あんスタ
この道を通るのはもう何十回目だろう。今じゃ地図をひらかなくても迷うことなくつけるそこにいつもどおりシュークリームを片手に歩く。
本格的に夏になったのはもうだいぶ前のはずだけど、暑さが更に増すこの時期、あの泉さんでさえ時差ぼけがあったとはいえ体調を崩すくらいには暑い。季節が急に変わった感覚に身体が追いついていないのか最近は怠く感じることも多いから俺も気をつけなければいけないなと息を吐く。
垂れてきた汗をぬぐって、目的の家に近づきインターホンを鳴らした。
特徴的な音が響いて広がり、霧散する。もう一度鳴らすか考えたところで何か音がした気がして目の前のカメラに目を向ける。
声を発したわけでもないけど、そこに、確かにいる。
一度息を吸って、吐いて。落ち着いてから笑みを浮かべてゆっくりと声をかけた。
『お久しぶりです』
向こうからは返事どころか音の一つも返ってこない。それでもきちんと聞いてくれているだろうから言葉を続けた。
『もしよろしければ少しお話でもしませんか?』
傍目からすれば一人で話している不審者として通報されかねないけど、この暑さだからか運良く人の影は一つもない。だから時間をかけても問題ないだろうけど塞ぎこんでいるこの人を長く引き留めるのは逆効果だろうから視線を落としたあとに笑んだ。
『…気分が乗らないのならまた日を改めてお邪魔させていただきますね?お時間を割いてもらい申し訳ございませんでした』
頭を下げて、シュークリームは持って帰って皆とのおやつに回そうかと紙袋を持ち直す。足を一歩引けば向こうで何かが動く気配がした。開かずの扉とかしていたはずの扉の錠が解かれて、ほんの少しだけ開かれる。
「……少し、だけなら」
か細い声が鼓膜を揺らした。
まさか本当に答えてくれるとは思ってもいなかった。驚きから聞き返してしまいそうになるけれど堪えて、冷静さを心がけて返す。
『………ありがとうございます』
様子がわかるどころか、言葉をかわせた。それだけで御の字にも関わらず日に当たらないことで白くなった手が招くから促されるままに靴を脱いだ。
招かれ導かれたのは私室らしく、レオと書かれたネームプレートが揺れてる。
「飲み物、用意するから…中で待っててくれ」
『えっと、………ありがとうございます』
扉の前で踵を返したその人を呼び止めようとして止めた。それはどうやら正解だったようで不安げに揺れかけた肩が止まって頷き違う扉の向こうに消えていった。
先に待っていろと言われても家主がいけないのに私室に入るのは中々に勇気がいる。呼吸を整えて、癖のノックをしてから扉を開けた。
『失礼しま…』
グシャリと音がする。視界に広がるのは狭くはないはずの部屋の中に散らばる紙。床を埋め尽くすように、机やベッドの上にさえ我が物顔で居座ってるそれはどれもこれも楽譜だった。
扉の開閉でか破れていたり折れてしまっている紙が出入り口付近に散乱していて少し悩んでからそれを集める。折り目を伸ばして、破れてしまっている部分も押さえてこれ以上広がらないようにする。一枚、二枚、拾っても拾っても追いつかないそれはどれもこれも未完なのか途中で途切れているか、黒く塗りつぶされていた。
寄ってしまっていた眉根から力を抜いて息を吐き、なんとか二人座れるくらいまで紙をまとめたところで扉が開いた。
薄い黄緑色のトレーに二つグラスを乗せ、一瞬部屋の中を見て目を瞬くとすぐに表情を消して俯く。
『順番が入れ替わってしまっていたらすみません』
「………そんなの、捨てておけ」
『…ここに置いておきますね』
掠れる声がネガティブ過ぎて、否定も肯定もせずにベッドの脇に積んだ。視線が促してくるからその場に腰を下ろして、俺の行動は間違っていなかったらしく扉を閉めたその人も向かいに座る。どこからか引っ張ってきた折りたたみ式のローテーブルを組み立ててその上にトレーをおいた。
グラスは二つ。注がれているのはお茶なのか琥珀よりも黒に近い色をしていて烏龍茶とかそのあまりかもしれない。
話をしないかと誘ったのは俺だけど話すことが浮かばず、向こうも言葉一つこぼさずに俯いてるから困ってしまう。仕方無しに手持ち無沙汰になっている箱を持ち上げてテーブルに置いた。
『代わり映えがなくてすみません。シュークリームです。よろしければ召し上がってください』
「…………ん。いつも、ありがとな」
手を伸ばして、今食べることにしたのか箱を開ける。中には保冷剤と一緒にシュークリームが入っていてピタリと止まった。
「………新作か?」
敷紙が白いものに混じって水色のものが二つ。その片割れを持ち上げたところで小さな声が問いかけてきた。
