あんスタ



2


食事をたのしんで、呼吸も楽になってきた。七種さんも普段通りの笑みを浮かべ始めていて周りはそろそろアルコールにより賑やかさを増していて、唐突に、どよめきが聞こえた。

「大丈夫ですか!」

「どうしました!?」

騒ぎは意外と近いところで起きてるのか、10mも離れていないそこで何かを中心に周りが騒いでる。俺と七種さんは顔を見合わせてその場で立ち尽くしていればがはっと苦しそうな咳の音がして、人と人の合間から、赤色が見えた。






血を吐き出して倒れたのは主催者の南城川士郎さんで、酒を飲んでテンションの高かったはずのおっちゃんはすぐにその人に近寄り息を見る。

「まだ息がある!早く救急車を呼べ!」

「は、はい!!」

舌打ちをしながら水を飲ませるおっちゃん。俺も近づいて様子を見る。顔色の悪さや汗の浮かんだ額、吹き出した血。口にしていたはずのグラスが落ちていることから毒物を投与されている可能性がとても高く、誰かが悲鳴を上げたことで会場内がざわめき扉に人が集中しようとしたから咄嗟に俺とおっちゃんが叫んでその場にとどめた。

顔色の悪い人間がほとんどで、俺達はいつもどおり通報して警察の到着を待つ。俺は場内の様子を見わたして、異様な二人組を見つけた。一人は青いを通り越して真っ白に近い顔色で目線を落としていて、もう一人は眉根を寄せてじっとりと周りを見据えている。体調が悪そうなのはたしか紅紫はくあさんで、もう一人は七種茨さんだったはずだ。

二人ともさっきの表情とは似ても似つかず、特に七種さんの目つきの鋭さはまるで何か探っているようだ。時折考えるように視線をずらしたりするものの基本人の動きを観察しているように思える。そんな七種さんがふと顔を上げて、目を丸くしたあとに紅紫さんに声をかけた。

連れの顔色の悪さにようやく気づいたらしく不安そうに表情をゆがめるから紅紫さんは首を横に振る。

どたばたとした足音に入り口を見れば見覚えのあるスーツが到着したところで、恰幅のいいその人におっちゃんが声をかければまた君かと呆れたように息を吐いた。

ようやく警察が来たことに安堵の空気が流れるものの、次第にそれは未だこの場を離れられないことへの不満に変わっていく。警察が現場検証や軽い事情聴取を行っていき、毒が遅効性というよりは即効性に近いものだったと判明したことで対象を絞り始める。

過半数以上の人間が主催者のその人に対して挨拶に行ったものの、それは開始一番に顔を合わせた人が多く、毒の効果時間からして直前まで顔を合わせていた人間は四人にまで絞られた。

「ふぅ、っう、会長」

秘書の理波睦月さん。

「なんで俺が!犯人じゃねぇよ!」

千次グループ代表取締役、千次寿海さん。

「はぁ、どうしてこんなことに…」

マルチタレントの上河原優さん。

『………………』

最後に、同じくマルチタレントの紅紫はくあさん。

その他の招待客は丁重な案内で帰され、残っているのは警察と俺達、そして四人、その関係者だけだった。

理波さんは泣きじゃくっていて話になりそうにない。千次さんは犯人扱いされていることに怒り散らしていて、上河原さんは頭がいたそうというか、自分が呼び止められていることに不満を隠せない様子で、紅紫さんは顔色の悪さが悪化しているようだった。

「落ち着いてください千次さん、私達は別にあなたを犯人だと言っているわけではありません」

千次さんを宥める警部を横目に三人を見つめる。

秘書の理波さんはほぼ大体被害者の隣に居たらしく、いつでも投与が可能性だった。千次さんは酔った勢いで南城川さんに絡んだらしく、周りが目撃していた。上河原さんと紅紫さんは三人で話していて、それを同じように周りが目撃していたらしい。

泣きじゃくる理波さんの横には同じく秘書の人が寄り添い、紅紫さんには七種さんが付き添ってる。理波さんには女性警官が水を持っていき一度別室に向かい、紅紫さんにはあまりの顔色の悪さに刑事が心配そうに声をかけた。

「あの、大丈夫ですか?」

『………はい…大丈夫です、』

「紅紫さん、見え透いた嘘は口にしても痛々しいだけですよ。一度掛けませんか?この状態の紅紫さんを放っていたとあっては自分が皆さんに怒られてしまいます。そんなに自分が絞られるところをご覧になりたいんですか?」

半ば脅しに近いそれは笑顔と相まって迫力があって、見ているこっちのほうが引いてしまう。紅紫さんは苦笑いを浮かべて、七種さんがため息を吐き椅子を取りに向かう。

七種さんが離れた姿が見えなくなった瞬間、今の今まで静かだったその人は口を開いた。

「犯人に心当たりはないないんですか、紅紫様ぁ?」

『………いいえ、僕には、全く…』

唐突な上河原さんの絡みに紅紫さんは鈍い動作で否定して、それに口角を上げた。

「へぇ?てっきり、また邪魔な人間を消そうとしたのかと思いましたけど違うんですか?」

『…………え…?』

言われたことに目を瞬いた紅紫さんに、上河原さんは更に口を開いて言葉を続けた。

「紅紫様ってこういうのお得意じゃないですか。あの方、紅紫様に大変熱を上げていらっしゃったようですし、要らなくなったから切り捨てたのではぁ?」

『……そんな、ことは、』

胸元を押さえる。唇が震えて顔面蒼白というのが正しい紅紫さん。聞こえていた周りの警官はざわめいて、上河原さんは目を細める。

「紅紫様のその魅了は一種の毒なんでしょうねぇ?…あの子は未だに貴方を欲してるんです。あんな状態にまで追い詰められてあの部屋から動くこともできないのに…その原因である貴方を、まだ欲しがっているんですよ」

