ハイキュー
「ねぇ、ちょっと」
『ん?なになに?』
いじってたカメラから顔をあげれば、隣で頬杖ついてる蛍くんと目があった。蛍くんはどこか不機嫌そうで眉を寄せたまま課題に走らせてたらしいペンを置く。
「僕バレー部入ったんだけどさ」
『知ってるよ?山口くんもだよね?』
その隣には山口がさっき配られた数学の自習プリントの裏にみみずを這わせてて、飽きたのかぽいっと投げた。
「入った入った!てかナッチも入るもんだと思ってたんだけど!?」
『え?入らないよ?とびとび愛でるのに忙しいもん!』
「……へー」
とびとびと会った蛍くんは、何を考えているのかわからない。今も目をちょっと細めてうっすら笑ってる。
つついたら蛇どころか爆弾で怪我どころじゃないかも知れないから僕から問いかけるべきなのか悩む。
その間に蛍くんはいつもの蛍くんスマイルを浮かべてみせた。
「ああ、そうそう、土曜日練習試合があるんだけどさ、応援しにきてよ」
『バレーの試合でしょ?うん!見に行くつもりだよー!』
蛍くんの応援っていうかとびとびの写真撮りに!
「タオルとスポドリは持参する必要はなくなったや、あー、楽ちん」
『ええ!?』
「あ、じゃあ俺の分もよろしくねナッチ」
『ちょっと待ってよ!』
「はちみつレモン楽しみにしてるから」
とびとびが打ったボールはぱぁんと音を出して綺麗にとびとびに返った。
ちょっと強めのそれはこの前まで日向くんが全然取れなかった強さだったから、とびとびは驚いてる。
目を丸くしてびっくりしてるとびとびを一枚撮って、顔をあげた日向くんが吠えた。
「手加減してんじゃねーぞ!」
「っ」
日向くんの成長の早さというか吸収の早さ?は羨ましい限り。
子供の成長を喜ぶ気分でとびとびの写真を撮ってたのがいけないのか、とんって肩を叩かれ勢いのままにシャッターをきった。
『ふぁい!?』
「え、あ、びっくりさせちゃってごめん?」
顔をあげると中腰で手を伸ばしてる菅原さんがいた。
『あ、おはようございます』
「うん、お、おはよう?」
時計を見たら練習を始めてから30分くらいもう経ってる。もうちょっとで朝練開始の時間だし、早めに来る人ならもう顔を見せておかしくない時間だ。
「え、えーっと、………?」
菅原さんは不思議そうに見てきててなんだろうと首をかしげた。
ぱんっとボールを弾いた大きな音が響いて、菅原さんはびっくりしたみたいにとびとび達を見る。
ちょっと汗をかきはじめてムキになってるとびとびを撮ろうと忘れてたカメラを構えた。
「しょくぱんくーわえたきーよこさんとどーん」
作詞作曲は多分ご自身。聴いたことのない曲を歌いながら入ってきた田中さんは菅原さんを見て恥ずかしそうに目をそらす。
「んぉ?お前…」
『あ、こんにちは、おはようございます』
構えてたカメラからちょっと顔を上げで挨拶だけしてまたファインダーを覗く。
大分ムキになってる。
とびとびちょームキになってる。
かわいー!