『ええ、たまにはと思いまして…余計なことをしてしまっていたらすみません』
「……………」
じっと見つめて、そのまま恐る恐るといった様子で口に運ぶ。一口かぶりついたところで動きを止め口元を緩めた。
「カルピス…?」
『はい。期間限定カルピス味だそうです』
「そっか」
更に一口、また一口、それ以上言葉を発することなく黙々と一つ分のシュークリームを胃に収める。なんとなく眺めていれば視線に気づいてかゆっくりと目線を上げてすぐさま落とした。
「軽蔑、したよな」
『いいえ、そんなことはありませんよ』
「…_嘘吐き」
揺れるエメラルドを覆うように両手が顔を押さえる。泣いているような、懺悔しているような格好はいつか見た泉さんの姿に重なった。
「……俺は、もう王様なんかじゃない。白旗を上げて降伏もせず戦う騎士を捨てて逃げ出した、ただの腰抜けだ…最初からなにも持ってなかったのに、勘違いして、騎士を無駄死にさせた……俺が、俺は」
くぐもった声で吐き出されるのは後悔で、指の隙間から瞳が俺を見据える。
「お前だって…あんなに美しくて強い、綺麗なセナをこわした俺が、憎くないのか」
目を瞬く。この人は一体何を言っているのだろう。理解できず、なにも返せないでいれば月永さんは大きく瞳を揺らした。
「俺はもう誰からも認められない、愛を返してもらうこともない。俺は、セナが、セナだけがいればそれで良かった。それなのに、セナは俺のせいで壊れて、」
『何を言ってるんですか?』
「は、?」
『えっと、すみません。月永さんのおっしゃることの意味がわからないんですけど…』
目を見開いた月永さんは固まっていて言ってはなんだけどとても間抜けに見える。ぐっと眉根が寄って口を開いた。
「何言って…?お前、馬鹿なのか?」
『人並みに知能はあると思いますけど……』
「…憎くないかって、聞いたんだ」
『僕が貴方を?どうして憎むんですか?』
「どうしてっ、俺はお前の大切なセナを壊したんだぞ!?セナはあんなに綺麗だったのに、強くて、それを身勝手に俺が壊したんだ!普通恨むだろ!?」
あまりの剣幕に彼は嘘をついていないと理解したけど言われた言葉は依然理解できない。きっと前提がおかしい。月永さんは誤解をしてる。
『泉さんは貴方が壊した訳ではありませんよ』
「そんな生易しい言葉聞きたくない!どうせお前だって俺のことを嫌ってるんだろ!憎んでるんだろ!!」
『別に嘘をついたわけでも優しさを交えた言葉を用意したつもりもありませんが…?』
「なら憎くないのか!?」
『はぁ…?俺は貴方のしていたことが例え踊らされた結果だったとしても間違いだったとは思いません。だって腐敗している部分を切り離すのは当たり前ですし、散らかっていたら片付けるのも常識でしょう。貴方は学園内の掃除をした。それだけ。むしろ見通しが良くなって感謝してます』
「っ、その結果でセナは傷ついておかしくなった!壊れたのに、良い訳が!」
『壊したのは貴方じゃありません』
「俺が壊したんだ!」
『いいえ、泉さんを壊したのは貴方ではありませんよ』
澄んだ赤色の瞳と冷静な声。ぞっとするような色味に憤っていたはずの心の中が嫌な音を立ててる。それでも罪悪感と――から、昂ぶったままの気持ちがあふれ出した。
「俺がセナを壊してないなんてそんなの、俺に気を遣ってるつもりかよ!」
『俺がそこまで貴方に気を遣う理由はないでしょう?』
「はっ、言ってることが違うけど大丈夫か?」
『何も違えていないと思いますが…』
どこまでも冷静で、それなのに不思議そうな顔をしているから心と頭の中が分離しそうなくらい気持ちがごちゃごちゃしてる。
なんだこれ、なにかが変だ。
「俺が全部悪いんだ!セナが正しいのに俺は話を聞かなくて、学園じゃ居場所はもうない、Knightsはバラバラになったしセナも壊れた!!」
『……何を勘違いしてるんですか?』
あまりに不思議そうな表情。静かな声は固くてブレることがない。まっすぐ俺を見据えてそれはゆっくりと口を動かした。
『泉さんを壊したのは貴方ではありませんよ。泉さんは、元から壊れてましたから』
至って真面目な顔で吐き出された言葉は耳がおかしくなったのかと思うような内容で頭の中が真っ白になって、次には身体が熱くなる。
「俺がセナを壊したからセナはあんな風におかしく!セナはもっと綺麗で!強くて!正しくて!!」
『いいえ、瀬名さんは元から壊れてたんです。俺に会うよりも、ずっと昔から』
脳裏に過るのはセナがこいつに雪崩れている場面。あんなに脆くて弱い姿、俺の知るセナじゃなかった。