『、胡粉さん。その話は、もう』

耳を覆うように首を横に振った紅紫さんはなにかに怯えているように見えた。上河原さんがにんまりと笑う。

「そういえば、紅紫様、さっきあの方に呼び出されていたじゃないですか。一体どんなお話をするつもりだったんでしょうねぇ?」

『僕は…』

「ちょっと、上河原さん、」

止めに入ろうとした警官を無視して、満面の笑顔を浮かべた上河原さんは紅紫さんのことを見据える。

「懐に入るのがとてもお上手のようだ。あちらもようやく紅紫様に触れられると思っただろうにとてもお可哀そうに。随分と惨たらしい方法をおとりになられましたねぇ?」

『っ、はっ、そんな、こと、僕は、』

「ご覧になられました?あの苦悶するご様子。最終的には吐血されて辺り一面真っ赤でしたねぇ?いやぁ、流石紅紫様はなさることが派手だ。真っ赤で…なんだか、アノ子のようでしたねぇ?」

『な、で、はっ、ぎんかい、の、こと、っ、は、ひゅ、っ』

「紅紫さん…?」

「え…?」

歪な呼吸音を響かせ始めた紅紫さんはその場で膝をつき胸元を押さえる。追い詰めていたはずの上河原さんも固まった。

『はっ、かはっ、』

「紅紫さん!」

「紅紫さん!落ちつけ!」

見覚えのあるその症状は所謂過呼吸と呼ばれるもので、息を吸いすぎて咽ている。肩を支えるおっちゃんに、俺は鑑識の人が持っていた紙袋を持って駆け寄った。

「紅紫さん!大丈夫だから息を!」

口元に袋を当てようにも蹲るような体制の紅紫さんにうまく行かず、焦りから冷汗が流れる。

「おい!しっかりし、」

「邪魔ですよ!離れて!」

唐突に響いた怒号に俺とおっちゃんは驚きから硬直し、声の主らしい七種さんは舌打ちをして俺達を引き剥がす。表情を歪めたまま向かいに腰を下ろし紅紫さんの両肩を押さえた。

無理やり顔を上げさせて涙に濡れる瞳を覗き込むと、七種さんは唇を噛んだあとに微笑む。

「紅紫さん、紅紫さん。俺の声が聞こえますか?…ほら、いい子ですから息をしましょう。俺の真似をしてください。はい、吐いて、吸って、止める。一、ニ、はい、吐きましょう。そうです、上手ですね」

『は、ふっ、ん、かはっ』

「いい子、いい子。とっても上手ですよ。吸って、吐いて_…」

宥める七種さんに紅紫さんは徐々に呼吸をし始めて、紅紫さんの両手が七種さんの服を強く握りしめた。

『は、はぁ、…ん……っ…』

ひどく疲れた様子の紅紫さんににっこりと笑った七種さんは髪をなでて雰囲気を明るくする。

「はい!ふふ!いい子ですねぇ!良い子な紅紫さんには後ほど閣下と殿下がでろっでろに甘やかしてくださるそうです!あのお二人だけだと心配ですが、ジュンも仕事を切り上げてくるそうで!いやぁ!良かったですね!紅紫さん!」

『………俺、迷惑…を、』

「お気になさらないでください!この可能性は皆さんからお聞きしておりましたので、対応はばっちりです!とはいえ、本来であれば起こり得る可能性の低い事象…皆様に報告いたしましょうか?」

『…みんな、には、内緒、で…』

「そうおっしゃると思いましたので閣下にも極秘事項と伝えてあります!」

『………ありが、と、ございます…』

「ふふ。紅紫さん、お口を開けてください。はい、あーん」

『…ん、?』

「さぁ、飲み込みましょう。ごっくんです!」

『ん』

「はい、良い子ですねぇ〜」

なにか白い錠剤を放り込み、有無を言わさず嚥下させる。紅紫さんは首を傾げていたようだったけど、そのうち体の力を抜くようにして七種さんに寄り掛かった。目を閉じて息をしているらしい紅紫さんに七種さんは溜まってしまった涙や流れた跡をハンカチで拭ってあげていて、良い子ですねぇと笑いながら髪を撫でる。

