あんスタ



1


アイドルに限らず、仕事が軌道にのるにはそこまで時間がかかったり、とてつもない努力がいる。

俺達DRAMATICSTARSもメディアに露出するようになって、まだ見ない日はないと言うまでは言えないけれどそれなりにテレビや雑誌、ライブといった仕事が増えた。

まだまだ新人アイドルユニットとしてスタートダッシュを切ったばかりでいつ転ぶかわからない。今はただ、転ばないように手を取り合って走るばかりで加減が難しい部分もあった。

そんな中、舞いこんだ仕事は別事務所と合同で行うライブで、提示された計画書を見つめる。

「君たちにとっては久々の外部ライブになると思います。年齢層に幅があるので兄弟ユニットで行うものや、単独ライブとは勝手が違うのでだいぶ戸惑うかもしれませんが、もしよろしければ参加いたしませんか?」

プロデューサーの言葉に目を合わせて考えるまでもなく頷いた。



今回のライブは最初に言われた通りかなり年齢層がばらついているらしく、最年長は俺よりも上の35歳。下は現役高校生だ。

「高校生アイドル…やっぱり若々しい感じなんでしょうか?」

「相手が誰であろうと、負けるつもりはないがな」

「もちろん負ける気はねーけど、そんな喧嘩腰で行くなよ」

ライブは一つのユニット持ち時間十五分。対バンのような方式らしく観客やファンの振るサイリウムによって得点が決まっていくらしい。つまり元からファンじゃない人をどれだけ巻き込んで楽しませられるかが重要なんだろう。

「十五分…ペース配分はもちろん、選曲もかなり重要だし、トークを入れるなら何を話すかだが」

「時間厳守…難しいね」

まずはこういうごちゃごちゃしたことは先に済ませるに限る。何かあったときのことを考え、十四分以内にセトリを組みそれからひたすらレッスンに打ち込む。

一ヶ月もない準備期間に緊張や不安がないわけではないけど、今できる俺達にとっての最高のパフォーマンスをしてみせよう。

「えーっと、ライブ会場は…」

少し早めに三人で会場の最寄り駅を降りた。翼が地図を見て首を傾げるから横から覗く。どうにも入り組んだ場所にあるらしいそれは初見殺しもいいところだ。

「こういうときは人に聞くのが一番だろっ」

そう結論づけて周りを見渡す。時間が早いせいか人気の少ない改札口で、誰かと待ち合わせをしているのか柱の影に立つ学生がいて、そっちに足を進めればその子は俺に気づいて顔を上げた。

綺麗な青色の目が俺を映し、一瞬背の高さに怯みそうになるも笑顔を浮かべる。

「すみません!ここに行きたいんですが、わかりますか?」

「……………」

持っていた地図を覗き込めばその子はじっと見つめる。長い睫毛が影を作って、顔の彫りの深さからみてももしかしたらハーフとかクォーターとかなのかもしれない。

英語で話したほうがよかったか焦るよりも早く相手が息を吸った。

「そこならあそこに見えている建物がそうです」

すっと迷うことなく指された方角を見つめるといくつかのビルのうちのおそらく一つを指しているらしく、目を凝らすけど周りの建物が高いせいでいまいち掴めない。

「えーっと…」

「近くに行けば名前が書いてはありますが、もしよろしければ一緒に向かいましょうか」

「え、」

思いがけない誘いに目を瞬く。後ろにいた二人に目を向ければ息を吐いた。

「それはできればとても助かるが、いいのか?見たところ、なにか待ち合わせをしているんだろう?」

「待ち合わせはしていますが、もう来ましたので」

青色の瞳がゆっくりと改札の向こう側を見る。ちょうど電車がきたらしく、階段を降りてきた人の中に三人の学生がいて、彼と同じ制服を着ていた。黄色、赤、緑。そして目の前の青。一度見たら忘れられないような鮮明な彩りに息を飲んでいれば先頭にいた比較的小柄な子が大きく手を振った。

