あんスタ


1

「ハロウィンだよ!!お菓子!悪戯!」

にこにこと笑って企画書を見せてる黄蘗に少し頭が痛くなる。

何を思ったのか、用意周到に企画書、更に参加申請書まで揃えて俺の前に置いてあった。

公式のライブの、しかもS1はつい先日七夕祭をやったばかりなのに、黄蘗の様子を見る限り譲る気はなさそうだ。

「きぃそれ出るん?」

「楽しそうだもん!くーちゃんとこーちゃんは?!」

「んーどないしよかなぁって」

「暇なら一緒に出よ!こんふぇ〜!」

「せやなぁ。…どないしよか、柑子?」

「addictは構いませんが…confectioneryで行動するのなら僕ははくあくんの指示に従います」

「はーちゃん!はーちゃん!」

黄蘗が持ってきた企画書に目を落とす。まだだいぶ穴のある内容なのは全貌が決まっていないからに違いなくて、参加人数はわからないけど構内を活動範囲に含めるのならだいぶ大規模なものになるはずだ。

参加資格は特に指定がなく、最近はユニット単位じゃなくてもドリフェスに出れることが増えた。

「ハロウィン言うたらお菓子やな!」

「くーちゃんにいたずらする!」

「はぁん?!」

「ふふ、楽しそうですね?」

悪戯気に笑った黄蘗に木賊が目を白黒させて、柑子は穏やかにそれを見守る。

公式戦だから活動すればそれなりに戦績は残るし、puppeteeerだと観客同士の乱闘が怖いけど、confectioneryなら問題ないかもしれない。

『……うん、confectioneryで出ようか』

「ほんと!?はーちゃん大好き!」

「…は、なら準備に取り掛からんとなぁ」

飛びついてきた黄蘗を撫でて、堪えきれないのか笑みをこぼす木賊は紙とペンを引っ張り出してきた。

見上げた先の柑子は携帯に指を走らせているからきっとシアンにも伝えてくれているに違いない。

『ほら、言い出しっぺなんだから黄蘗が中心に考えてね?』

「はーい!」

元気よく返事をして木賊の隣に座った黄蘗は紙を覗き込んで、あれしたい、これしたいと口に出す。楽しそうな横顔を眺めてから、参加申請書に目を落としてボールペンを持てばそっと手が重ねられた。

いつの間にか隣に立っていたらしい柑子が俺を見てふわりと微笑む。

「はくあくん、僕もお手伝いいたします」

『うん?』

大丈夫だよと言おうとすれば何故か笑みを濃くして、重ねた手にほんの少しだけ力がこもる。

「はくあくん」

全く、柑子の押しの強さは何を見習った結果なんだろう。

『…ありがとう』

「はい」

満足気に頷いて隣に座った柑子に書類の半分を渡せば機嫌良さげにボールペンを走らせ始める。

シアンも柑子も、事務仕事が得意だから任せることに不安はないけどさすがに頼り過ぎたくはない。また貸しを作ってしまったなぁと隣の柑子にも気づかれないようにため息をついた。