「え、これどれくらいやってるんすか」
「…俺が来てから15分経ってる」
「連続すか?!」
頷く菅原さんに田中さんはとびとび達に視線を戻す。
「そろそろ限界だろっ!」
とびとびが返ってきたボールをまた思いっきり打った。
えへへ、ムキになってるとびとびもう一枚げとー
「もうこれくらいで―…」
「まだ!ボール!落としてない!」
スパイクを打ち続けるとびとびに日向くんが疲れてるのはもろわかりだし、手も真っ赤なのに日向くんは勝ちに貪欲で、とびとびに向けていたカメラを日向くんに向けて、一枚シャッターを切った。
「てめこのっ」
「うわっ!性格悪っ!取れるか!」
ムキを通り越して、地の性格の悪さが出ちゃったとびとびはコートギリギリな遠くに打ち込んだ。
しまったと顔を青くしたとびとびの写真を一枚だけ撮って、カメラを下ろす。
息を吸って、言葉をはく。
『―日向くん頑張れ!』
はぁっと息を吐いた日向くんは持ち前の瞬発力と身軽さを生かしてボールの下に滑り込んだ。
菅原さんも田中さんも、とびとびも、日向くんの貪欲さとボールが上がったことに対する驚き、感嘆、床に転がった日向くんを一枚撮って、とびとびを見つめる。
とびとびは上がってきたボールを見ながら、ゆっくりと両手を伸ばす。
『―そっか…』
とびとびは優しいトスを上げた。
表情はなんだか穏やかだ。
「ぇ」
「トス?!」
「影山がトスを上げた?!」
床に膝をついて肩で息をしてた日向くんは、本当ならスパイクを打つ余裕なんてないと思う。
でも、とびとびはトスを上げた。
日向くんはとても嬉しそうに笑って駆け出し、高く跳ぶ。打ち込まれたボールはコート内にしっかりと落ちて、打った日向くんは目を輝かせてた。
二人を一緒に撮してから立ち上がる。
「おい、明日…勝つぞ」
両手と膝をついて息をする日向くんにとびとびは言い放つって、唖然としてた日向くんに背を向けた。
「あ、あた、あたりまっうぐっ」
『きゅーに騒いじゃ駄目だよ日向くんってば』
運動したあとにそれはない。
えずいた日向くんに、元々は今日の朝ご飯を入れてたビニール袋を差し出した。
「うぇぇぇっ」
大丈夫かなって心配になったけど、慌てた菅原さんと田中さんが近寄ってきてたし、とびとびが服を引っ張って来てたから体育館を出ていった。
と、いうことで、来ました土曜日!
とびとびを起こ(すまえに写真をとってから起こ)して、一緒にご飯を食べて、いってきますをするとびとびを一枚撮って鞄を肩にかけた。
「なんだよその荷物」
歩き出してちょっとして、ぐいっとショルダーを引っ張られてがくんってなる。
とびとびの訝しげな目に笑顔を浮かべて鞄を見せた。
『タオルとスポドリとはちみつレモンだよ!』
「昨日なんかやってたのそれかよ」
晩御飯(親子丼)の片付けをしてとびとびがお風呂入ってる間に作ったはちみつレモンは保冷剤と一緒だから多分食べるときまで冷えてると思う。
冷たい方が美味しいよね!
「にしても多いだろ。日向の分か?」
『…あ!日向くんの分も用意しとけばよかった!忘れちゃったよ!どーしよとびとび!』
「忘れ…?あの馬鹿にはいらねーと思う―…」
「うぉぉぉーっ!」
『あ、日向くん』
とびとびを追い抜いて、気づかなかっただけかも知らないけど去ってく日向くんの後ろ姿を眺める。
なんだ叫んでるのかはわからないけどどんどん小さくなっていく背中に、気合い入ってるなぁと眺めてれば隣のとびとびがぷるぷると震え出した。
「っ、てめっ!いくぞ七雄!」
『ふぁ!?』
こんなところで負けず嫌い発揮しないでよー!
急に走り出したとびとびに引きずられるみたいに一緒に走り出して、タッパーの中のはちみつレモンがぐちゃぐちゃにならないか心配だ。
ただ引きずられるのもつまんなくて、精度が落ちるのはしょうがないけど携帯のカメラで必死な顔したとびとびを撮る。
「影山っ!?…負けないからな!」
『日向くんまで張り合う必要ぉぉー!』
ショルダーをぐいぐい引っ張られながら一緒に走って、体育館についた時にはとびとびと日向くんは肩で息をしてた。
「試合前に無駄な体力使ってどーすんだ、ちゃんと休憩しとけよ」
同じ頃について鍵を開けた田中さんは呆れ気味に言って体育館に入ってく。
『えっと、お疲れさま?あ、タオル濡らしてくるね!』
「――ああ、頼む」
ぜーぜー息をしてるとびとびたちに言って水道に走る。右肩にかけた鞄がすっごく重くて置いてくればよかったとちょっと思う。手拭いを水で濡らす。
「あれ?」
水を止めて軽く絞ってたら後ろから声がして振り返った。
『あ、おはようございます?』
「うん、おはよう。えっと、どうしたのこんなところで、今日学校休みだべ?」
菅原さんは挨拶を返して首を傾げた。
土曜日に学校来るなんて滅多だもんね!
