あんスタ



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きぃが持ってきたお菓子を口に運ぶ。

今日のはくあは学級委員会。柑子も同じく生徒会に引っばって行かれてたから仕方無しにあまりの俺とシアン、きぃの三人は時間を潰す。

教室で時間を潰してたのはなんとなくで、そこに同じく時間を持て余してたのか混ざった大神と鳴上、みかが同じようにお菓子を口に運んだ。

「Knightsはライブないのー?」

「春の事があったから、まだもうちょっとの間は自粛中なのよ~」

「大神が暇しているのも珍しいな。部活もないのか?」

「バンド活動があったばっかだからよぉ、全員やり切っちまった感から抜けてんだよ」

つまんねぇと頬杖をついて、チップスを摘んだ大神にシアンは興味がなさそうに頷いて手元の本に目を落とした。

「みぃちゃんは?」

「ん~、今はばたばたしとるし、お師さんも本調子とちゃうから予定はないで」

くてりと机の上に体を倒してたみかは小さいチョコレートを口に入れてから顔を上げて、目が合う。

「とっくんたちはライブせーへんの?」

「そういえば、アタシ、木賊ちゃんがライブしてるところ見たことがないわ?」

「……俺もねぇな」

流れでこっちを見た二人に口の中の菓子を飲み込んだ。

「俺?…せやな、俺らはあんまライブはせーへんよ。どっちかゆーとぱぺの裏方が多いしなぁ。……不本意やけど」

「とっくんはこうくんとユニット組んどるんやったっけ」

「ん」

「お前らニ年入ってから活動したのか?」

「あー、最後に活動したんいつやったかなぁ…覚えとる?」

知ってそうなきぃに顔をむければトッポを食べてたきぃは目を逸らしてシアンを見る。

「addictは去年の二月にイベントしたのが最後じゃなかった?」

「ああ、バレンタインのあれか。………addictというよりはconfectioneryのイベントじゃなかったか?」

「ぱぺとの合同やったしなぁ」

そういえばそんなこともあったなと記憶を探る。去年は学園内の空気が悪かったし、はくあが持ってきた外部ライブに参加したんだ。

甘い匂いの漂うあのイベントは小さかったけど結構お客さんが来てくれた覚えがある。

「んー、でも、そろそろaddict動かさないとアカンよなぁ」

「ドリフェスに参加しなければ活動資金も尽きる」

「とっくんも一緒に校内バイトする?」

「それもありやな」

「アホか。あんまりにも参加しなけりゃ退学だってありえんだぞ」

「「あー」」

「あらあら…確かにそれは困っちゃうわね」

大神の言葉に俺とみかは息を吐いて頬杖をついてチップスを頬張る。流石にそんなアホみたいな理由で退学なんて、それじゃ合わせる顔がない。

机に突っ伏して目を瞑る。

「柑子に相談してみるかな」

「あら!木賊ちゃんユニット活動するの?」

弾んだ鳴上の声に小さく唸って頷いた。

「んー、せっかくやから暴れたいわ」

「どんなテーマがいいですか?」

「春やし、明るくてパーって感じやな~」

「他にはありますか?」

「むっちゃ溜まっとる新曲もはよぉ披露したいし、衣装ももーちょい派手にしたいけどなぁ」

柑子が作る音が好きだ。

俺の荒々しさにも柔らかな普段の柑子にも、覚醒して鋭くなった柑子にも似合う曲を作る。本来なら柑子は、裏方をしてるような奴じゃない。それを俺が留めてしまってるのは俺の柄ではないけど、申し訳ないなって思う。

丁寧に作り上げられた曲に、俺が作る衣装を合わせて、そうすれば柑子はどこまでも輝く。

「…柑子と俺で、会場湧かせたいなぁ」

「…………そうですか。ふふ、木賊が意欲的になるのは珍しいですね」

「………………あ?」

顔を上げる。さっきと同じ声。立ってたのはおしとやかに笑ってる柑子で、いつの間にかシアンときぃの後ろにははくあがいる。はくあはタブを操作してたと思うと笑って顔を上げた。