「なんだ、随分と賑やかだな」

開いた扉から現れたシアンが黄蘗と木賊を見つめて目を瞬く。二人はほぼ同時に立ち上がるとシアンを横に招いた。

「俺一人じゃきぃを纏められん!シアンはようこっちきぃ!」

「くーちゃんとじゃまとめ役いないの!しーちゃんこっち!」

似たようなことを口にする二人にシアンは仕方ないとでも言いたげに一瞬表情を緩めると足を進めて間に座った。

二人の手元にあるノートを覗いて息を吐く。

「…全く進んでいないな」

「さっき始めたばっかだもん!」

「シアン、やりたいことある?」

「これといって思いつかないが…仮装は被りたくないな」

「せやなぁ。王道ゆーたら化け猫、ゾンビ、ヴァンパイア、魔女…」

「後ろ二つはキャラ的に厳しいよね!」

「朔間兄弟と逆先か」

「あそことはわざわざ張り合いたくないし、それはなしだね〜」

この三人で意見を出していくのは物珍しくて、様子を眺めていると振り返ったシアンと目があった。

「はくあ、高みの見物か?」

『ふふ、そう見える?』

「………どちらかと言うと仲間はずれにされて寂しそうに見える」

『…ん?』

にんまりと笑ったシアンの声がもちろん届いていた木賊は同じように意地悪く笑って、黄蘗は目を瞬いたあとに表情を綻ばせた。

「寂しいなら言ってよ!僕、はーちゃんを仲間はずれになんてしないもん!」

「せやでぇ?じぃっと眺めてたってええことなんてなーんもない。はようこっち混ざり」

立ち上がって俺の手を引く黄蘗により木賊が叩いていた空いてる席に座らせられる。

目を瞬いているうちに生暖かい視線がささって、発信源の柑子を見つめれば機嫌が良さそうに柔く笑った。

「やはりそこにはくあくんがいると安心しますね」

『どういう意味?』

「ふふ」

純粋に本意が読めず首を傾げても笑みを深くするだけで言葉を返さない。なにかわかってるのかシアンだけが同じように笑っていて、黄蘗と木賊がノートを見せながら話しかけてきたから意識をそらした。






たまたま連絡が来たことに気づいて、すぐに受け取れば向こう側で驚いたような声が聞こえた。

「はやいですね〜?」

向こうは少し騒がしくて、水音が聞こえるからおそらく噴水にいるんだろう。

『ちょうど今携帯を触っていたので…連絡なんて珍しいですね?いかがなさいましたか?』

体制でも変えたのか、ばしゃりと音がしたあとに、息を吸った。

「きみたちはこんどの『どりふぇす』にでるんですか?」

『ああ、ハロウィンの…ええ、予定では五人揃って参加しようかと思ってます』

「おや、『めずらしい』。ついこのあいだ『たなばたのおまつり』にでていたばかりなのでこんかいは『みおくる』のかとおもってました」

『そうですね…僕もそうしようかと思っていたんですが…』

「ふふ、こんかいはだれの『はつあん』ですか?」

『黄蘗ですよ』

「きいくんに『おかしといたずら』。ふふ、とっても『かわいらしく』しあがりそうですね♪」

『可愛いは別ユニットの専売特許だと思うんですが…流星隊は参加されるんですか?』

「はい♪ぼくたちは『ごうどうゆにっと』ででるよていですよ♪」

ばしゃばしゃとまた水音がしたあとに弾んだ声が返ってくる。

『合同ですか』

「にんずうがおおいので、ばたばたになりそうです」

既に疲れたような声色で吐き出される言葉に苦笑していればはぁと深々としたため息が響いた。

「ぼくたちは『こうないあるばいと』もかねて『とまりこむ』みたいなんです。おとまりなのでごろつきがおうちに『こうしょう』しようかといっているんですがけど、あまり『かり』をつくりたくありません」

『貴方のお家はそこらへん厳しいですもんね』

「ええ…いちおうぼくから『おねがい』しているさいちゅうで『へんじまち』なんです…」

『……いい返事が戻ってくるといいですね』

「はい。……―ふふ、よるよがっこうなんて『ひさしぶり』です」

『楽しみなんですか?』

「もちろん。きっと『たのしい』とおもいます♪もしもきみもとまりこむようなら『あいたい』ですね♪」

『時間が合えばそうしましょうか』

「…………」

急に静まり返った向こう側が不審で、水音が聞こえたわけでもないから携帯を落としたなんてこともないだろう。そもそもきちんとした耐水のスマホなわけだから落としたところで壊れない。