「しーちゃんおはよぉ!」

「ああ」

「遅れてしまい申し訳ございません、おはようございます」

「これやから電車移動は嫌いなんや…なんやねんあの人の多さ」

「通勤ラッシュと被っているんだから仕方ないだろう。それにしても朝から災難だったな、木賊」

「ほんまや。なんで俺やねん、クソッたれ」

「はくあも心配していたから後で個別に時間を取るといい」

「……は、別に心配されるよーなことでもないわ、阿呆」

忌々しげに舌打ちをして言葉を吐いたこってこての関西弁の緑くんは木賊くんというらしい。何も言えず固まっていれば赤色の彼が顔を上げてふわりと笑んだ。

「失礼いたしました。シアンくん、なにかトラブルですか?」

「いいや、トラブルではない。質問されていただけだ」

「わぁ!取っ付きにくそうなしーちゃんに声かけるなんてチャレンジャー!どうしたの?!」

「あ、えっと、俺達目的地がわからなくて…」

「ああ!DiverCityね!ここからだと建物見えないもんねぇ!僕も最初の頃はよく迷子になってはーちゃんに迎えに来てもらってたよぉ!」

おどついた翼に対し、にこにこと警戒心なく笑う人懐っこそうな黄色の子とのやり取りを聞いていた青色のシアンくんは口を開いた。

「道がわからないようだから案内がてら一緒に行こうと思うんだが、問題ないか?」

「僕は構いませんよ」

「いいよぉ♪」

「自分がええならええわ」

「わかった、なら行こう」

あっさりと頷いた三人にシアンくんは依然無表情のまま歩き始めてしまった。行動に目を瞬いて、思わず二人と顔を合わせてから頭をかく。

「いや、ちょ、さすがに手間かけんのは申し訳ねぇっていうか…」

一番うしろ、比較的近くにいた赤色の子が標準装備らしい笑みを携えて俺達と目を合わせる。

「お気になさらないでください。目的地は同じなんですから手間ではございませんよ」

「何だ、君たちも彼処にむかうのか」

「はい。同じ場所に向かうのにわざわざ別々に向かう意味はありませんし、気になさるのであれば少し離れて歩いてくださっても構いません」

「え、え、離れるほうが不自然だよね?!」

「えーと、じゃあお言葉に甘えて、すんません」

「ふふ。それでは一緒に向かいましょう」

終始笑顔と姿勢を崩すことのなかった彼は先を歩く三人に続いて歩き始め、俺達も足を進める。

迷い無く進んでいく彼らに何度もここらへんに来ていることが伺えて、何故か言葉を交わさない四人に翼が沈黙に堪えきれなかったのか声を上げた。

「あ、あの」

「んー?なぁに?」

たまたま近かったのは黄色い子で、こてんと首を傾げる。

「今日ってライブがあるけど、そのために来たの?」

「うん、もっちろんそうだよ〜♪」

「そ、そうだよね。えっと、誰のファンなの?」

俺達を見て目を瞬かなかったのならきっと俺達以外のファンで、きょとんとしたあとに、くりくりとした大きなつり目を更に丸くして笑った。

「はーちゃん!」

「はーちゃ、えっと」

「はーちゃんははーちゃん♪僕もみんなも、はーちゃん大好きなの!」

まるで小学生と話しているような、そんな拙いけれど愛だけは伝わってくる言葉に翼は戸惑いを消して微笑んだ。

入り組んだ道を抜けて、開けた視界の中に目的のビルの名前が映る。

「そうか!早く会えるといいな!」

「ん?うん!もうすぐ会えると思うけどありがとぉ!」

健気なファンだなぁ。

そろそろお別れかなと礼を伝えようとすれば、物販目的らしい列を素通りしてひっそりとした路地に入った。

「……?これはどこに向かっているんだ?」

「入り口ですけど?」

訝しげに問いかれば木賊くんが不思議そうにして、先頭を歩いていたシアンくんが立ち止まる。そこには壁と同化して見えにくくなっている扉があって、躊躇いなくドアノブをひねったところであ、と声をもらした。