そのままよしよしと撫でていたと思えばすっと顔を上げて、ポケットから携帯を取り出し操作する。流れるように耳に当てた。

「突撃!侵略!制覇!!こちら毒蛇であります!敬礼!」

唐突なセリフに全員が目を瞬き口を開ける。その視線に気づいているだろうに七種さんは何一つこちらに説明することなく電話相手との会話を続けた。

「ええ、貴方達の懸念されていたとおり、…発作が起き、うぉっ……はぁ、あまり大きな声を出さないでください、せっかく落ち着いたのに起きてしまうではありませんか。…はい、今は眠っております。鎮静剤が効いたのかと。もちろん不安要素は残りますので即座に問題を片付けた上で帰省いたします。ええ、閣下と殿下が乗りこむ勢いでこちらに向かおうとしていますので、ジュンに抑えてもらっているところですよ。はぁ、あのお二人は貴方達と同じように紅紫さんが絡むと途端にアグレッシブになりますから制御が大変です」

やれやれとわざとらしく肩を竦める七種さんに電話の向こう側は何を言ったのか、七種さんが勘弁してくださいとまた息を吐く。

「貴方達がここに来たら俺の計画まで水の泡になるじゃありませんか。紅紫さんとは発作が起きたことを貴方達には内密にすると約束してしまいましたので今来られては困ります。それに、貴方達の制御がきくわけがありません。まったく、また血祭りでも始める気ですか?ここは戦場ではありませんよ??」

ゾッとするような言葉を残して、なにやら和解したのか通話を切ったらしく電話をしまう。

三回紅紫さんの頭を撫でたあとに顔を上げて、目が笑っていない笑顔で上河原さんを見据えた。

「あはは!いやぁ!急にお話に割り込んでしまって申し訳ございません!こういうところが自分の良くないところですね!少しでも直そうと心がけてはいるのですが何分育ちも悪く、性格もクソみたいな人間でして!お邪魔してすみません!」

「、別に、」

「自分はきちんと貴方様と紅紫さんの会話を聞いていなかったのですが、紅紫さんの様子を見るに随分と色んなことをお話してくださったようで。…貴方はどうやら体調が悪い人間への配慮もできないようですねぇ?お陰様で予定が狂っただけでなく自分のやるべきことが増えてしまいました。………この損害、どう償われるおつもりで?」

にったりと笑った七種さんに鳥肌が立つ。気圧されているのは該当者の上河原さんだけではなく、全員が言葉を失う。誤魔化しも逃げも許さないと言いたげに、さっき毒蛇なんて名乗っていたけどまさに蛇に睨まれている気分で会場内が静まり返る。

そんな中、ばたばたと足音が近づいてきて、誰かの怒号とともに扉が開け放たれた。

「毒蛇!紅紫くんは!?」

金糸を揺らして一番に飛び込んできたその人の姿を見た瞬間、七種さんは深々と息を吐いた。

「はぁ、ジュン…もう少し粘ってくださいよ」

「いやぁ、おひぃさんだけでも厳しいっつーのにナギ先輩まで相手取るなんて俺には無理っすよぉ」

続いて入ってきたのはつかれた顔の青年で、その横を抜けて七種さんたちの近くで屈んだその人は目を奪われるような長い白髪だった。

「茨、紅紫くん寝てるの?」

「ええ、ちょっと即効性のある睡眠薬を飲んでいただきましたので…効力は30分の為それまでには退席する予定で…閣下、自分が連れて帰るのでと伝えておいたはずなのですがどうしてこちらに?」

「うん、紅紫くんもだけど、茨も心配だったから、来ちゃった。駄目だったかな?」

「…………紅紫さん馬鹿とはこのことなのでしょうか…紅紫さんは本当、魔性のお人ですねぇ」

「ふふ、寝てるねぇ〜うんうん、こうやって黙ってるととっても可愛いね!」

次いで一番に飛び込んできてた金糸の青年も屈み、たぶん紅紫さんの頬を突っつく。頭をガシガシとかいて深々と息を吐いた眼力のある青年はおひぃさん…と言葉を漏らし、それで?と七種さんに目を向けた。

「アンタにしては片付けるのが遅いですねぇ、茨。何してるんすか?」

「少々気になることがあって様子を見ていたんですが…ええ、まったく、こんなことになるのならさっさと片すか、紅紫さんの横を離れるべきではありませんでしたね」

「むぅっ!毒蛇!君今回は紅紫くんと連盟だったのになに離れているのさ!とっても悪い日和だよ!!」

「日和くん、あまり大きな声を出すと起きちゃう」

「んん、僕も悪い日和だったね…よしよし、良い子いい子。ふふ、よく眠っているねぇ♪」

乱入者のキャラの濃さに押されていた俺達ははっとして、一番に警部が一歩前に出た。

「君たち、紅紫さんと七種さんの関係者のようだけど勝手に入ってこられては困る」

「ああ、スンマセン。おひぃさん、ナギ先輩、怒られてますよ」

「確かに乱入したのは悪い日和かもね!でも僕は明らかに様子のおかしい紅紫くんをそのままにしたうえ、他人から責め立てられているのを黙認していただけの木偶の坊に文句を言われる筋合いはないよ!」

「木偶の坊…!?」

頬を膨らませてこちらを睨みつけてくる表情は男性のはずなのに幼い女児のようで、その割に辛辣な言葉を吐くからざわめきが起きる。おっちゃんが反射的に言葉を出そうとしたところでため息が聞こえた。