『応援来たんです!』
「応援…ああ、バレーの?」
『はい!』
土曜の今日、この学校で応援するような試合なんてバレー部しかないって思ったみたいで頷いた。
『じゃあ失礼しますね!』
絞ったタオルを持って急いでとびとびたちのとこに戻る。
『あれ?』
さっき別れた外にも、体育館の中にもとびとびと日向くんはいなくて、田中さんも見当たらない。なんだか一人ぼっちで泣きそう。
『とびとびー、日向くんー』
きょろきょろしながら名前を呼ぶけどやっぱりいない。
泣いちゃうよ!?ねぇ!?
『日向くん…とびとびー!と、とびとびぃー…っ』
名前を何回も呼んでるけど返事はない。
手の中の濡れたハンカチを握りしめて、つんとしはじめた鼻に俯く。
『とびとびの…とびとびの…』
「なに泣いてるの」
返ってきたのはとびとびじゃないけど知ってる声で、ちょっと高い位置にある顔を見上げる。
『!蛍くん…っ、泣いてないよ!』
ぽんって頭に乗せられた蛍くんの手が髪を混ぜた。
「迷子?」
『違うよ!』
「へー」
『あ!信じてないでしょ!本当に迷子じゃないからね!迷子じゃないから!』
流すみたいに話を聞いてる蛍くんはもう体操着に着替えてて、よくよく考えればとびとびたちも着替えに行ったのかもしれない。
「―やっと泣き止んだ。」
『、蛍くん?』
頭を粗雑に撫でてた手が緩んで、髪を纏めるみたいに撫でる。
蛍くんはいつもの蛍くんスマイルじゃなくて、笑ってた。
「……ま、泣いてた理由も大体見当ついてるけど」
『だから泣いてないよ!』
「今日は応援よろしくね」
蛍くんの指がとっても短い僕の髪をすいた。なんかさっきから頭で遊ばれてる気がする。
『蛍くんの応援もするけど、とびとびの応援が最優先なんだよね!』
「はぁ、またそれ?」
『うん!』
苦笑した蛍くんに笑って頷く。なに書いたげな目をしてるから口を開こうとして、近くから足音が聞こえた。
「月島?」
「っ!…、ども、おはようございます」
後ろから掛けられた声に蛍くんは肩をちょっと跳ねさせてから挨拶をする。
「なにやって…ん…?」
『あ、おはようございます!』
部長さんはおはようと挨拶を返して蛍くんを見た。
「月島の知り合いだったの?」
「知り合いっていうか…まぁ、はい」
なんで言葉濁したの?
珍しくはっきりしてない蛍くんの返しに不思議に思う。
「あ!ナッチ!」
『山口くんおはよ!』
いえーいと手を叩き合わせて挨拶をすれば部長さんは仲が良いなと笑った。
『ねぇねぇ。蛍くんと山口くんのチームはあと一人誰入るの?』
「部長さん」
蛍くんが短く答えてからまた俺の頭を撫でる。まだ頭ぼさぼさだったのかな。
「ツッキー露骨だねー」
「山口うるさい」
「ははっ、まぁ月島たちの知り合いなら中入りなよ。そろそろ皆来るし」
部長さんが蛍くんと山口くんの背中を押す。一緒に中に入った。
『ねぇねぇ山口くん、他の人達は?』
「え?他の?多分まだ着替え中じゃない?」
『そっか!ありがと!』
じゃあここで待ってたらとびとび来るね!
あ、でもとびとびの写真撮りたかったな!
ふかくっ!
「なに凹んでんの」
『え?凹んでないよ?』
「その顔、鏡で見てから言いなよ」
意地悪な顔をした蛍くんにぐいっとほっぺを引っ張られ、隣で山口くんが笑った。
「まぁた、ナッチ虐めないでよツッキー」
「虐めてないけど」
『けいひゅんははしへー』
忘れてたけど蛍くんは自他共に認めるドSだった。
片方だけだったのに更に伸びてきた手によって両方のほっぺがつままれる。
「ツッキーってばー」
「中々柔らかくて面白いよ」
面白いとかじゃなくてさ!楽しんでないでよ!