『深海さん?』

「…………―あ、すみません、びっくりしていました」

長い間を置いて返ってきた言葉は不思議だったけど深追いしたところで教えてくれそうにないからそのまま黙って先を待つ。

向こう側から嬉しそうな笑い声が聞こえて、ざぶざぶと大きな水音が響いた。

「ぜひともじかんをあわせましょう。そのためにも『こまめに』れんらくしますね♪」

水から出たのかどんどんと噴水の音が遠ざかっていく。

弾むような足音が聞こえるから今日の水浴びは終わりらしい。

『はぁ……?そうですね。』

どうにもテンションの差があるように感じるけど深海さんがやる気を出しているのに水を差すのはよくないだろう。

とりあえず頷いておけば向こう側が少し騒がしくなり始めた。

「それではぼくも『じゅんび』がありますのでここらへんでしつれいしますね。『こまめに』れんらくいたします♪」

『かしこまりました、連絡お待ちしてます。それでは』

通話を切ってからしまおうとすれば、また揺れ始めた携帯に目を瞬いて視線を落とす。今度はメッセージだったらしく、眺めてから頭を掻いた。

今回のドリフェスは随分と大規模らしい。







曲は今あるものと、更に発表をするタイミングを図っていた新曲も混ぜた。衣装作りはテンションが異様に高い柑子と黄蘗がメインらしい。セトリを決めて、フリと流れも木賊と黄蘗が考える。シアンは微調整と意見のまとめ役を担ってた。

すっかりやることのない俺は出来上がった書面にサインをするくらいしかなくて、仕方なく今回の衣装で大量に使う予定のレースを編む。黙々と編んでいれば肩が叩かれて、顔を上げると顰めっ面の木賊がいた。

「あーもうあかん!なんで引っぺがしたんにそんな仕事ばっかして…!!はくあはとーぶん部室出禁や!!」

『え?』

「とにかくさっさと家帰って布団入り!!」

手の中の糸の始末を終えたばかりのレースが取り上げられて、鞄を押し付けられたと思えば部屋を追い出された。

全く意味がわからなくて呆けてみるけど扉は開きそうになくて、息を吐いてから鞄を肩にかけ直す。仕方ないから足を動かし始めた。

今回のみんなはなんだかこそこそしてる。何を考えてるのかさっぱりわからないけど、どうにかして俺に悟らせないようにしたいらしい。シアンと木賊はあからさまだけど、黄蘗と柑子だと何か言う前に流されて部室にたどり着くこともできない。

今日は三日ぶりの部室で、なおかつ仕事だったわけだけど一時間もしないで追い出されてしまった。

木賊と柑子だけだと暴走する可能性があるから心配だけど、シアンと黄蘗がいるならなんとか形にはなるだろう。最終確認はさすがに呼ばれるだろうし、本来ならあの子達の独り立ちは喜ばしいはずだ。

『___なわけじゃ、ないはず』

あまりに手持無沙汰すぎて余計なことばかり頭に浮かんで、俺の中の隙間に入り込み膨らむ。

もう一回、余計なそれを吐き出すように息をこぼして目を瞑る。

「んぁ?こんなとこでなにしとるん?」

柔らかい声が聞こえて目を開けると不思議そうな顔をした影片が首を傾げてた。

両手には服飾の入った箱。更に肘のあたりには袋が下げられていて肩には力が入り、細い腕が筋ばってるのが見える。笑顔を繕い直しながら箱を受け取ると、それなりに重みがかかった。

『暇だからやることないか探してたところだよ。どこまで行くの?』

「部室でお師さんが待っとるん。ありがとうなぁ」

『大丈夫だよ』

ゆっくり歩き始めた影片の横に並んで足をすすめる。校舎に入り、廊下を歩く。どこかのレッスン室では練習が行われてるのか大きな音楽が漏れて聞こえて来ていて、どこかからは声が聞こえてきてた。

いくつかの喧騒を抜けて、ほんの少しだけ隔離されたように静かになっているそこに辿りつく。影片はそのままドアノブに手をかけて扉を開け、俺も後に続いた。

「お師さん、ただいまぁ」

「ノックをしろと言っているだろう!」

「ううん、また忘れてたわぁ、ごめんなぁ、お師さん」

「……はぁ。それで、頼んでいたものは…?」

「あ、ちゃんとお買い物できたで!」

にこにこと笑って部屋の奥に進んでいく影片に斎宮さんは眉根を寄せる。

『お邪魔します』

「…………」

俺に今気づいたらしく固まって目を逸らすと息を吐いた。

「今日は客人が多いようだね」

『僕以外にもどなたかいらしてたんですか?』

箱を置くために中に入り、指された場所に下ろす。腰掛けさせているマドモアゼルの髪を撫でて斎宮さんは首を横に振った。

「青葉が来ていたのだよ」

「え、つむちゃん先輩来とったん?」

袋から買ってきたものを取り出していた影片の動きが止まり、目を瞬く。同じように箱から生地を出すことにしたらしい斎宮さんは腰を上げて箱の封を解いた。

「ああ。小僧のユニットも今回のイベントに参加するらしくて衣装案を練りに来ていたのだよ」

「はぁ~。そしたら、Valkyrieに、つみちゃん先輩のとこ…あと、ナッちゃんのとこに、なず兄んとこも出るて噂で聞いたし、ほんま、結構大きいイベントになるんやな」

