ハイキュー

『ええと、とびとび?』

「なんだ」

『えとね、試合頑張ってね!』

柔軟の背中押すのを手伝ってるわけだけど、顔を会わせてなくてもとびとびが不機嫌なのはとてもよく伝わってきてた。

多分蛍くんのこともあるんだろうけど、一番は今から始まる試合のせいだと思う。

「―ああ」

背中越しにきた返事もどこか固くて、とびとびは元気がない。

僕にできることなんてなにもないけど、せめて少しでも気持ちが軽くなるようにと笑った。

『あのね、とびとび!かっこいーとびとびの写真いっぱい撮るから!』

「……―はぁー…、なんでお前はそうなるんだ?」

柔軟してたとびとびが息を吐いて、呆れ半分、笑い半分で返してくれる。僕の作戦はちょっとだけ成功したらしい。

『そりゃもちろんとびとびが一番だからだよ!』

とびとびは顔を軽く上げてからまた薄く笑った。

「――ま、今日は撮るの許してやるよ」

今日は、だけどな。ともう一回付け加えたとびとびは立ち上がって僕を見つめる。

『うん!かっこいーとびとびの写真いっぱい撮るね!』

ちょっとだけ元気が戻ってきて嬉しかった。

『とびとび専属カメラマンの腕が試される時☆』

「あほか」


『んー』

ファインダー越しに眺めてたとびとびをカメラをおろして直視する。

やっぱ、変。

試合前、蛍くんによる挑発によってやる気を出してる日向くんと田中さんに対し、とびとびは苛々しつつおっかなびっくりやってる感じが否めない。

試合は拮抗していて、田中さんはオカマっぽかったり炎めらめらしたりと大変忙しそうにしてる。日向くんも頑張ってるけど蛍くんにブロックされることが多くて、全体滝に安定してる向こうチームの優勢だ。

と、まぁ田中さんと日向くんのことはおいておいて、僕の一番大切なとびとびのことを考えよう。

「おーさまのパスみたいなー」

聞こえてくる蛍くんの声。とびとびの元気がない理由は、間違いなくこの辺なんだ。

傷心して葛藤してるとびとびは中々見れる物じゃないし、可愛いから写真には収めるけど、あまり好きじゃない。

とびとびのジャンプサーブはなかなか重かったはずだけど部長さんの見事なレシーブで返されて、向こうに一点が入る。

ちらりと日向くんを見れば蛍くんから“王様”の意味を教えてもらってた。

“王様”って言うのは金田一くんと国見くんが言ったのが始まりで、最初はそうじゃなかったのにいつの間にか傲慢の意味で呼ばれるようになった名前をとびとびはとても嫌ってる。