ゆっくり顔をあげて俺達を視界に入れる。

「そうだった、まだ挨拶をしていなかった。遅れてしまい申し訳ございません、おはようございます」

「あ!僕もだったぁ!おっはよぉございまぁす!よろしくねぇ!」

「おはようございます。本日はよろしくお願いいたしますね」

「おはようございます、よろしゅう頼んます」

「………………へ?」

続けて投げかけられた挨拶にぽかんとしてるのは俺だけじゃなく、二人もで、そんなことを気にも止めないで扉を上げて中に入っていく四人のあとを慌てて追いかける。

飛び込んだ扉の向こうには整備された廊下とすぐ脇に警備員室のようなものがあって、四人はそこに名前を書いてパスを受け取った。

「どうしたの?名前書かないとせっかく早く来たのに時間どんどんなくなっちゃうよぉ?」

首を傾げてるその子の手が書いた名前はconfectionery檳榔子黄蘗。上にも同じグループ名が三つ並んでいて目を瞬いた。

「こ、こん、もしかして出演者だったのか?!」

「はぁ?…なんやねん、もしかして気付いとらんかったんですか?DRAMATIC STARSさん」

「うええ、ご、ごめんなさい!」

「なるほどぉ。通りでファンの話振ってくると思ったよ〜」

「ふふ、あまりお気になさらないでください。僕達も名乗らず申し訳ございませんでした」

口振りからして向こうは俺達を認識して最初から話しかけていたんだろう。

そりゃあ行き先一緒だわなんて頭を押さえて急かされるまま名前を書きパスをもらう。

指定された控室は俺達のほうが手前らしく、別れる間際に四人とも頭を下げ、シアンくんが口を開いた。

「それではまた、後ほどお会いいたしましょう」

「ばいばーい!」

手を振る黄蘗くんにうまく笑えないながらも手を振り返す。四人は前を向くと廊下を進みはじめた。

「あ!ねぇねぇしーちゃん!セッちゃん先輩たちもう来てる?!」

「まだだ。名前がなかったぞ」

「あんま廊下で騒ぐんやないできぃ、声が響くわ」

「ふふ、どうせならゆっくり支度をしながらお話をいたしましょう?」

「はぁーい!」

「せやからうっさいゆーてるやろ!」

「木賊もなかなかに騒がしいですよ?」

仲が良さげにテンポよく会話をしながら廊下の角に消える。なんとなく背中をみおくってしまった俺達は息を吐いてから割当たられた控室に飛び込んだ。

後ろでに扉がしまったのを確認して、頭を抱える。

「うわー!失敗した!出演者の顔覚えてないなんてやらかすにもほどがあんだろ!」

「ど、どうしよう、後で謝りに行ったほうがいいかな?」

「ううん…油断していた…あれが噂の高校生ユニットだったのか………仕方ない、もう起きてしまったことだ。後で再度挨拶がてら、謝罪に行こう」

桜庭の言葉に力なく頷いて、まずは持ってきていたジャージとシャツに着替えて柔軟やセトリの確認をしていく。予定では三時間後にリハーサルを行うそうで、それまでにしっかりと内容を確認して置くべきだろうと目を通して、音やフリ、歌詞の再確認をすればもうあと一時間になろうとしてた。