「そもそも、紅紫くんには茨が一緒にいたんだからアリバイだってあるでしょう?疑わしいのなら、身体検査はもうしたの?」

「それは、これから、」

「はぁ、仕事が遅いっすね…」

面倒くさそうに首を横に振って、その人は七種さんを呆れたような目で見据える。

「茨、アンタそこでいつまでも役得やってないでさっさと片してください。どうせなにかしら掴んでるんでしょ」

「そうですね、あまりここに留まっていては暴走した駒の方々まで乗り込んできそうです。生産性も利益もない厄介事はさっさと片してしまいましょう!では閣下、殿下、紅紫さんを頼みますね!」

「凪砂くん!僕は無理だから持ち上げて!」

「うん」

「そんな自信満々にひ弱宣言しないでくださいよ、おひぃさん…ああほら!ふらついてるし、危ないっすよ…俺が運ぶんでそこのひ弱コンビはじっとしてください」

「むぅ」

「ナギ先輩までそんな不服そうにしないでくださいよ…」

あっさりと紅紫さんを抱え上げたその人に頼まれたはずの二人は頬を膨らませて、荷のなくなった七種さんは立ち上がると眼鏡の位置を直す。一度瞬きのために閉じられた瞼が上がり、鋭い視線でこちらを射抜いた。

「自分、無駄なことはしない主義ですので、さっさとこんな茶番終了させていただきますね」

「ちゃ、茶番って、騒いでるのはさっきから君たちの方で!」

「ああ、もう、私語は謹んでいただけますか?次余計な言葉を吐いた方には強制的におねんねしてもらいますのでそのおつもりで」

声を荒げた一人の警官に有無を言わせない口調でにんまりと笑った七種さんが黙らせた。ずっしりとした重い空気。肌がピリピリと焼かれるようなこれは殺気だろうか。

「さて、静かになりましたところで…そうですねぇ、まずは理波様と千次様のお二人に錠をかけてもらいましょうか?」

「な!」

「え?」

名指しされた二人はぽかんとして、理波さんに至っては涙さえ止まってる。訝しげな様子の警官が動く気配がないことにか舌打ちをかました七種さんは愚鈍ですねぇと洩らした。

「その二人が今回の犯人です。今すぐ連行してください。そうすればこの話は終わりです」

「な、なんで私が!」

「ふざけんなよてめぇ!」

「はぁ、見苦しい」

吐きすてた七種さんに、顔を真っ赤にした千次さんが地を蹴り腕を振り上げる。誰かが悲鳴を上げた。

体格のいい千次さんにアイドルらしく細身の七種さんが殴られたらそれはもう蒼白もので、誰もがいきなりのことに動き出せずにいれば七種さんは振るわれた腕を取り捻り上げ、足払いをかけると倒れる千次さんの鳩尾に肘を入れた。

がはっとツバと一緒に息を吐いて悶える千次さんを汚物でも見るような目で七種さんが見下ろして、感謝してもらいたいものですねと首を横に振った。

「そんな隙だらけの動きでよく俺に殴りかかってこようとしたものです。戦場では力量の差がわからない人間から死んでいくんですよ?俺は手加減が苦手ではありますが、貴方は命があるだけではなく五体満足で帰れるんですから、本当に本当に、ここが戦場じゃなくて良かったですね?」

「、千次さん!」

「なにやってんだお前!」

「殴りかかってこようとしたからただ返しただけです。別に死んでいないんですからそうきゃーきゃーと騒がないでいただけませんか?」

にっこりとアイドルらしい笑みにぞっとする。先程の隙も無駄もない動きといい、言い分といい、頭のネジをどこかに置いてきてしまっているような言動は歪で、仕方ありませんから要点だけお話しましょうと七種さんが右の手のひらを広げた。

「まず一つ目。理波様と千次様は恋仲です。二つ目。理波様は秘書として得た情報を千次様に流していました。三つ目。それを南城川様は気づいていた。四つ目。南城川様は理波様を訴えるつもりだった。五つ目。使われた毒薬は千次グループが取り扱っている薬草からつくられたものである。以上の五点から自分は二人の共犯説を押します」

「はぁ?!」

あっさりとした新事実の数々と理由におっちゃんだけじゃなく耳を傾けていた全員が声をこぼして、咽ていて聞こえているか定かではない千次さんはともかく、理波さんが視線を泳がせながら口を開いた。

「…………わ、わたし、そんなこと、」

「そういうのは不要です。これ以上いたずらに時間を奪うようであれば…潰しますよ?」

「ひっ、」

どこまでも笑顔で、それでいて目が笑っていないから理波さんが小さな悲鳴を上げる。犯人かどうかもわからない中で七種さんのその態度は異様にも思えて、張り付く喉に唾を通して声を発する。

「い、今、七種のお兄ちゃんが言ったことは本当のことからわからないよ?」

「いいえ、全て事実です。だいたいこの程度のことは少しその二人のデータを見れば証拠は出てくるでしょう。お二人ともそれほど知恵が回るタイプではありませんし、互いの家には私物などもあるのでは?」

