あんスタ(過去編)
「ぼくときみは『わかりあえなさそう』ですね」
そう言葉を突き刺して俺から距離を取るその人に、首を傾げて見せれば苦笑された。
この学園には神が存在してる。今までいた世界にも神のような存在はいたけれど、それとは別の、もっと根深い、生き神信仰とでも言うのだろうか。
深海奏汰という一つ上の先輩は思考回路も存在も常識の度を越した人で、遠目から眺めていても神と比喩される理由がわかる気がしてた。
水と常に共にあるその人は春にしては暑い、日差しの強い日に干からびかけているところを見つけたのが始まりで顔色悪く木陰で倒れているところを見つけたときは驚きで目を瞬いたものだ。
手を貸して起こして、水を差し出せば飲むのではなく頭から被って目を瞑る。
ブレザーが水濡れになっていくところを眺めていれば少し回復したらしいその人はじっと俺を見て、微笑んだ。
「たすけてくれて、ありがとうございます」
『お気になさらないでください』
雰囲気に違わず柔らかな声。優しい表情を浮かべていることも重なって儚く見えた。
「いちねんせい、ですか?きみのなまえは?」
『紅紫はくあです。よろしくお願いします』
いつもどおり笑みを繕って右手を差し出す。深海さんはぱちぱちと大きな瞳を隠すように瞬きをして、次には哀しそうに笑った。
「ぼくはしんかいかなた。はくあ……_ぼくときみは『わかりあえなさそう』ですね」
一瞬触れ合った右手はとても冷たくてすぐに離される。そのまま立ち上がった彼はにっこりと笑うなり背を向けて歩きだして迷わずに校舎の中に入っていった。
作った笑顔も言葉も、間違いはなかったはずだけどどうして突き放されたのか
目線を落として考えこもうとしたところでポケットの中の携帯が揺れる。手を入れて通知を確認すれば待ち合わせに来ない俺への心配の言葉が並んでいて、時間を確認して息を吐く。
だいぶ待たせてしまってしまってる。
歩調を早めて返事をして、目的地に向かう。弓道場へは校舎を抜けていったほうが近いけれど、人目につかないようぐるりと遠まりをして、足を止めた。
建物の影、ぐったりと腰を下ろしてるその姿はさっきも見たばかりで近づいて目を合わせる。
『………もう一本お水いりますか?』
「……………ぼくをみずのみばまでつれていってくれませんか?」
『わかりました』
伸ばされた手を取り、腕を首の後ろに通して持ち上げた。頭の中で地図を広げるまでもなく少し離れたところにあるグラウンド横の水道まで向かう。
さっきも水を浴びたことを考えれば脱水症状は考えにくいけど、そもそも干からびそうになっている時点で俺の常識からはかけ離れてる存在なんだろう。
ぐったりとした深海さんは思ったよりも背丈があるから運ぶのに時間がかかって、たどりついた水道場は誰もいなかった。
近寄って蛇口を捻る。勢い良く流れ出てきた水に手を伸ばしたその人を眺めて、蛇口を覆うように置いた手のひらに小さく声を零した。
『あ、』
「ふふ、つめたくてきもちいいです…♪」
楽しげな声を背景に濡れて張り付いた前髪を上げる。直撃してびしょびしょになった頭から滴る水は上着に落ちていって染み込み始めてるのか肩のあたりが冷たかった。
目の前のその人はすっかり水浸しで機嫌が良いらしく鼻歌を歌ってる。
『……はぁ。それでは失礼しますね』
落ちてきた前髪をもう一度上げ直してから息を吐いて、聞こえているかはわからないけど声をかけてから足を動かす。特に返事はなかったから聞こえてないんだろうなと思いつつ、携帯を取り出してメッセージを送った。
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