「遅れてしては悪目立ちしかしない。行くか」

「だ、だね!」

立ち上がって部屋を出る。廊下はスタッフさんや他の出演者が行き交っていて、機材が通ろうとしていたから一度扉を締め、音が通り過ぎてから開けて廊下を出た。

「うわ!」

『あ、』

こういうとき外開きの扉は危ない。開けてそのまま飛び出した瞬間に廊下を歩いていた人がいた。その子が足を止めなければぶつかっていただろう。

「わ、悪い!大丈夫か?!」

驚いて視線を下げていたその人はゆっくり顔を上げて微笑んだ。

『大丈夫です。天道さんたちこそ、お怪我はございませんか?』

テレビ越しで見たことのある顔と声。いや、それどころか雑誌でだって何度も目にしているその子が目の前にいた。

「へ、あ、わぁ?!」

「わぁ!!紅紫くんだよね!すごい!本物だぁ!」

「すっご!」

「「サインください!!」」

思わず二人声を揃えればあっ気取られたように目を瞬いて、隣の桜庭が眉間に皺を寄せた。

「おい、はしゃぐな!みっともないだろう!」

「えー、だって芸能人だぜ?」

「お前も芸能人の端くれだろう!」

「ちぇっ」

『……ふふ』

小さな笑い声が聞こえて視線を落とす。楽しそうに笑った紅紫くんは鞄からペンを取り出すと微笑んだ。

『お気になさらないでください。僕のサインでよろしければ受け取ってくださいませんか?』

「いいの?!ありがとー!」

『はい。お名前は天道さんと柏木さんでよろしいですか?』

「うん!大丈夫!本当にありがとうね!」

『いえいえ、みんながお世話になったようなので、細やかですがそのお礼にでもなればと思います。はい、まずは柏木さんの分です』

「わぁ〜!ありがとうございます!」

手早く丁寧に、慣れた様子でサインを無地のルーズリーフに書いた紅紫くんと目が合う。

『天道さんもルーズリーフで大丈夫ですか?』

「大丈夫!……あれ…?」

『いかがなさいましたか?』

不思議そうに見上げる瞳は近くで見るときれいな深いピンク色で、その中に映った俺は不思議そうな顔をしてた。

「あ?えっと、いまみんながっていわなかった?」

目を瞬いたあとに笑みを崩さずに息を吸う。

『はい、そうです。どうやらDRAMATIC STARSの皆様にみんなが、』

「はぁ?ちょっとぉ!こんなクッソ狭い廊下でなにやってるわけぇ?」

紅紫くんの言葉を遮り刺々しくも凛々しい声が聞こえて、同時に紅紫くんが苦笑いを浮かべた。紅紫くんのその後ろ、若干背が低いようで影に隠れていたその人は冷えたアイスブルーの目でこちらをきつく見据えていて、癖っ毛なのか柔らかそうな髪を払った。

「こんなところでサイン書くなんてばっかじゃないの。ちょっとは人の迷惑考えなよねぇ」

正論に違いないだろうけど毒のある言葉に頼んだのは俺達なのに責められてるのは紅紫くんになってしまって、慌ててなにか言葉を吐こうとすれば鮮やかなオレンジ色が視界に映った。

「うっちゅ〜!!」

『はい、うちゅうですね。おはようございます』

抱っこちゃん人形というか、ラグビー選手のタックルというか、普通なら一緒に倒れ込むかふらつくだろう奇襲を予知していたように抱きとめた紅紫くんは笑む。

「なにやってんだ?」

『話をしていましたよ』

「そっかそっか!今日はよろしくなぁ!」

にっかりと笑って独自の挨拶をしたその人に紅紫くんは慣れたように挨拶をして、片足を引き半身を返す。

『おはようございます泉さん、ご迷惑をおかけしてすみません』

「はい、おはよぉ。…まったく、アンタの感性が疑われるようなことは控えなよねぇ」

呆れたように息を吐きだした。

その顔はどこか見たことがあって、そうだ、モデルの瀬名泉だ。

後ろから追いかけてきたらしい金髪の子と赤毛の子が俺達を見て頭を下げたあとに紅紫くんに気づいて笑う。

「あら!紅紫くんおはよう!」

「おはようございます、紅紫先輩」

『おはよう、鳴上、朱桜くん』

既知らしく柔らかな挨拶を返した紅紫くんの吐いた名前の片割れに目を瞬く。

鳴上といえば、瀬名泉と同じくモデルの鳴上嵐だろう。

「や、やべぇ、芸能人大集合…」

「馬鹿なことを口に出すな、黙れ」

桜庭の冷たい声に慌てて両手で口を覆う。

きょろきょろと周りを見た赤毛の子は紫の透き通った目を丸くして首を傾げた。

「紅紫先輩お一人ですか?みなさまは…」

『ああ、ちょっとね。現地集合だからもうみんなはついて準備してるはずだよ』

「あら、そうなの?なら先にご挨拶に行こうかしら?」

『ありがとう。Knightsも撮影明けだよね?お疲れ様』

「ほんとーならもう30分は早く終わる予定だったんだけどな!リッツが寝ちゃって電車に間にあわなかった!」

大口を開けて笑うオレンジ色の彼に呆れたように瀬名泉がまた息を吐いて眉間に皺を寄せた。

「くまくんもだいぶ頑張るようにはなったけど未だに寝坊するし、寝汚いし…ほんとどうにかならないかねぇ」

『まぁそれが朔間くんですし、彼の個性じゃないですか』

「そーそー…俺は夜の魔物だから、昼間は休憩するの…」

不意に聞こえたやる気のなさそうな間延びした声。音源を探せば後ろからゆっくりとあくびをこぼしながら歩いてくる黒髪が見えて、例に漏れず整った顔立ちのその子は赤色の目を隠すように擦った。