「で、でも、二人が付き合ってたからって殺しちゃったなんて決めつけるのは!」

「決めつけているのではありません。事実です。そもそもこの二人以外犯人になり得ませんし、容疑者を絞った時点で三択でしたよ」

「さ、三択…?」

「紅紫さんが犯人なわけがありませんし、上河原様は南城川様に取り入ろうとしていたことから今消してしまうのはおかしい。そもそも紅紫さんに嫌味をぶつけて引きずり落とすことしか考えていませんから除外でしょう。そうなると残るは理波様の単独犯行、千次様の単独犯行、共犯での犯行。この三択です」

すらすらと、まるで想定していたことのように言葉を吐いていく。三択の提示の最中に一部引っかかる表現はあったけど、それを口に出せるような空気ではなくて、この場を支配しているのは七種さんだった。

「この騒動が起きる前と後、二人の行動は異様ですからね、それなら共犯で話がまとまります」

「それ、は、あまりに無理矢理じゃ…」

「無理矢理ですか?自分はとても筋が通っていると思いますが?」

「そんな、じゃあ私が犯人なのなら証拠でも見せてよ!」

「はぁ、そういうのは一介のアイドルの仕事ではないんですけど…?一体警察は何をしていらっしゃるのか……」

呆れたような口調でため息をこぼし、理波さんを見据えたと思えばそれ、と指をさした。

「貴方の胸元のブローチ、最初はオレンジの百合だったはずですが何故別の花に変わっているんですか?」

「……そんなの、たまたま、気分が変わったから、新しいのをつけただけで、深い意味はないです」

「南城川様から許しを得て、ですか?」

「え、ええ。余っているブローチだからといただきました…」

「それはおかしいですねぇ?」

目を細めた七種さんは閣下と呼びかけて、眠りについてる紅紫さんの髪をなでてたその人は顔を上げる。

「あの方の胸に咲いている花の名前と花言葉を教えてくださいませんか」

「花…?」

ゆっくりとした動作で理波さんを見据えて、ぱちぱちと瞬きをしたと思えばうんと頷いた。

「ベニチュア…意味はたしか、貴方と一緒なら心が安らぐとか、心の安らぎとかだったはずだよ?」

「流石閣下!博識ですねぇ!」

「うん、私すぐ覚えてしまってやることがなくなるから、花言葉とかは割とはじめの段階で覚えきったかな」

きょとんとしたその人に理波さんは口元をもごつかせて、それで、と恐る恐る声を出した。

「なんで、花が変わってたらおかしいんですか?」

「この会場に入るときに渡された胸元のブローチは全て花の種類と色が割り当てられています。これは主催者である南城川様の趣向…違いますか?」

「た、たしかに、そうですが…」

「さて、ここで一つ。花には種類、加えて色の組み合わせにより言葉が決まっています。所謂花言葉であります。………たとえば、ここで未だ蹲っておられる千次様は憎悪。上河原様は無能。そちらの探偵様には期待…。そして、一番最初に理波様がつけていらっしゃったオレンジの百合は裏切り」

「裏切り…!?」

「ええ、わざわざこれだけの招待客に対して意味を与えてつけさせているブローチです。それをわざわざあなたの分だけ正反対のブローチに変えるわけがありません。ここで一つ気になるのですが…貴女は本当に南城川様から新しいブローチを許可を得て取り替えたのですか?」

「わ、私嘘なんて、」

「大体貴女がブローチを変えたタイミングもおかしい。貴女がブローチを取り替えたのは騒動があって全員の目が南城川様に奪われた後です。何故あの騒動の最中にブローチを変える必要があったんですか?」

「そ、れは」

「まぁ探せばこのパーティー会場に隠されているか…混乱に乗じて落としたと見せかけるため地面を転がっている百合のブローチが見つかるでしょう。こんな小細工を行うくらいなのですからそれが証拠になるのでは?」

「、っ、あ」

「ちなみに自分が今つけているブローチの意味は愚かだそうですよ!いやぁ、中々にパンチが聞いておりますねぇ!」

あはは!なんてから笑いに嫌な空気が流れて、理波さんが頭を押さえてなんでよ!と叫んだ。

「なんでなんで!どうしてどいつもこいつも邪魔するのよ!」

「自白ですか?せっかくであればもっと前にしてくだされば自分がこんな面倒なことをする必要は何一つなかったというのに…」

七種さんは息を吐いて、泣きわめく理波さんと蹲って呻く千次さんを見下ろしたと思うとゆっくり視線を上げる。その先にいたのは上河原さんで肩を大きく揺らすと七種さんはアイドルらしくにっこり笑った。

「ご兄弟揃って紅紫さんが大好きなのはわかりましたが、あまり無駄に手を出してくるようでしたら令弟と同じ末路を辿らせますよ」

眼鏡の奥の目が一切笑っていなくて、俺達が言われてる訳でもないのに心臓が冷たくなる。

上河原さんが何も言わないことに首を横に振って、足を引いた七種さんは初めて会ったときと同じく笑顔を浮かべた。

「それではすべて解決したようですし、用済みの自分たちはこれで失礼いたしますね!」

「ようやくっすか…早くしないと紅紫さん起きちゃいますし、さっさと帰りますよぉ」

「車に戻ったら紅茶でも用意してあげようか!ねぇ凪砂くん!」

「うん。疲れてるみたいだからミルクティーがいいかもね。茨はプリンも一緒に用意する?」

「閣下!プリンの話は置いておいてくださいと何度お伝えすれば!!」

「ま、待ってくれ!」

一仕事終わったと言わんばかりに退場しようとする五人の背に警部が慌てて声をかければ、どこか冷たい目で笑顔を浮かべる七種さんだけが足を止めて振り返る。他はすでに歩いていってしまって、一人を除いて扉から出ていき、扉が閉まったタイミングで七種さんは息を吸った。