『けいひゅーんー!?』
「…―おい、くそ眼鏡」
ほっぷをムニムニしてた手が止まって、蛍くんがにやりと笑いながら顔を上げた。
山口くんがあれ?と首をかしげる。
「ああ、王様。何か用?見ての通り、僕忙しいんだよね」
「あ?お前に用なんてねーよ。」
あ、あれ?なんかとびとびの声が怒ってるんだけど
コワイナー、なんか振り向きたくないなぁー
実際蛍くんにほっぺつままれたままだから振り返れないけどね!
「あ、もしかして王様はこっちに用があったの?」
『ふみゃ、へぇいひゅんはなひへひょー』
ひっぱるわけじゃなくて、むにむにと摘ままれて言葉が出しにくい。
「…―」
『、』
背筋が、ぞくぞくってする。
冷たい液体が流れてくみたいな、悪寒的なものだと思う。
「おい」
ぐいって体が後ろに引っ張られてほっぺから強制的に蛍くんの手が離れた。
ギリギリまで引き伸ばされたほっぺがちょっと痛い。
「こいつは俺のなんだから勝手に触んじゃねーよ」
『……ふぇ?』
「は?」
「え」
「しゅ、修羅場…!?」
とびとびの大胆発言はよくあるものとして、蛍くんは口角を上げただけなのに聞こえてきた声が一つ多い。
蛍くんは眼鏡を直してから笑った。
「へー、王様ご執着?俺のとか随分な物言いじゃない」
「ちょ、ナッチって影山のなの!?」
「なに!?なんなのこれ!?」
『えっ、なんだろこの状況…』
整理したくても次から次に展開されてよくわからない。肩を掴んでたとびとびの手が離れた。
「七雄、そいつらに無駄に近付くな」
『どうして?』
流石に怒り心頭なとびとびに聞くのは怖くて隣の山口くんに聞いてみる。
山口くんは目を丸くしてから笑った。
「王様は自分の物が取られちゃうのが嫌なんじゃない?」
あ、なるほど?
わからないけど多分わかったと思う。
頷いてみればとびとびがむっとしたまんまで蛍くんを睨み付けてた。
なんかこの前より空気が険悪なんだけど!!
こわいね!!!
でもどこか宿敵的な空気を出してる二人がかっこよくて、一枚写真を撮った。
((絶対負けない))
(あ、熱いね、ツッキー…)
(お、おう、そうだよな!)
(ほっぺひりひりするぅー!!)
.
『ん?なになに?』
いじってたカメラから顔をあげれば、隣で頬杖ついてる蛍くんと目があった。蛍くんはどこか不機嫌そうで眉を寄せたまま課題に走らせてたらしいペンを置く。
「僕バレー部入ったんだけどさ」
『知ってるよ?山口くんもだよね?』
その隣には山口がさっき配られた数学の自習プリントの裏にみみずを這わせてて、飽きたのかぽいっと投げた。
「入った入った!てかナッチも入るもんだと思ってたんだけど!?」
『え?入らないよ?とびとび愛でるのに忙しいもん!』
「……へー」
とびとびと会った蛍くんは、何を考えているのかわからない。今も目をちょっと細めてうっすら笑ってる。
つついたら蛇どころか爆弾で怪我どころじゃないかも知れないから僕から問いかけるべきなのか悩む。
その間に蛍くんはいつもの蛍くんスマイルを浮かべてみせた。
「ああ、そうそう、土曜日練習試合があるんだけどさ、応援しにきてよ」
『バレーの試合でしょ?うん!見に行くつもりだよー!』
蛍くんの応援っていうかとびとびの写真撮りに!