手の止まったままの影片が感心したように零す。斎宮さんは頷いて、息を吐いた。

「零や奏汰のところも出るかもしれないと聞いたから、予想以上に規模が大きい。僕達もそれなりに趣向を凝らさなければ大衆に埋もれてしまうからね。僕達が劣るだなんて微塵も思わないけれど、依然、僕達はあのドリフェス制度とやらに不慣れだ。完璧に仕上げるため、不安は取り除き、最善を尽くさねばならない」

「うん!俺ごっつ頑張るで!」

「ああ、頼んだぞ」

「、」

斎宮さんのさらりとした返しに影片は固まってしまう。瞬きさえ忘れたようなそれに気づいていないのか斎宮さんは箱の中から荷物を取り出しきって、布をテーブルに広げた。

「それで、いつまでいる気なのだよ」

視界に入ったらしく睨みつけられて苦笑いを浮かべる。

『帰ったほうがいいですか?』

「これから綿密な計画を立てるのだから、部外者がいていい訳がないだろう?大体、君のところも今回は忙しいんじゃないのかね?」

『うーん、今回の僕は用無しといいますか、少し暇を弄んでおりまして…』

「…………はぁ。おい、そこに掛けるのだよ」

『あ、はい』

唐突に型をとろうとしていた布から手を離して奥に引っ込む。そのまま紙袋を持ってきたと思うと俺の前に置いて再び布の前に向き直った。

「依頼の入っているハットなのだよ。そこにベールをつけるのだけど、まだ手を付けられていなくてね。採寸しておいてくれ。きちんと対価は払う」

目をくれずに告げられて、手を伸ばす。中には五つのトーク帽に近い形をした帽子が入っていて、一緒にチュールが入ってた。

「一つはロングベール。残りの四つはそれより短ければ自由で良いそうだ。形は任せる」

『………えっと、そんな大役を任せていいんですか?』

「君の腕は信用に値するからね」

それきり黙ってしまった斎宮さんはすでに自分の世界に入っているらしい。黙々と布地に型を当てて布を断つ準備をし始めてる。影片は影片でちまちまとなにか装飾品をつくっているらしく、チュールを広げて、目を細めた。

用意されていたチュールは網目の細かい、ソフトチュールと呼ばれる柔らかい生地のもので、斎宮さんがこれを用意したのであればそれなりに完成形は頭の中にあったんだろう。

俺にできるのはその完成形になるべく近いものを作り上げることのはずで、チュールの形を決めてカットして、そのまま少しずつ縫っていく。動きを出すために緩めの形にして、五つ分大体同じ形のものが出来たからそのまま鞄の中に入ってた裁縫道具を取り出す。

五つ分編んでも余ってしまっていた糸に針を絡みつけていく。気づいた頃にはなんとなくいつも編んでいる模様になってたけど今更変えるのもなんとなく憚られてそのまま続けていった。

一つ、二つ。随分黙々とやっていたようで肩を叩かれ驚いて顔を上げれば逆にびっくりしてる影片がいた。

「ご、ごめんな、驚かしてしもーた?」

『ううん、大丈夫…えっと、どうしたの?』

「そろそろ下校時間やから、一回声掛けなと思って…」

『あ、もうそんな時間…?』

鞄に突っ込んだままだった携帯を取り出すとたしかにそろそろ校門が閉まる時間だ。視線を向けた先には仕方がなさそうに布を畳んでいる斎宮さんがいて、俺も一度手を止めて立ち上がった。

ずっと同じ体制でいたからか体の関節が鳴る。大きく伸びをして、それから帽子をしまった。

丁度片付け終わったらしい斎宮さんが部屋を出ていくから慌てて俺も影片も鞄を持って追いかける。施錠をして歩く斎宮さんはいつもどおりで、後ろをついていきながら長いこと見てなかった携帯に溜まった通知を確認していく。ユニットもバラバラな相手からのそれに言葉を返して息を吐いた。

