あんスタ
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降りはじめたらしい雪を頭と肩に乗せて現れたそれを招き入れて紅茶を差し出したのは五分ほど前の話で、真剣な表情でまっすぐ言い放たれた言葉に目を瞬く。
『餞別を?…僕たちに依頼してくるなんて珍しいこともあるんだね?』
純粋に驚く俺の横で一緒に話を聞いていたシアンと黄蘗はそれはもう楽しそうに笑みを浮かべた。
「最近寒かったからな、雪でも降るんじゃないか?」
「違うよぉ、雪は降ってるから降るのは血の雨♪」
「…なんでだろうネ。ここに来たことを後悔とおりこして恥じるレベルダ」
非難混じりの言葉は二人には届かなかったようで笑ってる。代わりに困り眉の柑子と頭を掻いた木賊が短く謝罪を口にして、逆先は息を吐くともう一度まっすぐ俺を見て口を開いた。
「もうすぐ卒業してしまう兄さんたちと、五人でライブをしたい」
あまりにまっすぐ見つめられるから一度紅茶に口をつけて息を整える。カレンダーを見ずとも、季節がめぐっているし、ずっと目の前にいた三年生の緑色はあと三ヶ月もしないで俺達の色になる。
俺はともかく、逆先にとっては大事な人が多かった上級生と最後に何かしたいっていうのはわからなくもなかった。
黙ったままの四人に視線をめぐらせたあとに逆先を見れば依然として俺をまっすぐ見ていてなんとなく微笑んだ。
『君がそう言い始めた理由はなんとなくわかったけど、それをどうして俺達に手伝わせようと思ったの?』
「それは、…………」
返そうとしたのに咄嗟に口を噤んでしまった逆先に木賊が心配そうに首を傾げる。唇を結って言葉選びを始めた逆先なんて初めて見た。
思えばこの一年はとても濃くて、色んなことがありすぎた。
当初は嫌われ続けるものだと思っていた深海さんや朔間さんともそれなりに話すようになったし、逆先にも一生恨まれる覚悟はできていたんだけど気づけば合同ライブや外部ライブを通して交流していて、……俺には似合わないし、高校生にもなって薄ら寒いけれど、同級生でリーダーなんてこともあり切磋琢磨し合う関係とかいうやつだったと思う。
これは、そんな今までの惰性と経験の延長線みたいなもので、もしかしたら俺一人で手伝うことになるかもしれない。
気づいたら俺は頷いてた。
『俺で良ければ、今回の依頼承るよ』
「…ほんと?」
『五奇人のライブ、俺は見てみたいから』
腰を上げて、充電したままだった普段から打ち合わせに使っているタブレットを持ち上げる。椅子に座る四人を見据えて首を傾げた。
『みんなはどうする?』
木賊は柑子と、黄蘗はシアンと目を合わせたあとに黄蘗と木賊が勢いよく立ち上がり椅子をひっくり返す。
「はーちゃんがやるなら僕もやる!かなちゃん先輩としゅーくん先輩のお洋服作りたぁい!しーちゃんはくーちゃんと一緒に振り付けね!」
「おん!俺ももちろん手伝おうたるから振り付けは安心しときぃ!衣装も俺と柑子にかかればプロにも劣らんわ!大船に乗ったつもりで前見といてや!」
胸を張る二人に数に入っているシアンは頷き、柑子は微笑む。ぽかんとしてる逆先は唇を結って表情を強張らせたあとに俯いた。
「………ありが、」
『謝礼は最後のほうがいいんじゃないかな?』
消え入りそうなそれを遮って席に戻る。向かいの逆先は遮られたことにかどこか怪訝な表情を浮かべるから柑子が口を開いた。
「逆先くん、まだ僕達はスタートラインにすら立っていない状態です。ですからきちんとゴールしたら、そのときに一緒に喜びましょう?」
「……………そうだね、まだ、なにも始まってない…」
胸元のペンダントを握りしめたあとに顔を上げた逆先にほっとして、さてとタブレットを置いた。
『卒業ライブに間にあわせるのは厳しいし、俺達が手伝うとなると完璧な外部ライブになるかもしれないけどそれでもいいかな?』