「でもっ!俺はあんな何かに固執するセナなんて見たことない!俺の知るセナは、あんな、あんな…っ!」
『受け入れられないのは、気持ち悪いからですか?』
「…そうじゃない。セナが何かに囚われてるのが、怖くて…あんなの、いつか崩れちゃうんじゃないか。誰かが支えないといけないなんて、不安定だろ、そんな」
『気づいてなかったんですか?泉さんは独りじゃ生きていけない人なんですよ?だからいつだってあの人は何かの傍にある』
瞼をおろして瞳が隠れたことによりずっと感じていた視線が消える。それでも威圧感はなくならなくて、夏の嫌な熱気が肌にまとわりつき滲んだ汗が首筋を伝った。
からりとグラスに入ってる氷が音を立てて崩れる。置かれた妙な間のせいでさっきまであったはずの感情が俺の中でばらばらになって、暴れ回ってる。
『…_少なくとも、俺も遊木くんもいない一年間…その間に泉さんが誰に執着していたのか…本当にわからないんですか?』
「それ、は」
渇いて張り付いた喉。今までどうやって声を出してたのかもわからないくらいに掠れてる。そんな俺に気づいてるはずなのに容赦も同情もなく宣告した。
『そう…気づいていますよね?貴方ですよ、月永さん』
赤色の瞳が細められて鋭くなる。突き刺されてじくりと身体が痛んで今にも叫び出してしまいそうだ。
言葉を吐こうとしても息しか出ない。ただ唇を動かすだけになってる俺に目をそらすことなく淡々とした表情で言葉を並べた。
『貴方が逃げたことは、別に責めることではなく英断だったと思います。でなければ貴方が壊れきっていたでしょう。貴方の清掃により道を閉ざされた人間はいましたし、中にはそれを恨んでいる人間も確かにいるはずです。ただそこに罪悪感を覚えたとして、泉さん壊れたことも含めるのは間違いですよ。だってあの人は元から壊れているし、ちゃんと今も生きているんですから。変わったことは…_今の貴方は泉さんの拠り所から外れた、それだけだ』
「うるさい!」
衝動に身を任せて手を伸ばす。掴んだその先は襟ぐりで体重を乗せればあっさりと床に倒れた。見下ろしたそれは俺の影がかかっていたけど視線だけは揺らぐことなく、纏う空気も変わらない。
「俺は、俺にはもうセナしかいないんだ!それなのになんなんだよ!いきなり出てきたお前がセナを語るのか!?お前はセナのなんなんだよ!!」
『知りませんよ、そんなこと』
不快だとでも言いたげに寄せられた眉根。突き放すような語調で力の込め過ぎで震える俺の両手首に手を伸ばした。
『俺は先程も伝えたとおり貴方に恩義を感じてはいますが依頼でもなく、そして利害が一致しないのであればこれ以上貴方になにも求めませんし与えません。社交辞令くらいは弁えてますが今の貴方には必要ないでしょう?ですから事実だけ申し上げます。泉さんと貴方は入学してから今に至るまでのたった一年ちょっとの付き合いだ。俺は貴方が会うよりも前に出会っている。時系列で言えばいきなり現れたのは貴方ですし、泉さんの依存元は俺から貴方に移り、今は俺に戻った。俺はあの人にとってのただの依存元。…その事実だけが存在して、そこに推測も虚言もありません』
手首を押さえる力が強くて思わず手を離す。そうすれば下にいるそいつは息を吐いてひどく冷えた目で俺を見据えた。
『貴方が何をしたいのか俺には一つも理解できません。泉さんから逃げたのは自分の判断の結果なのに泉さんが自分のだから取るなと駄々をこねて…。何を考えようとそれは貴方の勝手ですけど、行動するなら一人で毛布にでもくるまって枕に叫んでください。巻き込まれる側からすればいい迷惑だ』
「、」
『俺は貴方の家族でも恋人でもなんでもない、ただの他人です。利益もないのに付き合ってあげる道理も義理もありません。………_なにか、間違ったことを言ってますか?』
素直じゃないセナとも、耳障りのいい嘘を吐いてたテンシとも違う。本当に心の底から嘘偽り、飾りもなしに吐かれる言葉は鋭く、重く、突き刺さって引き抜けない。
赤に紫混ぜた、ピンクに近い瞳はあの時は澄んでいて綺麗だったのに、今の目は気味の悪い闇色で、感覚のすべてを持っていかれて何も考えられない。思考を放棄した頭では言葉が浮かばない。さっきまであったはずの怒りも、欲求も、どこかに飛んでいってしまってる。
腕が横に引かれてバランスを崩す。一応の配慮か顔ではなく肩から床に投げ捨てられて、下にいたはずのそいつは身体を起こすとそのまま立ち上がり、服を払った。
『俺がここに来たのは貴方のためではなく泉さんのためです。けれど、貴方のその話を聞くのは俺の範疇ではありませんから泉さんでも天祥院さんでも、好きな方に吐き出してください』