校門までいけば、駅に向かう俺と逆方向の二人との分かれ道があたる。

「今日はお手伝いしてくれてありがとうなぁ」

『大丈夫だよ』

笑う影片の頭をなでて、不意に視線が突き刺さったから顔を上げると斎宮さんは目を逸らした。

「今日は然程進めることができなかったから明日も僕は自分たちのユニット衣装作りを行うのだよ。この進行状況では後二週間はかかるだろう。……あの帽子にはまだ手がつけられそうにない」

用意されていた台本でも読むようにすらすらと言葉を並べ始めた斎宮さんに影片が首を傾げる。

それでも斎宮さんは言葉を止めることはなく、そのまま踵を返していつもよりも少し大きな声で話し始めた。

「明日は放課後前から部屋の鍵を開けて作業に入る予定だ。時間があるのなら足を運ぶといい」

「んぁ?いつもと同じやね?」

「もしかしたら行き詰まっている青葉などが押しかけてくるかもしれないけれど、時間を持て余すよりはよっぽどマシだろう」

「お師さん??」

「ふん。……帰るぞ、影片」

「ん、うん?」

首を傾げるどころか後ろ姿から釈然としていない空気を漂わせて歩く。二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってしまって、手の中で揺れた携帯に肩を跳ね上げてから覗きこんだ。

黄蘗から、明日は部室に行けないなんて言葉が来ていて、残りの三人も似たような内容を送ってる。準備も順調に進んでいるから一日休んだところで問題はないだろう。そのまま携帯をポケットに入れて歩き始めた。





一日を過ごして四人と挨拶をして見送る。用事があるって言っていたわりに揃って歩いていく背中に息を吐いてからつま先の向きを変えて歩き始めた。

少し早歩きでついたそこは昨日もお邪魔した部屋で、扉をノックする。返事がないことにもう一度戸を叩いてから失礼しますと声をかけ開いた。

中には昨日と同じように服を作る斎宮さんと隅っこで裁縫している影片がいて、ぽつりと一つ、遠くも近くもない場所に置かれた椅子の前には紙袋が置いてあった。

用意されたそれは記憶に違いなく帽子と昨日作っていたレースで、椅子を引いて腰掛ける。自前の裁縫道具を横においてレースを手に取り、昨日の続きをそのまま始めた。

指を動かした分だけレースが出来上がる。

裁縫も、歌も、踊りも、夢中になれば他を忘れられるくらいにのめり込めた。時間を忘れてしまうのは問題かもしれないけど、余計なことを考えて惑うくらいならそのほうが俺が俺でいられる。