「うん。僕は兄さんたちとする五人のライブであれば満足だヨ」
『逆先は本当にお兄さんが好きだよね』
「なっ、」
「……はぁ。はくあ、いいから日取り決めぇ」
『ん?うん』
髪と同じくらいに赤くなった顔に木賊が同情混じりの声色で俺を窘めてくるから促されたとおりにタブレットに目を落とす。事前に聞いていたスケジュールと、学園の行事予定。一緒に覗くシアンに補足を受けて唯一空いているその日付をチェックした。
『この日、逆先は空いてる?』
「………大丈夫」
『じゃあこの日は空けといてもらえるように連絡してみるよ』
「うん、お願い」
頷かれて手早く文面を作り四人にメールを送り付ける。要件は書かず、都合がつくかだけ問うたそれがいつ返ってくるのかはわからない。
逆先は俺の行動を眺めていたかと思うと急に顔を顰めた。
「………待って、君、師匠の連絡先まで知ってるの?」
『え?うん』
「…………………ホント意味分かんない…」
何故か深々と息を吐いた逆先に首を傾げれば手の中のスマホが揺れて、視線を落とせばはかったように二人から同時に返信が来てた。
どうやら一緒にいたらしい斎宮さんと日々樹さんからで、都合をつけることが可能な旨と互いに連絡を寄越してきたのは同じ要件かと聞かれて是と返した。
『厳しいかなと思ってた斎宮さんと日々樹さんから返ってきてひとまず安心だね』
「あとは朔間さんと深海さんか。…二人とも連絡に気づくところから既に詰んでいないか?」
『その時は直接声をかけてみるよ』
シアンに軽く返して、決められるところから決めようかと逆先に視線を戻す。
『衣装はあるの?』
「むかし、宗にいさんが作ってくれたのをみんなとっておいてるらしい」
『へー、仲良しだったんだね?』
「…宗にいさんは、そのお揃いの衣装で五人のステージを作ることを夢に見てたって聞いた…だから、僕はその衣装を着たい」
『………うん、じゃあそれを使おう。少しサイズが変わっているようなら手直しするけど、そこは許してね?』
「うん」
『次は会場だけど…夢ノ咲の公式ライブとしてできない分、普通の会場を用意する必要がある。箱の大きさに希望はある?』
「大きさも…場所も…希望はないよ。…僕は兄さんたちとステージに立てればそれで満足だ」
自分に言い聞かせるように、普段の逆先からは想像できないような掠れた声で返されて眉根が寄る。途端に不安そうに逆先を見つめる柑子と木賊に首を横に振って、タブレットを操作した。
いくつも自分でライブを運営したり、流れに携わってる紅紫は無駄なく粗方の段取りを決めていって、僕は頷いたり聞かれたことに対して少し答えるだけだった。
答えたり何か決まるたびに部室からは一人二人消えていって、何か準備をしに行ったんだとは思うけど相変わらず統一されてるなぁも思う。
曲の方向や衣装、生演奏にするところまで決まったところで紅紫の携帯が鳴って、零兄さんのところに特攻をかけに行っていた柑子からと奏汰兄さんのところに行った檳榔子から快い返事がもらえたと喜色の声がスピーカー越しに聞こえる。
ならば日程は最初に言っていたもので固定にしようと口にして、紅紫はタブレットと睨む。十分も睨み合いを続けていれば普段はない眉間に皺が寄せられはじめていて、思わず口を開いた。
「会場、見つからなそう?」
『ん…良いところは押さえられてるところがほとんどみたいで…』
ぼそぼそと零すように返されて、言葉を失う。
「紅紫、あの、そんなすごいところじゃなくてもいいんだ…」
『………………』
僕の言葉に瞼をおろして、手を止める。一分ほど無言を貫いたと思えばタブレットからスマホに持ち替えて急に立ち上がったり
『………あまり、使いたくはないけど…これしかないか』
ぼそりとこぼされた言葉と寄った眉間の皺。二年ほどあった関わりの中でみたこともない表情で理由は、きっと手の中にあるスマホとこの状況のせいなんだろが普段飄々としてるこいつの顔に心臓が軋んだ気がする。