「なにか御用でありますか?」

「そ、捜査への協力感謝する。警察を代表して礼を言うよ」

「いえいえ、善良な市民として警察の皆様に協力するのは当然のことです!それに、ビジネスパートナーをいわれのないことで貶されるのは我慢なりませんから」

じっと上河原さんを見据えたことでわかりやすくまた肩が跳ねた。七種さんは特に気にした様子無く笑ったまま、もうよろしいでしょうかと首を傾げる。

だから俺は息を吸った。

「ね、ねぇ、七種のお兄さんは紅紫さんがなんで南城川さんに呼び出されてたか知ってる?」

「呼び出し、ですか?」

「う、うん、上河原さんがそう言ってて…えっと、紅紫さんと南城川さんって仲良しなの?」

「………………」

視線を一瞬落として、目を一度つむると閣下、と唯一、一人出ていかず待っていたその人に呼びかける。先程も見たやり取りに全員がその先を待っていれば七種さんは顔を上げた。

「白いバラ、それと青いバラの花言葉はご存知でありますか?」

「えっと、バラ…?」

ぱちぱちと瞬きをして、記憶を探るような間を置いたと思えばゆっくりと口を動かす。

「バラ全般は有名だけど愛、美。…白いバラはつぼみか咲いてるかでも変わるけど、純潔、深い尊敬、私はあなたに相応しい。青いバラは不可能、奇跡、神の祝福…西洋だと神秘的、不可能なことを成し遂げる、あとは一目惚れ…」

「………ふむ、つまり南城川様は紅紫さんを床の間にでも引きずり込もうとしていたど畜生ぺど野郎ということでありますね!」

「んん?!」

「ちょ、何を!?」

「まぁ紅紫さんは幼児ではありませんが、干支一回り以上下の相手に邪な思いを抱いていた上に手を出そうとした時点でアウトでしょう!いやぁ、紅紫さんが汚されなくてよかったです!ねぇ閣下!」

「うん。別事務所だし、もう同じ学校でもないからあまり口出しするのはいけないかもしれないけど…紅紫くんが傷つくところは、もう見たくないからね」

「お優しいですねぇ」

二人の会話と出てきたパワーワードに混乱が広がる。和んでいる二人はもういいですか?と帰りたそうにしていて、顔色の悪い警部は頷きさっさと部屋をあとにしていった。

一度も振り返る素振りを見せなかったから心残りもないようで、爆弾が投下されていった室内は静まり返っているし中には腕をさすっている人もいる。俺も寒気を覚えていてばたばたとした足音のあとに飛び込んできた警官が真っ青な顔で何かを差し出した。

「あ、あの、警部…被害者の持ち物と控室から大量の写真が出てきまして…」

「……………ああ、もう解決した…」

目を一瞬落として後悔したように逸らした警部。背伸びして盗み見た警官の手には手のひらよりも少し大きい、B4サイズの手帳が開いて持たれていて、そこには紅紫さんの切り抜きや写真が貼られ横にはびっちりと何かが書き込まれているから感じていた寒気が悪寒に変わった。






小さな揺れと、緩やかな音。瞼の向こう側が明るい気がして、誰かが髪に触れているのか優しく頭が撫でられ、時折頬の感触を確かめるように触れられる。んっと思わず声をもらしてずっと握ってしまっていたらしい手の中のものに力を入れながら目を開けば柔らかな光が目に飛び込んできて、次には金糸と白髪が揺れた。

「紅紫くん!おはよう!」

「気分はどう?」

『ぁ…もえ、さ、乱、さん…?』 

「まだ意識がはっきりしていないみたい。ごめんね、茨、そこの紅茶をとってもらってもいいかな?」

「はい!仰せのままに!」

向こう側から元気な声が聞こえてきて、体が支えられて少し持ち上げられる。回る視界に一度目をつむったあと、再度開けばどうにも俺は誰かに抱えられてるらしく顔を上げると漣さんがいた。

「まだだいぶ顔色悪いっすね」

『さ、ざなみ、さん…?』

目を瞬いていると視界に菖蒲色が揺れて、なにか差し出される。

「はい、紅紫さん、あーんです!」

『ぅん?』

促されるまま口を開いてしまい、放り込まれたのは何かの薬でなんだかさっきもあったような、なかったような、既視感だけが残った。

「はい、ごっくんです」

『ん』

「ふふ、上手ですねぇ〜」

頭が撫でられてぐらぐらと視界が揺れるものの気持ち悪さはない。むしろ安心するそれにそのまま力を抜けばおっととまた違う声が耳に届いた。支えるように回されている腕の位置をおなして、えーとっと言葉を探してからたぶん口を開いた。