いつの間にか出来上がってたレースを昨日採寸したヴェールに縫い付けて、帽子につけるため近くにあったマネキン人形に乗せた。

ヴェールの動きを見ながら一つずつ縫っていって、一番最後にロングヴェールの帽子を完成させる。指で動きを確認して、揺れかたに一つ息を吐けば声がかけられた。

「わぁ!とても素敵ですね!」

淹れたばかりらしい紅茶の入ったポットとカップをテーブルに並べるのは赤髪が揺れる人で、すぐ近くでふわりと笑うのはまた別人だった。はっとして笑顔を繕う。

『ありがとうございます』

「昨日全然手を付けていなかったやつですよね!もう出来上がったんですね!あ、あの、触らないので近くで見てもいいでしょうか?」

『え、はい、もちろん』

「ありがとうございます!あ、お茶用意しましたので紅紫くんほど上手に淹れられませんけど、よろしければ召し上がってくださいね!」

『すみません、ありがとうございます』

「好きでしたことですから、気にしないでください」

微笑んで、そのまま目を輝かせながら帽子を見つめる。触る気は本当にないのか近づくだけでじっと眺めていて、さっきまで作業してた椅子に腰を落ち着けた。

「お疲れさん。ほら、紅紫の分だとよ」

『ありがとうございます』

紅茶を注がれ、手渡されたカップを受け取る。どれだけ集中してたのか既に三時間も経ってて部屋の中には斎宮さんと影片の他に青葉さん、鬼龍さんまで揃ってた。

テーブルの上には作りかけらしい衣装が纏められて置かれてる。斎宮さんも影片も休憩を取ることにしたのかカップに口をつけていて、俺も同じようにカップを手に取った。

「聞いてはいたが…本当に作業が早いんだな」

一体いつから見られてたのかはわからないけど、少なくとも俺が裁縫しているところは見られてたはずで、カップを置いて口を動かす。

『少し夢中になり過ぎてしまいまして…綻びがないか心配です』

「大丈夫だろうよ。そもそもそんな雑な仕上げする奴に斎宮は頼まねぇって」

口を開けて笑った鬼龍さんに斎宮さんは眉根を寄せたまま何も言わないでカップに口付けてた。影片は自分の前に置かれた少ない量のお菓子に手を伸ばして包装を丁寧に開けて中身を口に運んでる。

眺めているうちに満足そうに笑んでる青葉さんが椅子に座った。

「いや〜最近の若い子は本当に怖いですね。あんなに細かなレース編みをあっさりと仕上げてしまうなんて、天賦の才なんでしょうか?」

『ふふ、そんな、大袈裟ですよ』

「青葉も納得の出来だったのか」

「納得なんてもう、僕からしたら羨ましいくらいです」

『青葉さんにそんなに褒めていただけるととても嬉しいです』

微笑んでから目を逸らす。

手の中の紅茶は少し温くて、薄く感じた。





「は〜くあ♪」

とんっと触れた手のひらに振り返ると予想通りの人がいて、水色の髪が揺れてる。見慣れない紫と白のジャージはこのイベントのスタッフのみが着ているもののはずで、存外似合ってた。