「なぁに?みんなでこんなところでおしゃべりして…行かないなら俺もうここで寝るけど…」

「ああ!?凛月先輩waitです!こんなところで寝てはご迷惑になります!」

「え〜…」

五人と一人、それと俺達三人。横幅が三人並んで通れるかくらいの廊下は定員オーバーもいいところで、紅紫くんが笑った。

『Knightsの控室は僕達の隣らしいので一緒に行きませんか?』

「おお!お誂え向きだなぁ!遊びに行っていいか?!」

『泉さんが許してくださったらですかね?』

「セナ〜!」

「はいはい。馬鹿なこと言ってないでさっさと進みなよねぇ」

母親に強請る子供みたいなやり取りを見てぽかんとする俺達の横を通り抜けていく。一応全員がすり抜けるときに頭を下げていったりしていってはくれたけど、どうにも疎外感が半端ない。

「わ、若い子ってこえーな…」

「台風、みたいな…」

ぱちぱちと瞬きを繰り返していればあ、と桜庭の声が聞こえて意識が戻された。

腕時計を見つめていたらしい桜庭は顔を上げるなり俺たちを見据える。

「confectioneryの楽屋によるんだろ」

「「あ!」」

顔を合わせて、もらった紅紫くんのサインを一度汚れないようにと控室に置きに戻った翼を待ち足早に廊下を歩いていく。confectioneryが曲がっていった廊下の先には階段があって、おそらく二階が控室なんだろう。階段を上がったところでどうにも聞き覚えのある声を耳が拾って、まさかなと思いながら踊り場を抜けた。

「一番は俺だぁー!」

大きな声を上げて扉をノックしたその人にためらいなく扉が空いて、そこから現れた黄色の髪を揺らすその子は嬉しそうに笑った。

「わぁ!!つっくん先輩うっちゅ〜!」

「おう!うっちゅ〜!」

最近の若者にはああいうのが流行ってるのか、特徴的な挨拶を交わして二人は笑い合ってる。

続けて顔をのぞかせた木賊くんは面子を見るなり息を吐いた。

「おはようございますぅ。ほれ、きい騒ぐんやめぇや」

「あ、木賊、おいーす」

「はぁ。自分まぁた寝ぼけとんのかぁ?」

「……んん?」

さっき見た制服とは違い、衣装ではないんだろうけど動きやすそうなシャツと短パンに着替えてる二人。そして中からシアンくんと赤色の子が顔を出した。

「ふふ、皆様おはようございます」

「柑子くん、おはよう〜」

鳴上くんとにこやかに挨拶を交す。この中で一番背の高いシアンくんは視線を動かして、視線を止めたと思うとほんの少し表情を緩めた。

「はくあ、おはよう」

声も心なしか柔らかくて、盗み聞いてる俺達は驚いたけどあそこにいる人たちは気にすることなく、笑いかけられた本人もにこやかに頷く。

『うん、おは、』

「はぁぁあちゃぁああん!おはよおおおお!!」

突進してきて飛びついた黄色の子を抱きとめて笑った紅紫くんはこうなることを予想していたようにも見える。

つーか、最近の若者ってアグレッシブすぎる。黄色属性は飛びつかないといけないとかあんのか?