そりゃ好きになれなんていうほうが難しいけど、そのせいか、あれからとびとびはクイックをしない。

「横暴が行きすぎてあの試合、ベンチに下げられてたもんね」

中学三年、最後の大会、決勝。相手は光仙学園で中々ブロックが高い学校だった。次々とブロックされて点は離されていって、とびとびは焦ってた。

ブロックされないよう、より早く、鋭くトスをあげて、結局、それが引き金になって堪えてた不平とか不満が爆発した皆はとびとびを拒絶した。

ベンチに下げられたとびとびは何を思ってたのか僕にはわからない。

あの時、とびとびを黙って見てただけの僕に、王様と茶化す蛍くんを怒ることも、怒った田中さんに加戦することも、とびとびを慰めることも許されない。

「はぁ………―トスを上げた先に、誰もいないっつーのは…心底こえーよ」

だって、もう僕はとびとびと同じプレイヤーじゃないから、どこまでいっても蚊帳の外だ。

とびとびの悲痛な声に思わず力が入ってカメラが嫌な音を立てる。

「でも、それ中学の話でしょ?」

ぱっと場違いにいつもとおんなじ声で発せられた声に顔を上げた。

「俺にはちゃんとトス上がるから、別にかんけーない」

日向くんはどうしてこうも人ができないことを簡単にやっちゃうんだろう。

明るくてあっさりとしてて、知らないからこその軽さにとびとびも目を丸くしてる。

「それより!どーやってお前をぶち抜くかだけが問題だ!」

田中さんと部長さんが笑った。

明るくて貪欲で前向きで浅ましくて、少し、日向くんが羨ましい。

蛍くんに向けて布告してみせた日向くんはその足でとびとびに近づいた。

「月島に勝って!ちゃんと部活入って!お前は正々堂々セッターやる!そんで俺にトス上げる!それ以外になんかあんのかー?」

コートの外はよく見える。日向くんの勢いにとびとびはたじろいで、蛍くんが少し視線を落とし何かを呟く。山口くんが蛍くんを心配しに見上げて、そこで試合が再開された。

蛍くんのサーブを田中さんがレシーブして、とびとびはボールを見つめながらどちらに上げるか考えてる。

日向くんと田中さんは俺に!と騒いでた。

「田中さっ」

「影山っ!」

身長とタイミング、経験、威力、全てが劣り蛍くんに勝てない日向くんではなく田中さんに上げようとしたとびとびに、日向くんはもう飛んでてトスを呼んだ。

「いるぞ!!」

とびとびの暗くなってた目が、今まで見えてなかった光を映した。

無意識下でボールを日向くんに上げたとびとび。

日向くんは空振りかけたけど、なんとか打った。タイミングもなにもないそれはアウトになって向こうに一点追加される。

「お前、何いきなりっ」

「でもちゃんと来た!」

日向くんは中学時代、その類い稀なる才能は環境的要因でほとんど発揮できなくて、そのジャンプ力があるにもかかわらずトスを上げてもらえることもなくスパイクなんて打つことは出来なかった。

だからどんなトスだろうと、上がるのは嬉しいんだろう。

「俺にトス持ってこい!!」

とびとびの迷いを全て断ち切らせてみせるようなはっきりとした物言いは、やっぱり僕には出来ない。羨ましくて仕方なかった。

初めての連携は拙くて結果失敗でしかなかったけど、しっかりと写真に収める。

そもそも練習もしてないのに呼びかけに対して咄嗟にトスを出した。とびとびのセッターとしての腕はやっぱり凄いと再確認する。

いきなりよくできるよね

「おいお前ら!クイックつかえんのか!?」

田中さんは目を丸くしながら二人に声をかけてる。

膝を抱えながらなんだか眩しい二人を眺めて、熱血な日向くんに苛ついてる蛍くんを見て、次には、とびとびが吹っ切れてた。

「スバイカーの前の壁を切り開く、そのためのセッターだ!」

隣の菅原さんが息を短く吸った音がとてもよく聞こえた。

「こい」

「う、ちょ」

日向くんの首を掴みコートの端へと歩き出したとびとびに田中さんは喧嘩かと慌てて近寄る。

止めなくても大丈夫だと思うけど、それに田中さんも気づいたのか心配そうながらも見守っていて面倒みのいい先輩だ。

「いいか、打てないならかわすぞ。お前のありったけの運動能力と反射神経で敵をかわして俺のトスを打て」

「速攻の説明かよ!?」

「わかった!」

嘘だよね。わかってないよね。

「「とりあえずやってみます!」」

「なーんだお前、さっきまでがちへこみしてたくせに」

「してません」

「嘘つけ!」

田中さんが言ってることはもっともで、間違ってないはずなのに漫才してるみたいになってる。

「へこんでなんかないよな」

とびとびが苦虫を潰したみたいな顔して僕を見てきた。

咄嗟に精一杯の、いつもの笑顔を繕って右手にカメラを、左手の親指を上に向けて立ててみせる。

『しょぼーんてしてるとびとびも可愛いから写真撮っておいたよ!』

「へこんでねぇ、消せボケぇ!」

わぁあぁ、怖いいぃぃ!



ふっきれたとびとびは積極的にクイックのために、パスを出す。でもやっぱりうまくいかなくて、度重なるズレに菅原さんの助言が入る。

「なんか、うまいこと使ってやれんじゃねーの?!」

残念なことに、そのとてつもなく抽象的すぎる表現をとびとびは察せなかったみたいでボールを見てから僕を見た。

『とびとび、頭より、目。コントロール頑張ってね』

とびとびは僕を見つめ、息を吐く。

まだあの一度きりだけど、クイックを諦めずとびとびはトスをあげていて、今のはちょっとネット近かったけどタイミングはあってきてる。

「……君、影山のことよく見てるんだね」

不意に、隣から声をかけられる。こっちを見てきてた菅原さんが笑う。

『え、えと、…そう?ですかね?』

あやふやに笑い首をかしげれば強く頷かれた。

「月島より影山のことばっか応援してるみたいだし」

とびとびと蛍くんを見比べてからカメラを見た。

『蛍くんの応援ですか?なんで蛍くん?』

「え?だってお前月島の弟だべ?」

スパァンといい音がした。

僕の顔、真横にボールが飛んできて壁にあたり勢い良く跳ね返る。

「影山!?ボール飛んでったけど!?」

「影山どこに…てかなんでスパイク打ってんだ!?」

「…………」

あ、とびとびとても怒ってる。

「あー…、どうした影山…」

「く、ふふっ」

「ツッキー楽しそうだけどどうしたの?」

「はい、ボール」

これはなんだか試合が終わったら怒られる感じのパターンじゃないかな。

一応おこなとびとびの写真を一枚撮る。

「七雄…てめ、これ終わったら覚えてろ」

あ、ちょうこわいぃ!!