少し悩んで、だいぶ躊躇った顔をしてスマホを操作すると息を吐いてから耳にあてる。
案外早く相手は電話を取ったのか、口を動かした。
『こんにちは、光さん。ご無沙汰してます。突然すみませ……はい、元気にしてます。ちゃんと食べてます。………そんなことより用件なんですけど、少しお願いがありまして…一日ばっかしホールでもいいんで押さえることってできたりしませんか?……キャパは大きめで…』
抽象的かつ日付的にも無理難題な言葉をスラスラと吐き出した横顔に思わずぎょっとして目をやれば当人も眉根を寄せていて相槌をうってた。
『……はい…、…はい、……………ありがとうございました』
電話を切り息を吐く。二秒ほど間をおいて顔を上げた。
『少し急だったけど…アリーナなら取れたよ』
「…君って何者なのか気になるよネ」
『うん?一般人だよ?』
普通の一般人は電話一本でアリーナを抑えたりしない。喉元まで上がってきたそれは突然開いた扉に驚いて肩をはねさせてしまったせいでお腹に戻ってく。
音源のもとには大きな袋を持った木賊と柑子、檳榔子と椋実がいて、四人と目を合わせるなり紅紫に肩を叩かれた。
『斎宮さんが作った衣装みたいから、持ってきてもらえないかな?』
「うん、いいけど…………え?今?」
『今』
にっこりと笑った紅紫は一切冗談を言ってる様子がないから、一度息を吐いて天文部を後にすることにした。
逆先に一度出てもらっている間、俺達は早速準備にかかるためスタジオを一つ押さえた。ちょうど卒業シーズンなことも重なり、レッスンをしているユニットが少ないゆえに成せた荒業で、空調を整えていくつか四人と顔を合わせて話をしているうちにノックが響いた。
「失礼するぞぃ」
入ってきたのはどこか警戒しているような、緊張しているような面持ちの朔間さんで、俺を見て固まった後に柑子を見つけて安心したように息を吐く。
「柑子、これは一体…」
「ご足労くださりありがとうございます。皆様がお揃いになりましたらお話ができると思うので、少しくつろいでいてください」
慣れた様子で紅茶を差し出す柑子に納得はいっていないようだけど頷く。朔間さんが来て三分も間を開けず扉が開け放たれた。
「こんにちはぁ〜♪」
「か、かなたくん?」
『こんにちは。来てくださってありがとうございます』
「きぃくんのおねがいですからね〜。それより、はくあ?れいがいるなんてぼくきいてませんよ?」
じっとりとした目で見据えてくる深海さんは訝しんでるのがよくわかる。苦笑いを返して紅茶を差し出した。
『みなさんが揃ったら詳しくお話をしますが…もう一度、貴方達をプロデュースさせてくださいませんか?』
「え?」
「わ!ほんとですか?」
きょとんとする朔間さんと目を輝かせた深海さんに対象的だなぁと思いながら頷く。深海さんは呆けるその人に飛びついて、たのしみですね!と笑い、飛びつかれた方はなされるがままになってた。
『プロデュースと言っても、やることはこの間とほとんど変わりません。ライブをして、それで終わりです。ただ、顔ぶれも変わりますし、曲も変える予定です』
「変わる、とは…我輩と奏汰くんは固定として、誰がおらんのじゃ?」
『泉さんです』
「ほう…瀬名くんはおらんのか」
『はい。泉さんはいらっしゃいません。代わりに一人、更に一人追加して五人でライブをする予定です』
「たのしみですね〜!だれなんでしょう?」
「うむ…」
今にもスキップをし始めそうな深海さんは笑顔が零れていて、唇をむにむにと動かしてる朔間さんもつられて笑む。
二人のやり取りを見守っていた木賊とシアンは安心したように一度息を吐いて、黄蘗と柑子はにこにことしてる。俺もひとまず肩の力を抜いて、響いたノック音にまた気持ちを持ち直した。
扉に近づきあければ、視界いっぱいに色彩が飛び込んできて、言葉につまればその向こう側からひょっこりと白色が顔を出した。