「紅紫さん、お茶ありますけど喉渇いてないっすか?」

「紅紫くん、紅紫くん、凪砂くんが用意したミルクティーとっても美味しいよ!」

援護射撃に申し訳無さと感謝で頭が埋め尽くされて、無意識に頷く。

『いただき、ます…』

「カップから飲める?」

『はい…』

「じゃあもう一回起こしますよ、紅紫さん」

言葉とほぼ同時に回されてる腕に力が込められて、力強く持ち上げられて支えられたことで身体を起こす。急に起きたことでかくらついてしまい慌てるような声のあとにまた支えられた。

「まじでヤバそうですけど、病院でも行きますか?」

『い、え…よくある、ことなので、大丈夫、です』

「紅紫さんの”大丈夫“は出てきたら危ないとお話を受けておりますので全く信用がありませんね!こちらの独断と偏見で搬送する可能性もございますのであしからず!」

誰か言ったのか。たぶん皆だろうけどと諦めていれば唇に何かが触れて、目を開けると不安そうに眉根を下げた乱さんが陶器のカップを俺の口に当ててるとこだった。

「飲める?」

『…えっと、自分で…』

「ゆっくり傾けるから、落ち着いて飲んでね?」

『あ、あの、ん』

傾けられて本当に少しずつ流れ込んできた温い液体に言葉が遮られる。口に溜まるか溜まらないかで一度止められて、飲み込めばほんのりと甘い液体が喉を通った。

「もう一回、傾けるよ?」

宣言通り傾けられ、三回繰り返す。最後は同じように飲もうとしたときに口を閉じるのとタイミングが合わなかったようで口の端から溢れる。カップが外され、そっと布で素早く拭われたことで多分なにも汚さずに済んで、液体を飲みこんでから息を吐き出した。

視界も思考も元に戻ってきて、カップから漂う柔らかな紅茶の香りも判別できるようになった。支えられていた状態から身を起こせば一番近くの漣さんがゆるく微笑んだ。

「おはようございます、紅紫さん」

『おはようございま…』

「紅紫くん!良かった!!このまま目を覚まさないかと思ったよ!もう、僕を心配させるなんて大罪だよね!とっても悪い日和だ!!」

頬を膨らませながら飛びついてきた巴さんにも謝って、視線を移せばカップを両手で持つ乱さんとその後ろに立つ七種さんが目に入った。二人して漣さんと同じような笑みを浮かべているからなんだかむず痒くて、目を迷わせたあとに噛んでしまってた唇を解く。

『巴さんも、乱さんも、漣さんも、七種さんも、ご迷惑をおかけしてしまってすみません…』

「お気になさらず!」

「僕は君の可愛い寝顔を見れたから満足さ!ねぇ、凪砂くん!」

「ぽっぺ柔らかかったね、日和くん。あ、写真撮っておいたからね、茨が」

「はい!様々な角度から撮影いたしました!」

『何してるんですか…』

「そしてそのお写真を皆様に送ったところ、大変通知が騒がしいです!」

『……何してるんですか…』

理解が追いつかず同じ言葉を繰り返す俺に三人はにこにこと笑っていて、えーっとと漣さんが困ったように声を漏らす。顔を向ければ意外とすぐ近くに漣さんの顔があって、首を傾げる。

「すんません、足が痺れちゃって…一回体制変えても平気っすかね?」

どこか言いづらそうに伝えられたそれに目を瞬き、漣さんとの距離とさっきから支えてくれていた腕にはっとして動いた。

『す、すみませ、っ』

「あ」

「わ!」

ずっと寝ていたのにいきなり動こうとしたせいでバランスを崩して前のめりになれば、驚いたのか巴さんが短く声を上げて、すぐに引き戻される。また漣さんの膝の上に戻れば何故か深々とため息を吐かれて、目が合うなり額を弾かれた。

「まったく、本調子じゃないんすからじっとしててください。もう痺れてないんで大丈夫っす」

『えっと、でも』

「はいはい、良い子ですからね。せっかくならもーちょい寝ててもいいですし、眠くなくても落ち着いてたほうがいいっすよ」

強制的に肩に腕を回され頭を撫でられる。不規則で力もまちまちなそれは慣れていないのを物語っていて、少し戸惑うものの伝わって来る熱に目を瞑る。ほんのりとした熱はじわりと広がっていくようで、次第に意識が遠のいていく。向こう側で何かが動く気配がした気がするけどそのまま意識を手放した。





「ふふ、弱っている紅紫さんはとても甘えたで、赤子のようでありますね」

「普段気を張ってしまっているぶん、抜けたときの反動が大きいのかもしれないね」

「ジュンくん、ジュンくん。独り占めはよくないね!僕も撫でたい!」

「紅紫さんがもーちょい落ち着いてからにしましょーね、おひぃさん」






「はーちゃんは!青属性に!弱い!!」

なんだか騒がしくて目を覚ます。少し離れたところに何故か半泣きの黄蘗と木賊がいて、シアンが項垂れていた。柑子はどうやら七種さんと話している最中らしく声が小さくてなにも聞こえない。

