうー』
「別に待ってなんかないけど」
三人で横並びになって、迷惑な高校生をする。
「山口、今日うち泊まっていく?」
山口くんと喋ってると今までずっと黙ってたツッキーがいきなり口を開いた。
「いいの?ツッキー?」
「二人増えるくらい構わないよ。」
さらっと山口くんをおっけーする蛍くん。すり抜けてった会話の端に見つけた違和感に首を傾げる。
『二人?』
「そ、二人」
頷いて山口くんを見た蛍くんと目が合った。
「ナッチも??」
『うええ!?』
「ほら、さっさと帰るよ」
『蛍くん、急にどうして?』
山口くんがお風呂に入って蛍くんと二人になる。
残りのはちみつレモンを食べてた蛍くんが呆れたみたいにこっちをみた。
「逆に聞くけど、オーサマのいる家に帰れるの?」
『あうっ』
ぺちりとでこぴん付きで言い返され何も返せない。
山口くんや日向くん、先輩方は気づいてなかったけど、蛍くんはわかったみたいでそれを口には出さず助けてくれて本当に嬉しい。
「いずれはそりゃ帰らないといけないけど、落ち着くまではここいなよ」
はちみつレモンを平らげた蛍くんは指を軽く舐めた。
『あ、…ありがとう、蛍くん。』
「…どーいたしまして」
『大好き!二番目くらいに!!』
「……ばっかじゃないの」
いつもみたいに呆れた言い方風だけど、ほんのりほっぺが赤くて眉尻が下がってる表情を見せる蛍くんは中々レアだなと思いました。
(だって一番はとびとびだからね!!)
(はいはい。
わかってるよ、そんなの)
(きもちよかったー!!
お次ナッチどーぞ!!)
(七雄のボケ!泊まるって、どこいきやがったんだ!!!)
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