『この日、addictは外部ライブにしよう』

「………………は、?!急すぎるわ!二週間もないやん!?」

笑顔で見せられたカレンダー。指された日付は平日。にこにこしたはくあは絶対言葉を撤回する気はない。

そしてそのはくあが言ったことを否定する思考がないのが柑子だ。

「かしこまりました。木賊、準備しますよ」

「ちょ、………んーあーっもう!勝手な奴らやな!?」

はくあに一礼して教室の戸に手をかけてる柑子は反対の手に携帯を片手にしててやる気満々。立ち上がって鞄を取り後を追う。

「くーちゃん楽しみにしてるね!」

「助力もいとわない。声をかけてくれ」

「おー!」

ちらりと見たはくあはみかに日を空けるように交渉していた。そこに便乗する鳴上と気になったのか耳を傾ける大神がいて、教室を出ていく。待ってたらしい柑子の横に並んで、口角を上げた。

これは絶対に失敗できない。

「驚かせてやろうやないか」

「ふふ、あまりはしゃぎすぎていけませんよ、木賊」

「はん。柑子なら俺がどない騒いだって余裕やろ?」

「……………」

にんまりと笑った柑子も、やる気満々らしい。









addictは入学してすぐ、出会った柑子と作ったユニットだ。本当ならひっそりと、それでいて力をつけてかっさらっていけるようなユニットにする予定だった。

はくあが声をかけてきたことで少し方向性は変わったし、知らないうちに大体のユニットの背景を知り立ち回ってたけど、addictは俺にとっての聖域で、最初の安寧の地だ。

集まるのはいつも柑子の部屋で、軽めのワンルーム。いくら物が少なくて綺麗好きな柑子の部屋とはいえ、壁の薄いマンションの一室だから大きな音は出せず、歌は絶対に歌えないし、十分な広さもないから踊ることだってできない。

柑子の部屋でするのは衣装作りと音の確認、微調整。打ち込みで原曲を用意する柑子のパソコンに繋がったイヤホンで音を聴きながら、手元のノートに浮かんだ振りやパフォーマンスを書き殴る。

「んぁ~……、ここ、ちゃうなぁ、しっくりこん」

「どこですか?」

「ここ…音が合っとらん気ぃする」

後ろに立った柑子にイヤホンを渡して、受け取るなり耳にはめた。音を聴いた柑子は音を止めて、キーボードに手を伸ばす。メーターのようなそれをいくつか触ったと思うと再生して、巻き戻して、止める。イヤホンを外すと俺の耳にさして再生した。

流れてくる音楽はさっき引っかかったところの少し手前から始まってる。音を取り、指先で机に叩いて聴いていれば違和感なくさらりと流れていって頬を緩めた。

「こっちのが好きや」

「ではこちらにいたしましょう」

俺が何に引っかかったのか、言葉に出せなくても柑子はどうしてか理解して障害を除ける。頭の中でも覗かれてるのかと思ったけどそもそも俺が説明できないことを覗き見たって同じことだろう。

俺の相棒は本当によくできた、出来過ぎた人間だ。

また最初からになった音に目を閉じて耳を傾ける。柑子が作る曲は一切背景を悟らせない美しさがあって、聴いているうちに色んなことが思い浮かぶ。

この曲に合う衣装はきっと白。フォーマルだけど少し崩した感じで、柑子には絶対首元にスカーフを結ばせよう。足元はブーツか

右耳のイヤホンが抜かれて、顔を上げる。ペットボトルを置きながら柑子が笑ってた。

「木賊、根を詰め過ぎないようにしてくださいね」

「ん」

コーラを飲んでキャップをしっかり閉める。ちらっと見た柑子は曲の並びを考えてるのかイヤホンをつけて紙とにらめっこしてた。




俺が残りっかすみたいな希望を胸に、死に物狂いで入学した夢ノ咲学園は、俺の理想も期待も何かも盛大に裏切ったクソみたいな場所だった。

作り上げられた盤上に胡座をかき必要最低限の基準さえも満たさない生徒たち。教師も惰性と諦めから何も言ってこなくて生徒は二分割されていた。

習慣に乗っ取り惰性的に過ごす人間と、見切りをつけて己で仕事を取り活動する人間。圧倒的に前者が多いけれど、例えば同じクラスの明星や逆先は一握りどころか一摘みの数少ない後者らしく、時折仕事のために学校自体を休んでいたり早退遅刻をしてくることがある。