「タオルとスポドリは持参する必要はなくなったや、あー、楽ちん」
『ええ!?』
「あ、じゃあ俺の分もよろしくねナッチ」
『ちょっと待ってよ!』
「はちみつレモン楽しみにしてるから」
とびとびが打ったボールはぱぁんと音を出して綺麗にとびとびに返った。
ちょっと強めのそれはこの前まで日向くんが全然取れなかった強さだったから、とびとびは驚いてる。
目を丸くしてびっくりしてるとびとびを一枚撮って、顔をあげた日向くんが吠えた。
「手加減してんじゃねーぞ!」
「っ」
日向くんの成長の早さというか吸収の早さ?は羨ましい限り。
子供の成長を喜ぶ気分でとびとびの写真を撮ってたのがいけないのか、とんって肩を叩かれ勢いのままにシャッターをきった。
『ふぁい!?』
「え、あ、びっくりさせちゃってごめん?」
顔をあげると中腰で手を伸ばしてる菅原さんがいた。
『あ、おはようございます』
「うん、お、おはよう?」
時計を見たら練習を始めてから30分くらいもう経ってる。もうちょっとで朝練開始の時間だし、早めに来る人ならもう顔を見せておかしくない時間だ。
「え、えーっと、………?」
菅原さんは不思議そうに見てきててなんだろうと首をかしげた。
ぱんっとボールを弾いた大きな音が響いて、菅原さんはびっくりしたみたいにとびとび達を見る。
ちょっと汗をかきはじめてムキになってるとびとびを撮ろうと忘れてたカメラを構えた。
「しょくぱんくーわえたきーよこさんとどーん」
作詞作曲は多分ご自身。聴いたことのない曲を歌いながら入ってきた田中さんは菅原さんを見て恥ずかしそうに目をそらす。
「んぉ?お前…」
『あ、こんにちは、おはようございます』
構えてたカメラからちょっと顔を上げで挨拶だけしてまたファインダーを覗く。
大分ムキになってる。
とびとびちょームキになってる。
かわいー!
「え、これどれくらいやってるんすか」
「…俺が来てから15分経ってる」
「連続すか?!」
頷く菅原さんに田中さんはとびとび達に視線を戻す。
「そろそろ限界だろっ!」
とびとびが返ってきたボールをまた思いっきり打った。
えへへ、ムキになってるとびとびもう一枚げとー
「もうこれくらいで―…」
「まだ!ボール!落としてない!」
スパイクを打ち続けるとびとびに日向くんが疲れてるのはもろわかりだし、手も真っ赤なのに日向くんは勝ちに貪欲で、とびとびに向けていたカメラを日向くんに向けて、一枚シャッターを切った。
「てめこのっ」
「うわっ!性格悪っ!取れるか!」
ムキを通り越して、地の性格の悪さが出ちゃったとびとびはコートギリギリな遠くに打ち込んだ。
しまったと顔を青くしたとびとびの写真を一枚だけ撮って、カメラを下ろす。
息を吸って、言葉をはく。
『―日向くん頑張れ!』
はぁっと息を吐いた日向くんは持ち前の瞬発力と身軽さを生かしてボールの下に滑り込んだ。
菅原さんも田中さんも、とびとびも、日向くんの貪欲さとボールが上がったことに対する驚き、感嘆、床に転がった日向くんを一枚撮って、とびとびを見つめる。
とびとびは上がってきたボールを見ながら、ゆっくりと両手を伸ばす。
『―そっか…』
とびとびは優しいトスを上げた。
表情はなんだか穏やかだ。
「ぇ」
「トス?!」
「影山がトスを上げた?!」
床に膝をついて肩で息をしてた日向くんは、本当ならスパイクを打つ余裕なんてないと思う。
でも、とびとびはトスを上げた。
日向くんはとても嬉しそうに笑って駆け出し、高く跳ぶ。打ち込まれたボールはコート内にしっかりと落ちて、打った日向くんは目を輝かせてた。
二人を一緒に撮してから立ち上がる。
「おい、明日…勝つぞ」
両手と膝をついて息をする日向くんにとびとびは言い放つって、唖然としてた日向くんに背を向けた。
「あ、あた、あたりまっうぐっ」
『きゅーに騒いじゃ駄目だよ日向くんってば』
運動したあとにそれはない。
えずいた日向くんに、元々は今日の朝ご飯を入れてたビニール袋を差し出した。
「うぇぇぇっ」
大丈夫かなって心配になったけど、慌てた菅原さんと田中さんが近寄ってきてたし、とびとびが服を引っ張って来てたから体育館を出ていった。
と、いうことで、来ました土曜日!
とびとびを起こ(すまえに写真をとってから起こ)して、一緒にご飯を食べて、いってきますをするとびとびを一枚撮って鞄を肩にかけた。
「なんだよその荷物」
歩き出してちょっとして、ぐいっとショルダーを引っ張られてがくんってなる。
とびとびの訝しげな目に笑顔を浮かべて鞄を見せた。
『タオルとスポドリとはちみつレモンだよ!』
「昨日なんかやってたのそれかよ」
晩御飯(親子丼)の片付けをしてとびとびがお風呂入ってる間に作ったはちみつレモンは保冷剤と一緒だから多分食べるときまで冷えてると思う。
冷たい方が美味しいよね!