「驚いてますねぇ!」
『、ええ、とても』
「お招きありがとうございます!花束をどうぞ!」
『ありがとうございます』
差し出されたのはミニブーケ…というよりはもうブーケの大きさの花束で、白と紫の花弁の花を基調にしたもので、受け取ると腕の中でそれなりに存在を発してる。
中に招けば顔を上げたその人は中の人間と目が合うなり表情をくずした。
「おや!」
「わぁ、わたる〜!」
「ふふ…なんとも面妖な顔ぶれですねぇ!ねぇ、宗!」
「いいからとっとと入ってくれないか。いつまで僕を入れないつもりなのだよ」
「おっと!これは失礼!どうぞ帝王様!」
「ふん」
むっとした表情のまま中に入ってきて、同じように深海さんと朔間さんを見つけたらしいその人は目を瞬き眉根を寄せる。そのまま俺の前に立って鼻を鳴らした。
「……おい。五人と言っていて、ここにいる四人がメンバーだとして…小僧がいないのだよ」
あっさりとまだ集まっていない最後の一人の名前を出す。三人も同じ表情で、きっと斎宮さんが言わなければ代わりに言っていただろう。
『逆先は……』
ギィっと音がして、鏡が動く。いつぞやと同じように裏の通り道から来たらしい。赤色の毛が揺れて逆先が顔を出した。
「にいさん!」
「なっちゃん!」
テンションが振り切れてるらしい深海さんに抱きしめられて、くるくる回るから逆先はわかりやすく目を回した。それを朔間さんと斎宮さんが止め、ようやく自由の身になった逆先はその場で二回ふらついたと思うとまっすぐ立つ。
きゅっと唇を結んだあとに顔を上げて四人を見つめた。
「あ、あのね、兄さんたちに、お願いがあるんだ」
「いいですよぉ〜」
「何をすればいいんですか?!」
「え!?まだなにも言ってないよ?!」
すでに肯定的な二人は裏でも表でも逆先を猫可愛がりしてる筆頭だから仕方ない。出遅れた残りの二人は顔を合わせたあとに逆先に視線を戻して言葉の先を促す。
もう一度息を吸って吐いた逆先はペンダントを握りしめた。
「………僕と、一緒にステージに立って、歌ってほしい」
まっすぐ見つめられたらしく朔間さんと斎宮さんは唇を一度結って、眉尻を下げた。
「………小僧、それは」
「僕と、兄さんたちと、五人でライブがしたい」
「……………それで、そやつがおるのか」
「……悔しいけど、今の僕一人じゃ兄さんたちとの舞台を用意することができない。でも、僕はどうしても兄さんたちとライブがしたくて、」
どうしてか泣きそうになっている逆先は表情を強張らせて、その瞬間に水色が飛び出して逆先を包んだ。
「ぼくは『だいさんせい』です!なっちゃんと、わたると、れいと、しゅうと、『ごにん』でうたいたい」
隣りにいた日々樹さんもそうですね!と笑って大きく頷く。
「あの日、私は君の用意してくれたお話をこの手で破り棄ててしまいました。けれど、君が許してくれると言うのなら、愛弟子と旧友と、舞台に立たせてください」
逆先の手を取って微笑んだ日々樹さんはひどく穏やかな表情をしていて、こんな顔をしているのを見るのは初めてかもしれない。
残された朔間さんと斎宮さんは顔を合わせたと思うと表情を柔らかく崩して今にも泣きそうな逆先の頭を撫でた。
「可愛い小僧の願いだ、断るわけがないのだよ。僕が小僧と、零と、渉と、奏汰と、四人で舞台に立つことをどんなに夢見ていたことか、君は知っているだろう」
「我輩が諦めてしまったステージをお主が用意してくれるなんて、長く生きていると良いことがあるものじゃ…夏目、頼まねばならないのは我輩の方じゃ…我輩を、仲間に入れておくれ」
堪えきれなかったようで、ぼろりと涙が溢れる。目の縁を髪と同じくらい赤らめて頷く逆先は声を漏らさないように必死で口元を抑えて、そんな様子に四人は微笑みあやしてた。
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