鞄を拾い、肩にかける。呆然と見送ってしまいそうになって身体が動く。ぎりぎり届いた伸ばした右手がスラックスの裾を握ればそれは俺を見下ろした。
『まだ、俺に何かありますか?』
「、……ならお前は、どうしてセナと一緒にいるんだ」
『それは貴方に関係ないことかと思いますけど…?』
「セナの元拠り所の一人に、それぐらいの慈悲最期にくれたっていいだろ」
ぱちぱちと馬鹿みたいに瞬きをしてそういうものなんですか?と首を傾げる。今までの空気感と表情のアンバランスさに吐き気を覚えてせっかくのシュークリームが体内から出ていきそうだ。
不思議そうな表情はそのままに、それでもさっきまでと変わらない真っ直ぐな目が俺を突き刺す。
『俺が泉さんといるのは契約をしているから、ただそれだけです』
「……契約?」
『そう、契約です。必要がなくなってその契約が破棄されるまでは一緒にいます』
「…は、はぁ?なんだよそれ…そんなの拠り所でもなんでもないじゃんか」
『そうですか?俺も泉さんも、納得をしてお互いに存在してるんです。なにも問題はありませんよ?』
違和感の正体は、きっと、この欠落だ。
拠り所なんて、聞こえのいい言葉を使っているんだからそこに契約なんて単語が入ってくるのは本来ならありえないんだ。
セナのあの寄り添い具合が契約の結果?契約が破棄されたら離れる?何を言ってるんだ、こいつ。
『もういいですか?』
義務は果たしたぞとでも言いたげな目が俺を見据える。
足りない。こいつには俺以上に人としての大きすぎる欠陥がある。
言葉に出そうとして、飲み込む。俺がそれを言ったところでなにかが変わるのか、こいつに何を与えられるのか、見当もつかない。
手を放して床を見つめる。散らばっていたはずの楽譜で足の踏み場もなかったそこは今じゃフローリングが見えていて板目を眺めてから顔を上げた。
一応の義理でもあったのか、そんなつもりはなかったのかもしれないけど俺の様子を窺い待ってたらしいそいつと目が合う。見上げた赤色は悔しいくらいに美しくて、普通じゃないのに今の俺なんかよりも正しく見えた。
「………_なら、お前は…俺が契約してくれって言ったら、傍にいるのか」
『対価にもよりますけど、そうですね』
迷い無く頷かれれば、心の中にあった何かがひび割れて、音を立てて崩れる。
「…………はは!宇宙人もビックリだ!いいないいな!わかりやすい!もう人の汚いところなんてたっくさんだ!!」
ぼろぼろと目から水が溢れて頬を伝う。それでもきっと俺は笑ってて久々に上げた口角が、動かした表情筋が、心と一緒に悲鳴を上げた。
「なぁ、俺と契約しよう!」
『はぁ……?唐突ですね…内容を先にお聞かせ願えますか?』
「俺に嘘をつくな」
ぴくりと眉が動いて、ゆっくり腰を落として膝をつく。目線を合わせたそれは覗き込むように俺を見つめて見定められてる気もした。
『それで俺は何か利益になるんですか?』
「武器を提供する」
『……貴方の曲ですか?』
「ああ!」
視線が下がる。一緒に伏せられたまぶたに生える長い睫毛が影を落として、すべてを覆い隠す。次に目線が上がる頃には外で見てた俺の大ッキライな笑顔が貼り付けられてた。
『いいでしょう。その依頼、承ります』
「そうか!」
笑えば伸びてきた手が俺の頬を撫でて、親指の腹が目元をなぞる。涙が拭われて、髪が梳かれた。頭の中がふわりとして目を閉じる。
『詳しい契約内容はあとで決めましょう。今は、眠ったほうがいい』
「ん…」
最期に寝たのはいつか、今日だった気もするし三日前だったような、確かな記憶はない。寝ても起きても敵しかいなくて、眠ってしまったら最期、作曲もできない俺に価値なんかない。目を開けようとすれば目元にたぶん手のひらが乗せられて憚られた。
『俺は一度約束したことは絶対に破りません。俺には今の貴方が必要です。大丈夫、今は無理をしないでください』
小さな笑い声が落ちて、このまま寝ると風邪を引くと零した。
『仕方ありませんから、初回限定特別サービスですよ』
安っぽい言葉を並べ立てて、身体が浮く。なんとなく腕を伸ばして捕まれば腰から順に柔らかなベッドの上に乗せられて、それでも腕から力を抜かなければ髪が撫でられた。
『起きたらお話しましょう』
眠るのはあんなに怖かったのに、今は意識がどんどん薄くなっていって抗えない。なんだかいい匂いがする。
『おやすみなさい、月永さん』
ぷつりと、コンセントでも引き抜かれたようにそこで意識が途絶えた。