「おまたせしました〜♪」

『お疲れ様です』

「はい、おつかれさまです♪」

夜にもかかわらずテンションが高い。

弾むような声色はとてもこれから眠る人のように思えなくてこれは楽しみすぎて眠れないっていう木賊みたいな感じのやつなんだろう。

腰掛けていた椅子の隣に同じように座ったその人はにこにこと笑っていて俺もつられて表情を緩めた。

『晩御飯はきちんと召し上がりましたか?』

「みんなでつくったかれーをたべました♪」

『ふふ、楽しそうですね?』

「とってもたのしいです♪」

ぱたぱたと足を動かし始めたから笑って、待っている間に買った缶コーヒーに口をつける。

途端ぴたりと動きを止めてじっとこちらを見てくるから少し考えてから差し出してみた。

『飲んでみますか?』

「こーひーですか…?」

『ええ。ブラックです』

「……ふふ、いまのぼくはとても『てんしょん』がたかいので、なんでもいける『き』がします!」

目を輝かせて手から缶を受け取ると躊躇うことなく口につける。傾けて嚥下した瞬間に眉根を寄せて缶を離した。

「………………ぼくにはまだ『りかい』ができなそうです…」

『ふふ、みたいですね?』

あからさまに涙目になり缶を渡してくるから受け取って、代わりにポケットから取り出した飴を置く。

一枚の紙の真ん中に飴玉を置いて両サイドをひねって留められた形は小さな子が見てもきっと飴玉だと思うはずで、きちんと隣のその人も理解したらしく俺を見上げた。

『口直しにどうぞ』

「ありがとうございます」

丁寧に包装を解いて、口の中に放り込む。からころと口の中で音を立てながら舐めていくうちに溶けたのか頬を緩ませた。

「みるくきゃんでぃーですね♪あまくておいしいです♪」

機嫌が戻ったらしい。口角を上げて笑うから可愛いなと眺める。

また足をぱたぱたと動かしだしたところでテンションが最初と同じぐらいまで上がったことを確認して、缶に残ってるコーヒーを飲みきった。

『今日はもう寝るんですか?』

「うんん、どうでしょうね。こどもたちがかなり『はしゃいでいる』ようでしたし、もしかしたらまだ『かつどう』するのかもしれません」

千秋も変な感じですし、ごろつきもいますからねぇと首を横に振る。

『ふふ、どこのお泊り会も同じ感じなんですね』

「きみのところもですか?」

『ええ。黄蘗が夜遅くでもテンションが高いことが多くて、木賊は楽しみなのか眠れないらしく、必然的にシアンと柑子も付き合ってみんなでゲームしたりしてますよ』

「きいくんととっくんはこどもたちににていますね♪」

『ですね。…たぶん貴方のところの一年生とも付き合わせたら仲良くなれるんじゃないかと思います』

なんだかんだ言いつつお兄ちゃんしたい黄蘗と、面倒みがよく元が世話焼きな木賊は朱桜くんとも仲良くしてる。

朱桜くんと流星隊の一年はタイプが少し違うけど、性質的には合うだろう。

目線を落として考えていればその間に隣で笑い声が聞こえた。

「こんどは『きみたち』とごうどうらいぶをしてみたいですね?」

悪意の一つもなく、ついでに世辞でもないらしい。ふにゃりとした笑顔に絆されて俺も笑う。

『そうですね。機会があれば』

「……ふふ、『ちゃんす』は『まつ』んじゃなくて『つくる』ものなんですよ?」

さっそく千秋にお願いしてみましょうと声を弾ませるその人はやる気に満ち溢れていて実現する日も近そうだ。

不意にブーブーと小さな音を耳が拾って、咄嗟に携帯に手をかけると俺のスマホはなにも動いてなかった。仕方なさそうに自身のポケットから携帯を取り出した深海さんは画面を見ると息を吐く。

「そろそろねるじかんのようです」

『あまり遅いと明日に支障が出ますし、今日のところは解散しましょうか』

「はぁ、じかんがすぎるのがはやくてこまります」

どうにも残念がるから苦笑いを浮かべて立ち上がる。

『まぁまぁ。期間は長いんですし、また時間があれば会えばいいじゃないですか』

ぴしりと表情を固め、じっと俺を見上げる。くりくりとした丸い瞳が不思議で首を傾げた。

「……『あって』、くれるんですか?」

『はい?ええ。時間が合えば』

「……………、ふふ」

意味を咀嚼するような間を置いて、次に笑う。嬉しそうな表情に目を瞬けば腰を上げ俺の手を取った。

「ありがとうございます」

『えっと…?』

急なお礼にどうしたらいいのかわからず首を傾げて、とりあえずはいと返事だけをする。

『よろしければ武道場の近くまで送ります』

「ふふ、ありがとうございます」

夜の学校が怖いなんていう柄の人でもないし、いまさら迷子になることもないだろうけど、口にすればとても喜ぶから取られた手をそのままに一緒に歩き出す。

去年の今頃はこの時間に校舎を彷徨いていようものならおばけとは別のものが怖かったけど、一年で随分との学園は変わった。

元からあまり会話があるわけではないから黙々と二人で廊下を歩いて、武道場の前で止まる。中からは笑い声や悲鳴が響いているようでここまで届くから顔を見わせて深海さんは苦笑いを浮かべた。

「こどもたちがとても『げんき』みたいです」

『ふふ、みたいですね?』

騒がしさからしてあと二時間は眠らなそうだけど、大丈夫なのか?

「じかんがあるなら『あって』いきますか?」

窺うような視線に少し悩んでから携帯を見て首を横に振る。思っていたよりも時間が遅く、いくつか連絡が来ていた。

『また今度にしておきます』

「そうですか」

特に合わせたい理由もなく、ただ気まぐれで聞いてみただけなんだろう。その証拠に肩を落とすわけでもなく頷かれた。

「では『またこんど』にしましょう。きみはこのままかえるんですか?」

『少ししたら帰ります』

「……………」

俺の返答がお気に召さなかったのか、じっと見つめてくる。ほんのりと寄せられた眉根の皺と結ばれた唇。訝しげな目に苦笑いをして肩を竦めた。

『誰かを傷つける予定はありませんよ』

「そういうことではないんですが…ひとりですか?」

『予定では。もしかしたら二人になるかもしれませんが、わからないです』

「……そうですか」

首を横に振ったあとに気をつけてくださいとゆるく微笑んで俺の頭を撫でる。

「おやすみなさい」

『はい、おやすみなさい』

手を振り、中に入って扉がしまりきったのを確認してから踵を返した。


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