とびとびと日向くんのクイックが決まり始めてさっきまでイージーモードだった試合の流れが変わった。

「ナッチー」

「持ってて」

とてもあっつい日向くんと、あつくなったとびとびにのせられて蛍くんも本気になったみたいで今まで着てた長袖を脱いで僕に投げ渡し、眼鏡をかけ直した。

ふわぁっと、とびとびとは違う制汗剤の匂いが香る。

「あとはちみつレモンちょうだい」

『え?うん?』

バックに保冷剤と入れておいたタッパを取り出す。

「やった!ナッチのはちみつレモンー!」

ひょいひょいと二人は手を伸ばして薄く輪切りにしたレモンを取り上げ口に運んだ。

「うーん!おいしっ!」

「別にいつも通りでしょ」

二人はほぼ真逆の反応を見せてる。

「ツッキーもナッチのはちみつレモン食べて元気出たから頑張れるってさ!」

『ん?うん?』

「山口…怒ったからね」

この試合は勝てなきゃ許さないよ。

蛍くんは山口くんを睨み付けたあとに僕の頭を二回撫でてコートに戻ってく。

よくわからないけど勝つ気満々な蛍くんは良いとして、蛍くんが向かっていった右側とは反対の左側から、すっごい不穏な空気が流れてきてるっていうか突き刺さってきてる。

「七雄…」

『ひぃ!』

がしっと肩が掴まれた。

吃驚したどころじゃない。もう恐怖

「……れもん」

『え、え?』

「はちみつレモン」

正面から見据えてきてるとびとびははちみつレモンが食べたかっただけにしてはオーラが黒すぎて怖い。

とはいえ所望されたからもう一個用意しておいたタッパを取り出す。さっきのとはまた別の、甘さ控えめ、レモンをさらに薄くし、凍らせてある。

しゃくしゃくする感じだよ!

「あ」

横で口を小さく開けて催促してきたとびとびは腕を伸ばす気はないらしい。

『ん?あ、えっと、あーん?』

表面が少し溶けてきて柔らかくなってきたレモンを摘まんでとびとびの口に運ぶ。

しゃりっと音をさせてとびとびは食べた。

「七雄」

とびとびの低い声が耳元で響き背中に冷や汗が垂れる。

「お前さ、」

「なぁなぁ!俺にもちょーだい!」

日向くんのあっかるい場違いな声がすごい救われた。

『う、うん!ぁ』

きらきらと子犬みたいに目を輝かせてる日向くんに頷けば更に目を輝かせてありがと!と笑い、今開いてる方のタッパのレモンをつまみ上げた。

「うぉぉぉぉ!しゃくしゃくしててうまい!」

とびとび用のはちみたレモンを食して微笑む日向くんの隣。温度9℃は下がってる。

怖くて見られないよ!?

「日向、影山、試合再開するぞ早く戻れ」

部長さんの声に日向くんは慌てて立ち上がったけどとびとびは動く気配がない。

『とっ、とびとび?呼、呼ばれてる…よ?』

「……ちっ」

とびとびはゆっくりと立ち上がって僕の肩を掴んだ。

お、おかしいな、離れないぞ?

「七雄、試合終わったら話がある」

『え…』

「返事」

『は、はいいっ』

ぎろりと睨まれて思わず涙目になったけど悪くないよね!

「影山?」

心配そうに菅原さんが声をかけてきて、とびとびは短く謝ってから手を離しコートに戻ってった。

「こ、こっえー…」

大変不機嫌なとびとびを見て菅原さんは声を漏らしてる。流石にこればかりは僕も同じ気分で小さく頷いた。

息を吐いて、吸って、試合が再開された頃に冷や汗がやっと止まってくれる。

「ちょっと凄みありすぎるよね」

僕の様子を見てたのか、頬を掻きながら菅原さんが苦笑いをした。

『そ、そうですけど、とびとびはバレーすっごく上手で可愛いところも沢山あるんですよ!』

「可愛い…?あー、でも、うん、影山はセッターとして凄い才能を持ってるよな」

さすが烏野正セッター!よく見てる!!

『ですよね!とびとびすごいですよね!』

「うん、ほんと中学時代は勿体なかった。結局最後まで影山のトスに合わせられてたのなんて一人しかいなかったし」

菅原さんは本当に凄いセッターで、だからこそとびとびのことをよく見ててくれて声をこれ以上出せない。

「てっきり影山と同じとこ行くと思ってたけどどこ行ったんだろ。でも彼奴なら青葉以外にも白鳥沢からだって推薦来たべ?…つっても知らないよな、いきなり変な話して悪い」

菅原さんは自己完結して話を切り上げその話題はもう出さなかった。菅原さんは試合に視線を戻して、ボールを目で追ってる。

『とびとびに合わせられた人間、か…』

小さく、小さく呟いた言葉は速攻を決めた二人への歓声でかき消された。



(彼奴、いきなり静かになって…)

(おーい!影山の番だぞ!)

(なにぼけぼけしてんだよ!)

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