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本格的に夏になったのはもうだいぶ前のはずだけど、暑さが更に増すこの時期、あの泉さんでさえ時差ぼけがあったとはいえ体調を崩すくらいには暑い。季節が急に変わった感覚に身体が追いついていないのか最近は怠く感じることも多いから俺も気をつけなければいけないなと息を吐く。
垂れてきた汗をぬぐって、目的の家に近づきインターホンを鳴らした。
特徴的な音が響いて広がり、霧散する。もう一度鳴らすか考えたところで何か音がした気がして目の前のカメラに目を向ける。
声を発したわけでもないけど、そこに、確かにいる。
一度息を吸って、吐いて。落ち着いてから笑みを浮かべてゆっくりと声をかけた。
『お久しぶりです』
向こうからは返事どころか音の一つも返ってこない。それでもきちんと聞いてくれているだろうから言葉を続けた。
『もしよろしければ少しお話でもしませんか?』
傍目からすれば一人で話している不審者として通報されかねないけど、この暑さだからか運良く人の影は一つもない。だから時間をかけても問題ないだろうけど塞ぎこんでいるこの人を長く引き留めるのは逆効果だろうから視線を落としたあとに笑んだ。
『…気分が乗らないのならまた日を改めてお邪魔させていただきますね?お時間を割いてもらい申し訳ございませんでした』
頭を下げて、シュークリームは持って帰って皆とのおやつに回そうかと紙袋を持ち直す。足を一歩引けば向こうで何かが動く気配がした。開かずの扉とかしていたはずの扉の錠が解かれて、ほんの少しだけ開かれる。
「……少し、だけなら」
か細い声が鼓膜を揺らした。
まさか本当に答えてくれるとは思ってもいなかった。驚きから聞き返してしまいそうになるけれど堪えて、冷静さを心がけて返す。
『………ありがとうございます』
様子がわかるどころか、言葉をかわせた。それだけで御の字にも関わらず日に当たらないことで白くなった手が招くから促されるままに靴を脱いだ。
招かれ導かれたのは私室らしく、レオと書かれたネームプレートが揺れてる。
「飲み物、用意するから…中で待っててくれ」
『えっと、………ありがとうございます』
扉の前で踵を返したその人を呼び止めようとして止めた。それはどうやら正解だったようで不安げに揺れかけた肩が止まって頷き違う扉の向こうに消えていった。
先に待っていろと言われても家主がいけないのに私室に入るのは中々に勇気がいる。呼吸を整えて、癖のノックをしてから扉を開けた。
『失礼しま…』
グシャリと音がする。視界に広がるのは狭くはないはずの部屋の中に散らばる紙。床を埋め尽くすように、机やベッドの上にさえ我が物顔で居座ってるそれはどれもこれも楽譜だった。
扉の開閉でか破れていたり折れてしまっている紙が出入り口付近に散乱していて少し悩んでからそれを集める。折り目を伸ばして、破れてしまっている部分も押さえてこれ以上広がらないようにする。一枚、二枚、拾っても拾っても追いつかないそれはどれもこれも未完なのか途中で途切れているか、黒く塗りつぶされていた。
寄ってしまっていた眉根から力を抜いて息を吐き、なんとか二人座れるくらいまで紙をまとめたところで扉が開いた。
薄い黄緑色のトレーに二つグラスを乗せ、一瞬部屋の中を見て目を瞬くとすぐに表情を消して俯く。
『順番が入れ替わってしまっていたらすみません』
「………そんなの、捨てておけ」
『…ここに置いておきますね』
掠れる声がネガティブ過ぎて、否定も肯定もせずにベッドの脇に積んだ。視線が促してくるからその場に腰を下ろして、俺の行動は間違っていなかったらしく扉を閉めたその人も向かいに座る。どこからか引っ張ってきた折りたたみ式のローテーブルを組み立ててその上にトレーをおいた。
グラスは二つ。注がれているのはお茶なのか琥珀よりも黒に近い色をしていて烏龍茶とかそのあまりかもしれない。
話をしないかと誘ったのは俺だけど話すことが浮かばず、向こうも言葉一つこぼさずに俯いてるから困ってしまう。仕方無しに手持ち無沙汰になっている箱を持ち上げてテーブルに置いた。
『代わり映えがなくてすみません。シュークリームです。よろしければ召し上がってください』
「…………ん。いつも、ありがとな」
手を伸ばして、今食べることにしたのか箱を開ける。中には保冷剤と一緒にシュークリームが入っていてピタリと止まった。
「………新作か?」
敷紙が白いものに混じって水色のものが二つ。その片割れを持ち上げたところで小さな声が問いかけてきた。