「にしても多いだろ。日向の分か?」
『…あ!日向くんの分も用意しとけばよかった!忘れちゃったよ!どーしよとびとび!』
「忘れ…?あの馬鹿にはいらねーと思う―…」
「うぉぉぉーっ!」
『あ、日向くん』
とびとびを追い抜いて、気づかなかっただけかも知らないけど去ってく日向くんの後ろ姿を眺める。
なんだ叫んでるのかはわからないけどどんどん小さくなっていく背中に、気合い入ってるなぁと眺めてれば隣のとびとびがぷるぷると震え出した。
「っ、てめっ!いくぞ七雄!」
『ふぁ!?』
こんなところで負けず嫌い発揮しないでよー!
急に走り出したとびとびに引きずられるみたいに一緒に走り出して、タッパーの中のはちみつレモンがぐちゃぐちゃにならないか心配だ。
ただ引きずられるのもつまんなくて、精度が落ちるのはしょうがないけど携帯のカメラで必死な顔したとびとびを撮る。
「影山っ!?…負けないからな!」
『日向くんまで張り合う必要ぉぉー!』
ショルダーをぐいぐい引っ張られながら一緒に走って、体育館についた時にはとびとびと日向くんは肩で息をしてた。
「試合前に無駄な体力使ってどーすんだ、ちゃんと休憩しとけよ」
同じ頃について鍵を開けた田中さんは呆れ気味に言って体育館に入ってく。
『えっと、お疲れさま?あ、タオル濡らしてくるね!』
「――ああ、頼む」
ぜーぜー息をしてるとびとびたちに言って水道に走る。右肩にかけた鞄がすっごく重くて置いてくればよかったとちょっと思う。手拭いを水で濡らす。
「あれ?」
水を止めて軽く絞ってたら後ろから声がして振り返った。
『あ、おはようございます?』
「うん、おはよう。えっと、どうしたのこんなところで、今日学校休みだべ?」
菅原さんは挨拶を返して首を傾げた。
土曜日に学校来るなんて滅多だもんね!
『応援来たんです!』
「応援…ああ、バレーの?」
『はい!』
土曜の今日、この学校で応援するような試合なんてバレー部しかないって思ったみたいで頷いた。
『じゃあ失礼しますね!』
絞ったタオルを持って急いでとびとびたちのとこに戻る。
『あれ?』
さっき別れた外にも、体育館の中にもとびとびと日向くんはいなくて、田中さんも見当たらない。なんだか一人ぼっちで泣きそう。
『とびとびー、日向くんー』
きょろきょろしながら名前を呼ぶけどやっぱりいない。
泣いちゃうよ!?ねぇ!?
『日向くん…とびとびー!と、とびとびぃー…っ』
名前を何回も呼んでるけど返事はない。
手の中の濡れたハンカチを握りしめて、つんとしはじめた鼻に俯く。
『とびとびの…とびとびの…』
「なに泣いてるの」
返ってきたのはとびとびじゃないけど知ってる声で、ちょっと高い位置にある顔を見上げる。
『!蛍くん…っ、泣いてないよ!』
ぽんって頭に乗せられた蛍くんの手が髪を混ぜた。
「迷子?」
『違うよ!』
「へー」
『あ!信じてないでしょ!本当に迷子じゃないからね!迷子じゃないから!』
流すみたいに話を聞いてる蛍くんはもう体操着に着替えてて、よくよく考えればとびとびたちも着替えに行ったのかもしれない。
「―やっと泣き止んだ。」
『、蛍くん?』
頭を粗雑に撫でてた手が緩んで、髪を纏めるみたいに撫でる。
蛍くんはいつもの蛍くんスマイルじゃなくて、笑ってた。
「……ま、泣いてた理由も大体見当ついてるけど」
『だから泣いてないよ!』
「今日は応援よろしくね」
蛍くんの指がとっても短い僕の髪をすいた。なんかさっきから頭で遊ばれてる気がする。
『蛍くんの応援もするけど、とびとびの応援が最優先なんだよね!』
「はぁ、またそれ?」
『うん!』
苦笑した蛍くんに笑って頷く。なに書いたげな目をしてるから口を開こうとして、近くから足音が聞こえた。
「月島?」
「っ!…、ども、おはようございます」
後ろから掛けられた声に蛍くんは肩をちょっと跳ねさせてから挨拶をする。
「なにやって…ん…?」
『あ、おはようございます!』
部長さんはおはようと挨拶を返して蛍くんを見た。
「月島の知り合いだったの?」
「知り合いっていうか…まぁ、はい」
なんで言葉濁したの?