『おはよう、黄蘗、シアン』

ぽんぽんと頭をなでられ嬉しそうに笑うと顔を押し付けて腕に力を込める。

「はーちゃん、遅かったねぇ〜僕すっごく寂しかったよぉ!」

『ごめんね?』

「あら、そういえば紅紫くんは用事でもあったの?」

『うん、少しね』

和やかに話の中心にいる紅紫くんにぷるぷると木賊くんの肩が震えた。

「だから廊下で騒ぐなや!」

「はぁ〜。いい加減邪魔くさいんだけどぉ?アンタたちリハの時間とかちゃんとわかってるの?」

「は!そうですrehearsal!私達も着替えないといけませんね!」

あわあわとする赤毛くんに黄蘗くんを下ろした紅紫くんはそうだねと言葉を返した。

つけていた腕時計をちらりと確認したと思えば木賊くんの手をつかむ。

「は?」

『じゃあ先に準備しておいてね?ちょっと木賊と話してくるから。リハーサルまでには戻るけど何かあったら連絡ちょうだい?』

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

「は、ちょお?!」

繋がれ引かれる手に目を白黒させる木賊くんはそれでも紅紫くんの後ろについて歩き出す。

慣れた様子で廊下の奥に進み角を曲がって、どこかに向かっていった二人を見送ったと思えば大きなため息が響いた。

「しろくんも強引になったねぇ」

「はくあがああでもしないと木賊はついていかないですから」

「今日の木賊くん、あまり元気がないようだったけど…」

「くーちゃんねぇ〜…朝イチで痴漢されたから参っちゃってるのぉ」

「ち、痴漢ですか?!」

「はくあくんに事情はお話していたんですが、思っていた以上に木賊の情緒が不安定でしたので目が離せなかったんです」

「あの様子なら三十分は落ち着かせるのにかかるだろうな」

日常の出来事の一つのように話すその子達。少々強引にあの場から引っ張りだしたのはアフターケアのためだったのはわかったけど、そもそも痴漢って犯罪だし大丈夫なのか

「それでミドリあんなぐっちゃぐちゃだったんだな!よし、戻ってきたら頭をなでてやろう!」

「それ王様が撫でたいだけなんじゃないの〜?でも俺も撫でてあげよー」

「違う意味でくーちゃんの神経がすり減りそうだねぇ!僕もする〜!」

「あらあら、きぃちゃんは誰の味方なのかしら」

三人の宣言に楽しそうに笑った鳴上くんは隣にいる瀬名泉と目を合わせると両手のひらを合わせた。

「それじゃあアタシたちまだ来たばかりで準備ができてないから、一回失礼するわね?」

「ふぁ…ふ…んん、着替えたらお邪魔するね〜」

「ああ、もしよければ一緒にリハーサルに向かおう」

「りょーかいだぁ!」

話を切り上げて五人が隣の部屋に入ったのを見届けたところで、シアンくんがじっと廊下の奥を見つめているのに気づいた。

何を考えているのかわからないその目に柑子くんが笑む。

「心配なさらずとも、木賊ははくあくんがいらっしゃれば新たに傷をつくること無く戻ってきます。用意くださった救急箱は必要ないですよ。それに、はくあくんのことは僕達みんなでフォローいたしましょう?」

「だね!はーちゃんもだいぶ疲れてたからセッちゃん先輩とつっくん先輩も気にかけてたし、いざとなったらお願いする?」

「……そうだな、はくあのフォローならそれも視野に入れておくべきだろう。すでに瀬名先輩から連絡も来ている。条件はつくが協力は惜しまないそうだ」

「さっすがセッちゃん先輩!行動が早いなぁ〜!」

にこにこと笑って空気を明るくする黄蘗くんだけど、会話が俺達が聞いていいようなものじゃないことだけはたしかで、いたたまれなさに同じように感じてる二人と目を合わせていれば足音が響いた。

「それでは月永さんたちもいらっしゃることでしょうし、お茶の準備でもいたしましょうか」

「ああ。木賊も戻ってきたら食べるだろうから買ってきておいたケーキでも切り分けるか」

「わーい!お手伝いするよぉ〜!」

ライブ前というよりは放課後のような会話に毒気を抜かれる。ぽかんとしていれば柑子くん、シアンくんに続いて部屋に戻ろうとしていた黄蘗くんが不意に顔を上げてこちらを見る。目があって俺達が慌てるよりも早く、口の前に手をやって人差し指を一本立てると小さな子どものように笑って部屋に入った。

「…………最近の若者って、こう、いろいろあんだな」

「あれは色々で済ませていいのか…?」

「でもなんかこう、お互いがお互いをちゃんと見てて、支えてるっていう感じがあっていいですよね」

翼の言葉に頷く。

76/83ページ
更新促進!