『ええ、たまにはと思いまして…余計なことをしてしまっていたらすみません』
「……………」
じっと見つめて、そのまま恐る恐るといった様子で口に運ぶ。一口かぶりついたところで動きを止め口元を緩めた。
「カルピス…?」
『はい。期間限定カルピス味だそうです』
「そっか」
更に一口、また一口、それ以上言葉を発することなく黙々と一つ分のシュークリームを胃に収める。なんとなく眺めていれば視線に気づいてかゆっくりと目線を上げてすぐさま落とした。
「軽蔑、したよな」
『いいえ、そんなことはありませんよ』
「…_嘘吐き」
揺れるエメラルドを覆うように両手が顔を押さえる。泣いているような、懺悔しているような格好はいつか見た泉さんの姿に重なった。
「……俺は、もう王様なんかじゃない。白旗を上げて降伏もせず戦う騎士を捨てて逃げ出した、ただの腰抜けだ…最初からなにも持ってなかったのに、勘違いして、騎士を無駄死にさせた……俺が、俺は」
くぐもった声で吐き出されるのは後悔で、指の隙間から瞳が俺を見据える。
「お前だって…あんなに美しくて強い、綺麗なセナをこわした俺が、憎くないのか」
目を瞬く。この人は一体何を言っているのだろう。理解できず、なにも返せないでいれば月永さんは大きく瞳を揺らした。
「俺はもう誰からも認められない、愛を返してもらうこともない。俺は、セナが、セナだけがいればそれで良かった。それなのに、セナは俺のせいで壊れて、」
『何を言ってるんですか?』
「は、?」
『えっと、すみません。月永さんのおっしゃることの意味がわからないんですけど…』
目を見開いた月永さんは固まっていて言ってはなんだけどとても間抜けに見える。ぐっと眉根が寄って口を開いた。
「何言って…?お前、馬鹿なのか?」
『人並みに知能はあると思いますけど……』
「…憎くないかって、聞いたんだ」
『僕が貴方を?どうして憎むんですか?』
「どうしてっ、俺はお前の大切なセナを壊したんだぞ!?セナはあんなに綺麗だったのに、強くて、それを身勝手に俺が壊したんだ!普通恨むだろ!?」
あまりの剣幕に彼は嘘をついていないと理解したけど言われた言葉は依然理解できない。きっと前提がおかしい。月永さんは誤解をしてる。
『泉さんは貴方が壊した訳ではありませんよ』
「そんな生易しい言葉聞きたくない!どうせお前だって俺のことを嫌ってるんだろ!憎んでるんだろ!!」
『別に嘘をついたわけでも優しさを交えた言葉を用意したつもりもありませんが…?』
「なら憎くないのか!?」
『はぁ…?俺は貴方のしていたことが例え踊らされた結果だったとしても間違いだったとは思いません。だって腐敗している部分を切り離すのは当たり前ですし、散らかっていたら片付けるのも常識でしょう。貴方は学園内の掃除をした。それだけ。むしろ見通しが良くなって感謝してます』
「っ、その結果でセナは傷ついておかしくなった!壊れたのに、良い訳が!」
『壊したのは貴方じゃありません』
「俺が壊したんだ!」
『いいえ、泉さんを壊したのは貴方ではありませんよ』
澄んだ赤色の瞳と冷静な声。ぞっとするような色味に憤っていたはずの心の中が嫌な音を立ててる。それでも罪悪感と――から、昂ぶったままの気持ちがあふれ出した。
「俺がセナを壊してないなんてそんなの、俺に気を遣ってるつもりかよ!」
『俺がそこまで貴方に気を遣う理由はないでしょう?』
「はっ、言ってることが違うけど大丈夫か?」
『何も違えていないと思いますが…』
どこまでも冷静で、それなのに不思議そうな顔をしているから心と頭の中が分離しそうなくらい気持ちがごちゃごちゃしてる。
なんだこれ、なにかが変だ。
「俺が全部悪いんだ!セナが正しいのに俺は話を聞かなくて、学園じゃ居場所はもうない、Knightsはバラバラになったしセナも壊れた!!」
『……何を勘違いしてるんですか?』
あまりに不思議そうな表情。静かな声は固くてブレることがない。まっすぐ俺を見据えてそれはゆっくりと口を動かした。
『泉さんを壊したのは貴方ではありませんよ。泉さんは、元から壊れてましたから』
至って真面目な顔で吐き出された言葉は耳がおかしくなったのかと思うような内容で頭の中が真っ白になって、次には身体が熱くなる。
「俺がセナを壊したからセナはあんな風におかしく!セナはもっと綺麗で!強くて!正しくて!!」
『いいえ、瀬名さんは元から壊れてたんです。俺に会うよりも、ずっと昔から』
脳裏に過るのはセナがこいつに雪崩れている場面。あんなに脆くて弱い姿、俺の知るセナじゃなかった。
「でもっ!俺はあんな何かに固執するセナなんて見たことない!俺の知るセナは、あんな、あんな…っ!」