腐った人間が多く負の吹き溜まりだけど、息をするのは容易い。結局何処も彼処と変わらないらしい。

今日も今日とて、絡んできた誰だかよくわからない奴と喧嘩をして教師に文句を言われる。向こうが絡んできたって年上ってだけで俺が悪くなるんだからやってられない。

「くそっ」

押し付けられた教室掃除を終わらせて、解放されたのは陽が落ちきった頃。制服姿の学生はほとんどいない時間で悪態をついたって気が晴れない。

癖になってる右の手首を擦りながら歩いて、不意に視界に入った鮮明な赤色に足を止める。

陽が落ちて薄暗い、ネオンだけに照らされてる街の中でも映える赤色は嫌にも覚えがあって、毎日教室で見てた。

同じクラスの、席がたまたま隣になったそいつはなんとも奇っ怪な奴だ。

張り付いてるのか崩れない笑顔。柔和でおしとやかな空気感。頭も良くて騒ぎをおこしたりしないそれは入学から二週間も経たずに生徒からも教師からも気に入られてる所謂お利口さんで、俺の最も苦手なタイプだった。

隣の席ではあるけど全くもって話したことはないし、方向性が全く違うから話しかける必要性も感じない。

今日だってしっかり話を聞いてる隣のそれと聞き流してた俺とは会話の一つもなかったけど、そんなお利口さんがなんでこんなところにいるのか。

黒縁の眼鏡。捻って斜め後ろに止められた前髪で額が晒されてる。随分と雰囲気が違うから一瞬別人かとも思ったけど眼鏡の縁がずれたことで見えた黒子、きっちり伸びた背筋と宝石みたいに光る赤色の目が本人だって言ってた。

赤色のそいつはスーツの男と歩いて人混みに混ざる。不意に振り返った赤色が俺を見てすぐさま逸らされた。

あからさまな態度にやっぱり他人の空似ではないみたいだったけど、意味がわからない。放置することにして俺も帰路に着いて、今日も一つ、傷が増えた。

次の日、やっぱり横を見ると赤色は昨日見た赤色らしい。一切こっちを見てくるわけでも過剰に反応するでもなく、通常通りだったけど目元とか髪色とか背筋とか、見間違うことなく同じだ。

でも、だとして、こいつがなんであんなところにいたのか少し不思議だ。

彼処はこんなお坊ちゃんの見本のようなお利口さんがいていい場所なんかじゃないし、行こうとも思わない場所だろう。

まっすぐ前を見て授業を聞いてる横顔を盗み見て、やっぱり俺にはわからないし知りたいとも思えなかったから俺も前を見て頬杖をついた。

転機は唐突に、あの日俺の世界が変わったのと同じくらいにあっさりと日常は容易く崩れる。

学校に通って、バイトして、帰路につく。深夜に近いこんな時間は変に路地裏を歩けば絡まれるし活気が溢れすぎているところだと制服を着ていなくても補導されかねない。

キャップを目深に被って、急いで歩く。

耳が喧騒を拾ったのは、たまたまだった。

「離してください」

焦ってるのか、ほんの少し上擦り気味の声は聞き覚えがある。顔を上げてそちらに目を凝らせば薄暗い路地にいつかと同じように赤色が見えて、もう一つすぐ近くに影が立ってた。

「お願いヒイロくん、プラスで出すから」

「貴方とはもうお会いしませんとお話したはずです」

ヒイロくんとやらが誰のことを指すのか、まぁ目の前にいる隣の席のそいつのことなんだろうけどそんな名前だっただろうか?