珍しくはっきりしてない蛍くんの返しに不思議に思う。
「あ!ナッチ!」
『山口くんおはよ!』
いえーいと手を叩き合わせて挨拶をすれば部長さんは仲が良いなと笑った。
『ねぇねぇ。蛍くんと山口くんのチームはあと一人誰入るの?』
「部長さん」
蛍くんが短く答えてからまた俺の頭を撫でる。まだ頭ぼさぼさだったのかな。
「ツッキー露骨だねー」
「山口うるさい」
「ははっ、まぁ月島たちの知り合いなら中入りなよ。そろそろ皆来るし」
部長さんが蛍くんと山口くんの背中を押す。一緒に中に入った。
『ねぇねぇ山口くん、他の人達は?』
「え?他の?多分まだ着替え中じゃない?」
『そっか!ありがと!』
じゃあここで待ってたらとびとび来るね!
あ、でもとびとびの写真撮りたかったな!
ふかくっ!
「なに凹んでんの」
『え?凹んでないよ?』
「その顔、鏡で見てから言いなよ」
意地悪な顔をした蛍くんにぐいっとほっぺを引っ張られ、隣で山口くんが笑った。
「まぁた、ナッチ虐めないでよツッキー」
「虐めてないけど」
『けいひゅんははしへー』
忘れてたけど蛍くんは自他共に認めるドSだった。
片方だけだったのに更に伸びてきた手によって両方のほっぺがつままれる。
「ツッキーってばー」
「中々柔らかくて面白いよ」
面白いとかじゃなくてさ!楽しんでないでよ!
『けいひゅーんー!?』
「…―おい、くそ眼鏡」
ほっぷをムニムニしてた手が止まって、蛍くんがにやりと笑いながら顔を上げた。
山口くんがあれ?と首をかしげる。
「ああ、王様。何か用?見ての通り、僕忙しいんだよね」
「あ?お前に用なんてねーよ。」
あ、あれ?なんかとびとびの声が怒ってるんだけど
コワイナー、なんか振り向きたくないなぁー
実際蛍くんにほっぺつままれたままだから振り返れないけどね!
「あ、もしかして王様はこっちに用があったの?」
『ふみゃ、へぇいひゅんはなひへひょー』
ひっぱるわけじゃなくて、むにむにと摘ままれて言葉が出しにくい。
「…―」
『、』
背筋が、ぞくぞくってする。
冷たい液体が流れてくみたいな、悪寒的なものだと思う。
「おい」
ぐいって体が後ろに引っ張られてほっぺから強制的に蛍くんの手が離れた。
ギリギリまで引き伸ばされたほっぺがちょっと痛い。
「こいつは俺のなんだから勝手に触んじゃねーよ」
『……ふぇ?』
「は?」
「え」
「しゅ、修羅場…!?」
とびとびの大胆発言はよくあるものとして、蛍くんは口角を上げただけなのに聞こえてきた声が一つ多い。
蛍くんは眼鏡を直してから笑った。
「へー、王様ご執着?俺のとか随分な物言いじゃない」
「ちょ、ナッチって影山のなの!?」
「なに!?なんなのこれ!?」
『えっ、なんだろこの状況…』
整理したくても次から次に展開されてよくわからない。肩を掴んでたとびとびの手が離れた。
「七雄、そいつらに無駄に近付くな」
『どうして?』
流石に怒り心頭なとびとびに聞くのは怖くて隣の山口くんに聞いてみる。
山口くんは目を丸くしてから笑った。
「王様は自分の物が取られちゃうのが嫌なんじゃない?」
あ、なるほど?
わからないけど多分わかったと思う。
頷いてみればとびとびがむっとしたまんまで蛍くんを睨み付けてた。
なんかこの前より空気が険悪なんだけど!!
こわいね!!!
でもどこか宿敵的な空気を出してる二人がかっこよくて、一枚写真を撮った。
((絶対負けない))
(あ、熱いね、ツッキー…)
(お、おう、そうだよな!)
(ほっぺひりひりするぅー!!)
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