『受け入れられないのは、気持ち悪いからですか?』
「…そうじゃない。セナが何かに囚われてるのが、怖くて…あんなの、いつか崩れちゃうんじゃないか。誰かが支えないといけないなんて、不安定だろ、そんな」
『気づいてなかったんですか?泉さんは独りじゃ生きていけない人なんですよ?だからいつだってあの人は何かの傍にある』
瞼をおろして瞳が隠れたことによりずっと感じていた視線が消える。それでも威圧感はなくならなくて、夏の嫌な熱気が肌にまとわりつき滲んだ汗が首筋を伝った。
からりとグラスに入ってる氷が音を立てて崩れる。置かれた妙な間のせいでさっきまであったはずの感情が俺の中でばらばらになって、暴れ回ってる。
『…_少なくとも、俺も遊木くんもいない一年間…その間に泉さんが誰に執着していたのか…本当にわからないんですか?』
「それ、は」
渇いて張り付いた喉。今までどうやって声を出してたのかもわからないくらいに掠れてる。そんな俺に気づいてるはずなのに容赦も同情もなく宣告した。
『そう…気づいていますよね?貴方ですよ、月永さん』
赤色の瞳が細められて鋭くなる。突き刺されてじくりと身体が痛んで今にも叫び出してしまいそうだ。
言葉を吐こうとしても息しか出ない。ただ唇を動かすだけになってる俺に目をそらすことなく淡々とした表情で言葉を並べた。
『貴方が逃げたことは、別に責めることではなく英断だったと思います。でなければ貴方が壊れきっていたでしょう。貴方の清掃により道を閉ざされた人間はいましたし、中にはそれを恨んでいる人間も確かにいるはずです。ただそこに罪悪感を覚えたとして、泉さん壊れたことも含めるのは間違いですよ。だってあの人は元から壊れているし、ちゃんと今も生きているんですから。変わったことは…_今の貴方は泉さんの拠り所から外れた、それだけだ』
「うるさい!」
衝動に身を任せて手を伸ばす。掴んだその先は襟ぐりで体重を乗せればあっさりと床に倒れた。見下ろしたそれは俺の影がかかっていたけど視線だけは揺らぐことなく、纏う空気も変わらない。
「俺は、俺にはもうセナしかいないんだ!それなのになんなんだよ!いきなり出てきたお前がセナを語るのか!?お前はセナのなんなんだよ!!」
『知りませんよ、そんなこと』
不快だとでも言いたげに寄せられた眉根。突き放すような語調で力の込め過ぎで震える俺の両手首に手を伸ばした。
『俺は先程も伝えたとおり貴方に恩義を感じてはいますが依頼でもなく、そして利害が一致しないのであればこれ以上貴方になにも求めませんし与えません。社交辞令くらいは弁えてますが今の貴方には必要ないでしょう?ですから事実だけ申し上げます。泉さんと貴方は入学してから今に至るまでのたった一年ちょっとの付き合いだ。俺は貴方が会うよりも前に出会っている。時系列で言えばいきなり現れたのは貴方ですし、泉さんの依存元は俺から貴方に移り、今は俺に戻った。俺はあの人にとってのただの依存元。…その事実だけが存在して、そこに推測も虚言もありません』
手首を押さえる力が強くて思わず手を離す。そうすれば下にいるそいつは息を吐いてひどく冷えた目で俺を見据えた。
『貴方が何をしたいのか俺には一つも理解できません。泉さんから逃げたのは自分の判断の結果なのに泉さんが自分のだから取るなと駄々をこねて…。何を考えようとそれは貴方の勝手ですけど、行動するなら一人で毛布にでもくるまって枕に叫んでください。巻き込まれる側からすればいい迷惑だ』
「、」
『俺は貴方の家族でも恋人でもなんでもない、ただの他人です。利益もないのに付き合ってあげる道理も義理もありません。………_なにか、間違ったことを言ってますか?』
素直じゃないセナとも、耳障りのいい嘘を吐いてたテンシとも違う。本当に心の底から嘘偽り、飾りもなしに吐かれる言葉は鋭く、重く、突き刺さって引き抜けない。
赤に紫混ぜた、ピンクに近い瞳はあの時は澄んでいて綺麗だったのに、今の目は気味の悪い闇色で、感覚のすべてを持っていかれて何も考えられない。思考を放棄した頭では言葉が浮かばない。さっきまであったはずの怒りも、欲求も、どこかに飛んでいってしまってる。
腕が横に引かれてバランスを崩す。一応の配慮か顔ではなく肩から床に投げ捨てられて、下にいたはずのそいつは身体を起こすとそのまま立ち上がり、服を払った。
『俺がここに来たのは貴方のためではなく泉さんのためです。けれど、貴方のその話を聞くのは俺の範疇ではありませんから泉さんでも天祥院さんでも、好きな方に吐き出してください』