「青属性じゃないよ!ジュンくんだよ!」

「ジュンくんちゃうわ!敵地で眠りこけるなんてどんだけ警戒心ないねん!」

「深海先輩といい、瀬名先輩といい…はくあは青属性に弱い…俺も青いから一緒にいるだけで、青くなくなったらきっと…」

「そんなことないよ。紅紫くん、青くない私にも優しいからね」

シアンがびっくりするぐらいネガティブになっていて、あの乱さんでさえフォローに入ってる。そろそろ止めないといけない気がして身動げば、直接触れている漣さんが目線を落とした。

「あ、起きちゃいましたか」

『いえ…おはようございます』

まだ少しぼんやりとしてる意識を覚醒させようとじっとしていると、何故か漣さんも目をそらさないから図らずとも見つめ合う形になってしまう。伸びてきた手が目元に触れた。

「まだ顔白いっすね」

『そう、ですか?』

「マシにはなってますけど…手も冷たいですし、温かい茶でも用意してもらいます?」

『えっと…』

「ああああ!ジュンくん!起きたのなら教えてよね!」

一人で話してると思ったのか、こちらに気づいた巴さんが大きな声を出せば必然的に視線が集まってその中で泣いていた黄色が突撃してきた。

「はぁああああちゃあああん!!」

「うわっ」

俺を支えていた漣さんも巻き込んで飛びついてきた黄蘗はぐりぐりと顔を押し付けてきて声をくぐもらせる。

「はぁちゃぁんんん、心配したよぉぉお」

『ごめんね、黄蘗』

「ううはーちゃんのばかぁああ」

頭を撫でていればすっと横に誰かが座って頬に触れられた。

「微動だりせーへんし、死人みたいな顔色やし、冷たいから…ほんま死んでまったかと思ったわ、馬鹿…」

『ちゃんと生きてるよ?』

「たっ例えの話やろ!あんま心配させんなや!」

顔を真っ赤にして怒る木賊に苦笑いを浮かべて、影がかかったと思うと張り付いてる黄蘗の首根っこを掴んで引き剥がし、俺の腰に腕を回す。何か言うよりも早く持ち上げられて視界が回った。

『し、シアン??』

「今は青属性だから俺と一緒にいるだけであったとしても、ここから俺が青属性ではなくなったとしても俺が一緒にいないと駄目と言わせればいい。そういうことだと教えてもらった」

『な、なに言って』

「はくあくんの目も覚めたようですし、僕達は失礼させていただきます。お邪魔いたしました」

『あ、待って、まだお礼を言えてな、』

「はくあくん?」

「はくあ?」

じっとりとした声で先を紡がせないから諦めて肩をすくめる。後できちんと謝礼の連絡をいれよう。

どうやらどこかの部屋の中だったらしく、先頭を歩く黄蘗が扉を開けてくれ、シアンに抱えられたまま部屋を出る。

「後始末はこちらでさせていただきましたのでご安心を!では紅紫さん!またご縁がございましたらよろしくお願いします!」

「またね、紅紫くん」

「次は僕とお昼寝しようね!」

「あまり無理しないようにしてくださいね」

背中にかけられた声に俺よりも早く木賊と柑子が返して、扉が閉められた。

早歩きや競歩に近い速さで歩いている四人により景色が後ろに流れていく。どこに向かってるのか口を開ける空気でもなく黙っていれば建物から出たようで、地下特有のこもった臭いがした。顔を上げる予想通り駐車場でピピッと小さな音を立てて扉が開く。

「随分と無茶をしたみたいね?」

耳に届いた声に肩を揺らして顔を上げれば困ったように眉根を寄せてるその人がいて、咄嗟に口を開こうとすれば髪が撫でられた。

「貴女はとても強いけど、その分脆い…宝石のような子。元気な姿を見るのはとても嬉しいけど、貴女が草臥れている姿は心臓に悪いわ?だから少しは自覚をしてちょうだい?」

『ごめん、なさい…』

「ふふ、いいのよ。……椋実くん、後ろに寝かせてあげてちょうだい」

「はい」

「みんなも今日ははくあの家に送っていいのかしら?」

「うん!お願いしまーす!」

ワゴン型の車の一番後ろ。促されるまま俺とシアンが乗り、その前の列に三人が乗る。運転席に乗ったその人により車が進み始めた。

下ろしてくれないシアンによりさっきまでと同じように膝の上に座らせられた状態で目を閉じる。息をしていればふいに動いた気配がして、瞼を上げると目があった。

「はくあ、欲しいものはないか?」

『…大丈夫、』

「大丈夫は禁止ですよ、はくあくん」

「はーちゃん、ミルクティーとカフェオレならどっちがいーい?」

「どっちもいらんとか大丈夫ゆーたらココア飲ませるからなぁ」

畳み掛けるように逃げ道をなくされてミルクティーと答える。嬉々として用意された魔法瓶とカップ。中身を注いでるのか香りが舞ってきてシアンが受け取った。

「飲めそぉ?」

『うん』

「あーあかんあかん、手ぇ震えてるからカップ持たせたらあかん」

「溢してしまっては大変です。シアンくん、飲ませてあげてください」

「ああ」

軽く起こされてカップが口に当てられる。ゆっくり傾けられて液体を飲み込み、さっきもこんなことやってたなぁなんてぼんやりと思った。

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