腕を掴まれて眉根を寄せてるらしい彼に食い下がらないスーツ。漂う剣呑な空気に目が反らせなくて眉根を寄せる。

「許してよヒイロくん、ほんと、今までの二倍出すからさ、ね?」

「契約違反をしたのは貴方ですよね」

「冷たいこと言わないでよ」

「僕はいかなる理由があろうと必ず守ってくださいとお話したはずです。反故されたのならそれ以降はないと」

「あんなに仲良くしてたでしょ?ヒイロくんだって善さそうにしてたし」

「それが仕事です」

雲行きが怪しい。笑みは携えてるけど突き放したがってる赤色とどうにかして縁を繋ぎ直したがってる感じのスーツは話が噛み合ってないようにも思える。

ぐっと掴まれてる腕を引き寄せられてそのまま壁に押し付けられた赤色は痛みから眉を寄せて、たぶん、目の前に近づいた顔を睨みつけた。

「なんのつもりですか」

「俺さぁ、ヒイロくんじゃないと駄目なんだよ。他の子じゃイけなくて、全然気持ちよくないの。だから責任取ってよ」

「……そこまで知りません」

「まじか…」

思わず声をこぼす。話の流れから察してはいたけど、まさかこいつ、そんなことしてたのか

固まった俺に二人の静かな口論はヒートアップしていって、歯を軋ませたスーツがポケットから何かを取り出して振りかぶる。

銀色に鋭く光ったそれにじくりと右腕が熱を持って、咄嗟に走り出した。

赤色の顔に突き立てようとしてるのか真っ直線で軌道を描いた銀に思いっきり持ってたペットボトルをコンビニの袋ごと投げて、当たった驚きと痛みからよろめいたそいつの横っ腹に飛び蹴りをいれる。

「こっちや!」

床に倒れ込んだそれは腹を抱えて蹲ってて、俺は足が地についたと同時に赤色のそいつの手首を掴んで走り出す。路地を何本も抜けて、とにかく走る。そのうちどこに向かえばいいのかわからずスピードが緩んで、その瞬間に手が掴まれて横を赤色が抜けた。

「こっちです!」

「ちょぉ、っ?!」

何故かさっきまでと変わって俺の腕を掴み、引いて前を走るそいつの後ろをついていって、いつの間にか何かの建物に入っていた。

「はぁっ、はっ」

普段運動をしないのか、肩で息をしてるそいつは一度目を閉じたと思うと息を大きく吐いて、顔を上げる。

「ありがとうございます。助かりました」

はっつけられてるのはいつもの表情で、走ったせいで赤くなった頬がなければま普段と何ら変わりない。

「……別に、アンタ助けたかった訳とちゃうわ」

「ではなにをしていらっしゃったんですか?」

「……はぁん?なんだってええやん、俺の勝手やろ」

「それもそうですね」

にっこり笑って頷かれて、気味が悪い。じっと見つめられればまとわりつく視線に目を逸らすしかなくて、不意に右手に何かが触れた。

「貴方、包帯がずれて…」

「は、」

走ったとき無意識に捲ったのか、長い袖が肘の方まで上がっていてへたくそに巻いてる包帯が解けかけてる。ズレた包帯の隙間から赤が滲んでいてそこに触れようとした手を振り払った。

「触んな!」

「、」

大きな音を立てて手を振り払い、左手で手首を押さえながら三歩下がって距離を取る。強く押さえる腕は、どくどくと脈打っていて少し早く感じた。

赤色は口角を下げて、横一直線に唇を結ぶと静かに口を開く。

「………そうですか。…きっと貴方のそれは踏み込んでほしくない部分なんでしょうね」

「……………」

こんな風になったとき、気づいた奴は傷をつけるのは良くないと御託を並べる諭すか、説教をしてくる。

悟った笑みを浮かべるのか、怒りに表情を緩めるのか、睨み付ければそれはうっそりと笑った。

「貴方は__…」




強い痛みが体に走って目を開ける。天井が見えて体を起こすとどうやら椅子から落ちたらしい。いつの間に寝てたのか、かけられてたんであろうブランケットが床に落ちてる。見渡せば少し離れた場所にある机に突っ伏して眠る柑子がいて打った箇所を擦りながら歩いて近くにしゃがみこんだ。

耳を澄まさないと聞こえないくらいに微かな寝息を立てて眠ってる柑子は目を覚ます気配がない。

スリープモードになってるパソコンをつければ完成したのかセトリとそれぞれの曲が保存されていて、机には俺の考えかけの衣装案が記された紙が纏められてる。手に取ればちょこちょこと隅っこの方にコメントが書き込まれてて目を細めて笑う。

「俺が柑子の足を引っ張る訳にはいかんよな」

腰を下ろして書いてる最中に眠ったのか転がってるシャーペンを取り上げた。







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