鞄を拾い、肩にかける。呆然と見送ってしまいそうになって身体が動く。ぎりぎり届いた伸ばした右手がスラックスの裾を握ればそれは俺を見下ろした。
『まだ、俺に何かありますか?』
「、……ならお前は、どうしてセナと一緒にいるんだ」
『それは貴方に関係ないことかと思いますけど…?』
「セナの元拠り所の一人に、それぐらいの慈悲最期にくれたっていいだろ」
ぱちぱちと馬鹿みたいに瞬きをしてそういうものなんですか?と首を傾げる。今までの空気感と表情のアンバランスさに吐き気を覚えてせっかくのシュークリームが体内から出ていきそうだ。
不思議そうな表情はそのままに、それでもさっきまでと変わらない真っ直ぐな目が俺を突き刺す。
『俺が泉さんといるのは契約をしているから、ただそれだけです』
「……契約?」
『そう、契約です。必要がなくなってその契約が破棄されるまでは一緒にいます』
「…は、はぁ?なんだよそれ…そんなの拠り所でもなんでもないじゃんか」
『そうですか?俺も泉さんも、納得をしてお互いに存在してるんです。なにも問題はありませんよ?』
違和感の正体は、きっと、この欠落だ。
拠り所なんて、聞こえのいい言葉を使っているんだからそこに契約なんて単語が入ってくるのは本来ならありえないんだ。
セナのあの寄り添い具合が契約の結果?契約が破棄されたら離れる?何を言ってるんだ、こいつ。
『もういいですか?』
義務は果たしたぞとでも言いたげな目が俺を見据える。
足りない。こいつには俺以上に人としての大きすぎる欠陥がある。
言葉に出そうとして、飲み込む。俺がそれを言ったところでなにかが変わるのか、こいつに何を与えられるのか、見当もつかない。
手を放して床を見つめる。散らばっていたはずの楽譜で足の踏み場もなかったそこは今じゃフローリングが見えていて板目を眺めてから顔を上げた。
一応の義理でもあったのか、そんなつもりはなかったのかもしれないけど俺の様子を窺い待ってたらしいそいつと目が合う。見上げた赤色は悔しいくらいに美しくて、普通じゃないのに今の俺なんかよりも正しく見えた。
「………_なら、お前は…俺が契約してくれって言ったら、傍にいるのか」
『対価にもよりますけど、そうですね』
迷い無く頷かれれば、心の中にあった何かがひび割れて、音を立てて崩れる。
「…………はは!宇宙人もビックリだ!いいないいな!わかりやすい!もう人の汚いところなんてたっくさんだ!!」
ぼろぼろと目から水が溢れて頬を伝う。それでもきっと俺は笑ってて久々に上げた口角が、動かした表情筋が、心と一緒に悲鳴を上げた。
「なぁ、俺と契約しよう!」
『はぁ……?唐突ですね…内容を先にお聞かせ願えますか?』
「俺に嘘をつくな」
ぴくりと眉が動いて、ゆっくり腰を落として膝をつく。目線を合わせたそれは覗き込むように俺を見つめて見定められてる気もした。
『それで俺は何か利益になるんですか?』
「武器を提供する」
『……貴方の曲ですか?』
「ああ!」
視線が下がる。一緒に伏せられたまぶたに生える長い睫毛が影を落として、すべてを覆い隠す。次に目線が上がる頃には外で見てた俺の大ッキライな笑顔が貼り付けられてた。
『いいでしょう。その依頼、承ります』
「そうか!」
笑えば伸びてきた手が俺の頬を撫でて、親指の腹が目元をなぞる。涙が拭われて、髪が梳かれた。頭の中がふわりとして目を閉じる。
『詳しい契約内容はあとで決めましょう。今は、眠ったほうがいい』
「ん…」
最期に寝たのはいつか、今日だった気もするし三日前だったような、確かな記憶はない。寝ても起きても敵しかいなくて、眠ってしまったら最期、作曲もできない俺に価値なんかない。目を開けようとすれば目元にたぶん手のひらが乗せられて憚られた。
『俺は一度約束したことは絶対に破りません。俺には今の貴方が必要です。大丈夫、今は無理をしないでください』
小さな笑い声が落ちて、このまま寝ると風邪を引くと零した。
『仕方ありませんから、初回限定特別サービスですよ』
安っぽい言葉を並べ立てて、身体が浮く。なんとなく腕を伸ばして捕まれば腰から順に柔らかなベッドの上に乗せられて、それでも腕から力を抜かなければ髪が撫でられた。
『起きたらお話しましょう』
眠るのはあんなに怖かったのに、今は意識がどんどん薄くなっていって抗えない。なんだかいい匂いがする。
『おやすみなさい、月永さん』
ぷつりと、コンセントでも引き抜かれたようにそこで意識が途絶えた。
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